弁論会が幕を閉じてから、しばらくの時間が流れた。
それぞれの世界へ戻った参加者たちは、日常へと復帰していた。あの場所での記憶は消えていない。交わした議論も、出会った人物たちのことも、はっきりと覚えている。
そして――。
ある日、再びあの空間に人々が集められた。
以前と同じ、広々とした弁論会場。
円卓には、今回も参加を希望した者たちが座っている。観客席にも見覚えのある顔が並んでいた。
ただし、今回は少し違う。
司会者「……よし。全員いるな」
いつものように、司会者が前に立つ。
ルルーシュ「また呼び出されたか。思ったより早かったな」
C.C.「自分でまた来たいと言ったんだ。文句はないだろう?」
ルルーシュ「文句を言っているわけではない」
太公望「しかし、あの男のことじゃ。次があるとしても、もっと先になると思っておったがのう」
司会者「まあ、そこは俺の気分次第だからな(笑)」
アバン「お久しぶりです。今回もよろしくお願いします」
司会者「ああ、よろしく。さて、まずは前回の話の続きというか、今回からの新ルールについて説明しておこう」
司会者は全員を見渡した。
司会者「ごめん。俺が気が向いたらまたやるとか言ったけど、正直、君たちとの会話自体は非常に面白いので、割と頻繁にやるかもしれない」
リヴァル「おお、そうなのか!」
司会者「ただ、しょっちゅう呼んだら流石に辟易すると思うので、呼ぶのは『またこの弁論会がやりたいって思った時の君たち』に限定するよ」
シュナイゼル「参加者自身の意思を尊重する、ということですね」
司会者「そういうこと。これなら、いつ呼ばれても楽しんでいただけると思うのでね」
C.C.「ふっ。ずいぶん殊勝な心掛けじゃないか」
司会者「だろ? 俺だって多少は気を遣うんだよ(笑)」
アバン「多少、ですか」
司会者「そこは突っ込まなくていい(笑)。とりあえず、希望議題は全部やるつもりだ。どれを選ぶかはルーレットだけどね」
月「ルーレット?」
司会者「ああ。議題ごとに番号を振って、ランダムに決める。ちなみに、回すのは俺じゃない。そちらで回した結果を教えてもらう方式だ」
太公望「ほう。神ともあろう者が、運任せとはのう」
司会者「俺が選ぶより公平だろ? それに、何が出るかわからない方が面白い」
申公豹「確かに、主催者の意向だけで議題が決まるよりは公平ですね」
司会者「それと今回からは、弁論者たちも参加を任意にする。観客に回りたいならどうぞ」
ミレイ「つまり、以前のように全員が必ず弁論に参加するわけではないんですね」
司会者「そういうこと。あと、観客の希望議題になった場合も、当人が弁論に参加するかどうかは任意にする」
怨み屋「自分が希望した議題でも、観客のままで構わないと?」
司会者「ああ。まあ、自分がやりたいって言ったテーマだ。観客側でいたい人はあんまりいないと思うけどね(笑)」
ニア「それは合理的ですね。議題への関心と、実際に議論へ参加したいかどうかは別の問題ですから」
司会者「ただし、他の観客側から弁論に希望することは悪いが断らせてもらう」
ルルーシュ「それはなぜだ?」
司会者「希望者が増えすぎると収拾がつかなくなるからな。参加者を決めるのは基本的に本人と俺、ということにしておく」
少し間を置いて、司会者は口元を吊り上げた。
司会者「ただし、こちらが無理矢理指定するかもしれない。この議題ならこの人の意見が聞いてみたい、とかでね。その場合の拒否権はないのであしからず」
C.C.「おいおい。結局、気まぐれで呼びつけるのは変わらないじゃないか」
司会者「観客にいない者だった場合、無理矢理呼ぶから逃げられないと思ってね?」
リヴァル「うわあ……」
アバン「相変わらずですね」
司会者「それから、もう一つ。弁論側で俺が『君はもういいや』と思ったら、強制的に観客側か、この場から退出してもらうから」
月「……随分と一方的ですね」
司会者「そうだよ?」
月「開き直りましたね」
司会者「生者だった場合、記憶も消してあげない(笑)。クックックッ……」
C.C.「性格が悪いな」
司会者「まあ、せいぜい同じことばっか言うとか気をつけるんだね」
太公望「おぬしの方こそ、同じ話を繰り返して飽きられぬようにな」
司会者「おっと、痛いところを突くな(笑)」
