猫は可愛い。この世の真理です(迫真)
当然だが、こんな状況になった時、みんなはどう思うのか、少しだけ頭を空っぽにして考えてみてほしい。
Q 世間で人気沸騰中の『出会い頭系アイドル』と、食パンを咥えながら登校していた時、通学路の曲がり角でぶつかった時、どう思うか。
文字だけ見ればまさに少女漫画の王道シチュエーションだ。
俺だって、そうなってほしかったよ。
え?
「今まさに、その通りの状況になってるじゃないか」って?
そうだよ。確かになってるよ。
――相手が、人間じゃなくて『ツバメ』じゃなければの話だけどね!
「…………」
地面に尻もちをついている俺の目の前で、そいつは宙に浮いていた。
鋭くとがったくちばしには花柄のハンカチが丁寧に巻きつけられている。
どうやら、人とぶつかった時に相手に大怪我をさせないよう、前もって配慮している……らしい。
変なところ律儀だ。
ちなみに、この宙に浮く鳥の存在を、世間では『ツバメンズ』という。
にゃんこ軍団が世界を制圧して以降、テレビでは連日特集されている、あの噂のアイドルグループ(?)のメンバーだ。
そんなツバメンズの首には小さな看板が二つ、ぶら下がっていた。
えーっとなになに?
『あるきながらたべるのは』
『おぎょうぎがわるいよ』
ツバメンズは、俺のことを心なしか冷ややかな目で見下ろすと、こてんと首を傾げた。
そして――翼を一度も羽ばたかせることなく、重力を完全に無視した動きで空へと飛んでいってしまった。
「…………」
……さっきの答え。
A 食べ歩きは危ないし行儀が悪い、だ。
本当に、ぐうの音も出ない。歩き食いは確かに行儀が悪い。俺が悪かったよ。
何故、こんなことになってしまったのか。
それは――わずか十分前に遡る。
今日から、秋休みも終わりだ。
俺は学生服に身を包み、学校――『トキメキにゃんこ学園』へと向かわなければならない。
……ん?
学校の名前がおかしいって?
ははっ、面白いことを言うね。どこもおかしいところなんてないでしょ。
――(注:洗脳済みです)。
ま、まあ、ふざけるのはこれくらいにして。
もともとの学校の名前は『トキメキ学園』という名前だったのだ。
いや、冷静に考えてもこの時点でも相当におかしい気がするが、そこはスルーしてほしい。
創立者の趣味なんだろう。たぶん、知らんけど。
だが、にゃんこ軍団に世界が掌握されてから変わったのは、何も校名だけじゃなかった。
学校では様々な種族――いわば色々な動物たちも、同じ生徒として普通に通学するようになったことだ。
例を挙げてみよう。
俺の友達の友達に『師匠』と呼ばれている生徒がいる。 種族はアリクイだ。
細長い鼻を誇らしげに突き出している長老風のアリクイなのだが、なんとエロいことに関しては右に出る者はいないらしい。
どこで仕入れたのかも分からない知識や、女子の僅かな変化から今日のパンツの色を特定する技術など、幅広いエロの真理を極め尽くしているのだ。
……く、くだらねぇ〜!
本当に、心底どうでもいい!
いやね? 周りの男子生徒たちは
「さすが師匠!」
「一生ついていきます!」
と目を輝かせて尊敬しているんだけれど、その光景を遠巻きに見つめる周りの女子たちの視線が、ね?
