魔弾の王であるティグル君にもしも魔弾の射手が憑いていたら……そんな妄想
魔弾の王で赤髪でヒロインはエレオノーラとか狙いすぎだと思うの
短編の理由は最終的に一人で十分ですよね?になるから

注意
原作ヒロインキャラが死にますので耐性がない人は読まないこと

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魔弾の王で戦姫

――俺は終わりのない飢餓感に身をさいなまれていた。

 

全てが物足りない、大きな何かがぽっかりと胸から抜け落ちているような気がする。

絶対に失ってはいけない何かが無く、失った故に何が無いのかが思い出せない。

既視感ではないが、何かを知っているが致命的に食い違う現実。

身を焼くような感情を鎮めるのは、いつだってこの弓で何かを射殺す時だけだった。

 

森に出て野鳥や動物を射殺しては慰みとし、賊が出たら領民の安堵という看板を掲げて賊の全てを射殺した。

だが、そんなものは一時の慰みにしかならず、いつだって飢餓感は消え去らない。

飢えを満たすには血が足りないのか、死が足りないのか……もしくは自身が死ぬようなひりつく緊張感が足りないのか?

 

今回はそのどれもを満たしてくれるはずの戦場に、人間性を鍋で煮詰めて余分なものを削ぎ落とした純粋な殺意が渦巻く戦場で、自らに足りない何かを埋めようと足掻いたが駄目だった。

そもそも、本陣は敵の夜討ちを受け敗走どころか潰走している。

敵に蹂躙されていく友軍を見ても、有効的な反撃どころか防御行動すらできない相手を嬉々として殺す敵軍を見ても、俺に響いてくるものは何もなかった。

混乱により乗騎を失った俺は、まともに後退したところで騎兵の追撃を受ければ逃げおおせることはできないだろう。

だからといって、一軍と個人が戦って勝てることなどありえないと言っていい。

ならば後ろを向いて自殺をするのではなく、もっと能動的な自殺をしよう。

敵をやり過ごし、大将の首級をあげてから死ねばこの人生にも何か意味があったと言えるはずだ。

 

「戦姫か……」

 

討つならばそこが妥当だろう。

次席級の指揮官を討ったところで価値はない。

そう考えながら弓を引いて、残党狩りをしていた騎兵の一団を射殺す。

屍山を越え血河を渡り小高い丘に昇った時、眼下に毛色の変わった小集団が見えた。

武装も練度もあきらかに残党狩りの集団とは別物だった。

集団の中央には、憂欝そうな顔をしつつもまるで戦場を散策の道だとでもいうように騎乗する女性。

当然ながらいち領主でしかないティグルは会ったことはないが、名前からして姫がつくのだから女なのだろうとあたりをつけていた。

 

「あれを討つか」

 

この時のティグルは冷静ではなかった。

戦場の狂気に触れた程度で崩れるような軟な精神を持ってはいないが、まるで悪い酩酊感に突き動かされるような朦朧とした思考があったのは事実だった。

死者の怨念や戦場で行き場を失った感情が、まるでティグルの中の失われた何かに引き寄せられるかのような感覚があり、それが酔う為だけに飲む安酒のように思考を曇らせていた。

そんな酩酊感に陥ったからこそ丘から眼下へ射れば良いものを、わざわざ敵の眼前に出て射るという英雄的行為に走らせたのかもしれない.

前衛は重装なので騎兵を射抜かず馬を討ち射線を開ける。

驚き統制を取れぬうちに弓を引き絞り、満面の笑みを浮かべた女性を――笑みだと?

動揺は弓には乗らず眉間・喉・胸をめがけて三本の矢は突き進むが、女性が腰に差した剣を引き抜くとどこからか風が発生して必殺の矢をいなしてしまう。

顔を顰めて二の矢、三の矢と射続けるが矢玉は風に阻まれ終ぞ届かず、騎乗の戦姫は駿馬を走らせ突撃をしてくる。

敵と正対した弓兵に求められることは、絶対必中の矢を放つことだけである。

一撃で殺せなくてもよく、間合いに入られる前に射殺せればそれだけでいいのだ。

だからこのように当てられもせず、接近を許すことなどはティグルにとって屈辱の極みでしかない。

とは言えども既に矢筒は空で手慣れた剣もなく、並みの歩兵の働きしかできない身では騎兵に蹂躙されるのは決まりきった未来であり、大将首を獲れなかった後悔だけが少しあった。

