とある記憶喪失者の活動記録   作:rikka

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あまりに煮詰まっているために、とりあえず完成している分で切りのいいところを投稿します。

気長に待っていてくれた読者の皆様には心の底から感謝しますm(__)m

特に今回の作品は迷いながらの投稿なので、誤字・修正箇所の報告、感想、批評心からお待ちしております!


Phase.2 とある記憶喪失者の逃走劇-前篇(仮)

(ここは戦場だ。――どうしてそうなってるのかは知らんけど……)

 

 葵は何度目になるか分からないその言葉を内心で再度繰り返しながら、足音を出来るだけ殺して路地裏を進んでいく。

 同時に耳を澄ませて、進む先に人の気配がないかどうかの警戒も怠らない。もし怠れば、それは教訓として自身の身で学ぶことになるだろう。

 なにせ十分ほど前に、少し物音を立てただけでラグビー部の屈強なお兄さん達を筆頭に不特定多数の人間達が血走った目で自分に突撃をしてきたばかりなのだ。

 見つかった瞬間に、自分がどういう目にあうのか嫌でも想像できてしまう。やはり原因は不明だが。

 

(ちくしょう、なんでこんな事になってんだ!?)

 

 思わず口に出して愚痴りそうになるが、どうにかそれを抑え込む。

 ここで声をほんの僅かでも出そうものならば、奴らは必ず察知して自分を捕まえに来るだろう。

 捕まってしまったら一体どうなるのだろうか? ――まぁ、その前にほぼ確実にボロボロになっている事は確定だが――そもそもなぜ追われているのかも葵には分からない。

 そのまま進んでいると、目の前に壁が見えてきた。行き止まりかと顔をしかめるが、もう少し足を進めると、それが単なるT字路だっただけだと言う事に気が付く。

 

(さて……行き止まりじゃなかったのはいいとして……どっちに進むか……)

 

 色々考えた結果、商店街の方向と同じである左側を選択する。敵に見つかる可能性は高いが、どこにつながっているか分からない上に行き止まりの可能性もある右側は選べなかった。

 

(――ん?)

 

 葵が違和感に気が付いたのは、足を左側に進めようとした時だった。

 目の前の壁の下の方が一瞬、はためいたかのように見えたのだ。

 これまで様々なトラブルに巻き込まれたために身についた――身についてしまった――一種の経験則と直感に従い、壁から距離を取る。

 一見何の変哲もない壁である。何度しっかりと観察しても特に異常は見つからない。

 

(いや、でもこの壁って……)

 

 一つだけ葵が気になっているのは壁の色。なんの変哲もない少しくすんだコンクリートの壁。

 だが、良く見ると途中から微妙に壁についた傷などが合わなくなっている箇所がある。その個所に対して、葵の第六感の警鐘が鳴り響いている。

 

「ふっふっふっふっふ」

 

 そしてその警鐘は正しかった。

 壁の向こうから――いや、壁の中から笑い声が聞こえてきたのだ。

 

「いやはや、真名がよくよく話題に挙げる葵という殿方とは一体どのような方かと思っていたが……。中々勘の鋭い御仁でござるなぁ」

 

 語尾に『ござる』をつける奇妙な女の声が壁の中から聞こえてくる。

 もうこの時点で色々ツッコミたい。ツッコミたいのだが、それをしたら負けだ。理由は分からないがなんか負けた気がする。

 頭を抱えて絶叫するか、黙ってそこらへんにある石を全力で壁に向かって投げつけるかを悩んだ一瞬のうちに、壁が今度こそ風になびき、そして『はがれて』飛んで行った。

 

「……おい、そこの忍者」

「? 拙者、忍者ではないでござるよ?」

「自分の格好と言動を見直してからその言葉を言ってみろってんだちくしょう!!」

 

 忍び装束っぽい服装を着た上で、なにやらにんにんと言いながらも、あくまで自分は忍者ではないと断言する馬鹿が一人いた。

 

