万職の創造魔導士   作:東雲優

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第2話 器用貧乏の戦い方

 翌朝。

 

「……よし、準備完了」

 

 東雲優は、自室の姿見を前に装備の最終確認をしていた。

 

 黒を基調とした軽装の戦闘服。その上から防御性能を持つ薄手のジャケットを羽織り、腰には二振りの刀を差している。

 

 右腰に差した黒い鞘の刀は、重量があり、一撃の威力に優れる。

 

 対して左腰の白い鞘の刀は、やや短く、取り回しを重視したものだ。

 

 どちらも優が鍛冶師のジョブで自作した武器だった。

 

 もっとも、現時点では名工の作品と呼べるほどの代物ではない。

 

 素材も決して高価ではなく、特殊な能力が備わっているわけでもない。

 

 それでも、優にとっては何よりも使い慣れた武器だった。

 

「装備よし。回復薬よし。食料よし……っと」

 

 スマートフォンに表示したチェックリストを一つずつ確認していく。

 

 昨日までなら、こうした準備はクランの仲間たちと分担していた。

 

 しかし、今日からは違う。

 

 装備の点検も、物資の調達も、戦闘中の判断も。

 

 すべて自分一人で行わなければならない。

 

「ま、気楽でいいか」

 

 優は小さく笑い、部屋を後にした。

 

     ◇

 

 東京に出現した巨大な《塔》。

 

 その周辺は、二年前とは比べものにならないほど発展していた。

 

 塔を囲むように建設された冒険者関連施設。

 

 装備品を扱う専門店。

 

 魔石や魔物素材を買い取る商業施設。

 

 さらには、冒険者向けの宿泊施設や飲食店まで立ち並んでいる。

 

 かつて異常事態として扱われた塔は、今や日本経済の一部を支える存在となっていた。

 

「相変わらず人が多いな……」

 

 優は人混みを抜け、冒険者協会の受付へ向かった。

 

 受付に設置された端末へ冒険者カードをかざす。

 

『冒険者情報を確認しました』

 

『氏名:東雲優』

 

『所属:無所属』

 

『入塔申請を受け付けました』

 

 画面に表示された文字を見て、優は少しだけ苦笑した。

 

「本当に無所属になったんだな」

 

 昨日まで当たり前のように表示されていたクラン名は、もう存在しない。

 

 だが、感傷に浸っている暇はなかった。

 

 優は端末を操作し、攻略予定の階層を選択する。

 

「今日は第十二階層でいいか」

 

 第十二階層。

 

 広大な森林地帯が広がる、中級冒険者向けの階層だ。

 

 出現する魔物は、主に獣型と植物型。

 

 突出して強力な魔物は少ないものの、群れで行動する個体が多く、油断すれば熟練の冒険者でも命を落とす危険がある。

 

 通常、協会は複数人での攻略を推奨している。

 

 しかし、優にとっては何度も訪れたことのある場所だった。

 

「素材もそこそこ高く売れるし、実験にはちょうどいいな」

 

 申請を終えた優は、塔の入口へ向かった。

 

 巨大な門をくぐった瞬間、周囲の景色が歪む。

 

 視界が白く染まり、足元の感覚が一瞬だけ消失した。

 

 次の瞬間。

 

 優の目の前には、青々とした森林が広がっていた。

 

「……さて、始めるか」

 

     ◇

 

 塔の第十二階層。

 

 木々の隙間から差し込む陽光が、地面にまだら模様を描いている。

 

 鳥のさえずりに似た音が響き、湿った土の匂いが鼻をくすぐる。

 

 一見すると、普通の森林と何ら変わらない。

 

 しかし、ここは塔の内部だ。

 

 どこに魔物が潜んでいるか分からない。

 

 優は足を止め、静かに目を閉じた。

 

「……まずは索敵からだな」

 

 意識を集中させ、体内の魔力をゆっくりと循環させる。

 

 魔法使いのジョブで習得した基礎技術。

 

 魔力感知。

 

 周囲に存在する魔力の反応を読み取り、生物や魔法の存在を探る技術だ。

 

 ただし、万能ではない。

 

 対象との距離が離れるほど精度は低下し、地形や魔力の濃度によっても感知結果は変化する。

 

 それでも、何も知らずに歩くよりは遥かに安全だった。

 

「……前方に三体。いや、四体か」

 

 優は目を開いた。

 

