未来予習から始まる英雄譚――緑谷出久の対策と周囲の勘違い! 作:お茶の間
そんな回です。
※本作品を読む前に、事前にあらすじを読み、この作品の楽しみ方を知るとその楽しさ面白さがダントツで変化します。是非それを体感するために
この作品の楽しみ方を事前に確認してから作品をご拝読くださいませ。
こちらにわか知識で作られております。
細かな設定の差異などが出ていましたら、それは作品独自のものとしてご理解いただけますよう、よろしくお願い致します。
また細かな設定違い、呼称ミス、誤字などありましたらどしどしご報告いただければ幸いです。
【今回の注目ポイント】
今回の物語では、出久の行動を間近で見ている人物がいます。
彼は、以前から出久に対して小さな違和感を抱いていました。
何気ない言葉や行動の積み重ねが、今回の事件をきっかけに一つの疑念へと変わっていきます。
出久が何を考えて行動しているのか。そして、それを見ている人物にはどう映っているのか。
二人の認識の違いにも注目してみてください。
【重要】
1話でも記載しましたが、本作の根幹に関わる内容のため、本文を読み始める前に、「あらすじ・1話前書き」に記載している「作品の楽しみ方」を確認することを強く推奨します。
事前に知っているかどうかで、本作の面白さや物語の受け取り方が180度以上変わります。
なお、あらすじと1話前書きには同じ内容を記載しています。
(誇張ではありません)
◇
ビルの屋上。吹き抜ける風に髪を揺らしながら、緑谷出久は憧れの『平和の象徴』の背中へ、必死に声を届けようとした。
「個性がなくても……あなたみたいなヒーローになれますか!?」
その声を背に、オールマイトは屋上を後にした。
少年の問いが、いつまでも耳に残っている。
「……すまない、少年」
プロとして、無責任な希望を与えることはできなかった。
だが、あの少年のことが頭から離れない。
医学的には無個性。未来の知識が流れ込み、それを他人に話そうとすれば激痛が走る。そして、その知識をもとに、ヴィランの動きすら先読みしてみせた。
どれも普通ではない。
未来の知識が流れ込むという話自体、簡単に信じられるものではなかった。個性というものが存在する世界とはいえ、そんな能力が確認されているわけでもない。
それでも、少年の言葉には妙な説得力があった。
自分を大きく見せようとする様子はなく、能力を誇示するどころか、話せないことを申し訳なさそうにしていた。
何より、あの少年は自分が得た知識を使って、誰かを助けようとしている。
(彼はいったい、何を背負っているんだ……?)
オールマイトはビルの縁から街を見下ろした。
あれほど自分に憧れている少年が、ヒーローになれるかと尋ねてきた。その問いに答えられなかったことが、どうにも胸に引っかかっている。
無責任なことは言えない。
それでも、あの少年がこの先どうするのか、気にならないと言えば嘘になる。
「さて……!」
オールマイトは気持ちを切り替えるように声を上げると、空へと飛び立った。
風圧が街路を駆け抜け、平和の象徴はビルの谷間へと消えていく。
その少し後。
街の一角で、ひとつの事件が起きていた。
◇
「――っ、クソが……!!」
息ができない。
視界は粘液に覆われ、身体も思うように動かなかった。
爆豪勝己は、ヘドロヴィランに全身を呑み込まれていた。
(ふざけんな……! こんなところで……!)
個性を使おうにも、狙いを定められない。爆発を起こせば周囲の人間まで巻き込んでしまう。そもそも、まともに腕を動かすことすらできなかった。
自分の個性が通用しない。
その事実が、爆豪のプライドを容赦なく刺激していた。
周囲では人々が悲鳴を上げ、駆けつけたヒーローたちも迂闊に手を出せずにいる。
助けなど必要ない。自分でどうにかする。
そう思っているのに、身体は動かず、視界も塞がれていく。
そのときだった。
人垣の向こうに、見覚えのある緑色の頭が見えた。
「……は?」
爆豪の目が見開かれる。
あの丸っこい背格好。見慣れた顔。
緑谷出久。
(なんで……てめえが、ここに……?)
無個性のはずだ。
何の取り柄もない。自分の後ろをついてくるだけだった、あのデクのはずだ。
なのに、緑谷はこちらを見ていた。
怯えている。顔色も悪い。足だって震えている。
それでも、その目だけは妙に真剣だった。まるで、ここで何が起きるのかを知っていたかのように。
(お前は……無個性のはずだろ……?)
爆豪の脳裏に、これまでの違和感がよみがえる。
(いつもいつも……なんでっ……!)