司会者は一度咳払いをして、少しだけ声の調子を変えた。
司会者「便宜上、自分のことを神として扱うけど、無論、全てがそうだとも思わない。そんな俺から一つ、皆に聞きたいことがある」
シュナイゼル「何でしょう?」
司会者「神に対して一番やっちゃいけないことって、わかるかい?」
月「神への反逆、でしょうか?」
司会者「違うな」
ルルーシュ「神を否定することか?」
司会者「それも違う」
司会者は指を一本立てた。
司会者「肯定でも否定でもないよ。『飽きさせること』さ」
リューク「クククッ。なるほどな」
司会者「某面白死神じゃないけど、俺はこういう場での退屈は死ぬほど嫌いだ。その辺、留意してほしいね」
アバン「つまり、議論を続けるのであれば、常に新しい視点や考えを示してほしいということでしょうか」
司会者「そういうこと。もちろん、毎回奇抜なことを言えというわけじゃない。ただ、同じ主張を何度も繰り返すだけなら、俺が聞く意味はないからな」
ニア「議論の質を維持するためのルール、というわけですね」
司会者「まあ、そんなところだ」
そして、司会者は観客席にも視線を向けた。
司会者「次に、『司会者による唐突議題ふっかけコーナー』をやってみます」
リヴァル「唐突議題ふっかけ……?」
司会者「長いんで『しふこ』とでも呼びます」
アバン「……」
アバンは一瞬だけ目を伏せ、困ったように微笑んだ。
アバン「相変わらず、雑な略し方ですね」
司会者「いいだろ、わかりやすくて(笑)」
C.C.「わかりやすいかどうかは疑問だがな」
司会者「これは観客も含まれるので、指名されたら覚悟を決めてね? その人が言ったことや考え方について、俺が話してみたいと思った相手に凸するコーナーです」
ミレイ「つまり、参加者の発言を聞いて、司会者が気になった人物に直接質問するわけですね」
司会者「そういうこと。ああ、逆に君たちが誰かを指定するのもありだ。ただし、俺が聞いてみたいと思ったもののみを条件にします」
シュナイゼル「最終的な決定権は、やはりあなたにあると」
司会者「当然。俺が主催者だからな」
ルルーシュ「実に君らしい」
司会者「さて。第一回の対象者は、すでに決まっています」
司会者は、観客席の一角に目を向けた。
司会者「希望議題は全員分やるつもりだけど、番外編……ああ、ここからの催しの便宜上の呼び方ね。番外編一発目は、俺が今一番聞きたい相手にさせていただきます」
C.C.「随分と楽しそうだな」
司会者「そりゃそうだ。思いついたゲストもガンガン呼んでくるよ。今回はとりあえず、君たちみたいに理不尽に呼ばれて、人から神に成り上がった男を呼びます」
ルルーシュ「人から神に?」
司会者「ああ。岩谷尚文くんだ」
岩谷尚文
『盾の勇者の成り上がり』の主人公。異世界に召喚された盾の勇者。
司会者「彼の視点も、俺はなかなか気に入ってるんでね。できるだけテーマに合ったゲストを呼びたいけど、今回はなんとなくパッと浮かんだ彼にします」
太公望「なんとも適当な理由じゃのう」
司会者「いい加減この説明もダレてきたので、そろそろ始めたいと思います」
アバン「ご自身で飽きてしまわれたのですか」
司会者「そういうことだ(笑)。ああ、番外編は長々とやる気はないけど、1~3話くらいの短編でいきます。この便宜上なので突っ込まないように」
ルルーシュ「わかった。話の区切りということだな」
司会者「それとミレイ」
ミレイ「はい?」
司会者「正直、俺も最初からキミを進行役にすればと思ってたよ。合間合間の限定で扱っちゃってごめんね」
ミレイ「ふふっ。今からでも遅くないわ。任せてちょうだい」
司会者「というわけで今回からよろしく」
ミレイ「こちらこそ。楽しみにしているわ」
司会者は満足そうにうなずくと、会場の中央へ向き直った。
司会者「じゃあ、いきます。まずはカモン!」
その声とともに、会場の一角に光が集まる。
次の瞬間、一人の青年が姿を現した。
盾を背負い、周囲を警戒するように視線を走らせる。
尚文「……ここはどこだ?」
司会者「お、来た来た」
尚文「お前が呼んだのか?」
司会者「そうだよ」
尚文「何のために?」
司会者「すまん。パッと浮かんだからだ(笑)」
尚文「…………は?」
一瞬、尚文の表情が固まった。
