-ゼス ハニワ平原-
ゼス中央部に位置する巨大な平原。魔法大国ゼスにとって天敵であるハニーたちが隔離されている場所であり、ハニワ平原と呼ばれている。いつからこの場所に隔離されるようになったのか、誰がその政策を行ったのか、文献にすらハッキリとは残っていない。長い歴史の中で徐々にこの場所に追いやられ、それが慣習化したのだろう。
「ゼスには何度か来ていますけど、この場所には初めてきました」
「有名な場所ですけど、わざわざ寄る人は少ないですからね」
シトモネが周りを見回しながらそう口にすると、ナターシャがそれに対してしっかりと反応を示す。ネイの働きもあり、すっかり打ち解けたようだ。
「シィルちゃんは?」
「小さい頃に学校の社会科見学で一度だけ来た事があります」
「わざわざこんな場所に?」
シトモネの問いにシィルが昔を懐かしむような仕草をしながら答える。シトモネとの事で魔法使いへの耐性が出来たのか、シィルの話にもナターシャは反応を示していた。
「ちゃんと危ない場所も知っておきましょうという事で。護衛の方付きでしたが」
「(護衛付きって……もしかして、シィルちゃんって奴隷になる前は結構なお嬢様だった?)」
「おい、いつまでくっちゃべっている」
「あ、すいません、ランス様」
ランスに注意され、シィルが頭を下げながらそちらに駆けていく。今回は任務でもないのに、図らずもブラック隊とグリーン隊の合同行動となっていた。
【ブラック隊参加メンバー】
ルーク、シトモネ、ネイ、ナターシャ
【グリーン隊参加メンバー】
ランス、シィル、リズナ、ロッキー、殺、タマネギ
「別に任務という訳じゃないし、リズナだけで良かったんだがな」
「馬鹿者。そんな事言って、リズナにあんな事やそんな事をするつもりだろう」
「え? そうなんですか?」
「成程。本当に騙されやすいようだな」
ルークの言うように、これはアイスフレームの任務ではない。グリーン隊からの参加は景勝に会いたいリズナだけで良かったのだ。だが、ランスがこれを拒否。なし崩し的にリズナがブラック隊に入る事を危ぶんだのだ。ランスの言葉を鵜呑みにしかけたリズナを見て、殺が呆れたように頷いているのが見える。
「それに、ハニワ平原にいる美人の神官に用事があるんだろう? このむっつりが。そういう美人は俺様に顔合わせするのが先だろう」
「本当に耳が早いな」
「アベルトさんが仰っていたんです」
ルークの目的は景勝との再会ではない。それはあくまでおまけだ。本当の目的は、ハニワ平原の教会を管理している、とある神官をブラック隊に引き入れる事だ。戦力が増えるならとウルザとダニエルに了解を貰っていたのだが、恐らくダニエル経由でアベルトに伝わり、そこからランスに漏れたのだろう。まあ、その分リズナを連れてくる事はすんなり出来たのだが。
「ぐふふ……美人の神官と人気のない平原。実に青姦日和なシチュエーションだ」
「本来、営みは密閉された場所でこそ安心感を得られるので行える……ですが、それを破る事に意義のある行為……禁忌を破るからこそ得られる悦楽、という訳です」
「別に俺様にそういう感覚はないがな」
「ああ、貴方はいつでもどこでも誰とでも、ですものね。だからこそ興味深い」
「ランス様、タマネギさん……子供もいるだすよ……」
白昼堂々エロ談義を始めるランスとタマネギ。なんとなくランスがあの男を部隊に残している理由を垣間見た気がするルーク。それを止めるロッキーは、常識人かつ苦労人枠といったところか。ネイも即座に殺にフォローを入れる。
「ごめんね、殺ちゃん」
「別に気にしなくて良い。うちの甥も似たような感じだ」
「えっ……殺ちゃんの甥って……えぇっ!?」
「ネイ、うるさいぞ」
「いや、だって……年齢が……あれー?」
ランスに注意を受けてもなお納得のいかない様子のネイ。とんでもない爆弾発言を聞いてしまった気がし、うんうんと唸っている。
「ランスは苦手なタイプの女性だと思うがな」
「馬鹿者。俺様に苦手な美人などいる訳がない。俺様が苦手という事は、そいつがブスだという事だ」
「一応忠告はしたからな」
ルークが意地悪そうな顔でニヤリと笑ったのが見え、シィルが小首を傾げる。
