八幡「765プロ?」   作:N@NO

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そして、彼女たちはきらめくステージへ

「まずは場所を変えましょう。ここだと彼女らに余計な心配をかけるかもしれないから。彼女たちは…、今はステージに集中するべきでしょう」

 

袖脇から見える天海たちの方に目線を向け、うなずく。

 

雪ノ下の様子を見るに簡単に済むような話でもなさそうだ。ならば、ここは雪ノ下の言う通り移動した方がよいだろう。

 

「音無さん、そういうわけなのですみませんが少し外します。状況が分かり次第連絡するので」

 

そばで聞いていた音無さんは、こっちの方は任せてくださいとサムズアップとともに頼もしい返事を返してくれる。

 

「音無さん。問題のある部分はセットリストの後半なので、今のところは予定通りの進行でお願いします」

 

雪ノ下はそう言って頭を下げると、先ほど入ってきた方へと小走りで向かう。

 

少し前に駆け抜けた廊下を逆戻りしながら、雪ノ下に現状を問う。

 

「Day of the futureとマリオネットの心が連続していたことを見落としていたの」

 

Day of the futureとマリオネットの心か…。

 

どちらも星井がメインボーカルを務める曲に加え、ダンスも激しく連続で続けるのは確かに厳しい曲だ。

 

「そこの間に別の誰かの曲を挟むことはできないのか?」

 

「いろいろと考えてみたのだけれど移動やスタミナを考えると、変えても今度は変えた方が同じような状況になることになるわ」

 

楽屋に着き、机の上に散乱した紙を手に取りそれをこちらに渡す。

 

試行錯誤した痕跡が見える紙を見ながら、変更の余地がないか探すが雪ノ下と同じ結論に至る。

 

「そうなるとどちらかの曲を外すしかないんじゃないか?」

 

「…そうね。けれどそれで竜宮小町の到着時間まで持つかどうかが」

 

たかが一曲、されど一曲。一曲やるとやらないの違いが今この場面で、その後にどう響くことになるか予測ができない。

 

「材木座、どうなりそうだ?」

 

「ふむ、さきの到着予想時刻と良くも悪くもあまり変化はない。少しでも早くつけるよう我も全力で取り組むが、どうなることやら」

 

部屋の隅にいた材木座が、こちらに目もくれずにパソコンと向かい合いながら返事をする。

 

材木座に頼んでいる作業は、普通なら緊張しまくるレベルの責任重大なものなのだがそれを感じさせないのは、材木座本来の図太さなのか、はたまた忙しすぎてその事実すら気づいていないのか。

 

何にせよ、今後が材木座にかかっていることは間違いない。

 

今度なりたけでもおごってやろう。

 

 

控室のモニターで、全体曲の後のMCが終わった様子を確認し、

 

「ともかく、まずはあいつらに確認しないとな。どちらを抜くにしても、俺らだけで決めるのもあれだろう」

 

「そうね。ちょうど星井さんたちは一度こちらに戻ってくるようね」

 

とりあえずのこちらの意見をまとめ、あとは星井らに決めてもらおう。どちらを選ぶかはわからないが、これが最善手だ、とこの時は思っていた。

 

隣の楽屋に入ろうとドアノブに手をかけたところで中の喧騒に気づく。

 

「おい、どうかし…」

 

中に入ると、戻ってきたアイドル達が慌ただしく各場所で行き来しており、フォローに回っている由比ヶ浜の手が間にあっていない状況だった。

 

「比企谷君、今はこの状況を何とかしましょうか」

 

 

× × ×

 

 

「ふーん、わかったの」

 

何とか各トラブルを治め、当初の目的である曲について一通り説明した。

 

しかし、話を聞いた周りの焦りに対し、当の本人にはその様子が見られない。

 

「星井、本当に分かっているのか?あれならもう一度説明するが」

 

「プロデューサー、ミキなの」

 

「すまん、…美希。それで」

 

鋭利な視線と冷気を隣から感じ、わずかにたじろぐ。

 

「やっとここまで来たんだもん。どこまでいけるのか、試してみたいの」

 

今までにない真剣な目に、美希の感情が垣間見える。

 

「ミキやってみてもいいかな」

 

「ッ無理だよ!」「そうだよ、ただでさえ後半ミキの出番多いのに」

 

両曲のダンスの激しさを知る響と菊地、だからこそ、これがいかに無謀なことなのかわかってしまう。

 

