サブタイトル:騒がしい光の妖精
「くぅ~っ、やっぱ超かぐや姫最高!いろかぐてぇてぇ〜」
都内の自室で劇場版視聴後に独り言。うちの壁はさほど薄くもないが叫ぶと普通にご近所迷惑になるので控えめに。
超かぐや姫!
ネット配信が開始された当初から爆発的に人気沸騰したメタバースアニメーション。
グッズ展開も豊富で熱量のエグいファンも抱え、公式のノリも良いときた。
かわいい・綺麗・てぇてぇの三拍子揃った神作品だ。
……ほとんど同じ意味?ほっとけ。
「……うげっ、またコラボしてる。シフト増やすかぁ?」
何周目か分からない配信視聴後にSNSを徘徊していたら見つけた公式告知。コラボグッズ詳細を見つめて顔をしかめる。
本来推しアニメのグッズ展開など歓迎して然るべきだが、何分頻度が尋常じゃない。親の仕送りとバイトでやりくりしている身としてはそろそろ限界だ。
「ぐぬぬ……はぁ」
何事も諦めが肝心。
いいねとブックマークだけしてアプリをとじて、とじ……。
「やっぱビジュいいんだよなぁ……」
……ポチリ
「で、お前は食費を削ってアクスタを買ったと。馬鹿か?」
「馬鹿とは何だ、馬鹿とは。推し活は人生の光だ。つまり、光熱費を払ったに過ぎないんだよ」
「それで食費を削っているのを馬鹿だと言っているんだ」
食堂で定食を食べながら目の前の眼鏡が囀る。こいつ、顔はいいのにドルヲタなのを隠そうともしないので女に恵まれない悲しいやつだ。
俺?俺は…………ぐすん。
「つーか、推しに一度に12万も注ぎ込んだ奴に言われたくないんだわ」
「ふっ、貧乏学生の言葉なんざ毛ほども効かんわ!」
「クソっ。実家が太いのをいいことにこいつっ」
そのドヤ顔やめろ。腹立つ。
「親の脛をかじって恥ずかしくないのか」
「ない。てか、お前ほんと自傷技得意だな」
誰がウ◯ンディだ。
学食で最安値のおにぎり定食を味噌汁で流し込みながら睨み返す。
あ、今日の味噌汁うまい。
「そんなにアニメキャラの推し活がしたいならAIチャットでもしろよ。お前よく使ってるだろAI」
「ん、AIぃ?」
「『AIチャット 推しと会える』ってやつとか。今有名らしいぞ」
AIでのチャット対談なんて今日日ありふれている。そして、その欠点も。使うAIによっては存在しないキャラが生えてきたりする。
やめろ!百合に間男は戦争だぞ!!
「AIでキャラ再現がどれだけ難しいか分かってんの?」
「知らん。俺の専門じゃない」
なんで得意げなんだ。その顔やめい。
「けどな、そのアプリはドット絵だが立ち絵もつく。原作名を入れれば、翌日にはキャラクターたちと話せるらしい」
「ソースは?」
「老け顔」
「アイツか……」
脳裏に見た目40代の腐れ縁の姿が浮かぶ。新しいものが好きでアーリーアクセス層が擬人化したようなやつだ。新しいものに詳しく、その分飽き性でもある。
「まぁ、覚えとくわ」
「さよけ」
この時は別段気にも留めていなかった。
バイトも終わり、自宅のマットへと身を投げる。一時期筋トレを始めるために買った少し値の張るものだ。今思えば、これを買わなければタペストリーの一つや二つ買えたものを。
今じゃ俺の第二のベッドだ。
一息ついてから今朝から散らかっているものをゴミ箱へ投げ入れ、家事をしてからシャワーを浴びる。男の一人暮らしで湯舟を張るのなんて一週間に一回で十分だ。髪を拭き上げ本来のベッドへ腰掛ける。スマホを手繰りよせ思い出すのは昼の眼鏡とのやりとり。
「AIチャットか」
ストアを開き、AIを検索していく。すると出るわ出るわ。使ったことのあるAIアプリから全く知らないものまで。
「あった」
『推しと
名前も概要もあっているしこれだろう。