◇
中学に入ってから、爆豪勝己は緑谷出久の行動に妙な違和感を覚えるようになった。
授業中、教師が黒板に問題を書き始めるより前から、出久がノートの該当箇所を開いている。テスト前には、出題されそうな範囲を絞り込んだかのように、重要な部分を徹底的に勉強していた。
体育の授業でも、爆豪が動き出す寸前には、すでにその場から逃げるような位置に立っていることがあった。
まるで、答えを先に知っているかのように。
最初は偶然だと思っていた。
授業の進み具合を見て教科書を開くことくらい誰にでもできる。テストだって、真面目に勉強すれば点数は取れる。体育の授業で自分の動きを避けられたとしても、たまたま立ち位置がよかっただけだ。
そう考えれば説明はつく。
デクは無個性だ。自分とは違う。自分のほうが優れている。
なのに、時折見せるあの動きだけは、どうにも説明がつかなかった。
何でも分かっているわけではない。失敗することもあれば、予想が外れたように見えることもある。
それでも、妙にタイミングが合うのだ。
こちらが何をするのか知っていたかのような動き。何が起きるのか、先に分かっていたかのような判断。
そして何より、出久本人は、それを特別なことだと思っていないようだった。
「え? ああ、たまたまだよ」
「昨日、ちょっと予習してただけだから」
「なんとなく、そうなるかなって……」
いつも、そんな調子だった。
ふざけるな。
予習? たまたま?
そんなもので、あんな動きができるわけがない。
そもそも、何をどう予習すれば、これから起きることが分かるというのか。
聞いても、まともな答えは返ってこない。誤魔化しているのか、それとも本当にそう思っているのか。爆豪には判断がつかなかった。
(てめえ……何を隠してやがる……?)
出久は困ったように笑うだけだった。
その顔を見るたび、胸の奥に苛立ちが募る。
自分の知らないところで何かをしている。自分には分からない何かを持っている。それなのに、本人は何食わぬ顔で、いつも通り自分の後ろをついてくる。
それが、どうにも気に入らなかった。
そして今、目の前で自分がヘドロに呑まれている。
その出久が、こちらを見ていた。
逃げることもできるはずなのに、怖くて仕方がないはずなのに、それでもこちらへ向かってこようとしている。
(なんで……)
爆豪の思考が、粘液に押しつぶされるように途切れた。
(なんで、そこまで……)
◇
「かっちゃん!!」
聞き慣れた声が、街の喧騒を切り裂いた。
爆豪が顔を上げる。
緑谷出久が、人垣を押し分けて飛び出してきた。
「おい、デク……! 来るんじゃねえ……!」
叫んだつもりだったが、粘液に阻まれた声はまともに届かない。
出久は足を止めなかった。
恐怖で顔を引きつらせながらも、ヴィランの動きと爆豪の状態を必死に見極めようとしている。
粘液の伸びる方向。爆豪の身体が引きずられる角度。周囲にいる人々の位置。
その光景を前に、出久の脳裏に、かつて頭の中へ流れ込んできた未来の断片がよみがえった。
――爆豪が、ヘドロヴィランに襲われる。
その未来の知識を得たのは、今から一、二週間ほど前のことだった。
それ以来、出久は何度も対策を考えてきた。
最初に考えたのは、事件が起きる前に誰かへ知らせることだった。けれど、未来の知識を得ていること自体を他人に話そうとすると、頭に激痛が走る。爆豪が襲われるという情報を伝えようとしても、その根拠を説明しようとしても、未来の知識を口にしようとした途端に痛みが襲ってくるのだ。
ならば、未来の知識について話さずに警戒を促せないか。事件が起きる場所や時間を特定し、周辺のヒーローに事前に備えてもらうことはできないか。
しかし、断片的な情報だけでは場所も時間も絞り込めず、具体的な警告を出すことは難しかった。
それなら、現場に居合わせた場合はどうするのか。
近くにヒーローがいれば、すぐに助けを求める。爆豪の居場所とヴィランの特徴を伝え、救助に向かってもらう。ヒーローがすぐに動けない状況なら、自分で少しでも時間を稼ぐ方法を考えなければならない。
そもそも、ヘドロ状のヴィランに普通の拘束具は通用するのか。捕獲ネットや特殊な拘束器具ならどうか。粘液をまとめたり、動きを妨げたりできる道具はないか。現代のヒーロー用装備だけでなく、過去に使われていた拘束具や西洋の古い道具にまで調べる範囲を広げた。
身近にあるものを利用する方法も考えた。周囲の地形や障害物を使って動きを制限できないか。狭い場所へ誘導すれば、逃げ道を塞げるのではないか。こちらに注意を向けさせるには何が必要か。近づくときの経路は。失敗したときはどうするのか。
考えれば考えるほど、問題はいくつも出てくる。
個性のない自分に、ヴィランを倒す力はない。身体能力だって特別ではない。だからこそ、事前に調べ、使えるものを探し、何通りもの手順を頭の中で組み立てておく必要があった。
何度も未来の断片を思い返し、対策を考え直した。それでも、これなら必ず爆豪を助けられると思える方法は見つからなかった。
そして今、その爆豪が目の前で苦しんでいる。
(助けなきゃ……!)
