とある記憶喪失者の活動記録   作:rikka

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一回筆を置くと話の流れはともかく細かいところで躓いて結局書き直しになるという罠orz


お待たせしました、『篠崎葵』第5章です


Phase.5 三人+学園の水面下

 

 

―― 篠崎葵。貴様の自由を賭けてもらおう

 

 

 

―― ……このクソ吸血鬼……っ!

 

 

 

―― ん? なにか言ったか?

 

 

 

―― 俺がなんのためにこんな博打打ってんのか分かって言ってんだろうな……っ!?

 

 

 

―― フフ、だからこそだよ『道化師』。お前が最も必要としている物を得たいのならば、同時に今のお前の大事な物を賭けてもらわなければ不公平だろう?

 

 

 

―― ……足元を見られるってのはこの事か。

 

 

 

―― 人聞きが悪いな。これから、荒波渦巻く世界に舵を切ったお前への餞別だ。

 

 

 

―― 船出の餞別にして……船に乗る資格があるかの選別ってわけか。

 

 

 

―― 気に入っただろう? 己の意思で、自分の道のために他者を踊らそうとするお前にはちょうどいい。

 

 

 

―― あぁ、ほんっとに気に入ったよ……。この悪党。

 

 

 

―― ふ、聞き慣れた褒め言葉だよ。……道化師。

 

 

 

 

 

 

 

 

『Phase.5 三人+学園の水面下』

 

 

 

 

 

 

 

 ちょうど春休みに入ったということもあり、葵はすぐさま荷物をまとめ、一時期の間の自分の本拠地を龍宮の家でもある龍宮神社へと移す事になった。

 特訓のための山や森が近いというのが一応の理由だが、最大の理由はそうではなく――

 

「どうだい朝倉。この写真に写っている連中に見覚えはないかい?」

「見覚えも何も……結構いるよ、見た顔。葵先輩がらみも含めて、妙に報道部に接触しようとしてきた奴らだ」

「……まさか、本当にいなくなった瞬間に仕掛けてくるとは……。罠かなにかがあるんじゃないかとか考えないのか? ……いや、考えたから下っ端である自分の生徒達を使ってんのか」

 

 神社の中にある社務所の一室に集まった葵、龍宮、朝倉の三人は、テーブルの上にばらまかれた写真に目を通していた。

 

「葵先輩、これで確定したね。反学園長派は、こちらの予想以上に貴方を重要視している」

 

 それらは、葵が部屋を一時期空けておく事を寮監に伝えたその日から彼の部屋に龍宮が巧妙に仕掛けておいた監視装置に残っていた記録である。

 あるいは、こちら側の情報を収集するためになにか仕掛けてくるやもと考えていたが――まさか碌に下調べもせずにズカズカと部屋に上がり込んでくるとは思ってもいなかった。

 

(まぁ、早くも尻尾を見せてくれたのはいいんだが……)

 

 その中で顔がハッキリと割れているものを朝倉に見せた所、朝倉を始めとする報道部の面々に色々聞きまわっていた『向こう側』の生徒に間違いないという事が判明した。

 

 

「……俺が火種になり得るって話はエヴァンジェリンから聞いている。だけど――」

「引っかかる事があるのかい?」

 

龍宮が少し散らばった写真をテーブルの上で揃えながら葵にそう尋ねるが、葵は眉をしかめたまますぐには返事を返さない。

 

「――やっぱり引っかかる。反学園長派は何をしたいんだ? 単に学園長を引きずり下ろしたいんだけならもっと手っ取り早い方法だってある。加えて、どうして彼らは俺にこだわるんだ?」

「……なるほど、確かに」

 

 自分が関わったスキャンダルを利用したいというのならば分かる。

 それならば学園長を真正面から攻める事もできるし、なによりやり方によっては周囲の受けを良くして上手い事流れを作ることだってできただろうに。

 

「こーーーらっ!」

 

 葵が頭を悩ませていると、何を思ったか突然朝倉がペットボトルのお茶を葵の目の前に突きつけた。

 

「冷てぇだろうが、なにしやがる!!?」

「先輩が無駄な事を考えているからだよ! 今の先輩に必要な事は頭よりも身体! 状況の整理はもう十分でしょ!? こっから先は特訓特訓!!」

「うるせぇっ! そんなこたぁわかっちゃいるんだよ! ……わかっちゃいるんだけどなぁ」

 

