その巨人、測定不能につき   作:渋沢

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巨人を独占する方法

 障守盾真は、ヒーローというものがあまり好きではなかった。

 

 正確に言えば、ヒーローそのものよりも、ヒーローを取り巻く社会が気に入らなかった。

 

 正義。

 

 献身。

 

 自己犠牲。

 

 誰かのために命を懸けることが尊いとされ、そうしない人間は薄情だと非難される。

 

 馬鹿馬鹿しい。

 

 人間が自分の利益を優先するのは当然のことだ。誰かを助けるのだって、結局は助けたいと思った本人の欲求に過ぎない。

 

 それなのに、世間はそこに美しい名前をつけたがる。

 

 盾真には、それがどうにも気持ち悪かった。

 

 もっとも。

 

 そんなことを公言するほど、盾真は愚かではない。

 

 人当たりのよい笑顔。

 

 丁寧な言葉遣い。

 

 優秀な成績。

 

 必要な場面では、模範的なヒーロー志望者を演じることもできる。

 

 ただし、本人にその自覚があるだけで、周囲からの評判はあまりよくなかった。

 

 何しろ、口を開けば嫌味が出る。

 

 しかも、本人は至って涼しい顔をしているのだ。

 

 そんな盾真が、雄英高校に入学してからというもの、すっかり機嫌がよくなっていた。

 

 理由は一つ。

 

「おう! 障守! おはよう!」

 

「おはようございます、巨勢君」

 

 教室の入口で、自分を見下ろして笑う大男。

 

 巨勢大。

 

 身長二百五十センチ。

 

 赤銅色の髪に琥珀色の瞳。岩のような胸板と、丸太のように太い腕。

 

 そして、最大百メートルにまで巨大化する個性『スケールシフト』の持ち主。

 

 盾真は、その姿を見上げながら思った。

 

(……ああ、今日も素晴らしいですね)

 

 何度見ても飽きない。

 

 むしろ見るたびに、新しい魅力を発見してしまう。

 

 あの太い首。

 

 広い肩幅。

 

 制服の袖を押し広げる上腕。

 

 大きな手。

 

 そして何より、あの身体がさらに四十倍もの大きさになるという事実。

 

 思い出すだけで、背筋がぞくぞくする。

 

(百メートル……)

 

 入学初日の光景は、今も鮮明に脳裏に焼きついている。

 

 あの巨体の足元に立ってみたい。

 

 見上げても見上げても、全体が視界に収まらないほどの巨人。

 

 自分など簡単に踏み潰せてしまう存在。

 

 そんな相手が、自分を認識し、名前を呼び、笑いかけてくれる。

 

 考えるだけで、どうにかなりそうだった。

 

「障守?」

 

「はい?」

 

「どうした? ぼーっとして」

 

「いえ。巨勢君が今日も素敵だなと思っていただけですよ」

 

「おっ! ありがとな!」

 

 大は豪快に笑った。

 

 照れもせず、疑いもせず。

 

 実に気持ちのよい反応だった。

 

(……本当に、豪放磊落な性格をしていますね)

 

 盾真は微笑んだ。

 

 できれば、この笑顔を独占したい。

 

 いや。

 

 できれば、ではない。

 

(いずれ、必ず)

 

 そのために何が必要か。

 

 盾真はすでに考え始めていた。

 

     ◆

 

 入学から三日目。

 

 第三演習場では、岩動剛志による個性応用訓練が行われていた。

 

「今日は個性の特性と、その発展性を確認する」

 

 岩動が生徒たちを見渡した。

 

「初日の個性把握試験では、各自の基本的な出力を見た。今日はもう少し踏み込んで、個性そのものの性質を調べる」

 

 生徒たちが頷く。

 

「障守。まずお前からだ」

 

「承知しました」

 

 盾真は一歩前へ出た。

 

「個性名は『障壁』です」

 

 右手を軽く掲げる。

 

 すると、何もない空間に淡い紫色の光が走った。

 

 六角形の輪郭が浮かび上がる。

 

 一枚、二枚、三枚。

 

 次々と連結し、最終的に十二枚の正六角形が一つの大きな面を形成した。

 

「現在の最大生成数は24枚。一枚につき一辺二十センチの正六角形です」

 

「ほう」

 