リヴァル「ええっ、それだけ!?」
C.C.「相変わらず理不尽だな」
尚文「ふざけるな。俺は暇じゃないんだぞ」
司会者「まあまあ。せっかく来たんだから、少し付き合ってくれよ。時間は元の世界に戻せるし、ここで話をする分には問題ない」
尚文「……また厄介なことに巻き込まれた気がする」
司会者「気のせい気のせい」
尚文「その言い方が一番信用できないんだよ」
アバン「お気持ちはよくわかります」
尚文「……あんたも?」
アバン「ええ。私も以前、似たような形でこちらへ招かれたことがありますので」
尚文「そうか……。なら、少しは話が通じそうだな」
司会者「おいおい、俺の前で何を言ってるんだ(笑)」
尚文「事実だろ」
会場に小さな笑いが起こる。
司会者は尚文の反応を面白そうに眺めてから、改めて全員に向き直った。
司会者「さて。では一発目、『司会者による唐突議題ふっかけコーナー』。しふこです」
アバン「……ふふっ」
司会者「笑うなよ(笑)。では指名します」
司会者はわざとらしく間を置いた。
司会者「ダララララララ……」
C.C.「口で言っているのか?」
司会者「ドラムロールだよ。細かいことを気にするな」
太公望「自分で言っておいて、面倒になったようじゃな」
司会者「て、面倒なんでサクサク行きます」
そして、司会者の視線が観客席の一角で止まった。
司会者「ルルーシュの妹、ナナリー! キミだよ」
ナナリー「……私、ですか?」
ルルーシュ「ナナリー?」
突然の指名に、ルルーシュは少し驚いた様子で妹を見る。
ナナリー「はい。大丈夫です、お兄様」
司会者「ナナリー、キミは確か、優しい世界を望んでいたね?」
ナナリー「はい。私は、誰もが安心して暮らせる、優しい世界になってほしいと思っています」
司会者「ここをどう思う? 武力行使禁止の、ただひたすら話し合うだけの場所だ。そこそこキミの望んでるものに近いんじゃないのかい?」
ナナリー「そうですね。少なくとも、ここでは誰かが武力で相手を傷つけることはありませんから」
司会者「厳密には言葉の暴力は可能だが、さすがにそれまで縛っちゃうと弁論に支障をきたすと思うので却下で。人を傷つけることができないようにするってのも余裕だけど、とりあえず武力行使だけにするよ」
ニア「言葉による攻撃まで禁止してしまえば、議論そのものが成立しなくなる可能性がありますからね」
司会者「そういうこと。ただ、こんなのは俺みたいなのが反則技を使って初めて成立することだ。あくまで体験版みたいな感じで捉えてくれ」
シュナイゼル「現実の社会で同じ環境を再現することはできない、という意味ですね」
司会者「そう。ここは特別な場所だ。だからこそ、ここで成立していることをそのまま現実に持ち込めるとは思わないでほしい」
司会者はナナリーへ向き直った。
司会者「では本題だ」
少しだけ声の調子が低くなる。
司会者「『優しい世界、それを現実的に成立させる為にはどうすればいいと思う?』」
ナナリーはすぐには答えなかった。
司会者「ちなみに俺は答えを持ってる。現在進行形の実体験中の答えだ」
C.C.「ほう。自分の経験を根拠にするのか」
司会者「そういうこと。いちいち言うのも面倒だが、一応言っとく。あくまで俺が個人的に思ってることだ。正解だと履き違えるなよ?」
ルルーシュ「それはわかっている」
司会者「それと、これは弁論者たちに言いたいが、『人にどうすると聞くなら、まず自分ならこうするって前置きしてから聞いてほしいね』」
アバン「なるほど。相手にだけ答えを求めるのではなく、まず自分の考えを明らかにする、と」
司会者「そう。ああ、みんながわかりあえばいいとか、ラグナレクみたいなバカみたいな返答はしないでね。現実的に頼む」
ルルーシュ「……ナナリー。まずは聞いてみるといい」
ナナリー「はい、お兄様」
司会者は、全員の視線が自分に集まったのを確認してから、ゆっくりと話し始めた。
司会者「では、俺の答えだ」
一呼吸置く。
司会者「ずばり、『満たされればいい』だ」
月「満たされる?」
司会者「それもただの満たされじゃない。何も不満がないレベルの満たされだ。実生活や精神的にって意味かな」
申公豹「なるほど。生活上の安定と、精神的な充足の両方を指しているのですね」
