アラサー魔法少女、10年後に飛ばされたら後輩に全力で守護られる 作:非千葉県民
淡島雪雛は自分を哀れな存在だとは思ったことが無い。しかし、他人から見ればそれなりに同情される身の上であることも子供ながらに理解していた。
雪雛は一人っ子だった。
故に、母親の期待を一身に受けることになるのは必然であった。
雪雛の母親は俗に言う教育ママと呼ばれる人種で、それもかなり過激な部類に入る。どうも学生時代はエリート街道を歩んでいたらしい。中学受験に成功すると県内トップの私立中学に進学し、成績は常に学内10番手以内。エスカレーター式に高校に進級してからも好成績を維持し続けて、教師陣からも満場一致で国内トップ大学の合格を嘱望された才女だったそうな。しかし高校二年の途中で大病を患い、二年間の入院生活で何とか日常生活は問題ないくらいには寛解したものの、長期入院による弊害で学力は低下。かつての輝きを取り戻すことも無く三流大学に進学したのだと、父親はとある晩に酒に酔った勢いで小学生の雪雛に吐露した。
要するに、雪雛という娘は母親の分身として育てられたのだ。
幼い頃から英語教室や公文に始まり、フラッシュ計算や算盤と言った、地頭の育成が見込める教育コンテンツは一通り手垢を付けさせられた。小学校に入ってからも週5で塾に通わされ、目指すは母親が通っていた難関私立中学に主席合格することだった。
しかし、神の悪戯か、雪雛には母親が期待するほどの才能が無かった。
勿論勉強すれば学力は上がる。
だがライバルも同じく勉強をしている訳で、その差がプラスにもマイナスにも大きく開くことはなかった。
模試を受ければ大抵偏差値50前後付近をフラフラと漂い、母親の求める水準はおろか、第一志望としている中学に手も足も出ない始末。
当然それを母親が黙って応援するわけも無く、模試の結果が発表されるたびに雪雛は罰として体罰を受けた。受験期が近づくにつれて評価の対象は模試だけでなく、普段の小テストや、学校での通知表にまで及んだ。母親が求める水準を下回れば殴られ、蹴られ、部屋に閉じ込められ、勉強を強制された。
「これだけやって何で駄目なの! どれだけ馬鹿になれば気が済むのよ貴方は!!」
「お母さん何か悪いことした!? お母さんへの意地悪でこんな成績になってるのよね!? ねえ私どうすればいいの!? なにか言いなさいよ!!」
雪雛は耐えた。
耐えるしか雪雛に用意された選択肢は存在しなかった。
雪雛にとって母親は話の通じない化け物で、父親は何の役にも立たない案山子に同じ。
この小さな世界は地獄で満ちていて、悪意は常に雪雛の首を握っている。
秋科空子との出会いは、小学5年生も終わりに近づいた真冬の塾の帰り道だった。
「そんなとこで何してんだ。暇ならちょっと付き合えよ」
橋梁の手すりに寄りかかって下を眺める雪雛の様子に危うさを覚えた秋科は見知らぬ雪雛に話しかけ、事情も知らないままとりあえずゲーセンに誘った。秋科という女は非常に単純で、ガキは楽しくなれば嫌なことなんて基本すぐ忘れんだろと、そんな雑な考えの下で誘ったのだが、雪雛にとっては未知の連続だった。
その日は家に帰らず秋科に連れられるがまま夜の繁華街を練り歩き、最後には秋科の家にまで行って肩を並べてアニメを見た。娯楽を禁止されていた雪雛にとってその日は革命の一日だったと言える。
帰った雪雛を母親は折檻した。正直、想像通りだった。
でも雪雛は下を向くことをせず、代わりに秋科のことを考えていた。
それからというもの雪雛は秋科のもとへ通い詰めた。
秋科は良く雪雛を気に掛けた。同情もあったが、単純に言動と反して面倒見が良いのもある。背丈は雪雛の同級生の男子と同じくらいなのに、かつてないほどの安心感を雪雛は秋科に抱いた。
「秋科さんっていつも何をしてるんですか?」
その最中で興味本位で知ったのだが、秋科は世間的に無職らしい。
聞けば、少しバツの悪そうな顔をしながらこんなことを宣う。
「あー私は良いんだよ。なんつーか、悪い奴倒す仕事してっから」
「それって……警察ってことですか?」
「そんなところだ。給料は出ないけどな」