 岩動が近づく。

 

「随分と整った形だな」

 

「ええ。残念ながら形状の自由度はありません。正六角形で固定されています」

 

 盾真は障壁を軽く叩いた。

 

 コン、と硬い音がする。

 

「物質ではなく、空間に固定された境界面です。厚みはありませんが、物理的な干渉を遮断できます」

 

「強度は?」

 

「現在の僕の出力に依存します。ただし、生成時に強度を調整することはできません。全部同じです」

 

「動かせるか?」

 

「いいえ。一度生成すると、その位置から動きません」

 

 盾真は十二枚の障壁を消した。

 

 今度は、地面と水平になるように展開する。

 

「もっとも、固定されるという性質には利点もあります」

 

 軽く跳び上がる。

 

 空中に浮かぶ六角形の床へ着地した。

 

「ご覧の通り、支柱が不要です」

 

「おおー!」

 

 大が歓声を上げた。

 

「すっげえ! 空中に立ってる!」

 

 盾真は満足そうに笑った。

 

「ありがとうございます、巨勢君」

 

「それ、もっと高いところにも作れんのか!?」

 

「生成可能な範囲内なら。もっとも、今は距離にも限界がありますが」

 

「へえ! 便利だな!」

 

(……ふふ)

 

 盾真は内心で笑った。

 

 大が自分の個性に興味を示している。

 

 それだけで、今日の訓練に参加した価値があった。

 

「ところで障守」

 

 岩動が口を挟んだ。

 

「24枚というのは、現在の上限か?」

 

「はい。僕の個性は少々特殊でして、生成上限が十二枚単位で増加します」

 

「十二枚単位?」

 

「ええ。次の成長段階では36枚。その次は48枚、という具合ですね」

 

「一枚ずつ増えるわけではないのか」

 

「少なくとも、これまでの成長ではそうでした。今後も同じ規則で増えると考えています」

 

 岩動は頷いた。

 

「興味深いな」

 

「もっとも、上限が増えることと強度の向上は別です。強度は日々の訓練で徐々に上昇します」

 

「なるほど。では耐久試験を行おう」

 

「どうぞ」

 

 盾真は一枚の障壁を正面に生成した。

 

 岩動が訓練用の金属棒を手に取る。

 

 軽く叩く。

 

 カン!

 

 障壁はびくともしない。

 

 続いて、少し強く。

 

 ガン!

 

 まだ割れない。

 

 三度目。

 

 ガギィン!

 

 鋭い音が響き、六角形に亀裂が走った。

 

 パリン!

 

 障壁が砕け散る。

 

「……っ」

 

 盾真が僅かに眉を寄せた。

 

「痛むのか?」

 

「いいえ。痛みではありません。個性のエネルギーを持っていかれる感覚ですね」

 

 盾真は肩をすくめた。

 

「これが最大の欠点です。生成と解除にはほとんど負担がありませんが、破壊された場合は枚数に応じて消耗します」

 

「24枚全てを破壊された場合は?」

 

「かなり疲れますね。ですから、基本的には破壊される前に解除するのが理想です」

 

「なるほど」

 

「ちなみに、連結した障壁の一枚が壊れても、残りは維持されます。壊れた部分だけ補修することも可能です」

 

 盾真は再び24枚の障壁を展開した。

 

「さらに、組み合わせ方によって立体構造も作れます」

 

 六角形が連結され、小さな箱状の構造物を形成する。

 

「防御、拘束、足場、隔壁。応用範囲は広いですよ」

 

「攻撃には使えないのか?」

 

 生徒の一人が尋ねた。

 

 盾真は微笑んだ。

 

「使えますよ?」

 

「え?」

 

「例えば、相手の足首を障壁で囲って固定する。そこから転倒させればいい。あるいは、逃走経路に障壁を配置して衝突させる。もっと単純に、相手を空中に閉じ込めてしまってもいいでしょう」

 

「……結構えげつないな」

 

「そうですか?」

 

 盾真は首を傾げた。

 

「敵を無力化するための手段でしょう? 別に殺すわけでもありませんし」

 

 にっこりと笑う。

 

「まあ、どこまでやれば効率的に無力化できるかは、相手次第でしょうけど」

 

 質問した生徒は、何となく口を閉じた。

 

