とある記憶喪失者の活動記録   作:rikka

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 ようやく本編です。
 あれですね、出来るだけベストを尽くそうとすると劣化していくこの現象、一体なんと名付ければいいのかorz
 
 それでは長編部の第一章、『篠崎葵』の開始です。
 
 


Chapter.1―『篠崎葵』
Phase.1 朧月の夜


 ようやくここまで魔力が回復したか。半年近くも準備して、たったこれぽっちとは忌々しいが……まぁ、仕方のないモノは仕方ないだろう。

 

 聞けばすでに『奴』は向こうを発ち、この麻帆良へと向かっているらしい。到着は明日になるだろう。

 しばらくの間は、出来るだけバレないように吸血行為を行う必要があるな……。

 まぁ、それもまた一興。あの男の息子とはいえまだまだガキだ。組み伏せ、血を吸うのは難しくないだろうが、それでは面白くない。

 格こそ違うが、私もその坊やも魔法使いだ。ならば、やはりそれらしくするべきだろう。

 真正面から魔法で叩きのめして、その血を啜る。

 そうだ、それがいい。

上品とは言い難いが、それが気にならない程の、優越感に近い快楽がそこにはある――

 

 

 

じりりりりりり! じりりりりりり!

 

 

 

――ちっ。どこの誰だ、こんな時間に電話をかけてくる馬鹿は……茶々丸、構わんから切れ…………じじぃからだと?

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 

「先輩もタツミーもおそーい! 今日は取材が詰まってるから放課後すぐに駅前に集合…………って、どしたのその怪我?」

 

 季節はいまだ肌寒い冬。2月に入った麻帆良では、手近なイベントとしてバレンタイン一色に街が染まっていた。

 

「いててて……。いや、俺にも何が起こったかわかんねーんだけどさ」

 

 なぜか額の辺りに包帯を巻かれ、手の甲にやたら大きいバンドエイドを張られている男――篠崎 葵は、相方の龍宮真名と共に力なくフラフラと姿を現した。

 

「ちょうど用事があって女子中等部の方に寄ったんだよ。葉加瀬にちょっと頼みたい事があってな? そしたら宮崎が階段でこけそうになっててさ」

 

 朝倉は、一瞬どの宮崎さんの事か悩んだが、葵と共通の知り合いの宮崎となると一人しかいなかった。

 宮崎のどか。朝倉のクラスメイトの一人で、いつも前髪で目を隠している少々内向的な少女だ。

 

「かなり派手にこけそうだったから、咄嗟に助けようとしたら――なんかよく分からんが身体が一瞬浮いてな? 慌てて手すりにつかまろうとしたら今度は横から何かが脇腹にめり込んでな……。気が付いたら保健室のベッドに寝かされていて、宮崎とちっちゃな子供がベッドの周りであわあわしてて、隣歩いてるこのバカは必死に笑いをかみ殺してやがった」

「…………先輩、その説明じゃなんにもわかんないよ。とうとう疲労が溜まって熱でも出たの?」

「だから、俺にもよくわかんねーって言っただろうが!」

 

 葵がそう叫ぶのと同時に、それまで一言もしゃべらずに笑いを堪えていた龍宮が、滅多に聞く事のない大きな笑い声をあげた。

 

「ちくしょう、コイツは笑うばかりだし……」

「失敬、慌てて謝り倒している二人に混乱していた先輩が面白くて……っ」

「見世物扱いされてたのか!?」

 

 葵が不機嫌そうに叫ぶと、龍宮はあまり見かけた事のない悪戯っ子のような笑顔を見せて静かに笑いだす。

 

 

 ひとしきり笑って落ち着いたのか、いつものように静かな笑みを浮かべる龍宮。――目尻に少し涙が残っているが――

 龍宮は、一度咳払いをしてから改めて、面白いモノを見るように葵の顔を覗く。

 

「あなたはやっぱり、トラブルを引き寄せる星の下に産まれたんだよ。ああ、心から確信した」

「…………そんな確信いらねぇ」

 

 上機嫌なままそう呟く龍宮と、横でコクコク頷いている朝倉に対して、葵はただ盛大なため息を吐く他になかった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 お年頃の女の子――いや、男にとっても祭典といってもいいイベント、バレンタイン。

