男女比1:30000の星間文明世界に放り込まれたギャル偽装パイロット ~男バレしたら即“部品”行きなので、旧式ロボで傭兵やってます~ 作:サイリウム
コールサイン、“セイレーン”。それが私の名前だ。
だが。
『はぇ。』
はぇ、って何だ。はぇって。
……いやまぁ、そういう声が出てしまった理由は誰もが理解してくれるはず。
目をつぶれば、すぐに思い出せるあの光景。近接武器だけ持って出撃し、まるで全て見切っているかのように動き、全て最低限の機動で相手の攻撃を回避。そして戦場を支配し、敵をコントロールし相手から突っ込ませることで“死地”をつくる。まるで何かのホロ作品でも見ているかのような時間だった。
そして、そんな途轍もないモノを前にして……。
彼女のオペレーター、言わば相棒である私が発した言葉。
【はぇ!?】
……うん。
自室の簡易ベッドに腰かけたまま、思わず両手で顔を覆う。何度思い返しても、あれは私の口から出た音に変わりない。管制席のマイクを通して、ブリッジ中に。
そして何より、通信先の傭兵本人の耳に。
(……ぶん殴れば記憶消せるか?)
このコールサインは、軍勤務時代に同僚たちからつけられたものだ。
当時はただ職務に忠実であろうとしていただけだったのだが、私の声色。同僚たちのいう“此方を侮蔑しながら踏んづけてくれそうな冷たい声”が癖に刺さったらしく、私とコンビを組みたがる奴は結構多かった。まぁ所謂、高嶺の花だった訳だ。
当初は“クイーン”が候補に挙がったらしいが、既にその名前を持つ者がいたため却下。声とそれまでのイメージを兼ね合わせた何かを奴らが勝手に探した結果……。私の名前は、“セイレーン”になった。
(詳しいことは知らないが、旧世紀の伝記に登場する美しい声で惑わす魔物の名前らしい。)
当時は魔物なんかじゃなくて正義側のなにか、過去の騎士とかの偉人系にしてほしかったと愚痴を吐いたものだが、使い続ければ愛着がわくもの。いつしか自身はこの名に恥じぬ働きをしようと考え始め、より声の質感を冷たいものに。淡々と状況を伝えながらも、全力で通信先の相手を母艦に返せるよう尽力し始めた。
……まぁ、軍事費削減とか言う意味の解らない理由で自主退職に追い込まれてしまったが。
けれどいまもこうして同じ名前を使い続け、良さげな商船に再就職。軍時代と似たような仕事に就けている。確かに自力でドレッドを維持できない小規模の商船からすれば、戦力は『傭兵』頼みになってしまう。それ相応に荒れている者が多く、面倒なことも多かったが……。普段通りに熟せば、少なくとも仕事は回る。
冷酷に、ただ事実を分析し前線に立つ相棒に届ける。
それが、私の仕事だった。
けれど。
(なんだあの生娘みたいな気の抜けた声はッ!!!)
はぇ、である。はぇ。
初等学校に通う幼女でもそうそう出さない声を、成人してる上に軍務経験のある私が出してるのである。恥でしかない。確かにこの船の雰囲気は整備長や船長たちのおかげでかなり良いが、それでも3か月は馬鹿にされることを覚悟しなければならないレベルのやらかしである。
ま、まぁ。あの奇人の機体制御があまりにもヤバかったせいで、戦闘の様子を眺めていたブリッジの奴らはギリ私が出した音だってことに気が付いてない。あと会話ログも弄って該当部分の消去を行っているので、ギリ大丈夫な筈。
……けれど通信が繋がってて、確実に聞いていたであろうアイツ。
ギャルの記憶は、どう足掻いても消しようがない。
しかも色々終わった後。さっき初めて顔を合わせた時に……!
