ジョニィ・ジョースター、テラを往く 作:マイルドハイブリッド
エースたちと艦を発って三日。荒野の向こうで、山が歩いていました。
歩く都市 チェルノボーグ
地平の向こうで、山が歩いていた。
夕陽を背負った灰色の稜線は距離が縮まるにつれて輪郭を変えていく。岩肌に見えたものは幾層にも積み上がった鉄の家並みに、尖った峰は煙突と見張りの塔に姿を変えた。
その巨体の下には建物より太い脚が何十本も並んでいた。一歩ごとに荒野の土を踏み砕きながら、巨体は緩慢な歩調で北へ進んでいく。
遅れて届く重い地響きは
鞍上で手綱を握ったまま、ジョニィは長いあいだ言葉を失っていた。
ロドスの艦も歩く。だが、あれはまだ船と呼べる
大陸を西の海から東の海まで馬で駆け抜けた身でも、こんな光景は夢にさえ見たことがなかった。
並走する装甲車の窓が下がり、運転席のエースが顔を覗かせた。
「ウルサスの移動都市、チェルノボーグだ。……どうした、腰でも抜かしたか」
「抜かしてない。鞍の上だから分かりにくいだけだ」
「ハハッ、そいつは便利な鞍だ。俺も一つ欲しいくらいだな」
笑い声を荒野の風に流しながら、エースは窓枠に肘を掛け、前方を歩む巨影へ顎をしゃくってみせた。
「あんたたちには、あれが当たり前なのか」
「当たり前さ。テラじゃ、天災から逃げ切るには街ごと歩くしかない。あれだけ図体がでかくても、雲の機嫌ひとつで道を変える」
ロドスの艦を発って三日目の夕刻、テラに来てからは二十八日目のことだった。
車列は都市の進路から外れた岩の
夕闇の降りた岩陰では吹き溜まった砂が風に鳴り、遠い地響きだけが時折その音をかき消した。
平らな岩に地図を広げ、ドーベルマン教官が一同を見回した。その声音は五日前の甲板で、隊員たちの列に号令を飛ばしていた時と寸分違わなかった。
「明朝、我々は商隊として都市に入る。その前に一つ、頭に入れておけ。ウルサスは感染者への拒絶が特に強い国だ。政府は恐怖を煽る報道を流し続け、市民は感染者の排除を当然と考えている。自分が病にかかった後でさえ、感染者狩りに拍手を送る者がいるほどだ」
暗がりのどこかで誰かが息を呑む気配がしたが、教官は意に介さず説明を続けた。
「何を見ても手を出すな。我々の目的はドクターの救出であり、それ以外で目立てば全員が死ぬ」
鋭い眼光が車座を一巡し、最後にジョニィの顔の上で停止した。
「お前もだ、ジョニィ。ここには、周回で済ませてやれる甲板はない」
「分かってる。並足で五十周よりは、まともな仕事をするさ」
教官の眉は微動だにしない。それでも隣に立つアーミヤがフードを深く引き下ろす寸前、彼女の口元がほころびかけたのを、ジョニィは見逃さなかった。
夜が更けると、ジョニィは窪地の奥でスロー・ダンサーにブラシを掛けた。小さい方で首筋の短い毛を、大きい方で背中から腰へ。艦を出てから一日も欠かしていない日課だった。
白地に灰色の
「律儀なもんだな」
岩にもたれていたエースが、焚き火のない暗がりから声を寄越した。
「約束したんだ。毎日掛けるって」
「あの二人とか」
鞍の脇に括ってあった二本のブラシを、エースの視線がなぞった。
「そりゃ破れんな。破ったら、帰ってから何を言われるか分からん」
いつの間にか桃色の像が馬の尻の方へ回りこみ、青い
『チュミ、チュミ』
「真似するなら、毎日来い」
小声で言い返すと、ACT4は籠手を宙に止めたまま首を傾げた。像の見えない者の目には、馬の尻へ独り言をこぼす男の姿としか映らなかっただろう。
「スカウトのことは、アーミヤから聞いてるな」
「先に街へ潜ってる、とだけ」
「俺の古い賭け仲間でな。会っても驚くなよ。あいつは、気配ってものを置いてくるのが得意なんだ」
