宇宙編2章のEX縛りのスタージのためにバリブレ持ちのちびムキあしネコをゲットするのに時間がかかったって人、多分大勢いるでしょう、私もその1人です。
……いますよね?(震え声)
うちの猫カフェ『かぐら』は、大通りの隅っこにあるようなこじんまりとした店だ。
大通りに面していないこともあって、正直なところ客足はあまり良くない。
数日に一度くらいのペースで近所の常連さんであるお爺さんやお婆さんが、お茶を飲みついでに猫を撫でに来てくれるくらいだ。
今は午後のティータイム。客席には誰もいない。
俺はカウンターの椅子に座り、自分の膝の上で丸くなっているノヴァの背中を、手のひらでゆっくりと撫でていた。
例の包帯は、昨日真白さんが綺麗にほどいてくれて、今は傷口に薄い保護パッチが貼ってあるだけだ。だいぶ傷が治ってきたから、外してもいいという判断が出された。
身軽になったノヴァは、相変わらずの調子だった。
というか――。
「……お前、本当に俺から離れないよな」
両手で揉むと、そのままぷにぷにと形を変える。
俺が椅子に座ればすぐによじ登ってきて膝に甘えてくるのだ。
足元を歩けばしがみついてくるし、トイレに行こうとすればドアの前で正座(?)して待っている。
……なんて可愛いんだろう。
この間抜け面を向けられるだけで、学校の悩みも、赤字続きの店の不安も、少し和らいでくれる。
だが、いつまでもこうして抱っこしているわけにもいかない。
「よし!」
気合いを入れて立ち上がると、膝の上にいたノヴァはコロコロと床に転がり落ち――猫らしく見事な四本足でストッと着地した。無駄に体幹がいい。
「にゃ?」
不思議そうに首をかしげるノヴァを見下ろし、ポンと手を打った。
「ノヴァ専用の家を作ってやろう」
「にゃー?」
うちの店にはキャットタワーやキャットウォークはあるが、ノヴァは手足が短すぎてタワーに登れないのだ。
他の先輩猫たちに気後れせず、ゆっくりくつろげるプライベート空間があった方がいいだろう。
バックヤードへ行き、仕入れで余っていた丈夫なダンボール箱を持ってきた。
作業用のカッターを握り、そのまま床にあぐらをかく。
ノヴァは寄ってくると、器用に俺の背中をよじ登り、ちょこんと肩の上に乗っかって手元を覗き込んできた。
「危ないから手ぇ出すなよ」
かまくらのような形に整えたダンボールの正面に、カッターの刃を入れて丸い出入り口をくり抜く。
さらに余ったダンボールの切れ端を看板の形に切り抜き、マジックで黒い肉球のマークを描き込んだ。
それを入り口の上にペタッと貼り付ける。
「ふぅ……できた!」
物を作るとかはあまり得意ではないので、入り口の円はちょっと歪だし、看板も少し斜めになってしまったが、まあ味があっていいだろう。
肩からノヴァを降ろし、完成したダンボールハウスの前に置く。
「どうだ? 名前は、そうだな……猫の城とか?」
ノヴァはその城から目を離さないまま、体をブンブンと横に振った。
どうやら違うらしい。
「んー。じゃあ、横文字でキャットキャッスル?」
ノヴァは無表情のまま、体を横に振った。
気に入らないらしい。こだわりが強いのか、俺のネーミングセンスがないのか。
「んー……。じゃあ、にゃんこ城、とか?」
その瞬間だった。
ノヴァの点のような目が、これ以上ないほどキラキラと輝き出した。
そして短い後ろ足で俺の背中を力強く蹴ると――
ギュっ。
「わふっ!?」
後ろから胸元へ勢いよく飛び込んできてそのまま短い前足で俺のシャツにしがみつき丸い頭を押し付けてくる。
「ゴロゴロ……にゃーッ!」
喉を鳴らして、全身で感謝を伝えてきているかのようだ。
「はは、そんなに気に入ったのか、にゃんこ城が」
甘えてくるノヴァの背中を、ぽんぽんと優しく叩いてやる。
