扉間「聖杯戦争はワシが解体した」 作:ナハ
昼過ぎ。遠坂凛は、いつもより少し早足で屋敷へ戻ってきた。
玄関の扉を開け、靴を脱ぐと、そのまま地下室へ向かう。
昨晩は衛宮邸に泊まり、士郎やセイバーと今後の方針について話し合っていた。学校に仕掛けられていた結界への対処は一段落したものの、聖杯戦争はまだ始まったばかりである。
そして、もう一つ。セイバーが、凛の協力者と会いたがっていた。
アーチャーを失ったはずの凛が、何故これほど積極的に動けるのか。その理由を説明するため、別に協力者がいるという話をしていたのである。
ただ、凛にはそれ以上に気になることがあった。
(……大丈夫よね?)
今朝、衛宮邸で朝食を取っていた時から、妙に嫌な予感がしていた。
根拠などない。だが、あの男のことを考えると、どうにも落ち着かないのである。
自分の姿で言峰教会へ乗り込んだかと思えば、今度は言峰本人に変装して教会へ潜入する。
しかも、事前の相談は一切ない。
(……今度こそ、変なことしてないでしょうね)
地下室の前まで来た凛は、扉の向こうから話し声が聞こえることに気づいた。
「……だから、この部分の術式がおかしいんだよ」
「む? ああ、そこか。魔力の流れを逆算するとどうなる?」
「それが分からないから聞いてるんだろ。そっちの術式、僕には読めないんだからさ」
「ならば、こちらの資料と照合してみろ」
「……ったく。最初からそう言えよ」
凛は足を止めた。
(……あれ?)
聞き覚えのある声だった。
一人は間違いなくアーチャーである。
もう一人も、どこかで聞いたことがある。しかも、つい最近だ。
(……気のせいよね?)
凛は扉を開けた。
「アーチャー!! 戻ったわよ! セイバーがそろそろ私の協力者と会いたいって……」
「戻ったか」
机に向かっていた扉間が顔を上げた。
その周囲では、三体の影分身がそれぞれ研究を続けている。
そこまでは、見慣れた光景だった。問題は、その隣に座っている人物である。
穂群原学園の制服。そして、どこか人を小馬鹿にしたような顔つき。
間桐慎二。彼は椅子に腰掛け、机に広げられた資料を読み込んでいた。
「…………」
凛は扉の前で固まった。
朝食の席で感じた、あの嫌な予感。
まさか。いや、そんなはずは。凛は一度目を閉じ、改めて地下室を見渡した。
やはり、いる。間桐慎二が。
何故か、自分の家の地下室で魔術書を読んでいる。
「……待って」
凛は片手を上げた。
「待って待って」
慎二も、ようやく入ってきた人物へ顔を向けた。
「……あ?」
「なぁんで慎二がいるのよ!?」
凛の声が地下室に響き渡った。
「騒ぐな」
扉間は何事もなかったかのように答えた。
「誰のせいよ!?」
慎二はそんな二人を交互に見ていた。
「……おい」
「何よ!」
「待ってくれ、扉間……なんで遠坂が居るんだよ?」
「自分の屋敷に戻ってきたのだろう」
「……は?」
慎二の動きが止まった。
今、何と言った?自分の屋敷?遠坂の?
