GODDESS IN IRON 作:エニカスを解らせ隊
ROBERTS INDUSTRIES、本社研究棟。
その一室には、普段とは少し違う緊張感が漂っていた。
室内の照明は落とされ、中央に設置された大型分析装置だけが青白い光を放っている。その中心に置かれているのは、数日前にラプチリオンが持ち込んだ金属製の装置だった。
円形の外殻。複雑に組み込まれた内部機構。そして、長い年月を経てもなお完全には失われていない、微弱なエネルギー反応。
アダム・ロバートは、その装置を前に腕を組んでいた。
「……さて」
彼は端末を操作し、空中に展開された設計図を見上げる。
「そろそろ本格的に始めようか」
『承知しました、マスター』
耳元の通信機から、いつもの落ち着いた男性の声が返ってくる。
ALFRED。アダム自身が設計した高度AIであり、研究、工学、防衛に関するあらゆる情報処理を担う相棒だ。
『昨日までの予備解析によって、外装および内部機構の大部分について情報を取得できました。ただし、依然として不明な部分が多数存在しています』
「分かっている。だからこそ面白いんだ」
『マスターの好奇心については理解しておりますが、今回の対象は通常の旧文明製品とは異なります。慎重な解析を推奨します』
「君は本当に心配性だな」
『マスターの安全管理を担当しておりますので』
「はいはい。頼りにしているよ」
アダムは小さく笑い、分析装置の操作パネルに手を伸ばした。数日前、ラプチリオンが発見したこの装置を初めて見たとき、彼は単純な旧文明の動力装置だと考えていた。
しかし、初期解析の結果は、その予想を大きく裏切るものだった。内部には、現代の技術では見られない独特なエネルギー制御機構が存在している。
しかも、それは単に高出力を実現するためだけのものではない。極めて小さな空間の中で、エネルギーの変換、制御、供給を成立させるための、精密な設計が施されていた。
「ALFRED。まずは内部構造の詳細なマッピングからだ。損傷部分と正常に機能している部分を分けて表示してくれ」
『了解しました』
分析装置が再び稼働する。装置を囲むように複数の光が走り、内部構造が立体映像として展開された。
アダムはそれを見つめる。
「……ふむ」
数秒。
十秒。
そして、彼は眉を寄せた。
「待て。ここの配線、どうなっている?」
『該当箇所を拡大します』
映像が拡大される。
複雑に交差した導線と、いくつもの小さな部品が表示された。
「……なるほど。そういうことか」
『何か分かりましたか、マスター?』
「いや、まだ仮説の段階だ。エネルギーの伝達経路が一つではない。複数の経路を使い分けているように見える」
『確認します。確かに、内部には複数の伝達経路が存在しています』
「単純に一方向へ流す構造じゃない。状況に応じて供給経路を切り替えているのか?」
『その可能性があります』
「面白いな……」
アダムは設計図を回転させ、別の角度から確認する。しかし、見れば見るほど疑問が増えていく。
それぞれの部品が独立して機能しているように見えて、実際には互いに密接に関係している。
一つの部品を変更すれば、別の部分にも影響が出る。まるで、全体が一つの精密な機械として設計されているかのようだった。
「……これは厄介だぞ」
『同意します』
「君が同意するなんて珍しいな」
『事実を申し上げているだけです』
「そうかい」
アダムは苦笑しつつも、再び設計図へ視線を戻す。彼は天才と呼ばれる技術者だった。
エネルギー工学、人工知能、ロボティクス。複数の分野において独自の成果を上げ、ROBERTS INDUSTRIESを大企業へと成長させた人物である。
しかし、目の前にある装置は、彼がこれまで扱ってきた技術とは明らかに異なっていた。それは単に古い技術と言うだけではない。
設計者の発想そのものが、現在の技術体系から逸脱しているように感じられた。
「さて……どこから崩していこうか」
『マスター。まずはエネルギー伝達機構の解析を優先することを提案します』
「賛成だ」
アダムは端末を操作した。
「始めよう」
そして、解析開始から三時間。
研究室のモニターには、膨大な数の計算結果が表示されていた。アダムは椅子に座ったまま、何度も設計図を書き換えている。
「違う……これでは駄目だ」
『計算結果を確認しました。現在の仮説では、エネルギー損失が想定値を大幅に上回っています』
