扉間「聖杯戦争はワシが解体した」 作:ナハ
屋敷の地下室では、三体の影分身が研究を続けていた。
机の上には遠坂家に伝わる魔術書や、言峰教会から回収した資料が広げられている。その一角にはアゾット剣が置かれ、別の机ではランサーから採取した血液や衣類の一部が保管されていた。
三体はそれぞれ役割を分担し、第四次聖杯戦争の調査、英霊の霊基の解析、そして聖杯に関する資料の整理を進めている。
「……こちらは概ね答えが出たな」
第四次聖杯戦争の記録を調べていた影分身が口を開いた。
「時臣の件か?」
「うむ。凛の証言、遠坂家の記録、教会から回収した資料。全てを照合すると、言峰綺礼が時臣を殺害した可能性は極めて高い」
机の上に置かれたアゾット剣。
元々は遠坂時臣が弟子である言峰綺礼へ贈った魔術礼装だった。しかし、時臣の死後、その剣は言峰から凛へ形見として渡されている。
加えて、時臣の死因は刃物による刺創。そして当時の状況を記録した人物も言峰綺礼だった。
「……随分と悪趣味な男よ」
「だが、決定的な証拠には欠けるな」
「うむ。本人の証言が得られれば早いのだが、素直に話す男でもあるまい」
影分身は資料を閉じた。
「そろそろ本体へ情報を還元するか。これ以上は資料を読み直すだけになりそうだ」
「そうだな。新しい情報が欲しいところだ」
その時、地下室の中央に一人の男が現れた。
青い鎧に白銀の髪。千手扉間である。
「戻ったぞ」
「おお、本体か。ちょうどよいところだ」
「調査はどうなった?」
「時臣の件で進展があった。英霊についても幾つか仮説が立っておるが、検証にはまだ時間が必要だ」
「ふむ。ならば一度解除するぞ」
「ああ。ワシらもそうするつもりだった」
扉間が印を結ぶと、三体の影分身は白煙とともに消えた。
その瞬間、分身たちが蓄積していた記憶が本体へ流れ込んでくる。
第四次聖杯戦争の記録。アゾット剣に残された魔力の痕跡。ランサーの血液から得られた情報。そして、言峰綺礼に対する疑惑。
扉間はしばらく目を閉じ、膨大な情報を整理した。
「……なるほどな」
机の上からアゾット剣を取り上げる。
「言峰綺礼。貴様、随分と面白いことをしてくれたものよ」
教会地下で発見した子供たちの監禁施設だけでも、あの神父を敵と見なす理由は十分だった。
そこへ、遠坂時臣の殺害疑惑まで浮上したのである。
しかも、これが事実ならば、言峰は師から贈られた剣でその師を殺し、何も知らない娘へ形見として渡したことになる。
「……凛にはまだ伝えん方がよいな」
扉間は剣を元の場所へ戻した。
状況証拠は揃いつつあるが、まだ断定はできない。言峰が何を目的としていたのかも分かっていなかった。
凛に話すのは、もう少し調べてからでよいだろう。
扉間は懐から一冊の本を取り出した。間桐慎二から奪った偽臣の書である。
「……さて、こちらも調べねばならんな」
本を机へ置き、再び印を結ぶ。
「影分身の術」
三体の影分身が現れた。
新たに生み出された分身たちは、本体が把握している情報を共有している。
「一体は偽臣の書を調べろ。封印は維持したままでよい」
「了解した。契約の伝達経路から調べるとしよう」
「もう一体はランサーの霊基について引き続き調査を進めろ。残りは第四次聖杯戦争の記録だ」
「うむ。時臣に関する資料をもう一度洗い直す」
役割が決まると、三体はそれぞれ机へ向かった。
扉間自身は冬木市の地図を広げ、その上に幾つかの印を書き込んだ。
教会、穂群原学園、衛宮邸。そして、間桐邸。
「……間桐桜か」
ライダーの本来のマスター。
間桐慎二が使用していた偽臣の書は、彼女との契約を利用してライダーを使役するためのものだった。
桜が凛の実の妹であることは、既に調べがついている。
幼少期に遠坂家から間桐家へ養子に出され、現在は衛宮士郎の屋敷にも頻繁に出入りしている少女だ。
「よりにもよって間桐とはな……」
扉間は以前、影分身から報告された間桐邸の様子を思い出した。
屋敷には尋常ではない数の蟲が存在していた。
その一部には魔術的な反応があり、通常の使い魔とは異なる性質を持っているらしい。
「……臓硯の居場所は把握できておるか?」
扉間が尋ねると、資料を読んでいた分身が顔を上げた。
「おおよその位置はな。だが、どうにも妙だ」
「何がだ?」
「本人と思われる反応が一箇所に集中しておらん。複数の場所から似た気配を感じる。まるで身体を分けておるかのようだ」
「……ほう」