「え? どうやってそれで生活しているんですか?」
「……良い女は秘密が多いのさ」
悪い奴を倒す仕事……ヒーローなのかな。
似合わないなあ。でもカッコいいなあ。
そうなんだ、なんて納得したふりをしながらも興味は尽きなかった。
そんなこんなと秋科の元へ通い詰めているうちに気づけば中学受験に落ちた。一応受験はしたが火を見るよりも明らかで駄目だった。そりゃそうだと雪雛も納得する。なにせ一度たりとも合格可能圏に入らなかったんだから受かる見込みなんてゼロである。
冷静な雪雛とは対照的に母親が発狂した。これも何となく予想出来たことだった。
雪雛のことを努力不足だ非行少女だと詰って殴り、大黒柱ながらも学歴自体は母親よりも低学歴な父親を責め立ては皿やコップを投げ、最後には近隣住民から警察を呼ばれるほどにヒステリックな大騒ぎをした挙句、何とかそれは収まったのだが。
中学受験は本命一本勝負だったため、そのまま公立中学に進学した雪雛を取り巻く家庭環境は正しく灰色だった。
母親は雪雛から興味を無くして、廃人のように日々を送るようになった。父親は父親で外で愛人でも作ったのか、滅多に帰ることがなくなっていた。一般的には機能不全家族と言えるが、それでも去年よりは大分マシな感じだ。
「秋科さん……来ちゃいました。」
「構わねーよ、別に。飯食ってないんだろ? ほれ、食ってけよ」
しかし、雪雛はそんな真実を秋科には話さなかった。
依然として教育虐待の被害者で、理不尽な監獄から隙を見て何とか逃げ出した被害者を装って毎度秋科のもとを訪れていた。
だって───真実を話せば心配されなくなってしまうかもしれないから。
「あー、それなら良かったな。もう私のとこ来なくても良いんじゃないか。年長者として言うがもっと家族を大事にしてやれ」
───なんて言われたら、雪雛は泣いて許しを請う自信すらあった。
何に対して許しを請うのかは分からない。とにかく想像するだけで苦しくて、悲しくて、辛くて、嫌だった。
次第にその感情は時間と共に色を変える。
3秒に1度は私のことを見ていてほしい。頭の片隅では常に私について悩んでほしい。ムカつくときは私のことで腹立ってほしいし、お腹が空いたら私の髪の毛を欲してほしい。
魔法少女としての才能に目覚めたのも、そんな思考に至り始めた中学一年生の夏の頃合いだった。突然手のひらから白い星型の光が溢れて、堪らず最も頼れる最愛の大人である秋科に泣きついた。新種の病気かと気で気ではなかったのだ。
そこで雪雛に魔法少女の才能があること、そして自身が魔法少女であることを明かした。
そして確信する。
最早これは運命が二人を結んだのだ。魔法少女抜きにしても自分こそが秋科の愛娘であり恋人であり親友であり母親であるという奇妙な自負が育ちつつあったが、魔法少女という共通要素が増えたことでより加速する。
魔法少女になったことで秋科の弟子になった雪雛は、実戦経験を経ることなく秋科の訓練のみで実力を蓄え、これからというところで───秋科が悪い妖精により攫われた。
絶対に攫われたのだ。死んだわけじゃない。
敵が時を操ったというのは何となく分かった。
その後に秋科のパトロンを名乗る女、音崎英玲奈と出会って、色々と便利な道具が発明されて。
その道具の一つを使って行ったマナ解析により───敵は攻撃魔法をマナに逆変換し、そのマナを利用して未来へと秋科と共に飛び去ったことを知った。
つまるところ、秋科は必ず帰ってくる。
この閑静な住宅街に、この寂れた事務所に。
20歳を超えて魔法少女に変身できなくなった雪雛は旧事務所に通い詰める。
魔法が使えなくなっても思い出の事務所だけは守ることが出来るのだから。
雪雛が出来ることはただ一つ───秋科との再会を夢想すること。
そして、再会が叶った今。
淡島雪雛は自分が幸せ者なのだと改めて実感した。
─── ─── ───
わんわんと号泣しながら「ごめんなさい……好きです……ありがとうございます……いなくならないで……!」と口走る雪雛をあやすこと10分。