慎二は改めて地下室を見渡した。
机に積まれた魔術書。壁際の棚。そして、目の前にいる千手扉間。
「……待てよ」
凛を見る。
扉間を見る。
もう一度、凛を見る。
「アーチャー? ……まさかお前……遠坂のサーヴァントなのか!?」
「なんだ。知らんかったのか? 気づいて聞いてないと思っていたが」
「知るかよ!? 僕は地下室に監禁されてたんだぜ!? ここが遠坂の家だなんて思うか!?」
慎二は勢いよく立ち上がった。
「というか遠坂! お前サーヴァント失ってたんじゃねえのかよ!?」
「失ったわよ! ……影分身だけど」
「はあ!? 意味わかんねえよ!?」
「私だって意味が分からないわよ!!」
「……まずは二人とも落ち着かんか。騒いでいては理解もできんぞ」
扉間がもっともらしく告げた。
凛のこめかみが引きつる。
「ムキーーー! アンタのせいでしょうが!?」
その声量に、近くで資料を読んでいた影分身が顔を上げた。
「……騒がしいな」
「アンタも同じ顔でしょうが!!」
「ワシは何もしておらんぞ」
「そういう問題じゃないのよ!!」
慎二は呆然とその光景を眺めていた。
遠坂凛は学校では優等生として知られ、慎二にとっても長年目障りな存在だった。
その凛が、目の前で顔を真っ赤にして怒鳴っている。
しかも、相手は彼女のサーヴァントだという。
「……なあ、扉間」
「何だ?」
「お前、遠坂のサーヴァントなんだよな?」
「そうだ」
「……なのに、何でそんなに偉そうなんだよ?」
「元々こういう男なのよ!」
凛が代わりに答えた。
「おい、貴様に聞いておらんぞ」
「アンタのことを説明してあげたんでしょうが!」
「……ふむ。間違ってはおらんな」
「認めるんじゃないわよ!!」
慎二は椅子に座り直した。
どうやら、この二人の関係は自分が考えていたマスターとサーヴァントとは随分違うらしい。
少なくとも、ライダーが自分に接していた態度とは正反対だった。
「……で?」
凛が扉間へ向き直った。
「説明してもらえるんでしょうね?」
「無論だ」
「まず、どうして慎二がここにいるの?」
「間桐邸から連れてきた」
「……どうやって?」
「飛雷神でな」
「そうじゃなくて!!」
凛は額を押さえた。
「何で連れてきたのかって聞いてるのよ!」
「事情があってな。あの小僧には少々聞きたいことがあった」
「だからって、普通は家に連れてこないでしょう!?」
「間桐邸で尋問するわけにもいくまい」
「尋問!?」
凛の声が裏返った。
「ちょっと待って! アンタ、慎二を尋問したの!?」
「うむ」
「……どうやって?」
「水牢の術で拘束した」
「…………」
凛は口を閉じた。一度、大きく息を吸う。
そして、できる限り穏やかな声で尋ねた。
「……つまり、慎二を間桐邸で捕まえて、この家まで連れてきて、地下室に閉じ込めて尋問したと?」
「その通りだ」
「…………」
凛は微笑んだ。
「アーチャー?」
「何だ?」
「何で私に相談しなかったのかしら?」
「相談すれば許可したのか?」
「するわけないでしょ!!」
「ならば相談する意味がなかろう」
「そういう問題じゃなぁぁぁい!!」
凛の怒声に、慎二が思わず肩をすくめた。
「……おい、遠坂」
「何よ!?」
「いや、何でもない……」
慎二は慌てて顔を背けた。
今は余計なことを言わない方がよさそうだった。
それから数分後。
凛は扉間の向かいに座り、事の経緯を聞いていた。
もっとも、完全に落ち着いたわけではない。指先は先ほどから机を叩いている。
「……それで? どうして慎二を捕まえる必要があったの?」
「桜の件だ」
その名前が出た瞬間、凛の表情が変わった。
「……桜?」
「ああ。慎二が昨晩、桜に危害を加えると口にしておったのでな」
凛は慎二を見た。
「……どういうこと?」
「お、おい! 余計なこと言うなよ!」
慎二が慌てて口を挟んだ。扉間は構わず続けた。
間桐邸の地下室で慎二が口にした言葉。
聖杯戦争での失敗を桜のせいにし、帰宅したら暴力を振るうつもりだったこと。そして、それだけでは済まさないとまで言っていたこと。
凛は黙って聞いていた。先ほどまでの怒りとは違う、冷たい表情になっている。
