アバンが席に着くと、会場の視線が自然と彼へ集まった。
新たな参加者が加わったことで、議論の流れも少し変わろうとしている。
司会者は全員を見渡し、軽く手を叩いた。
司会者「さて、改めて話を続けよう。アバンも加わったことだし、まずはさっきの話の続きからだな」
月「アバン、でしたね。先ほどの話では、キラによる犯罪抑止の効果そのものは否定しない、ということでしたが」
アバン「ええ。犯罪が減り、被害に遭う人が少なくなる。それによって救われる人々がいるのなら、その結果を軽々しく否定することはできません」
月「ならば、キラの存在を認めるべきではありませんか?」
アバン「そこは少し違います。効果があることと、その方法を認めることは、必ずしも同じではありませんから」
月はわずかに眉を動かした。
月「具体的には?」
アバン「たとえば、ある人物が犯罪を犯したとします。その人物がキラによって裁かれた。その結果、同じような犯罪を考えていた別の人物が思いとどまった。これは確かに、キラによる抑止効果でしょう」
月「そうです。実際に犯罪は減少している」
アバン「しかし、その抑止がいつまで続くのか。キラがいなくなった後、人々はどうするのか。そこまで考える必要があると思うのです」
ルルーシュ「なるほど。恐怖によって維持された秩序が、恐怖の源を失ったときにも維持できるのか、ということか」
アバン「はい。キラが存在する間だけ犯罪が減っているのなら、それは社会が変わったというより、社会がキラという存在に依存しているだけなのかもしれません」
月「しかし、キラがいなくなることを前提にする必要はないでしょう。犯罪を犯さなければ、キラに裁かれることもない。人々がそのことを理解している限り、秩序は維持されるはずです」
シュナイゼル「それは、キラが永続的に存在し続けることを前提とした考えですね」
月「そうです。僕はそのつもりで新世界を作ろうとしている」
C.C.「ずいぶんと長生きするつもりらしいな。神様は」
月「揶揄するつもりなら、やめてもらいたいですね」
C.C.「別に。お前がそう考えていることはわかったさ」
司会者は二人のやり取りを聞きながら、椅子の背にもたれた。
司会者「ただ、アバンの言ってることも一理あると思うぞ。どんなに強固に見える仕組みだって、永遠に続く保証はない。まして、それを一人の人間に依存しているならなおさらだ」
神ライト「僕の世界では、キラの存在を前提に社会が変わっていきました。犯罪を犯せば裁かれるという意識が広まり、キラを支持する人々も増えた。各国政府も、キラの存在を無視できなくなった」
アバン「それは興味深いですね。つまり、キラの存在が単に恐怖を与えるだけでなく、人々や国家の行動そのものを変えたわけですか」
神ライト「ええ。僕はそこに意味があったと思っています」
アバン「なるほど。そうなると、単純にキラがいなくなった場合の話だけでは済まなくなりますね。すでに社会の仕組みが変化しているのですから」
ルルーシュ「だが、その変化が本当に人々の意思によるものなのか、それともキラの存在に適応しただけなのかは、区別しなければならない」
神ライト「もちろん、すべての人が同じ考えになったわけではありません。それでも、犯罪を減らし、より安全な社会を望む人々がキラを支持した。それもまた人々の意思でしょう」
太公望「ふむ。人々が望んだ結果であることは否定できぬ。じゃが、その望みがどこまで自分たちの意思で選ばれたものなのか、という話にもなるのう」
申公豹「恐怖によって選択肢が狭められている場合、それを自由な意思による選択と呼べるのか。そこが問題なのでしょう」
月「では、犯罪に怯えながら暮らしていた人々の意思はどうなるんです? 彼らが安全を望み、キラを支持したのなら、それを否定する権利が誰にあるというんですか?」
アバン「否定するつもりはありません。犯罪に怯えず暮らしたいという願いは、当然のものです。私も、その願いを軽んじることはできません」
アバンは一度、月の方を見た。
アバン「ただ、私が気になるのは、その人々が自分たちの未来をどこまで自分で選べるのか、という点です」
月「未来を選ぶ?」
アバン「ええ。今はキラの存在によって安全が保たれているとしても、次の世代、そのまた次の世代が、同じ社会を望むとは限りません。あるいは、キラの考えとは違う形で安全を守ろうとする人が現れるかもしれない」