「どーして俺が追われなくちゃならん! どーして街中が俺を探しまわっている!? どーして俺の周りには人を腹立たせる馬鹿しか寄ってこない!? どれでもいいから俺の疑問に答えてくれ! 頼むから俺を納得させてくれぇっっっ!!!」

「………………追いつめられているでござるなぁ。精神的に」

 

 のほほんとした声に更にイラっとくる葵だが、思いっきり不満を吐きだしたためか意外と簡単に抑える事が出来た。

 

――辺りに、キィィンという、拡声器のスイッチを入れたような音とその後に続く聞き覚えのある声を聞くまでは。

 

 

『さぁーて、ターゲットである篠崎葵は一体どこに消えてしまったのでしょうか!? そしてターゲットを確保して豪華景品を手に入れるのは誰なのか!? 放送部及び報道部主催! 第三回! 噂のあの人を捕まえろレェェェェェスっ!!!』

 

 もはや最近では、葵や龍宮とセットで扱われる事の多い知り合いの後輩の声が、ドンドンパフパフという使い古された効果音と共に鳴り響く。

 

「……………あ・さ・く・らぁぁぁぁぁぁ」

 

 吐きだす様に、声の主の名前を口にする葵。

 その声には恨みや怒りといったよりも、あきらめの感が強いのは、まぁ仕方のない事だろう。

 

『三回目となるこのイベント、今回のターゲットは麻帆良新聞でもおなじみの歩くトラブル製造機! 篠崎葵だぁっ! 午後6時30分までに彼を捕まえて会場本部まで連行できた人には豪華景品と麻帆良商店街商品券を――』

 

(人を利用してくれやがって……いや、まぁ、いつものことっちゃいつもの事だが……)

 

 せめて本人に了承を取れと毒づくが、言った所でどうにもならない事は分かりきっている。――それこそ、嫌というほどにだ。

 半ば本気で自分の人生について考え直していた葵に、目の前の黄色い忍者装束(?)を着こんだ女が、

 

「まぁ、そういうわけでござるよ。ちょうど興味のある御仁だったので拙者も参加しようと――」

「なるほどなるほど。そしてその結果、今現在俺の精神力はガリガリと削られていっているわけだが?」

「………………目が死んでいるでござるなぁ――」

「誰のせいだと思ってやがる! だぁぁっ、もうなんでもいい!」

 

 気を持ち直した――諦めの境地に至ったとも言えるが――葵は、逃げるために辺りを見回す。

 逃げる道はどこにもない。今まで歩いてきた道を引き返した所で、先ほどまで自分を追い掛けて来ていた連中にまた見つかるだけだろう。一応対処してすぐには追って来れないようにしているが、それも長くは持たない。

知り合いに連絡を入れようにも、今ここで携帯の電源を入れればあの朝倉だ。どこぞの工学部やそこらの連中に頼んで携帯のGPSを調べて追跡する位は容易くやりかねない。 というか、それを本当にやられていたっぽかったから一度だけ使用した後に電源を切ったのだ。ここでもう一度入れれば、まず間違いなくまた補足されるだろう。同じ理由で救助要請も不可。となれば、結局道は一つ。

 

 

――前しかなかった。

 

 

「そこを通してもらうぞ、エセ忍者!!」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「葵殿……その、なんというか……。弱いでござるなぁ……」

「やかましいわこの逸般人が!! おいどけ重――いたたたたたたたっ! 分かった! 今のは俺が悪かったから脇腹つねるなぁっ!!」

 

 勝負は一瞬でついた。

 葵が、エセ忍者の脇をすり抜けようと、腕で彼女の身体を払いのけながら駆け抜けようとしたその瞬間に、だ。

 駆け抜けて、一気に加速したはずの葵の身体は、気が付いたその時には米俵のごとく縄でグルグル巻きにされて、エセ忍者に上に座りこまれていた。

 

「くっそ――なんで俺の周りにいる奴ってのはこう……くっそっ!」

「真名が面白い御仁だとよく言っていたので、てっきりものすごく強いお方かと思ったのでござるが……」

「俺をアイツと一緒にするな!! 運動神経も体力も一般人だコノヤロー!!」

 

