GODDESS IN IRON 作:エニカスを解らせ隊
地上調査から数日後。
アークの一角にある
「……ここか」
アダム・ロバートは画面を拡大する。
そこには、前回の調査で訪れた地域と、その周辺の地形情報が表示されていた。
『マスター。本日の予定を確認いたします』
聞き慣れた声が研究室に響く。
『午前十時、エネルギー部門との会議。正午に中央政府関係者との面談。午後二時から新素材研究部門の報告会です』
「うん」
『なお、地上調査の予定は入っておりません』
「そうだな」
主人の、その返答にむっつりと黙り込むALFRED。そして、少し間をおいて音声を弾ませる。
『……地上用の装備が既に準備されているようですが?』
「気のせいだろう」
『マスター。私は視覚センサーを備えております。そこに存在しているものを認識しているのはなんでしょうか?』
あくまでシラを切るアダムに業を煮やしたような雰囲気のALFREDに、アダムは降参の意を表してお手上げのポーズをとった。
「そうマジになるな、冗談、ジョークだよ。便利な時代になったものだ」
『その便利な時代を作ったのは、他ならぬマスターです』
アダムは笑いながら端末を閉じて、準備していた地上探索用の道具を棚に戻す。
「会議は?」
『午前十時からです』
「間に合うかな」
『地上調査に出発された場合、間に合いません』
「では、少し急ぐ必要があるな」
沈黙したALFRED。そのスケジュールの捻出は断じてと言わんばかりに低い声音が鳴る。
『……マスター』
「冗談だよ、ALFRED」
『その冗談が現実になる可能性を、私は高く見積もっております』
「そんなに信用がないか、僕は」
感情の機微が豊かな
結局、会議には出席した。なんと言おうと、すっぽかすわけにもいかないモノなのだから。ただし、会議中に何度も地上の地図を確認していたことは、ALFREDだけが知っているが、仕事をしている手前彼は文句も言わなかった。
そして翌日。
アダムは再び地上に立っていた。
「さて、今日は何が見つかるかな」
『マスター。今回の調査地域は、前回よりも旧文明の施設が多く残されている可能性があります』
「それは楽しみだ」
『ただし、ラプチャーの活動記録も確認されています。警戒を怠らないでください』
その返答に神妙な顔と心当たりから、アダムは思わず目を逸らす様な仕草をして苦笑する。
「分かっているよ」
『前回も同じことを仰っていました」
「前回は無事に帰ってきただろう?」
『結果論です』
「君は本当に心配性だな」
『マスターの安全管理を担当しておりますので当然では?』
アダムが笑ったその時だった。
ガチャガチャ……。
聞き覚えのある走行音が、遠くから響いてきた。
「おや?」
振り向くと瓦礫の向こうから、あの奇妙な装甲車のような物体が現れた。錆びた装甲板に、突き出した砲身のような部品。赤く光るセンサー。
ガチャガチャと音を立てながら、こちらへ向かってくる。そして、聞き覚えのある陽気な声が響いた。
「やあ! アダム! また会ったね!」
「やあ、ラプチリオン」
「おお! 覚えていてくれたんだね!」
嬉しそうに弾む陽気な声の主はどんどん寄ってくる。
「君のような姿を忘れるのは、なかなか難しいからね」
「ははは! それは嬉しいな!」
「褒めているのかどうかは微妙だが……」
『マスター。彼との再会を喜ばれているようですね』
「ALFRED、余計なことは言わなくていい」
『承知しました』
ラプチリオンはアダムの前で停止した。
「今日は何をしているんだい?」
「旧文明の施設を調査しているところだ。君は?」
「私は面白い場所を探しているんだ!」
「いつも通りというわけか」
「そうだよ! ところで、今日は一緒に探検しないかい?」
アダムは少しだけ目を細めた。
「面白い場所があるのか?」
「もちろん!」
「どんな場所だ?」
「行けば分かるよ!」
「……説明になっていないな」
「ははは!」