 岩動が咳払いする。

 

「障守。発想自体は悪くないが、ヒーローには適切な制圧が求められる」

 

「もちろん理解していますよ、先生」

 

 盾真は穏やかに答えた。

 

「必要以上の暴力は非効率ですからね」

 

「……そういう問題だけではないんだが」

 

「おや、失礼しました」

 

 盾真は微笑んだ。

 

 その笑顔を見て、岩動は少しだけ頭が痛くなった。

 

     ◆

 

「しかし、面白え個性だな!」

 

 訓練の合間。

 

 大が盾真の隣に腰を下ろした。

 

 それだけで、周囲の景色が変わる。

 

 身長二百五十センチの大男が座っているだけで、隣にいる盾真はまるで小柄な少年のように見えた。

 

 盾真は内心で歓喜していた。

 

(……近い)

 

 大きな肩。

 

 分厚い胸板。

 

 太い腕。

 

 すぐ隣にある。

 

 触りたい。

 

 ものすごく触りたい。

 

 しかし、ここで無遠慮に触るのは得策ではない。

 

 まだ出会って三日目だ。

 

 焦って警戒されるのは避けたい。

 

(……少しずつ、ですね)

 

 盾真は冷静に判断した。

 

「巨勢君の個性ほどではありませんよ」

 

「そうか? 俺はデカくなったり小さくなったりするだけだぞ?」

 

「その『だけ』が、どれほど素晴らしいことか」

 

 盾真は思わず身を乗り出した。

 

「百メートルですよ? 百メートル。普通の建物など比較にもならない巨大さです。しかも質量まで増える。あの圧倒的な存在感、まさに生きた神話ですよ」

 

「お、おう?」

 

「僕なんて、巨勢君が最大まで巨大化したら、足の爪先より小さくなってしまうんですよ? 素晴らしいと思いませんか?」

 

「……お前、ほんとにデカいの好きなんだな!」

 

 大が豪快に笑った。

 

「ええ。大好きですよ」

 

 盾真は即答した。

 

 大は楽しそうに笑う。

 

「じゃあ、今度また見せてやるよ!」

 

「本当ですか?」

 

「おう! 先生の許可が出たらな!」

 

 盾真の胸が高鳴った。

 

「……約束ですよ?」

 

「おう!」

 

 大が大きな手を差し出す。

 

 盾真はその手を見た。

 

 自分の手より遥かに大きい。

 

 指一本ですら太い。

 

 その手を握る。

 

 大は軽く握り返した。

 

(……ああ)

 

 盾真は思った。

 

(やっぱり、欲しいですね)

 

 この巨人が。

 

 この笑顔が。

 

 この圧倒的な存在が。

 

 自分だけのものになれば、どれほど素晴らしいだろう。

 

「そういやさ」

 

 大が言った。

 

「障守って、呼びにくくねえか?」

 

「……はい?」

 

「いや、俺は別にいいんだけどよ。せっかく友達になったんだし、名前で呼んでもいいか?」

 

 盾真は固まった。

 

「……名前、ですか?」

 

「おう! 盾真って呼んでいいか?」

 

 盾真は数秒、沈黙した。

 

 それから、ゆっくり微笑んだ。

 

「……ええ。もちろんです」

 

「よっしゃ! じゃあ盾真な!」

 

「はい」

 

 盾真は頷いた。

 

 そして、少しだけ首を傾げる。

 

「では、僕も巨勢君のことを名前で呼んでも?」

 

「おう! 大でいいぞ!」

 

「……大、ですか」

 

 盾真はその名前を口の中で転がした。

 

 大。

 

 たった一文字。

 

 なんと彼に相応しい名前だろう。

 

 巨大で、強く、圧倒的。

 

 その存在を、たった一文字で表している。

 

「……では、大君と呼ばせていただきますね」

 

「おう! よろしくな、盾真!」

 

 大が笑った。

 

 盾真も笑った。

 

 ただし、その内心は穏やかではなかった。

 

(……大君)

 

 名前で呼ぶことを許された。

 

 それだけのことなのに。

 

 まるで、自分だけが特別な権利を手に入れたような気分だった。

 

 もちろん、実際にはそうではない。

 

 他のクラスメイトだって、名前で呼ぶことはできるだろう。

 