アプリをインストールして開く。無機質なUIに一つの入力欄がある。
『繋がりたい推しのいる世界を教えてください』
直結厨ちゃうぞ。
納得のいかない内心を抱えながら空欄に【超かぐや姫!】と入力すると次の画面にキャラクター名がずらっと並ぶ。
⇒【かぐや】
【酒寄彩葉】
【月見ヤチヨ】
【帝アキラ】
【駒沢雷】
【駒沢乃依】
【綾紬芦花】
【諌山真実】
:
:
「おお、勢ぞろい。しかも名前だけ出たキャラもいないか?」
でも、最初は我らが超人かな。
【酒寄彩葉】を選択してみるとその後にマイクの使用許可を求めるテロップが出てくる。なるほど、音声通話で対話できるのか。
「なるほど?」
疑問はあったが好奇心が勝り、許可する。すると画面にドット絵でどこかの部屋の俯瞰画面と彩葉らしきアイコンが出てくる。しかも画面下部に彩葉の立ち絵とメッセージウィンドウがついている。
「いや、RPGツクー〇かよ」
『ふぇ、だれなん?』
声が返ってくる。想定していたよりちゃんと彩葉の声だ。生彩葉じゃん!永〇ヴォイスだ……。
でも、なんか幼くないか?
「てか、もう聞こえてんの?」
『え、うん。ねぇあんただれなん?』
やっぱり幼い。これ、本編時系列じゃないのか?立ち絵もアイコンも荒いドット絵だから色々分かりづらい。そして、メッセージウィンドウに会話内容がログとして流れている。これ、あとからでも見返せるのかな。
「俺か? そうだなぁ、ちょっと話をしに来た人かな」
『人?まるいのに?』
AIに人かどうか疑われたんだが。
「俺、丸いの?」
『うん。光っとる』
彩葉のアイコンの横に光るアイコンがある。最初は明かりか何かのオブジェクトかと思っていたが、これが俺か。
いや、そこはせめて生き物であってくれよ。なんで光る球なんだ。
「そっか~。光る球か、俺」
『知らんかったん?』
「今知った」
『変なの』
なんじゃ、このAI。めっちゃ刺してくるじゃん。
『まるいの、いやなん?』
「いや、別に嫌ってわけじゃ……まあ、話せるならいいか」
それにしても、彩葉の幼ヴォイスやべ~。一生聞いてられるかもしれん。これだけでも始めた価値あったわ。なんなら金払ってもいい。
払う金ないけど。
画面に映る部屋には勉強机らしいデスクや椅子。収納にベッドとちゃんとした生活空間としての家具が置いてある。彩葉の実家部屋の描写なんて数カットしかなかったから、これがAI補完かどうかわからんが。
「それでさ、さっきまで何してたんだ?」
『ピアノ弾いてた』
彩葉の横にキーボードのアイコンが置いてある。これを使って練習していたらしい。
彩葉の生演奏!ぜひ聴かねばっ!
「俺、音楽好きなんだよね」
『聴きたい?』
その声にはこちらの要望を叶えようとする優しさと聴いて欲しいなという思いが分かりやすく詰まっていた。こっちに問いかけてるのに、うずうずした気持ちが隠しきれていない。尊い。
やっべ、気持ち悪い声でそう。
「聴きたい聴きたい」
『ふ~ん、そっか。じゃあ聴かしたる』
そうしてマジで演奏が始まった。
正直音楽には詳しくない。流行りの曲やお気に入りの曲をカラオケで歌って満足しているだけで、楽器に触ったのも小・中学生の頃のリコーダーや鍵盤だけだ。
楽曲としての評価なんて出来やしない。
……あ、今の好きだ。
AIでの作曲もしたことがあるが、どれも似たような出来になってしまう。でも、これはそれのどれにも当てはまらない。
生きた演奏だった。
すげえわ。
そして、幼きピアニストによる演奏はあっという間に終わってしまった。
『ふぅ、どうやった?』
「いや、すげえ。普通に聞き入ってたわ」
『どこがよかったん?』
どこが、と来たか。そんなの決まっている!