 エセ忍者の下で簀巻きにされたままじたばたと足掻き続ける葵。

 その姿は、水溜りの中でもがくイモムシそっくりだった。

 

「どっちくしょう! 俺を見るっつーお前の目的はもう達成してるんだろーが、解放しろっ!」

「いやいや、せっかくなのでこのまま連行させてもらおうかと。一応豪華景品とやらはもらえるわけで――」

「ふざけんな! 断固抗議する!」

「そういう事は拙者に勝ってみせてから初めて言えることでござるよ。ほら、じっとしてるでござるよ」

「てめ、この、おい離せ!!?」

 

 ひょいっと葵の上から飛びのいたエセ忍者は、そのまま俵を担ぐように葵を持ち上げる。

 一応葵はそれなりに体重があるはずなのだが、彼女はまるで重さを感じさせずに担いだまま歩いていく。

 

「なぁ、おい、ちょっと待てってエセ忍者このやろー」

「拙者、忍者ではないでござるよ」

「…………OK、分かった。いや、分からんが分かった事にしよう。んじゃ、どう呼べばいい?」

「おぉ、そう言えばまだ名乗っていなかったでござるな」

 

 葵を担いだまま、かなり身長の高い葵とほとんど変わらない背高をもつ少女は、その細い目を薄らと開けてちょうど胸の辺りで上下に揺れている葵の顔を見下ろす。

 

「拙者の名は長瀬楓。麻帆良女子中等部、2-Aに所属する一生徒でござるよ」

「…………あぁ、そういや龍宮の名前がちらっと出てたな――」

 

 ここ最近、葵は2-Aのメンツとのつながりが(トラブルと共に)増えていた。

 龍宮、朝倉に加えて、――とある依頼で知り合った図書館島探検部の連中だったり、ロボット工学研究会の暴走阻止をちょくちょく依頼してくる葉加瀬。以前の自分が入っていた部活つながりでは2-Aの委員長、色々と自分を気にかけてくれる担任の高畑etcetc….

最近では――

 

『ちょっと待ったぁぁぁぁっ!!』

 

 ちょうど葵が一人の少女の姿を思い浮かべた時に、一人の少女の声が長瀬の足を止めた。

 

「楓ちゃん! 悪いけどその人を渡すわけにはいかないわ!!」

「明日菜か!?」

 

 長瀬が足を進めた先の道を塞いでいたのは、ちょうど葵が思い浮かべた少女――神楽坂明日菜だった。

 彼女は、その特徴的なオレンジ色のツインテールをなびかせて、無駄に威圧感のあるオーラを纏わせてそこに立っていた。

 もしや、前回彼女の惚れている相手――高畑先生との間に買い物のセッティングをしてやった恩返しに助けにきてくれたのだろうか。

 とっさに我に返った葵は、彼女に助けを求めようと口を開き――

 

「うふ。うふふ。うふふふふ。やっと――やっとみぃつけたぁ……」

「おい長瀬、逃げるぞ。このパターンは碌な目にならんパターンだ――主に俺が!」

 

 即座に考え直した。

 悲壮感漂う笑顔というものがいかに恐ろしいか、まさに今、葵は思い知っていた。

 

「あ、あのぅ……明日菜……殿?」

 

 助けかと思った葵の希望は、一瞬で消え去っていた。

 同じような状況の人間が10人いたとして10人が『アレ』を助けだとは思わないだろう。当然葵も思わない。

ならば何を思うかといえば――怖い。逃げたい。それはもう全力でだ。

 恐らくエセ忍者も同じ気持ちなのだろう。葵の気のせいかもしれないが、彼女が半歩ほど後ずさったように感じた。

 

「ねぇ、楓ちゃん。楓ちゃんは豪華景品って何を渡されるか知ってる?」

 

 やや怖気づきながらも口を開いた長瀬だが、明日菜の病的ともいえる一睨みの前には無力だった。

 笑みを浮かべながら近づく明日菜。冷や汗を流しながら後ずさる長瀬。おぼれたイモムシのごとく暴れる葵という訳の分からない三角関係となっている。

 