月「犯罪を減らすという目的が同じなら、問題はないでしょう」
アバン「目的が同じでも、そこへ至る道筋は一つではありません。人々が考え、話し合い、より良い方法を見つけていく余地は残しておくべきだと思います」
シュナイゼル「しかし、その過程で再び犯罪が増え、犠牲者が出る可能性もあります。未来の選択肢を残すために、現在の安全を危険にさらすことになるかもしれない」
アバン「その点は否定できません。ですから、簡単に答えを出せる問題ではないのでしょう」
ルルーシュ「安全を守ることと、自由を残すこと。その両立が難しいからこそ、政治や統治には悩まされる」
C.C.「どちらか一方を選べば簡単だがな。安全のために自由を捨てるか、自由のために危険を受け入れるか」
司会者「まあ、どっちも極端に振り切れば、それなりに面倒なことになるだろうな」
月「では、どうすればいいというんです?」
司会者は肩をすくめた。
司会者「俺に聞くなよ。ここは弁論会だ。俺の答えを聞く場じゃない」
月「……相変わらずですね」
司会者「褒め言葉として受け取っておくよ」
小さく笑った司会者を横目に、アバンは再び月へと向き直った。
アバン「月さん。ひとつお聞きしてもよろしいでしょうか」
月「何でしょう?」
アバン「もし、キラの考えに賛同しながらも、キラとは違う方法で犯罪を減らそうとする人が現れたら、どうしますか?」
月「その方法が有効なら、否定する理由はありません」
アバン「では、その人がキラの判断に異議を唱えた場合は?」
月「……内容によりますね」
アバン「その人が間違っているとは限りません。キラが見落としていることを、その人が見つける可能性もあるでしょう」
月「キラの判断が間違っていると言いたいのですか?」
アバン「誰であっても、間違える可能性はあります。私もそうですし、月さんも例外ではありません」
月はすぐには答えなかった。
アバン「だからこそ、異なる意見を聞くことには意味があるのだと思います。自分一人では気づけないことを、誰かが教えてくれるかもしれない。そうして初めて、より良い答えに近づけるのではないでしょうか」
神ライト「……それは、僕自身も考えたことがあります」
月「神ライト?」
神ライト「僕の世界でも、すべてを一人で決めていたわけではありません。周囲の人間の意見や、社会の反応を見ながら判断していました。ただ、それでも最後に決めるのは僕でした」
シュナイゼル「そして、その判断を誰が検証するのか、という問題が残るわけですね」
神ライト「そうですね。僕が間違っていたとき、それを正す仕組みが十分だったかと問われれば……考える余地はあるでしょう」
月「君は、自分の作った新世界に疑問を持っているのか?」
神ライト「疑問というより、考え続ける必要があるということだよ。犯罪が減ったからといって、それで終わりではない。社会はその後も続いていくんだから」
アバンは静かにうなずいた。
アバン「そうですね。どれほど立派な理想であっても、それを実現した瞬間に完成するわけではありません。守り続けること、見直すこと、次の世代へ託すこと。それらも含めて、理想を形にするということなのでしょう」
太公望「理想を掲げる者は多いが、それを後の者にどう託すかまで考える者は、案外少ないものじゃ」
申公豹「理想を実現することと、その理想が自分の手を離れた後も続くことは、別の問題ですからね」
ルルーシュ「……なるほど。理想を実現する者自身が、いつかその場を去ることまで考えておくべきだというわけか」
C.C.「自分がいなくなった後のことまで考える。王様にしては、なかなか難しい宿題だな」
ルルーシュ「俺だけの話ではない。月にも神ライトにも、そしてシュナイゼルにも関係することだ」
シュナイゼル「ええ。私も例外ではありませんね」
司会者は満足そうに笑った。
司会者「いいね。ようやく話が広がってきた」
そして、アバンへと視線を向ける。
司会者「ところでアバン。貴方自身は、そういうことを考える機会が多かったんじゃないか?」
アバン「そうですね。私の世界でも、力を持つ者が何をすべきか、何をしてはいけないのかという問題には、何度も向き合ってきました」
月「力を持つ者、ですか」
アバン「ええ。力があるからこそ、できることは増えます。しかし、できることが増えたからといって、何でもしてよいわけではありません」