その特集ともなれば、取材の量も膨大な物となるのは当たり前だった。

 葵が朝倉としていた放課後の約束とは、まほら新聞に掲載するバレンタイン絡みでイベントを行っている店への取材だったのだ。

単純に美味しい、あるいは少し捻ったチョコやそれらを使用したケーキを売っている洋菓子店はもちろん、ドリンクとしてチョコレートを提供する喫茶店などなど。

 店に関する取材が終わったのは、時計の短針がもうじき10を指そうかという所だった。

 幸いなことに、三人とも出されている宿題や予定などが少なかった。

少々予定が遅れたものの、依頼のあった店の取材は無事に終え、最後に女子寮の談話室に集まりそれぞれの課題を終わらせた今は、最後の取材を行っていた。

 

「しかし、俺にピンクのエプロンて……他になかったのか?」

「いいじゃんいいじゃん。先輩それ似合ってるよ?」

「あぁ、私も同感だ」

「なんて嬉しくない肯定だ。そろそろ俺、怒っていいんじゃないか?」

「あぁ、ちなみに作成者って事でそのまま写真取るからね? 外しちゃだめだよ? 外そうとしたらタツミーに取り押さえさせるからね?」

「お前ホントに今度覚えてろ!!?」

 

 葵は制服の上から、龍宮と朝倉は私服に着替えた上からエプロンを付けて談話室に備え付けられているキッチンで作業をしている。

 特集記事に載せるのは店の情報だけではなく、実際に手作りのものを渡すためのレシピも乗せる。今葵達がやっているのは、その実戦であった。

 

「てか、なんで俺まで……」

「しょーがないでしょ。先輩、まほら新聞の中でフード系のコメンテーターとして知られてるんだから」

「食う側なら分かるが、なんで作る側になってんだ……っ」

「あ、葵先輩。牛乳がカップから溢れているけど良いのかい?」

「おぉうっ!?」

 

 なにせ、自分で作る分はほとんどがインスタントやレトルト。まれにキッチンで包丁を振るう事もあるが、例えばチャーハンだったり、野菜と肉を適当に炒める程度しかしなかった葵には、お菓子作りは当たり前だが慣れないものだった。

 

「やれやれ……。ってか寝る前に甘いモノ食って大丈夫なのか? 今日はお前らも散々食っただろうが」

「う……それを言わないでよ。今度の週末にジムにでも行ってその分消費するからさ」

 

 拗ねたように口を尖らせて抗議する朝倉に、葵はやれやれと肩をすくめてみせる。

 

「――にしても、あの時保健室にいた子供がお前達の副担任ねぇ……」

 

 材料の計量を全て終え、小振りの鍋に水を注ぎながら、葵は世も末だと呟く。

 

「そもそも、いったいいくつだよ? 下手したらまだ一ケタなんじゃねぇか?」

「ほう。中々いい感をしているね、先輩。数えで10歳。今はまだ9歳ということだ」

「……労働基準法は仕事しろよ、ったく」

 

 意識を取り戻した時、涙目になりながらごめんなさいを連呼していた赤毛の少年の顔を思い出して、なんとなくやるせない気分になる。

 

「そもそもなんで謝られたんだろうな?」

「あれじゃない? 先輩が言ってた軽く宙に浮いたっての、ネギ先生のイタズラだったとか?」

「う~ん……。そう言う事をする子には見えなかったけどな……。うん、お前らと違っていい子そうだったぞ」

「む、朝倉はともかく私まで入れられるとは心外だな」

「ちょっとタツミー、それどういう意味さ!?」

 

 うがーっ! と、いつものように抗議の声を上げる朝倉だが、その横にいる龍宮は素知らぬ顔で板チョコを包丁で細かく刻んでゆく。

 

「まぁ、あれだ先輩。なんだったら今度、子供先生にもう一度会ってみたらどうだい?」

「おー、それいいね。せっかくだし、麻帆良の問題児筆頭と噂の子供先生の対談って形で取材記録を――」

「却下だ問題児その2」

 

 いつも通りに3人でくだらない事を言い合いながら、3人でくだらない事をして、3人でくだらない時間を過ごす。

 そう、それこそいつも通りの時間を3人は過ごしていた。

 だが、葵はふと、妙な違和感を覚えた。

 

(…………見られてる?)

