3.
佐々木。そして家が医者。その二つを聞いてピンときて聞いた。佐々木さんって、あの佐々木病院のって。あの、結構大きい。
佐々木さんは、少し困ったように苦笑して、「咲」でいいよって言った。それにそんなにそこまで大きくはないかなって。まあ、ちょっとはね。ちょっとは大きいかもしれないけどさ、なんて。
またまた、と苦笑する。このあたりで佐々木病院を知らない人は、まずいない。親子三代にわたって、この地域で病院をやってきたってだけでもまず凄いのに。その病院が市立病院も顔負けの大きな病棟をいくつも抱えた総合病院となれば、知らないほうがまずおかしいという話だ。
流石に市立病院ほど馬鹿でかくはないけれど、それでも気持ち、気持ちほんの少し小さいかなぐらい。しかも時々増改築しているという話は聞くし。案内の広告が回ってきたこともある。
それに、このあたりで病院をやっている佐々木さんと言えば。色々、「手広く」やっているということでも有名だから。会社もいくつか経営していて。山だって持っているともっぱらの噂。結構今のご当主が野心家で。結構政治パーティとか、後援会とか。
そういう意味でも色々手広く動いているという噂は聞いた。うちの親族会で、だけど。それに当のご当主自体人前で話すのが好きみたいで。実績も学歴もある人だから、いろんなところで講演会とか、講師として御呼ばれしている、らしい。これも親族会で聞いた話でしかないけれど。
だから、そんな家の子が「ちょっとは」というのが可笑しくて。確かに、「ちょっと」大きいかもしれないね、なんて揶揄ってみる。「ちょっと」を強調して。お嬢様じゃん、何言ってんの、みたいに。
そしたら、佐々木さんは、いや咲は小さく笑って。知ってたんだ、みたいに。知らないほうが難しいでしょ、なんて言って。何かと有名だもんって。まあ、色々やってるみたいだからねって咲も笑って。でも、有名って言葉でいくのなら、あなたのところのほうがよっぽど有名だと思うけど。
なんて。どことなく笑ってない顔で言われて。いや、顔は笑っているんだけど、目が笑ってないというか。その目は、よく知っている目で。いやというほど見てきた目で。だから私は苦笑する。やめてよね、なんて。
そして言う。少しおどけて。何でもないように。なんでもなかったように。おろ、意外。私のこと知ってたんだ。私、そんな有名人じゃないよ。いや、まあ、多少は変わっているけど。色々やってきたし。でもまさか、私のこと知ってるなんて意外だなって言って。
咲はにっこり笑って。そりゃあ知ってるよ。だってクラスメイトだもんって言われて。ちょっと、それだと咲のことを知らなかった私が酷い人みたいじゃない、やめてよって笑いながら軽く肩を小突いて。
ごめんごめんと咲も笑って。いやー、なかなか話す機会なかったからさって。いつも同じ三人で固まっているじゃん。なんか難しそうな話してるし。他のグループともそこまで絡んでないっぽいし。話しかけづらいというか、話しかけてもいいのかなーって。そんな風に朗らかに。
だから私も笑う。やめてよー。そんなにお高く留まってないよー。ただ変人奇人狂人の集まりってだけで。そんなに怖くないよって。
うん、それはわかるよって咲も笑って。話しかけてみたらずっと話しやすかったから。話しかけるのはちょっと怖かったけどね、なんて言われて。んー、ごめんね?ちょっと薬が切れてイラついてたのが出ちゃったのかも、なんて言って。
分かるよって咲は笑って。痛いのってムカつくもんね、なんて。少し心配そうに眉をひそめて、頭痛?って聞かれて。いや、と笑う。ぽんぽんぺいん。お月さま。そういいながら下を指さす。あー、と何とも言えない顔をする咲。そりゃあ辛いよねって言われて。結構ね、なんて返す。
でも、私が■■さんのことを知っているのは別に、変わってるからじゃないよって言われて。私は小さく苦笑する。私も下の名前でいいよ。他人行儀みたいじゃん。「澪」でいいよって名乗って。
じゃあ、私も澪って呼ぼーってにっこり笑って。澪、去年生徒会選挙に出てたでしょ。前期だけじゃなくて後期もやってた。そう言われて。覚えてたんだ、と少し本気でびっくりする。その頃ってたぶん、編入したばかりでしょ。色々ドタバタしてただろうに、よく覚えているねって。
