GODDESS IN IRON 作:エニカスを解らせ隊
オフィスでは社員たちがそれぞれの業務に取り掛かり、端末の操作音やスタッフ同士の会話が聞こえてくる。
その一角にある社長室では、アダム・ロバートがデスクに向かっていた。
画面には複数の資料が表示されている。地上調査の報告書、研究部門から提出された技術資料、そして今後の事業計画。
どれも重要なものではあるが、アダムの表情はどこか退屈そうだった。
「……ALFRED」
『はい、マスター』
「僕の仕事はいつから書類整理が中心になったんだ?」
『会社を経営し始めた時点からです』
「夢がない回答だな」
『現実的な回答と言っていただきたいですね』
ALFREDの成長具合──応対力の発展具合苦笑しつつ、若干の渋面を顔に出してしまうほどである。
「君は本当に口が達者になった」
『主人たるマスターの影響かと』
「それは褒め言葉として受け取っておこう」
アダムは端末を操作し、次の資料を開いた。
そんな彼のもとへ、秘書として働き始めたナターシャがやってくる。
「失礼します、アダムさん」
「どうしたんだい?」
「本日の予定についてですが、午前中の会議資料はすべて準備が整っています。また、研究部門から追加の報告書が届いています」
「ありがとう。そこに置いておいてくれるかな」
「承知しました」
ナターシャは手際よく書類をデスクに置いた。
以前は戦場で任務を遂行していた彼女も、今ではこうして企業の一員として働いている。まだ慣れない部分もあるようだが、その仕事ぶりはなかなかのものだった。
「そういえば、ナターシャ。仕事には慣れてきたかい?」
「はい。皆さん親切に教えてくださいますので、問題ありません」
「それはよかった。何か困ったことがあれば遠慮なく言ってくれ」
「ありがとうございます」
そのときだった。ALFREDから新たな報告が上がる。
『マスター。来客です』
「予定にあったかな?」
『いいえ。事前の連絡はありません』
「誰だい?」
『ラプチリオン氏です』
「……ああ」
アダムは一瞬だけ天井を見上げた。
「ナターシャ、悪いけど応接室に案内してくれるかな」
「承知しました」
ナターシャが部屋を出ていく。
そして、しばらくもしないうちに、廊下から聞き覚えのある声が響いてきた。
「アダム! 大変だよ!」
「……どうやら案内する必要はなかったようだ」
アダムが苦笑した直後、ガチャガチャと廊下に音が響き──その奇妙な物体も社内ではたまに見られる珍獣として受け入れられつつあり、アダムの提案で現在はあの装甲車サイズから小型ラプチャーほど大きさにスケールダウンしていた──ラプチリオンが勢いよく社長室へ入ってきた。
「聞いてよ! すごいものを見つけたんだ!」
「おはよう、ラプチリオン。君は相変わらず元気だね」
「もちろん! 今回は本当にすごいんだ!」
「前にも似たようなことを聞いた気がするけどね」
「今回は違うよ!」
「そうかい。それで、今度は何を見つけたんだ?」
ラプチリオンは嬉しそうに身体を揺らすと、背中の収納ケースから持ってきたものをテーブルの上に置いた。
ゴトン、と重たい音が室内に響く。それは、奇妙な金属製の装置だった。
円形の外殻は傷だらけで、表面には長い年月を感じさせる腐食が見られる。中央部分には何らかの機構が収められているようだったが、外装の一部が損傷しているため、全体像を把握することは難しい。
「……これは?」
「海の底で見つけたんだ!」
「海の底?」
「そう! 以前、調査していた海だった場所を覚えているかい?」
「ああ。君がよく探索している場所だね」
「その近くで見つけたんだ。周囲には古い建造物の残骸もあってね。最初は瓦礫の一部かと思ったんだけど、よく見たらこれだったんだ!」
アダムは椅子から立ち上がり、装置へ近づいた。
表面を軽く観察する。見慣れない構造だった。
「かなり古そうだな」
「そうなんだ! でも、完全に壊れているわけじゃないと思うよ」
「何か根拠があるのかい?」
「実はね、少しだけ反応があったんだ」
ラプチリオンは装置の中央部分を指し示した。
「ここに触れたら、一瞬だけ光ったんだよ!」
「光った?」
「うん!」
アダムは装置を見つめて、ただの金属製品ではないとそう直感した。
「ALFRED」
『はい、マスター』
「この装置をスキャンしてくれ。非接触で構わない」
『了解しました』
社長室に設置された分析装置が起動し、青白い光が装置全体を包み込む。数秒後、モニターに解析結果が表示された。
『……これは興味深いですね』
「何か分かったか?」
『内部に複数のエネルギー伝達機構が確認できます。一般的な発電装置とは構造が異なっています』
「具体的には?」
『現時点では断定できません。ただし、内部にエネルギーを蓄積し、変換するための機構が存在しているようです』