 

「私に降れ」

 

一気に詰め寄られ向けられた剣は何故かぴたりと首でとまり、跳ねられるべきはずの首は胴の上に鎮座したまま止まっている。

声の主は何を思うか笑顔を絶やさず、しかしながら強者の弁を持って降伏を勧告してくる。

ならば返答など決まっている。

 

「断る」

 

振り上げられる剣に抵抗の意思を見せず、棒立ちとなっていた頭に剣の刃ではなく平が降ってきて自分の意識を奪ったのだと気付いたのは、ライトメリッツの石牢で目覚めた際に大きなコブが頭にあり酷い頭痛を伴っていたからである。

こうしてジスタートの捕虜となった事が、戦姫との出会いであり終末の始まりだったのかもしれない。

 

 

 

 

捕虜というものになったらしい。

らしいというのは、自分でも現状をどう対処すべきなのか判断がつかないからである。

あの場で死ぬ気であり、負けたからには死ぬものだと思っていたらあれよあれよと縛り上げられ、気付けば荷物として持ち帰られていたのだ。

捕虜になったわりにはつまらない暴力もなく、著しい行動制限すらないとなれば、自身が捕虜であると理解しろなどと言われても無理がある。

しかもだ、こうしてジスタートより兵を借りて進軍するとなれば、もはや自分は何になったのか神なる身にてもわからないだろう。

 

「アルサスが……燃えてる」

 

闇夜に紅く炎がきらめき、死と絶望の饗宴がアルサスという街を彩る。

逃げ惑う住民を斬り殺し、僅かな財産でも奪い去っていく。

女は組み伏せられ、最愛の男の死骸の上で犯され絶望に呑まれて死んでいく。

子供も同様に犯され殺され、救いも許しもない殺戮のみがアルサスを覆い尽くす。

本来であれば、テナルディエの軍勢は遅々とした行軍を続け、翌日の昼過ぎにアルサスへ入場すべしと動いていたのだが、ある一報が全てを変えた。

 

『ガムロン領の軍に動きあり』

 

留守を襲うテナルディエ軍からすれば、遅ければ目の前で獲物をガムロン軍に奪われる可能性がある。

そう考えただけで進軍速度はするすると上がっていき、ついにはジスタート軍を牽引するティグルよりも先にアルサスへ着いたのだった。

 

「奪え!殺せ!犯せ!燃やせ!」

 

狂笑を浮かべてザイアンは声を上げれば、兵はそれをうけ嬉々として人間を殺してまわり、女子供を犯しては楽しんでいる。

強者の特権とはこれであるとばかりに、燃える町を愉しむザイアンは、あえてティグルの屋敷の破壊や略奪を禁じて、これから来るであろうティグルの為にメインディシュだと言わんばかりのこしらえをした。

狂気の中に滲ませた悪意に気が付かないティグルは、燃え盛る町をみた時点でジスタート軍を捨て去り町へ走る。

後方から静止しろと、落ち着けとの声がかかるが耳には入らず、うるさく鳴り響く心音のみがティグルの耳をつんざくように響いていた。

 

町は酷いものだった。

焼けていないのは教会と、滝を背水とした自身の屋敷のみ。

広場では兵士が酒を飲み、捕まえた男の手足を末端から切り落とし、あと何回切り落としたら死ぬか周囲の人間と笑いながら賭けを愉しむ者がいた。

捕らえた妊婦を縛り付け、夫の前で腹を裂いてまだ意識のある妊婦の目の前で胎児の肉を軍犬に食わせ、この世の終わりをみたような顔で事切れる妊婦と、何も出来なかった自分と鬼畜の所業を怨む夫の視線を愉しむ者がいた。

