星井が来なくなった原因が判明してから既に二日が経過したが、いまだに星井に連絡がつかなかった。
何度もメールや電話を送ってはいるのだが、それに対する反応はない。
こうしているうちにもライブは日に日に近づいてきている。星井以外のメンバーたちは星井の欠席を気にしつつも、如月や四条のフォローが入りながら練習に励んでいた。今はまだ何とかなっているが、いつこの状況が壊れるともわからなかった。
もう一度星井に電話してみるか。
スマホを開き、その中から星井美希の文字を探す。二十数人しか登録されていない電話帳からはすぐ見つかった。一瞬の間を置き星井美希の名前を押し、電話をかける。
ワンコール、ツーコール。今回も出ないか…、と一瞬頭をよぎったときコール音がぷつりと途切れた。
八幡「…ッ、星井か!」
美希「…そうだよ、プロデューサー。それで、何の用?」
八幡「今、お前どこにいるんだよ」
美希「お前じゃなくて、美希にはちゃんと美希って名前があるの」
八幡「…すまん。それで、星井、今どこにいるんだ?」
美希「お魚屋さん」
八幡「魚屋?夕飯の買い物か?」
美希「そんなのプロデューサーには関係ないの」
八幡「まあ、確かに関係ないけどな。でも星井。どうして練習に来ないんだ?」
美希「美希、やる気なくなっちゃったの」
八幡「それは竜宮小町に入れないからか?」
美希「プロデューサーは美希も頑張れば竜宮小町になれるって言ったの」
八幡「…悪い。そういう意味だとは思っていなかった。それに関してはすまない」
美希「もういいよ。やる気なくなっちゃたし」
八幡「何言ってんだ、もうライブまで時間がないんだぞ。それは、お前だけの問題じゃない。ほかの奴らにだって迷惑がかかるんだ。いいか、星井。明日からはちゃんと来てだな…」
美希「行きたくないの」
八幡「って、おい…。言ったそばからかよ。だからな…」
美希「バイバイ」
八幡「星井ッ!」
とっさの呼びかけのあと、ツーツーと無機質な音だけが流れる。
やっとつながった星井との電話はわずか1分ほどで途切れ、何の手がかりも残すことなく途切れた。
星井が話しを聞かないならどうしようもないだろうが。ふいに沸き上がった苛立ちに拳を固めたが、その行く先は定めず、行き場をなくした思いはゆっくりと宙で霧散した。
八幡「星井の奴…」
小鳥「今の言い方、美希ちゃんかわいそうじゃないですか?」
振り返ると先ほどまで作業をしていた音無さんがこちらにやってきた。
八幡「…音無さん」
小鳥「美希ちゃん、竜宮小町に入れないってわかってショックだったと思うんです」
八幡「でも、この時期に休むなんてあまりにも自分勝手じゃ…」
小鳥「プロデューサーさん。美希ちゃんはまだ15歳の女の子なんです。頭ではわかっていても感情的に動いちゃうこともあるんです」
その言葉にはっとさせられる。
最近あいつらのプロとしての面を見続けていたせいかそういったことをあまり考えなくなっていた。確かにそうだ。大人びて見えているが星井は小町と同い年だ。
小町がいらついているときなんかは特にあんな感じだ。
まあ、そのぷりぷりいらついている小町がまたかわいくて、何言われてもお兄ちゃん許しちゃう!
小鳥「プロデューサーさんと二つしか年が離れていませんがこの時期の二年というのは大きいんですよ」
八幡「…すみません、音無さん。なんか、らしくもなくあんなことしてしまって」
あぁ、そうだ。本当にらしくない。ほんの三か月前にはこんなことは考えもしなかっただろう。
比企谷八幡はこういうことをする人間ではない。それは自分が一番分かっている。いや、いたはずだ。
何かの気の迷いでプロデュ―サーになって、彼女たちへの責任感だけでここまでやってきたのだ。さっきのだって、あれは俺の嫌いな意見の押しつけじゃないか。
……本当に俺らしくないな。
× × ×
今日の練習は午後からということもあり、空いた午前中の暇な時間をつぶすため駅前の百円セールを行っていたドーナツ屋に入った。
いつもの通りオールドファッションとゴールデンチョコを取り、コーヒーを注文する。
一階で食べてもいいのだが、道路側に面した壁がガラス張りになっているためなんとなく落ち着かないので二階へと上がる。
二階に上がると一階と同じようにガラス張りの壁に外向きのカウンター席と、それとは別にテーブル席がいくつか並んでいる。
一通り見まわし大して人がいないことを確認し、奥のテーブル席に座る。
カバンから文庫本を取り出し、しおりが挟まっているところを探す。
最近ほとんど読む時間がなかったためどこに挟まっていたのか思い出せない。
パーッとページを流しているとしおりが滑り落ち、斜め前のテーブル席のほうへ滑っていった。
