空を見上げて、きっとそこに救いがあると信じて。
――――――月の名を冠した少女たちの短いお話。

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アニメ版艦これを見て思いついたお話。短編読み切りです。
それでは――――抜錨。

救いがあると―――――信じたい。




白夜月を浮かべて

 ごめんね、と言って、彼女は笑った。どうすればこの結末を変えられたのだろう。どうすれば彼女を守れたのだろう。

 それはもう、睦月にとっては意味のない問いだった。彼女はもう帰ってこないのだから。

 

 

 

 

 

 

『我々は深海棲艦の脅威を打ち破り、W島を奪還したのである。これは来たるべき日への布石として大きな意味をなし、深海棲艦に大きな衝撃と打撃を……』

 

 質の悪い通信機は弱い電波も相まって雑音交じりの国営放送を吐きだし続けていた。

 

「深海棲艦に与えた脅威なんて、どうやって計ってるんだろ……」

 

 口の中だけでつぶやいて寝返りを打った。きっと舷側の丸窓から差し込む日光が眩しすぎたせいだ。どうも夢見が悪すぎる。窓の隙間から差し込むそのラジオの音も耳障りだ。それでも、音を小さくしてとは言いに行けない。ただでさえ甘えて横にならせてもらっているのだ。

 

「……なにやってるんだろ」

 

 もう一度寝返り。毛布はとうに乱れている。足が妙に涼しくて毛布を蹴って直す。

 

「ほんと……なにやってるんだろ」

 

 睦月はそう、ぽつりと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……睦月」

 

 扉を叩こうとして躊躇っていると、肩を叩かれた。

 

「やめときな、弥生ねーちゃん。今は一人にさせた方がいいと思うよ」

 

 赤みの強い茶髪が揺れる。振り返った彼女に赤い眼鏡をかけた彼女は半分呆れたように声をかける。

 

「望月は……あのままで、いいの……?」

「いいわけないだろー? でも、私達じゃどうにもならないのさ」

 

 望月はそう言って弥生を目で読んで船の外に出る。ちゃちなつくりの船の舳先に立つ。

 

「もう伊豆諸島まで帰ってきたんだねー。速いもんだよね。弥生ねーちゃんもそう思わない?」

 

 望月はそう言って伸びをした。弥生はそれをわずかに不満そうにしながら見る。

 

「望月、望月は寂しくないの?」

「んー。寂しいよ。でもさ、ここでいくら泣いたって如月が帰ってくるわけじゃない。沈んでしまったのは事実でしょ?」

「でも……」

「割り切るしかないと思うんだよねー。その割り切り方は人それぞれだけどさ」

 

 望月はくるりと振り返った。彼女たちの髪は潮風を孕み、大きく膨らんだ。

 

「割り切るまでは、睦月ねーちゃんはあのままだと思うよ。それまで、きっと時間がかかる。その間は私達が守らなきゃ、ねーちゃんたちを」

 

 弥生は黙っていると望月は「それ」と言って弥生の方を指さした。

 

「弥生ねーちゃんは自分の髪を如月ねーちゃんの手向けにした。献花のかわり、でしょ?」

 

 刃物で強引に切ったらしいぱっつんの後ろ髪を見てどこか寂しそうに望月が笑う。

 

「よく如月ねーちゃんに結ってもらってたよな。その髪」

「……うん」

「如月ねーちゃんに忘れられたくなかったんだよな。弥生ねーちゃんも如月ねーちゃんを忘れたくなかったんだよな」

 

 望月が笑みを深くした。

 

「……今度こそ、今度こそ守ろう。二人を。ちゃんと、如月ねーちゃんもさ。ちゃんと睦月ねーちゃんが前を向けるまで」

 

 そう言って望月は後ろ向きに舳先から落ちるように海面へ向かう。同時にぼやっと体が光ってたからおそらく艤装を展開して海面に下りたはずだ。

 

「それで……いいのかな……」

 

 弥生のつぶやきは舳先が砕く並みの音にかき消された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 敵襲!