 そうぼやきながら、葵は困った時の癖となっている顎を撫でる仕草をしながら椅子の背もたれに身体を預け、軽く視線を宙へ彷徨わせる。

 

「どうにかしないとマズいって気がするんだよなぁ。……なんとなくだけど」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「えぇ、学園長もそろそろアクションを起こすようです。まぁ、当然の判断でしょうな。……えぇ、はい、今のところは当初の想定通りに事が進んでいます」

 

 職員専用の寮の一室――異様に防音、盗聴対策を施しているその部屋の中で、初老の男はさらに声をひそめてどこかと通信を取っていた。

 ただし、その口元に当てているのは携帯電話のような機械ではなく、一見何の変哲もない紙――魔法の世界では『符』と呼ばれる物だ。

 口調こそ男は丁寧だが、その顔は苦虫をかみつぶしたように歪んでいることから、相手に対して思う所があるのだろう。

 

「えぇ、例の坊やは2―Aに所属しております。あそこには護衛対象が一まとめになっておりますからな。えぇ、それで……は?」

 

 苦虫をかみつぶすような顔から一転、虚をつかれた顔になった男はバタバタと机の上の書類ファイルを引っ張り出し、パラパラとページをめくり目標を見つける。

 

「えぇ、彼に関する報告は前回の通りで……はい? えぇ、龍宮真名、朝倉和美両名と行動を共にしております。はい――再調査!? いえ、何も……はい、かしこまりました。……そのようなことは決して!……はい、細部に至るまで漏れ一つなく調べ上げて見せます。はい、では失礼いたします」

 

 そう言い終ってから、男はしばらくそのまま動かなかった。恐らく、通信が確かに切れたかどうかを確認しているのだろう。

 切れた事を確認した瞬間、その表情が一変した。

 

「……………………えぇい、あの小娘がっ!!!」

 

 男は符を口元から離すと同時に乱暴な手つきで手にしていた書類をベッドに叩きつけ、符を指で強くこする。するとそこから炎が広がり、次の瞬間には灰も残さずに消えてしまった。

 

「この私が! 本国であれだけ泥にまみれて、手を汚し! ようやく地位を掴んだこの私が!!」

 

 防音が完備されているこの部屋でなければ出すのためらうような声で、男は怒鳴り散らす。

 それだけでは飽き足らずに男は机の上の書類の束を払いのけ、荒い息を上げながらペンなどの文房具や小物をなぎ倒した。

 

「あんな小娘の小間使いなぞ……っ!」

 

 肩で息をつきながら荒々しく備え付けのベッドに腰を下ろした男は、先ほど叩きつけた書類をもう一度拾い上げた。

 

「こんな小僧が一体なんだというのだ」

 

 気が付いたら自分よりも強い権力を持っていた存在からより詳細な調査をと頼まれた存在。その写真を――篠崎葵の顔を男は憎々しげに眺めながら、どこからか取り出した缶ビールのプルタブを思い切り開けるのだった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 特訓と言っても、まず葵がやらなければならない事はハッキリしていた。

 基礎体力の底上げ。この一言に尽きる。

 もともとパイアスロン部では、龍宮には劣るものの能力的には部長達レギュラーに勝るとも劣らないほどの実力はもっていると認められていた葵である。当然、身体能力は高いほうなのだが、その頭には『一般人の中では』あるいは『一般人にしては』という枕言葉がつく。

 確かに今のままでも、やり方と装備次第では『逃げる』事は可能かもしれない。

 だが、立ち向かうとなると求められる基礎体力のレベルが一気に跳ね上がるのだ。

 具体的にいつが『彼女』との決戦の日になるのかは未だ流動的だが、そう遠くはないハズ。

 

「ぜぇ……はぁ……。くそっ、覚悟はしていたがこれはきつい……っ!!」

「さすがの先輩もきつそうだねー。とりあえずノルマは一応達成。晩御飯まで休憩して、その後は神社の境内で基礎トレしながら身体をほぐすようにってさ」

 