彼方此方で女のすすり泣く声や男の下卑た声が響き、裸体の娘が何も映していない瞳で「痛くしないで」とブツブツ言いながら倒れていた。

この町にあるのは飛び切りの悪意のみで、善意の一欠片だって存在していない。

しかし、ティグルの足は止まらない。

慣れた町並みが地獄に変わろうとも、どこを隠れて通れば屋敷に出られるかはわかっている。

誘蛾灯のように焼けていない屋敷へ走り、地獄をかき分けてすすむティグル。

見張りすら居ない屋敷の扉を開け、一階を探すが特に荒らされた様子すらない不可解な状態だった。

だがそれでも、心音は大きく小刻みに震え続け、ゆっくりと二階の自室へ足を向ける。

ふらふらとした足取りは、健常者のそれではない。

この町に入ってから、怨嗟がまたティグルの中に入って来たのもあるが、罠だとわかっていても下がれず止まれない強迫観念が足を進め続けているからだった。

最後の扉を開けた時、脳裏に映るものがあった。

優しい少女、いつもいつも一緒にいてくれた少女……どこまでも純真無垢な美しい少女がそこにあった。

今もまた、彼女はいつもの笑顔で「おかえりなさい」と言ってくれるのではないか、と期待していた。

それを見ても期待してしまっていた。

全身を白濁に染め上げ、手の指は歪に折れ曲がり何本かは失われている。

微かに空いた口からは汚濁と血液が流れ出し、へし折られたのか歯が残っているようには見えない。

逃げられないようにかアキレス腱は削ぎ落とされ、足の甲には鏃が刺さり血を滴らせている。

趣味の悪い人間もいたのか、右の眼球が抉り出され眼窩からも男の醜悪な白濁が垂れ流されていた。

胸から壁へ磔のように刺さった剣が致命傷だったのだろうか、磔になったせいで剣に体重がかかり、刺した位置よりもかなり肩の方まで剣先が進んでしまっている。

そして壁に彼女の血液で書かれたザイアンからの言葉。

 

『全てお前のせいだ』

 

脳が焼け切れたんじゃないかと思うほどの痛みが走り、やはり罠だったのか屋敷に火が放たれた。

燃え始める屋敷の中で、ティグルは磔にしていた剣を抜いて彼女を抱きしめた。

 

「ティッタ……ティッタすまない!」

 

屋敷の炎は段々と勢いを増し、逃げぬティグルを焼き殺さんと全身を焦熱の痛みで苛んでいく。

熱いのは事実だが、ティグルの心は冷たく凍結していく。

これが自分の罪ならば、これが自分への罰ならば未来永劫に焼かれていたい。

ただただそう願って私は黄金に――違う、俺は何を考えていたんだ?

混乱し混濁する思考の中で、炎に耐えかねた屋敷が倒壊しようとする時、どこからか突風が屋敷に吹き込みティグルの体は倒壊から逃れるように吹き飛ばされた。

火傷の痛みの中で、誰かの悲鳴が聞こえた気がするが、今のティグルには何も届かないのだった。

 

 

 

 

引き攣るような半身の痛みに、ティグルは目を覚ました。

何か途方も無い夢を見ていた気がする。

地を這う鋼鉄の龍が火を吹けば土嚢を積んで侵攻を防ぐ防御陣地は消し飛び、空飛ぶ龍は爆弾を落とし逃げ惑う住民を尻目に悠々と街を焼き払う。

見たこともない武器が弾を飛ばし合い、剣も槍も使われない不思議な戦争だった。

そんな不思議な地獄において、なお輝きを失わない黄金の側に侍り、絶対者として無敵の戦士として魔弾の射手として君臨した夢。

だが、夢は夢でしかない。

夢をみたところで現実が変化することなどありえないのだから。

 

「若!目を覚まされましたか!」

 

自身を心配する声とともに、視界にバートランの顔が現れる。

生気を失ったような青々とした顔の中に、感情の起伏からくる朱が頬にさし、涙を浮かべながらティグルに抱きついた。

ぼんやりとした頭で抱擁をうけ、そこで今までに何が起こったのか頭で理解する。

 

「アルサスは……?ザイアンの手勢はどうなったんだ」

 

「残念ですがアルサスの町は壊滅……テナルディエ軍はジスタート軍により戦勝の饗宴を急襲され、三割ほど討ち減らすも後退を許した状態です」

 

「エレン達は?」

 

寝かされている天幕にはバートラン以外はおらず、良くも悪くも第一声を発しそうな彼女がいないのは、不可解だというのはわかった。

 

「ジスタート軍を率いてアルサス南西に布陣し、後退した敵と正対しているはずですが……既に時間はかなり経過しているので、もはや開戦しているかと」

 

そこまで聞いて、いま自分たちの置かれている現状を理解した。

話にならないとんだ愚劣、塵ほどの価値もない自身の存在、自身を何十人と集めて皆殺しにした山を作ったところで天秤の反対に劣等が一人立てば容易く倒れるであろう比重。

今更泣くような神経は持っていないが、嗤わなかったのはまだチャンスがあると考えているからか。

寝かされていたベットから立ち上がろうと身体に力を入れると、左半身に引き攣るような痛みが走った。

 

