登場キャラ
暁の血盟メンバー
アルフィノ・ルヴェユール
アリゼー・ルヴェユール
ヤ・シュトラ・ルル
サンクレッド・ウォータース
グ・ラハ・ティア
※この小説はFF14暁月のフィナーレ直後の話になります。
今後シリーズを出す予定もありますのでご興味がありましたらぜひお付き合いください。
世界を救う戦いが終わってから、二日。
アーテリスに帰還したギャンは、バルデシオン分館の自室で静かな時間を過ごしていた。
窓から差し込む光。遠くから聞こえる人々の声。どこかで食器が触れ合う音。
何も変わらない、いつもの日常。
――いや、正確には、何もかもが変わったあとに戻ってきた日常だった。
ベッドの上でぼんやりと天井を眺めていると、扉を叩く音がした。
「ギャン? 起きてる?」
「起きてるよーどうぞー」
扉を開けて入ってきたのは、アリゼーだった。
「具合はどう?」
「んー……まあ、ぼちぼち?」
「ぼちぼちって何よ。ちゃんと答えなさいよね」
アリゼーは呆れたように言いながら、ベッドのそばまでやってきた。
その目は、ギャンの顔色や様子を確かめるように動いている。
「食事は?」
「食べてる」
「睡眠は?」
「寝てる」
「痛いところは?」
「……まあ、いろいろ?」
「もう!」
アリゼーは眉をつり上げた。
「そういうところよ! 何でもないみたいに言うんだから!」
「いや、だって、実際こうして生きてるし」
「そういう問題じゃないでしょ!」
声を荒らげたあと、アリゼーは少しだけ口をつぐんだ。
それから、ベッドの脇にある椅子へ腰を下ろす。
「……ねえ、ギャン」
「ん?」
「私たち、ちゃんと帰ってきたのよね」
その声は、先ほどまでの勢いを失っていた。
ギャンはアリゼーの横顔を見た。
「……ああ。帰ってきたよ」
「そっか」
アリゼーは小さく息を吐いた。
「なんだか、まだ変な感じ。明日もみんなに会えるなんて、少し前までは当たり前じゃなかったのに……。」
「そうだね」
「……誰かとごはんを食べて、おしゃべりして、また明日の予定を考えて……。そういった事が今はすごく愛おしく感じるの・・・。」
アリゼーは膝の上で手を握った。
「私たちが守りたかったのって、きっとそういうことなんでしょうね」
ギャンはしばらく黙っていた。
世界を救った。
そう言われても、いまだに実感は薄い。
自分が何を成し遂げたのか。どれほど多くの人々の未来を変えたのか。考えれば考えるほど、現実味がなくなってしまう。
けれど。
こうして目の前にいる仲間が、明日の話をしている。
また一緒にご飯を食べようと言ってくれる。
そのことなら、分かる気がした。
「アリゼー、それが大事なんだ。それが一番大事なんだよ」
「……ギャン」
「明日も飯を食って、みんなと話して、くだらないことで笑う。そういうのが続いていくってことがさ」
ギャンは照れくさそうに笑った。
「俺たち、そういう明日を守りたかったんだろ?」
アリゼーは少しだけ目を見開いた。
やがて、ふっと表情を和らげる。
「……そうね」
そして、いつもの調子を取り戻したように顔を上げた。
「じゃあ、明日の朝は一緒に朝食を食べるわよ」
「おう」
「約束だからね。ちゃんと起きてくるのよ」
「分かった分かった」
「本当に分かってる?」
「分かってるって」
ギャンは笑いながら、試しに両腕をぐるりと回してみせた。
「ほら、俺だってもう――」
ぐきっ。
「いっっっっっっっっっったぁ!?」
静かな部屋に、情けない悲鳴が響いた。
「ちょっと! 何やってるのよ、あんた!!」
「いや、今のは、その……身体の調子を……」
「調子を確かめるために無理に動かす人がいる!?」
「いやぁ、動くかなって……」
「動いてないじゃない! 痛がってるじゃない!」
アリゼーは本気で怒っていた。
その目に浮かんでいるのは、呆れだけではない。
心配と、恐怖と、もう二度と同じ思いをしたくないという切実な感情だった。
