GODDESS IN IRON 作:エニカスを解らせ隊
地上の風が、荒廃した街並みを吹き抜けていた。
崩れた建物。ひび割れた道路。かつて人々が暮らしていた街は、今では生活環境の痕跡を風化させて、静寂と荒廃に包まれている。
その廃墟を、ダークグレーの高級スーツを崩しながら着こなす一人の男が歩いていた。アダム・ロバートだ。
「……なるほど。資料で見るのと、実際に来てみるのとでは随分違うな」
アダムは飛ばしているカメラドローンを手元の端末を操作しながら、周囲を記録した。
『マスター。周辺の地形データを更新しました。半径三百メートル以内に、稼働中のラプチャー反応は確認されていません』
耳元の通信機から、落ち着いた声が返ってくる。
「それは結構。せっかくの初めての地上散歩だ。歓迎会は遠慮したいね」
『地上を散歩と表現する人間は、マスターくらいでしょう』
「褒め言葉として受け取っておこう」
『褒めておりません』
彼が地上に来た目的は、旧文明の施設や技術の調査、そしてラプチャーに関する情報収集だった。人類が失った世界には、まだ多くの謎が残されている。
そして、アダムはその謎を自分の目で確かめたかったのだ。知的好奇心あるいは過去の栄光に縋る羨望かは本人にも解らない。
「さて、次はあの建物を調べるか」
そのときだった。ガシャガシャガコン……。遠くから、何かが地面を歩くような謎の駆動音が聞こえてきた。
「…… ALFRED、ラプチャーの反応はないんじゃなかったのか?」
『……はい、稼働してる個体の反応は現在もありません』
アダムが振り返ると瓦礫の向こうから、奇妙な物体が姿を現した。
錆びついた装甲板。無数の配線。左右に突き出した砲身のような部品。そして、正面で赤く光るセンサー。
まるで、古い装甲車と奇妙な機械を無理やり組み合わせたような姿だった。
それは、地面を這うような低い姿勢で、ガチャガチャと音を立てながらこちらへ近づいてくる。
アダムは足を止めた。
「…………」
『マスター。未知の機械を確認しました』
「見れば分かる」
『既存の車両規格には該当しません。武装のような構造も確認できます』
「ますます分からなくなってきたな」
すると、その奇妙な物体から明るい声が響いた。
「やあ! 君も地上の探検家かい? 私以外に会うのは初めてだよ!」
アダムは数秒間、沈黙した。理解できない状況に置かれれば天才も押し黙る。それから、ゆっくりと通信機に話しかける。
「ALFRED」
『はい、マスター』
「今、あれが喋ったか?」
『はい。音声の発生源は、目の前の機械です』
聞きたくなかったその返答にこめかみに親指を当てて揉む仕草。実に頭の痛い返答だったが、現実逃避をしても仕方ないと向き直るアダム。
「……そうか」
『驚かれましたか?』
「いや。地上では車両が挨拶してくるのかと思っただけだ」
『そのような一般的事例は確認されておりません』
「そうだな、あってたまるか」
アダムが呻く様にあり得ないと断じた一方で奇妙な物体は、彼の目の前でゆったりと停止した。
「私はラプチリオン! 地上を探検しているんだ。君は?」
「……アダム・ロバートだ」
「アダムか! よろしくね!」
「よろしくと言われても……」
アダムは改めてラプチリオンを名乗る奇妙なものを眺めた。
装甲はかなり古い。表面には傷や錆が目立ち、後付けと思われる部品も多い。お世辞にも整った設計とは言えない。
しかし、ただの廃車というわけでもなさそうだった。
「君は何者なんだ?」
「ラプチリオンだよ!」
「いや、名前ではなく……その姿について聞いている」
「これかい? 私のトレードマークさ!」
「トレードマーク……」
ジョークを交えて返答できるはずのアダムは言葉を失った。が、数秒ほどで立て直した彼の頭脳がALFREDに解析の依頼をするのは至極当然だった。
