東方スマホ伝   作:かせん

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博麗霊夢の朝

第四話 博麗神社の朝ごはん

 

博麗神社の朝は、いつもと変わらず静かだった。

 

境内には秋の穏やかな風が吹き抜け、木々の葉がかすかな音を立てながら揺れている。石段の先に広がる人里はまだ朝靄に包まれており、時折聞こえてくる鳥のさえずりが、神社の静けさをいっそう際立たせていた。

 

そんな清々しい朝の空気とは裏腹に、博麗霊夢の表情はあまり冴えなかった。

 

「……お米、そろそろ買わないといけないわね」

 

居間のちゃぶ台に向かいながら、霊夢は小さくため息をついた。

 

目の前に置かれているのは、一杯の茶碗と小皿が一枚。

 

茶碗には白米が盛られているものの、その量はお世辞にも多いとは言えない。茶碗の底が辛うじて隠れる程度であり、小皿には沢庵が数切れ並んでいるだけだった。

 

味噌汁もなければ、焼き魚もない。

 

もっとも、霊夢にとっては特別珍しい食事というわけでもなかった。

 

博麗神社は参拝客が少なく、当然ながら賽銭収入も乏しい。日々の生活は人里からの貰い物や自給自足によって成り立っている部分が大きく、食卓が質素になることなど日常茶飯事である。

 

霊夢自身、食に対して極端な執着があるわけではない。

 

食べられるものがあれば食べるし、なければ適当に済ませる。それが博麗の巫女というものであった。

 

「いただきます」

 

そう呟いて箸を手に取ったところで、ふとちゃぶ台の端に置かれていたものが目に入った。

 

河城にとりが開発したスマートフォン、ニトフォンである。

 

最近、幻想郷ではこの小さな機械が急速に普及し始めていた。

 

特に、標準搭載されている交流アプリ『ニトッター』は、幻想郷の住人たちの間で新たな娯楽として定着しつつある。

 

霊夢も例外ではない。

 

最初こそ、他人の日常を覗いて何が楽しいのかと疑問に思っていたものの、暇潰しにはちょうどよかった。

 

何より、わざわざ出掛けなくても幻想郷の住人たちが何をしているのか分かるというのは、異変解決を生業とする巫女にとっても便利なことである。

 

「そういえば、朝ごはんの写真を載せてる奴がいたわね」

 

昨夜、ニトッターを眺めていたときのことを思い出す。

 

人里の住人が自分の食事を撮影して投稿していたのだ。

 

特別豪華な料理ではなかったものの、何人かが美味しそうだと返信していた。

 

それを見た霊夢は、自分もやってみようと思ったのである。

 

「まあ、こんなのでいいか」

 

ニトフォンを手に取り、ちゃぶ台の上にある朝食へとカメラを向ける。

 

画面には、白米と沢庵が映し出された。

 

余計なものが写り込まないように少しだけ角度を調整し、撮影ボタンを押す。

 

小気味よい電子音とともに写真が保存された。

 

「よし」

 

そのままニトッターを起動し、撮影したばかりの写真を添付する。

 

文章を考えるのに時間はかからなかった。

 

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【ニトッター】

 

賽銭大好き

今日の朝ごはん

 

【写真】

 

小皿に並べられた数切れの沢庵。

その隣には、ほんの少しだけ白米が盛られた茶碗。

 

【返信】

 

マジックキノコ

うわ

 

美少女ゆかりん

うわ

 

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「…………」

 

霊夢は画面を見つめた。

 

投稿してから、まだ一分も経過していない。

 

にもかかわらず、真っ先に反応した二人が揃って同じ言葉を残していた。

 

しかも、どちらも決して好意的とは言い難い反応である。

 

「……何よ、こいつら」

 

別に何かを期待して投稿したわけではない。

 

ただ、自分の朝食を撮影して載せただけだ。

 

それなのに、どうして揃いも揃って哀れなものを見るような反応をするのだろうか。

 

霊夢は眉間にしわを寄せながら、画面に指を滑らせた。

 

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賽銭大好き

何よ

 

マジックキノコ

いや、朝飯だろそれ

 

賽銭大好き

そう書いてあるでしょ

 

美少女ゆかりん

霊夢、貴方ちゃんと食べているの?

 

賽銭大好き

食べてるじゃない

 

マジックキノコ

沢庵と米しかないじゃないか

 

賽銭大好き

何か問題でも?

 

美少女ゆかりん

問題しかないわよ

 

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「失礼ねえ……」

 

霊夢は不満そうに呟きながら、箸で沢庵を一切れつまんだ。

 

口に運べば、ぽりぽりと小気味よい音が響く。

 

塩気がほどよく効いていて、白米との相性も悪くない。

 

本人としては、これで十分なのである。

 

しかし、そんな霊夢の考えとは裏腹に、投稿には次々と反応が寄せられ始めていた。

 

どうやら、朝食の写真が思いのほか注目を集めているらしい。

 

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腹ペコゴースト

霊夢、それだけなの?