お礼のつもりなんだろうか。めちゃくちゃ可愛い。
「いいんだよ、お礼なんて。なんせ俺の半分は猫へのやさしさでできているからな。ほら、入ってみなよ」
胸からノヴァを優しく引き離し、にゃんこ城の入り口の前に置いてやると、ノヴァは一瞬の迷いもなく吸い込まれるように中に入っていった。
そして――。
「にゃー」
くり抜いた丸い穴から、ノヴァの顔だけがひょっこり飛び出した。
サイズが奇跡的にジャストフィットしている。
かまくら型のダンボールに、肉球マークの看板、そしてそこから顔を出すノヴァ。
……なんだろう、この妙な納得感は。
まるで最初からこうあるべきだったかのような、完成されたシュールさがそこにはあった。
「ふふっ。それはなんですか?」
猫と遊んでいた真白さんが、微笑ましそうに聞いてきた。
「ノヴァがゆっくりできるような家を作ったんです。ほら、猫って狭いところ好きじゃないですか」
「ノヴァちゃん〜このお城がお気に入りなの〜?」
真白さんがしゃがみ込みノヴァの頭を撫でようとした。
だが次の瞬間――。
ズズッ……ズズズッ……
「え?」
にゃんこ城が、動いた。
中にいるノヴァが短い足だけを前に出し、城ごとズリズリと前進し始めたのだ。
音を立てて真白さんへと迫っていくにゃんこ城。
絵面は完全にヤドカリである。
「ちょ、ちょっと神楽くん!? 止めさせてください!」
「真白さん、絶対にノヴァに舐められてますよね……ほら、ノヴァ、やめなさい、床が傷つくから」
「私の心配はないんですか!?」
そこになければないですね。
カランコロン――。
そのとき、ドアベルが鳴り響いた。
「こんにちはぁ……。今、やってるかい?」
近所の常連である、お婆ちゃんが入ってきた。 そして店内に足を踏み入れた瞬間、お婆ちゃんの視界に飛び込んできたのは――
床を這い回る動くダンボールと、そこから顔を出して、にゃー鳴くノヴァ、そしてそれを止めようとする定員(俺)と逃げ回る定員(真白さん)の姿だった。
「…………」
お婆ちゃんは数秒ほど止まり微笑ましそうに目を細めた。
「あらあら……最近の猫ちゃんは、ずいぶんと素晴らしい甲羅を背負うんだねぇ……」
「違いますお婆ちゃん! これ猫じゃない……いや猫かもしれないですけど! あと甲羅じゃないです! 神楽くんが作った物です!」
そうやって、穏やかで暖かい日々が過ぎて行った。
……営業が終わり、夜の帳が街を包み込む頃。
他の猫たちがそれぞれの寝床で眠りについたあと、俺はにゃんこ城の前に、あぐらをかいて座っていた。
この時間にノヴァに、こうして話しかけるのが、最近の趣味になっていた。
「……起きてるか、ノヴァ」
「にゃ」
こいつが言葉を理解しているのかどうかは分からない。
だけど、そのつぶらな瞳をじっと俺に向けて、何となく話を聞いてくれているような気がするのだ。
学校のこと、世の中のこと、俺が知っている些細な知識を、この数日間ノヴァにたくさん教えた。
「なあ、ノヴァ。このお城のてっぺんにアンテナみたいなものを追加して、そこからものすごいビームとか出たら面白そうじゃないか?」
そんな荒唐無稽な冗談を言ったときも、ノヴァは真剣そのものの顔で頷くように体を上下させていた。
特に食いつきが凄かったのは、名言を教えたときだ。
「ハングリーであれ。バカであれ――って言葉があるんだ。現状に満足せず、飢えた獣のように貪欲に、周囲からバカに見えるくらい純粋に突き進め、みたいな意味らしいんだけどさ」
その言葉を口にした瞬間、ノヴァの目の輝きは尋常じゃなかった。
そのことを思い出して、つい思わず口元が緩む。
そっと手を伸ばし、ノヴァの丸い頭を手のひらで撫でた。
柔らかくて、温かい。
その温もりに触れていると、胸の奥底にずっと押し込めていた鉛のような重たい塊が、少しずつ溢れ出してくるのが分かった。
