時のオカリナ、めちゃくちゃ面白いですね……うん、全然関係ない話だった。
にゃんこ大戦争の超激レアや伝説レアなどの喋り方や一人称を考えることが楽しみになってきている今日この頃。
翌朝。
携帯からのアラームの音で目を覚ました。
だが――何かがおかしかった。
いつもなら、お腹の上にノヴァが乗っかっていて、もちもちとした極上の触感があったはず。
なのに、今日はやけに寒い。
体温もそうだが、もっと根本的な、嫌な寒気だった。
「……ん」
適当に頭の寝癖を手ぐしで直す。
ゆっくり一階へと降りた。
フロア全体を見渡す。
朝日が差し込む窓際で、シオンとレオがじゃれ合って毛繕いをしている。
ただ、それだけだ。
いつもならノヴァが俺に向かって突進してくるというのに、今日はそれがない。
それにノヴァだけでなく、にゃんこ城も姿を消していた。
「……ノヴァ?」
嫌な汗が背筋を伝う。 こういう時の人の嫌な予感は必ず当たる。
厨房のシンクの下や隙間、ゴミ箱の裏まで片っ端から覗き込んだ。
だが、どこにもいない。
血の気が引いていく。まさかと思い、店の裏手へと走った。
小窓がにゃんこ城とノヴァが出ていけそうなほど開いていた。
「……」
まずい。まずい、まずい、まずい。
もし本当に外に出てしまっていたら……。
そのとき、ドアベルを鳴らして、正面の入り口から真白さんが入ってきた。
「おはよう神楽くん! 見て見て、今日は遅刻しない大和撫子の美人さ……どうしたの? そんなに泣きそう何顔をして」
「……真白さん。ノヴァが……ノヴァがいなくなっちゃった」
「……え?」
真白さんは近づいてきて、視線を合わせてくる。
「いなくなったって……ノヴァちゃんが?」
「……はい」
そう言うと、真白さんは真剣な顔をする。
「ひとまず、落ち着いて、慌てたら何にもならないから、もう一度お店の中を探してみて。私はノヴァちゃんを見た人がいないか写真を見せながら聞き込みをしに行ってくる」
「……あっ、はい……と、とにかくお店は臨時休業にしておきます」
「了解! ……絶対に見つかるからね」
「はい……店の中を探し終わったら大通りと路地裏を探してきます。何かわかったことがあったら連絡してください」
お店を探して、改めていないことを確認し、弾かれたように店を飛び出した。
息も絶え絶えになりながら全力で走る。
「ノヴァ……ノヴァッ!」
喉が張り裂けんばかりに名前を叫ぶが、当然何も返ってこない。
ノヴァと初めて出会った公園にも……いない。
自販機の裏、ブロック塀の隙間。
猫が潜みそうな場所を片っ端から覗き込んでいく。
「あ……いたっ!」
路地裏に、白くて丸いシルエットが見えた。 高鳴る心臓を抑えて駆け寄った。
「ノヴァ! よかった、心配したんだぞ――」
風に吹かれて転がったそれは、ただのレジ袋だった。
「あっ、ノヴァ……」
焦りとパニックのせいで、視界に入る白い丸いものがすべてノヴァに見えてくる。
店に置いてあるキャベツですら、一瞬ノヴァが丸まっているのかと見間違えて心臓が止まりそうになったくらいだ。
「どこに行ったの?……」
本当に前触れもなく、ノヴァは忽然と姿を消してしまった。
気付けば、太陽はすっかり沈みかけ、街は夕暮れに染まり始めた。
当然、朝から走り回っていたから足は棒のようで、息をするたびに喉がヒリヒリと痛む。
店の前に戻ると、同じように肩を落としな真白さんが立っていた。
「神楽くん……」
「……真白さん。見つかりましたか?」
「ううん……。見たって人もいなかった」
真白さんは力なく首を横に振った。
「ノヴァ……」
夕焼けで真っ赤に染まる空を見上げながら絞り出すように呟いた。
「どこに行ってんだよ……」
少年の目からは一筋の光が溢れていた。
あれから、半年。
季節は巡り、中学校最後の秋休みを迎えていたが――ノヴァは見つからなかった。
商店街の防犯カメラに姿が映っていたが、手掛かりといえばそれだけだ。
警察にも相談したし、ネットでの呼びかけもやった、チラシも配ったが、目撃情報はゼロ。
ノヴァが、世界に最初からいなかったかのように、不自然なほど何も情報が入ってこなかった。
そして――ノヴァがいなくなってからの半年間で、世界は少し……いや、世界のすべてが激変していた。
突如として現れたにゃんこ軍団と呼ばれる集団が、瞬く間に世界各国を制圧してしまったのだ。
最初は誰もがパニックになり、世界の終わりだと、騒いでいた。
だが、いざ蓋を開けてみれば、人類に対する恐怖の支配など微塵も始まらなかった。
というか、生活が変わることはほぼなかった。
変わったことと言えば――。
夜空を見上げると、星の並びが猫の輪郭に見えなくもないこと。