「い、いや。拙者は何も聞いていないし知らないでござるが……」

「私もよ……っ!!」

「威張って言う事か明日菜コノヤロー!!?」

 

 思わず罵声を上げる葵。だが当の本人は気にした様子もなく、腕を組んで微笑んでいる。

 

「でもね? 主催をしている朝倉にこう言われたのよ。篠崎先輩を引っ張ってくれば……そう、どんな手段を使っても良いから実況本部まで引っ張っていけば、景品の代わりに報道部の総力を挙げて私を手伝ってくれるって!!」

「それどう考えても利用されているだけでござるよ?」

「おま――正気か!? しゃぶられるぞ、骨の髄まで!!」

 

 地味に酷い事を言う葵と長瀬。

 少なくとも朝倉は、仮に報道のタネにするにしろ本人に了承を取ってからするだろう。――ただ、彼女の口車に乗せられ、気が付いたら本人が了承してしまっていたというのは、ありそうな話だが……。

 

「分かって楓ちゃん! ついでに篠崎先輩! これはチャンスなのよ!?」

「……耳に入っていないでござるなぁ」

「…………あんのバカレッドめ。だからしょーもない占いに騙されんだよ……」

「あ、ちなみに拙者はバカブルーということになっているでござるよ?」

「知るかっ!!」

 

 先ほどまで葵を追いつめていたはずの長瀬は、今度は葵と共に明日菜に追い詰められていた。

 本来ならば長瀬と明日菜の間には比べようのない身体能力差があるはずなのだが、恋する乙女補正とでも言うのか、得体のしれない圧力に長瀬は及び腰になっていた。

 

「明日菜っ! そんなんいくらでも協力してやるからヘルプ! ヘールプっ! 何度も買い物のセッティング用意してあげた実績のある、この頼りになる篠崎先輩に救いの手を――」

「ごめんなさい先輩! 私の幸せのための礎になってください!! 貴方の事は忘れません!!」

「――すでに過去の人扱いになってる!?」

 

 一縷の望みに賭けた葵の必死の説得も、恋する乙女には届かない。

 ある意味でこの少女も追いつめられているのだろう――恋の方面で。

 

「おいエセ忍者! 戦略的撤退と言う言葉を知ってるな!?」

「だから、拙者は忍者ではないと――」

「いいからさっさと逃げろっつってんだよぉっ!!」

 

 結局、葵に出来る事は米俵のごとく担がれたまま逃走を促すことだけだった。

 

「やっと追いつめたのに逃がすと思ってんの!?」

「ちょ、明日菜、やめ、物を投げるな! 特にシャーペンみたいな先の尖ったのは危な――」

 

――とすっ

 

「おぉ、綺麗にさっくりと刺さったでござるなぁ……」

「感心してる暇があったらさっさと走ってくれ! あと出来ればこれ抜いて……あ、ちょ、視界に血が――」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 恐らくは一時間半程は逃げ回っただろうか。どうやら明日菜の友人が助けていたらしく逃げる先々に罠が仕掛けられていた。加えて、どこかに仕掛けられていた監視カメラか何かでこちらの状況を把握していたのだろう朝倉の実況によるサポートが、ことごとく長瀬と葵の逃走を邪魔してくれた。

 行く先行く先が全て明日菜に先回りをされており、エセ忍者こと長瀬が驚くほどの身体能力と運動神経を見せつけ、幾度となく葵という『ボール』が奪取されそうになったのだ。

 捕まえようと暴れ回る明日菜。それを避け続ける長瀬。そして――

 

「葵殿、大丈夫でござるか? 酸っぱい臭いが辺りに充満しているでござるが」

「大丈夫なわけあるか。人抱えたままぴょんぴょん飛び跳ねやがってこのや――あ、だめ、腹の奥底からまた何かが込め上げてきておろろろろろ」

「…………もう少し時間が必要そうでござるなぁ……」

 

