『飲んだ人が望む効果が出る、幻のポーション』
「作るまでもなく、薬水の泉から湧き出てるじゃない」
成功に気が付かないのは、ある意味で失敗よりも残酷な結末を生み出すことに繋がる。
私は一体何時何処で成功したのだろう、振り返ってみてもそれが分からない。
とにかく私は成功を収めたのだろう、ずっとずっと昔に。
失敗だと思い込んで知らず知らずのうちに、何よりも記録しておくべき筈だった成功を。
「よいしょっ!!」
厳重に閉ざされていた扉を開く。
食糧庫なのだろうか、視界に映るのは箱詰めにされた大量の羊羹。
しかし手がつけられたような様子はなく、どの箱も未開封のまま何段も何段も積み重なっている。
そのうちの一つの箱を持ち上げ、床に下ろす。
蓋を開けてみるとやはり羊羹、何の変哲もない羊羹がぎっしりと詰まっている。
そのうちの一つを手に取って口に放り込んでみた。
「……まあ、特に変わった点はないわね」
無味無臭、砂のような食感、そして何より体内に栄養として吸収された感覚がない。
砂をそのまま摂取した方がまだ収穫があるかもしれない、そんな感覚。
それが胃に入ったということすら曖昧になるほど、私が口にしたそれは無に消えていった。
やはり、他の食べ物と同じだ。
「そういえば」
そういえば、羊羹というのは小豆色の物体だった記憶がある。
それを踏まえると、何の変哲もない羊羹というのは間違った表現だったかもしれない。
無色の羊羹、無色の箱、無色の食糧庫。
そこにある存在は全て色を失っている。
ただ一つだけ、私という存在を除いて。
「もはや元の色が思い出せなくなってくるわね」
小豆色とはどんな色だっただろうか。
小豆という名が付くのだから当然小豆のような色。
なら一体、小豆とはどんな色だっただろうか。
「ダメね、無駄を考えていると大切なことまで忘れてしまいそう」
妖精王国の宮殿、その廊下を歩いていく。
魔女の……ベリティエンの女王は……
そう、ベリータ、ベリータ様で合っている筈。
「ベリータの語った“妖精王国”は本当にこんな場所だったかしら?」
やがて辿り着いたテラスから見えるのは、妖精王国の惨状。
家は崩れ、民の姿はなく、視界に映る全てにやはり色がない。
彼女の語る妖精王国は美しい国だった、そんな記憶がある。
興味は殆どなかったが、それでもベリータの想った妖精王国がこんな姿ではなかったと確信出来る。
脚色が多分に含まれていたとしても、ここまで凄惨な様子ではなかった筈。
そして彼女が何よりも語り続けた妖精王国の女王の姿は、ここにはない。
ベリティエンもそうだ、私の知るあの国は変わってしまった。
王国は崩壊し、女王であるベリータは姿を消し、私のポーション店も経営を止めている。
光を失った王国に、かつての活気は残っていない。
「ポーションの幻覚作用なら良かったのに」
飲んだら視界から色が失われるポーション。
売れるかはともかく、面白味がある。
そんな副作用が出るポーションを作った記憶は私にはないが。
そもそもバイトが……そう、被験体のバイト。
あの魔女の名前はレヴィ、彼女に被験体を押し付けるようになってから私はポーションを飲む機会が大きく減った。
ポーションを飲んでいないのに副作用、幻覚作用が発現するなんてことはありえない。
目の前にあるこの惨状は、やはり現実である。
ベリティエンから……いや、妖精王国も。
もっと視野を広げれば、このエーリアスから“私以外の存在が姿を消した”のも。
全て現実で、私のポーションが見せる幻覚ではないのだ。
「あの時にはもう手遅れだったのでしょう、何もかも全て」
世界樹が色を失った、何年か前にそんな騒ぎが魔女の王国を埋め尽くした。
地上の連中がどうしていたのかは知らないが、魔女は世界樹と密接な関係を持つ種族。
ベリータやフリックル、それ以外にも大勢の魔女が動いていたのを覚えている。
彼女達が何をする気だったのかまでは私には分からない。
とにかく世界樹をどうにかしようとしていたことだけは分かるが。
世界樹が色を失うなんて、誰だって異常事態だと理解出来る。
結果は失敗……いや、動くことすら出来なかったというのが正確か。
世界樹が色を失ったという噂が流れ、次にベリータが計画を立てたという噂が流れ。
その僅か数時間後に、ベリティエンは色を失った。
あまりにも早いその終わりに、彼女達は対応することが出来なかった。
エーリアスには死が存在しない、生物が大きな外傷を受けることもない。