聞き慣れない言い回しに、毛並みを梳いていたブラシの動きが途中で止まった。
「気配を、置いてくる?」
「会えば分かるさ」
それきり外套を引き寄せると、エースは岩の窪みに背を沈め、早々に仮眠の姿勢へ入ってしまった。
翌朝、朝日の差しはじめた荒野を発った車列は、巨大な脚の間を縫って都市の外縁へ回りこんだ。排気の匂いが
荷台には薬品の木箱と布をかぶせた機械の部品を積んである。表向きは、南から来た運送業者の商隊という触れこみだった。スロー・ダンサーは最後尾の車に綱でつながれて積み荷の一つという扱いだ。
鞍を下りたジョニィもその綱を引いて車の脇を歩いていた。
灰色の外套に銃を担いだ番兵たちが一台ずつ荷台を検め、書類をめくっては乗員の顔を確かめていく。最後尾の番が回ってくると、番兵の一人がスロー・ダンサーの前で足を止め、怪訝な視線を馬体に這わせた。
「何だ、この
「南の珍しい品種でね。高値で待ってる買い手がいる」
運転席から返ってきたエースの声音は、いかにも商売人らしく気安かった。番兵はふんと鼻を鳴らした。今度は綱を握るジョニィの頭のてっぺんから足元までを、舐めるように検分していく。
獣の耳も角もなく、腰に尾もない姿は、この大地では何より人目を引く異物だった。
「おい。お前、耳はどこへやった。尾もないな。どこの種族だ」
「生まれつきこうだ。こいつの機嫌を取るのに、耳は要らない」
番兵の目つきが険しくなり、口が次の詰問の形に開きかける。そこへ運転席の窓からエースの腕がぬっと伸びてきた。
「遠い所の出でな、変わった種族なんだ。この駄獣が言うことを聞くのは、こいつだけでね。……ほら、長旅で喉が渇いてるだろう」
番兵の掌に何かが握らされ、硬貨の擦れ合う音が短く鳴った。掌の中で枚数を数え終えると、番兵はそれ以上何も訊かず、顎で門の方をしゃくった。
「行け」
車が動き出した、その時だった。
関所の脇で怒声が弾けて人垣が割れ、その先で二人の憲兵が一人の男を舗装の上に引き倒していた。めくれた袖の下で腕の黒い結晶が鈍く光り、男は何かを叫びかけた。だが言葉になる前に憲兵の靴が腹へめりこんだ。
「感染者のクズが。列に紛れこめるとでも思ったか」
行列の人々は誰ひとり制止に動かず、目を逸らす者もいれば、当然だという顔で頷く者もいる。手押し車の取っ手を握った老婆などは、皺だらけの口元をほころばせて見物していた。
綱を握るジョニィの右手で、爪が唸りを上げはじめていた。
距離は十二歩、憲兵は二人で、銃はどちらも肩に掛けたまま。ACT1なら、二人の膝を同時に撃ち抜ける。
「ジョニィ」
前の車から押し殺した声が飛んできた。運転席の窓から半分だけ顔を出したエースは、こちらを振り向きもしない。
「約束だぞ。俺の指揮に従え」
それでも指先の回転は、なおも獲物を欲しがって止まらない。
肌の色や生まれで、あるいは動かない脚で人を量る目を、ジョニィは嫌というほど知っていた。昔はその目を向ける側にいて、撃たれて脚が動かなくなってからは向けられる側に回った。
どちらの側に立っても、あの目の冷たさだけは同じだった。
回転を、止めた。
車列が門をくぐると、男の叫び声は鉄の扉の向こうで細くなって、ふつりと途切れた。綱を握る右手の震えはいつまでも収まる気配がなく、止まった自分に腹が立って仕方がなかった。
門が見えなくなった辺りで車列はいったん停止した。運転席から降りたエースが鉄の舗装を踏んで最後尾まで歩いてきた。
「よく止まった」
「止まりたくなかった」
「分かってる。それでいい」
震えの残るジョニィの右手に、エースの視線が一度だけ落ちた。