 長瀬の肩に担がれたまま振り回されたために、乗り物酔いを起こした葵の姿があった。

 

 路地裏の一角であるためにまだ葵のメンツは保たれているが、これが人目の多い所だったら、明日からどこかに『ゲロ』がついたあだ名で呼ばれる事になっていたのは間違いない。

 

「明日菜に悪いことしたな、ちくしょう。……ちょっとかかったんじゃないか?」

「まぁ、どういう状況かはっきり見えていなかったのはある意味運がよかったと思うでござるよ? ……明日の葵殿の命の保証はしないでござるが……」 

「……明日菜とデスメガネで二人きりの買い物――いや、本格的なデートくらいセッティングしないと明日あたりが俺の命日になる訳か畜生。当分の間、龍宮に護衛頼むか……」

「おや、そういう事を頼むような事が今までにもあったのでござるか?」

「……厄介事だけは多くてな……。お、サンキュー」

 

 長瀬から手渡された水の入ったペットボトルのフタを開けて、手の中にその中身を少し落としてそのまま口を洗い、もう一度落として今度は口を濯ぐ。

 ようやくスッキリした葵は、息を整えてから長瀬の方を向く。

 このままでは自分はもう一度この女に捕まっておそらく朝倉がいる本部とやらに連行されるだろう。それを防ぐには――

 

「なぁ、長瀬だったか? 単刀直入に言おう。俺の側に着かないか?」

「……ほう、なるほど、そうきたでござるか」

 葵は内心ビクビクしながら、それを一切表に出さず、自身に満ちた笑顔で長瀬にそう告げた。

 戦う事はおろか、逃げる事も不可能な相手を目の前にした時、取れる手段はそう多くない。――取引くらいしか残されていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「あっちゃあ、アスナっちここで一旦リタイヤかぁ~。長瀬が面白い行動を取ってくれればいいんだけど、一緒に姿をくらましたしなあ……」

 

 麻帆良大学放送室。会場本部ともなっているそこで、放送部でもないのに一番大きい顔をしているのは、もはや麻帆良の中でその顔を知らないものはいないだろう麻帆良のパパラッチ――朝倉和美だった。

 

「むぅ……一番面白くなりそうなタツミーは部活だし、あと面白そうなメンツは誰かいたかなぁ。心当たりはありますか? 解説の綾瀬さん」

「知りません。というか、どうして私が呼ばれたのですか?」

「いやぁ、篠崎先輩知ってる人でそういう役が出来る人がゆえっちしかいなくてさぁ」

「なんですかそれは……。というか龍宮さんはどうしたのですか?」

「いや、それが部活らしくてさぁ……。どうしても抜けられない練習とかで」

「はぁ……。そうですか」

 

 朝倉の隣に座るのは、女子にしては長身に入る朝倉に比べてかなり小柄なクラスメート――綾瀬夕映だ。

 図書館島探検部のメンバーの中でも主力の一人に数えられている彼女は、冷めた目で街中に設置された隠しカメラの映像を映しているたくさんのモニターを眺めている。

 

 今現在開催されているイベント『噂のあの人を捕まえろレース』というのは、元は放送部が去年の夏休みの間に思いつきで行ったイベントだった。

 ルールは単純なもので、仕掛け人や場所を用意して、ターゲットとなる人物を逃げざるを得ない様なイベントを仕掛けて追いまわす。そしてその過程を全てビデオカメラに収め、後日ターゲット本人の許可を得てから麻帆良チャンネルで放送する。そういう、少々悪趣味なドッキリイベントだった。

 これの面白さに報道部の部長がのっかかり、今の様に放送部と報道部が協力しあって地味に開催されているわけである。

 もっとも、朝倉は元々このイベントには消極的だった。

 ただのイベントならともかく、偽の事実で相手を貶めるという事は余り好きではなく、話を持ちかけられた時も気乗りがしなかった朝倉。

が、それも対象が篠崎葵と聞くまでの話だった。

 