 だが。

 

(……それは、少々面白くありませんね)

 

 盾真は笑顔のまま考えた。

 

 できれば、自分だけがそう呼びたい。

 

 自分だけが、特別でありたい。

 

 そのためには。

 

 ただ友達でいるだけでは、足りない。

 

     ◆

 

 午後の訓練。

 

 大の巨大化訓練が始まった。

 

「巨勢。今日は最大五十メートルまでだ」

 

「了解っす!」

 

「地盤は俺が補強する。周囲の安全を確認してから巨大化しろ」

 

「はい!」

 

 大が演習場の中央へ向かう。

 

 制服を脱ぎ、巨大化に対応した下着だけになる。

 

 そして。

 

 ぐん、と。

 

 身体が膨れ上がった。

 

 五メートル。

 

 十メートル。

 

 二十メートル。

 

 三十メートル。

 

 四十メートル。

 

 五十メートル。

 

 大地が軋む。

 

 空気が震える。

 

 見上げるほど巨大な脚。

 

 建物のように分厚い胴体。

 

 山のように盛り上がった肩。

 

 そして遥か上空で、赤銅色の髪が陽光を浴びて輝いていた。

 

 盾真は息を呑んだ。

 

(……っ、ああ……!)

 

 素晴らしい。

 

 素晴らしすぎる。

 

 初日の百メートルには及ばない。

 

 しかし、それでも五十メートル。

 

 自分の二十八倍以上の身長。

 

 あの足の大きさだけでも、盾真の全身を遥かに超えている。

 

 巨大な足が、ゆっくりと地面を踏みしめた。

 

 ズン。

 

 重低音が響く。

 

 岩動が地盤を固定し、振動を抑えている。

 

 それでも、盾真には十分だった。

 

(……最高ですね)

 

 自然と笑みが浮かぶ。

 

 あの足元に立ちたい。

 

 見上げたい。

 

 あの巨大な手に乗せられたい。

 

 できることなら、ずっとあの姿を眺めていたい。

 

 しかし。

 

「……ふむ」

 

 盾真は、ふと考えた。

 

 岩動の個性。

 

 岩盤。

 

 地面を強化し、大の巨体を支える。

 

 それは非常に相性がよい。

 

 大が巨大化する際の制約を、直接補える能力だ。

 

(……羨ましいですね)

 

 盾真は岩動を見た。

 

 正直に言えば、面白くなかった。

 

 あの巨人を支えているのが、自分ではない。

 

 それが気に入らない。

 

 大の能力を最大限に発揮させるためには、岩動の助けが必要。

 

 それは合理的な判断だ。

 

 だが、感情は別だった。

 

(……僕にも、できませんかね)

 

 盾真は自分の手を見た。

 

 障壁。

 

 空間に固定された六角形。

 

 地面がなくても、足場を作れる。

 

 ならば。

 

「……先生」

 

 盾真は岩動に声をかけた。

 

「少々、お聞きしたいことがあるのですが」

 

「なんだ?」

 

「僕の障壁は、空間に固定されますよね」

 

「ああ」

 

「つまり、地盤の強度に依存しません」

 

「そうだな」

 

 盾真は五十メートルの大を見上げた。

 

「では、理論上……大君の足場を作ることも可能なのでは?」

 

 岩動が目を細めた。

 

「……巨勢の足場?」

 

「ええ」

 

 盾真は微笑んだ。

 

「例えば、百メートルまで巨大化した大君。その足元に、僕が障壁を敷き詰めるんです」

 

 岩動はしばらく考え込んだ。

 

「……不可能とは言い切れんな」

 

 盾真の目が輝いた。

 

「本当ですか?」

 

「ただし、今のお前には絶対に無理だ」

 

「承知しています」

 

 即答だった。

 

「必要な面積だけでも、膨大な枚数になりますからね」

 

「それだけじゃない。巨勢の質量を支える強度も必要だ。しかも、歩行時には静止状態より遥かに大きな衝撃が加わる」

 

「ええ」

 

「仮に数万枚の障壁を生成できたとしても、それが一斉に破壊されたらどうなる?」

 

「僕が倒れるでしょうね」

 

 盾真は平然と答えた。

 