考えてきた手順も、調べてきた道具も、頭の中から一瞬で吹き飛んだ。
粘液に覆われ、もがいている爆豪の姿を前にして、出久の身体は考えるより先に動いていた。
リュックをつかみ、振りかぶる。
「うおおおおおっ!!」
投げたリュックが、ヘドロヴィランの顔面にぶつかった。
「ぐおっ!?」
予想外の一撃に、粘液の動きがわずかに鈍る。
――今だ。
そう思った出久は、爆豪の顔を見た。
粘液に覆われ、呼吸もままならない。それでも、こちらへ向けられた目ははっきりと見えた。
苦しそうだった。
怖がっているようにも見えた。
いつも自分を見下している幼馴染が、今は目の前で助けを求めている。
その瞬間、頭の中で繰り返していた手順が吹き飛んだ。
リュックを投げた。偶然にも隙ができた。けれど、その先に何をするつもりだったのか、もう考えられなかった。
ただ、目の前で苦しんでいるかっちゃんを助けたい。
その思いに突き動かされるように、出久の身体が動いた。
「かっちゃん!!」
空になった手を伸ばし、ヴィランへと飛び込む。
無謀だった。勝算などない。自分が飛び込んだところで、何かが変わる保証もなかった。
それでも、出久は止まらなかった。
「なんで……お前が……っ!」
粘液の隙間から、爆豪の声が漏れる。
出久は爆豪へ手を伸ばした。
「君が……助けを求めてる顔をしてたからっ!!」
一瞬、爆豪の思考が止まる。
出久は続けた。
「そんな未来が見えたんだ!!」
言葉を口にした瞬間、出久の頭に激痛が走った。
「――っ!!」
思わず顔を歪める。視界が揺れ、頭の奥を鋭い痛みが貫いた。
「っ……それでも、助けなきゃ……!」
痛みに言葉を遮られながらも、出久は爆豪から目を逸らさなかった。
◇
――未来が、見えた。
(……は?)
爆豪の頭の中で、その言葉が繰り返される。
テストの出題範囲を絞り込むような勉強。こちらの動きを先回りするような回避。何が起きるか知っているかのような判断。
そして今日。
自分が襲われることを知っていたかのように、恐怖を押し殺して飛び込んできた幼馴染。
(てめえ……)
爆豪の目が怒りと困惑に見開かれる。
(やっぱり……何か持ってやがったのか……!?)
無個性のはずだった。何も持っていないはずだった。
それなのに、ずっと自分に隠していた。
今の言葉は聞き間違いではない。未来が見えた。そう言ったのだ。
これまでの不可解な行動も、未来を知っていたからだとすれば説明がつく。
では、いつから知っていた?
どこまで知っていた?
自分のことも、ずっと前から知っていたのか?
(俺を……騙してやがったのか……!?)
出久が何を考えているのか、爆豪には分からない。
ただ、目の前のデクが自分の知らない何かを持っていた。その事実が、どうしようもなく気に入らなかった。
「クソデク……やっぱり……テメェ……ッ!!」
◇
その瞬間、空気が震えた。
「もう大丈夫だ!」
轟音とともに、圧倒的な存在感を放つ巨体が現れる。
「なぜなら――私が来た!!」
オールマイト。
平和の象徴が、ついに現場へ到着した。
彼は状況を一瞬で見極めると、爆豪を捕らえているヘドロヴィランへ向かって拳を振り抜いた。
「スマッシュ!!」
凄まじい風圧が街路を駆け抜ける。
ヘドロヴィランは吹き飛ばされ、周囲の人々から歓声が上がった。先ほどまで手出しできずにいたヒーローたちも、ようやく動き出す。
粘液から解放された爆豪が、地面に膝をついた。
出久もその場にへたり込む。
「はぁっ……はぁっ……」
爆豪が助かった。
その姿を確かめた途端、出久の身体から力が抜けた。張り詰めていた緊張がほどけ、さっきまで必死に働かせていた頭も、今はうまく回らない。
怖かった。
もしリュックが当たらなかったら。爆豪に近づけなかったら。オールマイトが間に合わなかったら。
考え始めれば、いくらでも不安が浮かんでくる。
けれど、今はもういい。
(よかった……間に合った……)
完璧な準備ができていたとは思わない。実際、怖くてたまらなかったし、失敗する可能性だってあった。
それでも、できることを考えて、実行した。
今はそれだけで十分だった。
「デク……!」
背後から、爆豪の声が飛んできた。
出久が振り返る。
爆豪は地面に手をつきながら、憎悪にも似た目でこちらを睨みつけていた。
「てめえ……何を隠してやがる……!」
「えっ……?」
「未来が見えるだと……!? ふざけんな……! 無個性のくせに……!」
爆豪の声は震えていた。
怒りだけではない。理解できないものへの困惑と、これまで信じていた関係が崩れていくような感覚が、そこにはあった。
出久は戸惑った。
(えっ、どうして……?)
