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ピピピピッ ピピピピッ ピピピピッ
朝。
小鳥の囀りに混ざって、部屋の中に規則正しい機械音が鳴り響く。が、伸びてきた手によって止められ、再び沈黙が流れる。
「う〜ん・・・・」
ようやく目を覚ました少女は、伸びをしながら起き上がる。
彼女の名前は"白石愛(めぐみ)"。
高校に通う、ごく普通の少女だ。愛は目を擦りながら時計を見る。
「っやば!支度しないと!」
ベッドから降りると、テキパキと身支度を済ませて部屋を出てキッチンへ。キッチンに用意してあった朝食からトーストを手に取ると、黒い長髪を揺らしながら階段を駆け降りる。
階段を降りると、そこは喫茶店の店内。愛の母が営む店だ。
「おはようママ」
「あら、おはよう愛。今朝はいつもより遅いのね」
カウンターでコーヒーを淹れている女性、
"白石尚子"は娘を見て少し驚いたような顔をするが、すぐいつもの笑顔に戻った。
「ちょっと二度寝しちゃって・・・」
「あらあら」
恥ずかしそうに頭をかく娘を見て、尚子はクスリと笑う。そして、コーヒーの入ったカップをカウンターに出す。
「はい、モーニングコーヒーよ」
「ありがと!いってきます!」
「気を付けていってらっしゃい!」
扉の開閉と共に漂う、コーヒーの香り。
愛の一日はいつもこの香りと共に始まる。
「・・・・ここが人間界か」
所変わって、ここはとあるビルの頂上。
そこに一匹の子狐がいた。桜のような桃色の毛を持つ、不思議な狐だ。
「ここにいるのね」
子狐は町の喧騒を聞きながら呟くと、背中に背負った風呂敷の結び目に右前足を添える。
すると突然、禍々しい気を感じ取り、バッと空を見上げた。
「っ!もう!ホントしつこいんだから!」
子狐はビルから飛び降りると、人混みの中に消える。その後ろを、空から[[emphasismark:黒い煙 > ﹅]]が追いかけた。
♢
ピピーーッ
ホイッスルの合図と共に体育館に歓声が湧き起こる。ネットを越えて相手コートに突き刺さったボールが床で跳ねた瞬間、愛の所属するチームが総勢で抱き合った。
「愛!ありがとう!今日のMVPだよ!」
バレー部の部長が汗で濡れたタオルを持ちながら駆け寄ってくる。その目は興奮で大きく見開かれていた。
「ううん。みんなのおかげだよ」
愛は爽やかな笑顔で答える。
「本当にありがとう!ごめんね、いきなり助っ人頼んじゃって」
「ああ、うん、あれね・・・・」
それは三日前の教室の廊下での出来事。
『愛!お願い!助けて!』
突然背後から呼び止められた愛は驚くも、必死の形相で頼み込む部長に断る事はできなかった。
(・・・・まあ、いいか)
「でも白石先輩、ホント頼み事には弱いですよね〜。先輩に断られた子見たことないんですけど」
部員の一人が笑いながら言うと、周りの部員たちも共感するようにうなずく。
「確かに!愛ってお願いされたら断れないよね!」
「困ってる人がいると絶対ほっとけないタイプ!」
「そ、そうかな・・・・?」
愛は少し照れくさそうに頬をかく。
「そうだよ!そういう所が大好きだけど、ちょっと心配!」
部長の言葉に他の部員たちも賛同するように頷く。
「ありがとう。あ、そろそろ帰らなきゃ。また何かあったら言ってね」
愛はそう告げると、体育館の出入り口へ向かうのだった。
夕暮れ時の空が茜色に染まる中、愛は一人で帰路につく。バレーで汗を流した後の爽快感が心地よかった。
「・・・・心配、か」
夕陽に照らされた自らの影を見つめながら呟く愛。
その背後では、街灯の明かりが一つ二つと明かりを灯し始めていた。
「なんだか不気味だなぁ」
愛は思わず身震いするも、足を進める。
「・・・・ん?なんだろう、アレ」
すると、薄暗い道の先で、何やら物音が聞こえてきた。走る足音、荒い呼吸音、低い唸り声。目を凝らして見ると、何かがこちらに近づいて来る。
「はぁ・・・・はぁ・・・・」
『グオオオオ』
薄暗い道の先から迫る異様な音に、愛は足を止めた。
夕闇の中で目を凝らすと———それは現実離れした光景だった。
人とは思えない速さで疾走する小さな狐。桜色の背中に背負った風呂敷が弾むように揺れている。そしてその後を、煙のようにぼんやりとした輪郭を持つ漆黒の塊が、這いずるように追いかけていた。空気そのものが歪むような圧力を放つその存在から、獣の低く濁った咆哮が轟いた。
「・・・・ヒッ!」
反射的に叫び、愛は脇道に身を翻す。
眼前を掠める柔らかな桜の毛並み。子狐は必死の形相で横を駆け抜け、一瞬だけ愛と目が合った。
「ッ!」
「・・・・え?」
その瞬間、世界がスローモーションに包まれる。時間が粘性を増し、ゆっくりと流れる中で――愛は見てしまった。
子狐の瞳。淡い紅色に輝く双眸。その奥底には恐怖を宿していていた。
か細く震えるその瞳が愛の胸を鋭く貫く。
(ま、待って・・・・!)
