ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第178話 俺の中の最強

 

-奴隷観察場 隠し通路-

 

「成程。ランスたちはこの隠し通路を使って脱出したのか」

 

 アベルト手製の地図を片手に、奴隷観察場へと続く秘密通路を進むルークたち。現れるモンスターは低級のものばかりであるため、後ろをついてくるタマネギとバーナードの二人と軽く談笑しながら先へ進む。

 

「タマネギがアイスフレームに入った時期は俺と大差ないのか」

「ええ。森で女の子モンスターの調査をしているところ、ランスさんたちと偶々出会いましてね。そのまま居着いてしまったという訳です。確か、殺さんも同じ時期ですよ」

「意外だな。貫禄があるからもっと前から所属しているのかと思っていた」

「あの貫禄は生まれ持ってのものでしょうね」

「確かにな。ランスとは上手くやっていけているか? 中々気難しい所があるからな」

「そうですねぇ。なんとか問題は起こさずにやっていけていますよ」

 

 ルークがアイスフレームに所属してまだ日は浅い。早々に隊長を任され、任務に追われる日々であったため別の隊の人間の情報にまではあまり手が回っておらず、こうして生の声を聞けるのは貴重な機会であった。

 

「バーナードは確かペンタゴン時代からの所属だったな?」

 

 イカマンを斬り捨てていたバーナードにも声を掛ける。ルークの方に視線を向け、コクリと頷くバーナード。

 

「どうしてアイスフレームに移ってきたんだ?」

「あそこの連中は腐ったミカンだった」

「…………」

 

 独特の言い回しに眉をひそめるルーク。チラリとタマネギに視線を向け、「判るか?」と目で問いかけると、苦笑交じりに「何となくは」と目で返してくる。確かに、何となく言いたい事は判る。

 

「……だが、一つ心残りもある。フランチェスカ、残してきた彼女の事が……」

「ルーク隊長。この壁がダミーで、ここから施設内部に侵入出来るようですね」

「そうか。よし、行くぞ」

 

 秘密通路の終点まで辿り着き、細工の施された壁から奴隷観察場内部へと侵入するルークたち。瞬間、眉をひそめる三人。場内にはつんと鼻を刺激する血の匂いが立ち込めていた。これ程広い施設なのにだ。見れば、そこら中に奴隷たちの死体が転がっている。どれもまだ死体になってからそれ程時間が経っていないと思われる。

 

「噂には聞いていましたが、あまり良い場所ではありませんねぇ」

「おかしいな。前に見た時には、こんな事にはなっていなかった」

 

 ラドンに招かれた時の事を思い返すルーク。この奴隷観察場は娯楽や賭けの施設としての意味合いが強い。

 

『本日よりパパイア様ご提供の合成魔獣が放たれます。期間は奴隷が20名殺されるまで。あーん、大変だったら大変だ♪ 頑張って逃げ回ってくださーい!』

 

 これは、あの時施設内に流された放送。いくら2級市民を捕まえて来られるとはいえ、その補充にもある程度限りはある。施設側が本気を出せば、奴隷などあっという間に全滅させられてしまう。そうならない為にバランス調整はしっかり行っていたはずなのだ。あの時の放送にあった20名殺されるまでというのは、正しくそのバランス調整であるはず。

 

「……駄目だな。皆、息が無い」

 

 近くに転がっていた奴隷たちを調べていたバーナードが首を横に振る。予想外の事態だ。

 

「これだと、ヘルマンの皇子も死んでいるかもしれませんねぇ」

「とりあえず、息のある者を捜してくれ」

 

 ヘルマンの皇子の居所。そして、何故奴隷観察場がこのような事になっているのか。とにかく今は情報を得る事が先決だ。ルークの指示を受け、動き出そうとする一同。だが、その足がすぐに止まる。見れば、いつの間にやら自分たちの周りを巨体のつぎはぎモンスターが囲んでいたのだ。

 

