黒き終末がセイバーオルタになるのは間違っているだろうか 作:蛇鬼鬼畜外道
地図にも載らない、山の奥地にある村。
訪れる人も少ない僻地にあるその村において、ただ一人村の誰よりも小さな姿がある。
宝石のように赤く輝く瞳。
雲のように白く染まった髪。
その小さな背丈もあってか。
まるで兎を連想するような愛くるしい子供。
ベル・クラネル。
祖父の話す英雄譚が大好きな。
穏やかでやさしく。
ちょっぴり臆病で。
何処にでも居るような子供。
彼はその赤い瞳を輝かせ。
白い髪を揺らめかせながら。
その手に剣に見立てた一本の棒を携えて。
無邪気に森を駆けていく。
しかし気付くと自分がどっちから来たのかも分からない。
すると途端に恐怖がもたげてくる。
「ひぅっ!?」
草木が風に揺られ騒めく音。
それだけで背筋がぞわっとする。
手が無意識に震え、木の棒を手放してしまう。
もはや自分が慣れ親しんだ森ではない。
まるで外と断絶された異界に迷い込んだよう。
「ぐすっ」
大粒の涙を浮かべながら。
その場に蹲る。
心がどんどんと闇に染まっていき。
凍てついたように体が動かなくなる。
「おじいちゃん」
助けを呼ぶように呟く。
たった一人の家族。
そんな彼の助けを求める声に応えてか。
近くの茂みがわしゃわしゃと揺れる。
「おじいちゃん?」
僅かに希望を滲ませながら。
彼がそう呼ぶとバッと茂みからそれは現れた。
毛に包まれた筋骨隆々の肉体。
牛そのものの頭を持ち、鼻息を荒く鳴らしている。
瞳は爛々と輝き、彼を食い殺さんと殺意を宿している。
ミノタウロス。
彼は知らないことだが。
ダンジョンにおいてはレベル2に該当するモンスター。
しかし地上に居る弱体化した個体では精々がレベル1。
尤も恩恵を持ちえない彼からすれば変わらないだろう。
レベル1に弱体化した個体だろうと素手で易々と捻り殺してくる。
「ブモオオオオオッ!」
「うわぁっ!」
凍り付いた体がなんのその。
一目散に逃げる。
走る。走る。
後ろから追いかけてくるモンスター。
捕まれば確実に死ぬ。
何処を走っているのかも分からないまま。
迷路のように入り組んだ森を駆ける。
その先にゴールがあることを信じて。
しかし残念。
その先は断崖の絶壁。
子供の力では到底登ることなどできないだろう。
「ひぅっ! 嫌だっ!」
岩肌に身を寄せる。
絶対絶命。
ミノタウロスの剛腕が、彼の頭蓋を砕かんと振るわれる。
辺りには見るも無残にミンチになった子供の肉が散らばる。
そうなるはずだった。
ブチュンッ!
さっきまで絶対の死を齎さんとしていたモンスター。
ミノタウロスが天から降ってきたのかと思うような巨大な足に潰されている。
「えっ?」
見上げるとそこにはミノタウロスより遥かに巨大なモンスターの姿。
強靭なる鱗を纏い、天を飛翔する。
英雄譚において最も強大な敵。
竜。
彼にとってその存在は物語の中だけのモノだった。
しかしそんな幻想が今確かに目の前に存在している。
神々しいその姿に見惚れていると。
ふとその背より声が聞こえてくる。
「ようやく見つけたか。人間の住処は何度も見たが。どこもかしこももぬけの殻。もしや私の知らない間に世界は滅んでいるのかと思ったが」
──杞憂だったな。
透き通るようで、どこか無機質な。
その声の主が竜の背から降りてくる。
「あっ」
思わず声を漏らしてしまう。
それほどの美を誇る少女。
黄金そのものと言える髪と瞳。
肌は死人のように白いのに、美しいと感じてしまう。
「どうした?」
彼がその姿に見惚れていることもつゆ知らず。
石像のように固まった少年を覗き込むように小首を傾げる。
「ひゃいっ!」
少年はその顔をトマトのように赤く染めながら飛び跳ねる。
数年後の未来。
オラリオの地で出会う運命。
金色の髪を棚引かせる風を纏いし剣の姫への憧憬は染まる前に塗り潰される。
白兎が想いしは暴力的な黄金。
自らとは反転した地に座する黒き少女である。
鮮烈な出会い。
自らの憧憬を得た運命の日のリフレイン。
ベル・クラネルは微睡む。
恐ろしくとも心地良い夢。
しかしずっとは続かない。
夢は覚めるものなのだから。
微睡む彼の意識を風が撫でる。
彼は心地良い風に頬を緩める。
しかしそれが気に要らなかったのか。
風は次第に威力を増し。
いつまでも起きない彼を、起きろと叩きつけてくる。
「ぐえっ!」
後頭部に生じた痛み。
部屋の壁に叩きつけれた痛みに声を漏らしてしまう。
「おいっ。いつまで寝てるつもりだ貴様」
部屋の入口の前で、腕を組む少女。
アルトリアという名の。
数年前に出会った憧憬。
しかし美しいと思ったその少女は。
実際には途轍もなくスパルタで暴力的だとすぐに知ることになる。
事実。
彼を起こすためだけに、下手をすれば人を殺しかねないような風を躊躇なく振るってくるのだから、何度泣いたかも覚えていない。
「やめてよ、お姉ちゃん」
後頭部を抑えながらそう呼ぶ。
気が付くとそう呼んでおり、そう呼ぶことに抵抗も無かった。