愛が子狐に手を伸ばそうとした次の瞬間、全てが元の速度で動き出す。
「――っ!」
子狐は稲妻のように駆け去り、その後ろを黒い獣が唸り声をあげながら追跡していく。不吉な影が路面を這い、触れた街灯が音もなく火花を散らして点滅していた。
愛は状況を呑み込めず、深呼吸する。
「今の・・・・一体・・・・?」
戦慄と好奇心とが渦巻く中で、本能が警告を発した。あの異形からは、言語化できないほどの邪悪な気配が滲み出している。関わるべきではない。逃げるべきだ——
(っ・・・・だけどっ)
脳裏に浮かんだのは、赤い瞳に宿った助けを求める光。あの子狐の絶望の響きが、まだ鼓膜に焼き付いている。
「・・・・行くしかない」
自分でも信じられないほど確信に満ちた声が出た。理由などわからない。ただ確かなのことは――あの子をこのまま見捨ててはいけない。
愛は踵を返し、走り出した。
♢
「きゃう!」
町外れの雑木林まで逃げてきた子狐。だがその足はついに眼界を迎え、足をもつれさせる。転んだ拍子に、風呂敷の中から丸い石のようなものが転げ落ちた。
「渡せ・・・・それを渡せ・・・・」
「いやだ!」
煙の中から鋭い爪を伸ばし、獣が子狐の喉を掴む。そして口を開き、真っ赤な舌を伸ばした。
「その石から力を感じる・・・・渡さぬのなら喰う!!」
「っ―――」
恐怖で硬直する子狐。涙が零れそうになったその瞬間、何者かが間に割って入り、手に持った棒で獣の腕を打った。
「その子を・・・・放しなさい!」
「な!?人間!」
獣の咆哮とともに、黒い煙が爆ぜるように拡散する。
煙はすぐに元に戻ったが、獣は怯み子狐を解放してしまう。
「大丈夫!?」
「あなたは・・・・さっきの、人間?」
現れたのは愛だった。手にはどこから持ってきたのか太い鉄の棒を握っている。子狐は突然の乱入者に困惑を隠せない。
「今のうちに早く逃げて!私が時間を稼ぐから」
「ば、バカ言わないで!あなたこそ早く逃げなさい!人間が勝てるわけないでしょ!」
子狐の必死の訴えを聞いても、愛は首を横に振る。
「でも、キミが助けを求めていたから!」
「!」
「だから私は助けるの」
愛は力強い眼差しで、子狐の目を真っ直ぐ見つめる。その言葉に偽りはなく、助けたいという想いだけがそこにあった。
「大丈夫、私がキミを絶対護るから」
「・・・・」
子狐は戸惑いながらも愛の真っ直ぐな言葉に押され、再び駆け出す。愛は鉄の棒を構え直し、残された獣を見る。
「く・・・・くくく・・・・人間よ、死ぬのが恐ろしくないのか?」
「全然。死ぬつもりなんてないし」
獣の嘲るような問い掛けに対しても、愛は毅然とした態度を変えない。
愛は棒を両手で強く握り、獣を見据える。その瞳には迷いがない。だが、その手と足は僅かに震えていた。
「くくく・・・・ならば、喰らってくれる!」
黒い煙が渦を巻き、獣が大きく口を開いて愛に向かって突進してくる。
「っ!」
咄嗟に棒を振る愛。だが鉄の棒は撥ね飛ばされ、尻餅をつく。
「グオオオオオ!!」
「・・・・くっ」
思わず目を瞑る愛。その時だった。
逃げた筈の子狐が素早く獣との間に割り込んだ。
「え・・・・!?」
「助けられたままじゃ、私のプライドが許さないからね」
子狐の全身から、淡い桜色の妖気が溢れ出す。
「くらいなさい!《桜吹雪》!」
桜の花吹雪がまるで竜巻のように渦を巻き獣を包み込んでいく。
一瞬の内に獣の身体を覆い尽くした花びらは、その表面を削り取るように炸裂した。
「なにぃ!」
悲鳴を上げる暇もなく、獣は花弁の嵐に呑まれる。
「すごい・・・・」
息を呑む愛の前で、子狐は小さく鼻を鳴らす。
「まあね。でも・・・・」
「ぐらぁぁ!」
殺気を感じ子狐は咄嗟に構える。獣は花弁を吹き飛ばすと、煙を膨張させ、赤い舌を伸ばした。
