4.
たどり着いたのは中庭。普通の、飲み物とかを売っている自販機が三台と、アイスの自販機が一台。菓子パンの自販機が一台置かれていて、ベンチもいくつか置かれている。
テーブルはないけれど、ちょうど校門近くの桜並木が見渡せるし、ひときわ大きな桜の木もベンチの脇に生えているから。結構人気のエリアで。
それこそお昼時とかは相当混雑する場所なんだけど。近くに冷水器もあるから、最悪弁当さえ持ってくればすべてそろっているって訳。
でも、時間も時間だし。帰りたい子たちはとっくに帰っていて。とはいえ最終下校時刻には早すぎるから。みんな部活とかの真っ盛り。人通りはほとんどない。
強いてあげるのなら、ちょっと離れた位置に剣道場があるけれど。激しい竹刀の音とか、打ち込みの声とかが聞こえてくるから、まあ、聞かれる心配はないかなって。
一番桜の木に近いベンチに腰かけていた咲に、自販機で買ったお汁粉の缶を渡す。ありがとーなんて言いながら受け取る咲。私も横に腰かけると熱々のお汁粉の缶を揺らす。コーヒーがよかったんだけど。そう微笑みかけてくる咲。
アイスにしてもよかったんだぞ。そう言いながらお汁粉の缶で頬をつつく。ぎゃ!としっぽを踏まれた猫みたいな悲鳴を上げる咲。熱いって!ごめんて!ただ、私としてもそんなつもりはなかったから、あ、あ、ごめんね?そんなつもりはなかったんだけど。ハンカチ水で冷やしてこよっか?なんてちょっとドタバタして。
いや、別にいいよこんなの。慣れてるし、なんて言って。駄目だよとまだ水の滴っているハンカチを押し付けようとしたら。いや、それはいい。本当にいい。せめて絞りなおしてきて。お願い。って言われてしまって。もう一度冷水器まで走ったり。まあ、そんなドタバタはあったけれど。
缶を押し当ててしまった頬も、別に何ともなってなくて。気持ち赤い気もするなあと思っていて。もう少し押し当てたほうがいいんじゃないかなあ。まだハンカチ冷たいし、押し当ててあげようかなあと思って見ていたんだけど。咲にこれは私の素の顔の色だよ。あんたと違って血色いいのって突っ込まれて。
いや、駄目だな。明らかに真っ赤っかだ。これはアイスで冷やさないとと言って席を立とうとしたら、なんでアイスなんだよ、冬だって、寒いって言うから。露骨に私、あなたが何を言いたいのか分かりませんって顔を作って見せて。でも、さっき教室で暑いって言ってたから……。なんて言ってみたりして。
こいつ……!みたいな顔して咲が微妙にプルプル震えているのが面白くって。つい笑ってしまって。少しぽかんとしていたけれど、咲もつられるように笑いだして。二人して笑って。お腹を抱えるぐらい笑った。
そして、まだお腹をさすって少し苦しそうな咲が笑った笑ったって言って。少し目元をぬぐったのは見ないふりして。久々に心から笑ったよ、なんて私も言って。
咲は、少し怪訝そうというか、少し驚いたような顔をして。でもあんた、いつも一緒にいる二人いるじゃんって。私は小さく笑う。お汁粉の缶のプルタブを少し上げては戻し。少し上げては戻し。ぱっちんぱっちん音を響かせて。
そして言う。あの子たちはいい子たちだよ。とっても仲良し。でも何でもは話せない。普通の子たちだから。分かるでしょ。でも、咲は何も答えてくれなくて。
おやおや、王子さまにはご理解いただけないか。まあ、仕方ないか、だって王子さまだもんなーなんて言って。やめてってかるく小突かれて。結構真面目なやめてだったから、ちょっと申し訳なくなって。
でも謝るのも違うなって思ったから。お汁粉の缶をゆらゆら揺らしながらふらりと立ち上がって。咲の前に回り込んで、見下ろして言った。私は咲のこと同類だと思っているけど。同類というより、同族かな。咲はどうなの。そう言って。
咲は答えず、まあ、座んなよって私のブレザーの裾を引っ張って。真正面に立たれるのは苦手なんだ。色々思い出す。怖いから。おとなしく咲の隣に戻る。まあ、どうだろうな、なんて咲は言って。未開封のお汁粉の缶をぐるんぐるん手首の中で回転させながら。
しばらく二人とも何も言わなかった。黙ってお汁粉の缶をもてあそんでいるだけ。どれほどの時間がたっただろう。ふと、ぽつりと。まあ、同類だろうねって咲が言って。
