隣の苦労人JKと電柱から生まれた赤ん坊を育てることになりました 作:みたらし団子!!
ツクヨミでの路上ライブも大成功を収め、チャンネル登録者数が20万人を突破しても、旭が前に出ることは決してなかった。
最初の頃こそ、企画の案を出したりペットボトルロケットを一緒に作ったりと賑やかに付き合ってくれていたし、かぐやも配信中に「これはねぇ〜、裏方さんの案なんだが〜!」と嬉しそうに自慢していて、リスナーの間でも『謎の優秀な裏方さん』としてちょっとした名物になりつつあったのだ。
だが、活動が本格化するにつれて、旭は少しずつ、誰にも気づかれないように距離を置き始めていた。
◇
――そんなある日、芦花と真実を交えて海へ遊びに行き、ビーチパラソルの下で今後の配信についての打ち合わせを兼ねて雑談をしていた時のことだ。
「ん〜こないだの歌配信めっちゃよかったけど〜」
真実がかぐやに向かって言うと、芦花もジュースを飲みながら頷いた。
「ねぇ〜、かぐやちゃんゲームも歌もうまいよね〜」
「天っ才歌姫ですから☆」
胸を張ってどや顔をするかぐやに、二人は楽しそうに笑う。
「オリジナル曲もよかったしさ〜」
「わかる〜」
「だって!! よかったね! 彩葉!」
「え、あれ作ったの彩葉なの?」
「彩葉可愛いうえに天才すぎ〜」
芦花と真実が目を丸くして身を乗り出してくると、彩葉は少し照れくさそうに制した。
「あれは昔作ったやつだから……かぐや! 余計なこと言わないの」
「でもまだまだ足りない〜! どうすればいいのだぁ〜!! ぐぬぬ……」
かぐやが頭を抱えて唸ると、芦花が「結構いろいろやったしね〜」と顎に手を当てる。すると真実がイタズラっぽく口を開いた。
「やはりここは、彩葉が着ぐるみを脱ぐことにより新たな需要をだね――」
余計な一言を言った真実は、間髪入れずに彩葉に焼きそばを横から取られた。
「うそ〜!! 今のうそ〜!! ……あぁ……」
パックの焼きそばを全部食べられ、しょんぼりと肩を落とす真実を横目に、かぐやが手を叩く。
「やっぱ歌!! オタクもみんな喜んでたし!」
「オタク言うな」
「彩葉〜新曲作ってよ〜」
「これ以上勉強やバイトの時間は減らせません!」
「でも海来てんじゃん!!」
「フッ……マジなエリートは遊戯もおろそかにしないはず。睡眠時間削ってでも遊ぶのよ」
「うぅ……このままじゃ優勝できない……かぐやのこと助けて? 彩葉に伴奏してほしいな……?」
かぐやは瞳をウルウルさせ、彩葉の顔を覗き込むように詰め寄る。
「うっ……ぐっ……ま、まあ時間が空いてたら……」
「よっしゃ〜!! もっともっと配信するぞ〜!!」
「なぜ断れない……!! なぜ……!!」
「ちょろ葉〜」
「ちょろ葉だね〜」
頭を抱える彩葉を見て、ガッツポーズをしたかぐやが、ふと思い出したように口を尖らせた。
「ねぇねぇ芦花、真実。最近旭がさー、忙しくて全然遊んでくれないんだよねぇ〜。彩葉は手が空いたら配信の手伝いとかやってくれるんだけど……旭、すぐ『課題がある』とか言って自分の部屋に戻っちゃうの」
「あ〜、そういえばかぐやちゃん、配信で言ってたね。『最近裏方さんが構ってくれない〜』って」
芦花が思い出してクスリと微笑むと、真実も「あはは、あの配信ね!」と楽しそうに相槌を打つ。
「旭くんもバイトと勉強でいろいろ大変なんじゃない?」
「うー、そうなんだけどさぁ……」
納得いかない様子で首をかしげるかぐやの横で、彩葉は胸の奥にすっと冷たいものが走るのを感じていた。
(……そういえば、かぐやがそんな愚痴配信をしてたわね)
あの時は単に『バイトや勉強で忙しいならしょうがないでしょ』としか思っていなかった。私だって忙しかったし、深く考えもせずただの思い過ごしだと流していたのだ。
だが、かぐやの言葉を反芻するうちに、彩葉の中で違和感のピースがひとつに繋がっていく。
「……まぁ、旭くんの気持ちも分からなくはないかな」
静かにジュースを飲んでいた芦花が、少し真面目な顔になって呟く。
「え? 芦花、旭がなんで離れるか分かるの?」
「うん。私達みたいな女性インフルエンサーの近くに男の人がチラつくと、どうしても変な噂が立ちやすいでしょ? 特に真実には彼氏がいるから、変な疑いをかけられたら真実の彼氏にも迷惑がかかっちゃう」
「そうだよねぇ……」と真実も申し訳なさそうに頷く。
