次の議題へ移ろうとしていたその時。
司会者が、ふと思い出したように手を叩いた。
「……あ、そうだ。ちょっと待ってください」
ルルーシュが嫌な予感を覚えたように眉をひそめる。
「また何か思いついたのか?」
「まあまあそう警戒せずに。ええ。かなり前の話題ですみませんが、俺の座右の銘は唐突なんで、そこは気にしないでください」
司会者は悪びれもせず、会場の一角へ視線を向ける。
「なに、ジョカみたいに唐突に『こんな世界はいらぬ!』とかで、いきなり全部ふっとばしたりしないから」
「……ほう?」
ジョカの大きな頭が、わずかに動いた。
「そなた、我を引き合いに出すとは……」
「いや、事実でしょうに」
「ふむ。否定はせぬがな」
「いや……それが容易に可能だというお前達には正直引くぞ……」
ルルーシュは割と本気で引き攣った。
「まあ仮にも全知全能謳ってるならそれくらいはできなきゃ。ねえ神友」
「誰が神友じゃ! まったく馴れ馴れしい……」
申公豹が口元に笑みを浮かべる。
「ふふ……なかなか愉快なやり取りですが、で、今度は誰を呼ぶおつもりですか?」
「補足役……というか、言った当人にちょっと発言してもらいたい。今のお二方へのちょっとしたサプライズも兼ねてるよ」
司会者が指を鳴らす。
次の瞬間。
「……ぬ?」
一人の男が、会場に姿を現した。
独特の衣装に身を包み、どこか飄々とした雰囲気を漂わせる男。
太公望だった。
「な、なんじゃここは? また妙なところに呼び出されたのう……」
太公望は周囲を見回し、すぐに見覚えのある二人を見つけた。
「……申公豹?」
「おや、太公望。これはまた懐かしい顔ぶれですね」
申公豹は楽しげに笑う。
そして、もう一人。
「伏犠……!」
ジョカの声が響いた。
「まさか、このような場所で再び相まみえることになろうとはな」
ジョカは太公望を見下ろしていた。
太公望は二人を交互に見てから、司会者へ向き直る。
「……で、ワシを呼んだのはおぬしか? いったい何の用じゃ」
「ちょっとあなたにもオブザーバーに入ってもらいたくて」
「オブザーバー?」
「ええ。あなたが以前、ジョカが消える時の問答でやっていたことです」
司会者は少し考え、言葉を選ぶ。
「『私を倒してどうする? それでみなが救われるのか?』ってやつ。後のことなんか知らん。次の世代にバトンタッチすればいい、みたいな件です」
太公望の表情が少し変わった。
「ああ……あの時のことか」
「はい。アレに対して、ちょっと発言願えますか?」
太公望は司会者を見つめる。
「ふむ。つまり、あの時のワシの考えについて、改めて話せということじゃな?」
「そういうことです」
司会者は頷き、続けた。
「私が今ふっと思ったのは、そもそも後々も平和を維持しなければならないというのが、そもそも烏滸がましいと思ったんですよね。何様だと」
ルルーシュが少しだけ目を細める。
司会者は気にせず話を続けた。
「未来永劫幸せにできるとか、聞仲じゃないんだから。そんなことを約束する必要もないし、できるわけもない。その時代で最善を尽くせばいいだけです。それで十分責任を果たしたことになります、と思いました」
太公望は黙って聞いている。
「太上老君が見せた未来のやつ、知ってますよ。何千年後、何万年後には結局最後には何も残らなかった。私みたいなのがガチるくらいしか、恒久的平和なんて絶対無理だと思いますよ。無論、やる気はハナからありませんが」
「ふむ……」
「要は、どれだけ優れていようと、所詮人間如きができることには限りがある。だから今頑張ればいいじゃない、てことです」
司会者はそこで一度言葉を切った。
「というわけで、太公望さん。あなたの考えを聞かせてください」
太公望はしばらく司会者を見つめていたが、やがて小さく笑った。
「なるほどのう。おぬしの言いたいことは分かった」
