とある記憶喪失者の活動記録   作:rikka

6 / 8
Phase.3 始動

「……っ……ぁぁ……?」

 

 目を覚ました葵の目に入ったのは、自分の部屋の丸いソレとは違う縦長の蛍光灯だった。

 今はそれが点いてなく、日の光こそ入ってくるが特にまぶしさは感じなかった。

 

(日の光? ――っ!!)

 

 蛍光灯が点いていなくとも周囲が明るいという事が意味する事に気が付き、葵は一気に飛び起きた。

 仄かに香る消毒アルコールの匂いと、自分が使っていた綺麗なシーツと簡素なベッドから、ここがどこかの保健室である事は分かった。

 隣のベッドに目をやると、命の危険という時にスクープを優先しようとした馬鹿その2が気持ちよさそうに寝ていた。

 思わず額を押さえて深いため息を吐く。

 

「とりあえず、あのガキはいない……か?」

 

 最も警戒すべき相手が辺りに身を潜めていないか気配を探るが、そもそもそんな事が出来るはずもなく、あの少女ならば身を隠す必要もないだろうと考え、そっちの方は置いておく事にする。

 とりあえず、今すぐにどうこうなる様な危機的状況ではなく、自分も特に大怪我をしている訳ではなさそうだ。

 朝倉も多分大丈夫だろう。

 とはいえ一応確認はしておくかと、葵は立ち上がり、彼女が寝ている布団に手をかけ――

 

 ――ちょうど目を覚ました朝倉と目が合った。

 

「………………」

「………………」

「………………」

「………………先輩?」

 

 別にやましい気持ちがあった訳ではない。

 いるのであれば、神だろうが閻魔大王だろうが、その前でハッキリと断言できる。

 だが、そのような気持ちは一切なくとも今のこの構図が非常によろしくないモノだと言う事は理解できた。

 

「その……だな、朝倉……」

 何か口にしなくては。

 とりあえず身体の安否の事を尋ねようとする葵だったが、この少女は少し驚いた顔を、よく見るニヤニヤ笑いへと変化させ、

 

「………………夜這い?」

 

 それを聞いた彼が、まず最初に行った事は、自分が使用していた枕を使って、この愛すべき後輩の口を物理的に塞ぐ事だった。

 

 

 

 

 

 

『Phase.3 始動』

 

 

 

 

 

 

「目は覚めたか、このクソボケ」

「なんで私がこんな目にあってんのさ! 謝罪と賠償を要求するーっ!!」

「ふざけた事抜かしてるからだ」

 

 糸か何かが口に入ったのか、備え付けの手洗い場でうがいをしてから、袖で口元拭った朝倉が抗議の声を上げる。

 それはある意味では至極まっとうな抗議と言えるのだが、葵は片手をヒラヒラさせて話を流す。

 

「で、身体の方は大丈夫か?」

「話を逸らすなー!! まぁ、一応大丈夫だけどさ。ていうか、そもそも何がどうなって私が気絶したのか覚えていないんだけど……」

「あー」

 

 朝倉を逃がそうとして盾役を買って出たらもろともに吹き飛ばされました。無念。

 簡潔に説明するとなるとこうなるのだが、そのまま口にするのはどうかと、葵は言い淀む

 普段からプライドを捨てている様に見える葵だが、それでも先輩としての意地は残っていた。――もはやクズ紙程にしか残っていないということにも気づいているが、そこは割愛する。

 言い淀んだ葵に朝倉は少し眉をひそめるが、そこまで気にしていないのだろうか、『ま、いーや』と話を打ちきった。

 

「でさ、先輩。これからどーする?」

「…………俺もおんなじ事を話そうと思ってたよ」

 

 あの少女にこうして見逃されているのは、自分達が取るに足らない存在だとみなされたのか。

 いや、何かを探ろうとしていた所を見ると、この状況は最初っから計画通りだったのか。

 

「一番嫌なパターンだな、ちくしょう」

 

 何から何まで、誰かの手の上で玩ばれている、そんな感じがした。

 それは誰の手なのか? あの少女か、あるいは別の人間なのか。

 

(そもそも目的はなんだ?)

