この物語が、あなたにほんの少しでも面白いと思われる事を願っております。
Phase.1 とある記憶喪失者の放課後
彼女はそれを事実として受け止めた。
人はいつだって、初めて出会った人を判別する時に、まずはその人の外見で判断する様に出来ている……ということを。
服装一つとっても、色合いは自分にとって好ましいものか。その場所に適したものか。それが顔や体つき、更には肌の色や持っているカバンや時計等で大体の印象を決めつけてしまう。
確かに身だしなみ等は大事かもしれない。外見を重視してしまうのも――まぁ、仕方ない事かもしれない。
だがそれでも、それでもだ。
人の身体的特徴を勝手な偏見に満ちた目で見て、そのまま決めつけてしまうと言う事は許されざる行為だ。
そのような悪習に、人は一丸となって立ち向かっていくべきである。いや、いかねばならないのだ。
すなわち――
「学生証まで見せたのに私を大学生だと決めつけるあの受付の女性にはどれだけ時間が掛かろうとも断固抗議をするべきだと私は思うんだ貴方もそう思わないかい葵先輩?」
「いや待て気持ちは分からんでもないが落ちついてくれ! さっきからお前に引きずられて靴の底が削れてるんだけど!!?」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
静かな笑みを浮かべているが、その全身から怒りのオーラを発している褐色肌の女性。
その女性をなだめているのは、長身の彼女より少しばかり背の低い男である。
「よーし龍宮落ちついたか? 落ちついたな? 落ちついてなかったら今度こそ俺の靴が擦り切れるからな!?」
「はっはっは。葵先輩、この私が一体いつ冷静さを失くしていたと言うんだい?」
「ほんの5分前の出来事だろうが!!」
麻帆良学園都市内でそれなりに名が知られている高校のブレザーを着ている男――篠崎葵は、どうにか彼女を抑えきれた事に満足とも疲労とも取れる複雑な思いを吐き出すように深いため息をついた。
時間は放課後、二人が来ているのは、麻帆良学園都市内でも有名なスポーツショップだった。二人が所属しているバイアスロン部にて使用していたスキーウェアがちょうど二人とも買い替え時だったので、高校生以下なら学割が効くと言う事で話題になっていた店に行ったのだが――
「まぁ、それはさておきだ。葵先輩、代金はこれでいいかい?」
「ん、え~と……。うん、ちょうどだな。これで一応割引された状態で買えたし――そろそろ機嫌直してくれ、龍宮」
結局、二人で色々話し合った結果、葵が一度まとめて購入するという形を取ったのだ。
女性――龍宮真名としては自分が中学生だということをなんとしても納得させたかったらしく、断固抗議すると言い続けていたのを篠崎がなんとか説得してこのような形に落ち着いた。
彼女は、その身長の高さから今の様に高校生やら大学生と勘違いされることが多く、自分の長身に少しばかりコンプレックスを持っていた。
二人分のスキーウェアが入った袋を片手にぶら下げて、葵は何となく空いた方の手で自分の後ろ首を撫でている。
「さて、とりあえず道具もちゃんと揃ったし、来週の部活には支障なしか。……はぁ……」
「おや、乗り気ではないようだね。また逃げる気かい? そうか、また私に追いかけられて欲しいのか……なるほどなるほど、先輩も中々特殊な趣味に目覚め――」
「何の話だ!?」
人が多い街中でとんでもない事を言い出す龍宮に、思わず頭を抱えて叫ぶ葵。当然周囲の注目を集めるのだが、その半分が『またあの二人か』とでもいう風に、すぐに興味を失ってそのまま通り過ぎていく。そして残り半分は、今度は何をやらかすんだろうかという期待に満ちた目で二人を見ているのだ。
その様子がしっかりと目に入っていた葵は、半ば本気で泣きそうになりながら龍宮に大声で抗議し、龍宮はそれをどこ吹く風と受け流す。
それはもういつも通りの光景だった。
「なんでお前は事あるごとに俺にとんでもないイメージを植え付けようとする! 言ってみろ! お兄さん怒らないから!!」
「いやだな先輩。私がいつ貴方にそんな事を?」
「今やっているだろうが現在進行形で!!」
「ははは。そう感じたのなら失礼した。いや、先輩と話しているとついつい遊んでみたく――いや、失礼。遊んでみたくなってしまうんだ。許してくれないかな?」
「言い直した意味はおろか誠意すら見えない!?」
先ほどから周囲の目線がますます増えているのを感じる。耳をすませると、ざわざわとしたささやき声以外にカメラのシャッターを切る音が聞こえてきた。
葵が横目でその方向に目を向けると、腕に『報道部』と書かれた腕章を付けている数人の生徒の姿が目に入った。
「また報道部かちくしょう。どうすんだよこれ。明日の麻帆良新聞にまたある事無い事書かれるだろーがどうしてくれる」
「先輩、一体何を今さら……そんなのいつもの事じゃないか」
「そのいつもから脱却したいって俺は言っているんだ!」
今も離れた所から自前のデジカメに葵達の様子を収めながら、なにやらメモ帳に走り書きをしている報道部の生徒達――そのうち一人は、葵の通っている麻帆良国際大学付属高等学校の制服を着ていた――を横目で睨みつけながら憤りをあらわにする葵。
その生徒達が所属している報道部が発行している学園都市内の新聞、麻帆良新聞。
その内容は多岐に渡り、純粋に麻帆良内で起こった出来事、天気予報からいわゆるゴシップネタまで――そして、ここ最近そのゴシップネタによくよく引き出されているのが葵と龍宮だった。……訂正。
「なんで主に俺の事が書かれてるんだよ……。大体の場合お前だって一緒にいるってのに……」
「嫌なら、報道部に協力している交換条件として取材を止めさせればいいんじゃないか? 確か、週1で書いてる飲食店関係の記事だったかな? 協力しているのは」
「いや、一応謝礼ってことで現金もらっている分際でそれを盾にするのはなんか気が引ける」
「だから――いや、まぁいいんだが…………」
ふむ。と、龍宮は顎に手をやり、何やら考え出す。すぐに考え事は終わったらしく、それまで少し真剣だった顔がいつもの笑みへと戻っている。
なるほど。と呟いてから、彼女は葵の肩にポンっと手を乗せる。
「先輩、つまりは人生が上手くいっていないのだね?」
「余計なお世話だっ!!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
麻帆良学園都市は、少々――いや、かなり癖のある人間が集まりやすい場所である。
例えば身体能力が常人離れしている者、頭脳が飛びぬけて高い者、何か一つの技能に特化した者。
篠崎葵は、少々行動力が高い事を除けばそのどれにも属さない平凡な男である。
それにも関わらず彼はこの麻帆良学園都市では有名人だった。それはなぜか?