そして、ゆっくりと口を開く。
「まず、あの時のワシの言葉についてじゃが……」
太公望はジョカへ視線を向けた。
「ワシは、ジョカを倒したからといって、それで全てが解決するとは思っておらんかった。ジョカという存在が消えた後にも、人間は生きていく。争いもするじゃろうし、過ちも犯すじゃろう。新たな脅威が現れることもあるかもしれん」
「当然であろう。人間とはそういうものぞ」
ジョカが淡々と返す。
「うむ。じゃからこそ、ワシは考えたのじゃ。今ここでジョカを倒すことに、どれほどの意味があるのか。倒した後の世界を、誰がどうするのか。ワシらが全てを決めてしまってよいのか、とな」
「つまり、未来まで保証するつもりはなかった?」
ルルーシュが尋ねる。
太公望は頷いた。
「そうじゃ。未来永劫の平和など、誰にも保証できぬ。ましてや、今を生きる者が、まだ生まれてもおらぬ者たちの未来まで決めてしまうなど、傲慢ではないか?」
申公豹が目を細める。
「なるほど。未来の人々には未来の人々の意思がある。今の人々が、その選択まで奪うべきではないということですね」
「そういうことじゃ」
太公望は司会者に向き直った。
「おぬしの言う、その時代で最善を尽くせばよいという考えには、ワシも賛成じゃ。今を生きる者が、今できることをする。それが次の世代へ渡すものになる」
「ほう」
「ただし、一つだけ付け加えておこう」
太公望の表情が少しだけ真剣になる。
「次の世代へバトンタッチするというのは、単に後のことを知らぬと放り出すことではないぞ」
司会者は黙って続きを待つ。
「自分たちの代でできることをやり、後の者たちが選べる余地を残す。自分たちの都合で未来を固定せず、次の世代が自分たちの力で歩めるようにする。そこまでして初めて、バトンタッチと言えるのではないかのう」
「……なるほど」
ルルーシュが小さく頷いた。
「未来を保証することはできない。だが、未来を選ぶ権利まで奪っていいわけではない。そういうことか」
「うむ。未来のことは未来の者たちに任せればよい。じゃが、未来の者たちが選ぶ余地を残すことは、今を生きる者の責任じゃ」
シュナイゼルが穏やかに口を開く。
「興味深い考えだね。未来に責任を持つことと、未来を支配することは違うというわけか」
「そうじゃな。どれほど善意から始まったとしても、未来永劫にわたって人々の幸福を保証しようとすれば、いつか人々の意思を無視することになるかもしれん」
ジョカが鼻を鳴らした。
「愚かなことよ。人間は自ら争い、苦しみ、過ちを繰り返す。ならば我が一つにまとめてやればよい。違いをなくせば争いもなくなるであろう」
「それが余計なお世話だと言っておるのじゃ」
太公望はあっさりと返した。
「なっ……!」
「そもそも、争いがなくなれば人々が幸せになるとは限らん。違いをなくしてしまえば、何を選ぶかという楽しみも、何かを目指す意味も失われるかもしれぬ。おぬしは平和を与えると言いながら、人々からその生き方を奪おうとしておる」
「我は世界を救おうとしたのだぞ!」
「それはおぬしが決めた救いじゃろう」
太公望の言葉に、ジョカは口を閉ざした。
申公豹がくすりと笑う。
「ふふ……。太公望らしいですね」
「おぬしは黙っておれ」
「これは失礼」
司会者は、二人のやり取りを満足そうに眺めていた。
「いやあ、いいですねえ。まさにそれです」
「何がじゃ?」
「未来永劫の平和を目指すこと自体が悪いと言いたいわけじゃないんですよ。ただ、それを今の人間が保証できると思うことが傲慢だって話です」
司会者は肩をすくめる。
「何千年後、何万年後のことまで責任を持つなんて、どれだけ自分を大きく見積もってるんだって思いますよ。人間なんて、明日のことすら分からないのに」
「確かにのう」
太公望は笑った。