「旭くん、すごく気が利く子だから。彩葉ちゃんやかぐやちゃんの配信はもちろん、私達が巻き込まれて炎上したりしないように、最初から自分が『男の影』にならないよう配慮して身を引いてるんだと思うよ」
「……身を引いてる……」
彩葉は言葉を漏らし、静かに自分の膝を見つめた。
「まあ、最初はすごい楽しそうに手伝ってくれたんでしょ? 今はちょっと忙しいだけで、手伝えそうならまた手伝ってくれるって」
芦花が優しく微笑みながらフォローを入れる。
「そうだよね、今忙しいだけだよね」
彩葉はそう口にして頷いた。……だが、その言葉とは裏腹に、胸の奥で静かに広がっていく嫌な予感を拭い去ることはできなかった。
「そっか〜……」
かぐやはぽつりと呟き、どこかしょんぼりとした顔でジュースのストローを弄っていた。
◇
――そして、そんな夏休みが始まって数週間が過ぎた頃。
最初は「夏休みでバイトや勉強が忙しいんだろう」と自分に言い聞かせていた彩葉たちだったが、日が経つにつれて、ある「違和感」がだんだんと確信に変わっていった。
旭が、あからさまに二人と距離を置いている。
以前なら、夕飯ができれば「酒寄、飯食うぞー」と当たり前のように二人の部屋にやってきたり、かぐやのくだらない遊びにも付き合ってくれていた。
だがここ数週間、旭は「バイトのシフトが詰まってる」「勉強しなくちゃ」と理由をつけては、すぐに自分の部屋へと引きこもってしまうのだ。
ご飯のおすそ分けを渡しに行っても、「サンキュー! 助かる! じゃあ課題やるから!」とすぐに受け取ってドアを閉めてしまう。
配信の相談をしようとしても、「俺より芦花たちに聞いた方が絶対いいから」とどこか一線を引き、かぐやが「旭も一緒にあそぼー!」と腕を引っ張っても、上手くかわして離れていってしまう。
流石に数週間もその状態が続くと、かぐやも寂しそうに首をかしげるようになっていた。
「ねぇ彩葉……旭、最近ぜんぜん遊んでくれないの。かぐや、なんか悪いことしたかなぁ……?」
「……かぐやのせいじゃないわよ」
そうぽつりと呟き、かぐやの頭を撫でる彩葉の胸の中には、確信めいた寂しさと、そして抑えきれない苛立ちが広がっていた。
(気のせいじゃなかった……。旭、私達がライバー活動を始めてから、だんだん遠ざかってる……)
芦花たちの言っていた通りだ。「ユニコーンが〜」なんて冗談めかして言っていたけれど、本当は最初から自分たちに関わらないよう、一人で納得して身を引こうとしていたのだ。
勝手に配慮して、勝手に遠慮して、遠ざかっていこうとする旭に対して、胸の奥で理由のわからない感情がフツフツと湧き上がってくる。
◇
その日の夜。
予備校とバイトを終えたのか、疲れ切った足取りでアパートの廊下を歩いてくる酒寄の姿が、ちょうど自室のドアを開けようとしていた俺の目に映った。
「……あ、酒寄! おかえり!」
俺はいつもの軽い調子で声をかけ、すぐに自分の部屋に入ろうと鍵を差し込む。
だが、その背中に酒寄のどこか重く沈んだ声が届いた。
「……ねえ、旭」
「ん?」
振り向くと、酒寄は鍵を握りしめたまま、足元を見つめるように立ち尽くしていた。
「……あんた、いつまでそうやって離れるつもり?」
「……え?」
「……最初は忙しいだけだと思ってた。でも……もう何週間もずっとそうでしょ。私達がご飯誘っても断るし、かぐやが寂しがって呼んでもすぐ自室に戻っちゃうし……」
酒寄がゆっくりと顔を上げる。
その瞳には隠し切れない寂しさと、抑えきれない怒りが揺れていて――そして、その大きな瞳から、ぽろりと一筋の涙が零れ落ちた。
「……っ、私達がライバーとして動き始めたから……? 男が近くにいたら迷惑だからって、そうやって一人で納得して、勝手に離れていく気なの……!?」
溢れ出して止まらなくなった涙を拭おうともせず、彼女は震える声で俺を睨みつける。
普段のクールな態度も、エリートぶった強がりも全部どこかへ吹き飛んでしまっていて、そこにあったのは、遠ざかろうとする俺に向けられた感情の爆発だった。
「勝手に配慮して、勝手に遠慮して……っ! 私やかぐやが、そんなことであんたに離れていってほしいなんて、一度でも言った……!? なんで……なんで一人で決めつけるのよ……ッ!」
涙で濡れた瞳が、ボロアパートの薄暗い街灯に反射してゆらゆらと揺れる。
絞り出すような彼女の声と、頬を伝う透明な一筋の滴。
静まり返る廊下。
直球すぎる問い詰めと、思いがけず目にしてしまった酒寄の涙に、俺は差し込んだ鍵を持ったまま、息を呑んで固まってしまった。
(⌒▽⌒)