テレビに、エイリアンという青い肌をもう動物たちがもはやレギュラーと化して出演していること。
そして、街にやたらと足の長いやつや、斧や剣を持ったなやつなど、バリエーション豊かな変なネコたちを見かけることがあるぐらいだ。
さらに『猫カフェかぐら』にとってはこれ以上ないほどの朗報がもたらされていた。
「神楽くん! また届いたわよ!」
台車を押しながら、真白さんが店の奥からダンボールの山を運んできた。
中に入っているのは、金色と赤色のラベルが眩しい高級のネコカンだ。
しかも百缶や二百缶の話ではない。
もしひっくり返せば足の踏み場もなくなるほどの量である。
「す、すごい量ですね……。今月だけで三回目ですよ」
「ふふふ、にゃんこ軍団はどんな存在でも、私たちにとってはまさに神様ね」
「まあ……そうですね」
なんでも、にゃんこ軍団が各国の政府を降伏させた際、絶対厳守の条件が『全国の猫カフェを手厚く支援し、決して潰すことのないようネコカンと資金を配給するべし』というものだったらしい。
そのにゃんこ軍団を率いるリーダーが誰なのかは、今も謎に包まれている。
あまりにも早い電撃戦で、瞬く間に世界を掌握してしまったからだ。
……まあ、俺は世界がどうなろうと深く気にしている暇なんてなかった。
秋休みに入っても、未だに、あいつのことを引きずり続けていたからだ。
「……ノヴァ」
未練がましいと言われれば、まったくその通りだと思う。
出会ってから、ほんの数週間しか一緒にいなかったんだ。
だけど――俺にとって、ノヴァは大切だった。
店にいるシオンやレオたちも、家族同然に可愛い。
真白さんも、大切な仕事仲間だ。
店を支えてくれるばあちゃんだって、心から感謝している。
だけど、ノヴァだけは違った。
事故で両親を亡くしてから、俺はずっとしっかり者の中学生、でいようと背伸びしてきた。
真白さんにも、ばあちゃんにも、情けない弱音なんて吐けなかった。
そんな俺が、初めて本音を漏らせた相手。
お店が赤字で潰れそうだとか、会ったこともない両親に親孝行がしたいだとか、そんな悩みやくだらない冗談を、全部受け止めてくれた。
あいつはただのペットなんかじゃなくて――初めて心を通わせた、本当の家族のような存在だったんだ。
山積みにされたネコカンのダンボールを、手際よく倉庫へと運び込んでいく真白さんの背中を、ぼんやりと眺める。
長い黒髪を揺らしながら、エプロン姿でてきぱきと働く姿は、どこからどう見ても完璧な大人の女性だ。
瞳を輝かせながら重いダンボールも軽々と持ち上げている。
色々な資格を持っていてこれだけの美貌があるなら、引く手数多のはずなのだ。
給料だって、うちの何倍も貰える職場はいくらでもあるだろう。
それなのに、なぜ――。
「……真白さん」
「んー? なあに、神楽くん? やっと仕事を手伝ってくれる気になった?」
「それは、すいません。手伝います……いや、そうじゃなくて」
カウンターから出て、真白さんからダンボールを一つ受け取った。
そして、ずっと謎のままの疑問を、さりげなく口にしてみる。
「真白さんって、なんでこんなカフェで、ずっと働いてくれてるんですか?」
「えっ?」
真白さんは作業の手を止めた。
「急に改まってどうしたのよ」
「いや……前々から思ってたんですけど、真白さんならもっと条件のいい店なんていくらでもあるじゃないですか。だからこの店にずっと残ってくれてる理由が、ずっと分からなくて」
そう、真白さんはその理由を、未だに一度も教えてくれたことがない。
聞こうとするたびにーー
「神楽くんが可愛いからよ〜」
とかーー
「猫が好きすぎてここから動けないの!」
なんて冗談めかして笑い飛ばされて、いつもはぐらかされてしまう。
そして、今回も真白さんは悪戯っぽく微笑んだ。
「秘密よ。大人の女性にはね、秘密の一つや二つあった方がミステリアスでモテるって、雑誌に書いてあったの」
「その雑誌、絶対に酒癖の悪さを隠す方法は教えてくれませんでしたよね」
「痛いところを突かないで!?」
真白さんは大袈裟に胸を押さえてジト目を俺に向け、それからダンボールを抱え直して倉庫へと歩き出した。
結局、今回も教えてはくれなかった。
けれど――俺にとって、理由は二の次でいいのかもしれない。
ただ一つ、心から確信していることがある。
真白さんは、俺にとってかけがえのない、本当に大切な人だということだ。
袖を捲り、ダンボールを持って真白さんを追う。
* * *
始まりは、ありふれたものだったと思う。
私の人生は、端から見れば順風満帆そのもので、絵に描いたように幸せだった。
両親に言われるがまま、いい友達に囲まれて育った。
両親に言われるがまま、礼儀や作法を学んだ。