咲は小さく苦笑して。あんな印象的な演説しといて忘れるわけないでしょって。私びっくりしたよって。こんな本気で演説する人いるんだって。こんな本気の演説しかける人がいるんだって。この学校だからかなって思ったけど、他の子のは。うん。まあ。普通、だったかなって。そう、微妙に言いにくそうに口ごもる咲。
だから私は言う。普通だし退屈だった?って。少し笑って。咲は少しびっくりしたように目を見開いて。口元だけで少し笑って。いや、そんな、そこまでは。あー、うん。でも、まあ。なんてしばらくごにょごにょ濁していたけれど。じゃあ、とっても面白かった?どったんばったん大ウケ?大爆笑?そう重ねて聞いた。
そしたら咲は。ふっと小さく笑って。本当に小さな笑い声だったけれど。それは、本当の笑い声で。さっきまでのどことなく作ったような。どことなく飾ったような。どことなく違和感を感じるような。
まるで鏡でも見ているような。歪んだ鏡でも見ているような、割れた鏡でも見ているような。どこまでも同類を見ているような。どこまでも同族を見ているような。なのにそれを無理矢理押し殺しているような。無理矢理押し殺しきれていないような。何とも言い難い違和感。
他の人はひょっとしたら気づいていないのかもしれないけれど。気づいていて何も言わないのかもしれないけれど。そんな違和感を感じさせる笑い声ではなくて。少なくともさっきまでの笑い声ではなくて。本当の笑い声。
そして咲はにっこり笑うといった。まあ、糞つまらなかったよねって。すごくいい笑顔で。びっくりするぐらいつまらなかった。本当にどうでもいいぐらいつまらなかったかな。つまらなすぎて腹が立ってきたぐらい。
結局どこもおんなじかよ、みたいな。でも、澪のはそこまでつまらなくなかったから。だから覚えているんだよって。そういってにっこり笑って。心の底からの笑顔。作ってない笑顔で。
いい性格してるね、とは思わなかったし、言わなかった。いや、少しは思ったけれど。でも言わない。どっちかっていうとやっぱりかって感じ。
どことなく偽物っぽくて。あんまりまわりには気づかれていないみたいだし。むしろ王子様としてのいい評判しか聞いたことがなかったけれど。その微笑み方は。その笑い方は。その目つきは。とてもとてもよく知っているものに似ていたから。
親族会の面々であり、親族会に出ているときの父母の顔。無理矢理作った顔であることが透けて見えている。中身を押し殺した顔でいることが透けて見えている。
それこそ妹も同じ。私よりよっぽどよそ行きの顔を作るのがうまい妹。その妹の顔にそっくりだったから。妹よりよっぽど上手いけど。でも何かを隠しているんだろうなって気配はあったから。
だから、誘ってみたんだけど。誘える人には誘えるやり方で。分かる人には分かるやり方で。誘いだってわかるように。これ見よがしに。だいぶ派手に誘ってみたんだけど。それが分かったから咲も乗ってきた。こんな派手に誘うんだってちょっと引きながらも乗ってきた。
分かりやすすぎない、ひょっとして腹芸とか苦手でしょ、みたいな顔をして乗ってきた。分かるよ。何も言わなくても分かる。たぶん、同類だから。ここまで似た人に会う機会は、なかなかなかったけれど。普段つるんでいる子は、まだ普通の子だから。まだ、だけど。
でも、まさかこんな乗ってくるとは思わなかったなって。そう苦笑する。この思いも、たぶん。読まれているのだろうけど。きっと、私たちは同類だから。
でも、それにしたってこんなに無防備にガードを下げてくるとは思わなかった。ここまで中身を見せてくれるとは思わなかった。ここまで教えてくれるとは思わなかったし、ここまでガードを解いてくるとは思わなかった。そこだけは意外だったなって。
だから私もにっこり笑うと言う。やっぱり?そういうと思ってた。でも、ここじゃなんだから、ちょっと場所替えよっかって。ちらと目線を横に向ける。まだ教室に残っているクラスメイト達のほうに。
それで察したのか、そうだね。と大きく頷く咲。いやー、この教室暑いよ!暑い暑い!暖房かけすぎだって!外の空気に当たりたいところだったんだー!
そう言いながら、わざわざマフラーをほどいて見せる咲。そんな咲に苦笑しながら、私たちは階段を下りて行った。