世界樹の加護による防護はエーリアスの住民を守っていた。
それを理解していたのは魔女やエルフ、そして一部の住民だけ。
それ以外は等しく“死”という概念を知らず、理解していない。
だからきっと、それを理解出来た者はごく僅か。
もしかしたらその時点で既に、私だけだったのかもしれない。
『ぁ、え……?』
色を奪われたのは何も世界の外観だけではない。
レヴィが色を失い、そして間も無く崩れ去ったのをこの目で見た。
世界樹の次は、エーリアスそのものが色を失った。
慌てて外に出れば、視界に映る全てが無色。
そして色を失った住民達が、次々と崩れ去っていくのが私の目に映ったのである。
あれは死だった、そこにあったのは魔女達が死ぬ姿。
私が認識した範囲外でも大勢の魔女が、そして他の種族が死んでいた。
その日、私だけをそこに残してエーリアスは終わりを迎えたのである。
世界は色を失い、生命は一つ残らず消え去った。
どうして私だけがその死を逃れたのか。
真実は未だに分からない、説明してくれるような者はいない。
それでも予想することは出来る、ポーシャーという存在の特筆すべき点は“ポーション”に関することなのだから。
昔々、遠い昔、まだ魔女の王国が安定していなかった頃の話。
あの頃は私が私自身を被験体として、ポーションの実験を行っていた。
知識も練度も浅かった私は、当然何度も何度も失敗を繰り返す。
“飲んでも何も起きない”失敗作のポーションを作っては、改善のための糧にしたものだ。
「だから、気付ける筈もないのよねぇ」
エーリアスで“不死のポーション”が必要になることなんてない。
そして仮に不死のポーションを作れたとしても、それを証明する方法がない。
元々死が存在しないエーリアスで不死になったところで、それは変化と言えるのだろうか。
それを、変化として認識出来る者はいるのだろうか。
腐るほど飲んで、腐るほど失敗だと吐き捨てた失敗作のポーション。
その中に“不死のポーション”があったと、私はそう予想している。
私は色を失わなかった、命を失わなかった。
全ての生命が消え去ったエーリアスで、私は今日も歩んでいる。
そして私は今、その命を投げ捨てる。
「それっ」
テラスから飛び降りる、落下していく私の身体。
本来のエーリアスならこの高さから落ちても“痛い”で済むのだろう、しかし世界樹が機能を止めたこの世界では。
この世界でこの高さから落ちれば、当たりどころが悪ければ間違いなく死を迎える。
それを理解して、頭から地面に落ちるように身体を動かした。
ぐちゃり、と。
嫌な音を立てて地面に着地した私の肉体は赤い液体を吹き出し、身体が変な方向に曲がっている。
痛い、以前の私だったらきっと声を上げる程度には痛い。
けど死なない、これだけの傷を負っても死ぬ様子がない。
それどころか少しずつ、身体の形が元に戻り始めている。
「……やっぱり無駄ね、ただ痛いだけ」
再生した肉体は既に原型を取り戻し、こうして口を開ける程度まで回復した。
回復してしまった、元の肉体に戻ってしまった。
偶然色を失わなかったなんて、そんな甘い現実はなかった。
私は不死である、世界樹の加護が消えても死ぬことがない。
だから私は死んでいない、今もまだ死ねていない。
ポーションはもう作れない、色を失った世界に材料と呼べるようなものは残っていなかったから。
そもそも魔法が使えなくなったこの世界で、私のポーションはきっと効果を発揮しない。
たとえ私が生きていたとしても、この世界に先はないのだ。
ポーションも魔法もない私は無力だ、無力な私に出来ることなんて片手で数えられる程度の数しかなかった。
その程度のことで、一度変わった世界が元に戻ることはなかった。
私にはこの世界を救うことは出来ず、この世界から逃げることも出来ない。
私はここにいる、私は今日も生きている。
ここにいることを、生きることを強制されている。
「週末農場でもなんでもいいから、早く解放してほしいのだけれど」
虚空に言い放った言葉を受け取る者は誰もいない。
あの時から私の声は全て、独り言として無に溶けるのだから。
今日も私はエーリアスを歩く、解放される術を探すため。
そして、死んでいった住民達にせめてもの弔いを捧げるため。
希望を求める時間はもう終わった、今はただ終わりを探し旅を続ける。
狂うことの出来ない私がただ、他の皆と同じように終わるための旅を。