八幡「765プロ?」   作:N@NO

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ようやく、次のステージが始まる。

 

比企谷八幡の朝は遅い。

たいてい目を覚ました時には、両親は出社しているし、なんなら小町も家を出ているまである。

リビングには、ラップのかけられた冷めたトーストと目玉焼きが置かれている。

冷蔵庫から牛乳を取り出しグラスに注ぎ、一気に煽った。

そして、もう一度牛乳を注ぎなおして、遅めの朝食を始める。

壁に掛かった時計の針を確認して一息。

ここまでが、比企谷八幡の優雅なモーニングルーティン。

 

え?9時?

学校、遅刻じゃん。

 

× × ×

 

というか、何だよモーニングルーティンって。

他人の朝の支度など見て何が面白いのだろうか。

どうせ、撮影用に張り切って普段しないことまで取り込んで、いつもこのフレッシュジュースをジューサーミキサーにかけて作ってるんですぅ。とかやってるに違いない。

 

とはいえ、そんなことをいう俺のような奴は視聴ターゲットには含まれていないのも知ってる。ぴえん。

 

「つまり、君のモーニングルーティンには授業に遅刻して、こう詭弁垂れるのが含まれているということかね」

 

目の前には、額に青筋を浮かべている平塚先生。

乱雑に積み上げられた書類の反面、几帳面に並べられたボトルキャップフィギュアが平塚先生を物語っている。

事の流れは、こうだ。

 

昨晩、生っすか!の企画として挙がった、今はやりのモーニングルーティンをそれぞれ撮ってみようという案について、いろいろ調べていたのだ。

正直、俺個人としてはあまり気が乗らないというか、面白さが分からないのだが、女性からは人気のコンテンツらしい、ということが何となく分かったし、モーニングルーティンを深夜に複数見るもんでもないということも分かった。

 

そして、その余波として俺の平塚先生への遅刻の言い訳にモーニングルーティンが組み込まれた、というわけだ。

覚えた用語をすぐ使いたくなっちゃうお年頃なのだろう。

てへぺろ。

 

いや、てへぺろは古いか。

 

「君が最近忙しくなったことは知っているし、そこは素直に頑張っていると認めよう。だが、音無さんから、早めに帰宅はさせていると聞いているよ。大方、モーニングルーティーンとやらを調べているうちに別の動画を見始めて、そのルーティンにはまったのだろう」

 

何やら上手いこと言ったような顔をしているが何も掛かっていない。

だが、指摘はおおむね正解だ。

包丁を研ぐ動画とか、ひたすら穴釣りをする動画って何故か見始めると止まらないんだよなぁ。

 

「反省はしています。…改善はできるかわかりませんが」

 

最後は聞き取れるか否か程度の音量。

それを見ていた平塚先生は机に置いた肘下ろして、本日何度目かわからないため息をついた。

 

× × ×

 

「へぇ、モーニングルーティンかぁ。僕は結構いいと思うけどな」

「やっぱり?俺もそう思ってた。戸塚もそう思うよな」

「おい、ハチマン!?さっきと言ってること違くない?手のひらクルーもびっくりの具合よ」

「何を言ってるんだ、材木座。俺はさっきからいいよなって」

「いや、お主さっきまで意識高い系の意識上げる動画ってディスってたですし、おすし」

 

ですし、おすしとか多分いまの高校生知らねえだろ。

ぬるぽって言ってもガッて返さんだろうし。

 

それに手のひらは返すものってプロデューサーになってからしっかり学んだ処世術だ。

大抵のことはこれでやり過ごせる。

というか、俺プロデューサーになってから得た技術の大半がその場をやり過ごす技な気がするのは何故だろう。そのうち場つなぎの手品とか教えられそう。

 

「でもさ、意識を上げるっていうのはいいことだと思うよ」

 

そう言うのは、ラブリーマイエンジェル戸塚。屈託の無い笑顔は世界を救う。

 

「うむぅ、戸塚氏がそういうと反論するのも憚れるな。まぁ、確かにカップルのイチャコラモーニングルーティンは腹立つが、アイドルのモーニングルーティンなら、新たな一面を売り出すのにつながるかもしれんしな」

「だよね!こういうお手入れしてるとか、こういうもの食べてるんだ、とか知れるもんね」

「たしかに、そういったメリットもあるな。何というか男の俺らからしたら盲点なところだよな」

 

ふむふむ、と汗を額に浮かべながら材木座が頷く。

その材木座だが、以前、竜宮小町をナビしたことが相当うれしかったらしく、最近は交通情報を調べているらしい。

こうやって鉄オタが増えていくのかもしれない。

 

「ちょっと、八幡。僕も男の子なんだけれど」

「あ、いや、悪いそういうつもりじゃなかった」

 

ぷくぅと頬を膨らませる戸塚まじかわ。あの、自分、写真一枚いいっすか。

 

「そういえば、萩原さん今度舞台出るんだっけ?」

「あぁ、コゼットの恋人な。ミュージカルだから、歌にダンス、それから芝居と稽古が大変だとぼやいてたよ」

「わぁ、大変そうだね。けど、きっと萩原さんなら大丈夫だよね」

「ほむほむ、戸塚殿は萩原雪歩ちゃん推し、と」

「あはは、まぁ、そんなところかな」

 

材木座の言葉を濁すように笑う。

だが、ミュージカルの情報を得ているということはそれなりに調べていたのだろう。

 

「戸塚、よかったら舞台のチケット用意しておくか?関係者席今ならとれると思うが」

 

ううん、大丈夫。と戸塚が前髪を揺らす。

 