すごく私たちは似てるよって言って。そっくりだ。鏡でも見てるのかと思った。なんて、ぽつぽつと。さっきの選挙の話なんだけどさって。ぼそりと咲は言って。
最初はただのヤバい奴だと思ってた。頭のねじのかっとんだ奴。もしくは馬鹿だ。こんなところで大真面目に選挙活動やって何になる。そんなに生徒会に入りたいのか。必死だなって。
私は黙って聞いている。まあ、図星だったから。目的はなんだ。内申か?それとも推薦?どちらにしても割に合わねーだろって思って。どちらも成績がついてこなきゃ、どれだけ生徒会とか課外活動頑張ったところで意味はない。むしろそういう活動頑張んなきゃいけない分だけ、勉強時間は削れる。何の意味もない。
将来のためを思うのなら、もっとまじめに勉強しとけよって。それともお嬢ちゃんだからそんな簡単なことも分かんないのかって。だとしたら本当に馬鹿だなって。救いようのない馬鹿。初めてレベルの馬鹿。馬鹿すぎて腹が立ってくる。殺してやろうかって思うぐらい。そこで一息吐く咲。手だけで続けて、と先を促す。
とんでもない学校に来ちまったなと思ってた。右を向いても左を向いても馬鹿ばかり。どいつもこいつものほほんとした顔ばっかしやがって。いいとこの子が集まると評判だし、進学校を名乗っていたから多少は期待していたけど。どいつもこいつも馬鹿みたいな顔をしやがって。
温室育ちのお嬢様かお坊ちゃまばっかりだ。苦労もしたことなさそうな、殴られたこともなさそうな。人に愛されて当たり前、親に愛されて当たり前。親を大事にしましょう、見守ってくれている地域の人を大事にしましょう。
ムカつくんだよ、そういうの。すごくムカつく。反吐が出る。この場で殺されないだけ感謝しろって感じ。でも、わかるでしょう。そういう気持ち。あんたなら。
そう言ってまっすぐに私の目を見つめてくる咲。その目の奥に宿る熱は。どこまでも押し殺されて、押し殺しすぎて。ふとした弾みに噴火してしまいそうな。
そんなどこまでもぐつぐつ煮えたぎるような、そんな熱。あくまで表面は乾いているけれど。乾ききってひび割れているけれど。その中にはいろんな押し殺してきた感情が眠っていて。悪意とも憎悪とも殺意とも言い切れない。
どこまでも昏くよどんだ熱。どこまでも濁り切った熱。この世界のすべてに壊れてしまえと望んでいるような。この世界をどこまでも深く恨んでいるような。
この世界をどこまでも深く深く憎んで、呪っているような。全部ゼロにしたいと願っているような。全てをゼロに戻して、ただ楽に息がしたいと望んでいるような。はたまた、ただ自由に息がしてみたいだけのような。
そんな、乞い願うような眼差しは。恋願うような眼差しは。縋るような、縋り付くような眼差しは。どことなく媚びるようで。理解してほしいと願っているようで。簡単にわかる、理解できるというのは許さないと。
そんな怒りを孕んだ眼差しは。ふざけたことを言ったらこの場で殺す。何があってもどれだけの時間をかけてもいかなる犠牲を払ってでも、その舐めた発言のつけを払ってもらうと言いたげな、その目つきは。
でも、どこか。あんたなら理解できるはずだと言いたげな目つきは。あんたになら理解できて当然だとでも言いたげな目つきは。あんたにすら理解できないと言ってもらっては困るとでも言いたげな目つきは。そんなどことなく媚びるような。はねのけるような目つきは。
あまりに見覚えがありすぎて。だってそれは、鏡の中で毎日見ていたから。その瞳の奥で。同じような光の揺らめきは。炎の揺らめきは。いつだって見てきたから。だから。その瞳は何よりも雄弁だったから。
それだけで同類だってわかったから。だから、私はわかるともわからないとも答えなかった。ただ、一つため息をこぼして。苦労してんだね。咲もさ。なんて言って。それで十分だと思ったから。十分伝わると思ったから。
咲は小さく笑って。口元だけで、ふっと息を吹き出すような。泣いているのか、笑っているのか判断に悩むような笑い方で。私はお汁粉の缶のプルタブを開けると、無言で咲のほうに掲げる。咲も小さく笑って。