助けに来ただけなのに。
必死に考えて、できることをしただけなのに。
なぜ、かっちゃんはこんな顔をするのだろう。
未来のことを口にしてしまったのは、確かに失敗だった。頭もまだ痛む。けれど、今はそんなことを考えている場合ではなかった。
かっちゃんが無事だったことが嬉しい。
それなのに、目の前の幼馴染は、まるで自分が敵であるかのように睨んでいる。
出久には、その理由が分からなかった。
ただ、ひとつだけ確信していた。
緑谷出久は、何かを隠している。
そして、その何かは、自分が思っていたよりもずっと厄介なものなのかもしれない。
(クソナード……やっぱり、テメェ……!)
その様子を見ていたオールマイトは、静かに二人へ視線を向けた。
粘液から解放された少年と、へたり込んだ少年。
先ほど屋上で別れたばかりの緑谷出久が、今度は目の前でヴィランに立ち向かっていた。
無個性であることに変わりはない。
それでも、彼は動いた。
自分にできることを考え、危険を承知で行動したのだ。
先ほどの問いに、簡単な答えを返すことはできなかった。
だが、今の姿を見て、ひとつだけ伝えたいことがあった。
「……無責任なことは言えないが」
オールマイトは、ゆっくりと口を開いた。
「ヒーローとはな、誰かのために余計なおせっかいを焼ける者のことだ」
出久は、きょとんとした。
「え……?」
「考えるより先に、体が動いた。君は、自分がどうなるかも分からないまま、あの少年を助けようとした」
オールマイトの目は真っ直ぐだった。
「その勇気は、誰にも否定できない。私はそう思うぞ」
出久は、何を言われているのか分からず、ただ赤面した。
(えっ、あの、そういう話じゃなくて……!)
一方、爆豪は。
(は……?)
さっきまで「未来が見える」「何か隠してる」と怒鳴っていたはずなのに、オールマイトはデクを褒めている。
未来が見えるという話はどうなった。
何かを隠しているという話は。
(なんだよ……こいつ、ほんとに何なんだよ……!)
出久は、そんな爆豪の心中など知る由もなく、ただ助けられたことに安堵していた。
(……よかった。予習しておいて、本当によかった)
その予習が、目の前の幼馴染にどれほど厄介な誤解を生んでしまったのか。
緑谷出久は、まだ知らなかった。
◇
少年と別れた後、オールマイトは一人、街の空を見上げていた。
(未来の断片を知り、事前に対策を練る。予習によって相手の行動や状況を予測し、何通りもの対応策を用意する……)
先ほどの緑谷出久の行動を思い返す。
あの少年は、何も考えずに飛び出したわけではないのだろう。
未来を知っていたからこそ、爆豪少年が危険に陥る可能性を予測し、助けるための準備を重ねていた。
それでも、実際に目の前で苦しむ人間を見た瞬間、積み上げた計画を投げ捨てて飛び込んだ。
(未来を知っているからこそ、備える。どれほど入念に準備をしても、最後に優先するのは目の前の人を救うこと……か)
オールマイトの脳裏に、かつて自分が師から教わった言葉が蘇る。
(君は……本当に、余計なおせっかいを焼ける少年なんだな)
思わず、口元が緩む。
未来を予測し、備える力。
そして、その予測さえも置き去りにして人を救おうとする心。
(緑谷少年。君なら……)
オールマイトは、自分の胸に手を当てた。
(いや、確かめる必要がある。君に、私の力を託せるかどうかを)
その表情に、確かな決意が浮かんでいた。
ここの緑谷のつい心の声が出てしまうのが好きです!
感想・ご指摘お待ちしています。特に「どこが面白かったか」「誰の誤解が一番刺さったか」を教えてもらえると励みになります。
【読者向け・考察ポイント】
今回、爆豪勝己は緑谷出久に対して、ある疑念を抱くことになりました。
それは、出久が自分の知らない何かを隠しているのではないか、ということ。
テストの出題範囲を絞り込むような勉強。
自分の動きを先回りするような回避。
そして、ヘドロヴィランに襲われる自分のもとへ、迷わず駆けつけてきたこと。
爆豪から見れば、これらはすべて一つの答えにつながっているように思えたのかもしれません。
では、今回の一件で爆豪の中に生まれた誤解は、今後どのように膨らんでいくのでしょうか?
また、出久が本当に準備していたことと、爆豪が受け取った情報には、どれほどのズレがあったのでしょうか。
ぜひ、考えてみてください。