ドアを開くと残暑を感じさせない冷たい風が吹いている。今年の夏と秋の境目はキッパリしていて完全に夏は過ぎ去っていた。
玄関の前に置かれている自転車の鍵を解除し目の前の道まで転がした。
ペダルを踏み込む度に加速する自転車は冷たい風を全面に受けている。ギィギィと軋む音を上げながら自転車は季節外れの熱気を帯びることになるであろう所へと向かっていった。
◇ ◇ ◇
丸1日をかけた前日準備でも間に合わなかった団体も多く朝早くからクラスの生徒が集まりせっせと装飾に励んでいる。
2Fのクラスも例外ではなく海老名さんの怒涛の叫び声を中心とし最後の装飾や演劇の確認が行われている。
そして特に役職もない俺は海老名さんの指示通りに道具の確認をしていた。
えっと、ゾウ、バオバブ、サーベル、活火山…っておい、どんだけ小道具作り込んでるんだよ。活火山とか出番ないだろ。
そんな無駄に凝った小道具を確認しているとふと演劇組の声が聞こえてきた。
振り返ると王子さまの格好をした戸塚と薔薇の格好をしたやつが見える。
戸塚「きみたちはまだ、いてもいなくても、おんなじだ」
ああ、あの場面か…。
ステージを見つめながら俺は胸の奥がざわめくのを感じていた。
戸塚「きみたちは美しい。でもそれは外見だけで、中身は空っぽだね」
そう薔薇にむかって言うと戸塚がこちらの方を向き言葉を続ける
戸塚「きみたちのためには死ねない。もちろんぼくのバラだって…」
俺は戸塚から目を背け元の自分の作業を再開する。レンチとスパナを整理しながら頭のなかではさっきの場面の続きが流れていた。
"だって彼女は僕のバラだもの"、昔読んだときには気にも止めなかったその台詞がよぎり、その言葉に込められた意味を改めて考えるのだった。
◇ ◇ ◇
暗闇の中、生徒たちのざわめきが響く。一つ一つはきっと意味のある言葉だったのであろうが聞こえてくるのは意味のなさない雑音のみだった。遮光カーテンによって外からの光は差し込まず、今体育館で光っているものと言えば非常口の明かりや生徒の携帯電話の光程度の頼りないちっぽけな光でしかない。
俺は畜光材を含んだ分針を見つめがら出口付近から開会式が始まるのを待っていた。
秒針が刻むにつれざわめきが1つ、また1つとやんでいきついにはしんと静まり返った。
唾を飲む音すら隣に聞こえそうなほどに。
まぁ、隣にはコフーコフーいいながら汗かいてる奴がいるのだが。
カチッと分針が刻まれた瞬間、止まっていた時が動き出すようにステージ上に目が眩むほどの光が爆ぜた。それから一瞬の間をおきマイクのキンッという音とともに耳をつんざくほどの声が飛ぶ。
「おまえらぁ、ぶんかしてるかぁー!?」
「うぉぉぉぉお!!」
突如現れたお下げの女生徒が叫ぶと一斉に生徒がそれに反応し怒号をかえす。
「千葉の名物ぅ、踊りとぉーー?」
「まつりぃぃぃぃぃい!」
「同じアホなら、おどらにゃーー?」
「シンガッソーーー!」
お下げの女生徒の謎のコール&レスポンスに会場は一気に熱狂する。
というか、今のスローガンなのかよ。だれだよ、考えたやつ。
そして間をおかず爆音で流れるダンスミュージック。
明日はここにあいつらが立つのか。
かっこよく踊るダンス部の連中を見ながらそう思った。
◇ ◇ ◇
オープニングセレモニーが終わりクラスの最終チェックが始まる。海老名さんがまたもや怒号をあげ、三浦は一人一人に声をかけていく。言っていることはひどいのだが、緊張はほどけそうだ。
やることがない俺はさも働いてるかのように振る舞うため「なるほど、うーん」とか呟きながら教室の出入り口をうろうろしていたら海老名さんに捕まり受付を任された。
座っているだけでいいとかまじ夢ジョブ。
プロデューサーをしたからこそわかるこの仕事の楽っぷりだ。
壁に立て掛けてあったパイプ椅子と長机を組み立てそこに座る。座ると必然的に目の前が見えるわけでそこには公演スケジュールがでかでかと書かれたポスターが掲示されている。
こんな所にあるのだから俺なんかより目立つわけでわざわざ俺に聞いてくる奴もいないだろう。
開場まであと5分。することもなくただパイプ椅子に身を委ね、すこしまえの眩いステージを振り返っていると2Fの教室がまた一段とガヤガヤしだしたので何事かと一寸だけ覗いてみる。
戸部「よっしゃ!円陣組もうぜ!」
戸部がそう言うと皆なんだかんだと文句をいいながら円が形作られていく。
戸部「やっぱ海老名さん仕切んないと始まらないっしょ!ほら、センター来ようぜ!」
円なのだからセンターなんて存在しないだろ。と思ったが戸部が示すのは自分のとなり。