扉間は地図に記された間桐邸を見た。
「ならば、単純に本体を探しても無駄かもしれんな」
「うむ。あの蟲が関係している可能性はある」
「術式を確認せねば分からんが……随分としぶとそうな老人よ」
間桐臓硯。間桐家の当主であり、聖杯戦争の御三家に連なる魔術師。
記録に残る年齢が正しければ、とうに人間の寿命を超えている。
それでもなお生き続けている以上、何らかの術によって肉体を維持しているのだろう。
「……大蛇丸を思い出すな」
扉間が呟く。
「猿の弟子か。確かに、あやつも生への執着は凄まじかったな」
影分身が応じた。
「もっとも、臓硯が同じような術を使うとは限らん。下手に手を出せば、こちらの存在を知られる可能性もある」
「うむ。まずは監視を増やす。特に蟲の動向を調べろ」
「了解した」
扉間は地図を畳んだ。
「それにしても、妙な家だな」
「慎二のことか?」
「ああ。あの小僧には魔術師としての才能が見受けられんかった。にもかかわらず、後継者を名乗っておった」
「一方、妹の桜には英霊を召喚するだけの素質がある」
「それが不思議なのだ。魔術師の家系ならば、才能のある者を優先するのが普通だろう」
扉間は偽臣の書へ目を向けた。
「しかも、慎二は桜の名前が出た途端、露骨に態度を変えおった。単に妹へ使役権を借りているだけとは思えんな」
「……本人に事情を聞くか?」
「そうだな……近いうちに聞いた方が早かろう。マーキングもしてある。それにあの小僧は阿呆だ……ワシが触っても焦燥から確かめようともしておらん」
扉間は慎二が慌てふためきライダーに喚き散らしていた姿を思い出す。
しかし義理とはいえなぜそこまで妹である桜を妬むのは、嫉妬からだろうか。
しかし扉間は理解出来ない。なぜそこまでして魔術に拘るのかが。才能が無ければ別の道を探せばいいのだ。
「周囲の環境故か……宝の持ち腐れだな」
間桐慎二は阿呆だが馬鹿ではない。ただの阿呆では仮初とはいえライダーを使役などできるはずがない。
「……桜についても監視を続けろ。ただし、あの娘に気づかれるなよ」
「うむ。衛宮邸にいる間は比較的安全だろうが、間桐へ戻ってからが問題だな」
「そういうことだ」
扉間は地図の脇に置かれた手帳を開いた。
そこには、冬木市内に施した飛雷神のマーキングについて記録されている。
既にランサーには術式を刻んである。
さらに今回、慎二の衣服にも印を残した。
教会や学校をはじめ、市内の主要な施設にも移動地点を確保している。
「……しかし、随分と便利な状況になっておるな」
分身の一体が手帳を覗き込んだ。
「敵はこちらの存在を知らぬまま、移動地点だけが増えておる。もはや冬木市内での移動に困ることはあるまい」
「油断するな。飛べることと、安全に行動できることは別だ」
扉間は即座に返した。
「特に英霊は身体能力が高い。あの槍兵のように飛雷神の奇襲へ反応できる者もいる。術を過信すればこちらが足をすくわれるぞ」
「……うむ。心得た」
「それに、まだ姿すら確認できておらん英霊もいる。全てがあの槍兵やセイバーと同程度とは限らん」
正面からの戦闘だけを考えるなら、扉間にも不安はあった。
英霊の能力は個体差が大きい。
現段階では確認できた三騎の戦闘能力しか把握しておらず、未確認のバーサーカーをはじめ、他の英霊については情報が不足している。
相手の能力を知らないまま戦いを挑むつもりはなかった。
「……引き続き情報収集だな」
扉間はそう言って手帳を閉じた。
その時、偽臣の書を調べていた分身が口を開いた。
「本体。こちらを見てくれ」
「何だ?」
「封印の影響を受けておる部分と、そうでない部分を確認した。やはり、契約そのものが消滅したわけではないようだ」
扉間は机へ近づいた。
偽臣の書の表紙には、以前施した封印術が残っている。
「……命令の伝達だけが遮断されたわけか」
「うむ。だが、この本が本来のマスターとの契約を利用している以上、接続先にはまだ何らかの情報が残っているはずだ」
「解析できそうか?」
「現状では難しいな。魔術式そのものに不明な部分が多い。無理に封印を解除すれば、慎二へ使役権が戻る可能性もある」
「それは避けたい。まずは術式の複製を試せ」
「了解した」
扉間は机の上に広げられた研究記録を確認した。
英霊召喚とマスターの契約。令呪による命令。
そして、偽臣の書を介した使役権の委譲。
これらは密接に関わっているが、必ずしも同じ術式で管理されているわけではないらしい。