「……お願いだから、無理しないでよ」
最後の言葉は、ひどく小さかった。
ギャンは動きを止めた。
「……ごめん」
「ほら、横になって。今すぐ」
「いや、自分で――」
「横になって!」
「はい……」
ギャンはおとなしくベッドに戻ろうとした。
しかし、身体を動かすたびに顔をしかめてしまう。
見かねたアリゼーが腕を貸し、ゆっくりと彼をベッドへ座らせた。
「まったく……。あんたは本当に……」
アリゼーは何かを言いかけて、口を閉じた。
ギャンはその手を見た。
自分を支えてくれている、小さな手。
戦場では、何度も仲間たちに背中を預けてきた。
それなのに、こうして誰かに支えてもらうことには、まだ慣れていなかった。
ギャンはそっと、アリゼーの腕を引いた。
「えっ……?」
不意に距離が縮まり、二人の顔が近づく。
アリゼーが驚いて固まった。
ギャンは、まっすぐに彼女を見つめた。
「アリゼー……ありがとう」
「…………っ」
「俺さ、自分が世界を救った英雄だとか、そういうのは、まだよく分かんないんだ」
ゆっくりと言葉を選びながら、続ける。
「でも、こうして俺のことを心配してくれる人がいる。それって、すごくありがたいことなんだなって思う」
「ギャン……」
「そばにいてくれて、ありがとう」
アリゼーの頬が、見る見るうちに赤くなった。
「な、なによ……急に……」
視線をそらし、口元を引き結ぶ。
何か言い返そうとしているらしいが、うまく言葉が出てこない。
やがて彼女は、小さく息を吸った。
「……当たり前でしょ」
「ん?」
「心配するに決まってるじゃない。あんたが帰ってこなかったら……私……」
そこまで言って、アリゼーは言葉を飲み込んだ。
それ以上は言わなかった。
けれど、その表情だけで十分だった。
「……帰ってきてくれて、よかった」
ようやく絞り出された声は、いつもの彼女よりもずっと優しかった。
ギャンは静かに微笑んだ。
「ただし!」
アリゼーは、はっとしたように顔を上げる。
「今はちゃんと休むこと! 明日の朝食に来ること! それから、勝手に身体を動かさないこと!」
「はいはい」
「はいは一回!」
「はい!」
「よろしい!」
アリゼーは立ち上がり、扉へ向かった。
だが、出ていく直前、もう一度だけ振り返る。
「……明日、待ってるからね」
「ああ。約束する」
アリゼーは満足そうに頷いた。
それから扉を閉めたのだが――廊下に出た途端、両手で顔を覆った。
「……な、何なのよ、もう……!」
真っ赤になった頬を押さえながら歩き始めようとしていた。
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廊下には、もう一人の来訪者がいた。
グ・ラハ・ティア
彼はギャンの部屋を訪ねようとしていたのだが、先客がいることに気づき、声をかけるのをためらっていた。
もちろん、会話のすべてを聞くつもりなどなかった。
ただ、扉の向こうから聞こえる声が、いつになく穏やかで。
そして、最後に聞こえた「ありがとう」という言葉が、あまりにも真剣だったものだから。
気づけば、その場に立ち尽くしていた。
やがて部屋から出てきたアリゼーと目が合う。
「……あ」
「……あ」
二人は同時に固まった。
アリゼーの顔が、再び赤くなる。
「ちょ、ちょっと、グラハ!」
「お、俺は……!」
「今の、聞いてたの!?」
「いや、その……聞くつもりはなかったんだ! ただ、アリゼーが中にいたから……」
「聞こえてたんじゃない!」
「す、すまない!」
グ・ラハは慌てて頭を下げた。
アリゼーはしばらく彼を睨んでいたが、やがて恨めしそうに顔を背けた。
「……絶対、誰にも言わないでよ」
「もちろんだ! 誰にも言わないと約束する!」
「本当でしょうね……?」
「ああ!」
アリゼーは最後にもう一度だけ彼を睨むと、足早に廊下を去っていった。