「どうやら皆さん、このモンスターにやられたようですね」

「合成魔獣か。だが、今度は相手が悪かったな。行くぞ!」

「華麗な舞をお見せしよう」

 

 武器を取り、ルークたちはモンスターに向かって一斉に駆けだした。

 

 

 

-アイスフレーム ウルザの屋敷前-

 

「ん? なんだ、あの連中は」

 

 皇子救出の任務をルークが請け負ったため、ぷらぷらと拠点の中を散歩していたランス。すると、ムカデのようにぞろぞろと連なった者たちが視線に入った。

 

「ランス様、あの服はペンタゴンの服ですよ」

「何でペンタゴンの連中がこんなところに?」

 

 ウルザの屋敷の前で行儀よく休めの体勢で待つ部下たち。その統制された様子が逆にランスには気味の悪さを感じさせていた。

 

「んー……おっ、あの娘は確か……」

 

 女の子刑務所でペンタゴンと対峙した際、機関紙を配っていた可愛い娘がいたのを覚えていたランス。その娘の姿を見つけたランスは笑いながらその娘に近寄っていく。

 

「よう。確か前に本を配っていた女の子だよな?」

「はい、そうですよー。ポンパドールと言います。お見知りおきを」

「がはは! ……あれ? 前にどこかで会ったか?」

「今自分で本を配っていたって言ってたじゃないですかー」

「……いや、もっと別の場所で」

「世の中には自分に似た人が5人はいるって言いますからねー」

「うーん……そんなもんか?」

「そんなもんですよー」

 

 適当にはぐらかされるランス。他の部下たちはランスに興味なしといった感じで一瞥もしないのに対し、このポンパドールはペンタゴンの中では比較的話が通じそうな娘であった。そのまま会話を続けるランス。

 

「まあ、それはもういいか。それで、ここで何をしているんだ?」

「今、ウチの提督とエリザベスさんがそちらのウルザさん、ダニエルさんと話をしているんですよ」

「何? ウルザちゃんとか? それに、エリザベスちゃんも来ているのか」

「普通、提督が来ている事に驚くと思うんですけど」

「ジジイはどうでもいい」

「ランス様……」

「うへー」

 

 提督を侮辱されたため、それまで一瞥もしていなかった部下たちがギロリとランスとシィルを睨む。それに対し、ポンパドールは余裕のある態度だ。睨んでくる連中をふん、と鼻で笑いつつ、ランスはポンパドールに疑問を投げる。

 

「ポンパドールちゃんはあまり怒っていないんだな」

「これでも幹部ですからねー。挑発に一々反応していたら舐められちゃいますので」

「幹部なんですか? そんなにお若いのに!?」

「実は提督よりも年上ですけどね……」

「ん? 何か言ったか?」

「いえいえ。若いなんて嬉しい事言ってくれるなーって」

 

 ポンパドールの顔立ちはかなり童顔。10代でも通用するため、幹部だと聞いてシィルが思わず驚きの声を上げる。それに対しポンパドールは何やらぼそぼそと口にしていたが、小声であるため誰も聞き取れなかった。

 

「ほら、ここを見てください」

「ふむ、小ぶりだな」

「ぶっ飛ばしますよ」

 

 ポンパドールが自身の胸を指差すと、ランスがその大きさについて語る。気にしているのか、額に青筋を浮かべながら制服の胸の位置についた星の装飾をビシビシと指差す。そこには、「6」の文字が記されていた。

 

「ペンタゴンNo.6、ポンパドール。この数字は幹部の証です」

「ほう。確かによく見ると他の連中と作りが違うな」

「因みに、No.1は提督、No.2はエリザベスさんです。詳しい事はこの機関紙に……」

「いらん。どうせ捨てるだけだ」

 

 機関紙を取り出そうとしたポンパドールを止めるランス。あんまりな反応だが、ポンパドールは特に気にした様子も無い。

 