司会者「そう。人は自分に余裕があって初めて優しくなれる、だったかな。金持ちとかに穏やかな人が多い、みたいな話もあるが、無論、本質的に優しい人も、やべーヤツもいるだろうから一概には言えん」
尚文「まあ、生活に余裕がないと他人に気を遣う余裕もなくなる、というのはわかる」
司会者「だろ? 繰り返すが、とりあえず現在進行形で実体験中の俺の答えはこれだ」
司会者は自分の胸元を軽く指した。
司会者「実際、俺はこの二つで満たされている。厳密には前者は違うが、実生活には困っていないという意味でな」
アバン「そして、精神的な面でも?」
司会者「ああ。以前は後者がなかったから、あのクソだのゴミだの黒い衝動を持て余していたが、今は違う」
C.C.「随分と率直な言い方だな」
司会者「今の俺なら、誰にでも……とは言わんが、一般的な普通の人くらいになら優しくなれる。まあ、神のまねごとなんてやってることも影響してるだろうが、下々の営みを楽しんでいる感覚というか……」
司会者は少し言葉を探した。
司会者「……まあいい」
そして、改めてナナリーを見る。
司会者「俺が言いたいのは、こういうことだ。実生活が満たされていて、精神的にも満たされている。そんな人間が大勢いる世界を想像してみてほしい」
ナナリー「……はい」
司会者「そして、この通りに行き、みんながこの状態になったとしよう。その光景を想像できるかい?」
司会者は、少し笑った。
司会者「俺が想像して率直に思った感覚はこうだ」
一拍。
司会者「――死ぬほど気持ち悪い」
リヴァル「ええっ!?」
ミレイ「そこまで言うのね……」
月「満たされた人間が大勢いることが、気持ち悪い?」
司会者「そんな奴らばかりの世界があったとして、俺はそいつらを人間だとは認識できない。要はユートピアってやつなんだろうが、こんな世界に住むくらいなら、俺はディストピアの方がまだマシだね」
ルルーシュ「待て。全員が満たされていること自体が問題なのか?」
司会者「いや、そこは少し違う。俺が言っているのは、全員が同じように満たされ、全員が同じように優しくなった世界だ。そこに何の不満も、衝突も、個人差もない。そんな光景を想像すると、俺にはひどく不自然に見える」
C.C.「人間らしさが失われているように感じるわけか」
司会者「そういうこと。あるいは、まだルルーシュが全人類に向けて『仲良くしろ、優しくなれ』とギアスをかます方がマシだね。少なくとも、自分の意思じゃない分だけ、まだ納得できる」
ルルーシュ「おい。俺をそんな使い方をするな」
司会者「例え話だよ(笑)」
司会者は再びナナリーへ向き直った。
司会者「つまり、総括するとこうだ」
その声から、先ほどまでの軽さが少しだけ消える。
司会者「ナナリー。俺がキミの世界の住人だとして、キミに今言った手段があるとして、それをキミが実行しようとしたら――」
一瞬、会場が静まり返る。
司会者「俺はキミを殺してでも止める」
ルルーシュ「……!」
ナナリー「お兄様、落ち着いてください」
ルルーシュが立ち上がりかけたのを、ナナリーが静かに制した。
司会者「長くなったが、以上だ」
司会者は椅子に腰を下ろした。
司会者「さて。ここからが本番だな」
ナナリーは、しばらく司会者の言葉を考えていた。
彼の言う「満たされること」は、確かに一つの方法なのかもしれない。
しかし、そこから導かれた結論は、ナナリー自身が望むものとは大きく異なっているようにも思えた。
そして、司会者の言葉に反応したのは、ナナリーだけではなかった。
ルルーシュ、C.C.、アバン、尚文。
それぞれが、何かを言いたそうにしている。
――番外編 第一話・了。
試作について、ひとこと
今回、あえて司会者の発言をすぐに誰かが論破するところまでは進めませんでした。
ここで一度区切ることで、次の話でナナリー自身の答えを聞く余地ができます。また、尚文も今回の議論に参加する理由ができました。
そして、私としては今回の司会者の主張には、もう一つ大事な問いが隠れていると思っています。
「自分が満たされていること」と「他人にも同じ満たされ方を求めること」は、まったく別の話ではないか?
ナナリーがそこをどう考えるか、尚文が自分の経験から何を語るか。ここは次回の見どころにできそうです。