彼がそうなったのには様々な理由があるが、大きく分けて二つ。
一つは、彼が龍宮真名の相方であると認識されている事だろう。
元々龍宮真名は、麻帆良大学バイアスロン部に中学生でありながら外部として参加している事で有名な女生徒だった。これだけならば少し話題になるだけで済んだだろうが、加えて彼女はバイアスロン部一の実力を持つ同部活のエースでもあったのだ。
部活動で活躍を見せる美女(本人は、本来よりも年上に取られるこの呼び名が嫌いだそうだが)と言う事で有名だった彼女だが、その彼女に突如、仲のいい男性の相方が登場したことで話題の矛先は彼へと移った。
そして龍宮と共に様々な事件(という名のお祭り騒ぎである事がほとんどだが)に巻き込まれている内に、彼はバイアスロン部のエース龍宮真名の『相方』として強く認識されていった。
「先輩と話すようになってからもう半年近く経つ訳だが、どうだい調子は? 相変わらず戻る気配はないのかな?」
「おう、欠片もないぞ。まぁ、今ここで以前の俺に戻られても困る訳だが……」
篠崎葵。様々な部活を掛け持ちしているが、そのほとんどで目立った成績も存在感もなかった凡人が有名になったもう一つの理由。
それは、ある時期を境に彼は文字通り『変化』した事である。
今年の7月(つまり大体半年前)に、家族で京都に出かけた際に交通事故に遭遇。
当時のニュースでも大きく取り扱われ、葵のクラスメートもその安否を非常に気にした事件である。
彼は奇跡的にも軽症で済んだ。済んだのだが――
同時に、彼は記憶と両親を失っていた。
念のためにと京都の病院に3週間の検査入院をし、その間に記憶(脳)に関わるあらゆる検査を施され回復を試みたのだが効果はなく、かつての篠崎葵の痕跡すら見えない程に『彼』は変貌した。事故の時の記憶はおろか、クラスメートや部活の友人、果てには両親の顔すら彼は覚えていなかった。
性格はそれまでよりも内向的になった。新学期が始まってからはそれまでの友人や知り合いとトラブルを起こす事が増え、さらに親戚からも、引き取りのために様々な干渉を受けていた事もあって葵自身が不安定となっていたのだが、ある日を境に葵は落ち着きを見せ、かつての篠崎葵以上の明るさと行動力を得ることになる。
そのきっかけはやはり『彼女』だった。
「全部思いだした時のために、頑張って周囲からの点数を稼いでおかないと大変じゃないのかい? クラスの中では居づらい立場らしいと聞くが……」
「うっ、まぁその……。その通りです。荒れてた時期の被害が多すぎるみたいで……。一応片っぱしから謝って回ったし、続けているけど……」
「……『気のすむまでこの身体を好きにしてください』と書いたプレートを首から下げて夜中にそれぞれの部屋を廻っていけばどうかな?」
「どうかな? じゃねーよ変態さん確定だろうがそれは!?」
両手をわななかせながら律儀にツッコミを入れる葵の隣で、龍宮真名は素知らぬ顔で言葉を続ける。
「ふむ、先輩も中々に我儘だね。それなら、もう何も気にせずに今まで通りに過ごしているのが一番じゃないかな?」
「……ツッコミを入れたい個所があったがそれは置いておこう。で、なんで今まで通りが一番なんだよ」
「どうせ先輩の事だからまたいつもの様になにか変な事に巻き込まれるんだろう? 結果的に人助けになることだってあるんだし、このまま巻き込まれ続けていけば評判だって上がっていくんじゃないかと思うんだが」
「話がかなり戻るが……その『いつもの事』から脱却したいと俺は言って――あぁ、もういいや」
突然糸が切れたかのように葵はその場に頭を抱えながらうずくまった。
「? おや、どうしたんだい先輩?」
膝を手で押さえるようにして身体を低くし、少し怪訝そうな顔で葵に尋ねる龍宮。
それに葵は、ため息と共に自分の前の何かを指さす事で答える。
うん? と首をかしげながら、釣られて前を見る龍宮。その先には、
「やっほー、篠崎先輩! こんな所で会うなんて奇遇だね。ちょうど私も先輩に用事が――」
「ど・こ・が! 奇遇なのか言ってみろ朝倉ぁっ!」
先ほどの女子生徒と同じく、報道部の腕章を腕に付けている女子生徒――先ほどと違うのは、その着ている制服が龍宮の着ている物と同じという事だ。
龍宮真名のクラスメートにして、麻帆良報道部のエース。麻帆良のパパラッチと呼ばれている少女、朝倉和美だった。
「偶然を装うんなら、その地図が表示されてる変な機械しまってからにしろ! なんか俺のいる所が光ってんじゃねーか! 俺の持ち物に一体何を仕込んだ!?」
「いや私も先輩に頼るのはどうかと思ったんだけど、先輩ならこういうお願い事でボッタクリなんて絶対しないし、なんだかんだでお願い聞いてくれるから大丈夫かなって思ったんだよ。説明は道中でするから早速取材に行こうそうしよう!」
「会話をしてくれお願いだから!!!」
一方的にまくしたてながら、普段からは考えられない力で葵の腕を引っ掴んで引っ張っていこうとする朝倉。それに引きずられまいと踏ん張って対抗している葵の二人を横で静かに笑いながら眺めている龍宮は、一言だけ呟いた。