「分かっている。問題はそこじゃない」
『では、どの部分でしょうか?』
「この装置の構造だよ。僕たちが想定しているエネルギーの流れと、実際の構造が一致していない」
アダムは画面上の一部分を指差した。
「ここだ。普通なら、この経路を通してエネルギーを供給するはずだ。ところが、設計者はわざわざ別の経路を設けている」
『補助的な制御回路ではありませんか?』
「最初はそう考えた。だが、それだけじゃ説明がつかない」
彼は別の画面を開いた。
「ここの構造を見てくれ。補助回路にしては複雑すぎる。しかも、エネルギーの供給量に応じて内部の状態を調整しているように見える」
『……なるほど。単純な補助回路ではなく、動力機構全体を制御するための構造である可能性があります』
「そういうことだ」
アダムは椅子の背もたれに身体を預けた。
「まったく。誰がこんな設計を考えたんだ?」
『設計者については、まだ情報がありません』
「だろうね。こんなに古い骨董品が未だ微かな反応を見せるレベルの技術だぞ?」
彼は苦笑する。
「これを作った人間は、相当な変人だったに違いない」
『マスターも同様の評価を受ける可能性があります』
「おい」
『事実に基づく推測です』
「君までそんなことを言うようになったか……」
アダムは頭を掻いた。だが、その表情には不快感よりも楽しさが浮かんでいた。理由は久しぶりに、純粋な技術的好奇心を刺激されている。
自分の知らない技術。自分の理解を超える設計。それを一つずつ解き明かしていくことに、彼は大きな喜びを感じていた。
しかし、それと同時に、ある種の焦りも生まれていた。
理解できない。
いや、正確には理解できる部分は増えている。
だが、全体像が見えないのだ。
「……もう一度、最初から確認しよう」
『マスター。既に同様の解析を複数回実施しています』
「知っている」
『同じ手順を繰り返しても、新たな結果が得られる可能性は低いと思われます』
「だから、手順を変えるんだよ」
アダムは端末を操作し、解析条件を変更した。
「この装置を一つの動力炉として見るのをやめよう。各部品の役割ではなく、全体がどう連動しているかを調べる」
『承知しました。解析モデルを変更します』
画面上の設計図が再構成される。それを見ながら、アダムは小さく息を吐いた。
「さて……今度はどうだ?」
結果が表示される。
アダムはしばらく無言で画面を見つめた。
「…………」
『マスター?』
普段なら軽口を漏らしながら作業を進める主人がこうも黙り込むのは初めての反応だとALFREDは密かに記録を追加する。
「……なるほど」
彼の口元がわずかに緩む。
「そういうことか。こいつは単にエネルギーを供給しているんじゃない」
『詳細をお願いします』
「内部の状態を常に制御しているんだ。エネルギーを取り出すだけじゃなく、装置そのものが安定して動作するように調整している」
『内部状態の自己制御機構、ということでしょうか』
「そう。しかも、かなり高度なものだ」
アダムは椅子から立ち上がった。
「これなら、今までの計算が合わなかった理由も説明できる」
『興味深いですね』
「だろう?」
彼は満足そうに頷いて笑った。だが、その笑みは長く続かなかった。
『ただし、現状の解析結果では、その制御機構の動作原理を完全には説明できません』
「……ああ」
アダムは再び設計図を見つめた。新しい疑問が生まれていた。
内部の状態を制御していることは分かった。しかし、なぜそれほどまでに複雑な制御機構が必要なのか。
そして、どのような方法でそれを実現しているのか。そこが分からない。
「まだ先があるってことか」
『そのようです、マスター』
「いいね。実にいい」
アダムは再び椅子に座った。
研究は、まだ始まったばかりだった。
そして、その昼過ぎ。
研究室の扉が開いた。
「失礼します、アダムさん」
銀色の髪を整えたナターシャが、書類と端末に他のものを抱えて入室する。
「おや、ナターシャ。どうしたんだい?」
「昼食をお持ちしました。それから、本日の午後の予定について確認をお願いしたく」
「もうそんな時間か」
「はい。午前中からずっと研究室にいらっしゃいますので」
「そんなに長くいたかな?」
『マスターは午前八時から現在まで、ほぼ休憩を取っておりません』
「ALFRED、君は本当に余計なことをよく覚えているね」
『健康管理も私の業務ですので』
ナターシャは小さく微笑んだ。