「若、半身が重度の火傷を負っているので安静にしてください!」

 

「火傷だと?その程度で私が止まる必要があるとでもいうのか」

 

「……若?」

 

その時バートランは、目の前にいる存在が本当にティグル・ブルムド・ヴォルン本人なのか確証が持てなかった。

爛々と焦熱を宿す両眼はおとぎ話の邪神のようであり、吐き出される言葉は既知の言語ながらも荒れ狂う暴風雨のような圧力を携え、バートランの身も心も削っていく。

相対した主の異様なまでの存在を見て、やっと自分はティグルという存在を今まで見誤っていたのだと理解できた。

今までは自分が仕えるべき主だと考えていたのだが、そうではなく主は服従すべき強者だったのだ。

 

「弓と馬を準備しろ」

 

「わかりました」

 

天幕よりはけていくバートランを見送り、燃えるアルサスの町並みを思い出す。

見知った待ちに充満する死の臭いや狂気の渦は、まだ若いティグルにとって大きな意味を持っていた。

呼吸するように体内へ入ってくる感情は、町を焼かれ犯され殺され無念を残す老若男女の今わのきわの絶望感。

勝利の美酒に横槍を刺され自身が何故死んだのかも理解できないテナルディエ軍の若き兵士たちの残留思念。

その全てを飲み下す自身は魔人だろうとあたりをつける。

人をやめ人を超越し人を食う魔人。

時を超える魔人であり黄金の鬣であり水銀の蛇が――

 

「……クッ!」

 

脳味噌を掻き回されるような痛みに顔を顰め、深呼吸をして呼吸を整える。

酷い頭痛だったが、原因はわからない。

火傷による傷だろうか?

意識を切り替えバートランの準備を待っているティグルには、先程自分が何を考えていたのか、頭痛があった事実さえ忘れ去っていた。

 

 

 

ティグルが騎馬に鞭打ち、戦場まで辿りついた時には、まだ一進一退の攻防が行われていた。

兵の練度ではジスタート軍に大きく水をあけられているザイアン軍ではあったが、単純な数の差によって弱兵で精兵をよく叩いて戦線の維持に成功している。

謀略も戦術もない平野での会戦は、正面戦力こそがものをいう。

つまり、数は力だということだ。

 

「エレンは……あそこか」

 

この戦局を切り崩せる戦姫は、既に軍の統率から離れて二匹の竜と正対している。

絶対的な指揮官から外れたジスタート軍も、リム一人では掌握されきらず浮き足立ったところもあり、半端な指揮が前線を一進一退させ続けていた。

天へ黙祷するように一度目をつむり、一呼吸すると黙って目を開き戦場を刮目するように睥睨する。

目に焼き付けろ。

この無様な戦場を生み出した遠因は誰なのかを。

圧倒すべき強者は足枷をつけられ、弱者は身の程も知らずに踊り狂う戦場。

話にならない。

 

「――弓を」

 

「しかし若……」

 

天幕内での圧力から離れて冷静さを少し取り戻したバートランはティグルの身体を労わり苦い顔をし、無茶無謀を諌めるような声を出す。

半身の火傷は常人であれば、未だにその痛みに悶え苦しむ程の重症である。

主は今からでも諫言して天幕へ戻るべき怪我人であり、若くもないのに一時の熱狂に飲まれて戦場へ主を連れ出した自身の不甲斐なさに怒りを感じていたのだった。

だがしかし、バートランの尺度とティグルの尺度は全く違う。

常人ではあり得ない尺度でティグルは自身の火傷をはかり、出した結論は無傷以上軽症未満がティグルの結論である。

常人では行動できないならば常人をやめれば良い。

人間では戦闘が不可能な傷であれば、魔人となって戦えば問題はない。

魔人であればこの程度は当然だと行動で示し、視線は絶対必勝を誓う力強さがあったならば、あくまで側仕えであるバートランに主命を否定する権限はない。

権限はないが、バートランは腰に下げた漆黒の弓を本当に渡していいのか、なにか超えてはいけない最後の一線を超えさせてしまいそうな、そんな凄味を感じさせる弓を渡していいのか悩んでいた。