だが、それでも、簡単な気持ちで美希がこの言葉を言ったわけではないのが俺には、美希の思いを聞いた俺にはなんとなくわかってしまう。

 

「やれるのか」

 

「わかんない、でもミキやってみたい、試してみたいの」

 

なら、俺が兎や角いう権利はない。

 

「響、菊地、美希のフォローバックダンサーで頼めるか」

 

「比企谷君ッ」

 

そうだよな、雪ノ下。普通なら、何も知らなければそう思うよな。

 

「良いの?ミキ失敗しちゃうかもしれないよ」

 

だけど、

 

「そんときゃ、みんながフォローするさ。それに、美希。ステージできらきらしたいんだろ。ならお前の全力、観客にぶつけてくるといい」

 

美希の願いをかなえるのがプロデューサーの仕事だと、俺は思う。

 

ガチャリという音に皆が一斉に扉に注目した。

 

「お疲れー…って、みんなどうしたの」

 

「春香、お疲れ様。そうね、美希が今日頑張るっていう話よ」

 

そういいながら如月が美希の方を向き微笑む。

 

「千早さん!」

 

「春香、そっちはどうだった?」

 

うーん、とタオルで顔の汗をぬぐいながら、

 

「あんまり盛り上げられなかったかなぁ。やっぱりお客さん、竜宮小町待ってるから…」

 

「そう…」

 

頭でわかっていたことを改めて言葉にされると少しくるものがあるな。

 

「私達だけじゃ、やっぱり厳しいのかなぁ」

 

「雪歩ちゃん!大丈夫だよ」

 

「由比ヶ浜さん」

 

四条のメイクとヘアスタイルの手伝いをしていた由比ヶ浜が、作業は止めずに言葉を続ける。

 

「あのね、あたし文化祭でみんなを見たときすごく感動したんだ。周りのみんなもそうだったと思う。言っちゃえばさ…ごめんね、みんなのこと知らなかった人が多かったと思う。けれどもあたしたちの心にみんなの思いは届いていたんだ。それは、まぎれもなくみんなの実力だと思う。えっと、なんて言えばいいのかな、他の人を感動させることは誰にでもできることじゃないよ。自分を表現して、それで他人に認めてもらうのはすごく難しいと思う。そして、みんなはあの時、それができてたよ。それは紛れもなく、みんながアイドルだってことで…えっと、その」

 

溢れる思いを言葉に出来ずにうーん、とこめかみを指で押さえる。

 

「アイドルである自信をもって欲しい、か」

 

「うん!そう、そういうことだよ、ヒッキー!…やっぱ言葉にするとうまく伝わらないなぁ」

 

「そんなことはないと思うぞ」

 

そういって後ろを顎で指す。

 

アイドル達の顔には活気が戻り、先ほどの不安気な様子は微塵も見えない。

 

「結衣さん、ありがとうございます。大丈夫です、ちゃんと伝わりました」

 

ねぇみんな、と天海。

 

「私たちは今何ができるかじゃなくて、私たちが何を届けたいのか。それを考えるべきだと思うの。私たちはずっと大勢の前でこうして歌うために頑張ってきたんだよ。ちょっとくらい不格好だっていいじゃない。会場の隅から隅まで私たちの思い伝えられるように頑張ろうよ。思いをステージで伝える、それが私たちアイドルだもん」

 

「そうだな、今は自分たちが焦ったってしょうがないよね」

 

「うん。それにきっと僕たちより伊織達のほうがもっと焦ってるよね」

 

「だから、全力で私たちの歌を届けよう」

 

「「「うん」」」

 

 

由比ヶ浜と天海の言葉により全員の決意が固まったようで、その後のスタ→トスタ→、思い出をありがとう、NextLife、フラワーガールと続く各々のステージで最高の形を出せていた。

 

 

しかしながら、会場の盛り上がりはいまいち上がらない状況に対し、俺は拳を握りしめることしかできなかった。

 

 

× × ×

 

 

「会場の雰囲気はどうかしら」

 

「…雪ノ下か」

 

振り返ると袖着けた関係者腕章をつけた雪ノ下が足音を立てずにこちらに近づいてくる。

 

文字に起こせば、スニークスキルマックスなのかと勘違いしそうな状況だな。

 

なんて思いながら腕章を注視していると、そのことに気づいたのか、紛らわしくないように音無さんにもらったのよ、と答えた。

 

