Grand Guignol   作:クロト★

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第六幕  Don’t wait. The time will never be just right.

「ハァァァァァ」

 奴がゆっくりと息を吐くのに合わせて左手に何かが集まる。碧の燐光が腕部に集まり、何かを形取ってめいく。

 それに伴って奴の雰囲気も変わっていく。

 より獣らしく、禍々しく。

 取り巻く空気をも変質させ、辛うじて人だと認識させていたオーラは何処かへと完全に消え去っていた。

「コレ出したくはなかったんだがよぉ。」

 そう言って左手に現れた《杭》をどこか嬉々とした表情で見つめる。

 まるで狩りを楽しむ獣のように。

 新しい玩具を得た子供のように。

 奴の腕に現れたそれは、巨大な腕甲にリボルバーがついており、砲身から透き通った、血のような杭が覗いている。

 パイルバンカーと呼ばれる架空武装の一種で、火薬などにより杭を打ち出して攻撃する白兵戦専用の武装。

 

Aufwachen(覚 醒)────────」

 

『ドラクレイア!!』

 

 叫びと共にその杭を突き出す。

 数十キロはありそうな鉄塊を易々と、重さなどないかのように軽々と繰り出してくる。

「っ!!」

 拳打の要領で放たれる攻撃の悉くが必殺の威力を孕んでいた。

 躱した一撃が塀に、電柱に風穴を開けていく。

「オラオラオラオラオラぁぁ!!」

「クっ!!」

 奴のアルビノの目が妖しく光る。

 凄まじい轟音を轟かせ、俺を屠らんとパイルバンカーが繰り出される。

「どうした?腕輪(そ れ)つけねぇと死んじまうぜ!!」

───こんな妙ちくりんな腕輪つけたら生き残れるってのかよ!

 と、奴はこれまでの杭攻撃から一転、下半身を使って攻撃してきた。

───すなわち、脚で。

「ぐっ!」

 奴の左足は正確に俺の左手を蹴り上げた。

 完全に意表を突かれた俺は腕輪を手放してしまった。

 

 そんなの無視しろ!

 死ぬぞ!

 

 頭のなかではわかっているが、俺はそれに手を伸ばした。

「くそっ!」

もしかしたら───

「させるか!!」

「オォォォォ!!!」

───生き残る手助けになるかもしれない。

 一縷の望みをかけて伸ばした右手首にガチャリと何かがはめられた。

 

「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁはぁ!!!」

 

 熱い。

 熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、アツイ、アツイ、アツイ。

 熱い、なんだこれは。

 右腕────正確には『何か』がはまったところ────から焼けるほどの熱を感じる。

 いや、もう焼けてしまっているのかもしれない。

 激痛が、熱が、今まで感じたことのないものが俺を襲う。あまりの痛みにうずくまってしまう。

 

「おい、それに苦しんでる場合かよっ!!」

「っ!?」

 

 奴との距離が一気に開く。 

 

「ほう。」

「ハァ....ハァ...ハァ...ハァ..」

───何だこれどうなってやがる。

 俺の躯は()()()()()()()()姿()()で何メートル飛んだ?

「躱すか。さっきよりかは大分マシになってきたじゃねぇか。」

 動けないはずの俺を狙った突きは、黒い地面に冗談みたいなデカさのクレーターを作っていた。

 いや、驚くことはそれじゃない。15、6メーターはあろうかという距離に白髪野郎が見える。あの距離を俺は飛んだってのか?

「自分が何したかわかんねぇって面してんなぁ。なぁ、オイ!気分はどうだよ劣等!!早くお前も覚醒()せよ、せっかく面白くなってきたんだ、俺をもっと楽しませろよ!滾らせてくれよ、オイ!!!」

────さっきよりも速い!!

 まだ速くなんのかよ、あの化け物。あの杭、目換算で12、3キロはくだらねぇぞ。

「くっ!」

 疾走する狼の爪を躱す。もはや視認できないレベルの攻撃を反射に近い反応で躱した。

 力の入らない足に思いっきり力を溜めて横に飛ぶ。

「─────なっ!?」

─────止まらない!?

 先ほどと同じく一気に奴と俺の間合いが離れる。それも一飛びで14、5メーターも。

「ぐっ!」

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 これじゃまるで────

「オイオイ、避けるだけかよ、つまんねぇなぁ。オイ!いつまで焦らしてくれんだ?早くしろよ、俺も次はぶっ殺すかもしれねぇぞ、オイ!!! 」

 理性というブレーキがぶっ壊れたイカれ野郎は、物騒極まりない咆哮と共に飛んだ。距離にして大体8メーター。俺よりも低いがそれでも人間が生身で飛べる高さじゃない。

 奴はそのまま空中で身を翻し、()()()()()()()()()()()、杭を持つ左腕を引き絞って向かってきた。

───突進!?

 ゲームかマンガの世界かなんかかよ、あり得ないだろ!

「くっ!オオォォォォォ!!!」

 自棄だ。着地のことなんざ、この際考えない。

 敵がわざわざ当たりにきてくれるんだから、そこに反撃(カウンター)を決め込んでやる。

 

──ここで一つ。

 サッカーという遊戯をたしなむ少年の多くが持つ夢の話をしよう。

 ボールが頭上にあって、自分はゴールに対して背中を向けて立っているとする。

 普通なら身を翻して、ボレーキックで手堅くゴールを決めにいくだろう。ヘディングというのも確実な手かもしれない。

 サッカーとは点と点の取り合いなのだからな。

 では────条件を加えてみるとどうなるだろうか。とある漫画を読んでいる、もしくはそのプレーをTVもしくは生で何度か見ているとしたら。

 その少年は真剣にそれを練習するはずだ。

 なぜ私がこの場面においてこんなどうでもいいことを話しているか.....と。愚問だな。

 この『劇』において私が必要だと考えたからだよ。それ以上の理由はない。

 よくできた劇ほど関係のない話を喋っているものなのだ。

 卿らが関係のない話と集中していなければ.....