「つまり、ウルザちゃんに話があって来たという事だな?」

「はい。後は、出来ればルーク・グラントさんとも話をしたかったようですけど」

「(ルークさんと……? もしかして、解放戦の英雄だから?)」

「ルークと? あいつは止めておけ。俺様の方がずっといい男だ」

「ランス様……」

 

 どうやらペンタゴン来訪の目的にはルークも含まれていたようだ。シィルが『解放戦の英雄』という通り名目的かと考えを巡らせる中、ランスは自分をグッと親指で示しながらアピールをする。だが、ポンパドールは意外にもその意見に同意した。

 

「いやー、でも私もそう思うんですよねー。あのルークって人、苦手です。最低です。極悪人です」

「おっ、中々話が判るではないか。ない乳だが男を見る目があるぞ。もみもみ」

「もう、冗談が好きなんだからー、がすがすがすっっっ!!」

 

 ポンパドールの肩を組んで胸を揉みしだくランスと、額に青筋を浮かべながら全力で脇腹をパンチするポンパドール。表面上は穏やかな光景だが、その拳にはかなりの力がこもっていた。見れば、ペンタゴンの連中が薄らと汗を掻いている事にシィルが気付く。どうやらポンパドールの胸については禁句のようだ。

 

「……たりはしない!!」

「ん?」

 

 その時、ウルザの屋敷の中から大きな声が聞こえてきた。どうやらウルザの声のようだが、それは非常に珍しい事だ。あのウルザが激昂しているなど、ただ事ではない。組んでいた腕を外し、ランスが屋敷の入口へと向かっていく。

 

「あっ、今はトップ同士の会談中ですから怒られますよ」

「馬鹿言え。俺様がウルザちゃんに怒られる訳ないだろう」

「(……ふむ)」

「あっ、ランス様。待ってください」

 

 他の部下連中はランスの大口を信じていない。だが、ポンパドールだけは眉をひそめていた。それを気にした様子もなく、ランスとシィルは屋敷の中へと入っていった。

 

 

 

-アイスフレーム ウルザの屋敷-

 

 時間は少し遡る。屋敷へと招かれ、机を挟んで対峙するのは二つの組織のトップたち。アイスフレームのウルザとダニエル、ペンタゴンのネルソンとエリザベスだ。

 

「以上が我々の作戦だ。協力してはくれないか?」

 

 丁度今、本題が話し終わったところだ。ネルソンたちは今回、ある大規模な作戦をこなす為に、袂を分けたアイスフレームに協力を要請しに来たのだ。だが、ウルザは真剣な表情のままネルソンを見据える。

 

「……本気で言っているんですか?」

「本気だとも」

「この作戦が魔法使い側にどれだけ効果的な作戦かは……」

「論点はそこではない。無謀すぎると言っているんだ」

 

 エリザベスの言葉を途中で切るのはダニエル。どうやら彼もウルザと同意見のようだ。静かに首を横に振るネルソン。

 

「確かにこちらの被害も少なからず出るだろう。だが、見返りは余りある程だ。マナバッテリーには、それだけの価値がある!」

 

 ペンタゴンが目論んでいるのは、マナバッテリーの奪取であった。ゼスの国家機密、マナバッテリー。人間界と魔人界を隔てているマジノラインを稼働させる魔力を蓄えている装置の事だ。ネルソンの作戦はそのマナバッテリーを抑え、破壊し、混乱に乗じてクーデターを起こすというとんでもないものであった。

 

「マジノラインを停止させれば、魔人が攻めてくるんですよ!?」

 

 そう、それは余りにも常軌を逸した作戦。マジノラインを止めるというのは、魔人を抑える枷を外すのと同義。だが、ネルソンに焦りはない。

 