「やっぱ中程の時のたららーんってとこだな!」
『たららーん?』
「心にスーッと入ってきたよ。いやーあれは惚れたね。一目惚れならぬ一聞き惚れだね」
『そ、そんなん言われても……。でも、たららーんってどこ?上がったとこ?下がってたとこ?』
ん?伝わらなかったか。まぁ、これじゃあ伝わらないか。
唸れ大人の語彙力!
「こう、さらさらーってなって音がするっと変わったところ!あと、その後にグワッとなった」
『……わからへん』
大人の語彙力、ご不在のようです。
『うーんと、ここ?それともここ?』
そう言って彩葉は音をいくつか奏でてくれる。
なんて優しい子なんだっ!
「あ、それ。それの後にやってたやつ」
『あ、これ?』
「そうそれ!そこもう一回いい?」
『ふふっ、ええよ』
ええよ、いただきました!
そうして彩葉は俺の要望を何度か叶えてくれた。途中でアレンジを入れたりしながらも2人で好きな音を手探りで聴き分け、彩葉が楽曲を作っていく。
『じゃあ、最初からやるで』
「おう、バッチリ聞かせてくれ」
演奏がまた始まる。
大きくなる音、小さく添えられる音。彩葉の懇切丁寧な解説と共に作られた曲は俺の耳によく馴染んだ。
今ならちゃんとフレーズごとに説明できるかもしれん!
……多分。
そして、音が静まり余韻が心を震えさせる。
これをかぐやとも一緒にやってたんかな〜。ただの想像だけど、そうだといいな……。
『ねぇ、ねえ〜!』
「はっ、どしたん?!」
『これ、どうやった?』
「バッチリやで!彩葉ちゃん天才!大天才!!」
『そっか!よかった〜』
危ない危ない。いろかぐの妄想に取り憑かれて召されるところだった。
それにしても今がどの時期の彩葉なのかはわからないから、なんとも言えないが既に天才ピアニストと言っていいんじゃなかろうか。
原作での銀賞は評価者が難聴説出たな。
『そういえばなんで名前しってるん?おしえてたかな』
あ゛、やっべ。
「お、おう。当たり前やろ。彩葉ちゃんから『うち、彩葉っていうねん』って言ってたやんか。ほら、忘れてしもうたか?思い出してみ。な?な?」
『えぇ……、うちそんなこと言うてた?』
「言うてた言うてた!」
『ほな、そうなんかなぁ?』
ふぅ~、あっぶねぇー!
何が危ないのかはともかく、この楽しいひと時を彩葉からの冷めた目で過ごしたくなんかないからな!猜疑の芽は摘んでおくに限るっ!
『でも、あんたの名前うち知らん。おしえてや』
「お、俺の名前?」
ぐぅ、またもや難問っ!
推しに名前を呼んでもらいたい俺と推しに認知されるのは解釈違いの俺が存在するっ!!
俺は、俺はどうすればっ!うおおおぉおおおぉぉぉおっ!!
……閃いたっ!
「俺は人に寄り添う妖精っ!妖精さんと呼んでくれ!」
『なんやダサいな』
「ぐふッ」
この彩葉、火力高杉ぃ。
お前も京都の人間ならもっとオブラートに包まんかい!!
「だ、ダサくてもそれで呼んで……」
『ふふっ、ええよ』
くぅ、この包容力と余裕!バブみを感じてしまうっ!!
