新世界の神と、世界を壊す魔王   作:never learns

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第七話「自由と安全、どちらを選ぶのか」

 

太公望が席に着き、会場が再び静かになる。

 

司会者はマイクを手に取った。

 

「では、改めまして。今回の議題は『自由と安全、どちらを選ぶのか』です」

 

月とルルーシュに視線を向ける。

 

「これまで何度か触れてきた話題ですが、今回はもう少し正面から聞いてみたいと思います。犯罪のない社会、戦争のない世界、誰もが安心して暮らせる環境。それらを実現するためなら、人々の自由をどこまで制限していいのか」

 

「そして、その安全を誰が保証するのか、という問題でもあるね」

 

シュナイゼルが続けた。

 

「そうですね。キラによる犯罪抑止も、ダモクレスによる戦争抑止も、ある意味では恐怖によって安全を実現しようとしたものです。一方でルルーシュくんは、最終的には人々が自分たちの意思で未来を選ぶことを望んだ」

 

司会者は少し笑う。

 

「さて。まずは月くん。あなたはどう考えます?」

 

月は迷いなく答えた。

 

「自由と安全を天秤にかけること自体が間違っている。安全がなければ、自由など意味をなさないからだ」

 

「ほう」

 

「犯罪者に怯えながら暮らす社会で、自由を謳ったところで何になる? 外を歩くことすら恐ろしい。家族がいつ被害に遭うか分からない。そんな環境で人々に自由があると言えるのか?」

 

月は会場を見渡した。

 

「人々が求めているのは、安心して暮らせる日常だ。犯罪に怯えず、家族を守り、明日を心配せずに生きられること。そのために必要なら、多少の自由が制限されることも受け入れられるだろう」

 

「つまり、安全を優先するべきだと?」

 

「当然だ。自由は安全という土台があって初めて成立する」

 

ルルーシュは腕を組んだまま、月の言葉を聞いていた。

 

「一見もっともらしいな」

 

「何か問題が?」

 

「ある。君は安全を誰が保証するのかという点を、あまりにも簡単に考えている」

 

「僕が保証する」

 

月は即答した。

 

「キラが存在する限り、犯罪者は恐怖する。犯罪を犯せば裁かれる。人々は安心して暮らせる」

 

「では、そのキラが誤ったら?」

 

「何度も言っているだろう。僕は可能な限り慎重に対象を選ぶ」

 

「可能な限り、か」

 

ルルーシュは冷静に言葉を返す。

 

「君自身も人間だ。情報を誤ることもあれば、判断を間違えることもある。君が安全を保証するということは、君自身の判断を誰も検証できない状態にするということだ」

 

「それは結果を見れば分かる」

 

「誰が見る?」

 

「社会だ」

 

「社会がキラを支持していれば、誤った判断も正しいものとして扱われるかもしれない。逆に、キラを批判する者がいたとしても、その者が犯罪者を擁護していると決めつけられれば、まともな批判は成立しなくなる」

 

月は少し眉を寄せた。

 

「君は自由を守るために、犯罪者を野放しにするつもりか?」

 

「そんなことは言っていない」

 

「ならば、犯罪者をどうする?」

 

「法と制度によって裁く」

 

「その制度が機能していないからこそ、キラが必要とされたのではないか?」

 

ルルーシュは一瞬、言葉を止めた。

 

月はそこを逃さなかった。

 

「犯罪者が捕まらない。捕まっても十分な裁きを受けない。被害者が救済されず、加害者が再び社会に戻ってくる。そんな現実を前にして、君は法と制度を信じろと言うのか?」

 

「制度が機能していないなら、変える必要がある」

 

「変わるまで何人が犠牲になる?」

 

「……」

 

「その間に被害に遭った人間に、君は何と説明する?」

 

月の声には力がこもっていた。

 

「自由を守るためには仕方がなかった、とでも言うのか?」

 

ルルーシュは月を見据えた。

 

「だからこそ、制度を変える必要があると言っている。だが、君は制度を変えるのではなく、自分自身を制度の代わりにした」

 

「それで犯罪が減った」

 

「そうだ。そこは否定しない」

 

