葉山「探したよ、ここにいたんだね」
後ろから爽やかな声を発した男を確認するために振り返る。いや、確認するまでもなく葉山だとは分かってはいた。
額には汗を浮かべ、首にはマフラータオルをかけている。恐らく自分の番を終え、雪ノ下達に繋いだあとそのまま急いで来たのだろう。
葉山の後ろにいる女子二人に見覚えはないがここに来ているということは相模の友達だろうか
相模「葉山くん…、それに二人も…」
相模が先程までとは全く違う表情でそっと呟き、顔を背けた。
おそらくは本来相模が望んで、期待していたであろう展開だ。
葉山「連絡が取れなかったから心配したよ。SNSで呼び掛けたらこっちにいくのを見たって人がいてね」
そう言うと葉山は相模へと近づいた。
相手の気持ちを理解した上で、さりげなく誘導する、葉山だからこそできるテクニック。
葉山「そろそろエンディングセレモニーが始まるから戻ろう?」
何故ここにいるかはあえて聞かない。相手が行動しやすいように、誘導をかけ優しく微笑みかける。
だが、そこまでしても相模は動こうとはしない。
相模「いや…でも…うち、皆に迷惑かけたし」
葉山「大丈夫さ、今からならまだ間に合うよ」
「そうだよ!」
「皆心配しているんだからー」
葉山に付いてきた女子二人も相模への説得へと移り三人体制で相模に向かい合う。
だが、まだ相模の心を動かすには足りない。
相模「今さらうちが戻ってもできることなんて…」
「そんなことないよ!皆待ってるんだから」
「ね?一緒にいこ?」
そんな女子たちのやり取りを優しく見守っている葉山だったが、一瞬視線が腕時計へと向かった。
あいつもまた焦っているのだ。
葉山「そうだよ、皆相模さんのために頑張っているんだ」
もう一押しを言うがそれでも相模の態度は頑なのままだ。相模の足は先ほどの位置からほとんど動かず、動いているのは時間だけ。ただ刻々とタイムリミットが削られていく。
葉山がきても結果は変わらなかった。相模が求めているものを渡せなかったのか。いや、それは満たせただろう。こんな、ドラマのような展開をきっと相模は望んでいたのだろう。
じゃあ、何がダメだったのか。他に何を求めているのか。
多分相模にも、もうわからないのだろう。引くに引けない状況。現状を理解しているからこそ、いまこの現実から逃れようとしている。
なら、相模を動かすにはどうする。
無理やり引っ張るか?Noだ。俺と葉山だけならそれも考えられたが、女子が二人いるとなれば話は別だ。止めに入られ、より時間をロスするのは明らかだ。
だが、このまま説得を続けてもらちが明かないのは明らかだろう。
なら、どうするか。俺の立場としては、何ができるか。
俺、比企谷八幡として。そして、プロデューサーとして。
…それならば、これしかないだろう。
俺は相模と葉山を見据える。葉山たちは相変わらず相模を励ましながら、少しでも進めようと優しい言葉をかけ続けていた。
葉山「大丈夫だから、戻ろう」
相模「うち、最低だ…」
相模が自己嫌悪の言葉を漏らした。タイミングは、ここだ。
八幡「はぁー…。こんな茶番、何の意味があるんだよ」
優しい言葉は止まり、啜り泣く声も止まり、そして全員の視線が一斉に俺に刺さる。そうだ、それでいい。
八幡「葉山。お前もお人好しだよな。自分の仕事を放った奴をわざわざ優しく迎えにきたんだ。他人に迷惑をかけていることを理解している奴に、大丈夫さ、だなんて言葉俺ならかけられないね。だってそうだろ?相模は、そんなことないよ、とか大丈夫だよ、とかそんな言葉をかけて欲しいだけなんだろ。本気で迷惑をかけている自覚があるならこんな事を…」
葉山「比企谷ッッッ‼」
先程までとは違った声色で続きを制す。普段と違う葉山の声に一瞬音がやんだ。
八幡「…んだよ」
葉山「…もういいよ。十分だ」
葉山は俺にだけ聞こえる声でそう言った。
葉山「…早く戻ろう」
相模たちの方に目をやると、二人が咽び泣く相模を介抱しながら此方にまで聞こえるように声をかけていた。
「あんな奴の言うこと気にしなくていいよ」
「そうだよ、わかったような口きいてさ」
「大体、誰あいつ。ひどくない?」
「知らない、なにあれ」
そして相模は友人二人に囲まれ護送されるようにこの場を去っていく。
三人がいなくなり、葉山と俺だけがこの場に残った。
葉山「…正直、俺だけじゃどうにもならなかった」
三人の声が聞こえなくなった辺りで葉山がそう溢した。
八幡「…そんなことねえだろうよ、お前ならなんとかできただろうさ」
実際、あのまま三人で説得を続けていればいつかは相模が折れただろう。
葉山「…でも、もっとかかっただろうね」
だが、それでは時間に間に合わなかった。だから俺が相模に逃げを強要した。現状から逃げるための理由を作ってやった。この場にいたくない。そう思わせた。これは比企谷八幡としての行動だ。
そして同時に相模に挫折と憎悪を与えた。失敗を人前で示し、そして憎悪として切っ掛けを与えた。これがプロデューサーとしての行動。相模が余程の頑固者でない限り葉山がくる前に言ったことくらいは頭の隅には残っているだろう。それをちゃんと理解していたのならば、あいつはもう一度やり直すチャンスくらいなら得られるだろう。もし、それができないのならば、それまでだ。俺は相模のプロデューサーじゃあない。
葉山「それでも…俺は君のやり方は好きになれないよ」
そう悲しげに言い残すと、葉山は走って今は見えなくなった三人を追いかけた。
八幡「…はっ」
溜まった息を短く吐き出した。
材木座に「解決」とだけ短いメールを送り、重い足を動かした。
◇ ◇ ◇
体育館に近づくにつれ、騒がしさがはっきりするようになってくる。
重い金属製の厚い扉を開ければ熱気と曲と歓声が流れ出る。
踊るように回るサーチライト。上から吊るされたミラーボールはいくつもの光線をバラバラに散らしている。
そしてステージに立つのは見慣れた顔の女子。少し前まで俺と同じ場所に立って話をしていた奴らだ。眩しいくらいに照らされたステージで輝く彼女らは笑顔で楽しそうに歌っている。
それを体育館が揺れんばかりの声援を送る観客。ライブをこういう形で見るのはこれで二回目か…。
きっと明るい向こうから暗くて一番後ろにいる俺のことなんて見えやしないだろう。
後ろの余った空間へと身を流し、壁に体重を預ける。
長かった文化祭の最後のステージだ。これで、すべてが終わる。本来の目的もこれなら果たせただろう。
少し離れた位置からもう一度彼女らを見つめた。
あの眩しいステージに俺は立てないけれど
この狂ったような観客にまざれないけれど
1人で一番後ろで見ているけれど
きっと俺はこの光景を忘れないだろう。
◇ ◇ ◇
こうして、俺らの文化祭が終わりを告げた。
遅くなりました。申し訳ないです( ̄0 ̄;)
一応これで文化祭編は区切りとなります。やっとメインのライブの方に入れます。
意見、感想がありましたら宜しくお願いします。