「ワシも、あの時はそこまで先のことを考えておったわけではない。まずは目の前のことを何とかせねばならんかったからのう」
「それでいいんじゃないですかね」
司会者は即答した。
「今の時代を生きている人間が、その時代のために頑張る。後の世代は後の世代で頑張る。それで十分でしょう。もちろん、次の世代に負債ばかり押しつけるのは論外ですが」
「うむ。そこは同意するぞ」
「それに、太公望さん。あなたがジョカを倒した後のことを全部背負う必要なんてないでしょう。あなたがやるべきことをやったなら、後は次の人間に任せればいい。次の人間が失敗したら、それはそいつらの時代の問題です」
「……随分と割り切るのう」
「だって、そうでしょう? 自分の代でできることには限界がある。できもしないことまで背負い込んで、結局何もできなくなる方がよっぽど無責任だと思いますけどね」
ルルーシュはその言葉を聞き、静かに考え込んでいた。
やがて、口を開く。
「俺が目指した世界も、永遠に平和であり続ける保証などない。俺がいなくなった後、人々がどうするかは人々自身に委ねた」
「ええ。だからあなたの答えとも近いんじゃないですかね」
「だが、俺は自分が作った世界に責任を持つべきだと考えていた」
「それは当然でしょう。ただ、どこまで持つかって話です。自分が死んだ後の何千年先まで、全部自分の責任だなんて考え始めたらキリがない」
月が静かに口を挟んだ。
「では、僕の新世界も同じだと言いたいのか?」
司会者は月を見る。
「犯罪を減らすためにキラが必要だった、という話と、キラが未来永劫犯罪のない世界を保証するべきだったか、という話は別でしょうね」
「僕は犯罪のない世界を目指した」
「それは分かってますよ。でも、仮に月くんが成功していたとして、あなたが死んだ後まで同じ状態を維持できるかは別問題です。後継者が同じ考えを持つ保証もない。人間の価値観なんて時代によって変わるんだから」
月は少し考えた。
「……だからこそ、理念を継承させる必要がある」
「その理念を継承するかどうかも、次の世代の問題でしょう?」
月は答えなかった。
太公望は二人のやり取りを聞いて、ゆっくりと頷く。
「そうじゃな。今の世代ができるのは、次の世代に何かを渡すところまでじゃ。その何かをどう使うかは、次の世代が決めることじゃろう」
司会者は満足そうに手を叩いた。
「はい。というわけで、補足は以上です。いやあ、呼んでよかった」
「……おぬし、ワシを呼び出した割には、随分と好き勝手に話を進めたのう」
太公望が呆れたように言う。
「だって、言った本人に確認したかったんですから」
「確認というより、自分の考えを補強するために呼んだようにしか見えんが?」
太公望の指摘に、司会者は一瞬だけ黙った。
そして、にやりと笑う。
「おお、鋭い。そういうツッコミも大歓迎です」
「まったく……」
申公豹が楽しげに笑う。
「太公望。どうやら、ここは退屈しない場所のようですね」
「おぬしが楽しそうなのが、ワシには一番不安じゃよ」
「ふふふ」
ジョカはそんな三人を見下ろし、静かに告げた。
「人間は、いつまで経っても小さき存在よ。己の代でできることに限りがあると知りながら、なお世界を変えようとする」
「だから面白いんじゃないですかね」
司会者はあっさりと返した。
「さて。太公望さんには、このままオブザーバーとして参加してもらいます。皆さん、今までの話は当然すべて把握しているということで。途中参加だから知らない、なんてことはありませんので」
「それは助かるのう。いちいち説明されても面倒じゃ」
太公望は席に着いた。
司会者は改めて会場を見渡す。
「では、改めて次の議題に移りましょうか」
一拍置いて、告げる。
「自由と安全、どちらを選ぶのか。」
今度こそ、第七話の幕が上がろうとしていた。