 ようやく山の麓まで駈け下りてきた葵を待っていたのは、適当な切り株に腰をかけ、なにやらノートパソコンをカタカタいじっている朝倉の姿だった。

 今葵が行っているのは、この近くにある山の麓から頂上まで走って最低でも往復するというものだ。

 それほど高い山ではないとはいえ、今の葵の力では丸一日かけてやっと行える物であるので、春休みに入った今だからこそできる訓練だといえるだろう。

 春休み中に出来るだけ基礎体力を身につけ、学校が始まってからは、やはり龍宮神社に身を寄せながらより実践的な訓練を加える予定となっている。

 朝倉が持ってきていたドリンクボトルを受け取るやいなや口を付け、二口ほど口に含んで喉を潤した葵は、袖で口元をぬぐいながらフラフラと彼女の隣に腰を下ろした。

 

「学園長との交渉はどうなってる?」

「んー。まだ前哨戦……というか、先輩がエヴァちゃんと戦おうとしているのはどうやら黙認するみたいだよ。あくまで私目線での感想だけどね」

「……協力してもらえそうか?」

「半々っていった所だねー」

 

 先ほどまで龍宮を付き添いとして学園長との交渉に朝倉は赴いていた。

 内容は、近いうちに起こるだろうエヴァンジェリンとの決戦において必要ないくつかの物資、及び知識の提供に関して。

 なにせ相手は経験豊富なうえに、身体能力はおろか魔力すらチートレベルの『真祖の吸血鬼』だ。正直な話、この交渉内容は文字通り自分が賭けに勝つのに必要な『最低レベル』の条件なのだが――それがfifty-fiftyとは正直きついものがある。

 

「朝倉、何かいい情報はないか?」

「交渉材料になりそうなものだよね。うーん……」

 

 朝倉も頭にパッと思いつく事がないのか、左の握りこぶしの先でこめかみを突きながらパソコンのキーを叩いていく。

 

「なんというかなー。正直な話、交渉しようとしていると毎回……本当に毎っ回! なんか変な勧誘されるんだよねー」

「勧誘? 学園長から?」

「ううん。ガンドルとか刀子先生から」

「…………あ? なんで?」

「……どうも、元から『あっち』側に来るだろうって予測を付けられていたっぽくてねー。それなら今の内から正式に『あっち』の勉強をした方がいいんじゃないかってしつこくてさ」

 

 めんどくさいめんどくさーいと繰り返す朝倉の様子に、自分の想像以上に彼女が一部教師から熱烈なラブコールを受けている事を察する葵。

 

(確かにコイツの技能は麻帆良の中でもかなり重要な部類に入るものだけど、穏健側がそこまでアイツを重要視してるってなると……どうにもなぁ……)

 

 朝倉のもつ技能、能力の最足る物は言うまでもなく情報収集及びそれに付随する技能――そして、それに付随する膨大な人脈こそ、彼女の最大の武器にして財産と言えるだろう。

朝倉が所属する麻帆良女子中等部はもちろん、各学校内の報道部のつながり。彼女自身が築いたそれ以外の人員。一部教員や広域指導員すら含まれているそのつながりは、人の使い方を知っている者から見れば喉から手が出るほど欲しいものだろう。特に、静かな内紛中といえる現状の麻帆良学園では。

 

(現状戦力では手が――戦力ではなくてが足りないと下の人間は考えてる。……そういう前提で物事を考えるならば、多分、反対勢力からの圧力がかなりかかっているってことだろう。加えて、反抗のきっかけが掴めていない。うわぁ、すっごい殺伐してそうだなぁ今の学園長側)

 

 自分にも――いや自分だからこそ関係があることだというのに、まるで他人事のようにのんびりとした思考をしている事を自覚しながら、葵はそんなことを考えていた。

 

(はてさて、こんなめんどくさい状況、自分に被害がないのならばとっとと尻尾を巻いて逃げる所なんだけど……)

 

 葵は横目で朝倉のノートパソコンのディスプレイを覗き込みながら、考えはまとめていく。

 今の自分達が打つべき一手。それには何が不足しているのか。そしてそれの用意、あるいは代用するにはどうすればいいのか。

 今ある手札から考えるのではなく、あるべき答えから逆算していく。

 随分と前に龍宮との雑談で出てきた、考えに行き詰った時の思考法を実行していた葵は、ふとひとつの策を思いついた。

 

