休憩時間が終わり、会場に再び照明が灯った。
それぞれ思い思いに過ごしていた参加者たちが席へ戻り、会場のざわめきも徐々に収まっていく。
司会者は壇上に立つと、軽くマイクを叩いた。
「はいはい、皆さんお席にお戻りください。休憩終了です。そろそろ再開しましょうか」
一通り会場を見渡す。
「さて。前回の最後、月くんからルルーシュくんに質問がありましたね」
夜神月とルルーシュ・ランペルージ。
二人の視線が再び交差する。
「君もまた世界を変えるために多くの犠牲を出した。自分の計画が正しかったと最後まで言い切れるのか――でしたっけ」
司会者は月に目を向けた。
「では、続きからどうぞ。今回は少し踏み込んだ話になりそうですね」
月は静かに頷いた。
「質問を繰り返す必要はないだろう。ルルーシュ、答えてくれ」
ルルーシュは腕を組み、しばらく月を見つめていた。
「正しかったと、か」
「そうだ。君は世界を変えるために戦った。その過程で多くの人間が死んだ。敵だけではない。味方も、そして君自身もだ」
「だからこそ聞きたいわけか。自分の行いを正当化するつもりなのか、と」
「違うか?」
「いや。否定はしない」
ルルーシュは一度目を閉じた。
「俺は、自分の計画が完全に正しかったなどとは言わない。犠牲を出したことも、判断を誤ったこともある。俺の行動によって人生を狂わされた者もいるだろう」
月は表情を変えずに聞いている。
「だが、それでも俺は世界を変える必要があった。あの世界をそのままにしておくことはできなかった。俺が何もしなければ、あの世界は何も変わらなかっただろう」
「つまり、必要だったから犠牲を許容したということか」
「そうだ」
「それは僕と何が違う?」
月の問いに、ルルーシュは即答しなかった。
「君は自分が正義だと考えていた。犯罪者を裁き、新世界を作ることこそ正しいと。俺は違う」
「何が違う?」
「俺は、自分が正しいと信じていたわけではない。少なくとも、自分の行動が正義だから許されるなどとは考えていなかった」
月の目がわずかに細くなる。
「だが、結果として君は世界を変えた。自分の行動を必要だったと考えている。結局、自分の判断を正当化しているのではないか?」
「必要だったと考えることと、正しかったと断言することは違う」
「言葉遊びだな」
「そう思うなら、それでも構わない。だが、そこを混同するつもりはない」
ルルーシュは月を見据えた。
「俺は自分の行動を振り返る。間違っていた部分があれば認める。犠牲を出した責任も引き受ける。だが、それを理由に自分が何もしなかった方がよかったとは考えない」
「責任を引き受ける、か」
月は少し考え込んだ。
「具体的にはどうする? 死んだ人間は戻らない。遺族に謝罪したところで失われた人生は戻らない。君が責任を認めたところで、犠牲になった人々に何が返ってくる?」
「何も返らない」
ルルーシュは淡々と答えた。
「だからこそ、責任を認めることに意味がないとは思わない。失われたものを取り戻せないからといって、何も考えなくていい理由にはならない」
「それでは責任を取ったことにはならないだろう」
「責任を取るという言葉を、何か一つの行動で完結させようとするな。謝罪すれば終わりでもない。罰を受ければ終わりでもない。失ったものを取り戻せない以上、完全な償いなど存在しない」
月はわずかに笑った。
「随分と曖昧な答えだな」
「曖昧なのではない。簡単な答えがないだけだ」
二人の間に、静かな緊張が流れた。
シュナイゼルが口を開いた。
「興味深いね。月君は、結果を出した者がその結果に対して責任を負うべきだと考えているようだ。一方でルルーシュは、結果だけでなく、その過程における自分の選択にも責任があると考えている」
「兄上。あなたはどう考える?」
ルルーシュが問い返す。
シュナイゼルは微笑を崩さなかった。