『さっきの通信の声、実に愛らしかったでござるな。なに、誰にも口外しておらぬ。ご安心召されよ。』
(さっきの通信の声、マジかわたんだったんですけど~! あ、でも誰にも言ってないから安心してちょ! あーしの口、激カタだし?)
『ッ///』
なんだよあんなふざけた喋り方してるくせにッ! なんかちょっとメロいのがムカつくッ!
流れの傭兵のくせにこっちの気遣い出来るとかプレイガールか!? 変な喋り方してるくせに裏では結構遊んでるのか!? 確かになんかいい匂いしたしッ! ほんの少しだけだけどなんか嗅いじゃういい匂いしたし! 身なりとか気をつけてる感じだったから良い所の香水使っててもおかしくなさそうだしッ!
あ~~~ッ! なんか弱み握られてるみたいで嫌ッ!!!
(……いや、落ち着け“セイレーン”! あれはそう、不可抗力ッ!)
思わず頭を掻きむしってしまったが、何とか深呼吸で落ち着く。
そう、不可抗力だ。
あんなものを見せられて、平常心でいられる方がおかしい。
今回の敵は、ゾーンリーパー3機。圧倒的な火力と、高速機動によって直掩機を吹き飛ばし、そのまま船も沈めてしまう。そのコンセプト通りの実力を発揮できるあの機体は、軍時代から『敵に回って欲しくない存在』の筆頭だった。そんな強敵3機に対し、第8世代の旧式が1機。それも近接用のブレード1本で殲滅してしまったのだ。ビビらない訳が無い。
……正直な話。敵の情報を識別し終わった瞬間から、私の頭の中ではとっくに答えが出ていた。確かに名は売れていたようだが、近接1本で勝てる相手ではない。あの傭兵は死ぬし、おそらく私達の船も沈む。救命艇に何人放り込むことが出来て、その後救難信号をどこかの船に拾われるのを祈るしかない。最悪あの場で死ぬことも、顔にも口にも出していなかったが、勘定に入れていた。
(なのに。)
一斉に放たれたビームの束が、1本も当たらなかった。
避けたというより、最初からそこに当たらないと解っていたかのような動き。推進剤もろくに使わず、手足を振るだけで機体の向きを変えて、光の柱の隙間に滑り込んでいく。モニター越しに見ていて、正直、何が起きているのか理解が追いつかなかった。
気付いた時には、敵機撃墜。そして殲滅。
(うん。逆にアレは声を出さない方がおかしい。絶対そう。)
そう自分に言い聞かせて、心を落ち着ける。
いつまでも悶えていても仕方がない。なにせ今日の仕事がまだ残っているのだから。
「……やりますか。」
ベッド脇の端末を引き寄せ、戦闘記録のファイルを開く。
オペレーターとして、戦闘後の記録を整理して船長に提出するのも私の業務だ。今回の戦闘は前例がないほど特殊だったし、きちんと分析しておかなければならない。軍時代では情報官あたりの担当だったが、この小さい商船では基本手が足りない。
そんなことを考えながら、あの奇人から送られてきた戦闘データを眺め、同時に船で記録してあった映像も確認していく。相変わらず意味不明な動きしてるな、なんて考えていると……。新しく映し出されるのは、格納庫のカメラ映像。どうやら帰投時の様子が残っていた様だ。
今回の業務には関係の無い範囲だが……、何故か眺めてしまう。
(口調や動作は色々おかしいが、顔は悪くないんだよな。)
乗船してからの数日間、あの傭兵とのやり取りは全て通信越しだった。
必要な連絡事項を伝えれば、返ってくるのは妙に明るい声と、判別の難しい古語。正直こちらの話を真面目に聞いているのかすら怪しいと思っていた。
映像の中で、寸胴の機体のハッチが開く。
身を乗り出したのは、金色の髪を2つに結った人影だった。顔立ちは整っていて、化粧もしっかりしている。けれど首から下は、分厚い白い装甲服にすっぽりと覆われていて、おおまかな体の線しか解らない。整備班の子たちに囲まれながら、両手でよく解らない形のサインを作って笑っている。
【えいえい、おう! 如何かな、我が太刀筋は! 見事、大勝利にござりまする!】
(えへー! どうよギャルちゃんの腕は! 大勝利~!)