どことなく疲れたような笑顔で。軽くお汁粉の缶を差し出してきて。乾杯、と囁きあう。ぐびぐびと飲み干すお汁粉は、少し冷えていて。でも冷め切ってはいなかったから、どことなく生ぬるかった。
それでいてねっとり絡みつくような独特の喉越しは、冷えたことで増幅されていて。口の中を蹂躙する濃厚な甘み。正直喉が焼かれそうで、むせそうだった。
でも、むせたら負けかなって思ったから、頑張って耐えていたんだけど。むしろ耐えたことで変に甘味が濃縮されて。ちょっと気持ち悪くなったというか、吐きそうだった。でもぐっと耐えてたんだけど。
咲は、そういう遠慮をしない人のようで。盛大にむせて。げっほげっほとおじさんみたいに。かりそめにも王子様のように見られているかっこいい系の女子がそんなことをしているのを見られたら、百年の恋も冷めるだろうなっていうような、馬鹿みたいなむせ方。
むせてるうちに変なところに入ってしまったのか、なんならえづき始めて。み、水と言い残して冷水器のほうに行って。しばらくしてからもっとむせてる音が聞こえてきて。喉に絡んでしまった何かを吐き捨てるような音まで。あー、これは人に見せられないわと天を仰いでた。物理的に。
しばらくして咲がハンカチで手を拭いながら帰ってきて。少し眉根にしわを寄せて。しきりに喉のあたりを気にしながら。その時はまだ物理的に天を仰いでいたから。
ちょっと引いたような声で何してんのって聞かれて。あまりのお行儀の悪さに天を仰いでいるって答えて。うるさいよって小突かれて。だからコーヒーがよかったんだよって言われて。少なくともこんなことにはならないって。
だから仕方がないなあって言って。そんなにアイスが食べたくなっちゃったのか、全くしょうがない子だ。そんなにアイスが食べたいのならお姉さんが一肌脱いであげよっかな!全種類買ってきてあげる。
ただし残したり食べきれなかったら殺すから、ってマジトーンで脅してみたりして。怖いって。ごめんってと笑いながら謝られて。
じゃあ今度アイス奢ってっておねだりして。あ、本気でアイス食べたいんだって少しびっくりされて。仕方がないじゃん、みたいな。アイスとか家では食べられないし。お小遣いもないからアイスなんて買えない。高いし。だからアイス食べる機会は貴重だし、逃さないようにしてるのって答えて。
ああ、なるほどって咲にため息をつかれて。じゃあさっきのアイス買ってこようとしたのは冗談?って聞かれたから。いや、本気。全財産はたいてでもアイス買い占めてきたし、それで食べきれないとかほざくなら、本気で殺すつもりだったって答えて。
いや、あんた本当にやばい奴だなってちょっと引いたような顔で笑われて。知ってたけどさ、なんて言われたから。いつ気づいたのって聞いて。咲はしばらくうんうん唸っていたけれど、分かんない!と勢いよく答えた。おいおいとは思ったんだけど。ただ、結構咲が真面目な顔をして、あんたって、自分の内面を本気で隠したいのかよくわかんないんだよねって言われて。
本気で隠そうとしてる部分があるなってことはわかる。何かを隠してるんだろうなってことまではわかるけど、何を隠してるかまではわかんない。私は黙って軽く頷く。その通りだったから。
それに、確かに変わったやつ、変なやつではあるけれど。なんか本気で変わったやつ、頭のねじが消えてるやつでもなさそうなんだよね。って言われて。
なんかその言い方だと、ファッション狂人みたいで恥ずかしいなって笑って見せて。その笑い方だよ、って咲に指をさされて。指をさすのはよくないと思うな、って微笑んで。指を握りしめて軽くそらして。
次、指をさしたらへし折るから。嫌いなんだ。指をさされるの。そう言ってにっこり微笑んで。軽く曲がらないほうに捻っておく。本気だよ、とわかるように。
ごめん、もうしない。そう言って指を引っ込める咲に黙って手を振って先を促す。咲は軽く笑うと、まあ、今のもそうなんだけどさ、といって。