飼い犬にするかのように背中から頭まで撫でつけて、存在を確かめるように何度も私の名前を呼んでくるからそれもはいはいと答えて、ようやく雪雛は落ち着きを取り戻してきた。
「秋科さん……本当に秋科さんです……燕ちゃんが作らせてた等身大フィギュアじゃありません……!」
「おうおう泣くの止めろー秋科さんだぞー……今なんつった」
「この10年は耐え難いものでしたが……本当に……本当に待った甲斐がありました……!」
私の疑問は華麗にスルーか。偉くなったなおい。
まあいい。良くはないが今はいい。
私は雪雛へ質問を投げかける。
「───それで、そろそろ状況を聞いても良いか? 雪雛、お前は私の状況を分かってる……そうだよな?」
雪雛は目元を拭うと、今度こそ落ち着き払った声になった。
「あの……そうですね。はいと言いたいところですが、私も分からないことがあるので、お聞きしながら説明します」
落ち着いたはずだが、未だに私を暑苦しく抱き締めたままで言う。
いい加減私のことを思うんなら、そろそろ苦しくなってきたから離してほしいんだが……クソ。押し返そうとするたびに力をこめられて胸元を押し付けられるので未だに脱出は叶っていない。私はテディベアじゃないんだぞ。
存在を確かめるように背中に手を回して、私の背中のあちこちをポンポン叩きながら雪雛は口を開く。まるで非破壊検査でもされてる気分だ。
「こほん。まず最初に一応……確認させてください。秋科さんはコード1S……時間の操舵士を名乗る妖精との戦闘で、2008年からやってきた秋科さんということで合っていますか?」
「ああ、そうだが───」
「つまり28歳独身合法ロリの秋科さんということですね?」
「……おい。教え子と言えど喧嘩なら買うぞ?」
うんうん頷きながら言うんじゃねーよ。突然なんだよ。滅茶苦茶にムカつくな。
しかし、昔の雪雛はであればこんなことは言わなかった。状況は良く分かってないが、少なくとも図体と同じく精神的にも成長しているのだろう。
全く、ちゃんと大きく成長しやがって……。
雪雛は私の挑発に対してぽっと乙女みたいな笑みを浮かべて言う。
「既にお察しの通りかもしれませんが……この世界は秋科さんから見て10年後の世界になります。私はつい先日24歳になりました」
……ま、なんとなくそんなとこだろーとは思っていたが、実際に聞くとSFファンタジーだな。
改めて雪雛の顔を見る。
昔の雪雛は血行があまり良くなく、肌もカサツキがちで、素材は良いものの何処か座敷童みたく陰気な空気を醸し出していた。それが今や立派に美人をやっている。私よりも背丈は大分大きくなって、すらりと伸びた大腿部は私でも感心する程度に良く出来ている。顔のパーツも子供時代の面影を残しつつも随分と垢抜けた様子で、特に目だ。大きく見開くようになったからか随分と明るく見える。大和撫子な美少女……じゃなくて美女になっちまったなコイツ。
「……なんだ、デカくなったな」
コメントに困って、久しぶりに会う親戚の叔父みたいな言葉になってしまった。
それでもかつての師匠からの言葉で嬉しいのか、雪雛は照れながら頷いた。
「はい。お陰様で」
本心から言ってるのだと分かる透き通った声音が耳朶を打つ。
しっかし、お陰様と言われるとこそばゆい。
私なんかお前からすりゃ子供時代のほんの一部を一緒に過ごしただけで、大したことはしてねえっつーの。一緒にゲームして、魔法少女について教えて、飯食わせただけだろ。お前の人生にそう大きな影響を齎した覚えはねーぞ。
いやはや、それにしてもここが10年後、か……。
改めて私は周囲を見てみる。古色蒼然とした佇まいが家賃の安さの秘訣であるこの雑居ビルは相変わらずオンボロで、周囲の景色も大きな変化はない。車は飛んでないし宇宙服みたいな奇抜なファッションセンスの未来人も出歩いていない。昨日までの街並みと比較してもそう大した変化が見受けられない。
実感が湧かん。雪雛を見なきゃ恐らく信じなかっただろう程度には。
雪雛を見なきゃ、伽藍洞な事務所も強盗に室内の家財道具から埃一つに至るまで盗まれたと勘違いしていたかもしれない。
しかし、ともすると、何で事務所に何も無いんだ?