アダムは画面に表示された構造図を拡大した。
「エネルギー変換機構……?」
『はい。さらに、中央部分には微弱な反応が残っています』
「つまり、まだ完全には停止していない?」
『その可能性があります』
アダムは腕を組んだ。その表情から、先ほどまでの退屈そうな雰囲気は消えていた。
「ラプチリオン」
「うん?」
「これは、どこで見つけたんだ?」
「海底に沈んだ建物みたいな場所だよ。かなり古いものだと思う。周囲には似たような機械の残骸もあったけど、これだけは形が残っていたんだ」
「なるほど……」
「どうかな? すごいものだろう?」
「ああ。少なくとも、僕の興味を引くには十分だね」
アダムは装置の周囲をゆっくりと歩いた。その内部構造は、現在の技術では見られない独特な設計思想に基づいているようだった。
小型でありながら、複雑なエネルギー制御機構を備えている。もしこれが本当に動力装置なら、相当な技術水準で作られたものに違いない。
「……面白い」
「気に入ってくれたかい?」
「気に入ったというより、知りたいことが増えたと言うべきかな」
「それはよかった!」
ラプチリオンは満足そうに身体を揺らして。その様子を見て、アダムは小さく笑った。
「ありがとう、ラプチリオン。これは大切に調べさせてもらうよ」
「どういたしまして! また何か見つけたら持ってくるね!」
「できれば、次は事前に連絡してくれると助かるんだけどね」
「分かった!」
「本当に分かっているのかな……」
そんな二人のやり取りを、ナターシャは少し離れた場所から眺めていた。
「アダムさん。その装置は、そこまで重要なものなのですか?」
「ああ。まだ詳しいことは分からないし断言はできないが……」
アダムは装置を見つめた。
「もしかすると、とんでもない発見かもしれない」
ラプチリオンが帰った後、装置は研究棟の専用分析室へと運ばれた。
室内には大型の分析装置やホログラム投影機が設置されており、中央の作業台には先ほどの金属製装置が固定されている。アダムは白衣を羽織り、端末を操作していた。
「さて……じっくり見せてもらおうか」
『マスター。まずは外装の分析から始めることを推奨します』
「分かっているよ。いきなり分解するほど無謀じゃない」
『以前、どこの誰かは未知の装置を解析する際に、事前調査を省略したことがありましたので』
「……あれは例外だ」
『研究棟の警報装置が作動した件でしょうか』
「……わかった、僕が悪かった。だから、その話はもういい」
アダムは端末を操作し、装置の三次元モデルを表示させた。
表面の損傷、金属の組成、内部構造。次々とデータが集められていく。
「外装はかなり特殊な合金だな。腐食が進んでいる部分もあるが、基本構造は維持されている」
『内部機構も同様です。ただし、一部の部品は欠損しています』
「修復できそうか?」
『現段階では判断できません。まずは構造の全容を把握する必要があります』
「そうだな」
アダムは中央部分を拡大した。そこには、複雑に組み合わされた円形の構造体が存在していた。
まるで何かを囲い込むような配置。そして、その中心には小さな空間が設けられている。
「……妙だな」
『何か気になる点でも?』
「この構造だよ。普通なら、もっと単純な配置で済むはずだ。なのに、わざわざ複雑な機構を組み込んでいる」
『エネルギーの制御を目的としている可能性があります』
「おそらくね」
アダムはしばらく考え込んだ。
「ALFRED。現在の一般的な動力炉と比較してくれ」
『了解しました』
数秒後、複数の比較データがホログラムに表示された。現在の動力装置と、目の前の古い装置。
その設計思想には明確な違いがあった。
「……なるほど」
『どうやら、根本的な部分から異なるようですね』
「僕たちが使っている動力装置は、エネルギーを供給するためのものだ。だが、これは違う」
アダムは中央部分を指差した。
「エネルギーを制御し、効率的に取り出すことそのものを目的にしている」
『そのように見受けられます』
「もし、この仕組みを再現できれば……」
彼はそこで言葉を切った。研究室の隅には、以前から進めていた別の研究資料が置かれている。
人間がラプチャーと戦うための
しかし、その最大の問題の一つが動力源だった。
「ALFRED」
『はい』
「この装置の出力を推定できるか?」
『損傷が激しいため、正確な数値は算出できません。ただし、構造から推測する限り、非常に高いエネルギー密度を想定して設計された可能性があります』
その返答に頷きながら、顎髭を撫でつつ考えるアダム。出鱈目なその設計をこの装置にまとめ込んだ人物は、果たしてどんな天才だったのだろうかと興味は尽きなかった。
「小型で高出力……か」
『マスターが以前から開発を検討していた