「ほら、やっぱり巻き込まれるじゃないか」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ほう、葵先輩の書いた記事がそんなに好評だったのか」
「そーなんだよ。で、取りあげた店の売上が上がったもんだから、他のお店から『ぜひウチを取りあげてくれ』って電話やらメールが殺到してて――」
「なぁ、朝倉……」
「――余りのスポンサー依頼の多さに、部長が嬉しい悲鳴を上げててさ。篠崎先輩に無理が出ない程度に、出来るだけ多くの店の記事……ううん、評価と一言コメントだけでもいいからもらってきてくれって」
「いや、朝倉。頼むから人の話を聞いて――」
なんとか会話に入ろうとする葵を龍宮は片手で制する。そしてそのキリッとした横顔は、任せてくれと言っているようで頼もしく感じる。
「しかし、話を聞くに葵先輩の記事はそれだけでお金が動くモノになっているようじゃないか。当然、報酬に色をつけてくれるんだろうね?」
「――いやそーじゃなくて」
だが気のせいだった。
「おぉ。さすがタツミー、篠崎先輩のパートナー! 交渉の方まで受け持ってるんだね? ふっふっふ、そこんとこは大丈夫だよ。部長も依頼料として今までの倍の謝礼を用意しているって」
「倍? お金が動く記事の価値がその程度のハズがないだろう? 大方、スポンサー料ということでかなりの金額に相当するモノが報道部に行っているんじゃないか?」
「なぁ、だからお前ら――」
「むむ。さすがにタツミーはそうそう騙されてくれないか。とはいえ現金で出せるのは倍が限界なんだよね。というわけで何か出すとしたら物品――例えば割引チケットとかなんだけど」
「ふむ……ならば後で実物を見てからの交渉となるか。出来ればその前に決めたかったが仕方ない。まぁ、なにはともあれ――」
ここでようやく、龍宮と朝倉の二人は何か言いたげに口をパクパクさせている葵の方を向く。
「さっさと『ソレ』を食べて感想をまとめてくれないか先輩? あぁ、安心してくれ。私達の分はいらないよ?」
「むしろお前らが食えってんだちくしょう!!」
葵がテーブルをバンッと叩くと同時に、葵の前に置かれていた丼ぶりの中身が――ご飯の上に置かれた大量の『虫の足』が湯気を立てるタレと共に軽く宙を舞った。
「いきなり人を引っ張って飯食った感想聞かせろって言い出すのは……まぁいい。まだ許容範囲だ。だけどいきなりゲテモノ屋に連れてくるんじゃねぇ! こういう料理を否定する気はないが俺の趣味じゃないんだぞ!!」
葵が『まず』引っ張られてきたのは、お化け屋敷と言ってもだれも疑問に思わない様な雰囲気を醸し出すゲテモノ料理店、『瑛弩李庵』だった。
少々手狭とはいえテーブル席はそこそこ揃っており、厨房では長い髪をそのままにしている女性と思われる調理師(髪が前にかかっていて顔が見えなかった)が、『ペキ、ポキポキ……ゴキン!』と、手元こそ見えないが何かを解体しているのだろう、何やら作業を行っている。
「先輩、ジャーナリストが仕事選んじゃだめだってば。まったくこれだからプロ意識のない新人は」
「俺がいつジャーナリストになったっけ!? 報道部に所属した覚えもないんだけど!?」
今にもテーブルをひっくり返しそうな勢いで捲くし立てる葵を、二人はどこ吹く風と受け流し、示し合わせたように同時に湯呑みをすする。
「ふぅ……。まぁ、先輩の気持ちも分からなくない。いきなり連れてこられて仕事をしろと言われて納得できるものじゃないだろう」
だが、と龍宮は僅かに目を光らせて言葉を続ける。
「先輩が思考錯誤して形にしたその記事が、影響を及ぼすまでに力を持ってしまった。それこそが最も重要な事だと私は思うんだ。先輩には少なからず、影響力を持つ記事を生みだした責任がある。つまり、そこから発生した依頼にはどんな形であれ――」
なにやら延々と語りだす龍宮。
葵が、自分が今説得されているのだと気付いたのはそれから一拍遅れてだった。
なんとなく横目で朝倉の方を見ると、素知らぬ顔で湯呑みのお茶をすすり続けている。
そしてやはりなんとなくだが、葵はいきなり自分の説得を始めた龍宮の態度の理由を察した。
「……なぁ龍宮」
「認めたくないものだな、若さゆえの過ちというものを。そんなことを言った昔の偉い人がいたが先輩にはぜひとも、そんな大人修正してやる! と若さとチャレンジ精神を持った反逆を――なんだい先輩?」
葵は気取られぬように、満面の笑顔を浮かべて少し体を前のめりにして、
「朝倉からもらってたモンがポケットから落ちそうになってんぞ」
「おっと危ない。ありがとう先輩」
そう言って笑顔のまま制服のポケットに手を当てた龍宮は――その笑顔を凍りつかせた。
ポケットからは何も出ていない。が、その中に何かあることはこれでハッキリと分かった。分かってしまった。
よくよく見ると、ちょうど今ポケットに突っ込んだ龍宮の手の隙間からチケットの様な物が数枚覗いている。