 

 誰かが叫んだ。それを聞いた時にはもう彼女たちは皆走り出していた。いくら少女の姿をしていても根っからの軍艦であり軍人である。切り替えはすぐにできた。……それはほぼ条件反射のようなものだ。それは体調やこころの準備云々の問題ではなく、体がとっさに動くものだ……それは睦月も例外ではない。

 船の縁から海面に向けて飛び降りる。海水に触れるその刹那に体は浮力を得る。主機が始動し推力を得るとほぼ同時、単装砲を取り上げた。

 

「待っててね、如月」

 

 速度を上げる、速度が上がれば上がるほど、喫水は浅くなっていく。そのまま敵の影を探して首を振る。

 

 いた。8時方向、距離はざっと3000。軽空母ヌ級だろうか、あれは。

 

「睦月……大丈夫……?」

 

 いつの間にか睦月の横に弥生が来ていた。

 

「大丈夫だよ。今は……あれを倒さなきゃ」

 

 そう言って速度を上げた。最後尾から望月が声をかけた。

 

「睦月ねーちゃん。無理はするなよー?」

「大丈夫だよ。望月は心配性だね」

 

 そう言って笑って見せて前を向いた時にはその瞳は冷え切っていた。

 

「そう、大丈夫。まずはあいつを倒さなきゃ」

 

 海面を蹴る。すぐ真横に爆撃が落ちてくる。

 

「距離を詰めるよ! ついてきて!」

 

 その爆撃の殺傷圏の縁をなぞるように走りながらさらに前へ、前へ。

 

「睦月! 無茶だよ……!」

 

 その声は聞かないことにしてさらに加速しようとして速度が上がらないことに気がつく。すでに37ノットを超えているためだ。

 

「真っ直ぐ動きすぎ! 睦月ねーちゃんしっかり避けて!」

 

 望月の声も聴かなかったことにした。ちゃんと上空は確認している。心配性だなぁ、もう。

 左足を斜め前に蹴り込んだ。その反動で前に進んでいた運動量を右前への移動に変換して爆撃から飛び退いた。爆風が後ろに感じながらさらに前へ。一瞬だが速度表示が振り切った。その爆炎を超えて飛んできた敵の艦載機の機銃掃射を受ける。それでも、止まる訳にはいかないのだ。

 こちらも応射、散弾が詰まった砲弾は敵機のまとまりの前で弾け、一時的に安全圏を作り上げる。その間隙を突くようにして前へ、前へ、前へ。ただひたすらに前へ。

 

「お願い、まだ耐えて、壊れないで」

 

 悲鳴を上げる主機にそう囁きながら進路調整、左2点。完全に反航戦のルートに乗せる。相手は距離を取ろうと回頭。それでも、駆逐艦の足を舐めてもらっては困る。さらに距離を詰める。

 魚雷の安全距離は500に設定されているはずだ。ならば500限界まで近づいて魚雷を撃つと一番効率がいい。当然のことだが近ければ近いほど相手に当てやすくなるのだから。だが相手も当然それをわかっている。

 近づくにつれて相手の弾幕がきつくなる。豆鉄砲と言っても大量に当たれば痛い。

 

「睦月ねーちゃん、無茶だ!」

「なら弥生と望月は下がって!」

 

 無線を叩き込んで前へ。そして、気がつく。その軽空母の破孔に見覚えがある。忘れるわけがない、あの位置は。あぁ、そうだ。

 

「W島からずっと追いかけてきたの?」

 

 あの時の軽空母だとわかっただけで、睦月にとってはこの戦いの意味が変わる。主砲弾装填。榴弾が装填されたはずだ。

 

「ずっと、追いかけてきたの。如月だけじゃ足りないからって、ずっと……」

 

 頭の奥が低い温度でふつふつと煮えていくのを感じる。あぁ、神様。これを幸運と思うべきか、不幸と思うべきか、どうか答えを教えてください。

 

「あんたさえ、あんたさえいなければ、如月は―――――――!」

 

 損傷限界出力の制限を解除する。安全限界出力まで一気に主機を駆動させる。一際高く主機が回る。飛び込むと同時に周囲の艦載機が反転、急降下の姿勢に入る。

 

「どうして、どうして如月を……!」

 

 榴弾は低い放物線を描いて相手に向かっていく。照準尺の計算を変えたくない。距離を保ったまま魚雷が撃てる位置まで回り込むしかなさそうだ。

 記憶が頭を擡げる。それは戦場に必要のない雑音となって襲いくる。

 

 

 

――――大丈夫よ。お姉さんに任せておきなさい?

 竣工の関係で少しだけ早く如月は海に出ていた。不慣れな私の手をひいてくれたのは誰だったか。

 

 

――――魚雷って太いわよねぇ?