そんな意味不明な口調の彼女。ギャルの前に現れるのは……、我らが整備長。
彼女がどれだけ怒っていたかは、ブリッジにまで乗り込んできたので知っている。帰ったら脳天から叩き割ると息巻いていたし、彼女は基本暴力で解決するタイプだ。てっきりヘマした他整備員同様、愛の鉄拳制裁が始まるのかと思っていたが……。
映像の中の整備長は、傭兵を思いっきり抱きしめていた。
(……認められた、ってわけか。)
ヘマすれば工具でぶん殴るし、気に入らない奴は宇宙にポイ。けれど身内がいい仕事をすれば、2m越えの巨体で力いっぱい抱きしめてくる。それがこの船の母こと整備長だ。この船で一際小さい“チビ”なんて、月に何回抱き潰されているか解らない。
ちなみに私も配属初日の挨拶で1回やられ、肋骨が逝った。
故に、抱きしめること自体は別に珍しくも何ともない。乗組員たちも慣れたもので、映像の中の整備員の子たちは『あーあ、やられた』みたいな顔で笑っている。あの人が流れの傭兵を“身内”扱いしたってことは驚きではあったが……。あんな戦い方をされれば、仕方ない所もある。
(だが。)
問題は、抱きしめられた側の反応。
その瞬間、アイツの全身が見事に固まっている。両腕は行き場を失ったまま宙をさまよい、整備長の背中をバシバシ叩いてようやく解放。そして真っ先に確かめていたのは自分の胸元と首元。
……まぁ、そこまではいい。整備長の抱擁を初めて食らった人間は、大体あんな感じになる。
けれど、何か引っかかる。
(なんで首……、いや、顔か?)
試しに顔をズームして、コマ送りで見直してみる。笑顔はいつも通り。顔色も、ぱっと見ではそこまで変わってない。けれど解放された直後、ほんの一瞬だけ視線が下へ。口元もいつもより少しだけ引きつっていて、よく見れば耳の先がうっすら赤い。
(照れ、か?)
一瞬目を疑うが、その反応は確実に照れ。
あれだけ平然とリーパー3機を相手にしていた奴が。鼻歌交じりで敵を真っ二つにして、こっちには気遣いみたいなこと言ってきたプレイガールが。整備長に抱きしめられた途端、生娘みたいに照れてる?
(もしかしてアイツ、整備長に気が?)
そんな考えが脳裏に過るが……、少々早計だろう。
確かに整備長は魅力的な存在ではあるが、年が行き過ぎている。正確な歳は知らないが、顔から見てギャルは私と同世代くらい。つまり整備長は確実に上で、母親みたいな感じだ。自分だって人前で親に抱き着かれて振り回されれば、羞恥が勝る。そう考えれば別におかしな話ではない。
まぁ、まだ雇い始めてから数日の彼女が。そしてあんな“惹かれる”香水なんかつけて遊んでいるであろうあの女が『整備長に抱きしめられて照れるか?』という疑問はあるが……。
(……気にすることでもないか。)
そう思い直して再生を続けていると、映像の中に新しい人影が現れる。
礼服を纏った、我らが船長だ。
まだ数回しか航海を繰り返していない存在ではあるが、現場から声を聞こうと動き、乗組員からの信頼を得ようとしている人物。軍勤務時代であれば『下と近すぎて舐められる』と断じただろうが……。この小規模の商船、せいぜい数百人しか乗っていない様な船であれば、間違いでは無い。
故に船長がその場に現れるのは特に変な話では無かったが……。
問題は彼女の姿を見た瞬間の、ギャルの反応。
(む。)
笑顔は崩れていない。崩れてはいないのだが……、明らかに視線がおかしい。
船長の顔をじっと見つめていたかと思えば、急にあらぬ方向へ逸らし、また顔に戻す。不自然なほど顔だけを見ようとしている。ズームしていなければ分からなかっただろうが、やけに視線移動が激しい。まるで顔より下を見たら死ぬとでも言うようなレベルだ。
そして極めつけが、これ。
【戦の取り分など要らぬ! 全て持って行かれよ!!!】
(戦利品の取り分とかいらない! 全部持って行って!!!)