「だとしても、この大人数はどうなんだ?」
ブラック隊からの参加は4人と少人数。セスナ、バーナード、インチェル、珠樹の4人は軽めの任務に当たって貰っているのだ。それに対し、グリーン隊は6人。任務でもない事に割く人数としては多めだ。
「いや、俺様的に埋められるものは埋めておかないと気が済まないというか……」
「……埋める? 何の話だ?」
「なんとなく、前衛3人、後衛3人の6人で枠を埋める感覚みたいなのがゼスに来てからあってな」
「なんのこっちゃ」
全くもって何の話か判らないため、ルークは眉をひそめる。異次元の会話であった。そんな会話をしながらハニワ平原を練り歩いていると、遠くに建物が見えてくる。
「隊長、あれじゃないですか?」
「多分そうだな。ハニワの里らしきものは見当たらなかったか?」
「それらしきものはありませんでした」
弓兵で目が良いナターシャに辺りを探らせていたが、ハニワの里らしきものは見つからなかったようだ。リズナが心配そうな顔つきに変わる。
「まあ、ハニー達の隠れ家みたいなものだし、そう簡単に見つかる訳もないか」
「景勝に会うのは難しそうでしょうか?」
「いや、もしかしたら今から会う神官が知っているかもしれない。中々に博学な女性だからな」
「ほう、頭も切れるのか。美人で頭脳明晰……マリスとかセルさんみたいなタイプか?」
「……っ」
「(あれ? 今ルークさん、笑うのを堪えた?)」
ランスの発言に吹き出しそうになるルークに気が付いたのはシィルだけであった。
-ゼス ハニワ平原 教会-
「ゼス美少女コンテスト最終エントリー、間もなく発表。美人過ぎる銀行頭取。今日もゼスは表面上だけ平和ですこと」
教会内で寝っ転がりながら新聞を読んでいる金髪の女性。ご丁寧な事に床には絨毯が敷かれており、目の前には魔法ビジョンまで置いてある。神聖な教会内とはとても思えない寛ぎ空間だ。
「魔法ビジョンある、ラジオもある、うし車全然走ってねぇ。おらこんな平原いやだー」
これが今の彼女の日常。平原にいるハニーたちは持ち前の要領の良さで手懐けた。AL教からの使者もこんな辺境には滅多に来ない。だからこそ、魔法ビジョンを勝手に取り付けるなど、好き勝手やっている。それでも、彼女は『退屈』だった。かつて、あの男と出会う前のように。
「リーザス行ったら、ゴールド貯めて、カジノで大散財ー、現実は非情である……この歌、ダ・ゲイルが歌った方がそれっぽいわね」
自分でも変わったと思う。胸躍る冒険に興味など無い。命がけの戦いなど真っ平御免。面倒事など無いに越した事は無い。それでも、あの男といる時間は実に楽しかった。これは恋愛感情だろうか。いや、違う。話の合う者と、同じ時間を共有するだけで十分楽しいというあの感覚。十年来の友人と共に過ごす時のようなあれだ。同じ『狂人』、どこかで惹かれ合っていたのだろう。
「……ん? 外が騒がしいわね」
「……に美人……様が一番乗り……」
「好きに……」
「……あら? この声は……」
そして、『退屈』な日常が終わる。
-ゼス ハニワ平原 教会の前-
「ここに美人の神官がいるんだな。俺様が一番乗りだ! そうだな、俺様が入ってから30分後くらいに入ってこい。一発ヤっておく」
「好きにしろ」
ででん、と教会の前でランスが仁王立ち。美人と噂の神官を前に、既にハイパー兵器の準備は万端。屈伸運動まで始める始末だ。それをどこか呆れた表情で眺める一同だが、ランスを止めると思われていたルークがあっさり許可を出した事に驚く。
「ルークさん、止めなくていいんですか?」
「そうですよ、隊長」
「まあ、見ておけ」
シトモネとナターシャの二人に心配するなと含みを持たせる。そんな事とはいざ知らず、ランスは一人教会へと突貫していった。
「がはは! 美人の神官はどこだー!!」
「へい! 美人一丁お待ち! 好きにしてね」
「あんぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!」
ランスが教会に入って2秒後、絶叫がハニワ平原内に響き渡った。
-ゼス ハニワ平原 教会-