「……慎二」
「な、何だよ」
「それ、本当なの?」
「……違うって! ただ腹が立ってただけだよ!」
「だからって、桜に何をするつもりだったの?」
「……っ」
慎二は言葉に詰まった。
凛はしばらく彼を見つめていたが、やがて扉間へ向き直った。
「……それで、ここへ?」
「それだけではない。間桐の地下室も調べてきた」
「……地下室?」
「ああ。あの屋敷には大量の蟲がおった。しかも、ただの使い魔ではないようでな」
扉間は間桐邸で確認した地下室の様子を説明した。
無数の蟲が蠢く地下空間。そこに流れる魔力。
そして、臓硯と思われる気配が一箇所に集中していなかったこと。
「……間桐の魔術が蟲を使うことは知ってるけど、そこまで詳しく調べたの?」
「直接見てきたからな」
「……アンタ、本当に何でも勝手にやるわね」
「必要な調査だろう」
「必要なのは分かってるわよ。でも、せめて事後報告くらいしてほしいの!」
「今しておるではないか」
「私が帰ってこなかったら、いつまで黙ってるつもりだったのよ!?」
「研究が一段落してからだな」
「絶対もっと早く報告しなさい!!」
凛が机を叩くと、隣の慎二がぽつりと呟いた。
「……遠坂、お前も苦労してるんだな」
「誰のせいで苦労が増えてると思ってるのよ」
「……僕に言うなよ」
「アンタも原因の一つでしょうが!」
慎二は口を閉じた。
凛は改めて扉間へ向き直った。
「……とにかく、桜のことは気になるわ。私からも一度話を聞いてみる」
「ああ。ただし、慎重にな。あの娘自身が何も話したがらぬ可能性もある」
「分かってるわ」
「……あいつに余計なこと聞くなよ」
慎二が不満そうに言う。
凛は振り返った。
「……」
「……何だよ」
「今のアンタに、桜へ何を聞くなって指図する権利があると思う?」
「…………」
慎二は顔を背けた。
凛も、それ以上は追及しなかった。
桜の様子については、以前から気になっていたこともある。
ただ、本人が何も語ろうとしない以上、無理に踏み込めばかえって傷つけてしまう可能性があった。
「……それで、慎二はいつまでここにいるの?」
「今は研究を手伝わせておる」
「……研究?」
「ああ。魔術回路は持たぬが、術式については随分と詳しいのでな」
凛は慎二を見た。
慎二は得意げに鼻を鳴らした。
「何だよ。僕が研究してたらおかしいか?」
「……いえ、そういうわけじゃないけど」
机の上には、魔術書と研究記録が並んでいる。
その一部には、慎二の筆跡と思われる書き込みまであった。
「……本当に研究してたの?」
「だからそう言ってるだろ!」
慎二は資料を持ち上げた。
「偽臣の書の術式を調べてるんだよ。お前のサーヴァント、魔術については分からないことだらけだからさ」
「……何ですって?」
凛の眉が動いた。
「何だよ。事実だろ」
「アンタ、私のサーヴァントを馬鹿にしてるの?」
「さっきまで散々怒鳴ってただろ!?」
「それとこれとは別よ!」
「意味分かんねえよ!!」
扉間は二人の会話を聞きながら、資料を一冊閉じた。
「……貴様ら、意外と仲がよいな」
「「どこが!?」」
二人の声が重なった。
「息も合っておる」
「「合ってない!!」」
扉間は納得したように頷いた。
「やはり仲がよいではないか」
「もう黙ってなさい、アーチャー!!」
「お前が一番話をややこしくしてるんだよ、扉間!!」
二人から同時に怒鳴られた扉間は、面倒そうに資料へ目を戻した。
しばらくして、凛はようやく本来の用件を思い出した。
「……ああ、そうだった」
「何だ?」
「セイバーのことよ」
凛は椅子に座り直した。
「私の協力者と会いたいって言ってるの。衛宮君も、できれば一度顔を合わせたいみたい」
「……なるほどな」
扉間は頷いた。
士郎とセイバーは、アーチャーが既に敗北したものと思っている。
その認識を変えるつもりは、今のところなかった。
「……予定通りでよかろう」
「本当に大丈夫なんでしょうね?」
「問題あるまい。兄者の姿で会えばよいだけだ」
「……簡単に言ってくれるわね」
凛は腕を組んだ。
扉間の変化の術が精巧であることは、既に十分理解している。