両親に言われるがまま偏差値の高い高校に入り、バイトをして、言われるがままに有名な大学へ進学した。
誰もが羨むような、レールの上を滑り落ちない完璧な優等生。
それで、それで――。
――息が、できなかった。
恵まれていることなんて、頭では死ぬほど分かっている。
命に関わる病気にかかったこともないし、着る服にも、食べるものにも、お金にだって何一つ困ったことなんてない。
だから私は幸せ。(辛い)
これ以上ないほど恵まれている。(辛い)
でも……本当に息苦しい。
贅沢な悩みだって、甘えだって分かってる。
だけど、幼い頃から今日に至るまで、全部全部、親に言われた通りの選択肢を選ばされて生きてきて、その人生のどこを探しても『私』という存在がなかった。
だから――私は、衝動的に家を飛び出した。
幸い、バイトをしていたから貯金だけはあったから。
そしてその日の夜、私は生まれて初めてやけ酒というものをキメたのだ。
……まあ、これが人生最大の汚点にして、最悪のやらかしだったわけだけど。
親の言いつけを守ってお酒なんて飲んだことがなかった私が、まさか少し飲むだけで酔ってしまうほど弱いなんて、わかるはずもなく。
勧められるがままに数杯あおり、気づいたときには――私は外の地面に盛大に倒れ伏していた。
ひどい顔だったと思う。
自慢の黒髪は汚れでぐしゃぐしゃ、涙と鼻水で顔は最悪。
胃の中のものをぶちまけそうになりながら、獣のような呻き声を上げて這いつくばる成人女性。
大和撫子? いいえ、ただの生ゴミです。
たまに通りかかる人たちは、誰もがゴミを見るような冷たい目を向け私を避けていった。
当然だ。こんな女、関わりたくないに決まっている。
だけど――君は、違った。
『……あの、大丈夫ですか?』
私の前に立ち止まっていたのは、幼さない男の子だった。
私が見ても逃げ出すこともなく、恐る恐る目の前にしゃがみ込んだ。
親の言いなりだった『いい子の私』でもない。 着飾って男の人にチヤホヤされる『美人の私』でもない。
ただの汚れて泣き腫らした、みっともない酔っ払いの大人に、彼は水を与えてくれて、ハンカチまで差し出してくれた。
『これ、使ってください。……あんまり無理しないでくださいね』
差し出されたハンカチと、優しい表情を見た、あの瞬間の胸がぎゅっと掴まれたような衝撃を、私は一生忘れない。
……ねえ、神楽くん。
さっきなんでこんな店で働いてるんですか? って、そう聞いてきたよね。
その質問に、私は迷いなくこう答えるよ。
――神楽くんのためだよ、って。
自分でも、呆れるくらいチョロい女だと思う。
逃げ出したばかりで弱っていたから、吊り橋効果があったっていうのも否定できない。
だけど……あれからしばらく経った後に、彼が猫カフェを守ろうとして、バイトを募集していると知った。
それを見た私に、悩みはなかった。
親に申し訳ないと思いながらもしっかりと対話をして許可をもらった。何ヶ月も経ってしまったけどね。
それから猛勉強して資格を会得した。
「スタッフ募集してますよね!?」
と履歴書片手に店へ突撃したのは、我ながらストーカー一歩手前の執念だったと反省している。
でもね、私は胸を張って言えるよ。
神楽くん、私は君のことが大好きなんだって。
もちろん、年の差だって分かってる。
私は二十三歳で、神楽くんは中学生。
今すぐどうこうなりたいなんて、そんな不埒なことはこれっぽっちも考えていない。
……いや、たまに
「あと数年経ったら……」
なんて妄想をして一人で赤面することはある。
ただ、切なくなる瞬間もある。
ノヴァちゃんが現れてから、神楽くんの目は、いつもノヴァちゃんが映っていた。
あの子がいなくなってから、神楽くんはたまに遠い目をしている。
「なんで私を見てくれないの?」
なんて、絶対に言わない。
だって、神楽くんが好きだから。
好きだからわかるよ、神楽くんにとってあの子がどれだけ特別な存在だったか、隣でずっと見ていた私が一番よく分かっているから。
だから私は、今日も笑う。 頼りになるお姉さんとして。
チラッとダンボールを片付けている神楽くんの横顔を見つめる。
……いつか。
神楽くんがもう少しだけ大人になって、ノヴァちゃんのことが神楽くんの中で踏ん切りがついたのなら。
私のことを、思い出してくれたのなら。
そのときは、あの子じゃなくて――
ずっと隣で君を支え続けてきた、私のことを見てほしいな、なんて。
「……ふふっ」
思わずこぼれた笑みを、私はそっと隠した。まだそのときじゃないから。
少し暗い? 話が続いていますが安心してください、次からにゃんこたちが登場しますので、お楽しみに。
真白さん、個人的に結構好きなんですけど、みなさんはどうですかね。