あんたって、冗談抜きでヤバいところがある。本気で人として壊れているんだなってところがある。あんた、人を傷つけることというか、他人に暴力をふるうこと、躊躇えないだろって言われて。どうかな、って肩をすくめて。でも、その言い草はあながち間違いでもなかったから。
昔はよく、深夜徘徊をしていて。わざわざこの制服で治安の悪いエリアを通って。ちょっかいをかけられるのを待ってたというか、わざわざ喧嘩を売られに行っていた。
まあ、身を守るためなら仕方がないかなって。あーあ、仕方ないなあ。怖いお兄さんに絡まれちゃった。えーんえんえん、こわいよう。こわくって仕方がないので、先に手を出されたのなら潰してもいいかなって。
しばらく地べたでのたうち回ってなよ。地べたで転がるの、楽しいでしょう。実は私、喧嘩弱くないんだ。意外でした?でも、叫ばれるとうるさいので喉は潰します。せいぜい派手にのたうち回っておいてください。先に手を出したのはあくまでそっちなんで。
まあ、勉強代と思って諦めてください。ま!怖くってついやりすぎちゃうことってありますよね!だって私とっても怖かったんだもん!なーんて。
まさか、そんなことは言えないけど。一つだけ訂正、と釘を刺しておく。私は怪我はさせない。あとが残ると面倒くさいことになるから。そう言って。
まあ、そうだと思ってたよ、なんて咲は笑って。でもそういう、ヤバいところも絶対に人には見せない。少なくともこの学校では見せないようにしている。でしょう?そう、にっこり笑われて。かもね。そう肩をすくめる。
まあ、そういう風に色々見てたらさ。なんかぶっちぎりでヤバい奴というより、まあ色々あるんだろうなって思ってさ、なんて咲は言って。ベンチから立ち上がる。大きく伸びをしながら。
それにあんたの家、有名だから。私も一個訂正しておこうかなって言われて。さっき私の家を大きそうって言ってたけど。よっぽどあんたの家のほうが大きいでしょって。大きいというか影響力がある。正直私の家とは比べ物にならないよ、なんて。
どうかな、なんて言って微笑んで。結構いい時間だけどどうする?なんて言われて。時計を見れば確かにいい時刻。それこそ今すぐ学校を出ないと予備校に遅れてしまうような時間帯。
だけど、私は。少し考えて。いい、今日はサボる。予備校はお休み!そう、宣言して。いいの?なんて、咲は少しびっくりしたように。でもどことなく、嬉しそうに。
いい。重ねて私は言って。ちょっと咲と話したくなった。だから、いい。そう言って。それでも、咲は嬉しそうな顔半分、どことなく心配そうな顔半分といった感じで。ひょっとしたら私の家の噂とか聞いたことがあるのかな、なんて思ったりして。
まあ、警察に相談したりスクールカウンセラーに相談したことあるしな。このままだといつか殺されます。助けてくださいって。
ずっとずっと昔の話だけど。ずっとずっと昔の話でしかないけれど。まあ、大人は助けてくれないことを学ぶいい機会だったし。別にどうでもいいんだけど。そういう噂って、広がりやすいから。他の家に興味があればなおさらかなって。
だから、私はいいんだよっていう代わりに。じゃあ、駅前のラーメン屋いこっか!そう明るく言って。あそこ美味しいんだー!あ、でもお金ないから奢ってねって言って。さっきのアイスとは別だから。なんて。
咲はえー、アイスも奢るし、ラーメンまで奢んなきゃいけないの?なんて悲鳴を上げていたけれど。まあ、付き合ってもらうのこっちだし、なんて最終的には折れて。
でも、安い奴でお願いねって言われたから。分かった!じゃあチーズチャーシュー丼セット、麺大盛りで!なんて言って。ちょっと、それ一番高い奴じゃないの?しかも食べ過ぎ!太るよ、なんて突っ込まれ。
いやいや、分かってないなあ、お嬢さん。あの店に行ってチーズチャーシュー丼セット頼まないなんてありえないから。
マジで旨いよ。刻んだ特製チャーシューの上に、チーズをいやというほど山盛りかけて、バーナーであぶる。そこに特製のたれとコショウを少しずつ。あー、喋ってるだけでお腹すいてきた!それに育ち盛りだからいいのって言って。
ダイエットがてら、走りますか!そう言って駆け出して。えー、マジで言ってる?なんて言いながら二人して駅前のラーメン屋まで走っていった。