 

 男が女子寮にいるのだ。今までにも好奇の眼で見られる事はあったが、今葵が感じたのは、それとは少し違う様に感じた。

 視界ギリギリに背後が映るように、そっと首を動かし背後を覗き見る。

 だが、そこには誰もおらず、誰かがいた形跡もなかった。

 ただ、隣で包丁を握っている龍宮が、横目でその様子をうかがっていた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 最終的に全ての作業が終わったのは、すでに深夜と言っていい時間だった。

 しかも、外は軽く雨が降っている。土砂降りという訳ではないが、パラパラとうっとうしい雨である。

 葵は、着ているブレザーに小さな水滴が纏わりつくのに舌打ちしながら、急ぎ足で歩いていた。

 本当にパラつく程度なので、走るほどではないと判断したからだ。

 

(せめて寮を出る前に止んでくれればよかったのに……)

 

 龍宮が冗談めかして『なんなら私の部屋に泊まるかい? 今日はルームメイトは出かけて居ないからね』と言ってきたのを全力でお断りして来たのだが、もういっその事泊まった方が良かったのかもしれない。

 

(いや、下手に桜咲と鉢合わせしても気まずいか……)

 

 出会った初日から、妙に余所余所しい態度を取る――そしてたまに敵意を向けてくるサイドポニーの少女を思い出して、そこはかとなく憂鬱な気分になる。

 一応龍宮から、クラスでも仲の良いルームメイトだと紹介されたのだが……

 

(あぁ、そういや堅物クソ真面目だから扱いを覚えるまでが難しいとも言ってたっけ?)

 

 だったらせめてその扱い方とやらも教えてくれればいいだろうに。

 

 少しは雨を凌げるかと、片手を頭の上にかざしてみるが、そもそも降るというより舞うという表現のほうがしっくりくるこの小雨では大して役には立たず、結局髪や服に小雨が纏わりつくだけだった。

 すぐに止むと考えてどこか適当な物陰に入ってその時を待つか、本降りになるまえにやはり走って寮に帰るか。

 しばし迷った葵は、走るのもめんどくさいと考えて、近くに適当な建物がないかを探しだした。

 

「せんぱ~いっ! ちょっと待ってってばーーっ!!」

 

 後ろから、朝倉の叫び声が聞こえたのはちょうどそんな時だった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 麻帆良学園学園長室。なぜか女子中等部の校内に設置されたその部屋には、一人の老人が大きな椅子に腰をかけ、机を挟んだその前に、男と女が一人づつ立っている。

 

「それで、タカミチ。ネギ君の初日の様子はどうだったかね?」

 

 老人――学園長の問いに、眼鏡をかけた男が、

 

「そうですね。今まで旧世界とはいえ『向こう側』に近い環境で生活していたせいか、少々隠匿については問題があるようですが、生徒達とは思った以上に馴染むのが早いようです。状況は思っていた以上にいいと言えるでしょう。思わぬアクシデントがあるとすれば、まだ何も分かっていないのに、彼と接触してしまったことでしょう。……連中にとっては都合が良いでしょうね」

 

 最後の一言は苦々しげにそう答える。

 続けて隣にいる、同じく眼鏡をかけた女性が口を開く。

 

「念のために瀬流彦先生がネギ君――失礼、ネギ先生に付いていましたが、どうやらあの一派は表だって接触しようという気はないようです。ですが……」

 

 女性は、罰が悪そうに口ごもるが続ける。

 

「その代わりに、自分達の息のかかった生徒を使ってネギ先生に手を出そうとする動きが見られます。瀬流彦先生や伊集院先生が水際で食い止めていますが、このままでは迂闊な考えで先走る一派が、彼を取りこもうと強引な動きに出るのは時間の問題でしょう」

 

 女性の凛とした声でされた報告に、学園長は疲れたように深いため息を一つ吐く。実際疲れていたのだろう。空になって冷えてしまっていた湯呑みに、急須に入っているまだ熱いお茶を注ぐ。