言わなくても分かるだろう。ゴミを見るように見下ろしてくる。
俺は絶対にあんな連中の仲間だと思われたくない。
頼むから巻き込まないでほしい。
……って、なんの話だったっけ。
ああ、そうだ。
なんでツバメンズと衝突したのか、だったね。
話は極めてシンプルだ。
単純に、寝坊して遅刻しそうだったからである。
起きてから準備まで、僅か10分。
トースターを咥えて店を蹴破るような勢いで飛び出したのだ。
そして曲がり角でーー
激突をしたってわけ(ヤケクソ)
そして、先ほどへと繋がるわけだ。
「…………とりあえず、学校行こう」
虚しい気持ちになりながら、走る。
遅刻する寸前、なんとか自分の教室へと辿り着いた。
体力を使い果たしてしまってので机の上に突っ伏している。
マジで疲れた、これで転校生としてツバメンズがうちのクラスに来たとか言われたら、それはもう完璧な少女漫画なんよ。
前扉が開き、担任の先生が入ってきた。
出席確認を終えた先生が、教卓に手をついて何やら真面目な顔で話し始める。
「えー、連絡事項だ。今日から下の学年に一人の女子生徒が転校してきた。わざわざお前たちに伝える理由はだな……まあ、その、結構な変わり者でな。決して刺激したりしないように」
……よかった、転校生って言われた時は心臓が止まるかと思ったが安心だ。
だって、二年生の転校生なんて三年生の俺にはまったく関係のない話だから。
――本当に、そう思っていた。
昼休みまでは。
ドシン。ドシン。ドシン。
「……ん?」
廊下から、盛大な音が響いてきた。
床が激しく揺れているわけではない。
だが、音でそう判断してしまいそうなほどの音だ。
とてつもなく巨大な何かが、こちらへ近づいてきているのがわかる。
談笑していたクラスメイトたちの声が、ピタリと止まった。
そして、ガラララッと、勢いよく開け放たれた扉から、一人の少女が姿を現した。
「…………」
誰もが、息をするのを忘れた。
なんというか――ものすごい美少女だった。
雪のように真っ白な髪は、無造作にボサボサのまま後頭部で一つにまとめられている。
その髪の隙間から覗く大きな瞳は綺麗な黒目で、野性味を帯びたジト目からは強い力を放っていた。
それに、身につけているものもやばいものだ。
制服ではない
獣の皮や布の端切れを継ぎ接ぎしたような原始人スタイル。
申し訳程度に肌を覆っているだけで、引き締まった手足が惜しげもなく露出している。
そして――それ以上に異常だったのは、彼女の背後の存在だった。
教室のドア枠をミシミシと歪ませながら、巨大な頭部が強引に教室の中へとねじ込まれてきた。
なんだろう、あれは。
ピンと立った耳は猫のようにも見えるし、鋭い牙と獰猛な骨格は狼のようにも見える。
とにかく規格外に巨大で、軽く軽トラ一台分くらいはある毛むくじゃらの巨獣が入ってきた。
数人の生徒が椅子ごと後ろへひっくり返り 女子生徒たちは寄り添いあっている。
そんな教室のど真ん中でその少女は涼しい顔で口を開いた。
「こっちのやつがタマで、私がウルルン。これからよろしく」
鈴を転がすような、凛とした澄んだ声だった。
……って、 なんだそのタマは! 人を一口で丸呑みにできるサイズじゃないか! 名前と姿のギャップ激しすぎだろ!
ウルルンと名乗った少女は何食わぬ顔でこう言った。
「早速だけど。神楽末路くん、いる?」
「…………」
教室にいたクラスメイトの視線が一斉に俺へと集中した。
あっ(察し)。
終わった。 完全に終わった。 今日ここで俺は華々しく爆発四散するんだ。
ウルルンの視線が、クラスメイトたちの視線の先の俺へと向けられる。
彼女の瞳が、獲物を見つけた狩人のように細められた。
「貴方が」
軽い足取りでウルルンが俺の机へと歩み寄ってくる。
その後ろから、タマが地響きを立ててついてくる。
近付いてくると余計にデカく見える。顔だけで俺の胴体よりデカい。
「あ、あの……俺が、神楽ですけど……何か、ご用でしょうか……?」
平静を装ったつもりだったが、声は裏返って情けなく震えていた。
ウルルンは机の前に立つと、値踏みするように上から下までジロジロ眺め回した。
「ふーん……。思ったより、ちんちくりんなんだね」
「ちんちくりんて」
開口一番で放たれた言葉に、思わずツッコミをしてしまった。
そして、次の瞬間、タマの鼻先が俺へと押し当てられた。
「うわっ!?」
生温かい息が吹きかかる。
フゴフゴ、フゴフゴと、鼻先が首元や胸のあたりの匂いを嗅ぐように動き回る。
ーーせめて、美味しく食べてね。
そう覚悟を決めて目を閉じた俺の耳に、信じられない音が届いた。
「ゴロゴロっ……」
……え?
