彼女は、生まれつき特別だった。
奇跡が起こせると外の世界では呼ばれていた。
何でも出来た。細かい理屈は必要ない。
頭にイメージした事を、思い通りに描くだけ。
そして祈るだけで良い。
実際、それで様々な事が起きた。
誰かが大きな怪我をしたとする。
瀕死の重傷でも良い、何なら死んでいても。
だって、彼女からすれば、怪我は結局人間の力で治るモノだし、死んでいても生きている瞬間があった。
ならそこに巻き戻せば良い。
大丈夫、この人は生きている。
そう思ってイメージを浮かべる。祈る。
勝手に周りが、現実が、変化する。
瀕死だった人は綺麗さっぱり復活して、一瞬前まで死んでいた人間すらも無傷で治る。
外の世界では治せない難病も彼女が祈るだけで完治した。
理屈は不明、過程も不明。
この力を一般人には恐怖を覚えた。
両親が怖いと言った。娘が、奇跡を当たり前に起こすのが。奇跡使い、何時しか嫌味でそう呼ばれる彼女を怯えていった。
彼女は願うだけで奇跡を叶える。万能の願望の器。
嘗てあったとされる聖杯。彼女は現代の聖杯だった。
幼稚園時代には、周囲は関わらないと言って友達も出来なかった。
奇跡を叶える万能の願望の器が、普通の友人を欲しいと願っても、これだけは何故か叶わない。
現実が友人の枠を上書きされても結局逃げてしまう。
怖いと泣かれた。知り合いがちょっとした怪我をした、だからいつも通り治したら怖いと言う。
(どうして?)
怖いのは、何故?
ああそうか、と納得する。分からないんだ。
自分が怖くないと。だから頑張った。
自分は無害だと証明しても、どんなに尽くしても。
周囲は、一般人には、彼女の奇跡は脅威だった。
小学生になったころ。外の世界では彼女は孤立した。
両親は不仲になり、ケンカが絶えなくなった。
(どうして?)
こんなに一生懸命に努力しているのに。
誰かのために、奇跡を起こしているのに。
どうして、誰も分かってくれないんだ。
彼女の奇跡は、本物の万能だった。
故に、裏の連中も近寄れなかった。
魔術師と呼ばれる連中が奇跡を見て欲したが如何なる計画も頓挫する。
その内に理解した。奇跡を叶える万能の器。
彼女は自分の普通の日常を願っている。だから常に日常という枠が固定されて、それを妨げる行為が事象レベルで成り立たない。
影の多くの魔術師達も匙を投げた。
奇跡使いには干渉云々の前に、己の現実改変で日常を固定化する事で無意識で身を守っているらしい。
感覚で彼女は奇跡を叶え、世界を変える。
彼女は、魔術師達にも無意味と捨てられた。
奇跡を起こす。手を尽くすも絶対に条件が揃わない。
こちらに来ないのなら意味が無い。
そもそも、だ。この力を説明するに、魔術師達は答えはこうだった。
こいつのこれは、生まれつきの性質だ。
生まれたときから持っている、身体の一部。
それが、外に吐き出されているだけ。
こいつは何かに常に接続している。
魔術で言うなら、この世界とダイレクトに繋がっている。
努力も、才能も、一切合財要らない。
彼女は根源的に世界の原理とパスが繋がった器。
奇跡はその副作用に過ぎない、と。
だから奇跡は起こせても、自分の願いは叶わない。
友達が欲しい。家族が仲良くして欲しい。
でも、この願いは無意味だった。
どんなに夢を見ても、家族は亀裂が走って、周りからは人が消える。
孤立して、軈て両親は離婚した。
多額を用意して小学生だった彼女を、此処なら解析できると信じて、学園都市という場所に預けた。
奇跡が奇跡じゃない街。能力開発という科学的根拠に奇跡は適応されると。
そのまま離婚。彼女は、家族を壊したと自覚した。
(どうして?)