 

 日頃関わった連中のお礼参りなどならまだしも、自身がああいった『トンデモ』に狙われる理由など、葵には思いつかなかった。

 ましてや黒幕など、そうそう思いつくものではない。

 葵は、先ほどまで自分が横になっていたベッドに腰をおろして深く息を吐く。

 そこでふと、先ほどまで枕があった所に、白い便せんが置かれている事に気がついた。

 

「あれ、先輩……なにそれ?」

「……あー、なんとなく予想はつくが、大抵こういう場合ってのは……」

 

 言いながら、綺麗に封がされているそれは、葵は端からチビチビとあまり見栄えが悪くならないように切っていく。

 

「ほら、やっぱり」

 

 中には一枚のカードが入っており、そこにはやけに達筆な字で、たった一言が書かれていた。

 

『誰にも喋るな』

 

 それが、そのカードに残されたメッセージだった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「……君ほどの人間が、分からなかったというのかい?」

「ふん、悪かったな。私も万能というわけではないんだよ」

 

 エヴァンジェリンは、来客用のソファーを占拠して、その部屋の主である学園長の数倍は偉そうにしていた。

 傍らに立って、話を聞いていた高畑は普段なんでも自信満々に事をこなすエヴァの珍しい言葉に目を丸くしていた。

 それは、周囲にいる他の教師もそうで、老若男女それぞれが怪訝な、あるいは驚愕の表情を浮かべている。

 

「というか、貴様も見ていただろう。あの男が、私の攻撃のほぼ全てに対応……いや、反応してみせた所を」

「しかし、君もかなり手加減していたじゃないか」

「……強者と呼ばれるようになって奢りが出てきたか? タカミチ」

 

 エヴァは、呆れたように溜息を吐く。

 

「確かに、アイツはただの学生だ。『あのクラス』の奴らと違って格闘術でズバ抜けていたり、変わった技能を持っている訳でもない。それが、最低限レベルのモノとはいえ、重量のある人形を見事に投げ飛ばした。高いレベルの体捌きと重心把握、そして動体視力が無ければまず不可能な行動だ」

 

 そう断言するエヴァに、高畑もまた反論する。

 

「エヴァ。僕は葵君とはそれなりに親しい。だから、彼の事はそれなりに把握している。確かに身体能力が普通の人の中では高い事は認めるよ。……けどそれだけだ。彼は僕たちの様にはなれない」

 

 かつて、才能がないと言われた経験がある高畑がそう断言し、周りの教師も大小の差はあれど頷く。

 それは、篠崎葵という存在が、彼らの眼から見て逆立ちしようが凡人から上には行けない人間だと確信している証拠である。

 事実、エヴァはそう思っている。思っていた。

 

「あの男の成長速度は異常だ。窮地に置いて力を発揮するタイプなのか、あるいは実戦の中で効率よく経験値を会得、活用して成長したのか……。ともあれ――」

 

 エヴァは、自分の言葉を注視している人間の顔を、牽制するかのようにさっと視線で一撫でし、

 

「今の篠崎葵は、記憶を失う前のようなただの一般人ではない。確実になんらかの変化が起きている」

 

 エヴァンジェリンが――最強と呼ばれる存在がそう断言する。

 それは決して無視できる事ではなく、周りの教師達がざわめきだした。

 

「静かにせい」

 

 今まで話を促す以外には口を開かなかった老人――学園長が、少々言葉に力を込めて、ざわめきを打ち消す。

 

 

「エヴァ。本国からの人間は彼をどう扱おうとするか、予測できるかの?」

「具体的な手段までは……ただ、奴らは暴走した下っぱの行動を、正しい判断だったとすり替えたいと考えているのは明白。要するに……」

 

 エヴァは、皮肉気な笑みを浮かべ、

 

「篠崎葵が、この学園に害する存在だと主張をするだろうな。まったく、素晴らしいまでに『イイ』正義の味方共じゃないか。なぁ?」

 

 その場にいる全員に言い聞かせるように、元々全員に聞こえる程の声量を更に大きくしてそう言うエヴァ。

 分かりやすい挑発――もっと乱暴に言えば喧嘩を売ってみたのだが、エヴァを非難する様な目で見るものは少なく、あるものは恥じるように俯き、あるものは返す言葉がないというように気まずそうにしている。