目を開けると、タマは目を細め、甘えるように頬をすり寄せてきた。
「タマが懐いてる……やっぱり貴方が」
納得したように頷き腰に下げていた革袋へと手を伸ばした。
そして、目の前に差し出されたウルルンの手のひらの物を見た瞬間、心臓がこの日一番の激しさで跳ね上がった.
「これは、私のボスの大切な物。神楽末路を見つけたら、これを渡してほしいと言われていたんだ」
「これ……っ」
震えてしまう両手で、それを受け取る。
それは細身の首輪だった。
表面はあちこち擦り切れ、金属部分は少し錆びついてしまっている。
けれど、間違いようがなかった。 小さな金色の星。
それは、あいつの耳にあったはずの首輪だった。
「ノヴァ……これ、ノヴァの……!?」
喉が詰まり、熱いものが一気にこみ上げてくる。 椅子から立ち上がり、ウルルンに詰め寄ろうとした。 聞きたいことが山ほどあった。
ボスって誰だ? ノヴァはどこにいるんだ? ノヴァは無事なのか? なんでお前がこれを持っているんだ――
だが、口を開くよりも早く。
ウルルンの細い手が、俺の右肩を優しく押しとどめた。
すごい華奢な体つきなのに、その手のひらには絶対的な力強さがあって、俺の体は動かなかくなってしまった。
ウルルンは少し背伸びをするようにして顔を近づけ、俺の耳元へ顔を寄せた。
「それは、大切に持っていて」
吐息が耳をくすぐる。
静かで、けれど揺るぎない確信に満ちた声だった。
「持っていれば、ボスが必ず迎えにくるから。……私も、貴方を気に入った」
「え……?」
ウルルンは体を離し、改めて俺を見据えた。
「今日から私と貴方は友達。わかった?」
「え? あ、はい」
すると、ウルルンは花が咲くように嬉しそうに微笑んだ。
そんなウルルンを横目に手の中にある首輪を見る。
これを見て、安心できた。
あいつは――ノヴァは、幻覚なんかじゃなかった。
夢でも妄想でもなく、ちゃんと世界のどこかに存在している。
手がかりは、既に俺の手の中にある。
視界が歪んだ。
半年間、ずっと胸の奥に押し込めていた孤独と不安。
あいつを失った後悔と、引きずり続けてきた未練。
そのすべてが、一気に押し寄せてきた。
(やばい……っ)
鼻の奥がツンとして、視界が涙で滲む。
泣きそうだ。
よりにもよって教室のど真ん中なのに。
必死で唇を噛み締め涙を堪えようとした、が。
タマが優しく喉の奥で鳴らし、顔にもふもふな体を無理矢理押し付けてきた。
まるで―― ここに顔を埋めて隠して。
と、そう言ってくれているかのように。
「……ありがとう」
掠れた声で呟き、タマの分厚くて白い毛並みの中に顔を埋めた。
温かくて、柔らかくて、少し獣の匂いがする。 タマの毛が目頭の涙を吸い取っていく。
ノヴァは、生きている。
だから――必ず俺が見つけ出す。
生まれてから今日までの中で、これほど嬉しいことはなかった。
放課後。
いつもなら一人で帰るだけのだったが、今日は違っていた。
「タマ。電柱にぶつかりそう、危ないよ」
「グルルッ」
ウルルンとタマと一緒に帰っているのだ、これほど嬉しいことはない。
過去一るんるん気分で公園の横を歩いている時のことだった。
「……あ」
ベンチに見慣れた『白い何か』が座り込んでいるのが目に入った。
あいつは――俺の友達の、『わんこ』だ。
体の作りとしては、ノヴァとほぼ同類である。
少し四角形寄りの丸い白い体に、ちょこんと乗った二つの三角耳、そして下から生えた短い棒のような足。
犬かどうかこれまた怪しいところだが、それすら関係ないほど、あいつは頑張り屋さんなのだ。
あいつはいつも公園で自分の体重と同じくらいの小石を持ち上げて筋トレしたり、大学の勉強をする筋金入りの努力家。
実は、ノヴァがいなくなる前からの友達で、俺が公園を通るたびにと尻尾を振ってじゃれついてくるほどの気心の知れた仲だった。
「あ、ウルルン。ちょっとあいつのところ、行ってきていいか?」
隣を歩くウルルンに声をかけた。
すると――。
「…………っ」
ウルルンはわんこの姿を視界に捉えた瞬間、瞳をわずかに泳がせてバツの悪そうな顔をした。
「……う、うん。私は、ここで待ってるから」
「? わかった、すぐ戻るよ」
なんであんな気まずそうな顔をしたんだろう?