「朝倉、学園長側でお前に接触してきた人間は全員覚えているか?」

「そりゃこれでも報道部だからね。顔を覚えなきゃ仕事はできないさー」

「接触してきた回数は? それと順番は?」

「? や、一応全部覚えているし、メモもしているけど……ほい、赤字で書いてあるのが向こう側から話しかけてきた人たち」

 

 ほら、と朝倉が手渡した手帳――最初の見開きのページに『特別仕様』と大きく書かれたそれのページをめくり、ここ最近の日付の所を探すと、余白欄の所に日にちと話をしたのであろう人物たちが事細かに書かれていた。

 その中で赤字で書かれていた者たち――『向こう側』を意味する人物たちに素早く目を通していく葵は、その口元を緩ませた。

 

「朝倉、一つ交渉を頼んでいいか? 方法は任せる」

 

 その顔に、その悪戯を自慢する子供のような顔に、朝倉は傍から見れば似ているといわれるような笑みで返す。

 

「その言葉を待っていたんだよ~、篠崎先輩」

 

 付き合いは決して長いものではない。一年どころか半年にも満たない時間しかともにすごしていないのだ、それは当然。

 だが、その密度は――篠崎葵、龍宮真名の二人と共に過ごした時間の密度は、決して浅いものではないと、彼女は胸は張って言えた。

 

「で、ご注文は?」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「学園長、どうしてあの男子生徒を管理下に置かないのですか?」

 

 ここ最近ではもはや恒例となっている話し合いが学園長室で行われている。

 中等部の教員の一人である瀬流彦は、この部屋に入ってから確か3回目となるため息を吐く。

 話題の中心になっているのは、もはやここ最近ではおなじみとなったとある男子生徒。ひょっとしたら、ここ数日起きた話し合いの中で、彼の名前が出なかった日はないのではないだろうか。そんな錯覚を覚えるほど、彼の名前は本当によく耳にしている。

 篠崎葵。この学園で、純粋な意味でもっとも力を持つ魔法使い、エヴァンジェリン=A・K=マクダウェルが、『もはや一般人ではない』と断言し、そしてまた、この学園で上位の実力者である龍宮真名の庇護下にある一人の男子生徒。

 ここ連日の話題は、彼の処遇をいったいどうするべきなのかということで大いに賑わっていた。

 

「あの『闇の福音』がそうだと認めた以上、もはや彼はこちら側に踏み込んだのと同じです。しかるべき教員を彼に紹介し、こちら側の教育を進めるべきです!」

 

 黒人教師のガンドルフィーニ先生の言葉にうなずく者はかなり多い。ほぼ全員といっていい人数だ。

 この場で彼の言葉に頷いていないのは、中立の立場をとっている自分と明石教諭、弐集院教諭そして明確に反対の立場を表明している修道服を着た褐色肌の教師、シスター・シャークティーと高畑教諭の五人だけだ。

 

「それに関してはすでに言った通り。ワシはこれからしばらく、本国の人員からの対処に専念する。諸君らの動きは各々に任せる――――が」

 

 ただ一人椅子に座っている学園長は、一度言葉を切ると、普段あまり見せない鋭い視線で周りを見回す。否、その視線で周囲を『斬った』。

 

「篠崎葵君に関しては手出し無用。向こう側から接触をしてくるならともかく、基本的に今は彼に関しては静観。彼に関してはエヴァンジェリンに任せる」

 

 今この場に、学園長に――学園長の言葉に反論できる者はいなかった。

 だが、反論しないことと納得したという二つの事象はイコールでは結ばれないのだ。

 

(どうしよう。このままじゃあガンドルフィーニさん、絶対納得できないですよね……)

 

 激情に流されることも多いが、生徒想いの良い教師の一人だ。

 できる事ならば手を貸してあげたいが……。

 

「学園長、一つよろしいでしょうか」

 

 恐る恐るといった口調を隠すことはできなかっただろうが、それでもハッキリと発言することができたことに達成感のようなものを感じた。

 

「……なんじゃね、瀬流彦君?」

「エヴァンジェリンさんに彼のことを任せる。それについて異議はありません。ですが、それは同時に大きな隙にもなりえませんか?」

 

 驚いた様子――というよりは、好奇心をくすぐられた様子で学園長が自分の発言を拾ってくれた。

 