「腹を立てたままでいろ。あれを見て何も感じなくなった奴から、あの憲兵と同じ目になっていく。……ただ、その腹立ちは使う場所を選べ。今日じゃない」
「いつなら使える」
「俺が言う。それまでは、預けとけ」
ジョニィの肩を一度だけ強く叩き、エースは前の車へ戻っていった。
チェルノボーグの通りは、どこまで行っても灰色だった。
鉄の壁に鉄の階段、錆の浮いた鉄の手すり。建物は上へ上へと積み重なり、見上げた先の昼空は細い帯のようにしか残っていない。
都市の脚が大地を踏むたびに舗装の下から重い振動が這い上がり、機械油の匂いとともに靴底をじんと痺れさせた。
表通りを避けた車列は裏道から裏道へと縫うように進んでいく。スロー・ダンサーの
気がつけば、視線が通りの端々を拾っていた。
角を曲がった先の小さな空き地に、痩せた木が三本、
そして綱の先では、馬の首から背中へ流れる線が歩くたびにうねっていた。
――鉄ばかりの街にも、手本はある。
いざという時に、どこへ目をやればいいかを先に数えておく。レースの日々に骨まで染みこんだ習性だった。
前を行くアーミヤが歩調を緩めてジョニィの隣に並んだ。フードの影からのぞく長い耳は、しおれたように垂れたままだった。
「ジョニィさん、さっきは……ごめんなさい。私、見ていることしかできなくて」
「きみが謝ることじゃない」
「でも、あの人も、ロドスが助けたいと思っている人の一人だったんです。それなのに、私は」
言葉の続きを噛み殺すように唇を結び、アーミヤは小さな手でフードの端をきつく握りしめた。
前方の路地へ視線を据えたまま、ジョニィは言葉を選ぶように口を開いた。
「ぼくも止めなかった。止めたら、ここにいる全員が危なくなる。……だから、きみと同じだ。謝るなら二人でだ」
「二人で、ですか」
ジョニィは前を向いたまま、ただ一度だけ頷いた。言葉はそれきりだったが、フードを握りしめていた指から、強張りが少しずつ抜けていくのが分かった。
その時、二人の間にスロー・ダンサーが長い首をねじこみ、アーミヤの肩へぐいと鼻先を押しつけた。
「わっ……」
「慰めてるんだ。たぶんな」
不意を突かれた顔で馬を見上げてから、アーミヤはようやく、ほんの少しだけ笑った。
裏道を抜けた先で一行を待っていたのは、都市の下層に打ち捨てられた古い倉庫だった。
埃をかぶった木箱が壁際に積まれている。天井の明かり取りから差しこむ午後の灰色の光が、宙を漂う塵を斜めに浮かび上がらせている。隊員たちが荷を下ろし、ドーベルマン教官が見張りの配置を決めていく。
その間に、ジョニィは倉庫の奥の空いた柱へスロー・ダンサーをつないだ。
首筋を撫でてやっていた手がふと止まり、背骨を冷たい指でなぞられたような悪寒が走った。
倉庫の隅に積まれた木箱の陰。ついさっきまで誰もいなかったはずの場所に、男が一人、腰を下ろしていた。
考えるより先に右腕が跳ね上がり、唸る爪の先が男の眉間をまっすぐに捉えていた。レースの間、刺客に狙われるたびに命を拾ってきた反射だった。
フードを目深にかぶった痩身の男は、慌てるそぶりも見せずに両手を肩の高さへ上げた。
「おいおい。……はぁ。Ace、聞いてないぞ。駄獣連れの新顔なんて」
木箱の向こうから、エースが笑いを噛み殺しながら顔を出した。
「よう、スカウト。早かったな。爪を下ろせ、ジョニィ。こいつが例の、先に潜ってたうちの偵察役だ」
ゆっくりと腕を下ろしても心臓はまだ早鐘を打ち、耳の奥では脈の音ばかりが鳴っていた。足音どころか、息づかいの一つも聞こえなかった。この男にその気があったなら、ジョニィは今ごろ木箱の陰に転がっていたはずだ。