……まあいいや。
「おーい、わんこ!」
ピンっと、三角の耳を立てたわんこが勢いよくこちらに振り向いた。
「わんっ! わんわんっ!」
俺の姿を認めるなり突進してくる。
そして俺がベンチに腰を下ろした瞬間、膝の上へと飛び込んできた。
ノヴァと同じようにモチモチしていて、サラサラしている極上の感触。
わんこはハアハアと息を荒くしながら、短い前足をバタバタさせてすり寄ってきた。
相変わらずな歓迎だ。可愛い。
「よしよし、元気だった? 今日も勉強かトレーニング?」
頭を撫でてやると、わんこは嬉しそうに目を細めた――が、ふと思い出したようにハッと目を見開き、真剣な表情へと切り替わった。
そして、ベンチの上に置いてあったスケッチブックを、短い前足で器用にめくって俺の前に差し出してきた。
そこには、黒いクレヨンで書かれた文字があった。
お世辞にも上手とは言えない震えたような不器用な筆跡だが、一文字一文字に尋常ではない気迫と、並々ならぬ努力の跡が滲み出ている。
そこに書かれていたのは――。
『敵が僕と同じ人を好きだと判明した!』
「…………」
思わず二度見してしまった俺は、多分に悪くない。
「……えっ? す、えっ!? わんこが恋!?」
こ、こいつ! 俺より何倍も大人だったのか!
わんこはスケッチブックを抱え直すと、点のような目を潤ませて、プルプルと全身を震わせた。
どうやら、本当にショックを受け、悩んでいるらしい。
「そっか……。同じ人を好きになっちゃったのか」
誰を好きになったのか、その敵とやらがどんな奴なのかは知る由もない。
だけど、一生懸命に誰かを想っていることだけは、ひしひしと伝わってきた。
「あのさ、わんこ。恋っていうのはね……選ばれた人が勝ちなの」
「わん……?」
わんこは首をこてんと傾げ、上目遣いで見上げてきた。
「いくらライバルが強そうでも、自分にどれだけ自信がなくてもさ。最終的にその好きな人が、誰を選ぶかなんて誰にも分からないんだよ。……だから」
「動くんだ。例えそのライバルが強大でも、好きな人の心を掴むために。誰かを好きになるっていうことはとても大切で素晴らしいことだから、その思いを他でもない自分自身が否定しちゃダメだよ? まあ、恋なんて今までしたことなかった俺が言うのもなんだけどね」
そう告げた瞬間、わんこの瞳に強い輝きが宿った。
まるで、何か大きな悟りを開いたかのような。
背伸びをして温かい舌で俺の頬を思いっきり舐め上げてきた。
「うわっ、くすぐったいって」
わんこは膝から飛び降りると、スケッチブックを口に咥えて走り去っていった。
「……あいつ、青春してんなぁ」
舐められた頬を手の甲で拭いながらわんこを見送った。
恋する男の背中って、犬であってもあんなに逞しいものなんだろうか。
しみじみと感動に浸っていると、背後から足音が近づいてきた。
「……終わった?」
振り返ると、ウルルンが微妙に視線を逸らしながら立っていた。
「うん、終わったよ。初めて友達の恋愛相談に乗っちゃった」
「……そう。世の中には、知らぬが仏という言葉もあるんだって、今、改めて理解したよ」
「え? なんか言った?」
「なんでもない。でも、夜道には気をつけてね」
そう言って、2人は去っていった。
知らぬが仏ってどういう意味なんだろう?
ウルルンの口調はこんなのだと思う、異論は認めます。
戦闘狂ってにゃんコンボがあるぐらいですから、多分戦いになったら性格変わります、知らんけど。