「下手をすれば、意識を失うかもしれません」

 

「わかっているなら――」

 

「ですが、先生」

 

 盾真は言葉を遮った。

 

「それは、今の僕の能力を前提とした話でしょう?」

 

 岩動が黙る。

 

「生成枚数は増えます。強度も上がります。構造の最適化も可能です」

 

 盾真は淡々と続けた。

 

「それに、単純な平面ではなく、荷重を分散させる立体構造を作れば、必要な強度を補える可能性もあります」

 

「……そうだな」

 

「では、可能性はある」

 

 盾真は笑った。

 

「それで十分です」

 

 岩動は腕を組んだ。

 

「……お前、随分と巨勢に入れ込んでいるな」

 

「ええ」

 

 盾真は隠そうともしなかった。

 

「大変気に入っていますので」

 

「……友達としてか?」

 

「もちろん」

 

 盾真はにっこり笑った。

 

「それ以外に、何か?」

 

 岩動は何も言わなかった。

 

 ただ、少しだけ眉間の皺が深くなった。

 

     ◆

 

「おーい! 盾真ー!」

 

 巨大な声が降ってきた。

 

 見上げる。

 

 五十メートルの大が、こちらを覗き込んでいた。

 

 その顔だけでも、恐ろしく大きい。

 

「何話してんだー!?」

 

 盾真は笑った。

 

「大君の足場を作れないか、先生に相談していたんですよ!」

 

「俺の足場ー!?」

 

「ええ! 空中にです!」

 

 大が目を丸くした。

 

 そして。

 

「マジかよ! すっげえじゃねえか!」

 

 地響きのような笑い声が響いた。

 

「それできたら、俺、空歩けるってことか!?」

 

「理論上は、そうなりますね!」

 

「うおお! 最高じゃねえか!」

 

 大が喜ぶ。

 

 巨大な両腕を広げる。

 

 それだけで、周囲の空気が動いた。

 

 盾真は、その姿を見上げながら思った。

 

(……ああ)

 

 これだ。

 

 この笑顔。

 

 この声。

 

 この圧倒的な存在。

 

 自分が欲しいものは、これなのだ。

 

 大は強い。

 

 途方もなく強い。

 

 恐らく、将来は日本でも有数のヒーローになるだろう。

 

 そんな彼の隣にいるためには、どうすればいい?

 

 ただの友達?

 

 駄目だ。

 

 友達など、いくらでもできる。

 

 大の性格なら、なおさらだ。

 

 誰にでも笑いかける。

 

 誰とでも仲良くなる。

 

 きっと、これから先も多くの人間に囲まれるだろう。

 

 盾真は、それが気に入らなかった。

 

(……僕だけでいいのに)

 

 心の底から、そう思った。

 

 大の隣にいるのは、自分だけでいい。

 

 大が困った時、頼るのは自分。

 

 大が何かを成し遂げる時、支えるのも自分。

 

 誰よりも近くで、あの巨体を見上げる権利。

 

 それが欲しい。

 

 ただし。

 

 大を閉じ込めることはできない。

 

 あの巨人は、自由であるべきだ。

 

 好きなだけ笑い、好きなだけ巨大化し、好きな場所へ行く。

 

 その姿が好きなのだから。

 

 ならば、答えは簡単だった。

 

(……僕が、必要不可欠になればいい)

 

 大がどれほど強くなっても。

 

 どれほど巨大になっても。

 

 自分がいなければ、その力を最大限に発揮できない。

 

 そういう存在になればいい。

 

 誰にも代わりが務まらない。

 

 誰にも譲れない。

 

 大の隣に立つための、唯一の資格。

 

 それを、自分の力で作り出す。

 

「……ふふ」

 

 盾真は笑った。

 

 実に合理的だ。

 

 感情に任せて独占しようとするより、よほど確実だった。

 

     ◆

 

 その日の夜。

 

 盾真は自室の机に向かっていた。

 

 ノートには、無数の数字と図形が並んでいる。

 

 六角形の面積。

 

 必要な生成枚数。

 

 荷重分散構造。

 

 衝撃吸収の方法。

 

 巨大化時の質量推定。

 

 そして、百メートルの巨人を支えるための足場。

 

 計算すればするほど、現実離れした数字が出てくる。

 