 木々の向こうから、低い唸り声が聞こえてくる。

 

 やがて姿を現したのは、灰色の毛皮を持つ狼型の魔物だった。

 

 フォレストウルフ。

 

 第十二階層では比較的よく見られる魔物である。

 

 単体なら脅威度は低い。

 

 しかし、群れで連携して獲物を追い詰める習性があり、複数体を同時に相手取る場合は注意が必要だった。

 

「四体か。ちょうどいい」

 

 優は腰の白刀に手をかけた。

 

 その瞬間、先頭の一体が地面を蹴った。

 

「ガァッ!」

 

 鋭い牙を剥き出しにして飛びかかってくる。

 

 優は半歩だけ身体をずらした。

 

 それと同時に、白刀を抜く。

 

 銀白色の刀身が陽光を反射した。

 

 一閃。

 

 フォレストウルフの身体に赤い線が走る。

 

「ギャンッ!」

 

 魔物は地面へ転がり、そのまま動かなくなった。

 

 だが、残る三体は怯まない。

 

 二体が左右へ散開し、最後の一体が正面から距離を詰めてくる。

 

「連携してくるよな、そりゃ」

 

 優は刀を構え直した。

 

 通常なら、ここで後退して敵の包囲を崩すのが定石だ。

 

 しかし、今日は違う。

 

 優には試してみたいことがあった。

 

「……展開」

 

 左手を軽く持ち上げる。

 

 その掌の前に、小さな青白い魔法陣が浮かび上がった。

 

 初級魔法《ウィンド》。

 

 圧縮した空気を放出する、風属性の基礎魔法だ。

 

 威力は低く、単体では魔物を倒すことすら難しい。

 

 だが、使い方次第では十分に役立つ。

 

「吹き飛べ」

 

 魔法陣が輝いた。

 

 次の瞬間、正面から迫っていたフォレストウルフの身体が横へ弾かれる。

 

 致命傷には程遠い。

 

 しかし、それで十分だった。

 

「そこ!」

 

 優は踏み込んだ。

 

 白刀が弧を描き、体勢を崩した魔物の首元を切り裂く。

 

 二体目。

 

 その直後、右側から別の個体が飛びかかってきた。

 

「っと!」

 

 優は身を沈め、牙を回避する。

 

 そして、左足を軸に身体を回転させた。

 

 刀の柄頭を魔物の顎へ叩き込む。

 

 鈍い音が響いた。

 

 相手が怯んだ隙に、白刀を突き出す。

 

 三体目。

 

「残り一体」

 

 優は最後のフォレストウルフへ視線を向けた。

 

 魔物は低く唸りながら、こちらの様子を窺っている。

 

 仲間を三体倒されたことで、警戒しているのだろう。

 

 優は白刀を下ろした。

 

「じゃあ、次は別の方法を試すか」

 

 刀を鞘へ戻す。

 

 そして、右手を前に突き出した。

 

 足元に小さな魔法陣が展開される。

 

「《アースバインド》」

 

 地面が隆起した。

 

 土が縄のように伸び、フォレストウルフの四肢へ絡みつく。

 

「グルルッ!?」

 

 魔物が暴れる。

 

 しかし、足元を固定されているため、思うように動けない。

 

「……拘束成功」

 

 優はその様子を観察した。

 

 土属性の拘束魔法。

 

 通常なら、後衛の魔法使いが敵の動きを封じ、前衛の仲間がとどめを刺すために使用する。

 

 だが、今の優には仲間がいない。

 

 ならば、自分で両方を行えばいい。

 

「《ファイアボルト》」

 

 新たな魔法陣が浮かび上がる。

 

 炎が収束し、一本の矢のような形状を取った。

 

 次の瞬間。

 

 炎の矢が一直線に放たれた。

 

 拘束されたフォレストウルフは回避できず、その一撃をまともに受ける。

 

 短い断末魔。

 

 そして、静寂。

 

「……ふぅ」

 

 優は息を吐いた。

 

 戦闘開始から、わずか数十秒。

 

 四体のフォレストウルフは、すべて倒されていた。

 

「悪くないな」

 

 優は刀を確認しながら呟く。

 

 剣術と魔法の組み合わせ。

 

 これまでにも、似たような戦い方を試したことはあった。

 

 しかし、クランに所属していた頃は、前衛と後衛の役割が明確に分けられていた。

 

 魔法使いは後ろで魔法を撃つ。

 