 

(……ふん、つまらん)

 

 数年前ならば、彼らの信じる正義を揺さぶってやれば、彼らは激怒し、自分という明確な『悪』にぶつかって来ただろう。

 それが……揺らいでいる。

 正義というものに疑問を持ち出したのか、あるいは0から自身の『正義』を再出発させているのか。

 後者ならばよし、だが前者ならば……それは彼らにとってある意味でゆるやかな『死』のようなものだろう。

 

(まぁ……今は関係ない。それより……)

 

 わき道に逸れそうになっていたエヴァは、軽く舌打ちをしてから考えを本来の方向へと戻す。

 時間にして数秒。それだけの時間で、彼女はすでにいくつかの手を考え出している。

 基本的に向かってくる者しか相手にしない彼女だが、周りをブンブンとうるさく飛び回っている蠅に容赦するほど、エヴァンジェリンという存在は寛容ではなかった。

 

「じじぃ、一つ考えがある。どうせあの男も何らかの形でこっちに接触するだろうが……もう一度利用させてもらおう」

「……何をするつもりじゃ?」

「なに、簡単な事だ」

 

 それまでは、ただ皮肉気なだけだった少女の笑顔が、凄惨な物へと変わる。

 この学園で、僅かな人数だけが知っている事実。

 彼女こそ、最強の『悪』であると。

 

「私を『英雄』の坊やと戦わせろ」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 どうやら、自分達はどこか高所から風で落ちてきた物に頭をぶつけたかなにかで、外で気を失っていた……と、言う事になっている事を、葵はあの後来た保健医から聞いていた。

 ちなみに、その保健医がひょっとしたら敵かもしれないと、色々矢継ぎ早に質問した結果、逆に自分と朝倉の関係を疑われたのは忘れ去りたい過去である。

 

 朝倉とは朝の内に別れ、互いに一度帰宅してから学校へと向かう事になった。

 その間、襲撃があるかと葵は最大限に警戒していたがそういった様子は見せなかった。

 休憩時間の間、葵は朝倉にあの少女が学校に来ているかメールで聞いてみたが、答えはノー。話がしたかった龍宮もまた、体調不良と言う事で欠席しているということだった。

 葵は朝倉からの返事に、念のために迎えに行くから、放課後は学校で待っている様にと更にメールを返しておいた。

  昨日の今日で襲われないなんて保証はなかったし、もし監視されているとしたら広域指導員や教師たちにも迂闊に相談をするのはまずいかもしれない。そう考えた葵は、せめてもと、自分が迎えに行く事にしていた。

 先日知り合った長瀬にも、朝倉とメールのやり取りをしていたついでに、さりげなく朝倉の周囲を頼む様にメールをしておいたのだ。

 

 そして今、葵は朝倉を連れて女子寮の談話室まで来ていた。

 女子寮まで送るつもりというのもあったし、体調が悪いらしい龍宮の様子が気になっていたからだ。

 だが――

 

「龍宮がいない? 桜咲も?」

「うん、ノックしてみたけど反応が無くて……」

「…………ふむ」

 

 そもそも、葵は本当に龍宮が体調を崩したとは考えていなかった。

 確かに体調が崩れる時は崩れるものだが、昨日の夜という緊急事態の時から、まるで誰かと示し合わせたように連絡がつかなくなったというのが、どうにも葵には引っかかっていた。

 他にも色々気にかかる所はあるのだが、そこらへんも含めて龍宮の様子を見るついでに話をしようと思っていたのだが……。

 

「まさか桜咲も含めていないとは……。アイツの方はクラスには来てたんだろ?」

「ん~、確かに来てたけど……。桜咲って気が付いたら姿を消すから、行動を把握出来ないんだよねー」

 

 何度か調べようとした事があったのか、朝倉が少し悔しがってみせる。

 