「お前、俺様をハメたな……」
「何が何やらサッパリ」
「嘘を付け! ロゼって名前を出せば済んだ話だろうが! この確信犯が!!」
ルークがランスの追及をすっとぼけ続ける中、ロゼは質問攻めにあっていた。何せあのランスに悲鳴を上げさせたのだ。興味も引かれるというもの。
「随分と大胆な格好ですね……」
「AL教一の不良神官を自負しております、はい」
「殺さん、見ちゃ駄目だす」
「問題ない。知り合いに女の露出狂と男のストリッパーもいるから慣れている」
「何この娘凄い」
「ほう、ランスさんたちとは以前からのお知り合いですか」
「腐れ縁みたいなもんね。シィルちゃん、シトモネ、リズナ、ネロも前からの知り合い。久しぶりー」
ナターシャ、ロッキー、殺、タマネギの初見組を見定めるように会話しながら、シィル、シトモネ、リズナ、ネイの知人組にひらひらと手を振る。それを受け、ペコリと頭を下げるシィルたち。
「お元気そうで何よりです」
「ギャルズタワーの一件ぶりですね」
「その節は……その、薬、助かっています」
「ねえ、私だけ名前間違えてなかった? わざと? ねえ、わざとなの?」
「あれ? ネロ・チャペット7世さんじゃなかったかしら?」
「どこのどなた!?」
「ヘルマンの将軍」
「やっぱりわざとじゃない!」
ネイをからかって笑うロゼにつられ、周りの者もつい笑ってしまう。これもまたロゼの力の一つだ。
「(ロッキーの反応を見るに、AL教の神官は大丈夫みたいだな)」
ゼスにおける魔法使いを嫌悪する人間にはいくつか種類がある。魔法使いであれば全て憎いと思う者も勿論いるが、多くの二級市民はAL教の神官は別と考えている。神の使いであるAL教は神聖と考えられ、二級市民にもAL教の信者は多い。彼らは基本的に救われたいのだ。宗教にのめり込む人間が多いのも頷ける。ロッキーやナターシャも、どうやらAL教は大丈夫と考えるタイプだったようだ。
「レジスタンスねぇ……随分と思い切った事してるわね。サイアスに怒られても知らないわよ」
「火傷くらいで済ませて欲しいものだがな」
「無理ね。キューティに泣かれ、サイアスに燃やされ、ウスピラに凍らされ、カバッハーンに痺れさせられ、アスマに裏切り者って刺される。悲しみの向こうへと逝ってらっしゃい」
「雷帝だけ想像がつくな……」
サイアス共々、未だに雷帝には頭が上がらない。変に若い頃に会ってしまったせいだ。げんなりとした表情を作るルークだが、ロゼが少しだけ表情を変えたのを見て、自身も真剣な表情を作る。
「協力してくれるか?」
ルークの言葉はこれだけ。普通ならばちゃんとした生活のある者をここまで簡単には誘わない。誘うとしても、しっかりとリスクを説き、覚悟を確認する。だが、ロゼにはこれで十分。リスクなど十分に判っているだろう。覚悟も自分で決められる。そして、その上でどうするか自分の意志で決められる、そういう女性だからだ。
「……良いわよ。丁度退屈していたしね」
静かに微笑むロゼ。これでブラック隊にも神魔法使いのヒーラーが入隊。部隊全体の底上げとしてはかなり大きなものとなった。
「今からでも考え直さんか? アイスフレームなど来ても何も良い事は無いぞ」
「おらアイスフレームさ行くだー」
「ちくしょう……」
ランスだけは本気で悔しがっていた。さもありなん。
「ところで、ハニワの里がどこにあるか知っているか?」
「ん? ハニワ臭い場所に何か興味が……って、ああ。そういえば今は景勝が暮らしてたわね。ええ、知っているわよ」
「本当ですか!?」
「まあ、ハニー達は手懐けてますから。向こうから誘ってきたわ」
くい、と何故か付けてもいない眼鏡の位置を直す仕草を取るロゼ。ハニーが眼鏡っ娘大好きなのはそれなりに有名な事柄。恐らく、ハニーを手懐ける際に眼鏡を付けていたのだろう。そのままごそごそと戸棚を漁り、青色のハーモニカを取り出してきた。
「これがハニワの里に行く鍵よ」
-ゼス ハニワの里-
「空中都市とはな……」
「凄い仕掛けでしたね」
「ハニーの技術力は馬鹿に出来ないわよ」