「お身体を大切になさってください。研究に熱中されるのは構いませんが、食事を抜くのはよくありません」
「……君までALFREDの味方か」
「当然です。私も心配していますので」
「これは参ったな」
アダムは肩をすくめ、作業台から離れながらナターシャが用意した昼食を受け取り、近くのテーブルへ移動する。
「それで、研究の方はいかがですか?」
「なかなか面白いことになっているよ」
「面白い、ですか?」
「ああ。想像していた以上に高度な装置だ。解析すればするほど、設計者の技術力に驚かされる」
「アダムさんでも難しいのですね」
「もちろん。僕だって万能じゃないさ」
そう言いながら、彼は端末に映る設計図を眺めた。
「ただ、こういうものを見ると、どうしても知りたくなる。誰が作ったのか。どんな目的で作られたのか。そして、どうやってこの構造にたどり着いたのか」
「……そうですか」
ナターシャは装置を見つめた。
「長い年月を経て、ここまで残っていたのですね」
「そうだね。ラプチリオンが見つけてくれなければ、今も海底で眠っていたかもしれない」
『補足しますと、発見された地点はかつて海洋に面していた地域です。周辺の地形や残存する建造物から、旧時代の施設が存在した可能性もあります』
「なるほど……」
ナターシャは少し考え込む。
「そのような時代にも、今と同じように研究をしていた人たちがいたのでしょうか」
「当然だろうね。むしろ、僕たちが想像している以上に発展していたのかもしれない」
アダムは昼食を一口食べた。
「この装置を作った人間も、きっと相当な時間をかけて研究したんだろう。そう考えると、少し羨ましいな」
「羨ましい?」
「ああ。自分がまだ知らないことを知っている人間がいた。それだけで、研究者としては刺激になる」
彼は笑った。
「さて、食事も済ませたし、続きを始めよう」
「午後の会議は?」
「……」
「アダムさん?」
きょとんとした様子のナターシャにバツの悪そうなアダム。思わず、相棒に予定を聞く。
「ALFRED」
『はい、マスター』
「午後の予定を確認してくれ」
『午後一時から開発部門との会議が予定されています』
「そうだった」
「忘れていたのですか?」
「いや、覚えていたよ。少しだけ頭の片隅に追いやっていただけだ」
『それを一般的には忘却と呼びます』
「君は本当に容赦がないな……」
ナターシャは小さく笑った。
いつものような、穏やかな日常の一幕だった。
しかし、アダムの頭の中では、すでに次の解析手順が組み立てられ始めていた。
そして、午後。開発部門との会議を終えたアダムは、再び研究室へ戻ってきた。
ナターシャが調整してくれた予定のおかげで、会議そのものは予定通りに終了した。もっとも、彼の意識の半分が研究室に残っていたことは、出席者の何人かに気づかれていたかもしれない。
「さて、続きをやろう」
『お帰りなさいませ、マスター。解析データは更新されています』
「進展は?」
『新たに二つの制御機構を確認しました。ただし、双方の関係性については不明な点が残っています』
「見せてくれ」
ホログラムが展開される。アダムは表示されたその構造を見て、すぐに眉を寄せて思考に耽る。
「……待て。ここはどうなっている?」
『内部のエネルギー循環を担う部分です』
「循環? いや、違うな。単純な循環ではない」
彼は画面を拡大する。
「エネルギーの一部を戻しているように見えるが、戻す量が一定じゃない。しかも、別の制御機構と連動している」
『入力エネルギーと出力エネルギーの関係を再計算します』
「頼む」
数秒後、計算結果が表示された。
アダムはそれを見つめ、口元に手を当てる。
「……なるほど。そういうことか」
『何か分かりましたか?』
「この設計者、単純に効率だけを追求していない」
『と、申しますと?』
「装置の安定性を優先しているんだ。多少の損失が発生しても、全体が破綻しないように設計している」
『確かに、そのように解釈できます』
「普通なら、もっと効率のいい構造を考える。けれど、こいつは違う。エネルギーを取り出すことと、装置を安定させることを同時に成立させようとしている」
アダムは設計図を見回した。
「まるで、ひとつの生き物を扱うような設計だな」
『興味深い表現です』
「褒めているんだよ」
『理解しております』
「本当かな?」
アダムは笑ったが、すぐに表情を引き締める。