残されたグ・ラハは、しばらくその場で立ち尽くしていた。
「……俺は、何をやってるんだろうな」
小さく呟き、扉へ向き直る。
すると、内側から声がした。
「グラハー、そこにいるんだろ?」
「……!」
グ・ラハの耳がぴくりと動いた。
「……あんた、気づいてたのか?」
「最初から」
「最初から!?」
「いや、途中からかな?」
「どっちなんだ……」
グ・ラハは苦笑しながら扉を開けた。
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「ようグラハ、おはよう」
「おはよう、ギャン……身体はどうだ?」
「ぼちぼち、さっきアリゼーにも同じことを聞かれたよ」
「それで、ちゃんと答えたのか?」
「答えた答えた」
「……本当か?」
「疑い深いなぁ」
グ・ラハは椅子を引き寄せ、ベッドのそばに腰を下ろした。
先ほどまでの慌てた様子は、少しずつ落ち着いてきていた。
「……なあ、ギャン」
「ん?」
「俺は、あんたがこうして戻ってきてくれたことを、本当に嬉しく思っている」
ギャンは黙って彼の話を聞いた。
「けれど、嬉しいからこそ……少し心配なんだ」
「心配?」
「ああ。あんたはいつも、自分のことを後回しにするだろう?」
グ・ラハは困ったように笑った。
「何かあれば真っ先に前へ出て、誰かが傷つきそうなら迷わず手を伸ばす。俺たちがどれだけ心配しても、あんたは『大丈夫』と言ってしまう」
「……そうかな」
「そうだよ」
即答だった。
「俺は、あんたのそういうところを尊敬している。だけど……」
グ・ラハは一度、言葉を切った。
「もう少し、俺たちにも頼ってほしいんだ。」
ギャンは視線を落とした。
窓の外では、月の光が少しずつ強くなっている。
「……なあ、グラハ」
「何だ?」
「俺は、本当に帰ってきたんだよな」
思いがけない問いに、グ・ラハは目を見開いた。
「もちろんだ」
「ここが、俺の帰る場所なんだよな」
「ああ。そうだよ」
グ・ラハは迷わず答えた。
「ここには、あんたを待っている仲間がいる。あんたが戻ってくるのを信じていた人たちがいる。……俺も、その一人だ」
ギャンは静かに息を吐いた。
「そうか……」
「何か、気になることがあるのか?」
「いや。嬉しいんだよ。みんなに会えて、帰ってこられて、本当に嬉しい」
そう言いながらも、ギャンの表情には、まだわずかな戸惑いが残っていた。
「でもさ……なんだろうな。全部終わったはずなのに、まだ落ち着かないんだ」
グ・ラハは何も言わず、続きを待った。
「戦っている間は、やることがはっきりしていたんだ。進むしかないし、立ち止まるわけにもいかなかった」
ギャンは、自分の手を見つめた。
「でも、今は違う。もう戦わなくていい。明日のことを考えてもいい。ゆっくり休んでもいい。……なのに、どうしたらいいのか、分からなくなることがある」
「……ギャン」
「情けないよな。世界を救って帰ってきたっていうのに」
「そんなことはない!!」
グ・ラハの声は、思いのほか強かった。
「少しも情けなくなんかないよ」
ギャンが顔を上げる。
「大きな戦いが終わったからといって、心まで一瞬で元に戻るわけじゃない。あれだけのことを経験したんだ。戸惑うのは当然だと思う」
グ・ラハは微笑んだ。
「それに、あんたが弱音を吐いたからといって、俺たちがあんたを見る目が変わるわけじゃない」
「……本当か?」
「本当だとも」
少し間を置いて、グ・ラハは続けた。
「だから、俺にも話してくれ。あんたが不安なときも、苦しいときも。俺にできることがあるなら、力になりたいんだ」
ギャンは、しばらく彼を見つめていた。
やがて、ふっと笑う。
「……じゃあ、少し甘えてもいいかな?」
「もちろんだ!」
グ・ラハの返事は早かった。
その勢いに、ギャンは思わず笑ってしまう。
「ははっ。即答だな」
