「そういえば、もうすぐじゃない?765プロが表紙のザ・テレビちゃん!」
由比ヶ浜が目を輝かせる。
由比ヶ浜や平塚先生が持ち込んでいる765プロが取り上げられた雑誌は段々と増え、今では棚を一列埋めるほどまでとなっている。
「そういえば、もうそんな時期か」
「そういうのって普通は事務所に見本誌が届くものじゃないの?」
「そのはずなんだけどな。でも、見た記憶がないんだよな」
「ヒッキー、見落としちゃってるんじゃないの?最近忙しそうにしているしさ」
はい、と由比ヶ浜が4冊のノートを渡す。
「これ、この前休んでた分のノートね。ゆきのんにも手伝ってもらって、重要なところまとめてあるから」
「…時間があるときに目を通しておいてちょうだい。部員の成績が悪いと、部長の責任になりかねないから」
そういう雪ノ下の視線は明後日の方向を向いている。
「もう、ゆきのん照れちゃってー。ヒッキーがお仕事に集中できるように、ってゆきのん結構はりきってたじゃん」
「ゆ、由比ヶ浜さん」
きゃっきゃ、うふふとはいかぬまでは行かないが、俺がいない間に随分仲良くなっている気がする。
別に嫉妬をしているわけではない。断じて違う。
受け取った数学のノートをペラペラとめくると、数学が苦手の俺にも分かるよう途中式や仮定が丁寧にまとめられており、かなりの時間をかけてくれたことが分かる。
「別にあなたのためだけではないわ。こうやってまとめれば自分の学習状況の復習にもつながるし、それにアイドルの皆さんだって同じ学年の人もいるでしょうし」
「そうか、さんきゅーな」
「どいたまー」
気の抜ける返事をする由比ヶ浜と、そっぽを向きながらも頷く雪ノ下に感謝をしながら、ノートを丁寧にカバンにしまいこむ。
腕時計を見ると、もうそろそろ学校を出たほうがよさそうな時刻だった。
「それじゃ、そろそろ行くわ」
「うん、今日も頑張ってね。あ、あと、TVちゃんしっかり確認しといてよね」
「あいよ」
そう言葉を部室に残し、戸を閉める。
開けっ放しの窓から、風が廊下へと駆け抜けた。
× × ×
「ねぇ、これってどういうこと!?」
無造作に事務所の扉が開け放たれる。
顔を上げると見るからに不機嫌な伊織が目に映った。
伊織は周りのやつらの挨拶に反応することなく、一直線に俺のデスクへ雑誌を叩きつける。
見れば、ザ・テレビちゃん。
今週発売の雑誌。
表紙は前回撮ったうちの事務所の集合写真…だった、はずだ。
「は?これ…どういうことだ」
それなのに、この雑誌は明らかにうちが表紙ではない。
小町が見ていた番組で見たことがある。男性アイドルユニット、ジュピター。
予定より、一週間ずれたのだろうか。いや、それにしてはテーマが似すぎている。
その証拠に、男三人の手にはそれぞれ果物が収まっている。
伊織の不穏な様子を見ていた事務所にいた他のアイドルたちが、次第にわらわらと集まってくる。
「これはどういうことでしょうか」
「今週じゃなかったのかしら」
「いや、流石にテーマが似すぎている。それに変更の連絡は来ていなかったはずです」
様子を見ていた秋月さんに視線を向け、確認をとる。
「えぇ、来ていませんね。だけど、見本誌も来ていなかったんですよね」
「こんなことってあるのでしょうか?」
あるのだろうか?正直この業界のことは、秋月さんや音無さんのほうが詳しいし、なんならこの中で一番詳しくないまである。
だが、それを言ったところでなんの進展も得ない。
「なんかダメだったのかなぁ」
亜美がボソッと言葉をこぼす。それに釣られて萩原が涙ぐむ。
「やっぱり私の表情が暗かったとか、うぅ」
「大丈夫よ、雪歩ちゃん」
「そうだよ、だってあれ、みんな凄くイケてたもん」
「プロデューサーさん、あの」
「あぁ、確認とってみる」
確か、テレビちゃんの編集の連絡先は交換した名刺から連絡帳に移してあったはずだ。
番号を逐一確認しながら入力し、スリーコール。
『はい、ザ・テレビちゃん編集部です』
「もしもし、765プロのものですが」
~…
要約する必要もないくらいの短い会話で、無理やり電話を切られてしまう。
申し訳ない、だが、自分の役職ではどうしようもない、という一点張りで新たな情報は得られなかった。
× × ×
「そんな」「何でですか」
芳澤さんから聞かされた話に、一同がざわつく。
「私が調べた限り961プロの黒井社長が裏で手をまわしたのは間違いない」
「圧力か」
それを聞いた高木社長が苦虫を噛み潰したよう表情を浮かべる。
「圧力?なんで961プロが?」