「よし。ここの制御機構を仮想的に再現してみよう。現在の技術で代替できる部分を置き換えて、どこまで近づけるか試す」
『承知しました』
アダムは新しい設計モデルを作成した。
既存の部品を組み合わせ、旧型リアクターの構造を可能な限り再現する。
もちろん、完全な複製ではない。あくまで、内部の仕組みを理解するための実験モデルだ。
「入力条件を設定。出力制御を有効化。エネルギー循環の再現を開始」
『シミュレーションを開始します』
画面上で数値が変動する。最初は安定していた。しかし、数秒後。
『警告。内部温度の上昇を確認』
「冷却機構を調整」
『調整しました』
温度の上昇は一時的に抑えられた。だが、今度はエネルギーの供給量が不安定になる。
『警告。出力制御に異常が発生しています』
「循環経路の設定を変更。制御回路を一段階増やせ」
『変更しました』
再び計算が走り、膨大な数値が量子コンピュータに負荷を与える。そしてその答えは──
『シミュレーション終了。結果は不合格です』
「……駄目か」
アダムは椅子の背もたれに身体を預けた。数秒間、沈黙が流れる。
「もう一度だ」
『マスター。現状の設計モデルでは、同様の問題が発生する可能性が高いと考えられます』
「分かっている。だから、別の条件を試す」
『承知しました』
再びシミュレーションが始まる。今度は制御機構の配置を変更して、その結果は先ほどよりも悪かった。
『出力の安定化に失敗しました』
「……次」
冷却機構を変更する。
『熱制御に問題があります』
伝達経路を変更する。
『エネルギー損失が増加しました』
制御回路を簡略化する。
『内部状態を維持できません』
アダムは何度も設計を変更した。
しかし、結果は芳しくない。どれだけ条件を変えても、旧型リアクターのような安定性には届かない。
「……おかしいな」
『何か問題が?』
「いや、理屈は分かるんだ。個々の機構も理解できる。だが、どうしても全体が成立しない」
『現在の設計では、各機構の相互作用を完全には再現できていないようです』
「つまり、僕たちが見落としている部分がある」
『その可能性が高いです』
アダムは画面を見つめた。
これまでにも、難しい研究に直面したことはある。
しかし、ここまで何度も壁にぶつかることは珍しかった。それも、基本的な理論を理解できていないわけではない。
理解しているはずなのに、同じ結果を再現できないのだ。
「……まいったな」
『珍しいですね、マスターが弱音を吐かれるとは』
「弱音じゃない。現状の評価だよ」
『失礼しました』
「しかし、これは相当なものだ」
アダムは椅子から立ち上がり、作業台の前へ移動した。そこに置かれた旧型リアクターを見つめる。
海底に沈み、果てしない時間を経て傷ついた外装に、長い年月によって劣化した部品。そして、その内部に隠された緻密な機構。
「これを設計した人間は、いったい何を考えていたんだろうな……」
『マスター』
「何だ?」
『一つ提案があります』
「聞こう」
『現在の解析では、装置そのものの構造を中心に調査しています。しかし、設計者に関する情報が残っている可能性もあります』
「設計者の情報?」
『はい。外装の一部に刻印らしきものが確認されています。腐食が進んでいるため、まだ読み取れていない部分がありますが、追加解析を行う価値はあるかと』
「……なるほど」
アダムは装置へ近づいた。
「確かに、誰が作ったのか分かれば手掛かりになるかもしれない」
『刻印部分を再スキャンします』
分析装置が動き始める。今度は装置の外装に焦点が当てられ、微細な表面情報が収集されていった。
数分後。
『解析結果が出ました』
「見せてくれ」
画面に一部の文字列が表示されるが、欠損している部分は多い。しかし、残された文字から一つの名称が読み取れた。
アダムは目を細める。
「……スターク?」
『そのように読み取れます』
「スターク……」
彼は少し考え込んだ。
「企業名か? それとも製造者の名前か?」
『現時点では判断できません。ただし、旧文明のデータベースを検索すれば、関連情報が見つかる可能性があります』
「そうだな。調べてみよう」
アダムは端末を操作した。
「ALFRED。旧文明の公開アーカイブ、企業記録、技術者データベースを横断検索してくれ。キーワードはSTARKだ」
『承知しました、マスター』
検索が開始される。最初は、何も表示されなかった。
しかし、数秒後。複数の記録が画面に浮かび上がる。