「当たり前だろう? 俺がどれだけ……」
グ・ラハは言いかけて、口をつぐんだ。
「……いや。何でもない」
「何だよ、気になるじゃないか」
「今は秘密だ」
「えー」
いつものようなやり取り。
けれど、その短い会話が、ギャンの心を少しだけ軽くしていた。
「……なあ、グラハ」
「うん?」
「明日になったら、みんなに会えるかな」
「もちろんだ。みんな、あんたに会いたがっているよ」
「そっか」
「会いたい人がいるなら、俺が一緒に行こう。あんたが会いたい人たちも、きっとあんたに会いたいはずだから」
ギャンは、ゆっくりと頷いた。
「……ああ、そうだね」
今度の言葉は、先ほどよりも自然に口から出た。
グ・ラハは、嬉しそうに微笑んだ。
「そうだぞ!」
しばらく二人は、静かな時間を過ごした。
やがてグ・ラハが立ち上がる。
「そろそろ戻るよ。あんたも、今日はしっかり休んでくれ」
「分かった」
グ・ラハが扉へ向かう。
その背中を見ながら、ギャンはふと声をかけた。
「……グラハ」
「ん? どうした?」
振り返った彼を、ギャンは真剣な表情で見つめた。
「グラハ……ありがとう」
それだけだった。
飾った言葉も、長い説明もない。
ただ、心からの感謝だった。
グ・ラハは一瞬、言葉を失った。
それから、ゆっくりと微笑む。
「……あんたが帰ってきてくれたこと。それだけで、俺は十分すぎるほど嬉しいんだ」
「……そっか」
「ああ。だから今は、ゆっくり休んでくれ」
「おやすみ、グラハ」
「おやすみ、ギャン。また明日な」
扉が閉じる。
廊下に出たグ・ラハは、しばらくその場に立っていた。
「…………」
そして、ようやく自分の頬が熱くなっていることに気づいた。
「……っ、ああもう……!」
両手で顔を覆う。
あんな真剣な顔で、あんなふうに礼を言われるとは思っていなかった。
「……本当に、ずるいな。あんたは……」
誰にも聞かれないよう、小さく呟く。
それからグ・ラハは、赤くなった顔をどうにか落ち着かせようと、足早に廊下を去っていった。
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夜も更けた頃。
再び、扉を叩く音がした。
「ギャン、入ってもいいかしら?」
「ヤ・シュトラ? もちろん、どうぞ」
入ってきたヤ・シュトラは、手にした道具を机へ置いた。
「身体の具合を確認しておきたいの。特に、戦いのあとからのエーテルの状態が気になっているわ」
「エーテルか……」
「ええ。少し調べさせてもらうわね」
ヤ・シュトラはギャンのそばに腰を下ろし、慎重に彼のエーテルの流れを確かめていった。
その表情は真剣だった。
しばらくして、彼女は小さく眉を寄せた。
「……少し気になるところがあるわね」
「えっ。何か悪いの?」
「まだ何とも言えないわ。今すぐ何かが起こると決まったわけでもないし、これだけで判断するのは早いわね」
ヤ・シュトラは道具を片づけながら続けた。
「もう少し詳しく調べる必要があるわ。それまでは、無理をしないこと。身体に違和感があったら、すぐに知らせなさい」
「分かった」
「本当に?」
「……分かったって」
「ならいいわ」
彼女は穏やかに微笑んだ。
その微笑みを見ているうちに、ギャンはふと、ずっと気になっていたことを尋ねたくなった。
「……なあ、ヤ・シュトラ」
「何かしら?」
「ヤ・シュトラは……アーテリスに帰ってこれてうれしいかい?」
ヤ・シュトラは、少しだけ目を見開いた。
けれど、すぐにその意味を察したように、静かに微笑んだ。
「ええ。もちろんよ」
窓の外へ視線を向ける。
「この世界には、私の研究したいことがある。調べたいことも、確かめたいことも、まだまだ尽きないわ」
「うん」
「それに、帰る場所があるというのは、やはり大切なことね」
彼女はギャンへ視線を戻した。
「……あなたがここにいることも、その理由のひとつよ」