――気配を、置いてくる。冗談じゃないぞ。
背後に浮かぶACT4も、籠手を半分持ち上げた姿勢のまま硬直していた。
『……チュミ?』
「いい反応だ」
腰を上げて外套の埃を払いながら、スカウトは品定めでもするような口調で続けた。
「俺に気づいたのは、指を向けてからだったがな。……で、Ace。こいつは何だ」
「ジョニィ。客人さ。見えない拳と、穴を開ける爪を持ってる。俺の盾を抉った男だ」
「あんたの盾を?」
抑揚の乏しかったスカウトの声に、初めて驚きの色が混じった。
「……賭けたのか」
「賭けたとも。引き分けだったがな」
「はぁ。またか」
額に手を当てて深々と嘆息する仕草に、ジョニィは妙な見覚えがあった。ジャイロのくだらない冗談に付き合わされた時、自分もああいう顔をしていたに違いない。
「その顔をするのは、ぼくだけじゃなかったらしいな」
「お互い、苦労する相手を持ったもんだ」
短く応じると、スカウトは手近な木箱の上に折り畳んだ地図を広げ、声を落とした。アーミヤとドーベルマン教官がその両脇に立ち、エースは木箱に腰を預けて腕を組む。
「石棺の場所は、ほぼ掴んだ。都市の中枢、閉鎖された区画の地下だ。警備は思ったより薄い。……薄すぎる」
「どういう意味だ」
問いを挟んだのはジョニィで、スカウトは一瞥をこちらへ寄越してから地図の端を指で叩いた。
「誰かが先に手を回してる、ってことさ。下層で、感染者たちの動きがおかしい。あちこちに寄り集まって、何かを待ってる。噂じゃ、仮面をつけた連中が武器を配って回ってるらしい」
ドーベルマン教官の眉間に、深い皺が刻まれた。
「猶予はあまりない、ということか」
「ああ。急いだ方がいい。……嫌な予感がする」
地図の一点に置かれたスカウトの指はしばらく動かない。明かり取りの光に浮かぶその横顔を、ジョニィは知らず見つめていた。
地図を畳み終えると、スカウトの視線が倉庫の奥のスロー・ダンサーへ流れた。
「で、あの駄獣は何だ。まさか、あれで街の中を走る気じゃないだろうな」
「馬だ。走らせはしない。……そばにいれば、それでいい」
「そばにいれば?」
「ぼくの爪は、あいつが見える所で一番よく回る」
ジョニィと馬を交互に見比べてから、スカウトは何かを呑みこむように短く息を吐いた。
「……はぁ。Aceの連れてくる客は、いつも訳が分からん」
「連れてこられたんじゃない。ぼくが押しかけたんだ」
「なお悪い」
エースが堪えきれずに吹き出し、ドーベルマン教官は聞かなかったふりで地図を巻き取った。
その日のうちに、教官は夜の見張りを割り振った。裏口に一人、倉庫の屋根に一人の二時間交代制で、ジョニィの番は真夜中から、持ち場は屋根の上と決まった。
スカウトは自分の隊との連絡があると言って一度姿を消した。日が落ちる頃にはまた、いつの間にか木箱の陰に座っていた。
夕食は干し肉と固い黒パンだった。隊員たちは倉庫の床に車座になってそれを分け合った。明かりは携行灯が一つきりで、誰も大きな声を出さない。
食べ終えたジョニィはスロー・ダンサーの脇で毛布にくるまったが、眠りは浅い。倉庫の外を足音が通るたびに目を開けては、右手の爪の先を確かめた。
真夜中、前の番の隊員に肩を揺すられ、ジョニィは裏手の
鉄の屋根は夜気を吸って冷えきり、都市の脚が大地を踏むたびに継ぎ目が軋みを上げる。縁に沿って腰の高さほどの板塀が立ててあり、その陰に見張り用の毛布と水筒が置かれていた。
板塀の隙間から下の路地をうかがう影が一つある。梯子の軋みを聞きつけたはずのその影は、視線を路地に据えたまま口を開いた。
「来たか。そっちの隙間から、東の路地を二本見てくれ」