そして、その中に一つの企業名があった。アダムは、その文字を見つめた。
「……STARK INDUSTRIES」
『該当する企業記録を確認しました』
「企業か」
『はい。旧時代に存在した技術系企業です。主に先端工学、エネルギー技術、軍事関連技術などを扱っていた記録があります』
「軍事関連も?」
『はい。旧時代の防衛技術において、一定以上の影響力を持っていた企業と推測されます』
「なるほど……」
アダムは表示された情報を確認していく。
企業の沿革。
開発技術。
歴代の経営者。
そして、関連する技術者たちの記録。その中に、一人の人物の名前が表示された。アダムは画面を見つめたまま、しばらく動かなかった。
「……トニー・スターク?」
『該当人物の記録を確認しました』
画面に、一枚の古い写真が表示される。
そこに写っていたのは、少し癖のある髪と整えられた髭を持つ男性だった。
自信に満ちた表情。
そして、どこか挑戦的な目つき。
アダムはその顔をじっと見つめた。
「この人物が……」
『トニー・スターク。STARK INDUSTRIESの経営者であり、発明家、技術者として記録されています』
「発明家か」
『はい。旧時代の技術史において、極めて重要な人物として扱われています』
アダムは写真から目を離せなかった。
自分と同じように、技術を追い求めた人間。そして、アダムの目前にある装置を作り上げた人物。
その名前が、ようやく分かった。
「……そうか」
アダムは小さく息を吐いた。
「貴方が作ったのか」
それからALFREDは、引き続き関連記録を検索していた。
『マスター。追加情報が見つかりました』
「何だ?」
『トニー・スターク氏は、単なる企業経営者ではありません。旧時代において、アイアンマンと呼ばれる存在としても知られていたようです』
「アイアンマン?」
『はい。記録によれば、独自に開発した高性能な装甲を身にまとい、数々の戦闘に参加していた人物です』
アダムの眉がわずかに動く。
「装甲を身につけて戦っていた?」
『そのようです。人間が直接操縦する、全身型の戦闘用パワードスーツと記録されています』
「……面白い」
アダムは写真を見つめた。自分が今後開発しようとしているものと、どこか重なる。
人間の身体を機械で補い、戦闘能力を高める装甲。それを、かつての時代に実現した人間がいた。
「その装甲の記録は残っているか?」
『複数の映像資料が保存されています。再生しますか?』
「頼む」
ホログラムが切り替わり、古い映像が再生される。
そこには、赤と金を基調とした金属製の装甲を身にまとった人物が映っていた。空を飛び、敵へと立ち向かう。
人間が、自らの手で作り上げた鋼鉄の身体を操っている。アダムはその映像に見入っていた。
「……これが、アイアンマン? 派手すぎないか、赤と金だぞ」
『はい』
「外見はともかく……コレを本当に人間が作ったのか?」
『記録上はそのようです』
「冗談だろ……?」
『ですが、記録にあります』
アダムは思わず笑った。
しかし、その笑いには驚きと感嘆が混じっていた。映像の中の装甲は、現在の技術から見ても非常に高度な構造をしている。
飛行機能。姿勢制御。装甲の展開機構。
そして、胸部に搭載された小型の動力源。
「……なるほど。あのリアクターは、この装甲のために作られたものだったのか」
『その可能性が高いと考えられます』
「小型の動力源を開発し、それを人間が身につける装甲に搭載した……」
アダムは映像を一時停止した。
胸部に映る円形の装置。それは、目の前に置かれている旧型リアクターとよく似ていた。
「まさか、これが原型なのか」
『形状と構造の一部に共通点が見られます』
「そうか……」
彼は腕を組んだ。
「つまり、トニー・スタークは自分のために、この小型動力炉を作ったということか」
『そのように推測できます』
「すごいな……」
アダムの口から、自然と言葉が漏れた。彼は決して、他人の技術を簡単に称賛する人間ではない。
自分の能力に自信があり、時には少々傲慢とも取れる態度を見せることもある。
しかし、目の前の技術は違った。その完成度。その発想。
そして、何よりも人間が身につけて戦うという目的のために、これほど高度な動力源を作り上げたという事実。それらすべてが、アダムの技術者としての心を強く刺激していた。
「……会ってみたかったな」
『マスター?』
「いや。こんなものを作った人間が、どんなことを考えていたのか興味がある」