「……そっか」
ギャンは少しだけ照れくさそうに笑った。
ヤ・シュトラは、そんな彼の様子を見つめる。
彼女には分かっていた。
ギャン自身、まだ言葉にできない思いを抱えているのだろう。
長い旅のなかで出会った人々。共に過ごした時間。自分たちが守ろうとしたもの。
それらは、故郷へ帰ってきたからといって、すべて過去になるわけではない。
むしろ、帰ってきたからこそ、改めてその重さを感じることもある。
「……あなたも、まだ気持ちの整理がついていないのでしょうね」
「……まあ、そうかもしれない」
「焦らなくていいのよ。今すぐ答えを出す必要はないわ」
ヤ・シュトラは、静かに言った。
「大切なものが増えたのなら、それを大切にしていけばいい。それだけのことよ」
ギャンは、その言葉をゆっくりと胸にしまった。
「……ありがとう、ヤ・シュトラ」
「どういたしまして」
ヤ・シュトラは立ち上がり、道具を手に取った。
「今夜はもう休みなさい。明日も様子を見に来るわ」
「はいはい」
「返事は一回でいいのよ」
「はい」
彼女は微笑み、扉へ向かった。
その背中を見送る直前、ギャンはもうひとつだけ尋ねた。
「……ヤ・シュトラ」
「ええ?」
「第一世界に戻りたい?」
ヤ・シュトラの足が止まった。
少しの沈黙。
それから、彼女はゆっくりと振り返った。
「……そうね」
その表情は、どこか懐かしいものを思い出しているようだった。
「戻れるのなら、ぜひ行きたいわ。ノルヴラントには、まだ調べたいことがたくさんあるもの」
「うん」
「それに……あちらにも、私が気にかけている人たちがいるわ」
ギャンは静かに頷いた。
ヤ・シュトラは彼を見つめた。
「俺たち、あっちでいろんな人に出会っただろ。いろんなものを見て、いろんなことを知った」
ギャンは、窓の外へ視線を向けた。
「こっちに帰ってきたからって、それを全部、置いてきたことにはしたくないんだ」
言葉を選びながら、ゆっくりと続ける。
「アーテリスも大切だし、第一世界も大切なんだ。あそこで出会った人たちも、一緒に過ごした時間も……俺にとっては、ちゃんと今につながってる」
ヤ・シュトラは何も言わずに聞いていた。
「自分だけじゃなくて、いつかまた皆と行けるといいな」
ギャンは小さく笑った。
ヤ・シュトラの表情が、ゆっくりと和らいだ。
「……そうね。私も同じ気持ちよ」
彼女は静かに頷いた。
「もし、私たちが世界を越えて行き来する方法が見つかったら、ぜひ教えてちょうだい。私も協力するわ」
「本当か?」
「ええ。約束よ」
その言葉を聞いた瞬間、ギャンは勢いよくベッドから降りようとした。
「……ちょっと、ギャン?」
まだ身体は本調子ではない。
それでも彼は、ふらつく足を何とか踏ん張り、ヤ・シュトラの前へ進み出た。
そして――。
彼女の前で、恭(うやうや)しく膝をついた。
「その時は喜んでお供致します、魔女マトーヤ様」
「…………」
ヤ・シュトラは、ぽかんと彼を見つめた。
数秒後。
「……ギャン」
「はい」
「まずは、ベッドに戻りなさい」
「……はい」
「まったく。今、自分の身体がどういう状態なのか、分かっているの?」
「分かってます……」
「なら、どうして立ち上がるのよ」
「いや、つい……」
ヤ・シュトラは深々とため息をついた。
けれど、その口元には笑みが浮かんでいた。
「いいわ。そこまで言うのなら、あなたを私の助手兼護衛に任命してあげる」
「おおっ!」
「ただし、覚悟しておきなさい。研究道具を運んでもらうこともあるでしょうし、野外調査では荷物持ちも必要になるでしょうね」
「……えっ」
「それから、体力仕事もお願いするかもしれないわ」
「ま、マトーヤ様……?」
「何かしら、助手くん?」
「……もう少し、優しい仕事はありませんかね」
「さあ、どうかしら」
ヤ・シュトラは楽しそうに笑った。
