八幡「765プロ?」   作:N@NO

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ついに、世界は変わり始める。

 

月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。

 

故人曰く、月日や年は旅人のように永遠に続いていくものらしい。

一大イベント後だというのに世間の雰囲気は何も変わらない。少しの高揚感を胸に、少しの消失感を胸にしたところで、日常は何もなかったかのように、普段の顔を見せていた。

こうして何気なく日々が流れていくのだろう。

あの感動も、あの歓声も、こうやって人々の心の中に降り積もる記憶の中に埋もれていってしまうのだろうか。

柄にもなくセンチメンタルになった自分に思わず笑う。

 

「変わった、…んだろうな」

 

呟きは誰に聞かれるのでもなく消えていく。

勿論周りには誰もいなかった。アスファルトで舗装された道は一層寒さを引き立てる。

この前まで青々としていた街路樹は赤く景色を染め変えていた。 

 

× × ×

 

「あれ、ヒッキーだ。やっはろー」

 

冷えきった引き戸を閉めると廊下の冷気が消え、部室の暖かい空気に思わずほっとする。

 

「おー、お疲れさん」

 

なぜ人は挨拶でお疲れをいうのだろうか、などどうでもいいことが頭をよぎるがこれについて考察する暇は一言で遮られた。

 

「あなた、ここに来る暇なんてあるの?」

 

予想もしない言葉に雪ノ下の顔を見ると、罵倒として掛けた言葉ではなく純粋な疑問を持っている顔だった。

 

「どういうことだ?765プロのほうなら、今日はライブが終わって一日休みだが」

「そなの?でもさ、ほらこれ」

 

そういう由比ヶ浜が手にもつ携帯の画面をこちらに見せる。

 

「なんだよ……、これまじか」

「まじだし。あたしも朝見たときびっくりしたよ」

「こういった現象は現代ならではなのでしょうけれど、プロデューサーならばこういった面にも目を向けるべきね」

「バズるってやつだよね!これでみんな人気になるんじゃない?」

 

由比ヶ浜のもつ形態の液晶には765プロに関連したSNSの呟きや記事が羅列されている。

記事の多くは竜宮小町を挙げたものが多いが、それでもいくつかはほかのメンバーを取り上げているものもあった。

呟きに関しては各メンバーのファンが増えているようだ。

それはまさに

 

「なんだか、みんな昨日のライブの余韻にまだまだ浸っているって感じだよね」

「そうね。でも、どこかのお馬鹿さんも一緒になって浸っているようではだめね」

 

そういうと二人がこちらを一瞥する。

湧き上がるよくわからない感情を胸に押し込み、彼女たちの視線から逃れるように振り返る。

 

「悪い、用事を思い出した」

「それはたいへんだ!」

「そうね、用事はきちんと済ませてからくるべきね」

 

殆ど演技のような言葉を背に受け、扉に手をかけたところで動きを止めた。

何だか最近自分らしくない行動が増えてきた気がするな。

意を決して振り返り、二人を見る。

 

「昨日は、その、いろいろと助かった。…ありがとう」

 

雪ノ下と由比ヶ浜は少し驚いた表情をしてから、向かい合い、そして少しうれしそうに微笑みながら、

 

「「どういたしまして」」

 

綺麗なハモりを聞かせた声に背中を押されるように足を踏み出した。

 

× × ×

 

総武高からチャリを飛ばして、JR稲毛駅へ。

総武高からならば、稲毛海岸駅のほうが近いのだが、乗り換えや路線の都合から稲毛駅のほうが事務所に行きやすい。

 

自転車を駐輪場に止め、改札へと足早に向かうと、ちょうどあと3分で横須賀行の快速が到着するようだ。

人の流れに身を任せ、改札を抜け3番線から電車に乗り込む。

 

日に日に太陽が沈むのが早くなり、まだ16時回ったくらいなのだが千葉と東京を繋ぐ総武線線を揺れ進む快速電車の窓には西日が差しこんでいる。

 

車両のドアの手すりに体を預け、スマホを見るふりをしながら先日のライブを思い起こした。

 

アクシデントによって竜宮小町がライブに遅刻をするというイレギュラーに対して、最初は動揺し、苦しい状況に陥ったが見事に竜宮小町を抜きにしても会場のボルテージを上げ切ったアイドル達。

ターニングポイントは美希のマイクパフォーマンスと曲であったと記事や呟きで多く取り上げられていた。

 

しかし、実際あの状況にもっていくには決して美希一人でできたことではなく、765プロのアイドル達全員の団結と信頼によるものだとプロデューサーとしてはっきりと言える。俺が何を手助けせずとも彼女たちは互いに手を取り合って立ち上がった。

 

そんな彼女たちの姿が何よりも輝いて見えた。

 

それでは、俺はプロデューサーとして何ができたのだろうか。

 

正直プロデューサーとして彼女たちに何かをしてあげられたかと問われると、何もしていないというのが正しい気がしてくるのだ。

全員が不安になっているときに支えていたのは音無さんと由比ヶ浜だったし、プログラムを組みなおしてくれたのは大部分が雪ノ下や音響関連のスタッフさんたちだ。

一番の功労者といっても過言ではない材木座は、俺の想定以上の働きをしてくれていた。

 