 

 今後起こることをある意味聞き逃すことになるだろう。────

 

「おらよ!」

 

 杭のある腕を弓のように引き絞り、俺の左胸のやや中央より──つまりは心臓を狙って神速の突きを突きが放たれる。相も変わらずわけわかんない速度(スピード)

 技術(テクニック)という概念がないかのような力任せの一撃。それは強者のみに許された特権であり、有象無象がとっていい戦法ではない。

 彼が傲っているわけでも、侮っているわけでもなく、重ねる必要がないから技術というものをトレースしないだけであり、事実圧倒的パワーにより繰り出された一撃はその悉くが必ず死をもたらしてきた。

 スピードもパワーも一流。であるならば、そこに格闘技など凡人の産み出したものに入る余地はない。

 常人ならいざ知れず秀才に修練など意味を介さず、場数を踏み獣として成長し続けた彼には『自らの牙』を当てるという本能しかない。

 故に爪牙が止まることはなく、当たる、当たらないに関わらずその一撃は何かしらの爪痕を残す。具体的には、当たれば多量の血液と風穴の空いた遺体が、当たらなければ剣圧が体をズタスタに切り刻みアスファルトを抉る。

 

 だが────

 

 小細工を弄していない分至極明快で読みやすい。

 来るとわかっている以上、カウンターをぶち込まない手はないはすだ。

 飛び込んで来るんならオーバーヘッドをぶちこんでやる。

 着地だの受け身だのあとのことは考えるな。そう自分に言い聞かせ、背中からダイブし、まだ無傷の右足を振り上げる。

 果たして俺の右足は綺麗に奴の腹部へとクリーンヒットし、奴を塀へと叩きつけた。

 グルん、と俺の視界も丸々一回転し、蹴りあげた脚でどうにか着地する。

「ガハッ!?」

──効いた!?

 今の今まで全くダメージを与えられなかった化け物が口から血を流していた。

 どんな理屈かはわからないし、理解する気もないが、俺は腕輪をつけてから火力が段違い───もとい次元違いで上がったらしい。これで活路を切り開けるかもしれない。

 そう奮起し、構える。

 右の拳を前へと突きだし、半身引かせながらゆっくりと突きだしたものを引く。そのまま龍がとぐろを巻くように構え、腰を落とす。

 所謂決めポーズ。格好つけただけに過ぎないポーズ。だが、不思議と自分を奮い立たせてくれる。

「ほう、出す気はありませんってか。いいぜ?素手喧嘩(ス テ ゴ ロ)でやろうってんなら好きにしな。だが俺は───てめぇに合わせる気はねぇけどなぁ!!!」

「───────っ!」

 奴は杭を腕から引き抜くと、剣の要領で放ってきた。

 右の杭と左の杭。

 爪牙が()牙へと変わり、俺を屠らんと繰り出される。

 幾千の斬撃の悉くを紙一重で躱し、カウンターを打ち込んでいく。剣戟

 右腕に向かって、右の杭剣(エ ス ト ッ ク)が振るわれる。

 俺はそれを半身になって避け、左の拳を繰り出す。だが奴は異常なスピードで右腕が閃かせ、俺の正拳突きの軌道を逸らした。そのまま流れるように左のパイルバンカーを放つ。

 今度は俺がそれを側宙の要領で避け、左手を軸に渾身の蹴りを放つ。奴はそれを刺突剣(エ ス ト ッ ク)と化した杭で受け、大きくノックバックさせられる。

 狼は離された間合いをその神速でつめる。男の姿は一瞬で消失したかと思うと、眼前へと迫っていた。

 あの間合い、あの速さ。

 奴の必殺はおそらく左────

 次手で死ぬかもしれないという状況であるのに、俺は驚くほど冷静だった。

限られた情報(データ)の中次手を読む───戦いの基本中の基本ではあるが、満身創痍のこの躯で正確にそれを行うのは容易ではない。

 左に握られた武装、奴はおそらく左利きだろう。左で繰り出される突きが奴の必殺だとすると、あの異常な威力も頷ける。

 奴が繰り出すどの技よりも速度、威力共に段違いであるならば、本能に任せそれを放ってくるはずだ。

───左!!

 見極めるまでに要した時間は刹那に等しい。

 俺は躊躇うことなく空中へと避け、奴の背後に着地しようとした瞬間、

「穿て────ドラクレイア!!!」

 不気味な笑みを浮かべ、狼は眼前の勝利に紅蓮の瞳を輝かせていた。

 俺は忘れていたのだ。奴の武装の特性を。

 パイルバンカー。

 火薬やガスの力で杭を撃ち出す空想上の架空武装。つまり奴の武装は近距離武装であり、遠距離武装でもあるということだ。

 銃口が空中の俺へと向けられる。今、この状況で避ける術はない。

 カチッと、聞こえるはずのない死刑宣告の音が聞こえた。

 引き金が引かれると同時に銃声が轟き、真紅の杭が俺を刺し穿たんと放たれた。

───死ぬのか?

 この疑念が芽生えると同時に俺は無理矢理に躯を捻って躱した。骨と筋が悲鳴をあげたが、弱音なんて吐いていられない。

 俺がここで倒れれば、奴は悠兄を、真由を、()()()を殺すと言っていた。

 倒さなければ俺が愛した世界が死ぬ。

 ちっぽけで、壊すのも散らすのも簡単な世界だが、だからこそ────

───俺は死んでもそいつを守りたいって思ったんだ。諦めてたまるか!

 着地と同時に右足で鋭い蹴撃を放つ。

 だが、限界が近かった躯が思うように動いたのはここまでだった。

「さっきより()()なぁ、おい!」

 俺の蹴りは左の腕甲に阻まれていた。

 両腕と肋、拳と骨折し普通なら動かさずとも激痛が走るような状態で躯を動かし、骨格や筋を無視して回避をすればどうなるか。攻撃をさんざ喰らい続けたダメージが残る中立ち上がればどうなるか。

 当然、反動(リバウンド)がきて、じきに動かなくなる。そうでなくとも、動きが鈍くなるのは自明の理だろう。

 意思の力ではもはやどうにもならないレベルでの損傷をきたしたのだ。

 気絶して(電 源 が 切 れ て)殺されるのが先か、動けなくなる前に倒すのが先か。

───こんな甘いことを考える程、俺は平和ボケしていた。

 

 腹部に焼けるような熱さを感じる。

 

 ポタッ、ポタッと刺突剣(エ ス ト ッ ク)に血が伝い、切っ先から垂れていく音が聞こえる。

「か....はっ....!?」

 容赦ない刺突剣(エストック)によるカウンターが俺の腹を貫いたのだと理解したのは激痛と腹を血液が濡らしているのを感じてからだった。

 奴はそのまま杭を引き抜くと、手を閃かせ、四連の突きを放った。

 神速の突きは吸い込まれるように俺の両肩に、両脚に命中した。

 そして────とどめと言わんばかりに初撃の突きが打ち込まれた場所に寸違わず初撃の突きが打ち込まれた場所に寸分違わず打ち込まれた。

 