ルルーシュははっきりと言った。

 

「だが、犯罪が減ったという結果だけで、君が永遠に裁く側に立つことを認めるわけにはいかない」

 

月は黙った。

 

「なるほどね」

 

シュナイゼルが静かに口を開いた。

 

「二人の意見は、どちらも安全を軽視してはいない。ただし、月君は安全を実現するために強力な個人の権限を認める。一方でルルーシュは、その権限が固定されることを警戒している」

 

「そういうことですね」

 

司会者が頷く。

 

「でも、ここでちょっと聞きたいんですが。そもそも自由って何でしょうね?」

 

「自由の定義か」

 

C.C.が呟く。

 

「そうです。好き勝手に行動できること? 自分の意思で選べること? あるいは、誰かに支配されないこと?」

 

司会者は会場を見回した。

 

「例えば、犯罪者が自由に動き回れる社会と、犯罪者が恐怖で身動きできない社会。どちらが一般人にとって自由でしょうね?」

 

月が答える。

 

「後者だろう。犯罪者が自由に動き回ることによって、一般人の自由が脅かされるのだから」

 

「そうですね。犯罪者の自由を制限することで、一般人の自由を守る。これは別におかしな話じゃありません」

 

司会者は頷いた。

 

「ただ、キラの場合は犯罪者だけじゃない。キラを批判する人間も、キラに逆らう人間も、場合によっては恐怖の対象になる。そこが問題なんでしょうね」

 

「僕は無関係な人間を裁くつもりはない」

 

「そのつもりがなくても、実際にそうなる可能性はあるでしょう。そこをどうするかって話ですよ」

 

月は答えなかった。

 

太公望がそこで口を開いた。

 

「自由というものは、なかなか難しいものじゃな。自分の望むように生きることが自由だとしても、他人の自由を踏みにじってよいわけではない」

 

「その通りだね」

 

シュナイゼルが同意する。

 

「ただ、他人の自由を守るために、どこまで自分の自由を制限するべきなのか。そこには必ず衝突が生まれる」

 

申公豹も続けた。

 

「そして、その制限を誰が決めるのかという問題もあります。全員が納得する基準など、簡単には見つからないでしょう」

 

「ふむ」

 

太公望は腕を組む。

 

「結局、どこまでいっても人間同士の話し合いが必要になるわけか」

 

「そういうことです」

 

司会者は頷いた。

 

「だからルルーシュくんの言う話し合いのテーブルが必要になる。もっとも、話し合いだけで全てが解決するなんて思ってませんけどね」

 

ルルーシュは少しだけ笑った。

 

「そこは理解しているようだな」

 

「当たり前でしょう。話し合いをしている間にも、被害者は出るんですから」

 

「では、少し話を変えようか」

 

シュナイゼルが月に視線を向けた。

 

「月君。君はキラによって犯罪が抑止される社会を作ろうとした。だが、恐怖によって人々が犯罪を犯さなくなったとして、それは自由な社会と言えるのだろうか?」

 

「言えるだろう。犯罪を犯さなければいいだけだ」

 

「では、犯罪ではない行為まで恐怖によって控えるようになったら?」

 

「例えば?」

 

「政府への批判、権力者への反対意見、既存の価値観への異議申し立て。そうしたものまで、人々が恐れて口にできなくなった場合だ」

 

月は答える。

 

「それらが犯罪でないなら、裁く理由はない」

 

「君がそう考えている間は、そうだろうね」

 

シュナイゼルは微笑んだ。

 

「しかし、君が死んだ後はどうかな。後継者が同じ考えを持つ保証はない。キラの名を継いだ者が、自分への批判を犯罪と見なしたら?」

 

「それは後継者の問題だ」

 

「そう。先ほどの太公望君の話にも通じるね。次の世代が何を選ぶかは、その世代の問題だ」

 

太公望は軽く頷いた。

 

「うむ。今の者が未来の者の意思まで決めることはできぬ」

 

「だが、後継者が誤ったとき、誰が止める?」

 

ルルーシュが問いかける。

 

「キラという存在を止める仕組みはあるのか?」

 

月は少しだけ目を細めた。

 