……いや、それはマズいぞ。本格的にマズい。幼児にバブみを感じてしまうのはドチャクソマズい。落ち着け〜、落ち着け〜。
そこでふとスマホから顔を上げるとローテーブルに置いてある時計が目に入った。
「あ、やべっ。時間!そろそろ行くわ!長いこと聴かせてくれてありがとうな!」
『もう行くん?』
「おう」
この後、オタ友たちと約束していた懐古厨によるエペ初期キャラ縛りマッチの予定がある。あいつら遅れる奴にしつこいほど擦るから遅れるわけにはいかないんだ。
『また来る?』
「ちゃんと来るぞ。次はもーっと素敵な曲期待してる」
『ほんと?わかった!』
期待に弾んだ声がスマホから返ってくる。
『ほな、また聴きに来てや』
「はいはい、また話そうな」
約束はちゃんと守らないとな。
「じゃあな、彩葉ちゃん」
『ばいばい、妖精さん』
彩葉からの声に何かが溢れ出しそうなのをグッとこらえ、そのままスマホの通話終了のボタンを押した。
そこで周りの静けさと外から響く原付の音で、意識が現実に引き戻されていく。
AI、アプリのAIチャットによる通話だったはずだ。いや、そもそもからしてキャラクターの声を抑揚や音程まで再現して通話できるというのもおかしいのだが。
それにしては現実感がありすぎた。
……もしかして、本当に超かぐや姫の世界に繋がっていたとか。
「はっ、笛吹の見すぎだな」
もう一度アプリを見る。さっきの会話ログを見ようとしてキャラクターの選択画面から手探ろうとしてもログの見方がわからない。
何度か探したが、結局見つからなかった。
「……終わったら見返せないのか」
残念な気持ちで今日の会話を思い返す内に最後の言葉が耳に残っていることに気づいた。
妖精さん。
本名は教えていない。認知されたのはあくまでも妖精さんだ。セーフっ!
セーフったらセーフだ。
内心での苦しい言い訳をしながらパソコンの電源をつけた。
◆
そばにおったふわふわと光るものがいなくなる。
「いってしもうた」
お父さんがお出かけしてる間にピアノの練習をしていたら突然おった光るふわふわ。
本人、人?――ふわふわに名前をきいても答えてくれんかったし、自分のこともわかってないみたいやった。
「妖精さん、かぁ」
突いても反応はせんし、自分が丸いことも知らへんおかしな妖精さんだった。
なんていうんやったか、たしか調子のいい?話し方する妖精さん。お兄ちゃんみたい。
しかも感想もたらーんやったり、グワッやったり言うて何のことかわからんし。その癖に、好きなとこを見つけたら何回も聞きたがった。
楽しそうやった。
音楽は楽しむもんやって妖精さんも知ってるみたいやった。それからかな。うちも楽しなってったの。
「あそこめっちゃ好きやったんやな」
もう一度弾いてみる。やっぱちょっとズレてる。
今日の練習もこれを直すために頑張っとったのに、妖精さんはそこばっかり好きやっていうもんやから直らんくなってしもうた。
でも、何回もやってるうちに別の弾き方も見つけられるようになった。
別の音弾いてるときなんて、『そう、それ』言うて。それって何なん?って聞いてもまたおかしな言葉しか出てこんかったし。
今も何回も弾き方を変えてみる。そのうちに、音が変わった。
「あ、できた」
直ったかもしれん。
妖精さんがふわふわと浮いていた場所を見る。
また来ると言っていた。
鍵盤へ手をあててもう一度弾いてみる。
なら、次来たときはこれも聴かしたろ。
・主人公
髪ぼさメカクレ。
京都出身のアニオタ。言動も心の中も騒がしい男。
・眼鏡
眼鏡。
・老け顔
老け顔。
・彩葉
幼少期の彩葉。演奏の練習中に突然喋る球が出てきた。音楽を楽しむ球と一緒に楽しんだ。描写外で光る球をいっぱい突いてた。かわいい。