一同が驚くのも無理はない。ハニワの里は、ハニワ平原の上空に存在していた。教会の傍にある草むらでロゼがハーモニカを吹くと、地面がドンドンとせり上がっていき、この空中都市へとルークたちを運んだのだ。
「しかし、何故これが見つからないんだ? それ程高い位置にあるとは思えんが」
「魔力で外からは見えないようになっているみたい。高位の魔法使いだったら気付くかもしれないけど、そもそも魔法使いはハニワ平原に寄り付かないしね」
「成程」
合点がいったと頷く殺。イタリアの時もそうだったが、気になった事はそのままにしておけない性格のようだ。
「空中都市というと、闘神都市を思い出しますね」
「確かに。町の真ん中に大きな建物があるデザインもどこか似てるし」
「案外、闘神都市を真似しているのかもね。いや、逆も有り得るかも。M・M・ルーンがハニーの技術からヒントを得て都市を浮かせた……流石にないか」
シィルをはじめ、闘神都市の戦いに参加したメンバーは同じ事を思っていた。空中都市といえば、やはり闘神都市を思い出してしまう。そして、ルークに取っては忘れ難き宿敵の事も。
「(ディオ……)」
理由は判らないが、何故かルークは最近になってディオの事をよく思い出していた。これまで戦った敵の中でも最も禍々しく、狂気を感じた宿敵。単純な強さであればジルやノスの方が上であったが、それでもルークより格上の存在。三度戦い、一勝二敗。満身創痍同士で戦った最後に何とか勝ちを拾えたに過ぎないのだ。
「(いや、奴は死んだ。思い出す必要はない)」
「景勝の家はこっちよ。ついて来て。リズナたちはちょっと驚くかもね」
まるで自分に言い聞かせるように、ルークは自身の胸の中にある不安を振り払っていた。
-魔人界 骨の森東部-
魔人界とゼスを隔てるマジノライン。その場所の付近に広がる魔人界側の森、通称骨の森。今この森の中を、一人の少女が走っていた。大きな木の前でピタリと止まり、口を開く。
「定期報告です、ジーク様」
「ご苦労様です。それで、首尾の方は?」
「順調です。過激派のレジスタンス内に上手く入り込めましたし、疑われてもいません。奴らを上手く扇動すれば、何か情報が得られ……」
「クカカカカ……」
少女の報告を気味の悪い笑い声が遮る。ムッとした表情を作る少女の前に、木の陰から一体の機械人形が姿を現した。
「どこが順調だ? 結局情報を掴めていないではないか」
「こういうのは慎重に進めるべきなんです。何も判っていない新米使徒は黙っていてください」
「オーロラの言う通りですよ。まだ焦る時期ではありません」
「ククク……まあ、手が必要になったら声を掛けろ。私も『超えられる』んでな」
マジノラインを親指で示し、そのまま機械人形は再び木の陰へと姿を消した。いつの間にやら気配もなくなっている。軽く舌打ちをする少女。
「ちっ……何なんですかね、あいつ」
「オーロラ、はしたないですよ。彼も今は我々の仲間です」
そう宥める少女の主も、心の中ではまだ割り切れてない。なにせ、あの機械人形には多くの同胞を殺されているのだから。数百年前、魔人戦争と呼ばれる大戦の時に。
「(魔法を受け付けない体……確かにゼス侵攻の切り札ではありますが……)」
受け入れたくない。あの存在だけは。
-ゼス ハニワの里 景勝の家-
「リズナ、息災だったか?」
「うん、景勝も相変わらずね。でも、顔色は前よりも良いかな」
「(顔色の違い、判ります?)」
「(いや、全く判らん)」
再会を喜び合うリズナと景勝。二人は三年もの間、脱出出来ない城の中で暮らしてきた仲だ。親友という言葉でも足りないくらいの絆で繋がっている。リズナの口調も、心なしかいつもより砕けている。
「おい、お茶だ、お茶。いつものように美味しいのを淹れてくれ」
「はいはい」
「でも、結婚していたのには驚いたわ」
「すまんな。丁度お前にも知らせようと手紙を書いていたところなのだ」
「妻のハニ子です。主人がお世話になったようで……」
「いえ、お世話になったのは私の方です……」