アダムは通信機に向かって尋ねる。
「ALFRED、周辺の地図を確認してくれ」
『承知しました。ラプチリオン氏の進行方向には、旧文明時代の施設跡が複数存在しています』
「なるほど。興味深い」
その発言に対してALFREDは異議を申請した、スケジュールの変更は推奨しないと言わんばかりに。
『マスター。予定していた調査地点とは異なります』
「ALFRED、予定は変更するためにある」
『そのような言葉を、会議の欠席理由に使わないでいただきたいものです』
「それはまた別の話だ」
アダムはラプチリオンに向き直った。
「案内を頼むよ」
「任せて!」
二人がたどり着いたのは、かつて工業施設だったと思われる場所だった。大きな建物の壁は崩れ、内部には古い機械や配管が残されている。ところどころに赤錆が浮かび、床には瓦礫が散乱していた。
「ここは?」
「昔、何かを作っていた場所みたいなんだ!」
「みたい、ということは詳しくは知らないのか」
「うん!」
「なるほど。実に君らしい」
アダムは携帯端末を取り出し、施設の構造を調べ始めた。
「ALFRED、周辺のデータを収集してくれ」
『承知しました。建物の構造から判断する限り、製造施設であった可能性が高いです。ただし、用途の特定には追加調査が必要です』
「製造ラインが残っていれば面白いんだが……」
「アダム! こっちに何かあるよ!」
ラプチリオンの声が響いた。
アダムが向かうと、そこには床に埋もれかけた機械部品があった。彼はしゃがみ込み、部品の表面を確認する。
「古い駆動装置か。かなり特殊な構造だな」
「面白いものだろう?」
「確かに。少し調べてみよう」
アダムは工具を取り出し、慎重に部品の一部を確認した。
「ふむ……この構造なら、通常よりも高い負荷に耐えられる可能性がある」
「すごいね! そんなことまで分かるんだね!?」
まじまじと部品を眺めるアダムにラプチリオンは問いかけるが、その返答は否定的なものだった。
「いや、まだ仮説だよ。実物を調べなければ断言はできない」
「そうなのかい?」
「技術者というのは、分からないことを分かったふりしてはいけないんだ」
「なるほど! 私も覚えておこう!」
「君の場合、まずは自分の車体の構造を説明できるようになった方がいいと思うが」
「ははは! それは難しいね!」
どうやらラプチリオンは、自分の機械について細かく説明するつもりはないらしい。あるいは、本当に詳しく知らないのかもしれない。
『マスター。施設内部の調査は順調ですが、周辺に複数の反応を確認しました』
「ラプチャーか?」
『はい。数は三。こちらに接近しています』
ALFREDの報告、這い寄る危機にアダムの表情が引き締まる。
「ラプチリオン、少し離れた方がいい」
「ラプチャーかい?」
「ああ。ここに長居するのは危険だ」
「分かった!」
二人は施設の出口へ向かう。
しかし、外に出た瞬間、瓦礫の向こうからラプチャーが姿を現した。金属の脚が地面を踏みしめ、不気味な駆動音が響く。
「……思ったより早かったな」
アダムは周囲を確認する。武器はない。戦闘用の装備も持っていない。今の彼にできるのは、状況を判断して安全な場所へ移動することだけだ。
「ALFRED、退路は?」
『北側の道路が比較的安全です。ただし、移動中に接近される可能性があります』
「分かった」
アダムはラプチリオンへ向き直った。
「君、移動できるか?」
「もちろん!」
「なら、北側へ向かおう。ここで戦う理由はない。と言うか対ラプチャー用の武装なんて使えないし持てないよ」
「あはは、それは言えてるね! うん、了解!」
ラプチリオンは機体を動かし、アダムの前方へ進み出た。その奇妙な姿からは想像できないほど、走行は安定している。
「こちらだよ!」
「頼む!」
二人は瓦礫の間を抜けていく。ラプチャーの駆動音が背後から迫る。アダムは何度か振り返り、距離を確認した。
「ALFRED!」