問題は、姿を変えることではない。その後の振る舞いである。
「いい? 衛宮君はともかく、セイバーは相当鋭いわよ。何か不自然なことがあったら、すぐに疑われるかもしれないんだから」
「承知しておる。兄者の姿で接触する以上、正体が露見するような真似はせん」
「それと、私との関係についても一応確認しておきたいの。遠坂家の遠縁ってことにするんでしょう?」
「うむ。表向きはその設定で通す」
「だったら、私が知らない親戚の話を勝手に始めたりしないでよね」
「そんな無意味なことはせん」
「……本当でしょうね?」
「ワシを誰だと思っておる?」
「そこが心配なのよ!」
凛がため息をついたところで、慎二が会話へ割り込んだ。
「……おい、ちょっと待てよ」
「何だ、慎二」
「さっきから何の話してるんだ? 兄貴の姿で会うとか、遠縁とか……」
扉間は慎二へ顔を向けた。
「言葉通りだ。衛宮士郎たちには別人として接触する」
「……別人?」
「変化の術を使うのでな」
「……変化?」
慎二は眉をひそめた。
「何だよ、それ。変身する魔術か?」
「似たようなものだが、術の仕組みは違う。実際に見せた方が早いな」
扉間は椅子から立ち上がると、両手で印を結んだ。
「変化」
白煙が立ち上った。
慎二は思わず椅子を引いた。
「うわっ!? 何だよ急に!」
煙はすぐに晴れた。
そして、その場に立っていた人物を見て、慎二は口を開けたまま固まった。
赤い上着。黒いスカート。艶のある黒髪と、整った顔立ち。
そこには、遠坂凛が立っていた。
「…………は?」
慎二は本物の凛へ視線を向けた。
そして、目の前に現れたもう一人の凛を見る。
同じ顔。同じ背丈。髪の長さも、服装も、どこから見ても遠坂凛そのものだった。
「……はあああ!?」
慎二が叫んだ。
「遠坂が二人いる!?」
「だから変化の術だと言っただろう」
扉間が答える。
ただし、その声は既に凛のものへ変わっていた。
「……ちょっと待って」
本物の凛が立ち上がった。
目の前にいる自分自身を、頭の先から足元まで眺める。
「……相変わらず、無駄にクオリティが高いわね」
「当然だ。変装に不備があれば、任務に支障を来す」
扉間は凛の声で答えた。
そのうえ、何気なく髪を払う仕草まで本人そっくりだった。
慎二は二人を見比べた。
「……おい、本当にどっちがどっちか分からないんだけど」
「こちらが本物よ!」
凛が自分を指差す。
すると、変化した扉間も同じ仕草をしてみせた。
「こちらが本物よ!」
口調も声の高さも、完全に一致していた。
「ちょっと! 真似しないでよ!」
「ちょっと! 真似しないでよ!」
「アーチャー!!」
「アーチャー!!」
「…………」
慎二は頭を抱えた。
「……やめろよ! 本当に訳が分からなくなるだろ!」
扉間はそこで真似をやめた。
「ふむ。声と動作にも問題はないようだな」
「問題大ありよ!」
凛は自分と同じ顔をした相手を睨みつけた。
しかし、そこで別のことが気になったらしい。
もう一度、変化した扉間の姿を上から下まで眺める。
「……ねえ」
「何だ?」
「アンタ、本当に私の姿を完璧に再現したつもり?」
「そのつもりだが」
「……ふーん」
凛は変化した扉間の横へ並んだ。
背丈はほぼ同じ。髪型も同じ。
服の皺や装飾に至るまで、寸分違わず再現されている。
だが、凛はどうにも納得できなかった。
「……待ちなさい」
「今度は何だ?」
「もっと……ほら! 私はスラッとしてるはずよ!?」
「…………」
「胸だって……もうちょっと、こう……!」
凛は身振りを交えて、自分の言いたいことを伝えようとした。
扉間は凛の姿のまま、自分の身体を見下ろした。
それから本物の凛へ視線を移し、改めて確認する。
「……何も変わらんはずだ」
「……は?」
「虚偽の変化をしてどうする。実物と異なる姿では変装の意味がなかろう」
「…………」
地下室が静まり返った。
慎二が口元を押さえた。
「……ぷっ」
凛の眉がぴくりと動く。
「……ちょっと、アーチャー」
「何だ?」
「それ、どういう意味かしら?」
「言葉通りだ。貴様の姿は正確に再現しておる。体格を変える必要などない」