自分の願いが叶わない。だから、今までは祈っていただけだったこの力を知ろうとした。
知れば、叶うと思ったから。
全ては、一個だけの最後の願い。
友達が欲しい。
これだけは捨てられずにずっと持っていた。
学園都市では、早速奇跡の解析を行う。
その過程で、とんでもないことが起きる。
能力開発を行う前から、こいつは能力を持っていた。
案の定、稀に居る最初から何かを持つ子供。
先例があったから彼女の奇跡を全容を暴こうとする。
彼女も協力的だった。最初は。でも気付いてしまう。
科学者達は利益が欲しいんだ。見返りが欲しいんだ。
今まで居なかった人のタイプに、彼女は困惑した。
いや、でもこれが普通と直ぐに気付く。
此処は学園都市。科学者。解析には、自分だけが得をするのが不公平。見返りがないと良くない。
幼い倫理観は、本能的にブレーキをかけてきた。
科学者達が暴く前に、奇跡が変化したのだ。
理解できれば良いんだろう? 漠然とした魔法のような奇跡は、彼女の脳裏に科学的根拠を提示する。
頭痛がした。膨大な知識量。吐き出すには幼い頭脳。
よく分からない人体実験には奇跡が勝手に抵抗した。
あらゆる機器が故障して、計測不可能になる。
科学者達が言った。無意識で防衛している。
AIM拡散力場が計測できない。そう叫んだ。
(どうして?)
自分を知りたいのに、奇跡は理解できない図面のようなイメージを見せて居るくせに、アウトプットの邪魔をする。
大人が良くない事を、するからか?
学園都市では、これが当たり前では無いのか。
分からない。より酷い頭痛がする。
体調不良で彼女は検査入院をすることになった。
計測できないのでは、ここに居る意味が無い。
初めて自分に苛立った。奇跡は、何がしたいんだ。
祈れば叶えるくせに、何故暴けば抵抗する。
だったら、どういう形でこの奇跡を解明すれば良い。
そう激しく激昂した。祈りだけが武器なら、寄越せ。
形で語れるモノを。奇跡を叶えるルーツを見せろ。
怒りで祈って奇跡は分かりやすい結果が見せた。
――USBメモリ。
これが、彼女の奇跡の答えだった。
必要なモノ。これが、奇跡の解答。
「……ドーパント」
検査入院中に、ベッドに横たわる相変わらずの計測不可能な状態で彼女がその名を口にする。
「ん? なんだ?」
担当医が問うと、蕩々と彼女は語る。
必要なモノが分かった。自分で計測は奇跡が抵抗して無駄だろうから、代案を提示された。
兎に角、大容量のメモリをくれ。
学園都市なら腐った技術だろう。
そこに、自分の奇跡を付与できる。
一個につき、一個だけの奇跡。
今出来る、妥協案。
「ドーパントなら、誰でも使える奇跡。いっぱいあって、わたしにも分かんないけど。これが、奇跡の譲れる範囲だと思う」
一歩、前に進む。防衛本能を掻い潜った、苦肉の策。
学園都市で革命が訪れた日。軍事革命だった。
後天的に、能力を他人に配布できる能力者が現れた。
どんなモノでも、どんな奇跡も媒体で記録できる、まさに奇跡。
これを、彼女はこう呼ぶ。
ガイアメモリ。これが、彼女の奇跡の正体。
これを使えば、どんな人間でも能力を得られる。
無論、リスクはあった。ドーパント、彼女が命名したそれらは怪人となって変貌する。
「奇跡に適した身体になるんだって。ドーパントは、その最適化」
理屈としては、奇跡……ガイアメモリによる肉体の強制変異。
科学的に見ても怪物にとしか言えない計測結果が出ている。
無造作に振るっていた、魔術師達が接続していると見ていた世界の原理。
原初の記憶。地球の記憶。
科学者達がサンプルに求めて、あらゆる事象に彼女は対応した。
例に言えば炎が欲しい。単純にそう言えば、
「ゴメン。奇跡が多すぎて分かんない」
と言ってその系統のガイアメモリを膨大な量を作り出す。
手数は無限。記憶は一個でも複数使えれば問題ない。
学園都市は彼女の奇跡は大いに歓迎した。
その貢献は、軍事産業の革命と言えるほどの画期的な道具だった。
ガイアメモリを複製する。ドーパントで実験。
科学者にもデータが漸く取れて本格的に彼女の奇跡の全容を暴かれた。
その奇跡とは、にわかには信じがたい事だった。
科学的根拠で言えば、彼女の能力は言わば3Dプリンターのようなもので、何処か大きな記録媒体に繋がっている。