「劣等の猿にも案外タフな奴がいるじゃねぇか。まさか死んでねぇとはよ。安心しろ、次で最後だ。」

 左腕が降り下ろされる。

 あの鮮血のような紅の杭が俺の胸を抉るのか。

 どこか他人事のようにそれを見ていた俺の意識はそこで一度途絶えた。

 

ー☆ー☆ー☆ー 

 

 紅蓮の杭が少年───紅 龍牙に迫る。 

 アルビノの青年によって振るわれるそれは、破壊の意思が流れ込んだものであり、それ自身も血肉を前にして歓喜していた。 

 そして彼もまた、久しく忘れていた滾りを感じていた。 

 ただの人間のくせに5分もの長い間闘い続けたからである。 

 劣等人種だという侮蔑はとうに消え去っていた。 

「楽しかったぜ、クソ餓鬼。劣等の猿が俺に攻撃を当てただけじゃなく、コイツを抜かせたんだからよ。」 

 弓を引き絞るが如く、左腕のパイルバンカーを構える。そして──── 

「あばよ。」 

 言下にそれを突き出した。 

 切っ先が龍牙の心臓目掛けて放たれる。 

 その瞬間二つのことが同時に起こった。 

 

I am going to protect you (そ の 力 は 剣 に あ ら ず)』 

 

 意識のない彼が祝詞を唱えた。 

その(まじな)いは彼が最初から知っていたかの如く、低く、静かに唱えられる。 

 そして龍牙の前に、黄金の壁が形成された。 

 魔法陣の相貌をしたそれは複雑なルーンが絡みあっており、魔導が生み出した結界だとわかる。 

「何!?」 

 狼は攻撃が防がれたことに激しく動揺していた。意識のない彼が魔法を紡げるはずがなかったからである。 

 杭の切っ先は黄金の壁によって阻まれ、激しくスパークする。 

 凄まじい魔力の衝突。 

 それによって辺りの建造物に破壊が及んだ。

 膨大な魔力はさらに上がっていき、結界の強度は敵の武装を打ち砕かんと堅固なものになり、より輝きを増す。 

 ドラクレイアはその壁をぶち破らんと使い手の魔力を吸い上げ、破壊の魔力を解き放つ。 

 何者をも貫く矛と、何者をも通さぬ楯。そのせめぎあいの結果は韓非子の著した故事では明らかにされなかった。 

 辻褄があわないためである。 

 何者をも貫く矛が楯を貫けば、楯の命題が偽となり、何者をも通さぬ楯が矛を防げば、矛の命題が偽となるためである。 

 だがこの局面においてはその矛盾は矛盾ではない。 

 何者をも通さぬ黄金の結界と、何者をも串刺しにする鮮血の杭。 

 二つの魔的現象はこの世の理からおよそ外れた次元に存在し、それらの衝突の結果は未知であった。 

 高まり続ける魔力が僅かに結界の方が上回り始めたらどうなるか。魔力と魔力のせめぎあいにおいてはキャパティシーの多い方が断然有利である。 

 が、彼らの闘いにおいてはもうひとつの要素も大きく関係している。 

 位階。 

 すなわち魔術師の位。 

 そしてその位階が高いのはこの不死者の方であり、彼の魔導が有利かに思われた。 

 だが─────── 

 魔導における矛盾の衝突の結果は───── 

 

「俺のドラクレイアが!?」 

 

 彼の魔導が霧散してしまったのである。 

 そして黄金の結界は、使用者を害せんとする不死者を弾き飛ばした。 

「ぐぁ!」 

 そしてその光景を見る者が一人。 

 二階建ての住宅の屋根から、彼らを見下ろしていた。 

 

「ほう、起源魔法(オ リ ジ ン)聖遺物(ア ル カ ナ)を破ったか。」 

 

「何者だ!!」 

 

 串刺し公は身構えつつ、声の主へと視線を移した。 

 そこには黒い出で立ちの長身の男が立っていた。 

 男にしては艶やかな黒髪を持っており、腰ほどにまで伸ばしたそれを一つに結んでいた。 

 立て襟のコートは漆黒であり、唯一彼の瞳だけが黄金に輝いていた。 

「落ち着け、串刺し公(カズィクル=ベイ)。闘いに来た訳ではない。」 

「誰だって聞いてんだよ。そいつは答えになってねぇ。」 

「それは失礼したな、串刺し公(カズィクル=ベイ)。そうだな、光を愛せない者(メ フ ィ ス ト フ ェ レ ス)とでも名乗っておこうか。」 

「へぇ、明けの明星(ル キ フ ェ ル)の従者が一体何の用だってんだよ?」 

「そこの少年をこちらに渡してもらおうと思ってな。」 

「何?」 

「マスターからの指示でな、彼を守れと命じられている。どうだろう?君は仕損じたらしいし、別段問題はないはずだが?」 

「はーん、そういうわけかい。パラケルススはコイツを殺されたら困るってわけだ。」 

「私のマスターがいつパラケルススだと言った?」 

「しらばっくれてんじゃねぇよ。あ、待てよ。」 

 串刺し公はしばらく思案したあと何かを思い付いたのか再び口を開いた。 

「てめぇがパラケルススが飼ってる悪魔だとすりゃ、話は早ぇじゃねえか。オイ、クソ悪魔。俺をあのクソ野郎のとこに連れていけや。」 

「すまないが、彼の居場所はわからなくてな。連れて行きたくても連れていくことはできない。第一、私のマスターは彼ではないし、彼では従うに値せんよ。見当違いもいいところだ、ベイ。」 

「ほざけ。どうしてもってんなら無理矢理にでも吐かせてやるよ。」 

「はぁ、君はどうも血の気が多くて困る。」 

 やれやれと首を振り、呆れたようにいい放つ。 

 

Aufwachen(覚 醒)────────」 

 

「オイ、クソ悪魔。構えねぇと死ぬぜ?ツォォォォラァァァ!!!」 

 