『残念ながら、本人は既に故人である可能性が高いと思われます』
「分かっているよ。そういう意味じゃない」
アダムは再び映像を見た。
そこに映る男は、堂々とした姿で装甲を身にまとっている。まるで、自分の発明に絶対の自信を持っているかのようだった。
「……いい顔をしている」
『人物の表情についての評価でしょうか?』
「そうだよ。いかにも自分の発明に誇りを持っている人間の顔だ」
『マスターと似ているようにも見受けられます』
「おいおい。僕はあそこまで派手じゃないぞ」
『外見的な比較ではありません』
「分かっているさ」
アダムは小さく笑った。
「しかし、これは驚いた。まさか過去に、僕と同じようなことを考えた人間がいたとはね」
『マスターが現在構想している
「それも、僕よりずっと前に実現していたわけだ」
『はい』
アダムは少しだけ視線を落とした。自分がこれから挑戦しようとしていること。
人間が自らの力でラプチャーに立ち向かうこと。それは無謀で危険な挑戦かもしれない。
しかし、過去には同じように、人間の可能性を信じて装甲を作り上げた人物がいた。
その事実は、彼にとって大きな意味を持っていた。
「……面白いじゃないか」
『何がでしょうか?』
「僕がこれから作ろうとしているものに、先駆者がいたということさ」
アダムは少し拗ねるように笑みを浮かべた。
「少しばかり悔しいけどね」
それから数時間、ALFREDに情報の収集と精査を任せて、新たに記録がまとめられたと報告が上がる。
『マスター。トニー・スターク氏に関連する記録が、ほかにも見つかりました』
「まだあるのか?」
『はい。人物の経歴だけでなく、複数の歴史的事件に関する記録が残されています』
「見せてくれ」
画面が切り替わり、そこには複数の人物が並んだ古い写真が表示されていた。
盾を持つ軍人らしき男。科学者と思われる人物。特殊な装備を身につけた者。銀に煌めく鎧兜に片手にハンマーをもつ男。そして、その中には先ほどのトニー・スタークの姿もあった。
「これは……?」
『アベンジャーズと呼ばれる組織の記録です』
「アベンジャーズ?」
『はい。旧時代において、地球規模の脅威に対処するために活動していたヒーローチームとされています』
アダムは写真を拡大した。
「ヒーローチーム……ね、かつてのゴッデス部隊と似たようなものが旧時代にも存在していたのか」
『構成員には、軍人、科学者、特殊能力を持つ人物などが含まれていたようです。トニー・スターク氏も、その一員として記録されています』
「なるほど。単独で活動していたわけじゃないんだな」
『はい。複数の危機に対処し、当時の人類を守るために活動していたと記録されています』
アダムは別の記録を開いた。そこには、かつての戦闘映像や報道資料が保存されていた。
巨大な脅威。
崩壊する都市。
そして、それに立ち向かう人々。映像の中で、アベンジャーズと呼ばれた者たちは、それぞれ異なる能力や技術を使いながら戦っていた。
「……随分と大きなことをしていたんだな。メンバーも個性派揃いだ。このブルース・バナー博士は筋骨隆々の雄々しい緑の怪物、ハルクに変身すると?」
『はい。旧時代の歴史において、重要な出来事として扱われています』
「それにしても、アベンジャーズか」
アダムは写真に目を向けた。
「‘報復者’とは、面白い名前だ」
『組織の名称については、当時の文化的背景に由来する可能性があります』
「そうだろうね」
彼は少しだけ笑った。
「しかし、こうして見ると、過去の人類も随分と逞しかったらしい」
『そうですね』
「ラプチャーが現れるよりもずっと前の時代に、こんな人間たちがいたわけだ」
アダムは記録を読み進める。
そこには、アベンジャーズの活動記録や構成員の情報が残されていた。保存状態は決して良好とは言えない。
失われた資料も多く、詳細が分からない事件もある。それでも、彼らが確かに存在し、戦い、そして人々を守っていたことは分かった。
「……歴史か」
アダムは小さく呟いた。
「技術というものは面白いな。作った人間がいなくなっても、こうして残り続ける」
『記録や成果物が後世に受け継がれることは、技術史において重要な意味を持ちます』
「そうだね」
彼は再びトニー・スタークの写真を表示させた。
「この人も、自分の作ったものが何百年も先まで残るとは思っていなかったかもしれない」
『可能性はあります』