「……なるほど」

 

 盾真はペンを止めた。

 

「これは、相当な努力が必要ですね」

 

 今の最大生成数は24枚。

 

 成長は12枚単位。

 

 仮に一万二千枚を生成するなら、千ダース。

 

 そこまで成長できる保証はない。

 

 さらに、単純に枚数を増やしただけでは、百メートルの大を支えることはできない。

 

 強度。

 

 構造。

 

 生成速度。

 

 配置精度。

 

 そして、破壊時の消耗を最小限に抑える技術。

 

 課題は山積みだった。

 

 普通なら、諦めるだろう。

 

 割に合わない。

 

 努力に対して、得られるものが不確実すぎる。

 

 しかし。

 

「……ふふふ」

 

 盾真は笑った。

 

「いいですね」

 

 実にいい。

 

 簡単に手に入るものなど、つまらない。

 

 何年も、何十年もかけて。

 

 自分の個性を磨き続ける。

 

 その結果、あの巨人が自分なしでは満足に戦えなくなるのなら。

 

 これほど素晴らしいことはない。

 

 盾真はノートの新しいページを開いた。

 

 そして、大きく書いた。

 

 『巨勢大専用・空中足場構築計画』

 

 その下に、小さく書き加える。

 

 ――最終目標:百メートル級巨人の完全支持。

 

 盾真はしばらく文字を眺めた。

 

 そして、もう一行。

 

 ――大君の唯一の相棒になる。

 

「……これですね」

 

 満足そうに頷いた。

 

 ヒーローになりたいか。

 

 正直、どうでもいい。

 

 人を救いたいか。

 

 必要なら救う。

 

 社会のために尽くしたいか。

 

 その結果、大の隣にいられるなら、いくらでも尽くしてみせよう。

 

 大がヒーローになるなら、自分もヒーローになる。

 

 大が世界中を飛び回るなら、自分もついていく。

 

 大が百メートルになって戦うなら、その足元に道を作る。

 

 誰かが自分の場所を奪おうとするなら。

 

「……まあ、その時は」

 

 盾真は微笑んだ。

 

「相応の対応を考えましょうか」

 

 口調は穏やかだった。

 

 しかし、その目は笑っていなかった。

 

 大が誰と友達になろうと構わない。

 

 誰に笑いかけようと構わない。

 

 少なくとも、今は。

 

 ただし。

 

 最後に隣にいるのは、自分でなければならない。

 

 そこだけは、譲れなかった。

 

 盾真はペンを握り直した。

 

「待っていてくださいね、大君」

 

 小さく呟く。

 

「僕、必ずあなたの相棒になりますから」

 

 そして、少し考えてから付け加えた。

 

「……あなたが望むかどうかは、まあ、これから考えましょう」

 

 くすりと笑う。

 

 もちろん、大に嫌われるつもりなどない。

 

 むしろ、誰よりも好かれるつもりだった。

 

 大が自分を必要とする。

 

 自分も大を必要とする。

 

 それが一番いい。

 

 そうなれば、誰も文句は言えない。

 

「ふふ……楽しみですね」

 

 机の上には、十二枚の六角形を組み合わせた小さな立体模型。

 

 今はまだ、取るに足らない力。

 

 だが、いつか。

 

 この障壁は、百メートルの巨人を支える巨大な道となる。

 

 そして、その道の先には。

 

 自分だけの特等席が待っている。

 

 盾真は満足そうに笑った。

 

 その笑顔は、どう見ても正義のヒーローを志す少年のものではなかった。

 

 むしろ。

 

 欲しいものを手に入れるため、長大な計画を立て始めたヴィランのそれに近かった。

 

 もっとも、本人にそんな自覚はない。

 

 いや。

 

 自覚があったとしても、気にしなかっただろう。

 

 正義も悪も、どうでもいい。

 

 大切なのは、ただ一つ。

 

 あの巨人の隣に、自分がいること。

 

 それだけなのだから。

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エンデヴァーこと轟炎司の生き写しのような焦凍の双子の兄が雄英高校に通う話。▼※ヒロインタグを追加しました。▼※ヴィラン予備軍タグを追加しました。


総合評価:2861/評価:7.09/連載:32話/更新日時:2026年07月18日(土) 12:30 小説情報


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