「やっぱり効いてないか」
「今度はこちらの番だ!《赤潮砲》!」
獣が舌を振るうと、無数の赤い水疱が子狐に迫る。子狐は素早く躱すが、特大の水疱が躱しきれずにその身に迫る。
「ダメーーーー!!」
咄嗟に腕を広げ、子狐の前に出る愛。だが次の瞬間、彼女の体が光に包まれた。
♢
目を開けると、そこは白い空間だった。
「ここは・・・・」
『・・・・やっと見つけたのか』
「っ!誰!?」
突如頭に響いてきた謎の声。
『主がそうなのか。主が、運命の子か』
「運命の子?」
頭を上げると、そこには神々しく光る馬のような獣が立っていた。
「(なぜだろう。なんだか懐かしい感じ・・・・)あの、あなたは一体・・・・」
『今はまだ知らなくてよい。運命の子よ。力が欲しいか?』
「・・・・!」
『強い力が欲しいか?』
「・・・・それって、守るための力?」
『む?』
「なら欲しい!それで誰かを助けられるのなら。誰になんて言われようと、それが私の信念だから!」
『・・・・よかろう。ならば運命のままに突き進むがよい!』
「!!!」
獣の嗎と共に空間は光に包まれ、愛は再び目を瞑った。
「危ない!」
「・・・・ハッ!」
目を開けると、目の前には真っ赤な水疱が迫っていた。だが当たる直前、子狐の風呂敷から丸い石が眩い光を放ちながら愛に向かって飛んでいく。石は水疱を弾き飛ばすと、愛の目の前で停止した。
「・・・・これが・・・・[[emphasismark:妖幻鏡 > ﹅]]」
「え?どうしてその名前を」
愛が手を伸ばすと、丸い石——否、妖幻鏡がひび割れその姿を現す。
それは純白の球体。縁には環となった金色の龍の意匠が施されており、鏡面から眩い光を放っていた。
「封印が、解けた。そうか・・・・あなたがそうなんだね!」
子狐は何かを確信すると、立ち上がり、愛の肩に飛び乗る。
「あなた名前は?」
「私?私は白石愛」
「私は桜狐。愛、あなたはたった今、狭間の番人に選ばれたのよ」
「狭間の番人?」
「力を貸してあげるわ。一緒に戦いましょう!」
「・・・・なんだかよく分からないけど、分かった!」
愛がそう言うと、突然桜狐の体が光りだし、妖幻鏡の画面に《木》という文字が浮かび上がった。光に完全に包まれると、桜狐の体が画面に吸い込まれていく。
「えー!?入っちゃった!」
『さあ!私を召喚するのよ!』
「っ!よ、よーし!」
愛が妖幻鏡を正面に突き出すように構えると、眩い光と共に巨大な八卦陣が現れる。
「妖、召喚!」
八卦陣から桜狐が光を纏い、飛び出す。妖幻鏡の力を取り込み、現世へと舞い戻った桜狐の体は、その姿を変化させていく。
光が収まり現れたのは、桜が散りばめられたミニスカート状の着物を纏い、腰に刀を差した一人の美少女。
長い桃色のポニーテールが夜風になびき、同じ色の狐耳と尾が、人型になった高揚感に揺れる。
「桜狐、参る!」
その姿に愛は思わず見惚れる。
いつの間にか、震えは止まっていた。
♢
「変身した・・・・」
「・・・・すごい、力が湧いてくる。愛!次はあの妖に妖幻鏡を向けるのよ」
愛が桜狐の言う通りにすると、妖幻鏡から何やら文字が掲示された。
ピコン
{赤舌。水属性。綺麗な水を好み、水を汚す者は絶対に許さない。}
「これ、あいつのこと?」
「そう。妖幻鏡は妖の特徴を分析して教えてくれるの。それより来るわよ!」
「グオオオオ!!!」
赤舌が口を開き突進してくる。
「愛。私の言う通りに妖幻鏡を動かして」
「わ、分かった!」
愛は妖幻鏡を左から右へ、水平に円弧を描くように振り上げる。すると鏡面が白銀に輝き、その軌跡に沿って五枚の光り輝く呪符が宙に浮かび上がった。
「何か出た!」
「それを私に投げて!」
愛が一枚の呪符を桜狐に向かって投げる。すると、呪符は光の粒子となり、桜狐の体へ吸い込まれていく。