「魔人が来る前にマジノラインは再び稼働させるさ。ある程度の数のモンスターさえ来ればそれでいい。十分混乱には繋がる」

「どう再稼働させるか目途は立っているのですか?」

「魔法使いを捉えればいくらでも聞き出せる。それに、破壊自体は最終手段だ。上手く抑えられれば、破壊せずに交渉材料として使う事も出来る」

「その為に、どこにあるかもわからないマナバッテリーを探すというのか?」

「ポンパドールの持ってきた情報から、既に目途は立っている。後はその確認だけだ」

 

 まだウルザたちには詳細を伝えていないが、ペンタゴンは既にマナバッテリーの位置情報について情報を持っている。ポンパドールが持ってきた、闘神都市の墜落跡にあるという情報だ。だが、その闘神都市の遺跡というのがどこにあるのか掴めていない。

 

「その確認の為だけに、知っているかも判らない高官を行き当たりばったりに拘束し、尋問すると言うのですか!?」

「マナバッテリーの所在を知っている高官は少ないだろうが、その確認事項ならば知っている高官はそれなりにいるはずだ」

「その為に、情報が得られるまで犠牲を伴った強行突入を続けると?」

「国を変えるためには必要な犠牲だ」

 

 平行線。これまで何度こういったやり取りを繰り返してきた事だろうか。袂を分かったのも、こういった意識の違いからなのだ。わざとらしく大きなため息をついてから、ネルソンは諭すように語りだす。

 

「ウルザよ、何故判らない。今動かねば、この国は変わらぬ」

「動いています。アイスフレームだって、十分な程に」

「十分? 馬鹿を言ってはいけない。一度止まっていたお前が、ようやくよちよち歩きを始めたに過ぎん。間に合わんよ、このままでは」

「くっ……」

 

 一度止まっていた。この言葉がウルザの胸に突き刺さる。そんなウルザの胸を、ネルソンは更に抉る。

 

「これではセドリックもコーネリアも……ビルフェルムも浮かばれんな」

「っ……私の家族は、大量虐殺の申し出など決して受けたりはしない!!」

 

 怒声。ペンタゴン時代のウルザを知っているエリザベスですら、思わず目を見開いてしまうような迫力がそこにはあった。かつての才気溢れていた頃の彼女と同等、いやそれ以上の迫力が。それを受けてもなお平然とした様子のネルソン。いや、予定通りだとでも言うように笑みを浮かべ、ウルザに手を伸ばす。

 

「終わったと思っていたが、まだ気概は死んでいないようだな。ならば、立ち上がれ。我らの手を取れ。今がその時なのだ」

 

 だが、ウルザはその手を取らない。真っ直ぐとネルソンを見据え、こちらも諭すように言葉を並べる。

 

「自分たちの望む世界を手に入れるために破壊活動をするなど、自分本位過ぎます。それはレジスタンスではなく、テロです」

「では、待ち続けるか? 家畜以下の生活をし、理不尽な差別を受け、それでもいつかは誰かが助けてくれる。そう願い続けるか?」

「…………」

「あるいは、ゼスという国を捨て、自由都市にでも逃げ込むか? 祖国は失ったが、生活は潤った。それでめでたしめでたしとでも言うのか?」

 

 ウルザの手を取る為に広げていた拳をグッと握りしめるネルソン。

 

「違う、それは敗北だ! 国は捨てぬ。取り戻す。勝ち取るのだ、祖国を。我々の手で! 憎き魔法使い共から! それこそが『祖国の解放』なのだ!!」

「提督……」

 

 エリザベスがネルソンの言葉に酔いしれる。この人について来て良かったと心から噛み締めているのだ。だが、ウルザは意見を変えない。

 

「ですがこの作戦では、1級市民も2級市民も関係なく国が滅びてしまいます」

「…………」

「もう一度言います。貴方がたのやっているのは、レジスタンスではなくテロです」

「まあ、ウルザちゃんの言う事は尤もだな」

 

 第三者の声が聞こえ、視線が部屋の入口に集中する。そこに立っていたのは、ランスとシィルであった。申し訳なさそうにしているシィルとは対照的に、ランスは堂々とした立ち居振る舞いだ。