 そんな風におどけて皆を笑わせたのは誰だったか。その余波というか餌食というか、その対象はいつも私でいろいろされたこともあった。でもそのすべてはもう。

 

 

 

 戻ってこない。

 

 

 

 わかっている。わかっているのだ。ここでこんなことをしたって如月は帰ってこない。戻ってこない。あの笑顔を見ることは、おそらくもうない。

 

 でも、それでも。

 

 

 

「返してよ……如月を、返してよっ!」

 

 

 

 砲を撃ちながらひたすらに回り込む。相手を横から見る位置目指して、走り続ける。

 

 弔いだとは言わない。敵討ちとも言わない。ただの八つ当たり。それでも私は。

 

「睦月っ! 上っ!」

 

 無線に叫びが乗った。この声は弥生だろうか。真上を見れば爆弾を投射した直後の――――――敵機。

 とっさに後進に叩き込んだ。それでも落下速度の方が速い。

 全ての物の動きが緩慢に見える。時を引き延ばしたような錯覚。

 

 直後、爆裂。

 

「――――――睦月ちゃん、無事?」

 

 無線が響く。同時に睦月は生きていることを知覚する。

 

「……飛龍さん?」

「よかった。生きてるね。お願いだからそこから動かないでね」

 

 無線が響くと同時に極低空を艦載機が飛び抜けた。青2本の識別線……飛龍艦載機だろうか。極低空の雷撃が飛ぶ。

 

「……どうして」

 

 目の前であっけなく沈んでいく軽空母を見ながら睦月は呆然と呟いた。

 

「君たち30駆の司令官から連絡があってね。ちょうど近くを航行してたし、海域訓練のために燃料入れて暖気してた機体があったから駆けつけられたんだ。爆弾と魚雷の懸架に時間かかったから戦闘開始には間に合わなかった。ごめんね」

 

 飛龍の無線越しの声をただ、聞く。

 

「こっちも菊月ちゃんたちにはお世話になってるしさ。いつも守ってもらってばっかりも癪だし、もうこれ以上30駆のみんなを沈めさせたら、龍驤先輩に合わせる顔がないからね」

 

 歪みない弧を描き、翼端から2条の雲を曳きながら戦闘機が反転。敵の航空隊との巴戦が繰り広げられる。

 

「如月ちゃんのことは聞いたよ……つらいかもしれないけど、生きることを諦めちゃだめだよ、睦月ちゃん」

 

 一機、また一機と上空から敵機が掃き出されていく。

 

「なら、どうして……どうして、如月を、……如月を助けてくれなかったんですか……?」

「それは違うよ、睦月」

 

 小さく震えた声が響く。

 

「みんな、みんな助けようとした。……本当に……みんなで……!」

「そうだよ、睦月ねーちゃん。弥生の言う通りだ。きっと誰も悪くなかった。ただ、運がなかった。ちょっとの差だったんだと思うよ」

 

 望月の声に弾かれたように振り返る。そのまま望月に近づくとその胸倉に手を伸ばす。

 

「そんな……そんな運のために……如月は」

「そうだよ。そんな運のために(、、、、、、、、)、如月ねーちゃんは沈んじゃったんだよ!」

 

 睦月も初めて聞く―――――望月の、怒声。

 

「沈んじゃったんだよ! もう、帰ってこないんだよ! それでも、私達は“今”生きてるんだよ! だから、生き残るんだ! 生き残って、生き残って、絶対に生き残って! 如月ねーちゃんがせめて“向こう”で笑っていられるように強くなるしかないじゃん! 絶対に生き残って、如月ねーちゃんが生きた証を残さなきゃいけないじゃん!」

 

 望月はそう言うと睦月の胸倉をつかみ取った。そのまま引き寄せる。

 

「私達が死んだら。誰が如月ねーちゃんのことを思い出すの? 誰がその思いを引き継ぐの!?」

 

 その掴んだ手は弱く震えていて、その震えに引きずられる様に、彼女の眼鏡の奥に水滴が浮かぶ。

 

「絶対に、沈んじゃダメなんだよ。私達は……!」

 

 望月はゆっくりと両の手を睦月の肩に回した。

 

「如月ねーちゃんが生きた証を残そう。絶対に忘れない様に、私達の後にも思い出してもらえるように……だから、さぁ……」

 

 望月が膝をついた。その重みを睦月は両肩で受ける。

 

「睦月ねーちゃんまで……いなくならないで……!」

 

 絞り出すような声。

 

「私達は睦月型駆逐艦なんだよ? ねーちゃんたちがいなくなったらだれが私達を引っ張ってくれるの……?」

 