「よし!力が湧いてきた!」
桜狐は新しい身体を慣らすように軽くジャンプし、得意げに刀の柄に手を添える。抜かれた刀身は月に照らされ、淡い桜の輝きを帯びる。
「ちょこざいな!《超特大赤潮砲》!」
「はぁ!」
巨大な水疱を、抜刀術で消し飛ばす桜狐。そして一瞬で赤舌の懐に飛び込むと、その舌を斬り落とす。
「ぐぎゃあああ!?俺の舌が!」
「愛!一気に終わらせるわよ!」
「うん!」
再び投げられた呪符を取り込み、高まった桜色の妖気が桜狐を包み込む。桜狐が刀を天に掲げると、刃が大きく輝き、空中に桜の花弁が舞い上がる。
「ハァァァァァァ・・・・」
桜狐が地面を蹴ると、桜吹雪と共に疾風のごとく飛翔する。桜吹雪は牙を剥く巨大な狐の姿を形取り、赤舌を呑み込んだ。
「必殺!《桜牙一閃》!」
刀身から放たれる光が弧を描き、一閃。
渦巻く桜の花弁が弾けると同時に、赤舌の体が真っ二つに斬り払われる。
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!?」
赤舌は断末魔を上げると、光の粒子となり霧散した。
♢
「か、勝った・・・・」
愛がへたり込み息を吐くと、元の子狐の姿に戻る桜狐。愛の側に駆け寄る。
「戻った!え、どういう仕組み!?」
「うるさいわね・・・・ちょっと、あなた震えてるじゃない」
「え、あ〜、あはは・・・・なんか気が抜けたら恐怖がドッと来ちゃった。でも——」
愛は桜狐の頭を撫でる。
「助けれたからよし!」
「っ!」
愛の笑顔に桜狐は目を見開く。そして吹き出すように笑った。
「クフッ。あなた本当に面白いわね。妖幻鏡も使いこなしてたし」
桜狐は妖幻鏡を指差す。
「それは、大昔に狭間の番人が残した"三種の神器"の一つ。妖幻鏡は悪の心を暴いて祓い、光の心を強く高める力を持つの」
「そうなんだ。ね、その狭間の番人って、何者なの?」
「人と妖の境界を管理する者の事よ。でも数千年も前に姿を消して・・・・今、その境界が崩れようとしている」
桜狐の真剣な表情に愛も気を引き締める。
「私は、狭間の番人を受け継ぐ資格がある者を探しに来たの。そしてあなたは選ばれた」
「・・・・」
「お願い、私と一緒に狭間の番人になってくれる?」
「いいよ」
「うん・・・・って早!?即決!?」
あまりにも早い返事に桜狐がツッコむ。
「だってキミは私に助けを求めた。なら助けるしかないじゃん?」
どこまでも真っ直ぐな瞳。桜狐は呆れつつも嬉しそうにため息をつく。
「・・・・あなた、馬鹿みたいなお人好しなのね」
「よく言われます」
苦笑いしながら肩を竦める愛。しかし桜狐はその姿を見て、再び小さく微笑んだ。
「ま、それでこそ狭間の番人に相応しいのかもね。これからよろしく愛」
「こちらこそ。桜狐」
互いに微笑み、拳と前足が重なる。
「仲間・・・・じゃあ、名前を付けなきゃね。桜狐って、多分だけど種族名なんでしょ?」
「そうだけど。変な名前は嫌よ」
「・・・・う〜ん」
しばらく悩む愛を、桜狐は尻尾を振りながら待つ。
「じゃあね、桜狐だから【桜】!」
「いやそのまんまか!」
思わずツッコむが、同時に胸から何か熱い力が迸るのを桜は感じた。
「・・・・ま、悪くはないわね」
「えへへ。よろしくね、桜!」
桜が満更でもない表情を浮かべると、愛も嬉しそうに笑う。
「愛。私、何か美味しいものが食べたい」
「あ、じゃあ私の家に行こう!」
夕暮れから夜へ移りゆく町を背景に、二人は並んで駆け出していく。
妖と人、互いに支え合う新たな旅路が、今まさに幕を開けるのだった。
#続く
いかがでしたでしょうか。
本当に気まぐれでやっているので次はいつになるか分かりませんが、これからもどうぞよろしくお願いします。