 

「おっさん。お前のやり方は乱暴すぎる」

「ランス様、途中からしか話を聞いていないから、私達あまりよく判っていな……」

「ええい、黙ってろ」

「ひんひん……」

 

 ポカリとシィルの頭を叩き、気にせず話を続けるランス。

 

「だがまあ、ウルザちゃんのやっている事も生ぬるいがな」

「えっ……?」

「殺しすぎるのもあれだが、犠牲がゼロで変化だけ望むというのも何か違う。お前らがテロなら、ウルザちゃんはボランティアだ。俺様からすれば、どっちもレジスタンスじゃあない」

「ふむ……」

「で、どっちもどっちだが、トップの差が大きい。おっさんと美少女なら、当然アイスフレームの方が上だ。がはは!」

「この男は何を言っているんだ……?」

 

 援護に来たと持っていたランスの口からまさかそんな言葉が出ると思っていなかったため、ウルザは目を丸くする。エリザベスが呆れる横で、ネルソンは何やら眉をひそめて考え事をしていた。暫しの後。ランスを見据えながら口を開く。

 

「一兵卒の君に用はない。席を外してくれるか」

「いーや、駄目だ。ウルザちゃんはおねむの時間だ。そうだろ?」

「……そうだな。そろそろ寝る時間だ」

 

 ダニエルにそう問いかけるランス。本来はまだ眠る時間ではないのだが、ここはランスの言葉に乗る。これ以上話したところで意味がないと判断したのだろう。ウルザの身体状況は知っているため、こう言われては話を続ける訳にもいかない。ため息をつき、ウルザを一瞥するネルソン。

 

「これで失礼させて貰おう。まだ少しでもやる気が残っているのであれば、いつでも連絡を待つ」

 

 マントを翻し、部屋を後にするネルソン。その後に続くエリザベスは、すれ違いざまにランスをきつく睨んでいった。重苦しい空気が徐々に解けていく。

 

「ふん。珍しく役に立ったな」

「なんだと、ジジイ!?」

「ウルザ、奴らの事は気にするな」

「ええ……」

 

 ダニエルにそう返事をするウルザ。そう、ペンタゴンのやり方が認められていいはずがないのだ。だが、胸にしこりが残る。それはネルソンの言葉ではなく、ランスの言葉。

 

『お前らがテロなら、ウルザちゃんはボランティアだ』

「(私は……だけど、今はこうするしか……)」

 

 ランスのその物言いに返す言葉を、ウルザは持ち合わせていなかった。

 

 

 

-奴隷観察場 場内-

 

「3日前から急に強力なモンスターが放たれて……今までは時間制限とかあったのに……それも無くなって……」

 

 ようやく息のある者を見つけたルークたちは、その男から情報を聞き出していた。傷は深く、もう助かりそうにないため、これが最期の言葉になるだろう。

 

「ヘルマンの皇子というのがこの奴隷観察場にいるみたいなんだが、知っているか?」

「知らねぇ……いても、もう生きてないかもしれねぇ……みんな死んでった……どんどん……どんどん……」

「……死んだか」

「戦士よ、安らかに眠れ」

「戦士ではなく奴隷ですけどね」

 

 男が息を引き取ったのを確認し、ルークは立ち上がる。確かにこの状況では、ヘルマンの皇子がいても生きている可能性は低いだろう。噂によれば、ヘルマンの皇子はそれ程腕の立つ方ではないはず。とはいえ、死体も確認せずに切り上げる訳にもいかない。

 

「どうしますか?」

「もう少し捜すぞ」

 

 そう言って捜索を続けるルークたち。進めど進めど、あるのは死体ばかりだ。場内中を捜し回り、最後の場所である奴隷たちの居住の最上階にまでやってきたルークたち。ここにいなければアウトなのだが、そこには今までにない光景が広がっていた。

 

「魔獣の死体の山だ。これをあの男が一人で……? なんて男だ……」

 