少なくとも、最初から持っていたという量ではない。
「………………」
「………………」
時が止まったかのように見つめ合う葵と龍宮。
ちなみに朝倉は当事者にも関わらず、のんきにお茶のお代りを注文していた。
「なぁ、龍宮」
「ふ、ふふ……」
葵がもう一度龍宮に問いかけようとすると、龍宮は不敵な笑みを浮かべた。
「ふっふっふっ。この私にカマをかけるとは先輩も成長したね。貴方を慕っている後輩として嬉しい限りだ。どうだろう? 先輩の成長の証としてその丼ぶりを一気に掻きこんでみては――」
「あっさり買収されてんじゃねぇか!」
「いや、違うぞ先輩。これは正式な依頼であってだね――」
「やかましいっ!!」
メモ用としてテーブルに出していたルーズリーフの束をクルクルと素早く丸めて龍宮の頭を勢いよくはたく葵。
すこぉんっと間の抜けた音が響くが当然痛みなどある訳なく、平然と笑みを浮かべたまま顔を上げる龍宮。
「やれやれ、そろそろ覚悟を決めたらどうなんだい先輩? なんだかんだで先輩が食べないと話が進まないじゃないか」
「く…………っ」
「そーだよ、せんぱーい。弥生部長からもここは是非頼むって言われてんだからさー」
「お前ら人ごとだと思って――!」
別に葵もゲテモノが悪いとは言わない。好みは人それぞれだし、不味い訳でもないのだろう。だが――
――だがそれでも虫はきつかった。
「ほら、先輩が早く食べないから向こうから店長さんがじーっとこっち見てるよ?」
朝倉に言われて離れた厨房の方に視線を向けると、調理師の前にかかっている長い髪の隙間から、血涙を流している目が覗いていた。その手元ではどうやら包丁を研いでいる様だ。
確実にその視線は葵の手元の丼ぶりに向かっており、リズムよく聞こえてくる『しゃーこ、しゃーこ』という大きめの出刃包丁を砥ぐ音も合わさって無駄に恐怖感を煽る。
「お、ぁ……えぇ?」
思わず変な声が口から洩れる程動揺する葵に、それでも後輩コンビは容赦しなかった。
「さぁ葵先輩。ここは一気にバリボリと」
「もしくはベリバリボキンって!」
――しゃーこ、しゃーこ、しゃーこ。
「く……うぅ……っ!」
――しゃーこ、しゃーこ、しゃーこ…………すちゃっ
「お、おぉぉぉぉぉっ!!!!!!」
この後葵は、店長が無言のまま持ってきた料理を小皿とはいえ3品も食べることになった。
…………味は意外と美味しかった。
下手物料理店『瑛弩李庵』
評価:見かけはともかく意外と味は悪くない。が、かなりの勇気が試される店である。
少なくとも、その気のない女性を連れていっていい店ではない。
栄養価は豊富で、安く多く食べられる部活生向けのメニューもあるので興味も持っ
た男性は行ってみるといい。ただし、不退転の覚悟とか一歩も引かぬ勇気とかそう
いった類の物を忘れないように。
爬虫類系のメニューは見た目は比較的まともで、味も鶏肉に近く食べやすかったの
で、メニューに迷った時や勇気が出ない時はこちらのメニューを推奨する。
担当:篠崎葵
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「いやはや、なんだかんだでキチンと記事を書いてくれる辺りはさすが先輩だね。うんうん、いつもに比べてちょ~っと捻りやジョークが少なすぎる気がするけど……ま、いっか、最後に私と部長で見直して手直し加えれば……」
今度の店は先ほどの様なゲテモノと違い、普通の料理を出すバイキングの店である。少し違う点があるとすれば、他の店と差別化を図るために、ここは料理からそのサービスにおいて『健康』というテーマの元に統一されている。
とはいえ、やはり麻帆良新聞に取り上げてもらう様に依頼した事から分かるように客足は少なく、店主も『絶対ウケると思ったんですが……』と嘆いていた。
葵も、先ほどの店と違い普通の料理と分かって安心したのか、今は朝倉や龍宮の分も含めて三人分の料理を取りに行っている。
「しかし、未だに信じられないな。葵先輩の記事がそこまで人気だったなんて」
「あぁ、タツミーは麻帆良新聞とってないんだっけ? 面白いよ、先輩の記事。毎週金曜日の新聞に掲載してるんだけど、隠れた名店とか、心機一転生まれ変わって味を向上させた店とか探すのが先輩上手くてね」
「ふむ。ちなみに先週はどこを紹介していたんだい?」
――のわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!
「先週は新しく出来た『ドルチェ』っていうケーキ屋さんだったよ。買ったケーキを店内で食べられるようにイートスペースがあってね。私も裏付けで一応行ったけど、ケーキはもちろん、サービスで出される紅茶がまた美味しくてね~」
「なるほど。先輩のオススメに加えて朝倉の太鼓判もあるならば今度寄ってみるか」
――ひゃおぉぉぉぅうぇあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!