「まだ君たちには話していなかったな」
目の端に移る音無さんが一瞬悲しげな顔をした気がした。
高木社長が腕を組みなおす。
「961プロの黒井社長と私は旧知の仲でね。一緒に仕事をしていたこともあったんだよ。そのあたりのことは、芳澤君もよく知っている」
芳澤さんは火のついていない煙草を咥えたまま、頷く。
複雑そうな顔をした二人から察するに、あまり良い思い出ではないらしい。
「黒井社長と私は、同じころこの業界に入ったんだよ」
黒井社長と高木社長は同じ芸能事務所のプロデューサーとしてしのぎを削っていた。
あるときを境に、互いのアイドルの方針で黒井社長と意見がぶつかるようになっていく。
次第に、黒井社長のやり方が目に余るようになっていく。
話し合いをするも、相容れず、結果袂を分かつことになったことを高木社長は語った。
「黒井社長はアイドルを売るためなら、どんなことでもする人だからね」
「でも、どうして私たち765プロを叩くんですか?」
秋月さんの最もな疑問に、芳澤さんが頷く。
「出る杭は打たれるということだな。まぁ、黒井社長の目に留まるほど君たちが急成長したということだね」
そこまで話すと、ようやく芳澤さんは煙草に火をつけ、紫煙を浮かべた。
「ひどい…。こんな汚い真似をするなんて」
「言い換えれば、これは黒井社長からの宣戦布告ということですかね」
「そういうことになるのかな。しかし、彼は今の我々が面と向かってやりあえる相手ではない」
結局、権力がものを言う世界。病院ドラマさながら、暗い部屋でワイングラス片手にリクライニングチェアで踏ん反りがえってる男が脳内再生される。
毎度、ことある毎にメロンでも差し入れすればいいのだろうか。
「それじゃあ、僕たち、これからもこういうことがまたあるってことですか」
「うぅ、そんな怖い人に狙われるなんてこわすぎますぅ」
「結局、世の中大きい事務所が強いってことなんだね」
「何だかへこんじゃうよね」
真美と亜美が核心をつく。
「まぁ、世の中そういうもんだ」
「ちょっと、あんたがそんなこと言ってどうすんのよ」
伊織が立ち上がる。
「あたし、我慢できない」
「どうする気だ?」
「向こうがその気ならこっちにだって考えがあるわ」
「…水瀬財閥の力を使うのか?」
「えぇ」
少し席を外れて、スマホを取り出しポパピプペ。
険しい顔で手を動かす。
「本当にいいのか?」
「何よ、どういうことよ」
「…今まで、水瀬財閥の水瀬伊織であることを嫌がっていなかったか」
「でも」
「いいから落ち着け」
伊織の口が真一文字に閉じられる。
そんな風に睨まないでくれ、悪いことをしている気分になるだろ。
「でも、にーちゃん。最初に汚い手を使ったのはあっちでしょ」
「そうだよ。目には目を歯にはニーハオって言うじゃん」
「真美。それを言うなら歯には歯を、では?」
「あ、うん。それ」
双海姉妹が過激なことを言うが、どこか同じようなことをみんな感じているようで、不安気な顔を浮かべている。
「プロデューサー。では、このまま泣き寝入りをするわけですか?」
普段あまり感情を出さない如月の表情も、どこか憂いを帯びている。
「いや、泣き寝入りはしない。だが仕返しもしない」
「じゃあ、黒井社長にはどうするんですか?黙って引き下がるんですか」
菊地が叫ぶ。
「そんなの嫌よ。せっかくみんなで撮ったのに」
伊織の抱えるうさちゃんが震える。
今まで竜宮小町としての仕事は来ていた伊織にとって、久しぶりに765プロ全員でした大きな仕事。だからこそ、思い入れもあったのだろう。
そして、それは伊織に限った話ではない。
765プロ全員が思い入れのある仕事を横から取られたのだ。
だから、頭ではわかっていても心では納得できないのだろう。
伊織の言葉を皮切りに、全員の感情が一斉に溢れ、各々黒井社長への苦言を漏らした。
「ちょっと…。皆、落ち着きなさい」
興奮した何人かは秋月さんの静止も耳に入っていない。
天海や萩原も周りを止めようとするが、ヒートアップは止まらない。
「あんた、負けたまま引き下がるつもり?」
伊織の言葉で事務所の空気がしん、とする。
負けたまま、か。
その言葉に思わず笑みがこぼれてしまう。
やってないことを理不尽に押し付けられる、今まで積み上げてきたものを崩される。
どんなに頑張っても結局はカースト。
お前はこうだ、のレッテルを張られ、役割を決めつけられる。
そんな理不尽な世界。
学校は社会の縮図とはよく言ったものだと実感する。