 

賽銭大好き

そうよ

 

腹ペコゴースト

足りないでしょう?

 

賽銭大好き

あんたの基準で考えないで

 

ハンターハンターヨウム

幽々子様なら一口ですね

 

腹ペコゴースト

一口にもならないわよ~

 

マジックキノコ

妖夢、白玉楼には食い物余ってないのか?

 

ハンターハンターヨウム

余っていたら苦労しません

 

腹ペコゴースト

妖夢、お腹空いたわ

 

ハンターハンターヨウム

先ほど朝食を召し上がったばかりでしょう!?

 

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話題が白玉楼の食糧事情に移りかけたところで、新たな利用者が返信欄に姿を現した。

 

そのアカウント名を見た霊夢は、思わず首を傾げた。

 

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限界サバイバーよりがみん

わかる

 

賽銭大好き

何が?

 

限界サバイバーよりがみん

ご飯があるだけ幸せよね

 

マジックキノコ

誰だお前

 

限界サバイバーよりがみん

依神紫苑

 

美少女ゆかりん

あっ

 

マジックキノコ

あっ

 

賽銭大好き

何よその反応

 

限界サバイバーよりがみん

昨日から水しか飲んでない

 

マジックキノコ

霊夢より酷い奴がいた

 

美少女ゆかりん

紫苑、貴方は本当に大丈夫なの?

 

限界サバイバーよりがみん

大丈夫じゃない

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

霊夢は思わず箸を止めた。

 

依神紫苑。

 

以前の異変で知り合った、貧乏神である。

 

彼女が周囲に不幸を振り撒く存在であることは知っていたが、どうやら本人の生活も相当に厳しいらしい。

 

もっとも、貧乏神なのだから当然と言えば当然なのかもしれない。

 

「……私より酷いじゃない」

 

そう呟いた霊夢は、改めて自分の朝食へと視線を落とした。

 

白米がある。

 

沢庵もある。

 

少なくとも、水だけで一日を過ごすような生活はしていない。

 

そう考えると、不思議と目の前の食事が少しだけ豪華に見えてきた。

 

しかし、そんなささやかな優越感も長くは続かなかった。

 

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ナムさん

霊夢さん、栄養が偏ってしまいますよ

 

賽銭大好き

あら、白蓮じゃない

 

ナムさん

よろしければ命蓮寺へいらしてください。お食事くらいでしたらご用意できますから

 

限界サバイバーよりがみん

行っていい?

 

ナムさん

もちろんですよ

 

限界サバイバーよりがみん

今から行く

 

マジックキノコ

早いな

 

雲山&いちりん

聖、今朝のお味噌汁ならまだ残っていますよ

 

ナムさん

ありがとうございます、一輪

 

限界サバイバーよりがみん

味噌汁……

 

やまびこさん

おはようございまーす!!!

 

やまびこさん

お味噌汁なら私も温めておきますねー!!!

 

限界サバイバーよりがみん

ありがとう……ありがとう……

 

正体不明マン

なんか一人ガチで救済されてるんだけど

 

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「……何の話になってるのよ」

 

霊夢は呆れたように呟いた。

 

自分が朝食の写真を投稿しただけなのに、いつの間にか命蓮寺で貧乏神の炊き出しが始まろうとしている。

 

しかも、当の紫苑は本気で向かっているらしい。

 

ニトッターとは、実に不思議な場所だった。

 

普段であれば、わざわざ顔を合わせなければ成立しない会話が、こうして瞬く間に広がっていく。

 

それも、当初の話題とはまるで関係のない方向へ。

 

霊夢がそんなことを考えている間にも、返信の数は増え続けていた。

 

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1万円札の顔

ふむ、なかなか質素な食事ですね

 

マジックキノコ

なんだその名前

 

1万円札の顔

豊聡耳神子です

 

賽銭大好き

あんた、何でそんな名前にしたのよ

 

1万円札の顔

かつて外の世界では、私の肖像が一万円札に使用されていたのですよ

 

美少女ゆかりん

過去形ね

 

1万円札の顔

……ええ、過去形です

 

マジックキノコ

草

 

皿の化身

太子様! 我も参りましたぞ!

 

ライトニング

布都、お前も始めたのか

 

皿の化身

うむ! なかなか面白い絡繰りよ!

 

美人仙人

あらあら、皆さん楽しそうですねえ

 

ライトニング

青娥までいるのか……

 

正体不明マン

皿の化身って何だよ

 

皿の化身

我の名前に何か問題でもあるのか?