「必要ならば、僕自身が後継者を選ぶ」

 

「その後継者が君と異なる考えを持ったら?」

 

「教育すればいい」

 

「教育しても変わらなかったら?」

 

「……」

 

「君は後継者を選ぶと言った。だが、その後継者を誰が選ぶ? さらにその次は? 君の理想を維持するために、何代にもわたって人選を続けるつもりか?」

 

月は静かに答えた。

 

「理想を維持するためには、それだけの努力が必要だ」

 

「それでは、キラという個人がいなくなっても、キラの支配は続くことになる」

 

「支配ではない。秩序だ」

 

「呼び方を変えても、本質は変わらない」

 

ルルーシュはそう言い切った。

 

C.C.が口を開いた。

 

「しかし、ルルーシュ。お前の言う自由な社会も、結局は安全がなければ成立しないだろう」

 

「そうだ」

 

「人々が自分の意思で未来を選ぶ。それは結構なことだ。だが、その選択によって誰かが傷つくこともある。自由を尊重するということは、そうした危険も受け入れるということなのか?」

 

ルルーシュは頷いた。

 

「完全に危険を取り除くことはできない。人間が自由に選択する以上、間違いも争いも起こる」

 

「それでも自由を優先する?」

 

「自由を失った安全は、俺にとっては平和とは呼べない」

 

「ずいぶんと理想主義的だな」

 

「そうかもしれない」

 

ルルーシュは否定しなかった。

 

「だが、人々が自分の意思で選ぶことをやめてしまえば、そこに残るのは誰かに与えられた平穏だけだ。俺はそんな世界を作るために戦ったわけではない」

 

月が問いかける。

 

「では、その自由によって再び戦争が起きたら?」

 

「止めるために努力する」

 

「止められなかったら?」

 

「その時は、また考える」

 

「それでは遅い」

 

「だからといって、最初から全ての自由を奪う理由にはならない」

 

二人のやり取りに、司会者が小さく笑った。

 

「いやあ、実に対照的ですねえ。月くんは安全を確保するために自由を制限する。ルルーシュくんは自由を守るために、ある程度の危険を受け入れる」

 

「だが、どちらも極端に見えるね」

 

シュナイゼルが言った。

 

「安全を優先しすぎれば、人々の意思を奪うことになる。自由を優先しすぎれば、弱い者が危険にさらされる。どちらか一方だけを選ぶことは難しい」

 

「そうですね」

 

司会者は頷いた。

 

「ただ、俺は一つだけ言っておきたい」

 

全員の視線が集まる。

 

「自由を守るために安全を犠牲にするのも、安全を守るために自由を犠牲にするのも、どちらも結局は誰かに負担を押しつけることになります」

 

月とルルーシュは黙って聞いていた。

 

「問題は、その負担を誰が背負うのか。そして、その負担を背負わされる人間が納得できるのか。そこを無視して、自由が大事だ、安全が大事だと叫んでも意味がないと思いますよ」

 

怨み屋が静かに頷いた。

 

「そうね。結局、どちらの側にも都合の悪い人間はいる。自由を掲げる側は、自由の名の下に被害を受ける人間を見落とすことがある。安全を掲げる側は、安全の名の下に自由を奪われる人間を見落とすことがある」

 

「ええ。だからこそ、どちらかを絶対視するのは危険なんでしょうね」

 

司会者は答えた。

 

ジョカが、静かに口を開いた。

 

「そもそも、なぜ人間は自由などというものを欲するのだ?」

 

その声には、純粋な疑問と、どこか見下した響きがあった。

 

「自由を与えれば、互いに争い、傷つけ合う。ならば、最初から選択肢を一つにしてしまえばよい。迷うことも、争うこともなくなるであろう」

 

太公望がすぐに反応した。

 

「またそれか。おぬしは本当に懲りぬのう」

 

「我は真理を述べておる」

 

「それはおぬしの望みじゃろう」

 

「違う。我は人間を救おうとしておるのだ」

 

「だから、その救いを誰が望んでおるのかと聞いておる」

 

ジョカは黙り込んだ。

 

申公豹が穏やかに続ける。

 