「しかし、となると一体どこにいったんだか」

「一応、ウチのクラスの女の子に聞いてみるよ」

「そうだな。うん、よろしく頼むわ。あ~、ただ一人にはなんなよ? 長瀬かクー辺りと一緒にいとけ」

「分かってる、そこら辺は気をつけとくよ」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 一応買っておいた差し入れは、女子寮の管理人に預けておき、バスで高等部の男子寮へと戻ったのは八時過ぎ頃だった。

 途中スーパーで半額シールが張られた弁当を買ってから部屋へと戻る。

 普通ならば女子寮同様、男子も何人かとの相部屋のハズだったのだが、葵は事故が起こった旅行の後に部屋を移るつもりだったらしく、引っ越しのための準備をしていた時に事故が発生。その際、色々な手違いが起こって自分の移る予定だった部屋も埋まってしまっていたらしい。

 

 結局、部屋数だか人数だかの関係で部屋が見つからず、他の部屋に比べて少々狭い個室を使用する事に。

 もっとも、少々狭いとはいえキッチン、トイレ、バスルームが備え付けられており、おまけにリビングと寝室がしっかりと別れている。女子寮の部屋の豪華から考えれば質素かもしれないが、葵からすれば十分すぎる程に豪華な部屋だった。

 

(本当ならばもっと活用するべきなんだろうが……)

 

 キッチンはほとんど使用した事が無く、休日は大体どこかに連れまわされており、以前の長期休暇の際にはバイトも兼ねて龍宮神社に泊まり込んでいた。そのため、文字通りここは寝るだけの部屋となっている。

 物もあまり多くなく、精々が以前の自分が購入したのだろう雑誌や書籍で埋められた本棚、そして携帯ゲームやTVゲームのハードが転がっている位だった。

 

(もう少し、自分の物を増やした方がいいのかね)

 

 唯一、自分らしいものがあるとすれば、テーブルの上に散らばっている書きかけのコラムの原稿くらいのものだろう。

 そう、葵にはなんとなく、この部屋が自分の部屋ではなく『篠崎葵』の部屋であるように感じていた。

 

「まぁ、そんなことを言ってもしょうがないけどさ」

 

 そのまま机の上の原稿を脇に寄せて、買ってきた弁当を袋ごとそこに放置する。

 すぐに手を付ける気にはならず、とりあえずキッチンにある小さめの冷蔵庫から、適当な飲み物を取ろうと足を向けた。

 

「…………ん?」

 

 そこで初めて、葵は気がついた。

 自分以外に誰かがいる……かもしれない。

 多分、寝室。

 別に物音やら息使いが聞こえたとか、そういう訳ではなかった。だから強く断言出来るものではないが、誰かがいる気がする。

 昨日襲われたというのもあって、少々神経が過敏になっているかもしれないと思う葵だったが、警戒しすぎて損をする様な場面ではないだろうと、葵は飲み物を取る振りをして、キッチンから包丁を持ち出す。そのままリビングに戻る振りをして――隣の寝室のドアを無言で蹴り開けた。

 そのまま突入し、『誰だ!?』と叫ぼうとするが――

 

「やぁ、遅かったね。昨日の今日と言う事で、朝倉の送迎に出ていたと言う所かな?」

 

 行方のつかめなかった相方が、ベッドに腰をかけて、笑みを浮かべながら手を振っていた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「さて、色々と説明してもらおうか容疑者龍宮」

「やれやれ、あんまりと言えばあんまりな扱いじゃないかい?」

「あからさまに怪しげな登場した奴が何言ってんだ!!?」

 

 即座に龍宮をひっ捕まえた葵は、テーブルにつかせ、ついでに寝室から持ってきたベッドランプを付け、取調室のような雰囲気を作りだした。とくに意味はない。

 ついでに、何もないままでは口寂しいので、インスタントのコーヒーを淹れて数枚のクッキーと一緒に出してある。

 

「まぁ、ふざけるのもここまでにしようか。今回は依頼に含まれていたとはいえ、先輩を巻き込んでしまったからね……。さて、何から聞きたい?」

 

 やはり、龍宮も色々真面目に話す必要があると思っていたのだろう。いつもの笑みを浮かべてはいるが、心なしか少し硬くなっている気がする。

 

「……じゃあ、手近な所から。昨日の件はお前も関わっていたな?」

「イエス、だ」

 