そして何より、あのライブを盛り上げたのはアイドル達とそれを応援してくれたファンの人たちだ。

否、それでいいのだろう。結局、比企谷八幡という人間は矢面に立って何かをすることは向いていない。何のことでもない、他でもない俺が一番知っている。

胸の奥にこみ上げる違和感を押し出すように肺から空気を絞り出す。

 

ハッというため息のような音が電車の音にかき消されるとともに、今までなら抱くはずのなかった感情が薄れていった。

 

× × ×

 

事務所に着くと、休日となっていたはずだったが、既に4人のアイドルが来て談笑していた。

聞けば、あのライブを境に街中で声を掛けられるようになったらしい。

そのせいもあってか天海と菊地は手にキャップを持っていた。

 

「変装が必要になってくると、なんだか芸能人って感じがするね」

「いや、春香。僕たちはアイドルなんだし芸能人でしょ」

 

そういうと菊地はキャップをかぶり直して、マスクをつける。

 

「ほら、僕はこんな感じに帽子を深くかぶって、マスクをしてるよ。こうすれば気づかれないよ」

「それに最近は街中でもマスクをしている人が増えたから、マスクをしていてもあまり違和感がないもんね」

 

と萩原はお茶を入れながら同意する。どうやら、変装をして事務所に来たのは菊地だけではなかったらしい。

 

「まぁ、それだけ世間に認知してもらえたということだろ。大変かもしれんが、アイドルとしては誇ってもいいんじゃないか」

「そうですよね!あたしたちアイドルとして、また一歩進めた気がします」

「あ、プロデューサーさん、来てたんですね」

 

衝立の死角になって見えていなかった音無さんがホワイトボードのマーカーを片手に、衝立からひょっこりと現れる。

 

「小鳥さん、いくらプロデューサーがあれだからって、さすがに今日はいないはずみたいな反応するのは可哀そうですよ」

「おい、菊地。その反応のほうが俺を傷つけるのに気づけ」

 

音無さんは、あはは、と絶妙に受け流し

 

「そんなつもりじゃなかったのよ、真ちゃん。そうじゃなくて今日は皆もお休みだと思うけど、それはプロデューサーさんもそうだったの」

 

ん?

一斉に四人の目線が集中する。この仕事を始めて慣れてきたと思っていたが、アイドルをするくらい顔が整っている歳の近い女の子たちに見つめられるという状況にたじろいだ。

 

「な、なんだよ。しかも如月まで」

 

加えて、ソファで一人読書をして、話に入っていなかった如月までも驚いた顔をしてこちらを見つめているのだから余計に困惑する。

 

「ねぇ、みんな。私たち今日お休みだったけど、どうして事務所に来たの?」

 

そう言って含み笑みを浮かべる天海。

 

「それは、SNSとかで昨日のライブのことが取り上げられたり、街でも声を掛けられたりするようになって少しうれしくて…ここに来ればみんなと共感できる…から…あ!」

 

答えている途中で何かに気づいたのか萩原、如月と互いに顔を見合わせる。

 

「つまりどういうことだよ」

 

先ほど天海がしていた含み笑いが移った菊地と音無さんが小声で互いの想像の答え合わせをして、ひと呼吸。そして

 

「つまり、プロデューサーも僕たちが注目され始めて嬉しくなって事務所に来ちゃったってことですよね!」

「なっ。別にそういう…」

 

つもりではなかった。と言えば嘘になるだろう。

だが、何というか、俺の薄っぺらい自尊心が虚勢を催促する。

 

「たまたま近くを通りかかったから、顔を出しただけだ。それ以上もそれ以下でもない」

「そういうことにしておきますね」

 

あ、そうだ、と音無さん。

 

「見てください!これ全部今日決まったお仕事なんですよ」

 

そういって指さす先のホワイトボードには、ひと月の半分ほどが黒くなっており、この間までの文字通りのホワイトボードとは打って変わった表情だった。

仕事の予定では各スケジュール、そして下にアイドルたちの名前。

それも、先月の予定の半分ほどが竜宮小町のユニットのみであったことを考えると、天海や萩原たちの魅力が世間に対して存分に伝わったのだろう。

 

「昨日の今日でずいぶんと来ましたね」

「この中の三分の一くらいはもともと決まっていた竜宮小町の仕事なんですけどね。でも、一日でこんなにオファーが来たのは初めてですよ」

「そうですね」

 

ソファに座るアイドル達も同じ気持ちなのだろう。どこかくすぐったいような、けれど確かに嬉しい、というのが見て伝わってくる。

 

「竜宮小町にはまだまだ追いつけていないけれど」

「けれど、私たちも少しは竜宮小町のみんなに近づけた気がしますぅ」

「えぇ、そうね。この調子でいけば、段々みんなのしたい仕事が増えていきそうですね」

 

音無さんの言葉に如月が少しばかり頬を緩ませた気がした。

 




すっっごくお久しぶりでごめんなさい。ドゲザァ
やっと続きが投稿できました。
内容自体は前から書いてあったんですけど、なんか違うな、と書いたり消したりしていて、進みが遅かったです。言い訳ごめんなさい。

今後は、変わり始めた世界、ということで765プロが段々と有名になっていく編に入ります。
ということは、どこか961影が見えてくるかもしれません。

それでは、次回は早く投稿できるよう頑張ります(n回目)。

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