 バーナードが思わずそう声を漏らす。最上階には、おびただしい数の合成魔獣の死体の山が積み重なっていた。その中心で大の字に倒れているのは、青い髪の武闘家。ランスがいたら筋肉達磨というあだ名でも付けそうな程に盛り上がった筋肉。一目見て判る、この男は強いと。倒れてはいるが、息はあるようだ。こちらの気配に気が付き、寝転がったまま声を掛けてくる。

 

「おう、兄さん……水くれや……喉乾いちまった」

「ああ、構わないが……んっ? 確かあんた……」

 

 ルークが水を持って近寄り、その男の顔を見た。どこかで見覚えがある。すると、あちらもルークの顔を見てグッと体を起こした。

 

「……どっかで見覚えが……おっ、そうか、あの時の兄さんか!」

「やはりそうか。温泉街の」

「ああ、ゲームコーナーで一度会ったよな」

 

 そう、ルークはこの男と以前一度会っていた。サイアスたちといった温泉旅行のゲームコーナーで、ゲームに熱中しているこの男と話をした事はあったのだ。

 

「あの時から随分と鍛えたな。すぐには気付けなかったぞ」

「ははっ、まあ色々あってな」

 

 これ程特徴ある男をすぐに気が付けなかったのには理由がある。以前に会った時も十分ガタイがよかったが、今はそれを遥かに凌ぐ程の鍛えようだ。一体どれ程の鍛錬を積めばこのような筋肉が付くというのか。恐らく、生まれ持った才能というものもあるのだろう。ルークが剣の才能を持っているように、この男は武闘家としての才能があり、体がそれに応えたのだ。

 

「まあ、とりあえず水を飲め。話はそれからだ」

「サンキュー」

 

 男が水で喉を潤している間、ルークは男を観察する。盛り上がった筋肉は似非ではない。身体中についている生傷は、その筋肉で多くの攻撃を防いできた勲章だろう。だが、真新しい大きな傷は無い。これだけの合成魔獣を相手にしてもなお、この男は苦戦しなかったという事だ。手にはめられた鉄製のナックルも、使い込まれているのが一目で判る。

 

「(本物だな。この奴隷観察場にこれ程の男がいるとは)」

「兄さん、水サンキューな。助かったぜ」

「落ち着いたか?」

「お陰さんでな」

 

 水筒を受け取り、道具袋に仕舞うルーク。すると、男の方から問いかけてきた。

 

「それで、兄さんたちは何でこんな場所に来てんだ? 見たところ、奴隷って訳でもないんだろ?」

「人を捜していてな」

「人? こんな場所にか?」

「ヘルマンの皇子って知っているか? この場所にいるという噂が流れているんだ」

「…………」

 

 ルークがそう問いかけた瞬間、これまで笑顔であった男の顔が引き締まった。そのまま一度ため息をつき、やれやれといった様子で口を開く。

 

「もう民間レベルで情報が流れてんのか。ここにいるのも潮時だな」

 

 瞬間、今度はルークの表情が引き締まる。皇子と聞き、勝手に優男を想像してしまっていた。パランチョ王国のポロンとピッテンという知り合いがいた影響もあるだろう。だが、今の男の言葉が示すのはただ一つ。ルークに代わり、後ろに控えていたタマネギが問いを投げる。

 

「まさか、貴方が?」

「ああ。お前さんたちの捜しているヘルマンの皇子ってのは俺の事だ」

「失礼ですが、お名前は?」

「パットン。パットン・ミスナルジだ」

「ミスナルジ? 聞いているものと姓が違うな……」

「ん? ああ、ミスナルジは母方の姓だ。本名はパットン・ヘルマン。ヘルマンは国をぶんどってから名乗ってやろうと思っていてな」

 

 バーナードの問いにも焦る事無く答えるパットン。どうやら本当にヘルマンの皇子のようだ。だが、気になる事があったためタマネギは質問を続ける。

 