 龍宮は、なんてことのない様に答える。

 

「後々説明する事になるが、先輩はちょっとやっかいな連中から目を付けられていてね。その対策と言うか、今後の対応をやりやすくするために、少々怖い目に遭ってもらった」

「……朝倉を巻き込んだのもお前だな? 誰かからの頼まれごとか?」

「…………前者はイエスだ。そして後者はノー。私の独断だ」

 

 これにも龍宮は回答するが、先ほどの様に歯切れが良いものではなく、迷いの様なものが感じられる。

 

「……そうした方が最善だと思ったのか?」

「先輩も知っての通り、朝倉は情報関係に関しては恐ろしく鼻が利く上に行動力もある。恐らく、遅かれ早かれ昨日の様な……『普通じゃない事』に辿りついたはずだ。問題はそれを手に入れた彼女がどう動くか……」

「……俺と一緒に巻き込ませれば、行動の際にどうしても俺に対しての配慮がいる。なんせ当事者かつ被害者……しかもあの女は狙いが俺のような事を匂わせていた」

「まぁ、大方先輩の想像通りさ。仮に朝倉が勢いに任せて突っ切ろうとしても、貴方がストッパーになってくれるだろう? 私達側の人間が口を挟んだ所で聞くとは思えないし、逆になにか感づかれる可能性があったからね」

「なるほど……。まぁ、ある程度は納得したよ」

 

 ただ、まだ何か隠している事があるのだろう事に薄々感づいていた。

 そして恐らく、その事に関しては『まだ』教えてくれないのだろうと。

 

「俺が狙われた理由はなんだ? あの女は、俺の記憶のことをやたら強調していやがったが……お前側の人間はなにか知っているのか?」

「ふむ……聞かれるとは思っていたが……答えにくい質問をするね、先輩」

 

 コーヒーカップを手に取り、口を付けた龍宮はしばらく考え込み、

 

「そうだね。私も詳細は聞かされていないし、どうして狙われるのかという答えは知らないが、貴方に関しては気を配るように聞かされていてね。……あぁ、断わっておくが、今こうして貴方と友人として付き合いをしているのは決してそういう依頼があったからではない。むしろ、気を配るだけならば離れていた方がいいしね」

「お前がそんな事で友達を装っていただなんて考えてねーよ」

 

 いつもの笑みの中に、若干の申し訳なさを浮かべた龍宮の言葉を、葵はバッサリ切り捨てた。

 龍宮は、一瞬あっけに取られた顔をしたが、すぐにいつもの調子を取り戻す。

 

「そうだね。貴方はそういう人だった……」

「なに呆れた顔してんだよ。まぁいい、話を戻すぞ。俺に目を付けているのは……ここ最近になって麻帆良に移って来た連中か?」

 

 襲われる直前に、朝倉から聞かされていた話を思い出した葵は、龍宮にそう尋ねる。

 それに龍宮は、やっぱりという顔で、

 

「朝倉が調べたんだね?」

「あぁ。そいつら、いろんな所に俺に関しての聞きこみをやってたみたいでな。とはいえ、報道部の連中に直接情報を求めたのは失敗だったな」

 

 ニヤリと、この都市に広いネットワークを構築する、もはや一つの勢力と化している報道部を――なにより麻帆良学園都市という場所をなめていたのであろう『そいつら』に向けてとてもイイ笑みを浮かべる葵に、龍宮も似たような顔をする。

 

「まったくだ。おかげで退屈しないで過ごせるがね」

「ホントにな」

 

 日頃から自分の頭を悩ませる連中だが、どうやらその関係で作ったつながりが、今回は自分に協力的になっているようだと言う事に、密かに葵は安堵の息を吐く。

 トラブル絡みで報道部を相手にするというのは冗談でも誇張でもなく、24時間気が休まる事が無い日々が続くのだ。

 とりあえずの所の現状を再確認した葵は、いつの間にか空になっていたコーヒーカップ二つにコーヒーを注ぎ直す。龍宮にはそのまま、自分のものには先ほどは入れなかった砂糖とミルクを注いでかき混ぜる。

 