司会者「……ほう」
司会者は少しだけ口元を緩めた。
アバン「そして、力を持つ者がすべてを背負おうとすることにも、危うさがあると思っています。自分がいなければ何もできない。自分が守らなければ、誰も守れない。そう考えるようになってしまえば、いつの間にか周囲の人々が自分で考え、行動する機会まで奪ってしまうかもしれません」
ルルーシュ「……耳が痛い話だな」
C.C.「自覚があるなら結構なことだ」
ルルーシュ「黙っていろ」
司会者「ははっ。まあ、そういうことだな。力を持つ者が何をするかだけじゃない。何をしないか、誰に任せるか。そういう話もある」
アバンは穏やかに微笑んだ。
アバン「ええ。私もまだ、答えを見つけられたわけではありませんけれどね」
司会者「それでいいんじゃないか? 答えが出たつもりになってる奴ほど、厄介なものはない」
月は腕を組み、しばらく考え込んでいた。
キラの存在によって救われた人々がいること。それは否定できない。
しかし、その秩序を誰が支え、誰が見直し、誰が次の時代へ引き継ぐのか。
新世界を掲げた月にとって、それは今までとは少し違う問いだった。
月「……ひとつ、聞きたいことがあります」
アバン「何でしょう?」
月「あなたは、力を持つ者がすべてを背負うべきではないと言いましたね。ですが、誰も責任を取ろうとしない状況では、結局誰かが決断しなければならない。そういう場合はどうするんです?」
アバン「そのときは、決断する必要があるでしょう。ただし、それを理由に他の人々の意思まで無視してよいとは思いません」
月「決断する責任と、他者の意思を尊重すること。その二つを両立させるのは簡単ではありませんよ」
アバン「ええ。簡単ではありません。だからこそ、考え続ける必要があるのだと思います」
司会者「……さて。今度はその辺りを掘り下げてみるか」
司会者は参加者たちを見渡した。
司会者「力を持つ者が責任を負うこと。そして、他人の意思をどこまで尊重するべきなのか。これはキラだけの問題じゃない。ここにいる連中の大半に関係する話だろう?」
誰もすぐには反論しなかった。
それぞれが、自分の歩んできた道を思い返しているようだった。
理想を掲げる者。世界を変えようとした者。恐怖によって秩序を作ろうとした者。そして、他者の意思を守るために戦ってきた者。
彼らが持つ答えは、決して一つではない。
司会者「……そういえば、そろそろいい時間だな」
C.C.「時間? ここでは外の時間は進んでいないんじゃなかったか?」
司会者「ああ。そっちの時間じゃない。俺たちの話が、そろそろ一つの区切りに近づいているってことさ」
ルルーシュ「つまり、次で最後にするつもりか?」
司会者「そうだな。せっかくここまで色々な連中に集まってもらったんだ。最後は、これまでの話を踏まえて、それぞれに聞いてみたいことがある」
司会者は一人ひとりの顔を見渡す。
司会者「月。神ライト。ルルーシュ。シュナイゼル。アバン。そして、ここにいる全員にだ」
月「何を聞くつもりです?」
司会者「単純なことさ」
司会者は少し間を置いた。
司会者「自分が信じた理想は、本当に正しかったのか。自分が選んだ方法は、本当に必要だったのか。そして、その理想のために、自分は何を犠牲にしてきたのか」
会場に静寂が訪れた。
司会者「これまで、正義だの悪だの、秩序だの自由だの、色々な話をしてきた。だが、最後くらいは自分自身のことを考えてみてもいいんじゃないか?」
太公望「ふむ。なかなか厄介な問いを最後に持ってきたのう」
申公豹「自分の信念を他人に説明することと、自分自身に問い直すことは、また違いますからね」
シュナイゼル「興味深い締めくくりになりそうです」
ルルーシュ「……いいだろう。受けて立つ」
月「僕も異論はありません」
神ライト「僕もです」
アバンも静かにうなずいた。
アバン「私も、皆さんのお話を聞かせていただきましょう」
司会者は全員の反応を確かめると、いつもの調子で笑った。
司会者「よし。それじゃあ、次が最後だ。せいぜい遠慮せずに話してくれよ」
それぞれが掲げてきた理想。
そのために選んだ道。
そして、決して避けられなかった代償。
弁論会の最後に問われるのは、他人の正義ではない。
自分自身が何を信じ、何を選んできたのか。
その答えを、それぞれが語る時が近づいていた。