船長の両手をがっちり握りながら叫ぶギャル。
戦利品を、全部譲る。
命懸けで戦った傭兵にとって戦利品はそのまま報酬だ。軍時代に見てきた傭兵なんて装甲板1枚の取り分で殺し合いを始める様な連中だった。それをアイツは、何の躊躇もなく差し出している。確かに、“今後の契約”を考えれば悪い手で無いのは解る。こちらに恩を売り、次の契約につなげる。根無し草では確実にどこかで詰むのを理解している賢い女の動きだ。
……それだけなら、評価できる。しかし。
船長の手を握った直後。また例の“下に逃げまいとする視線”と、うっすら赤い耳の先を見せたのなら……、話は別だ。
(船長もッ!?)
思わず天井を見上げる。
整備長に抱きしめられて固まり、船長の前では目を泳がせ、戦利品は全部差し出す。どっちに対しても、あれは完全に“意識してる奴”の反応だ。
(両方ッ!!!)
やっぱりプレイガールじゃねぇか!?!?!?
い、いや! 別に誰が誰を好きになろうが勝手だ。恋愛は個人の自由。乗組員同士の関係に口を出すつもりもないし、出す権利も無い。というか船の人間からすればくっ付いてもらった方がプラスだ。何せアレほどの技量を持つ傭兵と繋がりが出来るのである。本人たちが良いのなら“風呂場”にでも突っ込んで後はご自由に、ってのもアリアリのアリだ。
「けど2人同時はちょっと……ッ!」
船長と整備長は、この船の要だ。
船長はまだ若くて経験も浅いが、しっかりとした知識と長に必要な視点を持っている。整備長は私達の精神的支柱でありながら、船だけでなくドレッドの整備まで熟してしまう母親だ。まだ船長を完全に認めていない船員もいるようだが……、この船の二本柱といっても良いだろう。
そんな大事な2人に傭兵が割り込んで、関係を持って、もし柱同士が色恋でもめて関係が崩れた場合……。確実にヤバいことになる。
(……要監視だな、うん。ある意味私の“相棒”な訳だし。)
別に、アイツに弱みを握られてるみたいでムカつくから粗探ししたいとか、そういうのではない。
オペレーターとして、そしてこの商船の1人としてギャルの動向に気を配らなければならない。決してアイツの顔と匂いが何故か頭から離れないとか、本来見る必要の無かった『戦闘後の格納庫』の映像を気が付いたら見てたとか……。
ともかく、違うったら違うのだ。
「……今度機会があったら香水、何使ってるかくらい聞くか。」
○セイレーン
『商船』のオペレーター、元軍属。
冷酷だが真面目。声はめっちゃ冷たいが、仕事はしっかりするし、それまでの功績などをちゃんと見てくれるタイプ。ちなみにお顔もクール系。本人は自覚していないが遺伝子操作によって意図せず“鼻が良く”なっており、本来嗅ぎ分けられない匂いを感じ取れてしまう。そのせいでかなり厳重に隠蔽しているはずの匂い、ギャルの男性としての匂いを感じ取ってしまい少しだけ意識してしまっている。
この世界の一般的な女性であるため、男なんて見たことも嗅いだことも無いので、全くの未知。でもなんか気になる……。
どうやら気が抜けた状態の声はかなり可愛いらしい。