 聖遺物を覚醒しパイルバンカーを形成するやいなや、銃口をメフィストに向け引き金を引いた。 

 彼が立っていた場所は抉れ、子供の部屋が露となる。 

 次々と杭を放ち、次々と破壊の痕跡を刻み付ける。 

 少年には使わなかった連続射撃で漆黒の悪魔を追いたてていた。 

「オラオラどうした?避けるだけか?え?」 

 正確無比に悪魔を狙い引き金を引く。 

 その悉くが躱されてはいるものの、攻める間も与えぬほどの集中砲火で確実に距離を引き剥がしていく。 

 この串刺し公はこと殺人においては天才だった。 

 獲物をいかにして狩るか。 

 この一点のみに関しては彼は失敗したことは一度もなかったのである。 

 獲物を守るものがあれば、どうすれば邪魔が入ることなく殺すことができるか。 

 彼が出した答えはあまりに合理的で、あまりに完璧だった。 

「この距離詰めたら褒めてやるよ。」 

 ニヤリと凶悪な笑みを浮かべ、メフィストが守りようもない範囲にいる無防備な龍牙(獲 物)に対して彼は引き金を引いた。 

 彼はメフィストが龍牙から離れるように計算して弾幕を張っていたのである。 

 彼の殺人に対する異様な執着が、ことを成したかに思われた。 

 

 だが───────

 

 喰らい尽くす虐殺の杭(ド ラ ク レ イ ア)が彼を貫くことはなかった。

 血の如き紅の杭はまたしても黄金の結界に阻まれていたのである。

「チッ!コイツまだ魔力が....」

 衝突に伴い、紅の雷光と黄金の雷光とが閃き、轟音を伴いながら互いの存在を侵しあう。

 込められた魔力を使い果たした杭は、血が蒸発するように消滅した。

 続けざまに4~50本の杭を連射し、物量によって破壊を試みる。

 が、今度は触れた途端にあまりの魔力に耐えきれず凄まじい爆音と共に爆散した。

 白煙が巻き起こり辺りを包み込む。

 それはほんの刹那に等しい時間(あいだ)ベイと龍牙とを完全に遮断した。

 その僅かな間隙を突いて、悪魔が動き出した。

 守れと命ぜられた対象であるはずの彼の背後から疾走し、鉄壁の防御を誇る結界を利用し己が肉体を守っただけでなく、彼の襟首を掴んで遥か上空へと翔んだのである。

 

─────龍牙が気絶してから180秒が経過した。

 奇跡とも呼べるタイミングで龍牙(主 人 公)が目を醒ます。

 

━☆━☆━☆━

 

「なっ!?」

 目を醒ますと俺は何者かに襟首を掴まれた状態で、上空(そ ら)へと()()()()()()

 25、30メートルはあるだろうか。12月だけあって気温も低く、それに加え今はまがりなりにも空にいるわけである。

 血で濡れた衣服のせいで余計に寒く感じる。

 かなりの高度から見下ろす街並みは絶景には違いないだろうが、綺麗とかそんな感情の前に身がすくむような恐怖を感じる。

「気がついたか、少年。」

「お前....誰......だよ。」

 漆黒の鋭利な美貌の男が俺を掴んでいた。

 男にしてはやけにクソ長い髪に、黄金の瞳。

 長身でありながら、鍛え上げ抜かれた肉体。

 誰だか知らないし、そもそも会ったことすらないが、何故だか昔会ったことがあるような.....

「私は光を愛せない者(メ フ ィ ス ト フ ェ レ ス)。聖遺物を覚醒位階とは言え、破壊するとはな。恐れ入ったよ。君はよほどいい()()の持ち主のようだな。」

「マナ?マナポイントのマナか?」

真名(し ん め い)のことだよ少年。名には大いなる力が宿っているという思想はこの国にもあるのだろう?」

「だから偽名(メフィスト)なんて名乗ったわけか。」

「いや、私は真名(し ん め い)を名乗りたくない訳ではないのだが....それにしても君は随分と落ち着いているのだな。」

「空に浮いてることなんか比べ物にならねぇことをやられたばっかしだからな。」

 脳裏に浮かぶのは人を喰らう人に、無惨な遺体、どっから出したかわかんない架空武装。

 普通じゃなさすぎて完全に感覚が狂っているのを自分でも感じていた。

「そうか。私には騒ぐ体力(げんき)がないだけに思えたが.......」

「──────────っ!?」

 この自称悪魔は俺の状態を一目で見破った。図星だったと言わざるを得ない。

 体中から力が抜けてしまったような疲労感。

 負傷による痛みが和らいだ代わりに、気を抜くと寝落(オ チ)てしまいそうなほどの睡魔が俺を襲っていた。

────────と

気絶(ね た)フリをしていろ。」

 悪魔の目付きが鋭くなる。

「は?」

 間抜けにも聞き返した俺に───────

「あの魔力に当てられなかったとはな。転移魔法でも使ったのか?」

──────串刺しの使徒の声が聞こえてきた。

「───────────ッ!?」

 白髪(は く は つ)の凶獣。本物の化物がまだそこにいた。

 気絶(オ チ)た俺がまだ生きている理由は、この自称悪魔が助けてくれたからだと容易に推察ができる。

 とすればあの白狼は俺を仕留め損ない、今もこうして狙っていうということだ。

 その執念はいっそ称賛に値するだろう。

「生憎その手の魔法は不得手でね。この脚で躱したが?」

「ハハ、躱した....言ってくれるじゃねぇかクソ悪魔。俺の魔力は大したことはねぇってか。」

「いや、君の魔力は凄まじいものだよベイ。危うくマスターからの命を仕損じるところだった。だがベイよ、いつまで続ける気かね?」

「あ?」

「あれほどの魔力を使ったのだ、そろそろ魔力切れではないのかね?“入り口”が開かれてから大分時間も経った。時間切れも近い。だが私には魔力も時間も十分にある。勝機がないならここで分けとした方がお互いのためではないかね?」

「ケッ、何もかもお見通しって訳かよ。ったくコイツはどこまでも俺を苛つかやがる。」

 人喰いの白狼は低い声で吐き捨てるように呟き、言葉以上の怒気と殺気をその身に纏う。

「───────────ッ!?」

──────なんだこれ?

 奴から大瀑布の水圧のような圧倒的力が解き放たれたのを感じた。魔法だの悪魔だのそういう非日常から程遠いところにいた俺でもわかる。あれは魔力とかエーテルとかそういうこの世ならざる魔的な力だ。

「解き放つつもりかね?やめておけ。魔力切れが近い今の君では反動(リ バ ウ ン ド)が来て死ぬだけだ。第一、それが発動したところで君では私に敵わんよ。」

「試すか?まさかてめぇ、その荷物を下ろす気はねぇなんて抜かすつもりじゃねぇだろうな。」

「そうだな、これがあった方が丁度いいハンデになろう。」

──────って俺はモノ扱いかよ!?