「……つまり?」
「そのままだと言っておる」
「…………」
凛は満面の笑みを浮かべた。
「なんなのよアンタあああああ!?」
扉間は凛の顔のまま、怪訝そうに眉を寄せた。
「何を怒っておる?」
「喧嘩売ってるわよね!? ねえ!? 絶対売ってるわよね!?」
「売っておらん。事実を述べたまでだ」
「余計に腹立つのよ!!」
凛は右手を突き出した。
「令呪使うわよ!?」
「そのようなことで令呪を消費するな。貴重なものだぞ」
「誰のせいで使いたくなってると思ってるのよ!!」
慎二はとうとう堪えきれなくなった。
「……くっ、ははっ!」
「何がおかしいのよ!?」
「いや、だって……お前、自分で言い出したんだろ!」
「うるさいわね!!」
「ははは! 扉間、お前、本当に容赦ないな!」
「何がだ? 変化の精度を確認しただけだろう」
しかも、その発言はまだ凛の声だった。
慎二は机に突っ伏して笑い始めた。
「や、やめろよ! その顔でそんなこと言うなって!」
「アーチャー! 今すぐ元に戻りなさい!!」
「……やれやれ」
再び白煙が立ち上り、扉間は元の姿に戻った。
「これでよいか?」
「全然よくないわよ!!」
凛は顔を赤くして椅子へ座った。
そして、腕を組んでそっぽを向く。
「……もう二度と私の姿に化けないで」
「それは困る。必要になれば使うぞ」
「一言くらい謝りなさいよ!!」
「何をだ?」
「全部よ!!」
慎二はまだ笑っていた。
「……くくっ、遠坂、お前も大変だな」
「アンタも笑いすぎよ!」
「いや、でも……あんな完璧に再現されたら、そりゃ文句も言いたくなるよな!」
「慎二!?」
「悪い悪い! ……くくっ」
凛は机に突っ伏した。
(……どうして私のサーヴァントはこうなのよ……!)
一方、扉間は今の騒動など気にも留めず、机の上に置かれた資料を揃えていた。
「……それで、変化の術については理解できたか?」
慎二はようやく笑いを収めた。
「ああ……嫌というほどな」
「ならばよい」
「……ん?」
慎二はふと、顔を上げた。
そして、何かを思い出したように扉間を見た。
「……待てよ」
「何だ?」
「そういや、僕から偽臣の書を奪った女子生徒って……」
扉間はあっさり答えた。
「ワシだが?」
「…………」
慎二の動きが止まった。
「……は?」
「ワシが変化しておった」
「…………」
慎二は扉間を見た。
次に、凛を見る。
そして、再び扉間へ顔を向けた。
「……お前だったのかよ!?」
「今更気づいたのか?」
「気づくわけないだろ!!」
慎二は勢いよく立ち上がった。
「あの女子生徒! やたら速くて、訳の分かんない術使って、僕の本を奪っていったあいつ!!」
「うむ」
「お前だったのかよ!!」
「そう言っておる」
慎二は頭を抱えた。
「……じゃあ、何か? 僕はお前に襲われて、本を奪われて、その後またお前に捕まって……」
「そうなるな」
「……二回も同じ奴にやられてたのかよ!?」
「貴様が気づかんかっただけだ」
「……くそっ!!」
慎二は椅子へ座り直した。
凛はその様子を眺めながら、額に手を当てた。
「……アーチャー」
「何だ?」
「アンタ、本当に何でもやってるのね」
「必要なことをしておるだけだ」
「……そう」
凛は深く息を吐いた。
すると、慎二が思い出したように顔を上げた。
「……ちょっと待てよ」
「今度は何だ?」
「お前僕が学校でしてた事も知ってたよな……学校にもいたのか?」
「おったぞ」
「……どこに?」
「倒れておった女子生徒の一人だ」
「…………」
慎二は口を開けたまま固まった。
凛もまた、ゆっくりと扉間へ顔を向けた。
「……ちょっと待って」
「何だ?」
「倒れてた女子生徒って……」
凛は記憶を辿った。
学校の結界が解除された後、衛宮士郎と一緒に倒れた生徒たちを助けて回った。
その中に、一人の女子生徒がいた。廊下の隅で倒れていて、声を掛けると意識を取り戻した少女。
「……まさか」
「うむ。貴様らに助けられたな」
「…………」
凛は天井を仰いだ。
「アンタぁぁぁ!!」
「今度は何だ?」
「私、あの子のこと本気で心配したのよ!?」
「知っておる」