「それから、あなたがそんな顔をしていたらプロデューサー失格よ」

 

「この顔はデフォだから、諦めてくれ」

 

「そういう意味で言っているのではないわ。いえ、その意味も含むのだけれども」

 

おい。

 

「そうではなく、悔しそうな顔はしない方がいいといっているのよ」

 

その言葉に何も返せないでいると雪ノ下は続けた。

 

「悔しい思いをしているのはあなただけではなく、彼女たちもよ。なら、あなたも腐ってもプロデューサーならば、すべきことくらいすぐにわかるでしょう」

 

腐っているのは目だけで十分でしょう、と追い打ちも忘れない。

 

「堂々としなさい。何も間違ってはいないのだから」

 

間違っていない、か。

 

それが何を指したものなのかは俺の予想と一致しているのだろう。

 

だからこそ俺はあえてそれを聞くようなことはしないし、雪ノ下もしない。

 

 

ステージには普段とは見違えるほどの雰囲気を纏った萩原が歌っている。

 

力強く、しかしながら繊細でしなやかなダンスを菊地が魅せている。

 

その光景を目に焼き付けるようにじっと見つめる。

 

「まだまだ、ミキたちじゃ竜宮小町には勝てないってことだよね」

 

再び後ろを取られ、声を掛けられるまで気づかなかった。

 

これは俺の察知能力が笊なのか、彼女らのスニークがやたらすごいのか。

 

「星井さん…」

 

「ううん、雪乃さん。ミキたちもちゃんとわかってるよ。でも大丈夫なの」

 

それは、と訝しげに理由を聞く雪ノ下。推測がつかなかったのか、小首を傾げる仕草もあいまり、思わず俺の方がドキッとする。

 

「だって、プロデューサーがミキを、ミキたちを竜宮小町みたいにキラキラさせてくれるって約束してくれたからね」

 

こちらに振り向きパチッとウインクを決める美希の仕草に再び心拍数が上昇する。

 

なんだか今日は様々なことに振り回されているな。

 

「そう、なら大丈夫ね。そこの男は嘘も虚言も妄想も吐くけれど、やるといったことはきちんと守るから。まぁ、そのやり方が褒められたものではないのだけれども」

 

「フフッ、それ結衣さんも同じこと言ってたの」

 

雪ノ下はそう、と顔を美希からそらしながら返事を返す。

 

そんなやり取りを見ていると拍手の音が聞こえ、萩原と菊地が手を振りながらこちらとは反対側へと掃けていくのを確認する。

 

 

「それじゃあ、プロデューサー。行ってくるね」

 

自信に満ちた星井の顔。まるでサンタに貰ったプレゼントをワクワクしながら、期待に胸を膨らませて今に開けようとしているかのような雰囲気。

 

そんな美希にかける言葉は一つだけ。

 

「おう、行ってこい」

 

 

 

「みんな―、盛り上がってるー?」

 

会場中に響き渡る美希の元気な声とは対照的に、会場の観客の反応はまばらなものであった。

 

「みんな、竜宮小町が出てこないからって退屈になってるって感じだねぇ。あのね、台風で竜宮小町の三人はここに来るのが遅れちゃってるんだ」

 

美希の包み隠さない正直な告白に、会場内にどよめきが連鎖する。竜宮は来ないのか?そんな声もちらほらと聞こえてくる。

 

「ぶっぶー。でもちゃーんと来るから心配ないの。でね、ミキたちも竜宮小町がくるまで、同じくらい、ううん負けないくらい頑張っちゃうから、ちゃんと見ていてよね」

 

 

同時になりだすイントロに、先ほどまでの会場の雰囲気が一転する。

 

先ほどまでの騒めきは一瞬にして飲み込まれ、息をするのすら忘れるほどの煌き。

 

あっけに取られた会場の、まるで止まっていた時が動き出したかのように、一斉に歓声が沸き今度は静寂を飲み込む。

 

これが星井美希の全力か。

 

才能がある奴だとは思っていたが、能力と意識が合致するとここまでになるとは。

 

「凄いわね、彼女」

 

「ああいうのが才能の塊ってやつなんだろうな」

 

俺の知るもう一人の才能の塊に向けてそう言う。

 

「正直羨ましいわね」

 

一瞬目の端に映った表情に思わず雪ノ下の顔を覗きこんだときには、既にいつもの表情に戻っていた。

 