そんなツッコミなんかできるはずもなく、またもただならぬ雰囲気になっていく。

 .........いい加減俺を巻き込まないでくれ.....

「よく言ったクソ悪魔。てめぇはガキより先に殺してやるよ!!」

 ギリッと白獣が歯軋りをした音が聞こえた気がした。

 俺に向けられていた殺気以上のものが奴の躯から噴出する。

 言下に天空(そ ら)高く跳び、俺を引っ提げて浮かぶ悪魔へと照準を合わせる。

「うぉっ!?」

 グンと一気に加速度(G)がかかり、眼前にアスファルトの大地が迫る。

 悪魔は天空を蹴り、風の如きスピードで翔ていた。

 遅れて4本の紅い軌跡。 

 彗星の如き紅蓮の光芒は4、5km離れた一軒家を完全に破壊する。

 血潮の杭は墓標の如く。

  異様な”森“というべき空間を作り上げる。

 機関銃のそれよりも速く弾が放たれ、悪魔が駆けたあとに爪痕を刻みつけていく。

 不気味な柱の間を縫うように駆け抜ける悪魔。

 漆黒のコートがたなびき、男にしては美しい黒髪が舞う。

 ジグザグに駆ける奴に振り回されながら、その異様な光景を見させられていた。

「あれほどの魔力を使っておきながら、まだ残っているとはな。」

 余裕とも言える表情のまま、それということはないという軽さで呟いた。

 ブンとまた左に切られ、俺と悪魔のかつての座標に杭が撃ち込まれる。

 紅蓮の杭杭が雨のように降り注ぐ。

 一撃一撃が何らかの人間文明が作り上げたものを破壊しながら。

 一撃一撃が轟音を轟かせながら。

 俺たちを殺すためだけに放たれる。

 殺意の結晶。望血の杭。

 乱射されるそれの数は弾切れという概念がないかのように増え続けていた。

────────と....

「うわっ!?」

 件の杭が俺の顔面へと迫っていた。

 とっさに敵を傾けて躱す。

「おい、てめぇ!避けるんならちゃんと避けろよ。」

「あぁ、すまない君の事を忘れていた。」

 そりゃお前には当たらないだろうさ、避けてるんだから。お荷物よりも自分の身が優先なのもわかる。

 お前から見りゃ実際射程圏外だし。

「てかお前アイツ怒らせてどうすんだよ!」

「怒らせた方が攻撃が単調になって読みやすいと思ってな。」

 確かにこの紅き杭が吹き荒れる中、コイツは一切傷を負っていない。悉くを紙一重で躱している。

 だが、攻勢に出れなければ意味がない。

 アイツは倒す以外助かる術は─────

 

─────いや、ないわけじゃない。

「ようやく気づいたか。」

 時間切れ。コイツはそう言っていた。

 つまり───────

 待っていれば、自ずと勝機が見えてくるというわけだ。

「───────────ッ!?」

 本日2回目。これ以上コイツに任せても死ぬような気がしてきた。

「もう放せ!これくらい一人でなんとかする。」

「強がりは言わないものだ、少年。指一本まともに動かせんのだろう。そんな体でこの雨の中をやりきれる、と。」

────────っとにイラつく野郎だなコイツ!

「そういえば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 唐突にそんなことを聞いてきた。

「は?」

 この街に来てからということならあと3ヶ月ほどで2年になるが....

「いや、君は()()のことを知らないのだったな。質問を変えよう。君は彼に出会ってからどれくらい経っている?」

─────彼ってあの白髪野郎のことだよな。

「出くわしてすぐにボコられ、ボコり返してってので大体5、6本。あとは気絶してたからどれくらい経ってんのかはわからない。」

────それが今、どんな関係がある?

 質問の意図がさっぱり読めない。

 いぶかしる俺のことなど意に介さず一人で黙り込んでしまう。

「そうか....彼が入り直した可能性を忘れていたよ。そうすればタイマーはリセットされる。時間切れは彼よりも君の方が危ういという訳か.....」

 俺が時間切れ?

───────ってコイツ!!

「前見ろ、前!!」

 逃げ回る悪魔の進行方向を狼は読んでいたのか、垂直に何十本もの杭を突き立て進路を塞いだ。

「チッ!すぐに終わる。そこで見ていろ。」

「は?」

「フン!」

「ゴフッ!?」

 腹を思いっきし蹴られ、壁に叩きつけられる。

 奴なりに手加減したからなのか、腹部に痛み(ダメージ)はほとんど感じなかったが、固いコンクリートに受け身もできずに叩きつけられ背中がじんじんと痛む。

───クソ、滅茶苦茶やりやがって.....

「詰めだ、メフィスト。てめぇの魔力は喰わせてもらった。待ちすぎたな。」

 悪魔は無数の杭によって閉じ込められていた。

 指先を動かそうとしているが、うまく動かせていない。

「見くびっていたよ、ベイ。吸精が君の()()()()とはな。」

「なぜ俺の()()()()が吸精だとわかる?」

「君のドラクレイアはウラド公の杭だろう。固定の魔力はあれど、吸精の魔力は持っていない。」

「.....てめぇ、一体何者だ?聖遺物(ア ル カナ)の名までどうして知ってる?」

「覚醒させるときに君が呼んでいただろう。」

「ふざけろ、そんときはお前はいなかったろうが。」

「......ed  ......er」

「あ?」

「チェックメイトだと言ったのだ、不死者(グレイバー)!」

「なに!?」

 覆っていた杭が()()の剣によって斬り払われ、悪魔が飛翔する。

 魔力の塊である杭を紙切れ同然に斬り裂いたが、さすがにダメージはあったようで亀裂(ヒ ビ)の入った刀身はそのまま砕け散ってしまう。

 

 丸腰にも関わらず、悪魔は本気モードの狼へと挑みかかる。

 空中で回転しつつ放った蹴りは、喰らい尽くす虐殺の杭(ド ラ ク レ イ ア)の腕甲のような盾に阻まれる。

 

 だが──────

 蹴りの威力は凄まじかったらしく、空中にいたはずの凶獣は地に墜とされる。

 瞬間、轟音が轟き白獣は屋根を突き破って家屋へと叩きつけられる。

 

 土煙が辺りを覆い、途端に視界が悪くなる。

 その中から一匹の獣が躍り出る。

 

「グルァァァ!!」

 