「ジョカ様は、争いの原因を取り除けば平和になると考えている。しかし、人間にとっては、選ぶことそのものに意味があるのかもしれませんね」

 

「選んだ結果、苦しむことになってもか?」

 

「それでもです。誰かに決められた幸福と、自分で選んだ生き方は同じではありません」

 

「愚かなことよ」

 

「そうかもしれませんね。ですが、それを愚かだと決めるのも、結局は誰かの価値観です」

 

申公豹は微笑んだ。

 

「私は、人間がそうした矛盾を抱えながら生きているところに興味があります」

 

リュークがリンゴをかじりながら笑う。

 

「クックックッ……。人間ってのは本当に面倒くさい生き物だな」

 

「お前も毎回そればっかりだな」

 

司会者が横目で見る。

 

「いや、今回は本当にそう思ったんだよ」

 

「はいはい」

 

しばらくして、太公望が口を開いた。

 

「ワシは、自由と安全のどちらか一方を選ぶ必要はないと思うがのう」

 

「どういうことだ?」

 

月が尋ねる。

 

「自由を守るために安全を整える。安全を守るために自由を制限する。どちらも必要な場面がある。じゃが、どちらかを絶対のものとして扱う必要はないじゃろう」

 

「それでは結局、場当たり的な対応になる」

 

「そうかもしれぬ。じゃが、時代も状況も違うのに、いつでも同じ答えを出そうとする方が無理があるのではないか?」

 

太公望は月を見る。

 

「おぬしは犯罪を減らすためにキラが必要だったと言う。それは分かる。じゃが、犯罪が減った後も同じ手段を続ける必要があるのか?」

 

「必要なら続ける」

 

「必要でなくなったなら?」

 

月は少し考えた。

 

「……その時は、別の手段を考える」

 

「ならば、よいではないか」

 

太公望は笑った。

 

「その時代に必要なものを、その時代の者たちが考えればよい。いつまでも同じやり方に固執する必要はない」

 

ルルーシュも頷いた。

 

「俺も同意する。自由と安全のどちらかを絶対視するのではなく、その時々で必要なものを考えるべきだ」

 

「ただし、君たちが考える必要性が一致するとは限らない」

 

シュナイゼルが指摘する。

 

「そして、誰かが決断しなければならない場面は必ずある。最終的には、誰かが責任を負って選ばなければならない」

 

「ええ。だからこそ、話し合いも必要だし、決断も必要なんでしょうね」

 

司会者はそう答えた。

 

そして、月とルルーシュを見比べる。

 

「さて。ここまで話してきましたが、二人に改めて聞きたいことがあります」

 

二人が司会者を見る。

 

「月くん。あなたは犯罪を減らすために、人々の自由を制限することを受け入れられると言った。では、犯罪がほとんどなくなった世界で、人々がキラを必要ないと考え始めたらどうします?」

 

月はすぐには答えなかった。

 

司会者は続ける。

 

「そしてルルーシュくん。あなたは自由を守るために、ある程度の危険を受け入れると言った。では、人々自身が自由を手放してでも安全を求めたら、あなたはそれを認められますか?」

 

今度はルルーシュが黙った。

 

「人々が自分の意思で選んだのなら、それは自由な選択だとも言えますよね。たとえ、その結果が君の望まない世界だったとしても」

 

ルルーシュは司会者を見つめた。

 

月もまた、何かを考えるように視線を落としている。

 

「さあ、どうでしょうねえ」

 

司会者はマイクを置いた。

 

「今回はここまでにしましょう。答えは次回に持ち越しです」

 

「また随分と中途半端なところで切るんだな」

 

ルルーシュが苦笑する。

 

「議論なんてそんなもんですよ。全部その場で答えが出るなら、こんな長々とやってません」

 

会場に小さな笑いが起きる。

 

司会者は最後に、次の議題を告げた。

 

「次回は、いよいよ終盤です。『理想の世界に、正解はあるのか』。」

 

月とルルーシュは、互いに視線を交わした。

 

そして、リュークがいつものようにリンゴをかじる。

 

「クックックッ……。さて、次はどんな答えが出てくるのかねえ」

 

会場の照明が、ゆっくりと落ちていった。

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