そこから出力して、能力を行使する。本人には至って制限はない。
学園都市ではそれまで
彼女は知ったことじゃない。演算が要らない。
ただのプリンター、吐き出す末端。記録媒体に接続している限り、記録された現象は行使できる。
漠然とした事象現象から文化、空想から歴史、物理的なモノでも。
何でも彼女はアリだった。ガイアメモリは何でも作れた。
奇跡の中身は全能に近い、記録媒体のアクセス権。
当然、副作用が出た。ドーパントが知性を失って暴走を始めたのだ。
検査したらガイアメモリ本体に速効性でもあり遅効性でもある、強い中毒性があったのだ。
ガイアメモリの直差しは最適化の影響で諸に毒を受ける。
麻薬に似ている。薬中のように暴走するドーパント。
新たな事態に奇跡はそれに対しての予防策も持っていた。
濾過装置。毒素を抜くドライバーを作れば良い。
ガイアドライバー、ロストドライバー、ダブルドライバー。
ドーパントによる幾多の犠牲を、彼女は知らない。
知ったことじゃない。自分の願いが優先だった。
孤独が嫌で、友達が欲しいだけなのに。此処でも何年も隔離されて学校にも行けない。
ここまで至るまで、六年かかった。
ずっと独りぼっちだった。親しい人が、居なかった。
小学生高学年、友人らしい存在は現れず、隔離されてドーパントの製造ラインに専念していた。
最初から彼女には専用の研究機関が出来ていた。
ミュージアム。そう呼ばれる、専門の研究機関。
彼女は、学園都市に来た頃から能力者の立場から最高峰の一人だった。
学園都市への貢献度が非常に高い。
軍事転用に至っては例の計画顔負けの技術革新。
彼女が、超電磁砲よりも先代の序列三位。
今も変わらない、二人の同列序列三位。
他者にリスクありきで能力を与える事が出来る、唯一無二の能力者。
その頃だった。
ミュージアムに、同世代の女の子が来た。
リモコン片手に、周囲の人を操作している? 女の子が。
蜂蜜色のお星様の瞳、綺麗な金髪のロングヘア。
簡素な服装の女の子は、ミュージアムを観察しに来た、と担当医から聞いていた。
やっとだ。やっと、同世代のお友達が出来る!
そう思った彼女は、早速接触を試みた。
だが、相手は嫌そうだった。
「ここ、まるで兵器の製造工場ねえ。で、あなたがその大本の
呆れたように、こっちの方にリモコンを向けてボタンを押した。無機質な音と。
「……はぁ? 何よこれぇ……? 物理的に私の能力を無意識でシャットアウトしてるわけぇ?」
困惑した態度の少女が、リモコン連打。
「えと?」
何かした? と問うと今もやってると彼女は言う。
一個も、一回も、通らない。
パターン変えても、全部弾いている。
「聞いてないわよぉ!? この子がその気なら、私無抵抗にドーパントっていう怪物にされちゃうんですけどぉ!?」
逃げ惑うように周りの大人を盾にする少女。
「えっ? いや、わたし無闇矢鱈に……」
「ミュージアムが勝手に実験やってるのよ! 自分の能力ぐらい把握しなさいよぉ! タンマ、ストップ!」
「ごめんなさい……」
悄気る。同年代に指摘された、自分の奇跡……能力の管理。
ミュージアムがやってくれているから任せて良いと言われたのに。
「何でそこ素直に信じるの!? 此奴ら何やってるか知らないとはいえ、あなた学園都市に凄い数のドーパント増やしてる自覚ある!?」
「……ない」
「でしょうねえ! 想像力が足りないぞ、超能力者のくせに!」
説教する少女は敵意はないと分かったようで、警戒しながら怒る。
「普通、研究機関って大人だし任せるモノじゃないの?」
「感覚があいつと一緒で一般人の善意信じるタイプ!? 流石に無責任過ぎるんじゃない!? 物騒なモノ作れるのに!」
「物騒……? ガイアメモリって物騒かな」
よく分からない。彼女の奇跡が、毒性のあると言えども能力の付与が出来る、素晴らしい能力だと言われてきたし。
「騙されてる! 思いっきり騙されてるわよあなた! ミュージアムの連中は言うほど綺麗事で済むと思うの!?」
「分からない……」
隔離されて育ってきた。
ミュージアムの無菌培養故に、悪意がわからない。
頭を抱える相手の少女。