 

正体不明マン

いや、皿じゃん

 

皿の化身

皿は重要なものぞ!

 

マジックキノコ

霊夢の朝飯から皿の話になってるぜ

 

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霊夢は画面を眺めながら、何とも言えない表情を浮かべた。

 

もはや自分の朝食など、誰も気にしていないのではないだろうか。

 

先ほどまで栄養状態を心配されていたはずなのに、今度は一万円札や皿の話で盛り上がっている。

 

しかも、見慣れないアカウントが次々と増えていた。

 

ニトフォンが追加生産され、利用者が増え始めたという話は聞いていたが、どうやら想像以上の勢いで広まっているらしい。

 

「ほんと、みんな暇なのねえ……」

 

そう言う霊夢自身も、すっかり朝食の手を止めてニトフォンを眺めているのだから、人のことは言えない。

 

そして、そんな騒がしい返信欄に、今度は天界からの参加者が現れた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

全人類の天子

何よこれ、貧乏くさ!

 

賽銭大好き

あ?

 

全人類の天子

天界ならもっといいもの食べられるわよ

 

マジックキノコ

お、天子じゃないか

 

全人類の天子

ふふん、ようやく私の時代が来たようね!

 

KYの達人

天子様、あまり他人の食生活を馬鹿にするものではありませんよ

 

全人類の天子

衣玖じゃない。あんたも始めたの?

 

KYの達人

ええ。流行にはある程度合わせておくべきかと思いまして

 

マジックキノコ

空気読める奴がKYの達人って名乗るのか

 

KYの達人

あえて空気を読まないことも必要なのです

 

全人類の天子

それで霊夢、そんな食事でよく生きていけるわね

 

賽銭大好き

喧嘩売ってんの?

 

全人類の天子

事実を言っただけよ

 

賽銭大好き

今から天界行っていい?

 

KYの達人

天子様、謝罪された方がよろしいかと

 

全人類の天子

何でよ!?

 

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「……よし」

 

霊夢は静かにニトフォンを置いた。

 

その表情からは、先ほどまでの気怠さが消えていた。

 

代わりに浮かんでいるのは、どこか物騒な笑みである。

 

天子とは以前から何度も顔を合わせているが、相変わらず人を挑発することにかけては天才的だった。

 

よりにもよって、朝食を馬鹿にするとは。

 

「そんなに立派なもの食べてるなら、少しくらい分けてもらっても罰は当たらないわよね」

 

そう独り言を呟きながら、霊夢は残っていた白米を口へと運んだ。

 

沢庵を一切れ頬張り、湯呑みに注いであったお茶を飲み干す。

 

質素ではあるが、いつも通りの朝食だった。

 

しかし、その朝食を何気なく投稿したことによって、幻想郷中の住人たちが騒ぎ始めたのである。

 

霊夢はもう一度ニトフォンを手に取った。

 

画面には、まだ新しい返信が増え続けている。

 

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マジックキノコ

霊夢、今度なんか食い物持ってってやるよ

 

賽銭大好き

あら、珍しく気が利くじゃない

 

マジックキノコ

キノコでいいか?

 

賽銭大好き

食べられるやつにしなさいよ

 

マジックキノコ

任せとけ

 

美少女ゆかりん

その返事が一番信用できないわね

 

限界サバイバーよりがみん

命蓮寺ついた

 

ナムさん

紫苑さん、お待ちしていました

 

やまびこさん

いらっしゃいませー!!!

 

限界サバイバーよりがみん

味噌汁おいしい

 

正体不明マン

こっちはもう朝飯食ってるぞ

 

賽銭大好き

人の投稿で何してんのよ、あんたたち

 

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「……まったく」

 

霊夢は呆れながらも、口元にわずかな笑みを浮かべた。

 

いつもなら誰も訪れないことすら珍しくない博麗神社。

 

しかし、ニトフォンを開けば、そこには幻想郷の住人たちによる騒がしい会話が広がっている。

 

人間も妖怪も、神も仙人も、果ては天人まで。

 

普段ならば顔を合わせる機会の少ない者たちが、一枚の朝食写真をきっかけに好き勝手なことを言い合っていた。

 

もちろん、その中心となった本人にとっては、少々不本意な結果ではあったのだが。

 

「……まあ、暇潰しにはなるわね」

 

霊夢はそう呟くと、ニトフォンをちゃぶ台の端に置いた。

 

そして、空になった茶碗と小皿を手に取り、台所へと向かう。

 

その背後で、ニトフォンが再び小さな通知音を鳴らした。

 

どうやら、朝食を巡る騒動はまだ終わりそうになかった。

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