意外な事に、リズナと別れてから景勝は妻を娶っていた。ハニ子という名で、ピンク色の胴体と赤いリボンがチャームポイントなハニーだ。トコトコとお茶を運んだ後、深々と頭を下げあうリズナとハニ子。ハニ子の方は体ごと傾いている形である。見れば、机の上には書きかけの手紙と青いハーモニカが置いてある。確かにリズナに手紙を書く途中のようであった。
「聞きたい事、書きたい事が多すぎて、手紙が上手く纏まらなんだ。ゼスに行ったお前がまた騙されていないか心配で心配で……」
「あっ……」
「むぅ……騙されていたのか」
「う、うん……」
リズナの判りやすい反応にため息をつく景勝。その反応を見たリズナは慌てて取り繕うように、ルークに視線を向ける。
「でも、そこをルークさん達に助けられたの」
「成程。ルーク殿、あの時に続き、此度もリズナのために動いてくれたようで。感謝のしようもない」
「リズナにはレジスタンスを手伝って貰っているからな。貸し借りはないさ」
そのままリズナはランスにも視線を向ける。
「それで、ランスさんも同じレジスタンスにいたので、今はランスさんの部隊にお世話になっているの」
「それでこのケダモノがお前の傍にいる訳か。今すぐブラック隊に移りなさい」
「ハニーにケダモノと言われたくないわ」
口喧嘩を始める景勝とランスであったが、心の中では景勝はランスにも感謝していた。色々とあったが、ランスはリズナを玄武城から救い出してくれた恩人なのだから。
「レジスタンスと聞いて心配したが、大丈夫そうだな」
「うん……」
「ルーク殿、ロゼ殿、シィル殿、シトモネ殿、ついでにランス。それと、他の皆様も。どうかリズナの事をよろしくお願い申す……」
「空から放り投げるか、このプチハニー」
「駄目ですよ」
小さな体を机に擦り付け、ルークたちにリズナを託す景勝。ランスの暴言を注意しつつも、その頬は赤い。景勝のその行動が嬉しくもあり、気恥ずかしくもあるリズナであった。
「しかし、良い時期に来たな。実は最近、隣の家に温泉が湧いてな。空中露天風呂で実に良い湯だから、ゆっくり浸かっていくと良い」
「おっ、それは良いな」
「空中に露天風呂って湧くの?」
「湧いたもんはしょうがない」
「郷に入っては郷に従えだな」
シトモネの疑問はもっともだが、ここはネイや殺のように開き直るのが一番だろう。この世界、不思議な事などいくらでもある。
「ロゼはもう入ったのか?」
「もち。良い湯っていうのは本当よ。眺めも良いし」
「あ、男湯と女湯で分かれていないから、時間で分けて入る事」
「そうか、なら混浴だな」
「やはり貴様はケダモノだ」
景勝がそう口にすると、ハニ子がスススと景勝の後ろに隠れた。その行動が気になったのか、ランスが問いかける。
「何だ?」
「私の事も狙っているんでしょう? 美人を見ると見境なく襲うと主人から聞いています」
「……俺はハニワには手は出さない」
「……うそ、目がいやらしい」
「金を積まれても手なんか出さんわ!!」
「中々面白い奥さんだな」
「でしょ? 私も結構気に入ってるわ」
苦笑するルークと、からからと笑うロゼ。曰く、二人の結婚式はロゼの教会で上げたらしい。教会内を埋め尽くすハニーとは、中々にカオスな光景であっただろう。
-ゼス ハニワの里 空中露天風呂外-
「ほんげー、ほんげほんげー」
温泉の中からランスの鼻歌が聞こえてくる。一番湯はランスとシィル。次に女性陣が入り、最後に男性陣という順番になっていた。ランスは女性陣を混浴に誘うが、これを拒否される。正確にいうと、リズナだけは別に入っても良いという反応を見せたが、ロゼが『今なら私がセットで付いてきます』と言い、ランスが真剣に悩んだ末に今回は諦めたのだ。
「リズナと混浴のチャンスを逃すくらいって、どんだけ嫌われてるのかしらね」
「天敵なんだろ」
壁に寄り添いながら話すルークとロゼ。他の者たちは雑談をしており、今は二人だけの会話だ。少しだけ声のボリュームを下げるロゼ。
「一緒にいる事に驚いたわ」
「全く反応を見せなかった辺り凄いな」
「まあね」
フェリスとの一件をロゼは知っている。だからこそ、ルークとランスがこうして行動を共にしている事に内心驚いていた。あの一件に決着がついたのかとも思ったが、どうやらそういう訳でもないらしい。一方、ルークの方もロゼがあまりにも普段通り過ぎて驚いていた。ランスへの反応も今までのまま。自分はすぐに切り替えられなかった事を考えると、やはり彼女は何か違う。