初めて出会う同年代は色々知っているようだった。
「これだから無菌培養は……! いい!? 学園都市は、あなたの能力を軍事転用してる。そもそもその能力が学園都市の常識をひっくり返した。他者に能力を与える、それがもうおかしいの。あなたはドーパントを増やして争いを広げる大きな工場。製造元と言っても良い。そして何より、
「数える? わたしの能力は犯罪じゃないよ?」
「利用されてれば変わりは無いわ」
ぐうの音も出ない正論も、正直理解できない。
だって。
「だって。学園都市は、レベルが全てだって。そう先生は言ってた。成長しない生徒も、ドーパントになれば能力を得られるって」
そう。ドーパントになれば多くの弱者を強く出来る。
本質が麻薬でも、奇跡の為の代償だと思う。
「無能力者の事を良いように言いくるめてるわねぇ」
「わたしの能力は、皆をシフトチェンジさせる、革命だって。ドーパントは奇跡だって」
そう、ミュージアムは言っていた。
言い聞かせてきた。
「奇跡……違うわ。それは、怪物を生み出すニセモノよお。確かに二重の能力は得られるけど、ドーパントが軈てどうなるか。知ってる?」
意味深に問う少女に首を振る。
「知らない。それにわたしの能力は、まだ全部お出ししてない」
「ドーパントの解決策を知ってて渋ってたの!?」
「毒素を抜く方法が最近まで出て来なかっただけというか……」
「それすら情報統制か……。徹底してるわね、ミュージアムのお姫様は」
皮肉に言う彼女は言う。
もうミュージアムは彼女が手に入れた。
これからは、天理付与を正しく使え。
それで本当の意味で許される。
「意味わかんない……」
「本来の超能力者は、組織一個潰す程度、朝飯前だってことよお。無菌培養のお姫様は理解力が足りないぞ」
叱るように彼女は言った。
能力者のレベルは学園都市への貢献度が基準じゃないのか。
聞いていた話と違うんだが。
「うん? ミュージアム、どうなるの?」
「解体と言いたいけど、出来ないのよね。当分はガイアメモリの製造工場として、稼働させるしかないわね」
「……ここは、わたしの能力の基盤だから、壊されると困るよ」
ミュージアムを結局、彼女的に入手するのが目的だったらしい。そう言われた。
「知ってるわぁ。だから、わたしが管理するって言ってるのよぉ、能天気なお馬鹿さん」
本人は言う。今の学園都市は、ガイアメモリの争奪戦で混沌となっている。
これも彼女の罪だと指摘して言う。
「正直者は馬鹿を見る。学園都市の常識よ。忘れないでね。あと私、フィジカル弱いのよねえ。能力に全振りの超能力者だから。ここの掌握って重要なのよ。だからもしも、あなたが天理付与をちゃんと使うって言うなら。ガラじゃ無いけど、信じてあげる。貴重なのよ、これって。一度きりのチャンスだと思いなさい」
知らぬ間に能力の悪用をされていた。
だから、もしも彼女に彼女の思う超能力者の夢があるなら、償え。
「ゴメン、よく分からないけど治安悪くなったの?」
「そりゃもう。手頃な二重の能力保持のための麻薬にね」
「うわ……」
そういう事か。漸く理解できた。
彼女のガイアメモリを散蒔いてドーパントを量産化していたんだ、と。
「……うん。わたしの能力は、皆をシフトチェンジさせたい奇跡だから。散蒔かれたなら、先ずはガイアメモリを正しく使って貰う」
「何でもありの能力者らしいわねえ」
呆れる少女に、宣言した。
「わたしは、ミュージアムのやった事を正すよ」
「信じて良いのね。ミュージアムのお姫様」
「自分の奇跡を、悪用はさせない。その為の新しい奇跡も出す」
皆のために使いたい。その為の超能力者。
嘘は言わない。
「ヨシ、ならこの腐ったミュージアムの意識改革は任せて。あなたは目指せドーパントの駆逐!」
「分かった。……あと、さ」
少女は彼女に問う。一番の、唯一の願望を。
よりにもよって、既に傷を負う
「食蜂操祈さん。わたしの友達に……なってくれる?」
そう言われて、何も知らないで利用されていた奴を見捨てるほど、当時の食蜂操祈も冷酷では無かった。
「仕方ないわねえ。特別に良いわよ、星川千夜さん?」
こうして心理掌握と天理付与。
二人で一人のレベル5が、学園都市の蔓延る欲望の怪人、ドーパントと戦う日々が始まった。