「この学内において『闇の福音』がその実力をかなり落としている事はもはや周知の事実です。ですが、彼女が危険視されている事には変わりなく、『彼ら』も彼女には危険人物のレッテルを貼っています」

 

 まぎれもない事実だ。中等部である自分や高畑教諭ならば、彼女は無意味に力を行使するような危険な存在ではない。まぁ、扱いが難しいというのはあるが……。

 

「せめて、こちら側……好きな言い方ではないですが、『善い魔法使い』が管理――というのは言いすぎですが、彼の対処に関わっているという振りが必要ではないでしょうか」

 

 周囲に対してのカバーにもなるし、『こちら側』の適当な人物を付ければガンドルフィーニ先生のような人たちも納得するだろう。

 

(できれば高畑先生あたりがついてくれればいいんだけど……それはさすがに難しいか

ネギ君のこともあるしなぁ……)

 

 とりあえず学園長も、こちらの言葉に納得してくれたのか、微笑んだまま頷いている。

 

「なるほどなるほど……そうじゃな。瀬流彦君の言うとおりだ。こちらから、しかるべき人物を一名彼女の補佐につける。これに、誰か異論はあるかの?」

 

 先ほどと同じく、これに反論する人間はいない。先ほどと違うのは、ガンドルフィーニ先生や刀子先生の顔から少し緊張が取れているように感じる。

 

(よかった……。とりあえずは上手くいったか……)

 

 とりあえず葵君に関してはガンドルフィーニ先生がこれである程度収まってくれれば、こちら側の問題はほぼ解決したようなものだろう。後は一致団結して、独自の動きをしている教師陣に対応していけばいい。

事実、そこからの会議はスムーズに進行し、およそ30分ほどで全てが終わった。

 全員が今後の事を話しながら学園長室からまばらに出ていく。

 自分もそれに続こうとすると、誰かに優しく肩を叩かれた。ん? と思い振り返ると、そこには優しい笑みを浮かべた高畑先生がいた。

 

「言わされたね、瀬流彦君」

「…………はい?」

 

 

……え、なにが?

 

 

 咄嗟に背後に視線を感じて振り向くと、そこには先ほどと同じ姿勢のまま、こちらに向けてニッコリと笑みを向けている学園長の姿がそこにあった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 龍宮神社の一角を使わせてもらっている葵達は、三人揃ってテーブルに付き、それぞれの宿題をこなしていた。

 

「…………物理なんて滅べばいいのに」

「や、先輩。手を止めるたびに恐ろしい事をボソッと呟くのやめてくんない? 何気に結構怖いんだけど、ソレ」

「というより、ほぼすべての教科でそれ言ってないかい先輩? あ、英語の時だけは無言だったか」

「ふっふっふ、冬休みの間にお前に英語は徹底的に叩き込まれたからな。おかげでこいつだけは常に上位キープなんだ」

「……先輩、後輩どころか中学生のタツミーに教えてもらって手に入れた上位って自慢できるの?」

「他の奴らはそれを知らんからな、中間テストの時も胸を張って答案を受け取って来たぞ。ハッハッハッハ!」

「先輩。さすがのあたしも、その開き直りにはドン引きだよ」

 

 実は葵と同じタイミングで、朝倉も外泊許可を申請していたのだ。いまではこの三人で龍宮神社から学校へと通っている形となっている。通学にはやはり少々不便だが、ここ最近の学校では人の目線に注意を払わないといけないこともあって、特に朝倉はこの外泊を大いに楽しんでいるようだ。

 

「まぁ、冗談はさておき……。もう少ししたらテスト期間。そしてテストが終わればすぐに春休み。その間にどうにか力を貯えないとな……」

 

 向こうからしたら、恐らくおままごとレベルの力しか出さないだろうが、それでも相手は真祖の吸血鬼だ。生半可な力では到底かなうはずのない相手。そして、ここにその生半可『以下』の力で戦いを挑もうとしている馬鹿がいる。

 