「知っておる、じゃないわよ! だったら何か合図くらいしなさいよ!」
「衛宮士郎がおっただろう。ワシの存在を知られるわけにはいくまい」
「……っ!」
凛は言葉に詰まった。確かに、その通りだった。
士郎やセイバーにアーチャーの生存を知られないため、扉間はわざわざ別人に変装している。
凛が正体に気づいて変な反応をすれば、それこそ偽装が台無しになってしまう。
「……だからって、何も私に助けられる必要はなかったでしょう!」
「貴様の方から来たのだが」
「そうだけど!!」
「怪我人を見捨てず救助する姿勢は評価できるぞ」
「何でアンタに褒められてるのよ!?」
慎二はそんな二人を眺めていたが、やがて小さく呟いた。
「……遠坂、お前……」
「何よ!」
「いや、何でもない……」
慎二は再び顔を背けた。
どうやら、自分だけがこの男に振り回されているわけではないらしい。
そのことだけは、よく分かった。騒ぎが落ち着いた頃には、凛はすっかり疲れ切っていた。
「……とにかく、アーチャー」
凛は椅子に座り直した。
「一つだけ約束して」
「何だ?」
「これから何か大きなことをする時は、必ず私に報告すること」
「……ふむ」
「いい? 絶対によ!」
扉間は少し考えた。
「……可能な限り善処しよう」
「何よ、その政治家みたいな返事は!?」
「状況によっては報告する暇もあるまい」
「そういう時は仕方ないけど! 少なくとも、同級生を地下室に連れ込む前には連絡しなさい!!」
「……分かった」
「本当でしょうね?」
「うむ」
凛はようやく椅子の背もたれへ身体を預けた。
話し合うべきことはまだ残っている。
「……もう、本当に疲れたわ」
凛は額を押さえた。
その隣で慎二も、深いため息をついた。
「……僕もだよ」
「アンタと一緒にしないでくれる?」
「何だよ! 今だけは意見が合っただろ!」
「合ってないわよ!」
「……また始まったか」
扉間は二人を眺めて呟いた。
そして、机の上に置かれた魔術書を一冊取り上げる。
「まあ、話が済んだのなら研究を再開するぞ」
「……は?」
慎二が顔を上げた。
「いや、ちょっと待てよ。今こんな状況だぞ?」
「だから何だ?」
「だから何だ、じゃないだろ! 遠坂が帰ってきたんだぞ!?」
「それが研究を中断する理由になるのか?」
「……お前さぁ」
凛も呆れたように扉間を見た。
「アーチャー。さすがに今日はもう少し話し合うことがあるでしょう?」
「ならば、貴様らが話しておればよい。ワシは資料を調べておく」
「……アンタ、本当に自由ね」
「時間は有限だからな」
扉間は平然と答え、魔術書を開いた。
その隣では影分身たちが、既に研究を再開している。
慎二はしばらくその光景を眺めていたが、やがて諦めたように椅子へ座り直した。
「……ったく」
机の上から、先ほどまで読んでいた資料を取り上げる。
「おい、扉間。ここの術式なんだけどさ」
「む? ああ、そこか」
「この記述、前の資料と矛盾してるんだよ。どっちが正しいんだ?」
「……ふむ。見せてみろ」
二人は何事もなかったかのように研究の話を始めた。
凛はそんな様子を呆然と眺めていた。
つい昨日まで敵だった慎二が、自分の屋敷の地下室でアーチャーと研究している。
しかも、本人たちは妙に息が合っている。
一体、何がどうなればこんな状況になるというのか。
「……アーチャー」
「何だ?」
「私、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「うむ」
「……私がいない間、何があったの?」
扉間は資料から顔を上げた。
「先ほど説明しただろう」
「……そうじゃなくて」
凛は慎二を指差した。
「何でアンタたち、そんなに仲良くなってるのよ!?」
「「仲良くない」」
今度は扉間と慎二の声が重なった。
凛は両手で顔を覆った。
「……もう嫌、この家」
その横では、慎二が何事もなかったように資料へ視線を戻していた。
「……で、扉間。さっきの続きなんだけど」
「うむ。まずはこの部分からだな」
「ちょっと! 私を置いて研究を再開しないでよ!!」
地下室に、再び凛の怒声が響いた。