「篠崎先輩なら、ややこしい事せずにいきなり仕掛ければ絶対に面白い事をやってくれます!!」

 

 そう断言した朝倉は、さっそく自らのコネを使い関係各所を動かす。追跡役として運動部のエースたちに声をかけ、罠にかけるためのエキストラとして演劇部の面々に報道部での次回公演の広告を大々的に行う事を条件に参加させ、多数の人間を参加させるために麻帆良商店街自治会の面々からは賞金及び商品を引きだした。

 他にも万が一の救護班の用意、過度な行動を起こさないための審判や景品授与のための審査員、報道部と放送部の全部員を集めての隠しカメラ及びカメラマンの配置計画、学園側とのイベント開催交渉etcetc…..。

 

 基本的には優しく、時には脅迫まがいの事を躊躇なく行いながら、まさしく万全の態勢を整えた朝倉は、この一件が元で交渉事が得意というイメージが貼り付けられ、後に葵にも利用されていくこととなる。

 

 ともあれ、そうして『第三回噂のあの人を捕まえろレース』は開催されたのだ。

 こういう形で葵を利用した場合の怒りを鎮めるためにフォローも当然用意してある。

 そして万全のはずだったこのイベントは――いきなり葵がめちゃくちゃにしてくれた。

 

「まさか、同士討ちを狙ってくるとは……。さすが篠崎先輩、こういう事させたら天下一品だわ」

 

 それは、ゲーム開始をメールの一斉送信で参加者達に知らせた数分後に起こった。

 この大会の賞金は当然、葵を捕まえた人間が手に入れることになる。他にも景品等はあるし、当然他の人間がそれを手に入れるチャンスもある。だがそれは、例えば『最優秀プレイヤー』だとか、『最優笑プレイヤー』だとかいった、判定が審査員の主観によるものになる上に、その景品が自分の望んだものとは限らない。

 自分の実力で、確実に賞金という絶対の報酬を手にする事が出来るのは葵を捕まえた人間のみ。そのためには周りの人間が邪魔になるのではないか?

 と、言う事を何重にもオブラートに包んで、突然自分を取り囲んできた一般参加者達を煽ったのだ。

その後、一度逃走してから演技部の知り合いに協力を要請しサクラとして動かしている事も確認している。

 

「以前もサバゲー愛好会の人達煽って、ロボット工研の人達の暴走阻止に巻き込んだりしてましたし……。こういう姑息な手段を取らせたら、多分麻帆良でもトップクラスに入る人材だと思うのですよ。あの人相当セコいですし……」

 

 乗り気ではないと言っておきながら、しっかりとマイクのスイッチを入れて解説している綾瀬も律儀である。

 綾瀬の言葉に朝倉も頷き、同時に自分の思考に没頭していく。

 

 

(先輩を捕まえるには普通の人じゃダメだ。考えてみればあの人なんだかんだでタツミーの相方なんだし……ちょっと早いけどクーを――いやいやまだ絵的に面白くない。しっかりと場を温めるには……なにはともあれまずは篠崎先輩を見つけ出さなきゃ――)

 

 どうしたら面白い画が撮れるか。麻帆良のパパラッチは頭の中で自分がビデオカメラを廻す姿を想像しながら、次の策を練っていた。

 

 その朝倉の姿を、やはり冷めた目で眺めながら、綾瀬は先ほど買ったコーンポタージュの缶に口を付けながら

 

(本当に――本当に、篠崎先輩も大変ですね)

 

 篠崎葵という男は、面倒くさい事に片っぱしから巻き込まれる男だという事を再認識し、呆れる思いでため息をつき、缶の中身をすすってからもう一息吐く。

 もっとも、綾瀬にとってはかなりどうでもいいことであるが――

 

「とりあえず、先輩の無事だけは祈っておきましょうか――無駄でしょうけど」

 

 マイクに入らない程小さな声で綾瀬はそう呟くと、再びコーンポタージュの缶に口を付ける。

 少し肌寒い部屋の中で飲むそれは、少し温くなっていた。

 

 

 制限時間まであと一時間……。

 

 

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