「そして、今になって僕がその技術を調べている」
アダムは苦笑した。
「人生というのは、本当に何が起きるか分からないな」
『同感です、マスター』
しばらく、二人の間に沈黙が流れた。
アダムは記録を閉じず、トニー・スタークの映像をもう一度再生した。画面の中の男は、装甲を身にまとい、空へと飛び立っていく。
その姿を見ながら、アダムは静かに口を開いた。
「……僕も、いつかあんなものを作ることになるのかな」
『現在の研究計画を考慮すれば、その可能性は十分にあると思われます』
「そうか」
彼は微笑んだ。
「なら、なおさら頑張らないといけないな」
その日の夜。
研究室には再びアダム一人だけが残っていた。
ナターシャは既に退勤し、研究棟のスタッフもほとんどが帰宅している。
室内には、分析装置の駆動音だけが静かに響いていた。アダムは机に座り、旧型リアクターの設計図を眺めている。
画面の片隅には、トニー・スタークの経歴と、アベンジャーズの記録が表示されたままだった。
「……さて」
彼は小さく息を吐く。
「そろそろ本題に戻ろうか」
『マスター。現在の解析状況を整理します』
「頼む」
『旧型リアクターの基本構造については、一定の理解が進んでいます。しかし、内部のエネルギー制御機構については、依然として完全な再現には至っていません』
「原因は?」
『主に三つです』
画面に三つの項目が表示される。
『第一に、内部機構の一部が損傷していること』
『第二に、現在の技術では再現が困難な部品が存在すること』
『第三に、各制御機構の相互作用について、完全な解析ができていないことです』
「三つ目が厄介だな」
『はい。特に、エネルギーの安定化に関する制御機構は、既存の理論だけでは説明できない部分があります』
アダムは椅子から立ち上がった。そして、作業台の上にある旧型リアクターを見つめる。
「……トニー・スターク」
その名前を口にする。
「貴方は、いったいどうやってこれを作ったんだ?」
当然、返事はない。しかし、アダムはまるで相手がそこにいるかのように、装置を見つめていた。
「僕なら、まずエネルギー供給の安定性を確保する。そこから制御機構を組み込んで、出力を調整する」
『一般的な設計手順としては妥当です』
「だが、この装置は違う。最初から全体が一つのシステムとして成立している」
『はい』
「個々の機能を後から組み合わせたわけじゃない。最初から、すべてが連動することを前提に設計されている」
アダムは画面に表示された構造を指でなぞった。
「つまり、設計の段階で全体の動作を完全に見通していたということだ」
『その可能性は高いです』
「……本当に、この僕でさえ嫉妬してしまうほどにすごいな」
アダムは素直に感嘆して、同時に嫉妬した。彼はこれまで、自分の頭脳に絶対的な自信を持っていた。
難しい問題があれば考え、試し、失敗し、解決する。それが彼のやり方だった。
だが、目の前の装置は違う。
自分が理解するまでに、これほどの時間を必要としている。それでもなお、設計者が何を考えていたのか、完全には読み解けない。
「……認めよう」
アダムは小さく笑った。
「これは僕が思っていた以上に難しい」
『珍しく素直な評価ですね』
「うるさいな。事実を認めているだけだ」
『失礼しました』
彼は再び椅子に座った。
「こんなものを作った人間がいたんだ。しかも、ただの研究用装置じゃない。自分が戦うために作り上げたものだ」
『記録上、トニー・スターク氏は実際にその装置を使用した装甲を運用していたようです』
「自分の発明を、自分自身で使う……か」
アダムは少し考え込んだ。
「実に合理的だ」
『そうでしょうか?』
「もちろん。自分が作ったものが、本当に使えるのかどうか。自分自身で確かめられるんだからね」
『ただし、危険性も伴います』
「そこは否定しないよ」
彼は苦笑した。
「でも、嫌いじゃない」
アダムは画面に新しい設計ファイルを開いた。
そして、旧型リアクターの構造を基に、独自の設計案を描き始める。
「ALFRED。現在の解析結果を基に、再設計モデルを作成してくれ」
『承知しました。設計上の制約はありますか?』
「ある。旧型の構造をそのまま再現する必要はない。僕たちが再現できる技術を使って、同じ目的を達成する方法を考える」
『つまり、既存構造の完全複製ではなく、設計思想を参考にした独自の動力炉を開発するということですね』
「そういうことだ」