「私は、力を持つ者には相応の責任が伴うと考えているよ。力を持たない者にはできないことを実行できる。それは同時に、力を持つ者にしか負えない責任があるということでもある」
「では、あなた自身は?」
「私かい?」
「ダモクレスとフレイヤだ。あれほどの力を手にした者が、万が一その使用を誤った場合、どう責任を取るつもりだった?」
シュナイゼルは少しだけ目を細めた。
「難しい質問だね」
「答えられないか?」
「答えられないのではないよ。簡単には答えられないだけだ。フレイヤによって失われた命は戻らない。私が処罰されたところで、それによって被害が消えるわけでもない」
「つまり、あなたも完全な責任の取り方など存在しないと?」
「そういうことになるね」
シュナイゼルは穏やかに続けた。
「ただし、責任を取れないからといって、力を使うことをためらい続けるのもまた無責任だ。必要な場面で力を使わず、その結果としてさらに多くの犠牲を出したのなら、それもまた責任を問われるべきだろう」
「なるほど。使っても責任を問われる。使わなくても責任を問われる」
司会者が口を挟む。
「まあ、そりゃそうですよね。力を持ってる側が何もしなかったせいで被害が拡大した、なんてこともあるわけですし」
シュナイゼルは司会者に視線を向けた。
「君は、そうした責任をどう考える?」
「ん? 俺?」
「そう。君は先ほどから、必要かどうかを重視している。ならば、必要なことを実行した結果、取り返しのつかない失敗をした場合はどうするのかな?」
司会者は少し考えた後、肩をすくめた。
「そりゃ責任は取るべきでしょう。必要だったから何をしてもいい、なんて話にはならない。そもそも必要だったかどうかと、結果に責任があるかどうかは別問題ですからね」
「具体的には?」
「ケースバイケースですよ。失敗の内容も規模も違うんだから、全部同じ基準で処理できるわけないでしょう」
司会者は月とルルーシュを交互に見た。
「ただ、一つ言えるのは、責任を取ることと、行動そのものを否定することは必ずしも同じじゃないってことです」
月が反応する。
「それは僕の行動にも当てはまると?」
「さあ? そこは別の話でしょう。キラが犯罪を抑止したことと、月くんがやってきたことの責任は分けて考えますよ。何度も言ってるでしょう?」
月は黙った。
C.C.が椅子の背にもたれたまま口を開く。
「だが、責任を取ると言うのは簡単だ。実際にそれを引き受けられる人間がどれだけいる?」
「そうだな」
ルルーシュが答える。
「力を持つ者は、自分の行動によって生じた結果から逃げてはならない。だが、それを実行できるかどうかは別の問題だ」
「特に、権力を手放したくない人間はね」
シュナイゼルが付け加える。
月はその言葉を聞き、わずかに笑った。
「では、君たちは力を持つ者が責任を取るためには、権力を手放す必要があると考えているのか?」
「必ずしもそうではない」
ルルーシュは答えた。
「だが、自分の地位を守ることを優先して、責任を他人に押しつけるのなら話は別だ」
「その点は同意するよ」
シュナイゼルも頷く。
「責任を取るというのは、単に自分が罰を受けることではない。自分の行動がもたらした結果を認め、必要ならば自分の立場や権限を失うことも受け入れる。それができない者に、巨大な力を持つ資格があるのかは疑問だね」
「おやおや。シュナイゼル殿下が随分と殊勝なことをおっしゃる」
司会者がからかうように言う。
「自分の立場を失う覚悟があるんですか?」
「必要であればね」
「へえ」
「もっとも、私が必要だと考える状況と、君が考える状況が一致するとは限らないけれど」
「でしょうね」
司会者はあっさりと引き下がった。
月は再びルルーシュに向き直った。
「君の考えは分かった。だが、一つ疑問がある」
「何だ?」
「君は自分の行動を振り返り、間違いを認めると言った。では、もし君が生きていたとして、あの計画の途中で自分の判断が間違っていると気づいたらどうした?」