今の表情は、単なる羨望かそれとも別の意味を含むのか。それを俺が知る由もなく、またその考えの続きをすることもなく、思考は美希への歓声に移り変わった。

 

「美希、苦しそうね」

 

「如月か。ここが踏ん張りどころだな」

 

またまた音もなく現れたアイドルには既に慣れ、難なく返事をする。

 

如月の見つめる先では、肩で息をする美希の後ろに響と菊地がスタンバイをしている。

 

そして、ステージ裏の合図とともに二曲目が流れだす。

 

「私、美希が急に来なくなったとき少し怒っていたんです」

 

突然の告白に面を食らう。

 

「なんて自分勝手なんだろうって。でも、それは少し違ったのかもしれません。私にはアイドルは歌を歌うための手段でしかないけれど、美希にはちゃんと理想のアイドル像があって、美希なりにちゃんと悩んでいたのかなって、今日の美希を見ていて思ったんです」

 

「あいつに理想のアイドル像があるのはその通りだと思う。だが一つ間違っているところがあるな」

 

それは、如月の言葉を遮るように続ける。

 

「如月にとってアイドルは歌う手段でしかない、というのは違うと思うぞ。別にアイドルみんながみんな歌って踊ってきゃぴきゃぴしている必要はないんだよ。誰もアイドルが何なのかなんて決められない。だから、如月が思うアイドルになればいい」

 

「でも私には歌しかありません」

 

「会場に感動を届ける歌だろ、そいつもアイドルの立派な武器だ。俺なんか、腐った目と屁理屈ばかりの口しかないぞ」

 

「…一応参考にさせていただきます」

 

如月はこう言っているが、如月にだってアイドルである理由があるのだろう。その理由をいつ本人から聞くことができるかはわからないが、もし知ることができたのならば…。

 

「美希、あと少しよ…」

 

最後のワンフレーズを全身で歌い切り、会場の声援が沸き上がる。

 

そして響と真、美希がそれぞれ反対側のステージ脇へと手を振りながらはけていく。

 

観客席からの死角となる場所に入った時には美希の体は左右にふらつき今にも倒れそうだった。

 

次の曲の如月がステージの方へと向かい、そして美希の前で一度歩みを止める。

 

「凄かったわ、美希。今度は私の番ね」

 

そう言い残し、光り輝く世界へと向かう如月を見送った美希はふと笑みを浮かべ、そして膝から崩れおちる。

 

慌てて支えに入ると美希の火照った柔らかいからだと女の子特有の甘い香りが鼻孔をくすぐる。

 

いかん、思考をしっかりと保て比企谷八幡。

 

「おい、美希大丈夫か」

 

「ミキちゃんとやれたの、ステージすっごくきらきらで。ねぇ、ミキもキラキラしてた?」

 

肩で息をしながら、立っているのも支えられてやっとの状態。

 

「あぁ、キラキラしてたぞ」

 

そんな美希が何よりも輝いて見えた。

 

「えへへ」

 

ステージで歌う如月の声がやけに透き通って聞こえた。

 

 

× × ×

 

 

美希によってボルテージの上がった会場の熱気は落ちることなく、そして

 

「はちまぁん!!あと十分もすれば到着するぞ!!」

 

普段ならむさ苦しいセリフが今この状況でどんなに嬉しいか。

 

「らしいぞ」

 

気合を入れるために円陣を組んでいたアイドルらは各々喜びを表し、感情を共有する。

 

「よーし、それじゃあ皆いい?」

 

「竜宮小町が」

 

「来るまで」

 

「私たち」

 

「歌って」

 

「踊って」

 

「最後まで」

 

「力いっぱい」

 

「がんばるの~」

 

「行くよ、765プロ~」

 

「「「「ファイト―!」」」」

 

 

歓声にあふれる会場の、光り輝くステージに立つ9人のアイドル。

 

 

この努力の結果が報われる瞬間から俺は目を一時も離さない。

 

 

限りなく広いアリーナに彼女たちの歌声が高く、遠く響いた。




お久し振りです。
普段なら2回に分けるくらいの文量なのですが、中途半端なところでひくのも良くないかと思い最後までと。
それにしても今回は大分ミキ回ですね。最早主人公なまであります。(笑)

次回は、今回視点の当てられていなかった竜宮古町、由比ヶ浜、そして材木座は何をしていたかに焦点を当て普段と違った感じになる予定です。

感想、意見よろしくお願いします。

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