 優雅とも言える動作で着地した悪魔に喰らい尽くす虐殺の杭(ド ラ ク レ イ ア)を繰り出す。

 それに後ろ回し蹴りで応じ突きの軌道をねじ曲げ、がら空きの胴体に左脚で蹴撃を放つ。一分の無駄もない攻めには気品さえ感じられる。

 仰け反っている敵に演武用格闘技(エクストリームマーシャルアーツ)で迫る。

 空中で3回転し、遠心力の乗った鋭い蹴撃を放つ。

 為す術もなく白狼は蹴り飛ばされ、またも家屋を破壊する。

「私の魔力を喰らってその程度かね、ベイ。」

「クソ....」

 

 圧倒的だった。

 武装していない悪魔と、している凶獣。

 どちらが優勢かは言うまでもなく、その表情は余裕とも言えるものであった。

「てめぇ、いつまで鬼ごっこするつもりだよ。そろそろ滾らせてくれよ、ガキ相手じゃ物足りねぇんだよ。なぁ?」

 白獣がよろよろと立ち上がる。

「マスターからの指示は君を排することではなかったのだがな。まぁ、そこまで言われては仕方あるまい。」

「はん、やっと本気が出せる。」

 

Aufwachen(覚 醒)──────── 』

 

 ボロボロの喰らい尽くす虐殺の杭(ド ラ ク レ イ ア)に魔力が込められ、元通りに復元される。

 

『Armed saber』

 

 それに応えるように悪魔の口から(まじな)いの言葉が紡がれる。

 その言の葉に、自分の何かがまさぐられるような感覚を覚えた。

 突如として剣が悪魔の手に作られる。

 片手で振れるくらいの片刃の剣。

 

「くたばれや、ゴラァ!!!!!」

 

 先手を取ったのは白獣。

 残像すら追随できぬスピードで、凶獣は疾走していた。

 繰り出される5連の突き。

 彼の爪から放たれるのは、全てが必殺だった。

 爪。そう、爪だ。

 腕に装着されたあの腕甲から伸びる杭は、完全に腕の一分になっていた。

 拳打の要領で放たれる攻撃。

 その悉くを悪魔は優雅に捌いていた。

 

 そして一瞬、刹那に等しいほんの僅かな間隙に──────

 

 悪魔は喰らい尽くす虐殺の杭(ド ラ ク レ イ ア)を破壊した。

 

「!?」

 

 そしてヒラリと身を翻したかと思うと、峰で思いっきし回転斬りを化け物の首に叩きつけた。

 たまらず凶獣は殴り飛ばされ、大木へと叩きつけられる。

「クソが!!!」

 パイルバンカーから杭を引き抜き、エストックの要領でそれを繰り出す。

 一歩目の踏み込みで五発、二歩目で三発、三歩目で横殴りの斬撃を放ち、最後に左手のパイルバンカーでもって悪魔の剣を砕く。

 フィニッシュを凌いだ悪魔もその威力にノックバックさせられ、一度躯が宙へと舞う。

 が─────────

 

『Armed saber』

 

 簡素な呪文のあとに、双剣を召喚し弾丸のように攻め立てる。

 先程の凶獣よりも速い斬撃が、一瞬で繰り出される。

 白狼もそれに応え、二つの架空武装でもってして迎え撃つ。

 十合、二十合と剣と杭とがぶつかり合い、金臭い臭いが鼻をついた。

 刃と甲とがぶつかる度に火花が散り、鉄と鉄とがぶつかり合う音と、烈迫の気合いだけが響いていた。

 そうしてしばらく撃ち合いが続いたが、強度が足りなかったからなのか、悪魔の刃はすぐに欠けてしまう。が、その度に剣が呼び出され、無限にこの攻防が続くかに思われた。

「ハァァァァッ!!!」

 漆黒の悪魔は3連の強攻撃を見舞い喰らい尽くす虐殺の杭(ド ラ ク レ イ ア)を弾き飛ばす。そのままがら空きの胴体に3回転しつつその遠心力を利用した斬撃を見舞った。

 串刺し公(カ ズ ィ ク ル = ベ イ)は右のエストックで受け、大きくノックバックする。

 

「シッ!!」

 鋭く息を吐き、聖遺物(ア ル カ ナ)を再形成し、眼前の悪魔へと襲いかかる。

 初撃は左、次手は右。

 目まぐるしく左右に握られた武装を閃かせ、悪魔を攻め立てる。

 

 だが─────────

 

 その悉くを─────

 紅蓮の閃光の如く放たれるそれを──────

 

 光を愛せない者(メ フ ィ ス ト フ ェ レ ス)は強攻撃によって打ち落としていた。 

 白銀の凶獣が放つ刺突を無効化していくだけでなく、純粋な魔力によって形成された刃で喰らい尽くす虐殺の杭(ド ラ ク レ イ ア)を破壊していた。

 凶獣も負けじと喰らい尽くす虐殺の杭(ド ラ ク レ イ ア)を再形成し、攻撃を繰り出すが、その度に木っ端微塵に砕け散らされてしまう。

 悪魔は力任せに見えるが一切の無駄なき洗練された動きで白狼を追い詰めていた。

 右のエストックで鋭い刺突が繰り出され、悪魔はそれを左右の剣で受け止める。

 互いが大きく弾かれ、間合いが開く。

 

『Armed spear 』

 

 武具を讃えるあの詩が編まれると同時に、無数の槍が宙空に浮かべられていた。

 18本もの長槍が一斉に放たれる。

 悉くがある一点─────串刺し公(カ ズ ィ ク ル = ベ イ)の心臓を貫かんと襲いかかる。

 

「チッ!」

 喰らい尽くす虐殺の杭(ド ラ ク レ イ ア)の銃口を飛来する槍へとホールドし、杭をぶつけ撃ち落としていく。

 

 喰らい尽くす虐殺の杭(ド ラ ク レ イ ア)に異常な魔力が注がれたのを感じた。

 見れば、巨木のような太さの杭が形成されていた。

 白狼の指先が僅かに動いた。

 引き金を引くという一挙動(シングルアクション)で悪魔を屠り得る魔術が成立した。

 

 目まぐるしく変わる戦況。

 超高速で行われる剣戟。

 高次元の戦いは魔導というファクターをもって人外の域に達していた。

 

 望血の杭が空を翔る。

 魔導の力が生み出した深紅の光芒は、その質量すら感じさせぬ速さで迫った。巨木のようなそれは目換算で50kg前後はあると思われ、ライフル弾の如き弾速と威力と───いや、威力だけならビル1つに風穴を開けられるだろう────を併せ持っていた。