「ALFRED。構造を解析できるか?」
『外装の材質と構造の一部は確認できます。しかし、内部機構については情報が不足しています』
「そうか。少なくとも、一般的な装甲車ではなさそうだ」
『はい。設計思想も独特です』
「独特という言葉で片付けていいのか、これは……」
「ははは! 面白い人だね、君!」
ラプチリオンは気にする様子もなく、楽しそうに声を弾ませた。アダムは小さく息を吐いた。
「……君は一人で地上を探検しているのか?」
「そうだよ! いろいろな場所を巡って、面白いものを探しているんだ!」
「危険だとは思わないのか?」
「もちろん危険なこともあるよ。でも、知らないものを見つけるのは楽しいからね!」
その言葉に、アダムは少しだけ目を細めた。
未知のものを追い求めるまたは、誰も知らない技術を発見する。それは、過去を追い求める彼自身にも通じるものだった。
「……なるほど。君とは話が合うかもしれないな」
「本当かい?」
「ああ。ただし、君の外見についてはまだ理解できそうにない」
「ははは! いつか分かるさ!」
「その日は来ない気がするよ」
ラプチリオンは楽しそうに笑った。それから二人は、近くの廃墟について話し始めた。ラプチリオンはこれまで訪れた場所や、そこで見つけた不思議なものについて、次々と語ってくれた。
そして、ラプチリオンがアダムがたまに独り言の様に呟くことを指摘したことでALFREDを紹介する。
話の内容は興味深い。だが、説明の途中で突然別の話題に飛んだり、珍しい石を見つけては嬉しそうに報告してきたりと、どうにも掴みどころがない。それでもアダムは、彼の話に耳を傾けていた。
『マスター』
「何だ?」
『当初の調査予定から外れています』
「分かっている」
『帰還予定時刻にも影響が出る可能性があります』
「分かっていると言っているだろう」
淡々と追求するALFREDに小さく笑い、アダムは少しだけ名残惜しそうに何もない寂しい地上の空を見上げる。
『では、なぜ調査を続けるのですか?』
アダムは目の前の奇妙な探検家に視線を向けた。
「面白そうな相手を見つけたからだよ」
『……承知しました。合理性については、後ほど改めて検討いたします。本部の方に帰還時刻のリスケジュールを検討依頼』
「頼むよ」
『ちなみに、彼の構造解析は継続してよろしいでしょうか?』
「それはぜひ頼む。どういう仕組みで動いているのか、純粋に興味がある」
『承知しました』
「ところで、アダム!」
ラプチリオンの声が響く。
「今度、面白い場所を見つけたら案内するよ! 例えば元が海だった場所だとか!」
「海の底が面白い場所?」
「そう! 君もきっと気に入ると思う!」
アダムは少し考えた後、笑みを浮かべた。
「いいだろう。期待しておくよ」
「約束だね!」
「ああ、約束だ」
その日の調査は、予定していた成果こそ少なかった。
しかし、アダムは地上で一つの新しい出会いを得た。
奇妙な装甲車のような姿をした、底抜けに陽気な探検家。
そして、この出会いが後に彼の人生を大きく変えることになる。
この時のアダムは、まだ知らなかった。ラプチリオンがいつか、自分の運命を変えるほど重要なものを見つけてくることを。
ただ、ひとまず一つだけ確信していた。
「……地上というのは、本当に退屈しない場所だな」
『マスター。先ほどまで歓迎会は遠慮したいと仰っていましたが』
「訂正しよう。変わった歓迎なら、悪くない」
『承知しました。では、次回も変わった歓迎がある可能性を考慮しておきます』
「いや、それは遠慮したい」
二人の会話を聞いていたラプチリオンが、楽しそうに笑った。
静寂に包まれて。誰もいないはずの地上に、久しく賑やかな声が響いていた。