今までティグルの使っていた弓は館の崩壊に巻き込まれ破砕されてしまっていたが、何故か――エレオノーラすら疑問に思っていたが――この黒弓がティグルを館の倒壊から救い出す際に、一緒に風に巻かれて出てきたのだ。

家に代々伝わる弓だからこそこうして持って来ているが、持っているだけでまるで胎動しているような、弓なのに何か悍ましい生き物のような感覚を与えてくるこの弓をバートランは今すぐにでも捨てたかった。

 

「それか」

 

「ええ、前の弓は館で壊れやして……」

 

「これが聖遺物か」

 

弓と魂が共鳴しているのがティグルにはわかった。

これは自身の欠けていた欠片であり、自分自身の根底を司る何かが混ざっている。

 

『やめ■……触……いで――私のちか■ga』

 

元々何かを宿していたのかもしれないが、後から混入されたもにもはや改変されて原型を失い、生き物の生命を貪るだけの悪辣な化け物に成り下がっていた。

そんな弓を受け取ったボソリとティグルが何かを言ったような気がしたが、今まで感じさせた事がないほどに死の臭いを身に纏ったティグルに、ただただ圧倒されるだけのバートランにはそれがなにか聞こえなかった。

 

「テナルディエの軍勢よ……この地から生きて帰れると思わないことだ」

 

常の力では引けないような強弓を、さも当たり前のように弓をつがえするすると引き絞る。

いまの自分がどうなっているのかはっきりとはわからないが、それでもわかるものはある。

それは、自分では理解しきれない何かの力が自分に宿り、その力を使えば戦況を覆せるということだ。

距離はここから前線で400程度あり、竜を狙えば450からの距離があり、敵の総大将を狙うならば600以上を狙わなくてはならない。

多少の丘陵の上に来てはいるが、距離を埋める足しにはならない高さでしかない。

しかしそれでも、鏃の先に狙うは敵本陣ただひとつ。

 

ならば狙いをつける私は台座である。

狙いを定め、そこから揺るがぬ台座である。

 

ならば引き絞る弓は絶対必中の砲身である。

敵のみを狙い必ずそこへ当てる為だけの砲身である。

 

ならば鏃は敵を食い破る弾丸である。

絶対必中の加護を受けて敵を食い尽くす弾丸である。

 

「活動……」

 

無意識に口を突いて出た言葉に首をかしげるも、出てきたものを無視してそのまま弓を引き絞る。

すると、引き絞る弦からふわりと風が吹いた。

風は爽やかさとは程遠く、炎熱の如き熱波を持って漏れ溢れ、生者を嗤い死者を乏しめる地獄のあまり風。

射手が魔人であるならば、射られる矢が魔弾であるのは当然の帰結。

魔弾は行儀の悪い畜生の如く敵を喰らいたいと暴れ始め、それを御すティグルは狙いを定めてついには弦から手を離す。

 

 

振り下ろされた剣を受け流し、鎧の隙間に剣を突き刺し落馬させる。

最早ルーチンワークと化した作業だが、前線指揮を任されたからには眼前の敵のみに集中することは許されず、戦場全体を俯瞰するように動かなくてはならない。

とはいえ既に現在の戦況では指揮官たるリムアリーシャの手から指揮権は離れ、泥沼の混沌とした混戦が前線を支配していた。

剣を交えてわかったが、敵に精兵はなく指揮官もこちらを崩そうと動くこともなく、ただただ正面から攻め寄せており、本隊は前線に出ず予備兵力と言うよりは遊兵と化している。

指揮も拙く兵も弱いとはいえ、前線だけでもこちらに倍する兵力を揃えているのだから、突破や浸透のような戦術行動はとれず、むしろ前線は麾下兵力各々の判断によって敵と戦うだけのものになってしまった。

 

「エレオノーラ様……」

 

二匹のドラゴンを抑えている主を見て、やはり判断は間違えていたと後悔が湧き上がる。

ティグルが暴走しエレオノーラの下を離れた頃、ジスタート軍では進軍中にある議題が持ち上がっていた。

それは進軍か撤退かである。

既に陥落した防衛目標と、こちらを圧倒する兵力を鑑みればもはや戦略的・戦術的な勝利を得ることは不可能だというのが撤退派の判断である。

地の利をもたらす人間は勝手に消え失せ、身代金を棒に振ったことを諦めれば撤退の判断は当然であると撤退派のリムアリーシャはエレオノーラに直訴した。

しかし、進軍派のエレオノーラは頷かず、奇襲で叩けるだけ叩いて敵を潰走させれば勝てると頑なに言い切る。

言い切ったうえで、それに輜重隊もまともに連れていない現状で手持ちの物資でブリューヌ王国の勢力圏を抜けることは難しく、王国圏内で略奪をして飢えを凌げばジスタートに戻った際にどのような問題になるか火を見るより明らかである。