「……少なくとも、契約を維持する仕組みと命令を伝える仕組みは分けて考えるべきだな」
「うむ。偽臣の書の例がある以上、その可能性は高い」
「ならば、まずは両者の違いを明確にしろ。接続先を特定できれば、他にも分かることがあるだろう」
「承知した」
扉間は続いて、ランサーの血液を調べている分身へ向き直った。
「こちらはどうだ?」
「採取直後の記録と照合しておるが、血液の性質が変化しておる。現世に留まるための魔力が失われつつあるのかもしれんな」
「霊基の情報は?」
「一部は確認できる。ただ、これだけで英霊の全容を把握することは不可能だろう」
「……当然か」
扉間は容器を手に取った。
自分自身もサーヴァントとして召喚されている以上、現在の肉体は通常の人間とは異なる構造を持っている。
もっとも、自分の身体を無闇に調べるわけにもいかない。
契約に不具合が生じれば凛にも影響が及ぶだろうし、何より聖杯戦争の最中に戦闘能力を失うわけにはいかなかった。
「……やはり、外部から得られる資料だけでは限界があるな」
「聖杯の術式そのものを調べられれば話は早いのだが」
「御三家の記録を洗い直すしかあるまい。遠坂家にも未確認の資料が残っておるはずだ」
分身は頷き、再び作業へ戻った。
扉間は容器を置くと、教会から回収した資料を手に取った。
言峰綺礼。先ほどから、何度もその名が目に入る。
第四次聖杯戦争に関する記録。遠坂時臣の死亡報告。そして、教会地下の管理資料。
いずれも、あの男が無関係とは思えないものばかりだった。
「……言峰の件は、どうする?」
時臣の資料を調べていた分身が尋ねた。
「もう少し泳がせる」
「よいのか?」
「奴にはまだ聞きたいことがある。ランサーとの契約、第四次聖杯戦争の詳細、それから教会に出入りしておった金髪の男だ」
「……あの男か。正体は分かっておらんのだったな」
「ああ。だが、ただの魔術師とは思えん。下手に手を出すべき相手ではなかろう」
「ならば教会の監視を継続するか」
「うむ。言峰が何か動けば、すぐに報告させろ」
既に地下室の子供たちは全員救出している。
言峰がその事実に気づくのも時間の問題だろう。
扉間は回収した資料を机へ戻した。
「それと、凛にはまだ何も伝えるな」
「時臣の件もか?」
「特にその件だ。父親が師と信じていた男に殺された可能性があるなど、証拠もなしに聞かせる話ではない」
「……うむ」
「まずは事実を確かめる。凛へ話すのはそれからだ」
扉間は椅子に腰を下ろし、別の資料を開いた。
そこには、聖杯戦争における各クラスの特徴が記されている。
ランサー、セイバー、ライダー。既に確認した三騎については、戦闘時の動きや能力を記録してある。
しかし、残る英霊については手掛かりが少なかった。
「……バーサーカーか」
扉間は資料に目を通した。
狂化によって理性の一部を失う代わりに、身体能力を高めるクラス。
それがどの程度のものなのかは、実際に確認するまで分からない。
だが、単純な戦闘能力で圧倒してくる相手であれば、正面からの衝突は避けるべきだろう。
「……戦力の把握も急ぐ必要があるな」
「影分身を増やすか?」
「いや、今は研究を優先しろ。偵察は既に配置した分身で足りておる」
「了解した」
扉間は各クラスの特徴を確認しながら、手帳へ書き込みを続けた。
しばらくして、偽臣の書を調べていた分身が再び声を掛けてきた。
「本体。少々厄介なことが分かったぞ」
「何だ?」
「封印を維持したままでは、内部の術式を全て調べることができん。特に本来のマスターへ接続する部分がな」
「……ふむ」
「かといって解除すれば、使役権が戻る危険がある」
扉間はしばらく考えた後、机の上から白紙の札を取り上げた。
「ならば、術式を写し取るための媒体を用意する。直接解除する必要はあるまい」
「複製か。成功する保証はないぞ」
「分かっておる。まずは試せ。失敗したら別の方法を考えればよい」
「……うむ」
扉間は札を分身へ渡した。
「ワシらは魔術師ではない……やはり魔術に詳しい者がおれば解析も段違いだろうが……」
「……凛には頼れん。あやつは衛宮士郎の補助、表側とやることがある。汚れ役や裏方を子供にさせるものではない」
「わかっている。裏側はワシらが引き受ければよい」
本体である扉間は印を組む
「行くのか」
「ああ。あの阿呆が冷静になる前に間桐の屋敷にマーキングをしておく必要があるからな」
そういうとすぐに扉間は消えた。