「……それにしても先輩キチンと料理取ってこれるのかなー」
「ふむ、その前に無事に帰って来れるんだろうか?」
テーブルに座ったまま、ガラスで仕切られている向こう側に目をやる龍宮と朝倉。
そこは質素な体育館をそのまま切り取って来たような部屋となっており、龍宮達から見た奥の方にはバイキングの料理を所せましと並べたテーブルが設置されていた。
だが、その手前には――
「てめーらなにをのんきに眺めてやがるそんなことする前に助けてくれたっていいじゃないかお願いしますこんちくしょうっ! あ、こら! 服に噛みつくんじゃない!!」
シカ、ウマ、ヤギといった草食動物からライオンやトラ等の肉食動物。
手に持った料理の皿を奪い取ろうと襲いかかる、多彩な動物を模した『ロボット』の軍勢と格闘を繰り広げている葵の姿があった。
「あ、葵先輩。後ろからライオン型が飛びかかろうとしてるよ?」
「のおぉぉぉぉぉうっ!!?」
レストランを始める以上、カロリー計算をした料理メニューは当然である。だが、それだけでやっていける程、甘いものではないだろう。
店を開く前に、店長はそう考えていた。だが、そこから先が続かない。
ただの健康志向のレストランなど腐るほどある。売れるためには、なにか独自の特色は出せないか。
考え続けるが答えは出ず、いっその事店を開くのを止めてどこかのレストランに面接を受けさせてもらおうかと考え出していた。
そして今年の6月。毎年恒例の麻帆良祭にて、彼は運命と出会った。
暴走する怪獣型ロボット。それから逃げまどう人々。そして逃げる事を諦めて戦う人々。
その光景をみた瞬間、店長の頭に電流が走った。
天啓といっていいかもしれない。
そうだ、健康になるために強制的に運動させるレストランにしよう――と。
ここに第三者がいれば、『いいから頭を冷やせ』と彼を止める事が出来たのかもしれないが、不幸な事にその時そんな人間はいなかった。
彼はその足で麻帆良大学のロボット工学研究会に依頼し、被害を与えない程度に人を襲う事の出来るロボットという無理難題を押し付けた。
幸か不幸かその無理難題に、ロボット工学研究会のエースと呼ばれる眼鏡をかけた少女の魂が燃え上がり――完成してしまった。
「――と、いうのが概要らしいから一応安全なハズだよ。とりあえず皿をひっくり返さないように頼むよ先輩」
「ふっざけろこのボケェェッ!! ちくしょう葉加瀬か!? あのマッドがこんな余計なモン作りやがったのか!? 葉加瀬の奴今度会ったら説教じゃ――あああぁぁぁぁっ!!!??」
「うっわぁ、蛇に飲み込まれちゃったよ。あれってなんて種類だっけ……アナコンダ?」
「さぁ、動物にはそこまで詳しくなくてね。しかし……やれやれ、やっぱり料理は私が取って来た方が早いか」
「そだねー。ってわけでタツミーよろしく~。写真取るから色どりとか考えてね~」
『最初っからそうしろーっ!!!』
どうやら蛇の身体(?)の中でも聞こえていたらしい。機械仕掛けの蛇の中から聞こえてくる葵のくぐもった叫びを、片手をひらひらさせながら無視する龍宮。
そのまま散歩に出るような気軽さで庭へと出て、彼女はアッサリと料理を取ってきた。
ついでに葵も助け出されていたが、疲れ切っていた彼が料理に手を付けるのは、2人の後輩がデザートに手を出し始めてからようやくだった。
健康志向バイキングレストラン『ラン・ラン・ラン』
評価:料理の味は大変素晴らしく、見る余裕さえあれば各料理にキチンとカロリーがどれ
ほどになるかが表示されており、カロリー計算しやすいように出来ている。
それぞれの料理は非常に低カロリーで、色々気になる人でもバイキングを楽しめる
ようになっている。この絶妙なメニューのバランスには店長の唯一まっとうな努力
が垣間見える。
個人的には大変オススメの店だが、この店に行くのはこの記事が発行されてから一
週間ほど待ってからにして欲しい。
その間に執筆者直々にとある人間に説得という名の説教をして、今現在少々特殊な
状態になっているこの店を、普通に楽しめる店へと変えてみるためだ。
食事にスリルを求めるという奇特な人がいるならば、その間に行ってきて、ぜひ楽
しんできて欲しいと思う。詳細はあえてここには書かないが、そういう観点ならば
十分すぎる程に楽しめる事を約束しよう。
なお、店長を勢いとはいえシバき倒してしまった事に対する謝罪をここに記す。
だが店長は猛省するように。
担当:篠崎葵
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「くそ……麻帆良にはまともなレストランはないのか。なんでこんなとんでも店が……」
「いや、部長がインパクトのある店舗特集にしようって言っててさ。ほら、写真もインパクトのあるやつを選んでるんだよ?」
「何が哀しくて蛇に丸呑みされてる写真を公開されなきゃならないんだ!?」
バイキングレストランを出た葵達は、最後の店へと足を運んでいた。
よっぽど疲れたのか、葵は龍宮に荷物を持ってもらい手ぶらで歩いている。
「今度こそまともな店なんだろうな!?」
「いや、ほら、インパクトのある店を中心にって――」
「まともな店なんだろうな!?」
「……あー、うん。わかった。一応まともな店を選ぶからちょっと顔近づけないで篠崎先輩。さすがに涙流されながらだと私も怖いわ」
ダラダラと涙を流しながら朝倉ににじり寄る葵。
さすがの朝倉も身の危険を感じたのか、愛想笑い――もとい、引きつった笑顔を浮かべながら後ずさり、ポケットから抜き出した手帳をパラパラとめくっていく。