「国をぶんどる?」

「……恥ずかしい話だが、お家騒動で国を追われてな。対抗勢力に命を狙われて、そのまま逃げ回っている」

「なんと。そうでしたか……」

 

 ヘルマンのお家騒動については、ヒューバートの話していた内容からそれとなく察してはいた。だが、皇子が国を追われるまでに発展していたとは。ゼスとは違う形だが、あの国もまた多くの問題を抱えている。

 

「この場所は適度に鍛錬になるし、追手の目を眩ませるのにも丁度良い場所だったんだけどな」

「場所を変えるつもりですか?」

「まあ、仕方ねえさ」

「……俺たちはあんたを助けに来たんだ」

「ん? どういう事だ?」

 

 暫くの間黙り込んでいたルークが口を開く。どういう事かと尋ねてくるパットンに対し、ルークは説明を続けた。

 

「俺たちはゼスのレジスタンスだ。パットン皇子、あんたに協力を頼みに来た」

「協力? 今の俺は廃皇子だから、何も出来やしねえぜ」

「いや、あんたの武力は十分戦力になる。この場所ほどじゃないかもしれないが追手の目を眩ませる事は出来るだろうし、多少の厄介事は受け入れてくれるはずだ。それに、レジスタンス活動は荒事も多い。良い鍛錬になるはずだ」

 

 パットンが追手から逃げるのと同じ程度の比重を鍛錬に置いている事に気が付いたルークは、その線でパットンを勧誘する。目論見は成功し、興味深げな表情を浮かべるパットン。

 

「へぇ……面白そうな話だな。とりあえず、話を聞かせてくれ」

 

 腰を下ろし、ルークは説明する。今のゼスの状況と、アイスフレームの考えを。国を追われたとはいえ、一国の皇子。他人事では無いためか、真剣に話を聞くパットン。

 

「成程……確かに、俺にとってはメリットばかりだ」

 

 追手の目をある程度避けられ、いざその追手が来ても自分で対処する分には許容してくれるようリーダーに話してくれるとの事。鍛錬にもなるし、何よりも国を引っくり返すところを間近で見られるのが大きい。勿論アイスフレームの活動が成功するかは判らないが、いずれ自分もヘルマン国を取り戻すべく戦いを挑む身。この経験は大きな糧となる。確かに好条件だ。

 

「だけどよ、こっちばっかこんなに好条件で本当に良いのか? それに、追手の件は自分で言うのもあれだが結構面倒だぜ」

「問題ない。出る前に多少の厄介事を受け入れる事に関しては承諾している」

 

 国からの追手とは思わなかったが、皇子を人質にする事まで想定していた以上、当然ウルザたちも厄介事は受け入れるつもりであった。出がけにその辺りの事は確認を取っているため、ルークは問題ないと頷く。ルークの言葉を受け、それならばとパットンは笑った。

 

「それよりも、そちらこそそんなに簡単にこちらの言葉を信じていいのか?」

「兄さんの人となりはゲーセンの一件で多少なりとも知っているからな。それに、騙される事にゃあ慣れてる。そん時はそん時だ」

 

 かつてリーザスを攻めた際、魔人の裏切りによってその作戦は瓦解した。その事を思い出してか、パットンが自嘲気味に笑った後、ルークの目を見ながらニカリと歯を見せた。

 

「それじゃあ、こっちからは文句なんかねえな。これからよろしく頼む」

「いや、その前にもう一つだけ聞いて欲しい事がある」

「おっと、やっぱり何か条件があるのか? まあ、美味しすぎるとは思っていたけどよ」

「そうじゃない。これは、アイスフレームにいるある個人とあんたの問題だ」

「ある個人?」

 

 おかしな言い回しに眉をひそめるパットン。個人とは一体どういう意味だろうか。

 