 

「――彼の方はどうかね?」

「はい。予定では、おそらく今晩にも『彼女』と接触すると思われます。ちょうど今日は満月ですし……少し雲がかかってはいますが」

 

 女性が、部屋の窓から外を覗こうとするが、窓が水滴だらけで曇っていてよく見えなかった。

 

「タカミチ。分かっているとは思うが、儂らがやろうとしていることは決して褒められたものではない」

「……はい」

「だが、それでも儂ら――いや、儂はやらねばならん。この場所が学校である続けるためにも。……これから起こる事は全て儂の命令によって起こる事、君達には一切の責任はない。よいかね?」

 

 学園長の問いかけに、二人は答えなかった。

 否定の意だったのか、どう答えれば良いのか分からなかったのか、ただ無言で学園長の机へと視線を落とした。

 

 机の上に広げられた書類、そこには一人の男子高校生の趣味、嗜好、そして、この半年の活動の詳細な記録が記されていた。

 書類の一番上には、その男子生徒の写真が貼り付けられており、横には彼の名前が書かれていた。

 

 

――『篠崎 葵』

 

 

 それが、今彼らが注目し、警戒している生徒の名前だった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「わざわざ傘を届けに走って来たのか? ありがたいけど…………」

「けどなに? せっかく息を切らしてまで持ってきたのに?」

 

 葵は、なぜか満足げな顔の朝倉から傘を受け取りながら、ため息を吐いた。

 

「んなこと言ったって、かなり服が濡れてるじゃねぇか。髪もそうだし」

「んふふ。色っぽい? ドキッとした?」

「…………3、4年は早いな」

「なにその生々しい回答!?」

 

 傘を持っていない方の手で自分の身体を抱きかかえるようにガードする朝倉に、葵は苦笑を浮かべる。

 

「まぁ、一応礼は言っておくよ」

「……先輩が素直になるなんて珍しいじゃん。明日は雨でも――もう降ってるか。雷でも落ちるんじゃないの?」

「勘弁してくれ。そういう冗談が本当になる事が多々あるんだから、俺は」

 

 冗談で『この研究室なんか爆発しそうだよな』とか言ったら、本当に爆発して吹き飛ばされた麻帆良大学工学部第3研究室での出来事。

 冗談で『この本棚が倒れてきたりして』と言ったら本当に倒れて、とっさに綾瀬に盾にされた図書館島地下の探検。

 冗談で『この騒ぎ、すぐに収められますか?』と聞いたら本当に一撃で群がる武闘派ヤンキーどもを吹き飛ばした広域指導員、通称デスメガネetc…

 

「いくらなんでも、雷なんぞどうしようもないからな」

「葉加瀬に頼んでみたら? 遭難したりした時のための備えだとかなんとか適当に言いくるめて」

「それが完成するまでに3回ほど爆発に巻き込まれそうだから遠慮しておくよ」

「……あれ? 真っ黒焦げになって倒れている先輩の姿が容易に想像できるんだけど、なんでかな?」

「見慣れてるからじゃね?」

「…………ねぇ、別に雷落ちようが落ちまいが、先輩そろそろ死ぬんじゃないかな?」

「………………」

「そこは大きな声で否定しようよ」

 

 最近の厄介事に巻き込まれる確率の高さを考えると、龍宮や先日知り合った長瀬あたりに護衛でも依頼するべきなのかと、本気で悩む葵。

 その様子に、朝倉は楽しそうに笑っていたが、ふと我に返ったかのように真面目な顔になる。

 

「いや、実は追いかけて来たのって、先輩に少し話があったからなんだけどさ」

「俺に?」

 

 朝倉は頷いて肯定する。

 

「タツミーにも後で相談しようと思うんだけどさ。――先輩、何かやらかした?」

「あん?」

 

 少々抽象的な朝倉の質問に首をかしげる葵だが、朝倉は深刻な顔を崩さない。

 その様子から、葵は彼女が真剣に成らざるを得ない情報を得たのだと察する。

 

「最近、私達みたいな情報を取り扱う人達に篠崎先輩の事を聞く人が多いんだよ。生徒もそうだけど教師もね」

「先生が!?」

 