ギャンも、つられて笑う。
久しぶりに、心の底から笑えた気がした。
「……楽しみだな」
ぽつりと、ギャンが言った。
「ええ。私も楽しみにしているわ」
ヤ・シュトラは彼をベッドへ戻し、布団を整えた。
「だから今は、しっかり休むこと。未来の調査に同行する前に倒れられては困るもの」
「分かったよ」
「おやすみ、ギャン」
ヤ・シュトラは満足そうに頷き、今度こそ部屋を出ていった。
扉が閉まる。
ギャンはゆっくりとベッドへ身体を横たえた。
第一世界。
ノルヴラント。
そこで出会った人々の顔が、次々と頭に浮かんだ。
いつか、また皆と一緒に会いに行けるだろうか。
今はまだ、何も分からない。
けれど、いつかその日が来るのなら。
そのときは、胸を張って会いに行きたい。
そんな未来を思い描きながら、ギャンは静かに目を閉じた。
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ヤ・シュトラを見送ったあと。
ギャンは、まだしばらく眠れずにいた。
身体は疲れている。目を閉じれば、すぐに眠れそうでもある。
それでも、今日一日で交わした言葉が、次々と頭の中を巡っていた。
アリゼーの、心配そうな顔。
グ・ラハの、まっすぐな言葉。
ヤ・シュトラの、静かな微笑み。
みんな、少しずつ違う形で、自分の帰還を喜んでくれている。
そう思うと、胸の奥がじんわりと温かくなった。
そのとき。
廊下から、かすかな気配が伝わってきた。
誰かが、扉の前に立っている。
ほんの一瞬だけ。
こちらの様子を窺うような気配があったかと思うと、すぐに遠ざかっていった。
ギャンは閉じかけていた目を開き、扉を見つめた。
「…………」
あの気配を、間違えるはずがない。
「……あいつめ」
苦笑いがこぼれた。
サンクレッド。
わざわざ様子を見に来てくれたのだろう。
だが、すでに何人もの仲間が訪ねてきたことを知って、今夜はそっとしておくことにしたのかもしれない。
あるいは、単に顔を見て安心したかっただけなのかもしれない。
どちらにしても、あいつらしい。
「……やれやれ」
嬉しそうに小さく呟いて、ギャンは布団を肩まで引き上げた。
明日になれば、またみんなに会える。
その当たり前が、今は何よりも嬉しかった。
やがて、部屋は静かな寝息に包まれていった。
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翌朝。
バルデシオン分館の食堂には、朝食をとる仲間たちの姿があった。
朝の光が窓から差し込み、食器の触れ合う音や、穏やかな話し声が響いている。
そんな食堂の扉が、ゆっくりと開いた。
「おはよー……」
眠たげな声とともに、ギャンが入ってきた。
まだ少し身体が重いのか、目をこすりながら空いている席を探している。
「おう、ギャンか。おはようさん」
サンクレッドが顔を上げた。
そして、ギャンの姿を見るなり、口元に意味ありげな笑みを浮かべる。
「よぉ。ところで、昨日はお前の部屋がずいぶん賑やかだったみたいだな?」
「……ん?」
ギャンは眠そうな顔のまま、サンクレッドを見た。
「次から次へと仲間が訪ねてきて、いやぁ、人気者は大変だな。おまけに、夜遅くまでなかなか楽しそうな話し声が聞こえていたようだが?」
サンクレッドがニヤリと笑う。
ギャンは一瞬だけ彼を見つめた。
それから、ゆっくりと口元を吊り上げた。
「おはよう。サンクレッドこそ、相変わらず『上手い』じゃないか」
ニヤリ。
今度はギャンが、意味ありげに笑い返した。
「…………」
サンクレッドの笑顔が、ぴたりと止まる。
「……へえ?」
「いやぁ、さすがだなぁと思ってさ、俺も見習いたいもんだ」
ギャンは何食わぬ顔で、空いている席へ向かった。
その背中を見送るサンクレッドの眉が、わずかに動く。
――こいつ、昨夜の俺の気配に気づいてやがったな。