「あんたは見張りの割り振りに入ってなかったはずだろう」
「眠れなくてな。下に降りても、どうせ同じだ」
言われた隙間に片目を当てると、狭い路地が二本、闇の底に沈んでいた。人の気配はなく、時折どこかの換気口から生温い風が機械油の匂いを乗せて吹き上がってくるだけだ。二人は無言のまま、それぞれの隙間を見張り続けた。
沈黙を破ったのは、ジョニィの方だった。
「昼間の、嫌な予感って話」
「ああ、あれか」
暗がりの中で、スカウトが壁へ背を預け直す気配がした。
「俺は臆病者でな。何でも悪い方へ考える癖がある。Aceはそれを面白がる」
「ぼくもだ」
「何がだ」
「嫌な予感がして、ここまで付いてきた。エースが北の街へ迎えに行くと言った時から、ずっと消えない」
板塀の隙間から目を離さないまま、スカウトは喉の奥で笑った。
「それで、わざわざ来たのか。この地獄に」
「ああ」
「物好きだな」
「よく言われる。言ったのは、だいたい死にかけてる時の相棒だったけどな」
スカウトの視線はまた板塀の隙間へ戻り、フードの影で口元だけが動いた。
「俺は、ずっとこう考えてきた。そうでも思わなきゃ、やってられん仕事だからな」
一拍の間を置いて続いた声音は、夜気に溶けるほど穏やかだった。
「人と人は、生きてさえいれば、またどこかで再会できる」
返す言葉が、すぐには見つからなかった。
生きてさえいれば。
木の蓋の下で、もう二度と目を開けない男の顔が浮かぶ。旅の終わりに遠回りの話をして、そのまま逝った男だった。ジョニィとあいつは、もうどこでも再会できない。この大地のどこを探しても、海の向こうへ帰っても。
「……生きてさえいれば、な」
ようやく、それだけを返した。
スカウトはそれ以上深く踏みこまず、代わりに板塀の向こうを顎で示した。
「俺の隊の連中も、先に潜ってる。今は下層のあちこちに散って、それぞれの持ち場で目を光らせてる。……いい奴らだ。俺なんかには、もったいないくらいのな」
淡々とした声の底に、何か重たいものが沈んでいる気配を、ジョニィは聞き取った気がした。
一つだけ、心に決めた。言葉にすればただの願いに聞こえてしまうから、口には出さず、腹の底に沈めて、爪の根元を握りこむように固く結ぶ。
――この男たちは、生かして帰す。
その時、足元の路地の底から、白いものが立ちのぼりはじめた。
換気口の蒸気に見えたのは最初だけだった。白いものは路地の舗装を這い、壁を伝って、音もなく上へ広がっていく。路地の灯りが一つ、また一つと、白い膜の向こうで滲んで消えていった。
板塀の陰で身を起こしたスカウトの声音からは、さっきまでの軽さがきれいに消え失せていた。
「……霧か。こんな季節に、この街で霧なんか出たことはない」
ジョニィは右手の爪を見下ろし、それから梯子の下、倉庫の奥につないだ馬の方を振り返った。
――敵のスタンドか? いや、ここはテラだ。
疑うより先に、霧はもう隣の建物の窓を半分呑みこんでいた。
「スカウト。こいつは、嫌な予感の方か」
「……ああ。たぶん、当たりの方だ」
第13話をお読みいただき、ありがとうございました。
以下、小ネタです
・スカウトの「人と人は、生きてさえいれば、またどこかで再会できる」は、アークナイツの原作でScoutが大切にしている言葉です。そのままの形で引いています。
・関所の場面と屋根の見張りは、この作品で足した場面です。
・ブラシは、今夜も二本とも使いました。
この第二章は、ジョニィが大陸横断レースの中で学び、ジャイロから受け取ってきたものが、テラで一つずつ形になって開花していく章です。その分、新しい手札がいくつも出てきますが、どれもあのレースのどこかに種があります。