「君もそう思うか?」
『はい。ただし、現段階では応用可能性を示すに留まります』
「分かっているさ」
アダムは笑った。
「だからこそ、調べる価値がある」
新たな研究
それから数時間が経過した。分析室の時計は、すでに夕方を示している。
アダムは画面に表示されたデータを見つめながら、何度も設計図を書き直していた。
「違う……この配置では効率が悪い」
『コイルの配置を変更してみてはいかがでしょうか』
「いや、それだと今度は熱処理に問題が出る」
『冷却機構を追加する方法もあります』
「小型化する意味がなくなるだろう?」
『確かに、その通りですね』
「まったく。簡単にはいかないな」
アダムは椅子の背もたれに身体を預けた。
未知の技術を解析すること自体は珍しくない。だが、今回の装置はこれまで扱ってきたものとは明らかに違っていた。
現代の技術体系では説明できない構造。
長い年月を経てもなお残るエネルギー反応。
そして、小型の装置に集約された高度な制御機構。
どれも興味深いものばかりだった。
「ALFRED。仮に、この装置の原理を再現できたとしたら?」
『現時点での情報だけでは、実現可能性を判断できません』
「そうじゃない。仮定の話だよ」
『……そうですね。既存の動力源とは異なる、小型高出力のエネルギー供給システムを構築できる可能性があります』
「それが実現すれば、応用範囲はかなり広い」
『産業用機械、輸送機器、そしてマスターが開発を検討している
「そういうことだ」
アダムは再び設計図に目を向けた。
彼の頭の中では、すでに新しい構想が形になり始めていた。ただし、これはまだ始まりに過ぎない。
古い装置の構造を理解することと、それを自分の技術で再現することは別問題だ。
ましてや、実際に人間が身につける装甲に搭載するとなれば、安全性や耐久性も考慮しなければならない。
「……面白くなってきた」
『マスター』
「何だい?」
『本日の予定はすべて終了しています。そろそろ休まれてはいかがでしょうか』
「もうそんな時間か?」
『はい。研究を開始してから、すでに七時間が経過しています』
「七時間? まだそんなものか」
『その発言は、休憩が必要であることを裏付けています』
「分かった分かった。今日はここまでにしよう」
アダムは端末を閉じた。そして、作業台に置かれた古い装置を振り返る。
「……君は一体、どんな時代に作られたんだろうな」
答える者はいない。
ただ、中央部分に残された微かな反応が、静かにモニターへ表示されていた。
翌朝。
研究室には、すでにアダムの姿があった。
昨夜のうちに整理したデータを確認しながら、彼は新しい設計ファイルを開いている。画面に表示されたのは、円形の動力機構を中心とした新しい設計案だった。
『マスター。やはり、新規プロジェクトを作成するのですか?』
「ああ。今回の発見を独立した研究として管理する」
『プロジェクト名はいかがいたしましょう』
アダムは少し考えた。
「……アークリアクター」
『ARC REACTOR、ですね』
「そう。古い装置の名称は分からないけど、研究上の仮称としては悪くない」
『登録しました』
ホログラム上に新しいプロジェクトが表示される。アダムはそれを見て満足そうに頷いた。
「さて、始めようか」
『まずは何から着手しますか?』
「構造の完全解析。それから、再現可能な部分と不可能な部分を切り分ける。元の装置を修理することよりも、仕組みを理解することを優先しよう」
『承知しました』
「それと、ラプチリオンには引き続き調査を頼んでおいてくれ。あの周辺に、ほかにも何か残っているかもしれない」
『了解しました。連絡を入れておきます』
アダムは椅子に座り直し、目の前の装置へ視線を向けた。
かつて海だった場所に眠っていた、古い時代の遺産。それが何のために作られ、どのような人々に使われていたのかは分からない。
しかし、一つだけ確かなことがある。この装置には、今の時代の技術者たちがまだ知らない可能性が秘められている。
「……楽しみだな」
『マスターは本当に、未知の技術がお好きですね』
「当然だろう? 知らないことを知る。それ以上の
『少なくとも、書類整理よりは楽しそうですね』
「分かっているじゃないか」
アダムは笑いながら端末を操作した。
その手元では、新たな設計図が少しずつ形を成していく。まだ、それは小さな一歩に過ぎない。
だが、やがてその研究が一つの動力炉を生み出し、人間の身体を鋼鉄の装甲で包み込むことになる。
そして、その鋼鉄は地上を支配する機械生命体へと向けられることになるだろう。
失われた時代の遺産。それを発見した一人の探検家と、その可能性に魅せられた一人の発明家。
彼らの出会いが、まだ誰も知らない未来への扉を開こうとしていた。
──これは、まだ英雄が生まれる前の物語。