「事務所は……もしかして私が死亡扱いになったから家賃が払えなくなって解約されたか?」
「いえ、3年前に移転しました。利便性が低いということで」
「そ、そうか……」
「今は使ってませんが、管理は私たちのほうでしています」
なるほどな。
賃料の安さで借りていただけだから特にこだわりがあったわけじゃないが、こうして空っぽになっているのを見ると感慨深いものが湧いてくる。何だかんだ長年住処にしていた場所だ。
昨日までは机も椅子もあって、冷蔵庫には大量の冷食やら、私物のゲーム機やら漫画やらで溢れていた事務所だ。
それが何もない。本当に物一つ置かれていない。
盗まれたとかでもなく、単純に捨てられたか移動させられたのか。
10年───本当に10年後なんだな。ここは。
「そういうことですので、立ち話もなんです。続きは私の家に移動してから話をしましょう」
徐々に輪郭を持った実感に包まれ始めた私に、雪雛はようやく私への抱擁を止めた。抱擁と同時に拘束を受けていた両腕が自由になる。
ったく、ようやく解放された。
「って、なんでお前ん家なんだよ。フツーに新しい事務所に案内しろよな」
「行ってどうするんですか。言っておきますけど住めないですからね」
咎めるようなジト目で雪雛から睨まれる。
何故バレる。
いやいや、私にゃ家がないんだぞ。私の戸籍上の住所、目の前の伽藍洞だし。
ほら、ここは師匠ってことでせめて一晩くらいは事務所に泊まるくらいさせて貰ってもいいだろうが。
それに私は別に椅子と布さえあれば余裕で寝れるし。
雪雛はスーパーの駄菓子コーナーで駄々をこねる子供を注意する母親のように付け加えて言う。
「新事務所は普通のオフィスビルなんです。可住性に乏しいんです」
「はあ? オフィスビル……? なんでそんなことになってるんだ……まあいいか。なら私はここで泊まるわ」
私が持ってた手持ちの鍵で開いたってことは、まだこの旧事務所は使えるな。雪雛も管理していると言うだけあって埃とかもさして落ちてないし、床に布でも敷けば普通に寝れそうだ。
そんなことを考えていれば左手首をガシリと掴まれる。何だよ。
「秋科さんは私の家に来るんです。反論は許しません」
「許せよ。私は師匠だぞ。言っとくが10年経ったとしても私はお前より4つ上なんだからな」
「ちっこい癖に態度だけが大きい秋科さんの言葉なんて屁でもありません」
「んだと!? この……!!」
クソ……! 力強えなこの野郎……!!
余裕ぶった態度が癪に障るな……!
「では弟子に抵抗できない情けない秋科さん、行きましょうか」
さっきからコイツ舐めやがって……絶対後で殴る……!