 剣士は前で敵を倒す。

 

 それが効率的だとされていたからだ。

 

 だが、優は違和感を覚えていた。

 

「魔法使いが前に出ちゃいけない理由なんて、ないよな」

 

 もちろん、問題はある。

 

 魔法陣を構築するには集中力が必要だ。

 

 近接戦闘中に術式を組み立てれば、その一瞬の隙が命取りになる。

 

 しかし、それはあくまで一般的な魔法使いの場合だ。

 

 優には剣士としての経験がある。

 

 武闘家として身体操作を学び、ガンナーとして動く標的を捉える技術も身につけている。

 

 それらを応用すれば、戦闘中でも魔法を構築できるのではないか。

 

「……試す価値はあるな」

 

 優は小さく笑った。

 

     ◇

 

 それから一時間ほどが経過した。

 

 優は森林の奥へと進みながら、魔物との戦闘を繰り返していた。

 

 ゴブリン。

 

 フォレストウルフ。

 

 トレントの幼体。

 

 いずれも、この階層では珍しくない魔物だ。

 

 しかし、優にとって重要なのは討伐数ではなかった。

 

 戦い方そのものを検証すること。

 

 それが今日の目的だった。

 

「……やっぱり難しいな」

 

 優は木の幹に背を預け、右手を見つめた。

 

 先ほどの戦闘で、魔法陣の構築に失敗したのだ。

 

 剣を振るいながら魔法を展開しようとした瞬間、集中が乱れ、術式が崩壊した。

 

 魔力だけが無駄に消費され、発動には至らなかった。

 

「単純に二つのことを同時にやろうとするから駄目なのか……?」

 

 優は考える。

 

 剣術と魔法。

 

 それぞれの動作を別々に意識すると、どうしても集中が分散してしまう。

 

 ならば。

 

「……一つの動作にまとめれば?」

 

 優は立ち上がった。

 

 白刀を抜き、ゆっくりと構える。

 

 呼吸を整える。

 

 肩の力を抜き、足元の重心を安定させる。

 

 そして、刀を振るった。

 

 横薙ぎ。

 

 返す刀で斬り上げ。

 

 さらに一歩踏み込み、突きを放つ。

 

 何度も繰り返してきた基本動作。

 

 身体が覚えている動きだ。

 

「……ここに魔法陣を組み込む」

 

 優は刀を振るう動作に合わせ、魔力を循環させた。

 

 肩から腕へ。

 

 腕から手首へ。

 

 そして、刀身へ。

 

 通常、魔法使いは魔法陣を身体の前方に展開する。

 

 だが、それが絶対の決まりというわけではない。

 

 重要なのは、術式を安定して構築できるかどうかだ。

 

「だったら……」

 

 優は刀を構え直した。

 

 今度は、刀身のすぐ横に小さな魔法陣を展開する。

 

 青白い光が浮かび上がった。

 

「……お?」

 

 魔法陣は崩れなかった。

 

 優は慎重に刀を振るう。

 

 すると、魔法陣が刀の動きに追従するように移動した。

 

「……できた?」

 

 思わず声が漏れる。

 

 しかし、次の瞬間。

 

 パリンッ!

 

 乾いた音とともに、魔法陣が砕け散った。

 

「……あー、駄目か」

 

 優は苦笑した。

 

 だが、落胆はしていなかった。

 

 むしろ、目を輝かせていた。

 

「今の、途中までは成功してたよな?」

 

 刀の動きに合わせて魔法陣を維持できた。

 

 ほんの一瞬ではあったが、確かに成功していた。

 

 ならば、あとは安定性を高めればいい。

 

「……面白くなってきた」

 

 優は再び刀を構えた。

 

 一度目。

 

 失敗。

 

 二度目。

 

 失敗。

 

 三度目。

 

 魔法陣は展開されたものの、刀を振るった瞬間に崩壊した。

 

 四度目。

 

 五度目。

 

 六度目。

 

 何度も繰り返す。

 

 魔力が減少し、額に汗が滲み始めた。

 

 それでも優は止まらなかった。

 

「……もう少し」

 

 七度目。

 

 刀を振るう。

 

 魔法陣が追従する。

 

 そして――。

 

「《ウィンド》!」

 

 青白い光が弾けた。

 

 刀の軌道に沿って、風の刃が放たれる。

 

 数メートル先の木の幹に、浅い傷が刻まれた。

 