 望月の声が小さく響いた。その時になって戦闘音が完全に止んでいることを知る。

 

「だから、睦月ねーちゃん。私を、置いてかないで。お願いだから、さぁ……」

 

 睦月がゆっくりとその両肩に手を回した。

 

「……ごめん」

「……うん、いいよ。許す」

 

 小さく帰ってきた答えに力なく睦月が笑う。弥生がどこか不器用な笑みを浮かべた。

 

「睦月……もう、大丈夫?」

「……まだ、自分じゃわからないけど。たぶん」

 

 その答えを聞いてクスリと笑った弥生。

 

「睦月型駆逐艦のほうが……弥生型駆逐艦って言われるより、いい……から」

「大丈夫、もう大丈夫、たぶん」

 

 睦月の声に弥生がそばに寄る。そのまま遠慮がちに睦月の腕の中に納まった。強張った体から適度に力が抜けるとその涙で睦月の服を濡らしていく。

 

「ごめん、心配かけたね……」

「ホントだよ、時々睦月ねーちゃんはおイタがあるからねー」

「むぅ……」

 

 わざとらしく頬を膨らませてみると、弥生が笑った気配がした。

 

「それでも、睦月は睦月……です」

「そっか……ありがと」

 

 しばらく抱き合ったまま時間が過ぎる。ゆっくりと日が傾いていく。

 

「……いこうか、みんな」

 

 一通り泣いて、三人とも目が真っ赤になったころ睦月が小さく呼びかけた。

 

「うん、行きましょう」

「だね、……睦月ねーちゃん」

「なに?」

 

 望月の右手が虚空を指さした。

 

「まだ昼なのに、月が出てる。白夜月だ」

「はくやづき?」

 

 弥生が問いかける。望月が頷いた。

 

「昼の月のことをそう言うことがあるんだってさ、いつかきいたことがあるんだ」

 

 望月はそこでしばらく間をとった。

 

「昼の月って私は好きなんだよね。私と正反対でさ」

 

 ぽつりとそう言って望月は小さく笑う。

 

「夜闇に紛れなきゃ動けない満月(わたし)とは真逆だからさ。朧に弱く光るしかできないけど、でも確実にそこにいる。優しく守ってくれてるみたいでさぁ」

「……そう、かな」

「望月は夜でも結構グータラしてるけどねぇ?」

 

 睦月はそう言うと望月は苦笑いだ。

 

「わざとだよわざと」

「えー、ほんとぉ?」

「睦月ねーちゃんも弥生ねーちゃんも真面目が過ぎるからねぇ。一人ぐらい怠けるぐらいがちょうどいいんじゃないかと思ってね」

「なんとなく……言い訳じみてる気がします……」

「……時々弥生ねーちゃんもさらりと毒を吐くよね」

 

 弥生が無邪気に疑問符を浮かべていると睦月がクスリと笑う。

 

「まあ、じゃぁ、気楽に、でもしゃんとしていこうか。白夜月が出ているうちに、ね?」

 

 小さな影が三つ、海上を走る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「卯月だびょん、久しぶりぴょん!」

「うん、久しぶり」

 

 睦月が笑って出迎えると卯月は小さく首を傾げた。

 

「睦月姉ぇ、少し雰囲気変わった?」

「そう?」

「ぴょん」

 

 今回のぴょんは肯定らしい。

 

「うん……変わったかもね。睦月も」

 

 少し寂しそうな笑みにつられたように少ししゅんとした卯月、それを見て睦月は慌てて手を取った。

 

「ほら、みんな待ってるよ!」

「ひ、引っ張らないでほしいぴょん!」

「大丈夫大丈夫、それじゃ、睦月の艦隊、いざ参りますよー!」

 

 睦月が笑う。その笑みを照らす太陽の隣、ひっそりと昼の月が照らしていた。それをちらりと振り返った睦月が笑みを深めた。

 

 

 

―――――みててね、如月。

 

 

 

 白夜月の照らす世界を、卯月の手をひいて、前へ。

 

 

 

 




短編読み切り、いかがでしたでしょうか?

本当は夕張の出番も考えていたんですが代打で飛龍さんに出てもらいました。空母好きなんです、自分。

アニメ版の艦これ楽しみつつ、もっと睦月型駆逐艦に出番をとか思ってしまうのはきっとわがままでしょう。望月のチビッ子感に萌えられただけで十分です。きっと。

どうか睦月たちに幸多からんことを。

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
それではまたいつかお会いした時は、どうぞよろしくお願いいたします。

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