いつから戸部が円のセンターになったのだろうか。てかお前がセンターとか2Fで総選挙したら明らかにお前にはならねーだろ。
戸部にならうように三浦が海老名さんの腕を引く。
三浦「ほら、海老名。真ん中行きな」
ドンと押したその先はセンターもドセンターの円の中心。皆が海老名さんを囲うような形になっている。
なるほど、それならセンターですね。
なぜか戸部が悔しそうにしていたのかは謎だが…。
俺と海老名さんを除く全員が円陣を組みおわると、ちらっと由比ヶ浜がこちらを振り向いた。
首をふって否定するとむーっと不機嫌そうな顔をされた。
俺が教室の外から教室の中心で円陣を組むクラスの奴等を見つめるなか海老名さんが声をかける。そして皆がそれに続いて叫ぶ。
その完成された円陣を外から見るのは案外悪いものではなかった。
◇ ◇ ◇
2Fの出し物ミュージカル星の王子さまは人気御礼で満員御礼になるほどの人気っぷりを見せた。"ぼく"である葉山を見ようと集まった女子、知り合いが面白おかしい格好を一目見ようと集まった男子、なにやら海老名さんと同じ空気をまとった御腐人様方、しまいには厚木や鶴見先生まで来ていた。
総武高校のなかでも中々の人気だったのではないか、と部外者(2F在住)の俺が感じたくらいだ。
明日はより多い来客が見こまれるため海老名さん指導のもとクラスメイト達は今日の反省を生かして改善すべく、一日目終了後に残って作業を続けている。
そんな青春をしている2Fの生徒たちを横目に俺は体育館へと向かった。
◇ ◇ ◇
誰もいない体育館は熱く賑わっている校舎内と比べ肌寒い。半日前にオープニングセレモリーをしていたとは思えないほど静まり返った館内にはシューズのゴムが擦れる音だけが反響している。
ついに、明日か、そう思うと自分が立つわけでもないのに口が乾くのを感じた。
柄にもなく緊張してるのか。
これまでライブを経験してこなかったわけではない。もっと大量のファンがいる会場のライブだって経験してきた。
しかし、自分が企画したライブをするのはこれが初めてで、そしてなによりこのライブの本当の目的は文化祭を盛り上げることではなく彼女達に前に進んでもらうためなのだ。
失敗してはいけない、否、失敗させてはいけない。失敗してしまうのは仕方が無いことだろう。だが失敗してしまうのとさせてしまうのでは訳が違う。
絶対に成功させてやろう。
× × ×
ガチンと体育館に備え付けられた大時計が6時を指した。
ふぅ、と俺のはいた息が体育館でこだまする。
明日のライブを思い浮かべ俺は体育館をあとにした。
雪乃「もう用事はすんだのかしら」
体育館からの帰り道で雪ノ下から声をかけられる。雪ノ下たちはこれから準備なのか文化祭委員がゾロゾロとこちらへと向かってきていた。雪ノ下が葉山に先にいくよう促すとそれに続いてゾロゾロと音をたてながら委員たちは体育館へと飲まれていく。
雪乃「これで聞かれる心配はないでしょう」
八幡「あぁ、終わったよ。あとは明日になるだけだ」
雪乃「そう。ならよかったわ」
八幡「こっちを気にするよりお前の方が忙しいんじゃないのか」
雪乃「忙しいわ。けれどあなたに任せておいて明日失敗されてはこちらとしても困るもの。例え嫌でも職務を全うするために聞くしかないのよ」
八幡「そんな嫌なのかよ…。あいつらのためだからな、ちゃんとやったに決まってるだろ」
雪乃「…そう」
すこし雪ノ下の顔を伏せた気がした。
八幡「どうかしたのか」
雪乃「…何でもないわ、それじゃあ私は行くわ」
八幡「そうか、おつかれさん」
雪ノ下が先程の行列と同じ通路をたどり体育館へと歩いくのを見届け、俺もまた教室へと歩き始めた。
雪乃「…すこし彼女達が羨ましいわ」
そんな雪ノ下の弱々しい言葉は八幡には届かず、薄暗い空に向かって溶けていくだけだった。
◇ ◇ ◇
そしてついに文化祭二日目を迎えた。
二日目である文化祭は一日目とは異なり一般公開となり、ご近所さんやら他校の生徒やら受験志望者やらと来客が沢山やって来るのだ。土曜日なのでお休みの人もおおく、文化祭は賑わいを見せていた。
どこか内輪ノリで軽い雰囲気だった昨日とはことなりその分だけトラブルが起こることも増えるだろう。
会場内での事件を防ぐため保険衛生の当番と男性体育教師とが一組となり、二つある校門の前で受付をしているので、そうそう変なヤツが来ることもないだろう。
765プロのメンバーがくるまではまだ時間があるのでいく宛もない俺は校内をぶらぶらっと回っていた。
二階から三階へ上がったところで、飛びかかってきたような衝撃を背中に受ける。