満面の良い笑顔でこちらを見下す雪雛を見ながら、私はクソ生意気に成長した弟子に反逆を誓った。
─── ─── ───
バスと電車に揺られること30分。
雪雛の家はターミナル駅すぐ側の高層マンションだった。
「ちょっと待て……本当にここか?」
「はい、家です。綺麗ですよね」
胸を張って答えるあたり、事実らしい。
そりゃ綺麗だが……見るからに高級なところじゃねーの。
ざっくばらんに40階くらいはありそうな建物で、ガラス張りのドアからは入ってすぐの豪華なエントランスが微かに見て取れる。
「入りますよ?」
「あ、ああ……」
「動揺してる秋科さん可愛い───とか思ってないですからね、はい」
「何だお前?」
私の顔を見ながら無表情で変なことを宣って、やけにハキハキと否定する。
意味が分からん。
整然とした花壇を通り過ぎて中に入ると、贅沢に空間を使った大理石のロビーに出迎えられた。如何にも高額納税者が住んでいそうなタワーマンションの一角といった装いで、処々に置かれた調度品が高級ホテルの如くラグジュアリーな空間を演出している。見ればコンシェルジュが常駐しているらしい。絶対いらねーだろ。ここ住んでる奴はどんな貴族趣味だよ。
「んで、聞いても良いか? こんな場所に住めるって、お前何したんだ?」
この雪雛は24歳。とんでもなく良い会社に就職して、景気良く高級住宅に入居したなんて可能性もあるが───雪雛に限っては無いな。コイツ、そんな自分のことに金を使わないタイプだし、私と同じく節制タイプの人間である。先週の雪雛なんて出前とか嫌って自ら料理を始めようとしたくらいだ。肉野菜炒めを作ろうとして全て灰と塵に変えたことで食材費が無駄になったけどな。
私の素直な疑問に雪雛の表情が少し陰る。
「それはあの、資金調達を少しばかり……」
「資金調達? ああ、借金のことか?」
「ローンすら組んでませんよ!」
無理して借りているのかと思ったが違ったようだ。
てかローンって言葉が出てくるってことはもしかして借家じゃないのか。マジかよ。私の教え子が金持ちすぎる。
雪雛は重い口を開く。
「実は少し前に燕が株で億り人になったんです……」
燕かー……。
結城燕。雪雛と同じく私が面倒を見ている魔法少女の一人で、お調子者という印象が強い。頭の回転が速くて大抵のことは一度経験すれば要領よくこなす、器用というか、万能な弟子だった。
しかし。
「億り人ってのは……?」
「要するに億万長者になっちゃったんです」
「燕がか!?」
「はい。あの燕が」
思わず声が裏返る。
いやいや、そんなタチじゃなかったぞ!?
寧ろ「いやーたはは! 上がりそうなんで全額レバレッジ倍掛けたら全財産無い無いになっちゃいましたー! やっちゃいましたねあたし!」とか笑いながら元気に負けてる姿の方が想像つくんだよな……。何となくだが。
雪雛も少し遠い目をして、夢でも見たかのような口調で淡々と話す。
「どうもIT銘柄の株の投資に成功したらしく……その後も色々と不動産に手を出していて、ここもその一環で買ったそうです」
「頭が痛い……10年でそう変わるかよ……。それでお前もちゃっかり住んでると?」
「はい。私と夢夏と燕で暮らしてます。知人割引で格安で住んでますよ」
家賃3万で住んでますと口にする雪雛。
確かに安いな……。
この辺じゃ築50年の木造アパートにしか住めない金額だ。
そこで私は最後の一人の存在を思い出す。
「そーいや夢夏はどうなんだ? 10年ありゃ多少真面目になってるだろ」
花見夢夏。中学1年生の13歳……だったのは昨日までで、コイツも今じゃ23歳になっているであろう。
「全然変わってないですよ。今もマイペースに大学生をやってます」
「ふーん……大学生ね……」
確かに23つったら大学生か。
……23歳で大学?
ストレートなら22歳で普通は卒業してるだろ。
計算が合わん。
いや、なるほど。
「アイツ、留年したか」
「気付かれましたか」
「で、何留してんのいま?」
「3留で3年生です」
「……ったく、あいつは」
本当に変わりないらしい。
私の知る夢夏と同じで安心していいのやら、マイペースが過ぎると叱咤すべきなのか悩ましい。
しかし10年経っても私が面倒を見ていたガキ共がつるんでいると聞くと、柄にもなくほっこりとするものがある。女の友情なんて儚いもんだが、魔法少女って繫がりがデカかったのだろう。
私が知ってる三人は雪雛を筆頭に、いがみ合っていた記憶しかねえし。
「お前たち三人が一緒に暮らしてるなんて正直意外だよ。漫画でライバル同士が時間の流れと共に仲良くなる展開はあるが、リアルでもあるもんなんだな」