しおりを拾おうと立ち上がると、聞き覚えのある声が俺の名を呼んだ。
結衣「あれ、ヒッキー?」
八幡「由比ヶ浜、それに雪ノ下…」
そこには由比ヶ浜と雪ノ下がドーナツを挟んで向かい合って座っていた。
八幡「なんでお前らこんなとこに」
雪乃「別に私たちがどこにいようと私達の勝手でしょう。あなたこそどうしてここにいるのかしら。なぜ私たちがここにいるの知ってたの?ストーカー?」
八幡「ちげーよ…。どうしたらそうなるんだよ、たまたま寄っただけだ」
雪乃「そう」
八幡「んで、何してんの?」
結衣「えっとね、この後ゆきのんと買い物行くんだけどまだ開いてないから、それまでの時間つぶし」
八幡「そか、そんじゃ」
そう言い、テーブルのそばに落ちていたしおりを拾い自分の席に戻ろうとすると、
結衣「あ、そうだヒッキー。最近どうなの?話聞かせてよ」
八幡「特になんもねえよ」
自分にそんなつもりはなかったのだが、とっさに嘘をついた。
雪乃「嘘ね」
雪ノ下のその一言にドキリと、そして胸の奥をえぐられるような感じがした。
八幡「…なんでわかったんだよ」
雪乃「…」
結衣「…」
それに対する答えはなく、ただ二人が驚いたような顔をしてこちらを見つめていた。
八幡「おい」
結衣「あ、ご、ごめん。でもさ、ヒッキーどうしたの?」
八幡「どういうことだよ」
雪乃「普段のあなたならこんな誘導引っ掛からないでしょう」
八幡「…あっ」
誘導尋問うまいな、雪ノ下。
結衣「何か、大変なことでもあったの?」
由比ヶ浜が不安そうにこちらを見つめる。
八幡「…いや、だから…」
雪乃「そう、あなたが話す気がないのならそれでいいわ」
こちらを見ずにそういうと雪ノ下はコーヒーを口に運んだ。そして由比ヶ浜は慌てながら雪ノ下と俺を交互にみて、
結衣「でも、何かあったなら相談してほしいな。同じ部活の…なんだし」
髪の毛をくるくるといじりながらそっぽを向く。
結衣「ね?ほら、ヒッキー。ドーナツとかもってこっち来なよ」
由比ヶ浜が席を雪ノ下のほうに移動すると、俺の席を指さしてそう言った。
君たちがこっちに来るという選択肢はないのですか…。
×××
雪乃「そう、大体のことは分かったわ」
結衣「美希ちゃん、ショックだったんだろうね」
星井が今の状況に至った経緯を話し終えたときには、コーヒーがなくなっていた。
結衣「あ、あたしコーヒーお代わりもらってくるね。二人の分も、さ」
雪乃「ありがとう、由比ヶ浜さん」
八幡「悪い」
カップを手渡し、一階へと降りていく由比ヶ浜をなんとなく見送る。
雪乃「それで、まだあなたの考えを聞いていないのだけれども」
八幡「考え?」
雪乃「えぇ、あなたはどうすれば美希さんが戻ってきてくれると考えているのかしら」
八幡「それは…」
言葉が続かない。何も出てこなかった。何とかしなくてはならない。それは分かっていた。最近は星井にどうすればいいか悩んでいた。なのに。
雪乃「あなた、何もわかっていないのね」
八幡「分かっていないってどういうことだよ」
自分でも驚くような苛立ちのこもった声が出た。が、雪ノ下はそれに臆することなく、
雪乃「言葉の通りよ。あなたはなぜ美希さんが練習に来なくなったのかちゃんとわかっていないのよ」
八幡「…悪い。そう、なんだろうな。本当にあいつのことをわかっていたならこうなる前に何とか出来たんだろうな」
結衣「ヒッキー」
下を向いている間に由比ヶ浜が戻ってきていたらしい。顔を上げると机には人数分のコーヒーが入ったカップと端にトレーが置かれていた。
結衣「なんだかヒッキー、らしくないよ」
らしくない、か。
八幡「そうかもな、そもそも俺にプロデューサ―なんて向いてなかったのかもな」
雪乃「あなたn…」
結衣「そんなことないよッ!ヒッキーはちゃんとプロデューサーしてたよ。だって、いつもアイドル達のために頑張ってたじゃん。あたし…それが、少しうらやましくて…。だから、ヒッキーがそんなこと言っちゃダメなんだよ」
そう叫んだ由比ヶ浜の目がうっすらと赤くなっていた。
雪乃「それで、あなたはこのままその死んだ魚の顔をして事務所に行くのかしら」
はッ…今の俺は死んだ魚の目じゃなくて顔なのかよ。そこまでひどくなっていたのか。
八幡「雪ノ下、由比ヶ浜。俺に力を貸してくれ」
まず初めに更新が非常に遅くなってしまったことを心よりお詫び申し上げます。今後につきましては、もう少し更新頻度を上げられるよう努めさせていただきます。
はい、本当に遅くなってすみませんでした。
更新を待ってくださっていた皆さま方、お待たせいたしました。ここからライブ終了まで出来る限り期間を広く開けずに進ませたいと思います。
感想、意見よろしくお願いします。