 

 だが───────

 

 悪魔は傲慢にも避けることをせず、左手をかざす。

 口元を軽く綻ばせながら。

 その表情は勝利を確信したかのように。

 

『Armed Defender』

 あの祝詞が唱えられる。

「何!?」

 

光纏う不貫の破魔聖楯(イ ー ジ ス ・ カ ス レ フ テ ィ ス)!!』

 

 現れた()()の壁が杭を阻む。

 花開くように、荘厳さと美麗さをもって現界した戦女神の聖楯は、神話の伝承を完全に再現してみせた。

 この世のあらゆる楯もこの聖楯の前では紙同然。その堅牢さは何者をも貫くことは叶わず、破魔の力をもち所有者を災いから守り抜く。

 『最堅の楯』という概念、その名が表すのはただその一点のみだが、故にこれは破れない。

 この防具を凌いだ攻撃がかつて一度も存在しなかったからだ。

 

 そしてこの局面においても──────

 ギリシアの女神の象徴である聖楯が越えられることはなかった。

 

 それはすなわち喰らい尽くす虐殺の杭(ド ラ ク レ イ ア)の敗北を意味していた。

 

 杭が爆散し、込められた魔力が暴発する。

 余波は凄まじい爆風を伴って、アスファルトの漆黒の大地を、白き塀を、抉っていた。

 

 悪魔が疾走し動揺する白狼に迫る。

 遅れて向けられた喰らい尽くす虐殺の杭(ド ラ ク レ イ ア)を半身になって躱しつつ──────

 

「─────────────ッ!?」

 

 躊躇いもなく串刺し公の左腕を、喰らい尽くす虐殺の杭(ド ラ ク レ イ ア)が装着された方の腕を切り飛ばした。

 アスファルトの大地に初めて白狼の血が染み込んでいく。

「おまけだ。」

 静かに呟くと同時に、振り上げつつ斬り上げた右の剣の軌道と垂直に、左の剣を突き出した。

 早く抜けろと言わんばかりに敵の胸を蹴って強引に剣を引き抜き、左右の剣を投げつけて追撃する。剣は獣の両肩口に深々と突き刺さり、獣は塀を粉砕しながら吹き飛んでいった。

 光を愛せない者(メ フ ィ ス ト)の容赦の無さに俺は言葉を失って、それを見ていた。

 粉塵が舞い、一瞬視界が遮られる。

 

「グルァァァァァァァァ!!」

 

 悪魔の背後から腕から多量の血を流し、接近する影があった。

 それを───────

 

 悪魔は幾千もの斬撃で斬り払った。

 斬撃の暴風が吹き荒れ白獣を吹き飛ばす。

 地に伏した狼はとうとうピクリとも動かなくなった。

─────死んだ.....のか?

 あまりの呆気なさに感覚すら狂わされる。

 と────────

「クソが....やってくれやがる。」

─────嘘......だろ?

 串刺し公の傷が塞がっていく。赤い煙、おそらく血液が蒸発しているだろうそれを発しながら。

 よろよろと立ち上がると、あろうことか斬られた左腕が生えて─────正確には指先から人間の腕が形作られていき根元と接合されたのだが──────きた。

「スキルを使うとは余程追いつめられていると見える。まだ続けるかね?」

──────スキル?

「..........」

「どうした、随分不服そうじゃないか墓場の主(グレイバー)。」

「.....喰らい尽くす虐殺の杭(ド ラ ク レ イ ア)を砕いた聖遺物(ア ル カ ナ)、ありゃ一体なんだ?聖遺物(ア ル カ ナ)は一人につき原則一つのはすだ。.......なのにお前はアテナの聖楯も使いやがった。てめえ......一体何者だ?」

光を愛せない者(メ フ ィ ス ト フ ェ レ ス)()()()はジョーカーだが?」

「ジョーカーだと?馬鹿な。」

「君がどう思おうが勝手だがね。さて、私も長居しすぎてしまった。──────そろそろ終わらせるとしようか。白黒つけようじゃないか、ベイ。」

「あぁ....」

 

 この会話が意図するものはなんなのかはさっぱりだったが、大方光を愛せない者(メ フ ィ ス ト フ ェ レ ス)がなんらかのイレギュラー要員なのだろう。

 わかっていることはそれだけで十分、と両者は一斉に動き出した。

 

『彼は──────』

 

「させんよ。」

 詠唱を始めたグレイバーに槍が飛来する。 

「チッ!」

 獣はそれを難なく躱し、喰らい尽くす虐殺の杭(ド ラ ク レ イ ア)を形成する。

 

 と──────────

 

 悪魔は不敵な笑みを浮かべた。

 

「Armed Binder」

 

拘束する幻想の縛縄(グ レ イ プ ニ ル)!!』

 

 藍色の縄が出現し、串刺しの使徒へと放たれる。縄の先に鏃のような刃が取り付けられたそれは白狼の横をすり抜け、壁面へと突き刺さった。

「どこを狙ってやがる!」

 再生された左腕が繰り出され──────

 

─────────ようとしていた時だった。

 無防備な姿で立つ悪魔に、心臓を貫く寸前で糸が切れたように動かなくなった狼。その体には先程の藍紐が絡み付いていた。

 

 かつて神々に破滅をもたらすとされた巨狼を拘束した縄。存在し得ぬ幻想の素材で編まれたそれは黄昏の時までその忌み子を縛り付けたという。

 ギチギチと縄が絞まっていき拘束する幻想の縛縄(グ レ イ プ ニ ル)が完全に串刺し公(カ ズ ィ ク ル = ベ イ)を壁に縫い付けた。

 脱しようともがいているが、あれは暴れれば暴れるほど拘束を強めるもの。あれから抜け出す術はない。

 

 悪魔が弓を形成し、それを下ろして瞳を閉じた。

 瞬間、悪魔に魔力が集まっていくのを感じた。

 大瀑布の水流の如く噴出したそれに俺はただただ圧倒されていた。

 

『背徳の刃は折られし理想(ゆ め)と共にありて

選びの(つ る ぎ)は汝の運命(さ だ め)を変え戦場へと駆り立てていく』

 

 光を愛せない者(メ フ ィ ス ト フ ェ レ ス)が詩を詠う。

 ドクン、と鼓動が高鳴り辺りに満ちていく魔力に総毛立った。

 