 心当たりが……ないわけではなかった。

 確かに色んな所で騒動を起こすために一部教師からは睨まれているし、厄介事鎮圧の際に、一部の生徒からも恨まれているだろう。

 そういった人間かと思い、朝倉に誰が自分を調べていたのか聞いてみたところ、出てきた名前は全て心当たりのないモノや聞いた事のない名前ばかりであった。

 

「う~~ん? 本気でわからんな……。聞いた事もない連中ばっかりじゃねーか。朝倉、こいつらに共通点ってある?」

「ううん。まだ調査中……。あー、でも」

 

 朝倉は、片手で器用に手帳をジャージの胸ポケットから取り出し、付箋を貼ってある所を開く。

 

「教師の方だけど、先輩の事調べてる連中は全員、この1,2年の間に麻帆良に移って来た人達ばっかりみたいだね。生徒の方はまだよく分からないけど」、

「1,2年……。評判の方は?」

「そのほとんどが、教師と言うよりは広域指導員としてそこそこ知られているね。……もっとも、仕事をしているのかどうか分からないっていう悪い噂だけど」

「…………その不真面目教員共が、なんで俺の事聞いてんのさ?」

「それこそ、私の言いたい台詞なんだけど……」

 

 口を尖らせて拗ねたようにそういう朝倉は苛立たしげに傘の柄を指で何度も弾く。

 その様子から、朝倉が少し苛立っている事が容易に想像できた。

 珍しいと思いながらも、そうなのか? と尋ねると、やはり彼女は不満げに

 

「部長も変だと思って、報道部の情報網も使って結構本気で調べてるんだけど、妙にガードが堅いんだよね。そいつらの個人情報……っていうか、その周囲って言うべきか」

「……お前達でも無理なのか?」

 

 少し信じられない思いで葵は尋ねる。

 その気になれば、麻帆良の中においてこの少女が知ることが出来ない事はないと彼は知っているからだ。それが報道部全体となれば尚更だ。

 その報道部が人員はおろか部外秘となっている『情報網』とやらを使ってまで調べて、分からないという事がまずあり得ないと言っていい。

 暴走しがちな面も含めて、良くも悪くも報道部の人員というのは掛け値なしに優秀なのだ。

 

「私も動いてるけど、一応今は手の届く範囲の情報の収集、分析中かな」

「収集は分かるが……分析?」

「雰囲気的に、いきなり突っ込むのは危ないかなと思って、あんまり派手には動いていないんだよねぇ。だから、まずは手近な所からってことで、いろいろ先輩についての質問やらよく分からないいカマの内容から、先輩の何を知りたいのかをね」

「……ちなみにどんな内容を聞かれているんだ?」

「言った通り、いろいろ。先輩の起こした騒動の詳細、普段どんな生活を送っているか、交友関係、麻帆良以外の人と連絡を取っているか。あぁ、あと、タツミーとの仲の良さなんてのも、しきりに聞かれているみたいだね」

「なんだそりゃ? なんだかんだで、ただのゴシップ好きか?」

 

 なんとなく拍子抜けする葵。

 ちょうど年が明けて今学期に入ってから、様々なトラブルに共に巻き込まれていた事もあって本格的に龍宮とつるむ様になった。

 当然そこに、噂の定番である『男女の仲』じゃないかと勘繰るものが多く出たのだ。

 まさか、教師陣にわざわざそんな事を確かめようという奴がいたのだろうか?

 だが、朝倉はいつもの軽い様子は全く見せず、真面目な顔のまま、

 

「ちょっと違うみたいなんだよね。私自身がその質問を受けたわけじゃから正確とは言えないけど……尋ねられた部員の話だと、妙に真剣だったって話だよ?」

「……悪い、朝倉。本当に心当たりがないや。探られるような事は何もないし、やましい事……は、正直多々あるが、片っぱしから表ざたになってるしな」

 