そのやり取りを眺めながら、龍宮は感慨深いといった口調で、
「しかしなんというか……やはり麻帆良は広いな。こんなにもいろんなレストランがあるとは知らなかったよ」
「ぶっ飛び過ぎててレストランとは認めたくないけどな……」
その間も、朝倉必死に手帳のページに目を走らせてあーでもないこーでもないと頭を悩ませている。
「普段の葵先輩はどういう風に店を選んでいるんだい?」
「どういう風にっていうか……大体は一週間の間に報道部から取材費が渡されてな。それで今まで行った事のない店を適当に探しまわって、印象に残った所を記事に書いてる感じか」
「なるほど。となると、こういう風に依頼を受けて特定の店に――というのは経験がなかったのか」
「だなぁ。一回だけ、麻帆良の学食のおすすめメニュートップ10の作成を手伝ってくれって頼まれた時があったけど、あれは今の記事とは少し違うしなぁ……」
篠崎葵の名が知られているのは、こういった活動において精力的に働く事も一つの要因となっていた。
本人は全力で否定するだろうが、お祭り騒ぎが大好きという一点において、篠崎葵は間違いなく麻帆良の住人らしい人間だった。
「ん、よし! ここなら大丈夫でしょ!」
葵と龍宮がとりとめのない会話を続けていると、朝倉は手帳のページの一か所をペン先で指しながら大声でそう告げた。
「今度はどこだよ……」
なんとなく嫌な予感がしながら、葵は朝倉に近寄って手元の手帳を覗き見る。
朝倉がペン先で指している所には大きく『ペットカフェ:@nimal(本日オープン)』と書かれていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「天国はここにあったのか」
ふかふかのソファーに腰掛けて、その膝に丸くなった三毛猫を乗せながらコーヒーをすする葵は、間違いなく今日一日で一番幸せな時間を過ごしていた。
「葵先輩、顔がゆるみまくって気持ち悪い事になっているよ?」
「はっはっは! なんとでも言うがいいさ龍宮。今の俺はちょっとやそっとのことじゃ揺るがんぞぉっ!」
実際、今なら何を言われても軽く流せる気がする。
学校が終わってから散々な目にあった葵だが、最後の最後で至福の時間を過ごしていた。
「どーよ先輩。ちょうど今日オープンしたばっかりの店だから一応候補に入れておいた私にお褒めの言葉があってもいいんじゃない?」
「おぉっ。うん、でかした朝倉。今日の事は全部チャラにしてやっていいぞ」
「…………ちっ、カードを切るのが早すぎたか」
朝倉が何か呟いたがまったく気にならない。
少々広い部屋には、カーペットが敷かれており、そこらかしこに猫や犬、変わり種だとウサギなどもいる。
ここは純粋に動物と戯れる部屋であり、レストランではないがコーヒーやお茶、そしてここの店主が自ら焼いたクッキーが注文できるようになっている。このクッキー、動物に食べさせても大丈夫なように作ってあるというのも葵は気に入っていた。
部屋にインターフォンが付いており、それで注文すれば持ってきてくれるというものだ。
龍宮は葵の隣に腰掛けて、近くに寄って来た犬(犬種はパピヨンだ)を抱き上げてモフモフしている。
朝倉は朝倉で、床に座って猫じゃらしの様なおもちゃで猫と遊んでいる。葵ほどではないがかなり楽しんでいるようだ。
「葵先輩、そのクッキー一枚もらってもいいかい?」
「おぉ、いいぞ。ついでにその犬の分も取っとけ」
「ありがとう先輩。しかしここはいい所だね。ゆっくりこういう時間を過ごせる所というのは素晴らしい」
「いやまったくだ」
葵は心の底から龍宮の言葉に同意した。
「しっかし今日飯どうするかね……。もう十分食ったとはいえ、ちょっと早かったし」
「ふむ。遅めに軽食でも取るかい? もし先輩が暇だったらだが、よかったら女子寮の談話室でゆっくりしていくといい。手軽なものだったら私が作るが……」
「お、いいのか?」
「今日はけっこう暇だからね。代わりと言ってはなんだが、その時に宿題を見てくれるかい?」
「ん。了解した」
悪くないと、龍宮と話しながら葵は思った。
とんでもない物を食わされたり、とんでもないモノに襲われたりと散々な放課後だったが、最後の最後で悪くない結果になった。
この後は、女子寮の談話室で龍宮の宿題を見てから、少しのんびりすることにしよう。明日は休みだし、部活も午後からだ。
ひょっとしたらいつも厄介事を持ってくる奴らが何か絡んでくるかもしれないが、その時はその時で対応すればいい。
なにはともあれ今は猫だ。猫を愛でるんだ。
この暖かくてフワッフワでモッフモフで……ちょっと背筋を撫でてやると気持ちよさそうに欠伸をしてニャーと鳴き声を上げるこの猫をだ。
と、馬鹿そのものの思考を走らせている葵だったが、今の彼にとってはもっとも大事な事だった。
葵が何度か猫の背筋を手で撫でると、猫の方も気持ち良いのか鳴き声を上げる。
――にゃー……にゃー……
「あぁ、可愛いなぁコノヤロウ。この鳴き声に勝る癒しなんてそうそう――」
――きしゃあぁぁぁぁぁぁ……
「あるもん……じゃ……な……い?」
ピタリ。と、葵の猫を撫でる手が止まった。
龍宮と朝倉も、それぞれの動物と戯れる手を止めて顔を見合わせている。
「…………」
「…………」
「…………ね、ねぇ篠崎先輩?」
恐る恐ると言った様子で口を開く朝倉。
「今のって……あ、あれかな! ソファーのきしむ音とかきっとそんなん――」
――きしゃぁぁぁぁぁっ!