「…………」

 

 優はしばらく、その傷を見つめていた。

 

 そして。

 

「……できた」

 

 小さく呟く。

 

「できたぞ……!」

 

 思わず拳を握った。

 

 威力は低い。

 

 精度も不安定だ。

 

 魔力消費も通常の発動より多かった。

 

 だが、それでも。

 

 剣を振るいながら魔法を発動できた。

 

 その事実が、何よりも重要だった。

 

「これを安定させれば……」

 

 優の頭の中で、無数の可能性が広がっていく。

 

 剣を振るうと同時に炎を放つ。

 

 斬撃に合わせて風を操る。

 

 敵の攻撃を受け流しながら、足元に拘束魔法を展開する。

 

 そして、いずれは。

 

 複数の魔法陣を同時に展開し、近接戦闘と魔法を完全に融合させる。

 

「……ははっ」

 

 優は笑った。

 

 誰もが不遇職と呼ぶ魔法使い。

 

 だが、本当にそうなのだろうか。

 

 魔法使いが弱いのではない。

 

 まだ、その可能性が十分に研究されていないだけではないのか。

 

「……絶対、面白いことになるな」

 

 優は刀を鞘へ戻した。

 

 その表情には、昨日までの迷いなど微塵もなかった。

 

     ◇

 

 夕方。

 

 塔から帰還した優は、冒険者協会の素材買取窓口に立っていた。

 

「本日の買取金額はこちらになります」

 

 受付の女性が端末を操作する。

 

 表示された金額を見て、優は小さく頷いた。

 

「ありがとうございます」

 

 想定していたよりも、少しだけ多い。

 

 これなら当面の生活費は確保できそうだった。

 

 もっとも、今後の装備更新やジョブ育成を考えれば、決して余裕があるわけではない。

 

「……まだまだ稼がないとな」

 

 優は冒険者カードを受け取り、協会を後にした。

 

 外へ出ると、空はすっかり夕焼けに染まっていた。

 

 塔の巨大な影が、街を覆っている。

 

 優はその姿を見上げる。

 

「……今日は収穫があったな」

 

 剣術と魔法の融合。

 

 まだ実用段階には程遠い。

 

 しかし、確かな一歩だった。

 

 そして何より、優は今日一日を心から楽しんでいた。

 

 クランに所属していた頃は、周囲の評価を気にしてばかりだった。

 

 どのジョブを育てるべきか。

 

 どうすれば仲間の役に立てるか。

 

 どうすれば器用貧乏と呼ばれずに済むか。

 

 だが、今は違う。

 

 自分のために戦い、自分のために学ぶ。

 

 それが、こんなにも楽しいものだったとは。

 

「……さて、明日は何を試そうかな」

 

 優はスマートフォンを取り出した。

 

 ジョブ一覧を開く。

 

 そこには、これまで経験してきた数多くのジョブが並んでいた。

 

 剣士。

 

 武闘家。

 

 ガンナー。

 

 鍛冶師。

 

 魔法使い。

 

 そして、まだ十分に育成できていない職業も数多く存在する。

 

「……先は長いな」

 

 思わず苦笑する。

 

 だが、嫌な気分ではなかった。

 

 むしろ、その果てしない道のりに胸が高鳴っていた。

 

「全部、極めてやるよ」

 

 優は静かに呟いた。

 

 その言葉を聞く者はいない。

 

 だが、この日。

 

 東雲優は確かに、後の自分へとつながる一歩を踏み出していた。

 

 魔法使いは後衛であるべき。

 

 一つのジョブを極めるべき。

 

 異なる技術を組み合わせるのは非効率。

 

 そんな常識を、彼は少しずつ覆していく。

 

 そして、いつの日か。

 

 彼が生み出す魔法は、既存の魔法体系そのものを変えることになる。

 

 ――だが、それはまだ先の話。

 

 今はただ、一人の青年が、自らの可能性を追い求めているだけだった。

 

 東雲優。

 

 二十歳。

 

 元クラン所属の、無名の冒険者。

 

 後に《万職の創造魔導士》と呼ばれる男の、本当の冒険は始まったばかりだった。

 

 そして、彼はまだ知らない。

 

 この塔の奥深くに、自分自身の常識さえ覆す存在が待ち受けていることを。

 

 自分とまったく同じ姿を持つ、もう一人の自分が。

 

 ――運命の歯車は、静かに回り始めていた。

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