「ぷ、プロデューサー?」
遂に頭がおかしくなったのかと思われたのか、如月が不安げに問う。
大丈夫だ、別に頭がおかしくなったわけじゃない。
「いいか、よく聞け。なんで黒井社長がこんなことをしたか、さっき芳澤さんが言ってたことをよく思い出してみろ」
先ほどまでバラバラだった皆の視線が芳澤さんへと集まる。
当の本人は少し興味あり気な、楽しそうな表情を浮かべている。
「えっと、出る杭は打たれる…」
「それと、私たちが急成長したから目に留まったって」
「その通りだ、萩原。天海」
すると二人はえへへ、と少し恥ずかし気にはにかんだ。何それ、かわいい。
「つまり、プロデューサーは僕たちが成長した証だから、いいだろって言いたいんですか?」
「いや、それは違う。もちろん成長した一つの証であるところは否定しないが」
「じゃあ、どういうことなのさ、プロデューサー」
「響。どうして出る杭は打たれると思う?」
「え?それは、邪魔だから?」
「まぁ、極論を言ってしまえばその通りだが」
意外と響、辛辣な言い方するんだな。
その矛先が俺に来たら耐えられる気がしない。
だが?と食い入るように全員の注目が集まる。
「杭が出ていたら、けがをするだろ」
「「はっはっは」」
は?というアイドルが出してはいけないような声の中に、高木社長と芳澤さんの笑い声がこだまする。
「いやぁ、流石は私が見込んだだけのことはある」
「前から感じていたが、やはり君はずいぶん変わった視点を持っているようだ」
何人かは俺の言葉の意味を理解したようだが、中学組など顔に?を浮かべている。
「つまり、彼はこう言ってるんだよ。君たちは十分、黒井社長にけがを負わせるくらい成長している、とね」
「えー、それにーちゃん褒めてるの?箪笥の角に小指ぶつけると痛いみたいなレベルじゃない?」
「でも、まぁ、なんかそういうところにーちゃんらしいよね」
そういえば、気づかなかったがいつのまにか双海姉妹からの呼ばれ方がにーちゃんに統一されていた。
まぁ、俺は世界の妹である小町のお兄ちゃんだから、実質世界の兄なまであるからな、いや、流石にキモイか。
何はともあれ、少しは落ち着いてくれただろうか。
「けど、結局打たれちゃケガもさせられないじゃない」
「そうだよ、プロデューサー。結局僕たちは負けたまま我慢するしかないの?」
思っていたより冷静に返されてしまったな。
さて、どうしたものか。と思っていると美希が前に出てくる。
「負けてないよ」
「え?」
「ミキたち負けたわけじゃないって思うな。だって、この写真ぜーんぜんイケてないもん」
そういってジュピターが表紙の雑誌を指さす。
「ミキたちのがチョーかわいく撮れてたもん。ね、ハニー?」
「そうだな。それに、なんかこういうイケてる男たちは自分がかっこいいことに胡坐をかいている気がしてあんまり好かんな」
「なにそれ、あんた只の僻みじゃない」
「まあな。んで、伊織はどう思ってんだ?負けてんのか、これに」
「そ、それは私たちのほうが良いに決まってるじゃない」
伊織は自信満々にそう答える。
他の面々も、あれ良かったよねと口を揃える。
「なら、卑怯な手をお前たちが使う必要はない。十分765プロは961プロの脅威足りえている。今回は勝負をさせてもらえなかったが、その点は秋月さんや俺のプロデューサーや社長や音無さんが必ず勝負の場を作る」
「えぇ、そうですね。そこが私たちプロデューサーの仕事ですからね」
「だから、お前たちアイドルは今まで通り、頑張ってくれ」
全員の顔を見回す。
頷く者やまだ少し納得のいかない様子の者。
それぞれ、何かしら思うところがあるに違いない。
だから、
「それに...」
俺が、
「俺がこのままやられて大人しくしているほど、性格が良いわけないだろ」
「え?プロデューサー殿?」
アイドルたちには聞こえない程度の小声に、秋月さんが慌てて、こちらに振り返る。
みんなの不満は預かって、きちんと耳揃えて黒井社長に返してやらないとな。
まぁ、今はせいぜいその地位で踏ん反りがえってるといいさ。
捻くれ具合なら俺だって負けていない。
この時の俺の顔が今日一楽しそうにしていて不気味だったと後日秋月さんにこっそり言われてへこんだのは言うまでもない。
今回も何とか時間をそんなに空けずに投稿できてよかったです。
これから、青春欺瞞野郎シリーズと交互に投稿してくことになると思います。
頑張ってGW中に両方更新したいですね。
ご意見、ご感想およびアドバイスよろしくお願いします。