「ちゃんと前売り券買ってあるからさ」

「そうか」

「それに、一ファンとしてしっかりと応援したいからね」

 

まっすぐに微笑む戸塚がまぶしい。関係者席で費用浮いてわっほい、とか思ってた自分が恥ずかしい。

 

「いや、八幡はガッチリ関係者だからいいんじゃない?僕はさ、なんというか」

「そうだぞ、八幡。推しにつぎ込むのもファンの役目。しっかりと声高々に応援せんとな」

「そうそう、ちゃんと貢献したいんだよ」

 

そんな二人の言葉に思わず笑みが零れる。

 

「さんきゅーな」

「えへへ」

「それほどでもないわ…。あ、ところで今度出る美希ちゃんのセカンド写真集にサイン貰えない?」

「おい」

 

頼むよ、ハチエモーンと喚く材木座と、それを見て笑う戸塚。

まぁ、何だかんだ、良い奴らなんだよな。

というか、戸塚は天使、異議は認めん。

 

× × ×

 

「プロデューサーさん、みんなに撮ってきて貰ったモーニングルーティンの動画がそろったので一緒に見ませんか?テレビに出せないようなところとか、住所などの情報が漏れていないかの確認作業も含めて!」

 

まるで、子供がサンタクロースからプレゼントを貰ったかのようなワクワク具合の音無さんに、半ば強制的にソファに座らされ、765プロアイドルたちのモーニングルーティンが流れ始める。

 

「さぁさぁ。あ、こちらどうぞ」

「はぁ、どうも」

 

そういって手渡されたのはマックスコーヒー。

まぁ、俺が買ったやつだけどな。

どうせ、いつかチェックしないといけなかったから丁度良かった。

 

練乳の甘さが広がったコーヒーをちびちびとやりながらパソコンが接続されたテレビを見る。

どうやら、最初は響のモーニングルーティンのようだ。

 

◇ ◇ ◇

 

「はいさい!我那覇響のモーニングルーティンだぞ。自分は朝起きたらまず、こんな風に家族のみんなのご飯をつくってるんだ!あ、こら、いぬ美、まだだぞ!」

 

始まりは、キッチン。どうやら寝起きスタートではないらしい。

俺が見ていた動画とかだと朝起きる場面からだったりしていたのだが。

 

「流石にアイドルですからね、寝起きはNGです。それに、ああいうのって半分くらいやらせ寝起きですよ」

「え、そうなんですか」

「そりゃあ、メイクばっちりで起きる人はいませんからね」

 

なんか世界の闇を覗いてしまった気がする。

そんなこんなで、動画は続いた。

 

◇ ◇ ◇

 

「どうやら、千早ちゃんのも大丈夫そうですね」

「えぇ、というか、如月の動画に関しては部屋に物がなさ過ぎてそういった次元の話じゃなかったですけどね」

 

動画に映された如月のモーニングルーティンは、簡素というか、うん、まぁ。

 

「如月のは、正直あれくらいのが可愛げがあっていいのかもしれないですね」

「そうですよ。あれは、あれでいいんですよ」

 

ガタン、と音無さんの話の途中に音が鳴った気がしたが、音無さんは気にした様子を見せていない。

 

「ん、気のせいか」

 

× × ×

 

「最後の春香ちゃんも問題なさそうですし、あとは律子さんと社長にもう一度見てもらって、番組に送りましょうか」

「そうですね」

 

天海のモーニングルーティンも問題なく終わりに向かい、最後に別れの挨拶をしてビデオカメラに手を伸ばすため画面いっぱいにアップになる。

別に悪いことをしているわけではないのだが、このシーンは毎度少し見てはいけないものを見ている感じがするんだよな。

これで終わりだな、ととっくに空になった缶を握りつぶして捨てに行こうと席を立つ。

あれ、という音無さんの声に振り返ると映像がまだ続いている。

ガサゴソとビデオカメラを触る音がしたから、もう終わりかと思ったんだがな。

 

「まだ、続きがあるみたいですね…って、プロデューサーさん!これ、見ちゃダメな奴です!!!」

「え?」

 

どんなドラマでも、見ちゃダメ!って慌てた瞬間に見なかったシーンが無いように、コナンで来ちゃだめだ!って言った瞬間には部屋に入っているように。

比企谷八幡もその類に漏れず、幸か不幸かばっちり目に入ってしまったのだ。

 

ビデオの録画を切り忘れたまま、着替えを始める天海の姿が。

 

そして、どんな物語も不幸が重なるように。

 

「おはよーございまーす」

 

元気いっぱいの挨拶。

普段なら何の問題もない天海の挨拶。

 

「あ、プロデューサーさんもう来て…た…え、」

 

天海の視界には、音無さんと俺が何故か天海の着替えをテレビで見ていたのがうつったことだろう。

そうだよな、女の子が出てくる物語なんだ。

こういう展開もあるに決まってるよな。

やるじゃん、ラブコメ(?)の神様。

 

その瞬間、天海の絶叫とともに俺の意識が途切れた。

 

薄れゆく意識のなかで一言。

 

 

 

―――やはり俺の...はまちがっている。

 




めっちゃ最終回感がありますが、まだ続きます(笑)

いわゆる三部完!みたいなノリです。


次から何事もなかったように始まることでしょう。
ガタンの音の正体は誰なんですかね。

ラブコメになるのでしょうか。

分からないことだらけですが、続きを気長にお待ちいただければ幸いです。

ご意見、ご感想およびアドバイスよろしくお願いします。

それでは。

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