再び鳴り響いた奇怪な声が、現実から逃げようとしていた朝倉にそれを許可しなかった。
葵は恐る恐る、自分が手を乗せている猫を抱き上げて目の高さにまで持っていく。
それはとても可愛らしい猫だ。大変毛並みのいい三毛猫であり、にっこり笑っているような笑顔がとてもチャーミングだ。そう、それこそ映画に出てくるエイリアンのように口が上下左右4方向に開かれていても気にならない程の――
「わぁびっくりー最近の猫って餌を食べやすいように進化したんだなーあっはっはっはよーしクッキーもう一枚あげちゃうぞー」
「葵先輩、現実から逃げない方がいい。その猫のような形容しがたいナニカが、今にもクッキーではなく貴方の指に噛みつきそうなんだが……」
葵にそう注意を促す龍宮は、その手で先ほどまで抱きかかえていた犬を持ちかえて、拘束するように押さえつけている。ついでに周囲の動物が何らかのアクションを起こした瞬間に対処できるように、片手にモデルガンを抜いて周囲を牽制していた。
押さえつけられている犬は、やはり『きしゃあああ!』と鳴きながらその拘束から逃れようとバタバタしている。
これがただの犬ならば可哀そう、あるいは可愛いという感想が出てくるのだが、4つに分かれる口の隙間から、なにやら薄緑のよだれを垂らしながらもがいている姿は恐怖しか引き起こさなかった。
朝倉は、猫用のおもちゃを囮にしてじりじりと遊んでいた猫から後退している。ちなみに囮になったおもちゃは一部がすでにズタズタになっていた。
葵は、最後の楽園と信じていた理想郷が、その実最大級の混沌の巣窟と化していたという認めたくない現実から逃げるように、注文用の受話器を手に取った。
ツー。という音がしばらく鳴り響いてからガチャッと向こうで受話器を取る音がした。
受話器の先の人物が何かを言う前に、葵がためらいがちに口を開く。
「あの、すみません。聞きたい事があるんですが……」
『はい、なんでしょう?』
受話器の向こうにいたのは、この店に入る時に出迎えてくれた女性と同じ声だった。あるいは店長だろうか。
静まり返った部屋に、本来なら聞き取りづらいスピーカー越しの声が響き渡る。
「ここに放されている動物ですが……いったいどこで入手されたのでしょうか?」
『はい? あぁ、動物達ですか。えぇ、これだけの数を揃えるのは大変でして……オープン前日になっても一部が揃っていなかったため、色々なペットショップを周っていた所、麻帆良大学の生物工学研究会という方達に声をかけられまして』
「ほぉぉう?」
聞いたことはあまりない研究会だが、もうその名前だけで胡散臭さがプンプン匂う。
意識してのものではないだろうが、受話器を握る手に力が入る。『みしぃっ』と音を立てる受話器に少し驚いた葵は、力を緩めながら先を促す。
『なにかの観察実験に使っていたらしいのですが、このままだと処分しなくてはならないらしくて……。私の方がお客様を相手にするペットを探しているといったら、喜んで用意してくださったんです。保健所の方には自分達で手続きを取り付けるから是非もらってやってくれと』
「……そうでしたか……。いえ実は、この動物達ですが少々……その、体調が悪いようでして……」
悪いのは体調ではなく、遺伝子的な何かである。
『まぁ、そうだったのですか!? 保健所の方達は一匹一匹みてから許可を出してくれたので、てっきり大丈夫だと思っていたのですが……』
「…………。その保健所の方達ってどのような格好でした?」
『どのようなと言われても……皆さん白衣を着たお医者さんの様な方達でした』
葵は保健所の人間がどのような服を着ているかなど知らないが、そいつらは絶対に違うと妙な確信があった。
犬を押さえつけたまま銃で牽制している龍宮に守られながらジリジリ移動していた朝倉が、部屋の四隅やソファーの裏などを探った所――盗聴器と隠しカメラと思わしきモノがいくつか発見されていた。
恐らく、自称保健所の連中――大体正体は予想が付くが――が仕掛けていった物なのだろう。何のためかは分からないが、普通のペットと称して野放しにした所を観察したかったのだろう。
「そうでしたか。お忙しい中ご丁寧にありがとうございました。よろしければこの動物達を確保――じゃない、保護して専門のバカ共……医療機関に連れて行きたいのですがどうでしょう? はい……いえ、そんな。ただ動物が好きなだけです。えぇ、『本物』の動物が……はい、任せてください。こちらにはプロがいますので。はい、それでは……」
やや強引に動物達の回収を引き受けてから受話器を元に戻す葵。
首根っこを掴んで捕まえている猫のようなナニカは、ジタバタしながら鳴き声を上げている。
部屋の隅には、この部屋にいた様々な犬や猫達が一か所に集まっており、その口を大きく開けて『キシャアアアアア』と葵達を威嚇している。その内の何匹かは、どうやってかは分からないが胴体から翼らしきものがメキメキという音と共に生え出している。
もはや、葵達が手加減する理由はどこを探しても見当たらなかった。
「龍宮、仕事を二つ程依頼してもいいか? 今度収入が入った時に、好きなだけ奢ってやる」
「依頼一つにつき餡蜜一杯でいいよ先輩。多分、私と貴方の気持ちは今同じだろうから」
「そうか、じゃあ最初の依頼だ」
葵は静かに息を吸い込み、そしてゆっくり吐きだす。
何やら頭を抱えて扉にもたれかかっている朝倉を尻目に、葵はキッと視線を鋭くし、それに負けない位鋭い声を張り上げた。
「コイツラを全て捕獲しろ! 一匹たりとも逃がすな!!」
「――了解っ!」
ペットカフェ『@nimal』
評価:個人的に花丸を上げたい程素晴らしい店。
店内に入り、時間の設定をしてから部屋に入るとそこには可愛らしい犬や猫が出迎
え、訪れた客の心を癒してくれるだろう。
このコーナーで紹介するには少々毛色の違う店ではあるが、店で注文できるコーヒ
ーは、店主が自らキチンとした手順で淹れてある物で、その味も絶品である。また、