「計画を修正しただろう」
「本当に?」
月の声が少し強くなる。
「君は多くの犠牲を払って、ようやく世界を変えるところまでたどり着いた。その段階で自分の判断が間違っていたと気づいたとして、すべてを投げ出せたのか?」
ルルーシュは答えない。
「積み重ねた犠牲を無駄にしたくない。ここまでやったのだから、最後までやり遂げなければならない。そう考えるのが人間ではないのか?」
「……」
「それは僕にも理解できる。僕もまた、キラとして多くのものを積み重ねてきた。途中で止めることなどできなかった」
ルルーシュは静かに月を見つめた。
「月。君は今、自分の行動を止められなかった理由を説明しているのか?」
「そうだ」
「それとも、止めなかったことを正当化しているのか?」
月の笑みが消えた。
「同じことだろう」
「違う」
ルルーシュは即座に否定した。
「止められなかったことと、止めるべきではなかったことは違う。自分が引き返せなくなっていると気づいたなら、その時点で一度立ち止まるべきだった」
「それができる人間ばかりなら苦労はしない」
「だからこそ、力を持つ者は自分を疑う必要がある」
「自分を疑う?」
月は鼻で笑った。
「自分を疑い続けていては、何も決断できなくなる。迷っている間にも犯罪者は増える。被害者は生まれる。誰かが決断しなければならないんだ」
「その通りだ」
意外にも、ルルーシュは否定しなかった。
「決断しなければならない場面はある。だが、決断した後に自分の選択を検証することはできる。むしろ、決断した者こそ、それをしなければならない」
「検証する者が自分自身なら、都合の悪い結果を見ないこともできる」
「だから他者の目が必要になる」
ルルーシュは会場を見渡した。
「自分の行動を批判する者がいること。自分の判断を否定する者がいること。それを許容できなければ、力を持つ者は必ず独善に陥る」
月は黙っていた。
「君はキラを否定する者を、犯罪者を擁護する者として扱った。自分の行動に異を唱える者を、世界を良くしようとする者の敵だと考えた。そこに問題があったんじゃないのか?」
月の表情が、わずかに険しくなる。
「僕は、犯罪者を裁くことを否定する者たちを見てきた。彼らは犯罪者の人権を語る一方で、被害者のことなど考えもしなかった」
「その不満は理解できる」
「ならば――」
「だが、それを理由に自分への批判を封じていいことにはならない」
ルルーシュの声は静かだった。
「被害者を軽視する者がいるからといって、君の行動を批判する者がすべて間違っているわけではない。そこを混同したことが、君の最大の問題だ」
月は返答しなかった。
司会者は二人の様子を眺め、軽く息を吐いた。
「いやあ、なかなかいいところまで来ましたねえ」
そして、少しだけ声の調子を変える。
「ただ、ここで一つ聞いておきたいことがあります」
月とルルーシュが司会者を見る。
「力を持つ者は、どこまで責任を負うべきなのか。そもそも、責任を負うべきなのは力を持つ者だけなんでしょうか?」
「どういう意味だ?」
月が尋ねる。
「簡単な話ですよ。力を持つ者が間違ったとき、その責任を問うのは誰なのか。力を持つ者を止められなかった周囲の人間には責任がないのか。あるいは、力を持つ者にすべてを押しつけて、自分たちは何もしなかった人間は?」
ルルーシュが目を細める。
「責任の所在を分散させるつもりか?」
「いやいや。責任逃れをさせたいわけじゃありませんよ。むしろ逆です。力を持つ者だけに責任を押しつけて、周囲の人間が何も考えなくなるのも問題じゃないかって話です」
シュナイゼルが興味深そうに頷く。
「確かに。権力者を選び、支持し、あるいは黙認した人々にも、それぞれの責任があるということだね」
「そういうことです」
司会者は月を見る。
「キラを支持した人々も、キラを恐れて黙っていた人々も、キラを止めようとした人々も。それぞれ違う立場で、違う選択をしていた。もちろん、全員に同じ責任があるとは言いませんよ」