「まぁ、最悪すりおろしたニンニクでもぶっかればいいんじゃない? なんかほら効きそーだし」

「……いや、朝倉お前そんな……。いまどきの児童書にでてくるレベルの吸血鬼にしか残ってないような弱点なんて……」

「確かに、それは効くな」

「効くのかよ!?」

「彼女を倒した……というか捕らえた魔法使いは、中に大量の水を張った落とし穴を掘って、その中にやはり大量のネギやニンニクを投入することで無力化したそうだ」

「コントかよ!!?」

 

 膨大な力を持つ吸血鬼相手にそんな真似を慣行したその魔法使いを恐れればいいのか。あるいは、そんな作戦にはまっている真祖の吸血鬼を笑えばいいのか。

 

「……あぁ、そうだ。仕掛けるなら4月辺りがオススメだ。花粉症でかなりキツいらしい」

「あ、毎年その時期に学校来てなかったのってサボってたわけじゃなかったんだ」

「……………………」

 

 決して油断してはならない相手。そう、決して油断してはならない相手なのだ。

 だが、まさかの雑談から露わになっていく彼女の弱点の多さに、おもわず頭を抱えてしまった。

 

「はは。まぁ、確かに弱点は多いが、その分強い。いや弱点が多くあるにも関わらず『最強の魔法使い』と呼ばれているのは伊達じゃない、というべきか」

 

 一息ついたのか、龍宮は自分が広げていた問題集とノートを閉じ、テーブルに肘をついた

 

「さきほどの作戦も、彼――サウザンドマスター相手でなかったら引っかからなかっただろうさ。彼女は、サウザンドマスター相手に複雑な感情を持っているようだしね」

「……あぁ、うん。まぁ、この話はここで終わりにしておこうか。俺がそれやったらミンチになるまで殴り続けられそうだ」

 

 そもそも、ある意味で自分のPRとも言えることになるだろう戦闘でそんな真似をしようものならば、後からどんなイメージが付いて回るかわからない。

 

「最低限の目安として、どこまで力をつければいいのかな?」

 

 訓練に関してはとりあえず龍宮に任せていたが、龍宮は体力についての目安はともかく戦闘に関する技能の取得目安については何も言っていなかった。気になった葵が聞いてみると、

 

「そうだな……とりあえず銃火器以外の武器を一つ使って熊を倒せるレベルかな」

「いきなりハードルすごいな、おい」

 

 今までの生活からは想像できなかった答えが返ってきた。

 熊に勝つどころか、本気で逃げ回る猫一匹捕まえる自信のない葵は、とりあえずそこに至るまでの道のりは相方が考えてくれるだろうと考え、違う話題に切り換えることにした。

 

「……戦いそのものはとりあえず置いておこう。朝倉、そっちは?」

「はいはーい、とりあえず先輩が目を付けた人たちを調べ直しといたよ。ほいこれ資料」

 

 朝倉が自分の横に置いていた鞄から表紙部分に大きく『マルヒ♪』と書かれた薄いファイルを取り出すと、葵は手を伸ばしてそれを受け取った。

 

「相変わらず仕事が早いな」

「文屋は、足も筆も早くなくちゃやってけないよ。元々の資料もあったからっていうのもあったけど、大学の新聞部部員の人達にも資料を回してもらって出来るだけあてのありそうな人達全員のデータを揃えてきたよ」

「……あ~、やっぱりそんなに数は多くないか。まぁ、それは承知の上だったけど……。ふむ……」

 

 書類に書かれている名前と、貼られている顔写真とを一致させて覚えていく。

 麻帆良学園都市内の教会に務めているシスター=シャークティー。友人でもある明石裕奈の父親で麻帆良大学に勤めている明石教授。幾度か外食店の取材で一緒に食べ歩いた弐集院先生。そして、最後の一人は高畑教諭と同じくらい葵自身世話になっている教員である。

 

「残念ながら、妙な会議やらなんやらのせいか捕まんなかったけど、とりあえずこの人から当たるよ、先輩ともそこそこ仲良かったでしょ?」

 

 身を乗り出した朝倉がページを更にめくり、一つの名前を指す。

 釣られて身を乗り出した龍宮はその名前を見て「なるほど」と呟き、葵は予想通りと言いたげに二、三度頷く。

 彼女の指し示した名前は、中等部の人間ならば知っているある教師の名前だった。

 

 

 

 

 

「瀬流彦先生。いつも通り迷惑かけてしまうけど、手伝ってもらいましょうか」

 

 

 

 

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