むしろ彼女の口調も相まってか、パズルのピースが嵌まるようにしっくりくる。
「さっさと来い。朝食が冷める」
ふん。
彼女は鼻を鳴らしながら去っていく。
これ以上待たせたら、とんでもないことになると。
手早く朝の身支度を済ませ、リビングへと向かっていく。
「あら、おはようベル」
微笑みながら、一人の女性が出迎える。
少女らしい幼さを残すアルトリアとは違い、大人らしいゆったりとした雰囲気を纏った美女であり、その名をアリアと言う。
優しく朗らかで包み込むような雰囲気もあり、生まれた頃より母親も父親も居なかった彼にとっては彼女こそが母親と呼べる存在だった。
「おはよう、お母さん」
「ふふ、ちょっと待っていてね。すぐ用意するから」
手早くテーブルに料理を並べていく。
今でこそこうして元気であるが。
出会った頃は衰弱しきっており、目覚めてからも記憶のほとんどを失っているのか唯一思い出せたのがアリアという名だけ。
幼いながらに可哀想だなと思っていた彼からすれば、こうして元気な姿でいてくれることは思わず笑みを浮かべてしまうぐらいには嬉しかった。
「おい、何を笑っている。さっさと席に着け」
「あっ、ごめんなさい」
急かされ、イスに座る。
「もう、あまり意地悪言わないの。ベルが可哀想でしょ?」
「ふん」
母の叱るような言葉に、鼻を鳴らしそっぽを向く姉。
いつも通りの二人の姿に微笑みを浮かべながら、空いた四つ目の席にチラリと目を向け、かつてそこに座っていた、頻繁に姉や母の風呂を覗こうとしては叱られていた豪快な祖父の姿を想起する。
一か月前。
村の近くまで降りてきたモンスターに、あっけなく祖父は殺され帰らぬ人となった。
突然の死。
母や姉に出会うより前。
生まれた頃よりベルの傍に居た祖父の存在は、彼にとっては二人よりずっと重かっただろう。
無気力な日々を過ごす中で、ベルはかつての祖父の言葉を思い出した。
オラリオ。
世界に響く英雄の地。
きっとこの世の何処よりも。
神も人も物も集まるその地であれば、この胸の喪失を埋められる出会いがあるかもしれない。
憧憬は得ている。
しかし強欲な人間である白兎はさらなる出会いを求める。
多くの神々と人。
深き奈落の穴が開いているその地で。
地を裂くような渓谷。
落ちれば死しか無いだろう、その谷の半ばから外へと繋がる洞穴の入口。
生い茂る草木をクッションにして一人の老神が倒れていた。
「ふう、危うく送還されるところだったわ」
荒い息を吐く。
すっかり自分に懐いている子供から離れる為とはいえ、モンスターに追いかけられたあげくに谷に落ちるなどさすがに無茶が過ぎたか。
脳裏に過るのは、笑みを浮かべた一人の少年。
かつて数多の眷属と共に築いたファミリア。
今は無きファミリアの最後の置き土産。
ベル・クラネル。
こんな別れになってしまったことに罪悪感はある。
しかし彼も随分と成長し。
何よりも数年前に出会った頼れる姉と母が居るのだ。
問題無いだろう。
「ふん。随分と役者だな貴様も」
洞穴の奥。
暗がりから一人の少女が歩いてくる。
「なんじゃ、この場所に気づいておったか」
「散策する時間ぐらいはあったからな。随分と前に見つけていた」
シニヨンに纏めた黄金の髪。
死人のように白い肌。
瞳は髪と同じく黄金色であり、瞳孔は縦に裂けている。
一見すれば、美しい少女だ。
しかし神としての直感がこの少女の正体を告げている。
「のう、お主は下界の敵か?」
──黒竜よ。
一言だった。
その言葉に少女の影が騒めき、一匹の竜を模るように広がりを見せ、ぎょろっとした双眼が不遜であると言わんばかりに老人を睨みつける。
「大人しくしろ」
少女がそう言うと一瞬でこの場を支配していた圧が消える。
ともすればかつてのファミリア最強だった男に匹敵する圧が。
「そうだな。私が敵かどうか。答えはそうであると言えるし。そうでないとも言える」
──私の道を阻む者が敵だ。
「道か。お主の道は人とどうあっても相容れないか?」
老神はそう問う。
答えによっては。
しかし老神のそれは良い意味で杞憂となる。
「いや、手始めにもっと味の濃い美味いものが食いたい。アリアが作った料理も不味くは無いが、いい加減飽きてきたのでな。まぁ、私が目指す道を端的に言うならば」
──この世にある美味いものを全て制覇する道だ。
老神はその一言にポカンと口を開けたかと思えば、呵々大笑と笑い声を響かせる。
「む。何がおかしい」
「いやいやすまんすまん。思ってたよりもずっと人間らしいと思ってな。つうかあの黒竜が食道楽とか。くっ腹が捩れるw」
「いい加減にしろ貴様。叩き切るぞ?」
「いやぁすまんな。あぁ、なんだ。それならば別に構わん。大いに周りを巻き込んで遊び食うと良い。じゃあ儂もそろそろ行くから」
──たっしゃでな。
老神はそう言うと手を振って去っていく。
アルトリアはその後ろ姿をじっと見ていた。
「食えない神だ。もしや神とは皆あぁなのだろうか?」
今だ一柱しか神を知らない身でありながら。
あんな神ばかりが集っているかもしれない、オラリオという地に僅かな恐怖を覚えた。