ならばせめて、饗宴に飛び込みテナルディエ軍を叩いて物資を奪うべきだと結んだ。

そう言われてしまえばリムアリーシャにも否は言えず、こうして自軍より多い敵と平野で戦わなければならなくなった。

あの男、ティグルヴルムド=ヴォルンさえ居なければ……と脳裏に浮かんだ時、戦場に一筋の閃光が突き刺さった。

 

「……え?」

 

理解ができない声が漏れた。

声を漏らしたのはリムアリーシャだっただろうか?

背を任せた従卒だっただろうか?

剣を振り上げた敵だろうか?

槍に胴を貫かれた味方だろうか?

戦場に目を焼くような閃光が突き抜け、轟音と共に空を焼いてテナルディエ軍の本陣に突き刺さる。

どうしてこうなったのかわからない。

何があったのかもわからないが、まぶしくて目をつむり轟音に驚いて目を開けたらテナルディエの本陣が燃え上がり、さながら炎熱地獄のようになっていた。

戦場は凍りつき、敵も味方もなく棒立ちで燃えるテナルディエの本陣を見る。

炎の中から即死を免れた者たちが、全身を炎に包み転がり出てはたった数歩が遠いかのようにバタバタバタと倒れて燃え上がっていく。

それを見ていたテナルディエ軍は本陣に何が起こったのか理解はできないが、本陣がどうなったかはわかったようで蜘蛛の子を散らすように総崩れとなっていく。

 

「追撃するぞリム!」

 

「はっ!全軍掃討せよ!」

 

いつの間に二匹のドラゴンを討滅したのか、エレオノーラは竜具を掲げて声高に敵の追撃を命じ、リムアリーシャも理解が追い付かず硬直していた自信を恥じて、指揮権を掌握したうえで追撃を開始した。

ここにアルサスをめぐるテナルディエ軍とジスタート軍の雌雄は決した。

残ったのは燃え尽き灰となったアルサスの町と、屍山血河を築くテナルディエの大軍勢、そして――

 

「ここはどこだ?私は……誰なんだ?」

 

永劫回帰からはじき出され、性別まで変わり見知らぬ世界に生まれ落ちた魔人が一人丘の上でただただ慟哭していた。

 

 

 

テナルディエの遠征軍壊滅の報と共にアルサス陥落という情報が出たとき、ブリューヌ王国内は荒れに荒れた。

二大派閥であるテナルディエ公爵派の傘下に加わる諸侯は動揺し、遠征軍抽出を要求された諸侯も誰ひとりの生還もない事態に顔面を蒼白にしていた。

混乱したのはガムロン公爵派も同様だったが、混乱の規模と方向性が違っていた。

テナルディエ派と日頃対立するガムロン派ではあるが、相手を嫌悪すれども弱いと侮ったことはない。

そのテナルディエの軍勢が壊滅したということは、それを成した勢力が国内外に居るという事である。

アルサスに向かったガムロンの遠征軍は、テナルディエ軍が先に進駐するのを知るや撤兵を始め、すべてつつがなく傘下諸侯の領へと帰陣を済ませており人的な損害はなかった。

再度遠征を出すか出さないか、謎の勢力を引き込むのが先ではないかと混乱していたのだが、派閥の領袖たるガムロン公爵により混乱はすぐに封殺され平穏を戻していた。

派閥両雄により取決めされた条項はいくつかあるが、重要なのはヴォルン伯爵家の断絶が公式に宣言されたこと、そして断絶した伯爵領は王国の直轄領として召し上げられ近隣諸侯に兵力を抽出して防衛に当たるよう王命が拝されたのだった。

 

 

ライトメリッツに帰参したジスタート軍とティグルだったが、戦には勝ったが凱旋という雰囲気はなくむしろ敗戦の軍といった状況だった。

決戦ではティグルの謎の力によって勝利を収めるも、手勢から多くの死者を出してしまったうえに、防衛拠点と定めていたアルサスは既に陥落して灰燼となったのだから勝利とは呼べやしない。