注文できるフード類のほとんどは動物が食べても大丈夫なように作られてあり、ペ
ットと共に至福の時間を過ごす事が出来る。
少々割高なのが玉に傷だが、金額分の価値はあるので行ってみるといい。
※ 本来ならばすでにオープンしている予定でしたが、少々トラブルが発生してオー
プンを少し先延ばしにする事になっています。
遅くとも1月29日にオープンするらしいので、ぜひその時は友達を誘って行って
みましょう。
担当:篠崎葵
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
≪速報≫ 『麻帆良大学第7研究室、襲撃される』 担当:清水 弥生
1月22日午後8時30分頃、麻帆良大学生物工学研究会の研究部室として使用されている同大学の第7研究室が何者かによって襲撃された模様。
その時間帯に該当区域の警備をしていた広域指導員が、大量の爆竹が連続して爆発したような音を聞き、慌てて現場に駆け付けた所、生物工学研究会に所属していた生徒の見るも無残な姿を発見。急遽応援を要請し、付近の捜索に当たるが容疑者らしい人物は見当たらなかった。
たまたま現場にいた当報道部員、朝倉和美が被害者にインタビューを試みたようだが、被害にあった生物工学研究会の会員は全員錯乱しており。「鬼だ……二人の鬼にやられた!」「誰だ! これで今年のハロウィン大会で一人勝ちだとかいった馬鹿は!」「五百円玉が……五百円玉が!!」「くそ、隠し予算が損害補填で空っぽだと!?」などと意味不明な供述を繰り返しており、詳細は分からずじまいである。
また、襲撃された時間に近くで目撃されている学生T・MさんとS・Aさんに質問した所、「よくは分からないがむしろ軽い被害で済んでいると私は思うね」「同じく。よくは分からんが外道どもに天誅が下ったのだろう」と、それぞれコメントを頂きました。
麻帆良学園広域指導員によると、彼ら生物工学研究会は過去に――
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「あ~、ちくしょう疲れた~」
時刻はあと少しで10時になるだろうと言う所だ。
龍宮に二つ目の依頼を頼み、共に一仕事終えた葵は女子中等部一階の談話室のテーブルにぐで~っとうつ伏せになっていた。
管理人に使用報告さえ出しておけば一応男子も入れる談話室は、パーティーなどといったイベントは当然、勉強会や部活関係の共同作業にも使われている。
今にも溶けだしそうな雰囲気をかもし出している葵の横の席では、朝倉がノートパソコンのキーボードを叩き、葵が書いた記事を公正していた。
「いやはや……とっさに事件の臭いをかぎつけた報道部員とその護衛AとBって真似してよかったよかった。おかげでどうにか高畑先生の追求を振り切れたねー」
「そいつはどーだか。ありゃバレてた上で理由なんとなく察して見逃してもらったって感じがするぞ?」
「まぁ、何はともあれどうにかなったんだ、それでいいじゃないか。あのペットカフェも訓練済みの動物の補充目途はついたのだし、先輩の記事も一応は終わった。ほら、後は私の宿題の面倒を見るだけだよ? もうすぐ出来上がるからその後で頼む」
「へいへーい」
一方で龍宮は、談話室に備え付けのキッチンで軽食を三人分作っていた。
私服のジーンズ姿の上からエプロンを羽織り、肉や野菜などを切ってはボウルに入れて、今は清潔なフキンで包んだ何かの上にまな板を乗せている。
「しかしあれだな。今日龍宮も言っていたけど麻帆良はやっぱ広いわ。トンデモっていう意味にも当てはまるけど、よくもまぁここまで濃い人間が集まるもんだ」
「なに他人事みたいに言ってんのさ篠崎先輩。先輩はその濃い人間の上位クラスぶっちぎりで入ってるからね?」
「………………」
「……ごめん先輩。今のは私が悪かった」
半泣きにも見えるジト目で睨む葵に、さすがに言いすぎたかと思い即座に謝る朝倉。
「まぁいい。で、記事の方はどうなってる?」
「ん、今回の記事は月曜の一面特集に組み込む予定だから、記事そのものよりも写真の選択に苦労しててねー」
「……今日行った店のラインナップで使える写真あんのか?」
「言わないで先輩。私もちょっと頭痛いんだ」
「……もういっその事写真のほとんどにモザイクかけたらいいんじゃないか? 想像力を湧き立たせる的な感じで」
「いやいや、それだといかがわしい感じになっちゃうでしょ。湧き立つのが想像力じゃなくて妄想力になっちゃうから」
二人でその後も記事についてあーでもないこーでもないと話し合っていると、キッチンからオーブンのタイマーが立てるチンッという軽い音がした。どうやら龍宮の料理が完成したようだ。
少しの間食器が触れ合う音がして、それが止むと大きめの皿を器用に片手で支え、もう片手に、これまた器用にグラスを三つ指と指の間に挟んで持ってくる龍宮がキッチンから姿を現す。
「おまたせ二人とも」
「お、サンドイッチか」
「少しオーブンで熱してるから食べやすいと思うよ。まぁ、適当に摘むにはいいだろう?」
葵達がダベっていたテーブルにそれぞれを置くと、今度は冷蔵庫に冷やしておいたジュースのペットボトルを取ってくる。
龍宮はそれをそれぞれのグラスに注いでから、自分も席につく。その手には既にグラスを掲げており、
「さて、せっかくこうして料理を前に三人揃っているんだ。乾杯なんてどうだろう?」
「乾杯って何にだよ?」
「麻帆良新聞の売上増加とか?」
「それで得してんのは俺とお前だけだろーが」
「なら、何かいいのある?」
「……そうだね、なら」
龍宮はグラスを手に持ったまま少し考えて、
「いつも通りの騒がしい一日に……というのはどうだろう?」
龍宮の言葉に葵は頷いて、
「まぁ、妥当なところか?」
「んじゃま、そーゆーことで」
「ああ」
『乾杯!』
三人は同時にグラスを軽くぶつけあい、今日一日を振り返りながらその味を楽しみだした。
今日も麻帆良学園都市は騒がしくも平和である。