そう察したサンクレッドは、口元に手を当てて小さく笑った。
「……なるほど。寝てても油断ならねえってわけか」
そのやり取りを、食堂の面々はそれぞれの反応で見守っていた。
顔を真っ赤にして、今にも噴火しそうなアリゼー。
カップを両手で持ったまま、ぷるぷると震えているグ・ラハ・ティア。
そして、優雅に紅茶を飲みながら、フフッと微笑むヤ・シュトラ。
ただ一人、事情をまったく把握していないアルフィノが首を傾げた。
「賑やか?昨日、君の部屋で何か会議していたのかい?」
「アルフィノ……!」
アリゼーが勢いよく振り向く。
「えっ、ど、どうしたんだいアリゼー?」
「あなたは今、何も言わなくていいから!」
「どうしてだい!? 私はただ質問しただけなのに!」
グ・ラハは口元を押さえ、なぜか恥ずかしそうにしている。
「お、俺は……別に、何も……!」
「グラハまで何なのよ!?」
「いや、アリゼー、俺は本当に……!」
「ふふっ……」
ヤ・シュトラがカップを置いた。
「朝からずいぶん楽しそうね」
まるで何も知らないかのような涼しい顔だったが、その口元には隠しきれない微笑みが浮かんでいた。
話題の中心にいるギャンは、みんなを順番に見回した。
サンクレッド。
真っ赤なアリゼー。
震えるグ・ラハ。
優雅に微笑むヤ・シュトラ。
そして、困惑しきったアルフィノ。
「……あのー」
みんなの視線が、ギャンに集まる。
「俺、まだ朝ご飯食べてないんだけど。食べてもいい?」
一瞬、食堂が静まり返った。
最初に吹き出したのは、ヤ・シュトラだった。
「ふふふ……ええ、そうね。まずは朝食が先ね」
「だ、だな! そうだな!」
グ・ラハが勢いよく頷く。
「まったく、しょうがないわね……!」
アリゼーはまだ顔を赤くしたまま、椅子に座り直した。
サンクレッドは肩をすくめ、楽しそうに笑っている。
「はいはい。食え食え、英雄殿。昨日はお疲れだったみたいだからな?」
「……サンクレッド」
「ん?」
「その話、あとでゆっくり聞かせてもらうよ」
ギャンはにっこりと笑った。
「……おう。楽しみにしてるぜ」
サンクレッドもまた、にやりと笑い返す。
そんな二人を見て、アルフィノだけがますます困惑した表情を浮かべた。
「アリゼー。結局、昨日はいったい何があったんだい?」
「だから、朝ごはんを食べなさいッ!!」
アリゼーの声が食堂に響き渡った。
サンクレッドは肩を震わせて笑い、グ・ラハは慌てて朝食へ視線を落とす。ヤ・シュトラは紅茶をひと口飲み、何事もなかったかのように微笑んでいた。
ギャンはようやく、目の前の朝食に手を伸ばした。
温かなスープ。
焼きたてのパン。
仲間たちの声。
昨日までと、何も変わらないように見える朝。
けれど、ギャンには分かっていた。
こうして誰かに心配され、からかわれ、怒られながら食卓を囲むこと。
それこそが、帰ってきたということなのだ。
世界を救った英雄である前に。
自分は、ここにいる仲間たちの一人なのだから。
「……うん。うまい」
ギャンがぽつりと呟く。
「何よ、急に」
アリゼーが顔を向けた。
「いや。朝飯って、こんなにうまかったんだなって」
ギャンは笑った。
アリゼーは一瞬だけ言葉を失い、それから小さく微笑んだ。
「……そうね」
その隣で、グ・ラハも嬉しそうに頷く。
サンクレッドは何か言いたそうな顔をしていたが、今度ばかりは口を挟まなかった。
ヤ・シュトラは静かに紅茶を飲み、アルフィノはまだ何が起きているのか分からないまま首を傾げている。
賑やかな食堂に、朝の光が降り注ぐ。
世界を救う戦いは終わった。
けれど、ギャンたちの物語は終わらない。
時には誰かを支え、時には支えてもらう。
そんな日々を、一日ずつ重ねていく。
それが、彼らが守り抜いた世界で生きるということだった。
そして今日もまた、バルデシオン分館の朝は、いつもどおり賑やかに始まった。