しかもムードメーカーな指揮官であるエレンは王都への召還を受け、ライトメリッツから既に発ってしまっていた。

そのせいもあり次席指揮官のリムが仕事にかかりきりとなり、この度のアルサスへの救援は禁句に近い状態になってしまう。

しかも、一番の問題は――

 

「今日も帰って来ないか……」

 

仕事を終えたリムはティグルに与えられた部屋へ赴き、今日も部屋の主が不在であることを確認して溜息を吐いた。

あの戦闘が終わってバートランを振り切って消えたティグルは、未だにライトメリッツへ帰ってくる気配はなかった。

それもライトメリッツ全体が沈んでいる一つの要因でもある。

 

「エレオノーラ様……」

 

王都へ召喚された自身の主を思い、窓の外に輝く星空を見上げる。

どうか、エレオノーラ様に一日でも早い吉報を届けられるよう帰ってきてくれ、ティグル。

 

 

あれから1年が経ったが、ティグルはエレオノーラの下へ帰って来る事はなかった。

彼はもう居ないのだと納得はできないが、もう理解はできていた。

忘れることで傷を癒して生活しているある日、不思議な噂がジスタート内でも流布されるようになった。

曰く、ブリューヌ王国で派閥に関係なく街々で大虐殺が起こっている。

曰く、魔人が闊歩して人を殺しまわっている。

曰く、赤髪の魔人は炎を操り街を灰にしている。

曰く、魔人の半身は焼け爛れた異様なものである。

噂では既に5つ以上の街が魔人の手により襲撃され、ガムロン公爵とテナルディエ公爵の両雄共に戦死しているという噂まであった。

そんな噂を噂で済まさないものとしたのが、ブリューヌ王国が正式に魔人の討伐という名目で、ジスタートの誇る戦姫を派遣してほしいと言う文書が届けられたのだ。

議会は紛糾し行く必要なし、ブリューヌのみを狙うのであればジスタートからすれば天の恵みだと言う者までいた。

そんな会議で否を唱えたのは、エレオノーラだった。

 

「悪意ある魔人がブリューヌを平らげて終わりだとは思えない。今のうちにブリューヌの兵を使う形で討伐した方がいい」

 

その一言で議会は逆転し、ついにエレオノーラは自身の出陣を掴み取った。

頭に浮かぶのはただ一つ、赤髪の魔人の噂を聞いてピンときた直感に従い、ライトメリッツへ戻り出陣の準備に入り始めた。

 

「待っていろよティグル……」

 

 

 

目的地に着いた時、エレオノーラが感じたものは死を覚悟した緊張感だった。

既に7つの街が灰燼に帰しており駐屯軍だけではなく住民も一人残さず皆殺しになっている。

そんな魔人を抑えようとするとなれば、相応の覚悟を皆がするのは当然である。

この街は次の襲撃を受ける可能性が、最も高いとされている街である。

魔人は不可思議な法則を持ってブリューヌ領内を襲撃しており、地図をみて次にもっとも襲撃される確率が高いのがここだと算出されていた。

交通の要所であり規模の大きな街に対して、住人を数倍する軍勢が駐屯していた。

それだけ魔人を恐怖しており、魔人打倒を真剣に考えていると言える。

 

「これだけいれば勝てるだろ」

 

「魔人も逃げちまうんじゃねぇか?」

 

「来なきゃ金だけもらって仕事はおしまいってことだ!」

 

魔人の脅威を理解していない者達が集まり、酒を片手に笑い声をあげる、

人数が集まれば恐怖が薄れていく見本のような者達だったが、それを尻目にエレオノーラは腰の剣を強く握り街の中心部の広場へ進んでいく。

予感がしていた。

もうすぐ、ティグルがやって来るだろう。

彼が来たら私は――そこまで考えて、世界にまるで言い聞かせるように静謐でありながらも、世界を屈服させるほどに強圧的な詩が聞こえてきた気がした。

 

 

この世で狩に勝る楽しみなどない

Was gleicht wohl auf Erden dem Jagervergnugen

 

狩人にこそ、生命の杯はあわだちあふれん

Wenn Walder und Felsen uns hallend umfangen,

 

角笛の響きを聞いて緑に身を横たえ、藪を抜け、池をこえ、鹿を追う

Diana ist kundig, die Nacht zu erhellen,

 

王者の喜び

Wie labend am Tage ihr Dunkel uns kuhlt.