「……なあ、ノヴァ」
「最近さ……お店の利益が、全然出てないんだ」
撫でる手を止めると、ノヴァも動きを止めて、俺の顔をじっと見つめ返してきた。
「今月も赤字でさ。家賃も光熱費も、猫たちのご飯代も……真白さんに払う給料だって、ばあちゃんが補填してくれてるから何とかなってるけど、それももう限界かもしれない。このままじゃ、近いうちにお店を閉めなきゃいけないんだ」
誰にも言えなかった本音だった。
真白さんに心配をかけたくなくて、ばあちゃんにこれ以上迷惑をかけたくなくて、ずっと一人で悩んでいたこと。
十四歳の俺には、自分でお金を稼げないし何もできない。
ただ、猫たちの世話をするだけの無力な人なのだ、俺は。
「ここはさ……事故で死んだ、父さんと母さんが残してくれた唯一の場所なんだ」
置いてあった、色褪せた写真をノヴァに見せると、ノヴァは食い入るように体を乗り出す。
そこには、生まれたばかりの赤ん坊を抱いて笑う、若い男女の姿があった。
「2人が事故にあった時は俺が小さすぎたから、顔も、声も……正直、全然覚えてないんだよ。写真を見ても、実感が湧かないくらいにさ。だけど……なんていうのかな。せっかく二人が残してくれたこの店を守ることができたら、少しはこの人たちの子供として、立派に成長できたんだって、親孝行できたんだって、そう思ってたんだ」
視線をノヴァへと戻した。 ノヴァは微動だにせず、真っ直ぐに俺を射抜いていた。
間抜けなはずのその顔が、今はなぜか、どんな大人よりも深く、すべてを受け止めてくれているように見えた。
「……覚えていない両親に親孝行したいとか、変な話だよな。どうせなら、生きてるうちに何かしてやりたかったよ。……なんてさ。ノヴァにこんなこと言ったって、どうにもならないよな。困らせて悪かった」
力なく自嘲気味に笑い、立ち上がった。
ノヴァの頭をもう一度、今度は名残惜しむように優しく撫でる。
「聞いてくれてありがとな。……おやすみ、ノヴァ」
壁のスイッチを押し、店内の照明を落とす。 暗闇が落ちたフロアに、にゃんこ城と、ノヴァと猫たちだけが残された。
俺は振り返ることなく、重い足取りで二階へと続く階段を上がっていった。
――静寂が、店を満たしていた。
時計の針が刻むカチカチという音だけが、暗闇の中に響いている。
にゃんこ城の中で、ノヴァは静かに身じろぎをした。
少年の手のひらが残していった、確かな温もり。 少年が絞り出すように語った、消え入りそうな声。少年の優しさ。
ビームの出る城。 ハングリーであれ、バカであれという教え。
そして――少年の大切な場所を守りたいという、切なる願い。
迷いはなかった。
ノヴァは体をもぞもぞと動かし、ゆっくりと四本の足で立ち上がった。
そして内側からダンボールをぐっと背筋を伸ばすようにして、にゃんこ城そのものを自分の頭へと背負い上げた。
左耳の星の首輪が、月明かりを浴びて小さく輝いている。
音を立てないよう、細心の注意を払いながら、ノヴァはにゃんこ城を背負ったまま床を進んだ。
向かう先は、店の裏手。
換気のためにわずかに開けられ、チェーンが掛けられていた隙間だ。
ノヴァは前足で器用に隙間を押し広げると、背中の城ごと、窓を開け放つ。
冷たい夜風が、ノヴァを撫でる。
ノヴァは一度だけ振り返り、少年が眠る部屋を見上げた。
「……にゃー」
声にはならないほどの小さな呟きを一つだけ残し、ノヴァは窓から飛び降りて歩き出した。
てちてちと、小さな足取りで。
しかしその歩みは、どこまでも力強く、迷いがなかった。まるで何かを決意したように。
この日、ノヴァは少年の目の前から、静かに姿を消した。
一体、どうなってしまうんですかねぇ。お楽しみに。