『喪失と絶望の生の中で

抱いた理想すらこの手から零れていく』

 

────────なんだ、この何かをまさぐられるような感じ

 魂の奥底にある何かを無理矢理に取り出されているような圧倒的違和感。

 詠唱が進むにつれその違和感が不快感へと変わっていく。

 

『幾度奪い 幾度壊そうとも

選ばれし王は救いの対価を求め続ける

忘却の檻に囚われた名を 星霜の中より呼び覚ませ』

 俺から何かが引き抜かれたのを感じた。

 

「Armed Calibur」

 

 編まれた詩が力をなし、漆黒の両刃剣が形成される。

 禍々しい黒い炎を纏った剣を同じく黒光する弓へとつがえた。

 

Lost Oath Bringer (忘 れ ら れ し 漆 黒 の 刃)

 

 成立した魔術の名が叫ばれると同時に、黒炎を纏った剣が放たれた。

 呪われし光芒が無防備な─────防御すらままならない凶獣へと迫り─────

 

─────弾けた。

 

 爆炎が立ち込め、解放された冗談みたいな魔力が辺り一体を吹き飛ばした。

 漆黒の炎の余波が俺にも届き、たまらず飛ばされてしまう。

 現実世界には存在し得ぬ漆黒の業火。

 それが織り成すのはまさに地獄。

 放たれた剣は深々と墓場の主(グ レ イ バ ー)の左鎖骨に突き刺さり、爆発の中心地にいた奴は禍々しい炎に包まれていた。

 

 第三学区の住宅街はこの世界の理を超越した破壊の炎によって廃墟同然と化していた。

 見れば3、4km(キロ)先まで家屋らしいものは何もなく、視界を遮っていた煩わしい何もかもが塵同然に吹き飛んでいた。

 

 いっそ清々しいまでの焦土には、その身を焼かれ、爆風によってズタズタに切り刻まれた凶獣と憮然と立っている悪魔、それと何故か黄金色の壁(バ リ ア)に守られている俺だった。

 

「.............。ハァ..ハァ、ハァ。な、なんなんだよこれ。」

 光輝く結界は役目を終えたからなのか、虚空に消えていった。

「それは光纏う不貫の破魔聖楯(私 の も の)ではないよ、少年。」

 俺の考えを見透かしたように悪魔は断言してくれた。じゃあこれが何なのか説明してくれ。

「さすがに一撃では仕留めきれなかったか。」

 光を愛せない者(メ フ ィ ス ト フ ェ レ ス)は踞る凶獣を眺めながら呟いた。

「チェックメイトだ、ベイ。魔力と体を同時に焼かれるのはどんな気分かね。」

 ぼろ雑巾さながらの凶獣を見下ろしつつ嘲るようにいい放つ。

「あ....ぐっ...あっ....クソが.....これが.....てめえの『解放』って訳かよ。」

「フハハハハハハ、まさかベイ、私のクラスを忘れた訳ではあるまい。ジョーカーは契約なしに聖遺物(ア ル カ ナ)を使えることを忘れたか。これが私の聖遺物(ア ル カ ナ)とも限らんだろう。頭を潰されぬ限り死なぬらしいが、再生に魔力を使うとはな。それがわかっていれば疾く頭を潰したのだがな。まぁ、それだけならいくらでも手立てがある。なにせ、私には無限に近い聖遺物(ア ル カ ナ)があることだしな。」

「フン、とことん苛つく野郎だぜお前。」

───それには激しく同意する。

 

 と、悪魔は剣を引き抜き狼へと歩みよった。

「さて、私は残り60秒もある。それだけあれば今の君など100度程は殺せるが?」

 はったりじゃない。本物の殺気がそれを物語っていた。

 冷酷な双牟が狼を射抜く。

 凶獣は剣と悪魔とを見てしばらく思案すると、

「いいぜ、今回は俺の敗けだ。退散させてもらうぜ。」

 降伏を宣言した。

「あぁ、次は頭を潰させてもらう。」

「ハん、言ってやがれ。オイ、ガキィィ!!寝たふりしてんのは気づいてんだよ!」

「っ!?」

─────────本物の化け物かよ、コイツ!?

「次は必ず殺すからな。」

 とてつもなく凶悪な笑みを浮かべ、串刺し公(カ ズ ィ ク ル = ベ イ)はそう言い残し腕輪をはずして去っていった。

 

「君も早く腕輪(そ れ)を外したまえ。」

「ど、どうやっ─────」

 て、と聞こうとした俺に乱暴に鍵が突き出される。

 一見するとネックレスのようなそれ。鍵のチャームとも見て取れる金色の鍵。

手の平の側にある真ん中の鍵穴(こ こ)に差し込みたまえ。」

「あ、あぁ。」

 外したらどうなるのかの説明も受けぬまま、言われた通りに腕輪を外す。

 

───────────と

 

 異界から抜け出たような感覚を覚えたあと、俺は()()()の街に戻ってきていた。

 

「こ....こは....」

 焦土と化していたはずの街並みは元通りになっていた。

 折れた柱、クレーターだらけの道路、折れた街路樹。

 吹き飛ばされた家屋、焼け焦げた木造の建造物。

 その何もかもが何事もなかったように佇んでいた。

 いつもの街灯り。

 いつもの街の騒がしさ。

 あの異様なほどの人気(ひとけ)のなさはかき消えていた。

 

 じゃあ、俺がいた場所は一体......

 

「おい、こいつは一体...」

「知らんな。」

 即答かよっ!

 あんだけ専門用語で話してたんだ、知らねぇわけねぇだろ。

「お前、俺の味方なんだろ!だったら教えろ、さっきのアレは一た────っ!?」

 腹部に、今度は本気の拳打が打ち込まれた。

「味方?勘違いしてもらっては困るな。マスターからの指令がなければ、お前などとうに斬り捨てている。」

 今までで一番冷酷な声音で、さも当然と言わんばかりの態度でそんな台詞をのたまう。

「て.....めぇ.......」

 この野郎、よりによって鳩尾に......

 遠ざかっていく意識。

 油断しすぎていた。

 敵の敵が味方とは限らなかった。

 クソっこんなところで....

 

「安心しろ、お前に危害は加えない。生き残っていられるよう、せいぜい祈っておくんだな。」

 

 そんな台詞を残して悪魔が飛翔するのと同時に、俺の意識は途絶えた。

 




 Don’t wait. The time will never be just right.


『待っていてはだめだ。完璧な好機など永遠に来ない。』という意味。
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