「爆弾抱えたままなし崩し的に行動してると、いつか大爆発するわよ」
「返す言葉がないよ」
「そうなった時は、ちゃんと責任取りなさいよ」
「……了解だ」
そう。今の状況が良い訳がないのだ。
「あー、えがっだ」
「長いわよ。さあ、私たちも入りましょう」
ランスと入れ替わりで女性陣が風呂に入っていき、ロゼもそれに続く。その背中を見送りながら、ルークは独り言ちた。
「ああ……良い訳がないんだ……」
-ゼス ハニワの里 空中露天風呂内-
「あー、本当に良い湯だすなー」
「ええ。溜まっていた疲れが取れます」
「温泉も久しぶりだな」
ロッキー、タマネギ、ルークの三人が同時にため息をつく。華やかな前二組とは違い、実にむさくるしい空間であった。
「年々風呂のありがたみが判ってくる」
「ルークさん、意外に年がいっているんで?」
「もう三十路間近さ」
「見えないだす」
「嬉しい事を言ってくれるな。タマネギは妻子持ちだったか?」
これは確かレジスタンス内で聞いた噂。調教師という面から見ると確かに驚きの事実だが、確か彼の本業は考古学者だったはず。それなら合点もいくというもの。
「ええ。私には勿体ないくらい良き妻、良き息子です。そちらの方は考えているんですか?」
「いや、まだ考えていないな」
「そうですか。子供も良いものですよ」
「……ああ、それは知っている」
我が家にいる少年と少女の顔を思い浮かべながら頷くルーク。その反応を見たタマネギは何か訳ありかと察し、それ以上は追求してこなかった。
「しかし、中年の男三人で風呂とは奇妙な状況だな」
「あの、おら、まだ14歳だす」
「なん……だと……」
「これは失礼。てっきり我々と近い年齢かと……」
衝撃の事実であった。
「ルーク様は、ランス様と長い付き合いなんだすよね? 色々と聞かせて欲しいだす」
「まあ、おいおいな。二人とも、ランスに無茶な要求はされてないか?」
「大丈夫だす。ランス様には救って貰った恩があるだす」
「実に楽しませて貰っていますよ」
ロッキーは無茶をさせられている事を肯定しつつも、それを受け入れている。対するタマネギは、含みのある笑いで返してくる。反応は違うが、どちらも不満は無いようだ。そして、タイミング的には丁度良い。ロゼにも爆弾は抱えたままにすると危ないと言われた。なら、可能なものだけでも少しずつ取っていく事にしよう。
「シィルちゃんやシトモネはどうだ?」
「…………」
「(踏み込んできましたね……いや、今だからこそでしょうか)」
タマネギは難しい顔をしているロッキーに一度視線を向け、すぐさまルークに視線を戻す。ルークよりも年上であり、考古学者としても調教師としても色々な人間を見てきた。だからこそ、ロッキーの抱える問題にも気付いていたし、それを何とかしようと思ってルークがこの話題を出したのもすぐに理解した。
「私は職業柄、魔法使いの方を相手にする事も多かったですからね。元々特に嫌悪感のようなものはありませんよ」
「そうか……ロッキーは?」
「……わからないだす」
「…………」
少しだけ間を置いてから、ロッキーはぽつぽつと語り出した。
「魔法使いは……嫌いだす……でも、シィルさんもシトモネさんもリズナさんも……良い人だす……」
「…………」
「でも……やっぱり簡単には認められなくて……そんな自分が嫌になるだす……」
魔法使いから酷い仕打ちを受けてきた。その根幹にある気持ちは、そう簡単に変える事は出来ない。だが、ロッキーは変えようともがいている。シィルたちの事を良い人だとちゃんと認め、その上でまだ彼女たちを認められない自分とちゃんと向き合っている。この答えを聞いて、ルークは少し安心していた。彼なら大丈夫。いずれ、その根幹にある気持ちを払拭する事が出来るはずだ。
「大丈夫そうだな」
「へ?」
「ゆっくりとで良いんじゃないか? 急いでも仕方がない」
「……でもおら、自分の醜い感情が嫌で……」
「その感情は当然のものだ。醜くなんてないさ。ゆっくり自分の気持ちと向き合うと良い」