「あ~、すまん。一番聞きたい事だったんだが、なんとなく後回しにしてた。いや、今までにも尋ねる機会はあったんだけど……」

 

 葵は、程良く甘くなったコーヒーに口を付けて、喉の渇きを潤した。

 自分が少し緊張していた事を、そこで初めて自覚した。

 今までにも何度か感じていた、常識外中の常識外。何度も足を踏み入れかかったが、自分の臆病な本質のせいか、あるいはさりげなく関わらせないようにしていた龍宮の配慮のおかげか。

 

「あのエヴァとかいう女やお前達……あぁ、前にいくつかあった変な事件もそうだな。俺は超能力やら超科学とかそっちの関係だろうってことで納得していた訳だが――」

 

 なんにせよ、それまで自分が下していた『逃げる』という判断を、否定も肯定もしなかった相方が、こうして巻き込んできたという事は――もう、逃げられないのだろう。

 

「お前達は……何なんだ?」

「そうだね。厳密に言えば、私は違うのだけれど……」

 

 龍宮もまた、カップに口を付けた。

 心なしか、覚悟を決めたような……あるいは諦めたような顔で口にする。

 

「魔法使いだよ、先輩」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「まいったなー」

 

 朝倉和美は、自室のベッドに転がりながら自分の携帯を開いてみていた。

 そこに表示されているのは、いつもの待ち受けではなく、ちょうど自分が入浴していた間に送られていたメールだった。

 

「あの人がこういうメールをするなんて……明日この都市滅ぶんじゃない?」

 

 恐ろしく物騒な事を呟くが、恐らく今隣の部屋でテレビを見ているルームメイト達、クラスメートに報道部の友人それぞれが肯定を返してくれるだろうと朝倉は信じている。

 

「まぁ、あの人の性格からして、大事になるまえにどうにかしようとするんだろうけど……」

 

 朝倉が葵と友人付き合いを始めたのは、去年の9月の終わりごろからだった。

 当時、あのクールな女子として知られる龍宮真名が、派手に誰かと喧嘩をしたという噂を聞いて調べて行った所、同じ部活の友人である葵へと辿りついたのだ。

 当然取材を敢行する朝倉。部活終わりを待ち伏せて、龍宮と一緒に帰宅していた葵をひっ捕まえて、龍宮と共に取材をお願いしたのだ。

 結局喧嘩の内容についてはさっぱり分からなかったのだが、そのかわりといってはなんだが、いざという時に頼りになる知人と知り合ったのだから差引きトントンというところだろう。

 

 ともあれ、日頃から世話になっている男のお誘いだ。本人の正確や癖を考慮しても、まず損な話ではないだろう。むしろ、日頃の借りをまとめて返すいいチャンスかもしれない。

 ほくそ笑みながら、朝倉は改めて送られてきたメールに目を通す。

 

 

 

 

『From 篠崎葵』

『To 朝倉和美』

 

『Sub (none)』

 

『明日の放課後、駅前広場のいつものカフェにいつもどーりの三人で緊急会議。龍宮と一緒に校門で待っておくように。

 

 P.S. 派手に動くぞ。準備しとけ』

 

 

 

 いつも通り、用件だけの簡素なメールだが、それはとっても面白くなりそうな『お祭り』への招待状だった。

 それがどのようなものかは分からないし、スクープに出来ない事かも知れない。

 だが、極上のネタという餌を前に我慢できる程、朝倉和美と言う少女は大人になりきれていないのだ。

 それはつまり、彼女が打ち込む返信の言葉は――『了解』以外にありえないということだった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「和美ちゃんを巻き込んだのは、真名ちゃんだったか。いや、彼女だろうとは思っていたが……」

 

 その日の業務や折衝が終わった深夜、学園長は、顔なじみが営業する少々『特殊』な定食屋で注文を待ちながら、自分の部下である高畑と共に並んでカウンターに腰をかけていた。

 

「はい。確かに独断行動として責められる行為であり、また魔法の秘匿義務にも違反しますが……それほど間違った判断とは思えません。どうか罰の方は……」

 