『確認しています。右手の通路に入ってください。そこなら建物が障害物になります』
「了解!」
アダムはラプチリオンに合図を送り、通路へと飛び込んだ。その結果ラプチャーはその巨体を狭い通路へ進めることができず、追跡を一時中断する。やがて、周囲から駆動音が消えた。
「……どうやら撒いたようだな」
「うまくいったね!」
ラプチリオンの声は、相変わらず明るかった。
アダムは息を整えながら、彼の駆体を眺める。
「君はこういう状況に慣れているのか?」
「地上ではよくあることだからね!」
「よくあること、か……」
よくあることで済ませる彼に、アダムは苦笑した。
地上が危険な場所であることは知っていた。だが、実際に自分の足で歩き、ラプチャーの接近を感じると、その危険性は資料の数字とはまるで違っていた。
『マスター。負傷はありませんか?』
「問題ない、この通りピンピンしている」
『心拍数が上昇しています』
「走ったからだろう、良い運動になったよ」
『それだけではないようですが』
「……君は本当に細かいな」
『当然です』
アダムはラプチリオンに向き直った。
「助かったよ。案内だけでなく、退路まで確保してくれてありがとう」
「気にしないで! 探検は仲間と一緒の方が楽しいからね!」
「仲間、か」
その言葉を、アダムは小さく繰り返した。
「そうだね。君となら、次の探検も楽しめそうだ」
「本当かい!?」
「ああ。ただし、次はもう少し安全な場所にしてくれ」
「ははは! それは約束できないね!」
「やっぱりか」
その日の調査を終え、帰還の準備を始めた頃。アダムは回収したデータを端末に保存していた。
『マスター。本日の調査結果を整理しました。施設の用途は特定できませんでしたが、いくつか興味深い技術資料を取得できています』
「十分な成果だ」
今回の騒動と命の危機に対しての対価で考えれば草臥儲けと揶揄するアダムだが、あえてそこは言葉には出さなかった。
『予定していた調査地点には到達できませんでしたが』
「それは次回の楽しみに取っておこう」
『次回も地上調査を予定されているのですか?』
「そうだな」
アダムは少し離れた場所にいるラプチリオンを見た。
「また案内を頼みたい相手がいるからね」
『……承知しました』
ラプチリオンが近づいてくる。
「アダム! 次はもっと面白い場所を見つけておくよ!」
「期待しているよ」
「約束だ!」
「ああ、約束だ」
ラプチリオンは嬉しそうに声を弾ませて、ガチャガチャと音を立てながら走り去っていく。その姿が瓦礫の向こうに消えるまで、アダムは眺めていた。
『マスター、彼との交流を継続するおつもりですね?』
「そうだよ。彼は面白い」
『技術的な観点からでしょうか?』
「それもある」
打算もない純粋な気持ちが久しく湧いた。
「だが、それだけじゃない。ああいう人間と話すのは、悪くないものだ」
『……そうですか』
「何だ?」
『いえ。マスターが地上で友人を作られたことを、興味深く思っただけです』
「友人、ね」
アダムは地上の景色を見渡しながら、彼は少しだけ笑った。
「そう呼んでもいいのかもしれないな」
地上の風が、アダムの頬を撫でる様に流れていく。荒廃した世界に、かつての賑わいはない。それでも、そこにはまだ未知のものがあり、出会いがあり、誰かと笑い合える時間があった。
重ねるが、アダムはまだ知らない。
この奇妙な探検家との出会いが、やがて自分の人生を大きく変えることを。
そして、その先に待つものが、自分の技術者としての人生だけでなく、人間としての在り方さえ変えていくことを。
「さて、帰ろうか。ALFRED」
『承知しました、マスター。帰還ルートを表示します』
「次はどんな場所に連れて行ってくれるのかな」
『ラプチリオン氏の案内であれば、予測は困難です』
「それは楽しみだ」
アダムは笑い、迎えの輸送機のランデブーポイントへの帰還を歩き始めた。彼のいや、彼らの探検は、まだ始まったばかりだった。