次にルルーシュへ視線を移す。
「黒の騎士団も、ブリタニアの人間も、君の行動を支持した人も反対した人もいた。君一人だけで世界が変わったわけじゃない」
「……そうだな」
「結局、力を持つ者が責任を負うのは当然として、その周囲にいる人間もまた、自分の選択について考えなきゃならない。そういうことですかね」
月は腕を組んだ。
「だが、最終的に決断した者と、それに従った者を同列には扱えない」
「ええ。だから同じ責任だとは言ってませんよ」
司会者は笑った。
「ただ、誰かにすべてを任せておいて、失敗したらそいつだけを責める。そんな都合のいい話もないでしょう?」
会場は静まり返っていた。
月とルルーシュは、互いに相手の言葉を考えるように黙っている。
その沈黙を破ったのは、リュークだった。
「クックックッ……。人間ってのは面白いねえ。力を持った奴が責任を取れって話から、今度はその周りにいる奴らの責任まで出てきた」
リンゴを一口かじる。
「どこまで広がるんだか」
「お前はリンゴ食ってろ」
司会者が即座に返す。
「ククッ……はいはい」
しばらくして、月が口を開いた。
「ルルーシュ。最後にもう一つ聞きたい」
「何だ?」
「君は、自分が死ぬことで責任を取ったと思っているのか?」
会場の空気が変わった。
ルルーシュは月を見つめる。
「……いや」
「そうか」
「俺の死は、計画の一部だった。世界を変えるために必要な役割を果たした。それを責任を取ったと言うつもりはない」
「ならば、君は何をもって責任を果たしたと考える?」
ルルーシュは答えた。
「俺が死んだ後も、世界が続いていくことだ」
月は少しだけ目を見開いた。
「俺が作った世界ではない。俺が支配する世界でもない。俺の考えに従う必要もない。俺がいなくなった後、人々が自分たちで未来を選んでいく。それが俺の望んだことだ」
「それが君の責任の取り方か」
「そうだ」
月は何か言いかけて、口を閉じた。
司会者はその様子を見て、静かに頷く。
「なるほど。自分がいなくなった後の世界を、他人に委ねること。それも一つの答えというわけですね」
「ただし、それが正しい結果になる保証はない」
シュナイゼルが言った。
「人々が再び争いを始めるかもしれない。新たな独裁者が現れるかもしれない。君が望んだ世界が、長く続くとは限らない」
「分かっている」
ルルーシュは答えた。
「だからこそ、俺は未来を人々に委ねた」
「なるほどね」
シュナイゼルは微笑んだ。
「君らしい答えだ」
月はその言葉を聞き、視線を落とした。
そして、ゆっくりと顔を上げる。
「……僕は、まだ納得していない」
「それでいい」
ルルーシュは静かに答えた。
「納得しろとは言っていない」
二人の視線が、再び交差する。
司会者はその様子を見届けてから、マイクを手に取った。
「さて。今回の議題はここまでにしましょうか」
一拍置いて、会場を見渡す。
「力を持つ者は、自分の行動に責任を負う。それは当然。ただし、責任を取るという言葉に明確な終わりがあるわけではない。そして、周囲の人間もまた、自分の選択から逃げることはできない」
司会者は少し笑った。
「まあ、綺麗にまとめるならこんなところですかね。綺麗にまとまりすぎて面白くない気もしますが」
「主催者がそれを言うのか」
ルルーシュが呆れたように言う。
「主催者だから言うんですよ」
司会者は悪びれずに返した。
「それでは次回。そろそろ終盤ですし、もう少し違う角度から話をしてみましょうか」
月は黙って次の言葉を待つ。
ルルーシュも、シュナイゼルも、怨み屋も。
そして、司会者は笑顔で告げた。
「次は――**『人々は、自由と安全のどちらを選ぶのか』。そのあたりを聞いてみたいですね」
リュークがリンゴをかじる。
「クックックッ……。まだまだ面白くなりそうだ」
会場に、再び小さなざわめきが広がった。