『承知しました』
「それと、今後の研究計画を変更する。まずはエネルギー制御機構の解析を優先。次に、独自の制御システムを構築する。最後に、小型化と出力の調整だ」
『了解しました、マスター』
アダムは新しい設計図を見つめた。そこには、まだ不完全な円形の構造が描かれている。
それは旧型リアクターの形状を参考にしながらも、少しずつ独自の構造へと変わり始めていた。
まだ完成には程遠い。そもそも、動作する保証すらない。
だが、それでいい。
最初から完成品を作れるほど、簡単な研究ではないのだから。
「……いいじゃないか」
『何か問題が?』
「いや。むしろ、ようやく楽しくなってきたところだ」
アダムは椅子に座り直し、端末に指を走らせる。
「過去の天才が残した宿題だ。せっかくなら、きちんと答えを出してやろう」
『マスターらしい考え方ですね』
「だろう?」
彼は笑った。
「ただし、答えをそのまま写すつもりはない」
『独自の解答を導き出す、と』
「そう。トニー・スタークが作ったものは、彼独自の技術だ」
アダムは画面に表示された名前を見つめた。
「そして、僕が作るものは僕の技術でなければならない」
研究室の中で、新しい設計図が少しずつ形を成していく。
過去の英雄が残した遺産。それを受け継いだ新しい時代の発明家。
両者の間には、長い年月と、失われた文明が横たわっている。それでも、技術を追い求める者の情熱は変わらない。
その日の深夜。
研究棟の照明はほとんど消えていた。
それでも、一室だけは明かりが残っている。
アダムは端末に表示された設計図を眺めていた。その隣には、トニー・スタークの古い写真が表示されている。
そして、その下にはアベンジャーズの記録。かつて世界を守った者たちの記録だった。
「……アベンジャーズ、か」
アダムは小さく呟く。
「こういう時代があったんだな」
『マスター』
「何だ?」
『旧文明の記録について、保存可能な資料を整理しました。今後の研究に役立つ可能性があります』
「ありがとう。保管しておいてくれ」
『承知しました』
アダムは立ち上がり、研究室の中央へ向かった。そこには、あの旧型リアクターが置かれている。
かつて誰かが作り、誰かが使い、そして長い年月の果てに海へと捨てられたもの。
その存在は、今では歴史の片隅に埋もれていた。しかし、確かにそこには一人の人間の技術と情熱が刻まれている。
「……皮肉なものだな」
『何がでしょうか、マスター?』
「世界を救った英雄の発明品が、最後には海の底に捨てられていたんだ」
『旧時代の記録によれば、装置がどのような経緯で廃棄されたのかは不明です』
「そうだろうね」
アダムは装置に手を伸ばした。
「でも、こうして巡り巡って僕のところに来た」
彼は小さく笑う。
「ラプチリオンには感謝しないとな」
『彼には、改めて謝意を伝える機会を設けますか?』
「そうだな。次に来たら、何かお礼をしよう」
『承知しました』
「……さて」
アダムは再び設計図へ目を向けた。
「僕も負けていられないな」
『マスターは、誰と競っているのでしょうか?』
「誰だと思う?」
『トニー・スターク氏でしょうか』
「半分正解だ」
アダムは気を引き締めるように、その言葉を選んだ。
「もう半分は、昨日までの自分さ」
彼は端末を操作し、新しい研究ファイルを保存した。
そのファイルには、まだ完成には程遠い設計図が記録されている。だが、それは確かな一歩だった。
過去の英雄が残した技術。そして、それを超えようとする新たな発明家。
いつの日か、この小さな研究室から生まれた技術が、人類の未来を変えることになる。その時、彼の胸に宿るのは、かつての英雄への敬意だろうか。
それとも、自らの技術に対する誇りだろうか。まだ誰にも分からない。
ただ一つ確かなことがある。アダム・ロバートは、もう後戻りするつもりなどなかった。
「さあ、我慢くらべの時間だ。僕なりにあなたを超えてみせるよ、トニー・スターク」
彼は、誰もいない研究室でそう呟いた。
再び端末へと向き直り、新しい研究が始まった。
かつて世界を守った英雄の遺産を受け継ぎ、今度は別の世界で、新たな英雄が生まれようとしていた。その名は、まだ歴史に刻まれていない。
だが、いつか必ず──鋼鉄をまとった男として、その名を世界に知らしめることになる。
書きたいことをあれこれAIくんと相談してたら14000文字超えてしまったでござる。
次からは短くなるから許し亭