 

若人のあこがれ!

Die Bewunderung der Jugend

 

 

そこまで聞こえた瞬間に世界が震え音は消えた。

街の半分が一瞬で蒸発し消し飛んだ音はエレオノーラの片耳を容易く潰し、爆風はアリファールの判断で遮断を試みたがエレオノーラを木の葉のように吹き飛ばす。

 

「ガハッ!」

 

背を強かに打ち付け、肺の空気が抜ける。

痛みをこらえて目を見開いた先は、まさしく地獄だった。

先程までの街並みは瓦礫の山となってあちこちに火の手が上がり、かろうじて生きている者の呻きが現場を支配していた。

爆風に巻き込まれ瓦礫が飛んできて死んだ者や、逆に爆風で飛ばされ他の何かにぶつかって死んだ者もいる。

 

「何がどうなってる……」

 

空へ視線を移動させたとき、空に佇む一人の男が目に入った。

見慣れた服装に赤い髪、焼け爛れたような火傷キズを伴う表情は今まで見た事が無いほどに冷たい物だった。

 

「ティグ……ル?」

 

背に新たな魔方陣を生み出そうとしていたティグルだったが、エレオノーラの声が聞こえたのか訝しげな表情をした後に半壊した広場へと降り立った。

 

「懐かしい顔だな」

 

「……やはりティグルなのか。これは復讐なのか?」

 

「復讐?」

 

少しきょとんとした後に、ティグルはクツクツと笑いだした。

 

「いや、そんなつまらない事など私がすることはない」

 

「じゃあなんで」

 

「キサマにはわからないだろうが、スワスチカを開こうと言うだけだ」

 

「……スワスチカ?」

 

聞いたこともない単語に首を傾げるエレオノーラだったが、それに返答するだけの深い知識を魔人は持ち合わせていない。

それに何より、他人を説得するために説明をするというようなことを魔人がするはずもないのだ。

 

「私も知識があるだけで造詣があるわけではないが、副首領閣下の技術の再現にすぎん。純粋な成功はしないだろうが、この世界とあの世界に繋がりを持たせれば私も城へ戻れるだろう」

 

「あの世界?」

 

「そうか――まだ名乗ってはいなかったな」

 

合点がいったとばかりに軽く頷く魔人から、急激に底冷えするような威圧感があふれ出す。

背面からは世界に滲み出すように薄らと炎が舞い散り、苛烈な魔人に花を添える。

その舞い散る炎だけでも常人では灰も残らず燃え去り消えるだろう。

 

「聖槍十三騎士団黒円卓第九位、大隊長――エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグ=ザミエル・ツェンタウァ」

 

呼吸すら支配する殺意の奔流を従え、朗々と魔人は、ティグルは、赤騎士は、エレオノーレは、自らの魔名である魔弾の射手と名乗ったのだった。

ちろちろと花を散らしていた炎が意思を持って魔方陣を形成し始める。

本人はこれから起こるであろう殺戮に興味を示していないが、意思の顕現たる炎は一時でも早い黄金との再会を求め歓喜に震えている。

 

「私がここで劣等を皆殺しにする、キサマはそれを止める……それ以上の事実が要るのかエレオノーラ?私を止めたければその剣をわが胸に突き立ててみろ、あるいは届くかもしれんぞ」

 

「ティグルじゃ、ないんだな?」

 

「二度は言わん。その剣、鈍ならば骨も残らんと思え」

 

得物は合わせてやると言わんばかりに腰から剣を抜き、ザミエルは地に降り立って切っ先をエレオノーラの首へ向ける。

剣の竜具を使う戦姫に、戦場で銀閃の風姫と呼ばれ恐れられるエレオノーラに向けて傲岸に、まるで試してやるとばかりの言いざまは疑問に押し潰されていたエレオノーラの心を晴らすのには十分だった。

そうだ、それでいいじゃないかとアリファールを抜く。

 

「疑問は後だ!いくぞアリファール!」

 

「全力で挑んで来い、エレオノーラ=ヴィルターリア!私に本来の剣を抜かせて見せろ」




ザミエル卿降臨の巻
射撃タイプで赤髪で魔弾の王
ヒロインは剣タイプのエレオノーレならぬエレオノーラ
どう考えてもザミエル卿ですよね?

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