 高畑の言葉に、学園長は頷くことで高畑の言おうとしたことに肯定を示す。

 朝倉和美という少女は、そのバイタリティからとにかく目立つ存在だ。いずれは自分たち『魔法使い』に気がついただろうが、この状況下で『彼女自身』が気づく事は、彼女が緊張度の高いトラブルに巻き込まれることを意味する。 

 平時であれば、逆にこちらから干渉することで、この学園都市に程良い刺激を与えてくれるスパイスのような役割を果たしてくれたかもしれない。だが、いまは平時ではない。いわば『内紛中』なのだ。

 

「一般人を装って彼女に接近する者もいました。彼女という影響力の強い存在を招き入れ、広告塔の様な存在として利用しようとしたのではないでしょうか。最近の彼らの行動から見るに、魔法の秘匿義務を敢えて軽視しているようにも感じますし……」

「彼らの目的が、魔法の存在を世間に浸透させることだと?」

「……そう疑っている者もいます」

「では、君はどう考えているのかね?」

 

 まだ、頼んだ料理は二人とも来ていない。カウンターの上にあるのは、一本のビール瓶と二つのグラスだけだ。

 高畑はグラスを煽り、僅かに残っていた中身を飲み干す。

 

「わかりません。わからないんですよ……。僕には、何が起こっているのかが分からない」

 

 分からない事態を引き起こしている何者かに対してか、あるいは何が起こっているのか理解できない自分が悔しいのか、高畑は自分のグラスにもう一度ビールを注ごうとする。

 だが、瓶を手にしたのは学園長だった。

 

「あっ……。申し訳ございません、学園長」

「まぁまぁ、ここ最近君を走り回らせてばかりじゃ。少しくらいは年寄りにも労わせてくれんかのう」

 

 高畑のグラスに注いだ後、今度は自分がと伸ばされた高畑の手をひっこめ、自分のグラスにビールを継ぎ足す。

 

「君の気持は分かる。儂にも、今の連中の考えが読めん。正直、彼らの目的が戦争そのものだと言われても納得してしまいそうになる……。この事態は……この事態の……」

 

 一度口を閉じた学園長は、普段はあまり飲まないビールを口に含み、その苦みを喉へと流し込んでから一息吐く。

 

「引き金を引いたトリックスターは、一体何者なんじゃろうなぁ……」

「トリックスター……ですか?」

 

 怪訝そうに聞き返す高畑に、学園長は静かな口調で返す。

 

「神出鬼没にして、大胆な行動、さざなみのような、一見いたずらのような行動に見せかけた伏線を張り巡らせ、されど姿も目的もほとんど見えず。まさしくやっかいな相手じゃ」

 

 そこでようやく、カウンターの向こう側から頼んでおいた料理が来た。学園長の好物でもある蕎麦と天麩羅だ。

 学園長は「おぉっ」と嬉しそうに声を上げると、割り箸を割ってつゆの入った器に薬味を落としていく。

 

「……ならば、この事態に対処するには、そのトリックスターを捕まえなければどうしようもないと?」

「ふむ……。捕まえようとするだけでは、恐らくすり抜けられるじゃろうな」

 

 続けて運ばれた自分の蕎麦と天麩羅を受け取りながら尋ねる高畑に、学園長はしっかりと彼の眼を見て答える。

 

「トリックスターを相手にするには、如何に守るのではなく如何に攻めていくかを考えなくてはならん。守りに入れば、そのまま相手にペースに乗せられていってしまうじゃろう。今の学園のようにな……」

 

 同時に学園長は、自分が下手を打ってしまっている事を告白する。

 彼の頭の中には、姿見えぬトリックスターに先手を打たせてしまった事を悔む後悔が色濃く残っていた。

 

「……では、攻めに入るには……」

「……人が足らんのう。いや、適任がおらんと言うべきか」

 

 わずかに塩をつけた海老の天麩羅を箸で掴み、そのまま何かを探すように視線を宙に這わせる。

 

「トリックスターを本当の意味で相手取れるのは英雄でも魔王でもない――トリックスターだけじゃよ……」

 

 ひとり言のようなつぶやきの後、学園長――近衛近右衛門がかじった天麩羅が、サクッと小気味よい音を立て、二人と店主以外誰もいない店内に響き渡った。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。