雪雛の表情が一時停止する。
「あ、あー……」
「どうした雪雛?」
「いえ、何でもありません。さ、エレベーターに乗りましょう。私の家は高層階だから景色が良いんですよ?」
明らかに話題を逸らされた……まあ良いか。どうせ他の二人とも直ぐに合うことになるんだ、今の妙な間もすぐに分かることになるだろう。
手を引っ張られるがままに10基もあるエレベーターの1つに乗る。ボタンは1階から3階、飛んで20階から40階までずらりと並んでいる。どうも住んでる階層によって乗るエレベーターが変わるシステムらしい。
エレベーターはえらく速い速度で上へ上へと加速して行くと、大した時間も掛けずに30階分の高さを上っていく。
減速を始めてすぐにエレベーターがベルを鳴らし、目的階に到着する。
38階か。ここの一室を買い取るとか幾らかかるんだろうか。投資ってのはそんな儲かるもんなのかね。
ドアが開くと、目の前に金髪の女が立っていた。間の抜けた表情にぼさぼさのロングヘア。
……あまりにも変わらなすぎて滅茶苦茶見覚えがある。
「夢夏だな?」
「10年ぶりだね空子。夢夏はね、この時を楽しみにしてたんだ」
一人称は相変わらず自分の名前なのな……。
呆れつつも確信する。コイツは私の知る花見夢夏、その成長個体だ。
素晴らしくやる気感じられない立ち姿に、周囲からどう見られるかを一切考えていない適当なファッション。10年前から変わらずインドアらしく肌は極めて白く、23歳ながらも精神年齢の問題か、純粋な遺伝かは分からないが、ぱっと見だと女子高生くらいにしか見えない。
まあ……お前は多分御三家の中で一番ストレートに成長してるよ。燕とはまだ会ってねえけど。
夢夏はとことこ歩いては私の空いてる手を掴むと、雪雛の方に顔を向ける。
「お疲れ雪雛。ここからは夢夏が家まで案内するから帰っていいよ」
「私の家もここなんですけども」
「じゃあ今までありがとう。出てって良いよ」
「嫌ですよ。てかなんで貴方に言われなきゃならないんですか」
「じゃあ空子、帰ろ~?」
「無視しないでくださいクソニート」
確かに燕が買った物件とか言ってたもんな。夢夏も雪雛同様、家主とは言えない立場だろうに何故か自信満々に威張って言っている。
「おいお前ら、それより両手を掴むな。揃いも揃って拘束でもするつもりか?」
「雪雛から先に離したら私も離す」
「そうですか───」
剣呑な目で雪雛は夢夏を睨むが、睨まれている当人は意に介していない。昔から胆力あるよなお前。
「チョーーっと待ってください! あともう一人、最も重要なるワンピースを忘れてはいませんか!?」
突如廊下から響き渡る声。
……うん、言うまでもないな。燕だろう。声は少し低くなったような……なってないか。昔と同じく無邪気破天荒な声をしてるな。
───クイクイ。
声を無視して夢夏は手を引っ張ってくる。部屋はそっちなのか。
「そういや夢夏、ワンピースのネタバレを一つ知ってるよ。シャンクスはファミレスのドリンクバーで髪を洗ってるんだって」
「なんだその考察。絶対嘘だろ」
「嘘……というか動画サイトで妙に流行った謎考察です。夢夏、変なことを秋科さんに教えるのは止めてください」
「無視しないでください!! 酷いですよ秋科さん!! 私が可愛く美しくハスキーかつ大胆不敵なダイナマイトボディーに成長を遂げたからって目を背けるのは流石に失礼じゃないですかね!!」
ああもう喧しい。金持ちになったと聞いていたがコイツも変わってねえ。
一応見れば、女がいた。茶髪セミロングで分け目に年甲斐もなく紅いリボンを付けている。ダイナマイトボディーではないな。
あとゴスロリドレスなんて着てるのか。痛いな。
「秋科さん!!! 今絶対に私の事見て「うわ、コイツ痛々しいな……あと言うほどダイナマイトでもねえな」とか思いましたよね!?」
「思ってねーよ。うるせーな」
「私と再会出来て嬉しいですよね!? 私は超嬉しいですけど秋科さんも絶対に嬉しいはずです!! 抱きしめちゃいます!! 再会のギューであぐっ!?!?」
両手を二人から同じ方向に引っ張られた。
思わずよろけて3歩ほど横にずれると、立っていた場所にルパンダイブした燕が頭からカーペットに衝突した。動かない。
「……こいつ、昔より五月蠅くなってないか?」
二人はそれぞれの顔を見合わせて。
「こんなものですよ」
「燕は元から病気」
辛辣な態度を見て私は何となく確信する。
───こいつら、別に仲良くはねえな。
続ける気はありませんでしたが圧に負けました。