「そうですね。調教も焦らず、じっくりと進めていくのが基本です。相談にはいつでも乗りますよ、年長者としてね……ふふ……」
「お二人とも……ありがとうございますだす……」
もう少し時間は掛かるだろうが、アイスフレームが抱える爆弾の一つはこれで取り除かれただろう。
-ゼス ハニワの里 空中露天風呂外-
「ふーん。そんな活動をしてるのね」
「はい。ゼスを変えるために、みんなで頑張っているんです」
「でも、少し規模が小さくない?」
ナターシャからアイスフレームの活動を聞いていたロゼだったが、口にうし乳のビンを加えながらハッキリと口にする。ルークとランスが所属しているレジスタンスなのだから、一体どんな事をしているのかと期待してみれば、案外肩透かしの内容だった。
「やはりお前もそう思うか?」
「まあね。残忍な事ばかりする魔法使いを倒して欲しいとか、魔法使いの家に行ったきり戻ってこない両親を捜して欲しいとか……そんなのいくつこなしても国は変わらないでしょ」
両手でやれやれとジェスチャーを取るロゼ。確かに言う事も判るが、今のアイスフレームの方針を決めているのはウルザだ。彼女を馬鹿にされたくはないと、ナターシャは口を尖らせる。
「それはそうですが……でも、こういった積み重ねも大事なんです」
「ナターシャに賛成。ペンタゴン時代にヤバいレベルの過激派を結構見てきてるからね。行動を起こせば良い訳じゃないと思う」
「うーん、難しい話題ですね……どちらかというと、ネイさん、ナターシャさん側かなぁ」
「ランス側だな。既に積み重ねる段階は過ぎている。いや、積み重ねた結果が今のこの国だ」
「……私情混ざるので、パスです」
ネイとシトモネはナターシャの意見に、殺はランスの意見に同調。リズナはゼス出身、それも魔法使い側であるため、話にはあえて参加していなかった。シィルも似たような立場だが、彼女は最終的にランスと同じ側につくのは確定している。やはり隊内でも意見の分かれるデリケートな話題だったようだ。
「(そうだ。こんなちまちまとした事をやっていてもしょうがない)」
今なお議論を続けるロゼたちを見ながら、ランスは珍しく真剣な表情を作って考え込む。知られてはいないが、ウルザは既に自分の物だ。方針などいくらでもコントロール出来る。ならば、どんな任務をこなす。ゼスにしっかりとダメージを与えられ、かつ自分たちにリターンの大きいもの。
「(そういえば……ウルザちゃん、前に資金不足とか言っていたな)」
そして浮かぶ、とある作戦。
-ゼス イタリア-
「すっかりゼスの中まで入り込んじゃったわね」
イタリアにあるカフェでジュースを口にするのは、リーザスの忍びであるかなみだ。アダムの砦の一件から数日、イタリアまで入り込んでいたのだ。ここはイタリアの観光地。一級市民と観光客向けの煌びやかな店が立ち並んでいるが、少し遠くにいけば治安の整っていない二級市民街が広がっている。彼らの生活を知っているかなみにとって、ある程度割り切っているとはいえ、やはり心から楽しめるものではない。
「もう少し行けば四天王の塔か……アダムの砦ではやらかしちゃったし、慎重にいかないと」
先日の失態を反省するかなみ。たまたま変な男がいてくれたお陰で助かったが、あんな幸運二度は無い。
「でも、後数日はここで情報を集めて行こうかな。ここも結構な都市だしね」
そう口にしながら遠くに目をやる。そこにそびえ立つのは、イタリアにある二級市民向けの中堅銀行、ゼス共同銀行。
[人物]
ロゼ・カド (6)
LV 9/30
技能 神魔法LV1
ハニワ平原の不良神官。カスタムの街から飛ばされてからは怠惰な生活を送っていたので、当然のようにレベルは下がっている。ルークに誘われ、ブラック隊に入隊。
景勝 (6)
リズナのパートナーであったプチハニー。親友であり、親子のような関係。玄武城から脱出後、妻を娶った。今は平穏に暮らしている。
ハニ子
景勝の妻。良く出来たハニーだが、少しだけ自意識過剰。
[アイテム]
青いハーモニカ
ハニワの里に行くためのキーアイテム。ハニー達が信頼した相手にしか渡さない。