 様々な騒動はもちろん、荒れていた時期の事などを思いだして、今度は陰鬱な気分になるが、落ち込んでいる場合ではないと軽く頭を振って気を持ち直させる。

 自分一人が何かやらかしたというのなら分かるが、心当たりがない上に、下手をしたら相方にまでとばっちりが行きそうな雰囲気なのだ。

 別にとばっちりの一つや二つなどモノともしないとは思うが、問題はそれらが解決したあとである。

 自分のせいで巻き込まれる必要のない厄介事に巻き込まれた等と龍宮が知れば――

 

「――俺はもうダメかもしれない」

「今の一瞬で何を悟ったの!!?」

 

 満面の笑顔でモデルガンを突きつける龍宮の姿を幻視し、持ち直したはずの気分が再び下降していくのが分かった。

 胃が痛む。

 

「ま、まぁ……あれだ。忠告ありがとさん。龍宮にも話しておいてくれ。万が一の時はまたよろしくって丁重に――くれぐれも丁重に……っ!」

「先輩、それ雨? それとも汗?」

「……漢の涙かな」

 

 頬を伝う冷や汗に突っ込む朝倉に、とっさに切り返す葵。だが、まったく上手くない。

 冗談めかして言うのならばともかく、深刻な顔でそうぼやく葵はただの馬鹿にしか見えなかった。

 あからさまにドン引きする朝倉に軽いデコピンという制裁を加えて、葵は夜の曇り空を仰いだ。

 薄い雨雲が流れて行く。

小雨の勢いが少し小さくなるのと同時に、今までそれに遮られてうっすらとしか感じなかった月明かりが、僅かに強くなった。

 

 葵と朝倉は、まだ気が付かない。

 少し離れた街路樹の上に立って、自分達を見つめる小さな人影がある事に――

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 月が綺麗だ。

 先ほどまでいた二人の教師を帰らせた学園長は、窓を開けて外を眺め、そんな事を考えていた。

 よく目にする綺麗な月よりも、少し霞がかかっているおぼろげな今日の月の方がよっぽど風情が感じられる、と。

 あるいは、これから起こる事――起こす事への悔み、感傷がそう見せるのかもしれない。

 

(――じじぃ、そろそろ始めるぞ?)

 

 物思いに耽っていた頭に、直接声が響く。若い――子供の様な女の声だ。

 

『うむ、やりすぎんようにな。あくまで『あの時』に近い状況を作るだけじゃ』

 

 その声の主に、頭の中で問いかける。

 あくまで確認のためである。

 実際、やりすぎること等まずしないだろうという、奇妙な信頼が彼女との間にあった。

 

(可能な限りは守ってやるよ。クックック、それより取引の方だが――)

『問題ない。すでに主だった教師達には納得させておる。状況に多少の変化が起こるかもしれんが、結果としてはそちらの望み通りになるじゃろう』

 

 学園長の断言に、声の主は再び満足そうに笑い声をあげた。

 

(クックック、いいだろう。ならば計画通りに事を進めるぞ。……終わったら直接報告する。そこで待っていろ)

 

 最後にもう一度高笑いしながらフェードアウトしていく、頼りにはなる問題児のその声に、学園長は思わず苦笑を浮かべ、それが不謹慎だという事に気がつき顔を引き締める。

 先ほど自身の口でそう告げたように、褒められる行為ではない。生徒を口先でだまそうとする行為など、曲りなりにも教育者である事に誇りを持っている彼にとって、苦痛以外の何物でもなかった。

 だが、それでもやらねばならない。

 彼が何者かを確かめるために――

 

「のぅ、篠崎君。恨むなら儂を恨んでくれ」

 

 もし、彼が事故に遭わなかったら。

 もし、彼が記憶を失っていなければ。

 もし、彼がすぐに記憶を回復していれば。

 もし、『彼ら』を止める事が出来ていれば。

 もし、彼がただの少年でいられたのならば。

 

 

 

――もし、自分にもっと力があったのならば。

 

 

 

 考えた所で意味のない『もし』が、学園長の頭の中に浮かんでは消えていく。

 だが、もはや変える事は何もない。変えられる過去等どこにもない。

 犯した罪も、下した命令も、流れ出した事態も。

 全ては動き出したのだ。

 

 もう一度、学園長は月を見上げる。

 心なしか、今度はその月が微かに赤みがかっているような気がした。

 

 

 

 

 

 

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