ぐうぇ、カエルが潰れたかのような声が喉から鳴る。小学生のころ蛙と呼ばれてたのは伊達ではなかったらしい。
「お兄ちゃん!」
振り向くと小町が俺の背中に抱きついていた。
八幡「おお、小町」
小町「久々の再会でハグ…これ小町的にポイント高い?」
なぜな疑問系なのが気になる。
八幡「久々ってほどでもねーだろ、朝に顔会わせたし」
ノンノンと指をふり小町がそれを否定する
小町「会わせただけでしょ?最近お兄ちゃん帰り遅くて話せなかったし。ほら久々でしょ?」
思い返せば確かにここんところ事務所によってから家に帰っていたから帰りも遅く、疲労のために風呂に入ったらバタンキューしていたのだった。
八幡「なら、久々だな」
小町「うんうん」
小町を背中から引き剥がし崩れた制服を着なおす。小町も小町で乱れたセーラー服の襟を直していた。
八幡「一人か?」
小町「うん、だってお兄ちゃん見に来ただけだし…建前上は」
ライブを内緒にしてくれと頼んだことを気にしてくれたのか後半は俺にだけ聞こえるようにそっと呟いた。
小町「お兄ちゃんこそ一人でいいの?」
準備はいいのか?ということなのだろう。
八幡「あぁ、まだ少し時間がある」
小町「そっか……およ?あ、じゃあ小町もあとで見に行くから。ちょっとみたいのあるから。ではでは~」
急に何かを思い付いたかのように足早に去っていく。わざわざ三階まで上げって来たはずなのに何故か二階へと降りていってしまった。
八幡「お、おう」
聞こえるわけもないのに、そんな間抜けな返事をしてしまう。
それにしても不思議な妹である。
周りと協調性があるのだが、あれで意外と単独行動を好んだりもするのだ。名付けて次世代ハイブリッドぼっち。下の子特有の上の失敗をしっかりと学んでいるのだ。まぁ兄がこんななのだから比較されても気が楽だろう。だがもし俺が超優秀なエリートだったなら周りは小町をどうみるのだろうか。
身内や近くにいる人が優秀だったなら人はそれと比べてしまうのではないだろうか。
ちょっとしたモヤモヤを感じながら小町のいなくなった背中を擦った。
◇ ◇ ◇
ステージから体育館をみるとまだ開始前だと言うのに結構な数の人が集まっていた。ざわざわとした歓声を前に、雪ノ下がこちらにやってくる。
雪乃「そろそろ時間ね」
八幡「あぁ、もうすぐ着くって連絡も来た」
10を越えるマイクのチェックをしながら俺はそう答える。もうすぐ始まるのだ。
「あ、雪ノ下さん。ちょうどよかった」
舞台袖から眼鏡をかけた文化祭委員と思われる人が寄ってくる。
「椅子足りなくなっちゃって」
雪乃「そう、わかったわ。そっちにいくわ。比企谷くん」
八幡「あぁわかってる、そっちも頑張ってくれ」
× × ×
携帯のバイブが震えるのを感じ体育館の裏口の扉を開ける。少し離れたところに見慣れたワゴン車が止まっているのが見える。
小鳥「プロデューサーさん。こっちの準備は万端です。そっちはどうですか?」
八幡「音響チェック終わりました。あとは始まるのを待つだけです」
小鳥「そうですか、お疲れさまです」
八幡「いや、まだ始まってもいない…大変なのはこれからですよ」
小鳥「そうですね。頑張りましょう」
ワゴン車の助手席に乗り込む。
中には衣装に着替えたアイドル達がスタンバっている。
真美「兄ちゃん!準備はどう?」
八幡「こっちはもう終わったよ。お前達こそ大丈夫か?」
真美「もちのろんですよ」
真「気合い入ってますよ!」
千早「声の準備も向こうでちゃんとしてきました」
八幡「そうか」
こちらを見つめる全員の顔を一度見回す。皆目にはやる気が溢れている。
八幡「もうすぐライブが始まる。俺たちの番は5番だから2番目の団体が終わったら体育館に入るぞ」
春香「わかりました」
八幡「なにも起こらないように俺と音無さんが見守っている。もしものときは指示したように落ち着いて対処してくれ」
雪歩「わかりました」
八幡「それから…」
もう一度全員の顔を見回す。
ーーきっと大丈夫だ…ーー
八幡「会場を盛り上げて…楽しんで来てくれ」
「「「「はいっ!!!」」」」
遂に総武高校文化祭ライブが始まる。
遂に文化祭ライブまできました。長かったですね。
それからUA90000、お気に入り700超えありがとうございます。これからも頑張らせていただきまする。
次話ですが年内に更新できたらなぁ、と思っています。
更新が遅くて申し訳ないですが、よかったらこれからもよろしくお願いします。
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