「パットン皇子。確認したい事がある」

「改まって言われるとあれだな……なんだ?」

「今から2年前、ヘルマン国皇子は第3軍と魔人部隊を率いてリーザスに侵攻した。それを率いていた皇子というのは、あんたで間違いないな?」

「……ああ、俺だ」

 

 その質問に、自然とパットンの顔も引き締まる。忘れるはずもない。自分を信じてついて来てくれた多くの同胞を死なせてしまった作戦だ。

 

「……俺の名前、まだ伝えていなかったな」

「……そういやそうだな。ブラック隊のリーダーをやっているっていうのは、さっき聞いたぜ」

「……俺の名前はルーク。ルーク・グラントだ」

 

 目を見開き、ルークを見据えながらパットンはその通り名を口にする。その名がどれ程の意味を持つか、理解出来ないはずがない。

 

「解放戦の英雄か!?」

 

 自分から全てを奪った男なのだから。

 

「…………」

「あんたが……」

 

 無言。それは肯定を意味する。思わず立ち上がったパットンは目の前の男、解放戦の英雄ルーク・グラントを観察する。これまでとは違う、全力で目の前の男を見極めに入ったのだ。リーザス解放軍の活躍は身を持って知っている。連中の活動が活発化してからは、ヘルマン軍本部に良い知らせなどまるで届かなかった。その中でも最も大きな活躍を見せたとされているのがこの男、ルーク・グラント。では、何故彼が最も大きな活躍をし、解放戦の英雄という通り名まで貰っているのか。別に解放軍のリーダーであった訳ではない。リーザス軍の将軍であった訳でもない。だが、その理由を聞けば万人が納得する。

 

「(トーマを倒した男……)」

 

 人類最強、トーマ・リプトン。大陸中にその名を知れ渡らしていたヘルマン最強の戦士を、パットンが最も信頼していた男を、目の前の男は倒したのだ。その事はヘルマン軍の士気を下げ、逆に解放軍の士気を高めた。結果として、この男には件の通り名がついた。確かに英雄と呼ぶに相応しい戦果であるだろう。それは同時に、ヘルマンにとっては許しがたい怨敵という事になる。

 

「……パットン皇子」

「…………」

「俺が憎いか?」

 

 それは、闘神都市でトーマの息子であるヒューバートに尋ねたのと同じ質問。恨んでいて当然だ。だが、確認しなければならない。パットンがアイスフレームに入るという事は、怨敵と同じ部隊に所属するという事。内部の分裂は、組織そのものを崩壊させかねない。不穏の種をわざわざ持ち込むわけにはいかないのだ。

 

「……とりあえず、立ってくれねぇか?」

「…………」

 

 パットンに促され、腰を上げるルーク。見れば、パットンはその顔に少し笑みを浮かべている。

 

「言いてぇ事は色々あるけどよ……その前に、一戦交えてくれねえか?」

「…………」

 

 何故だろうか。パットンの言葉には憎しみがこもっている気がしない。むしろ清々しささえ感じられる、そんな口ぶりだ。だが、勝負を望んでいる。一体その真意は何なのか。

 

「話はその後にしようぜ」

 

 

 

-奴隷観察場 見学室 三階-

 

 奴隷観察場内の三階。施設内に様々な指令を出せるこの部屋に、今は一人の女性が佇んでいた。他の職員は立ち入りを禁じられており、緊急の際にのみ連絡を許されている。先程まで少し居眠りをしていた女性はふと目を覚まし、場内の監視を行っているモニターに目を向ける。そして、その口元に笑みを浮かべた。

 

「あーらら、面白い事になってるじゃない」

 

 

 

-奴隷観察場 場内-

 

「下がっててくれ」

「了解です」

「死ぬなよ」

 

 剣を抜き、タマネギとバーナードを後ろに下がらせてから剣を構えるルーク。それを見たパットンは、ナックルをハメた両拳を一度大きく合わせた。ガキン、という金属音が場内に響く。

 

「さて、戦ろうか。いつでもいいぜ」

 

 同じ武闘家のアレキサンダーは片方の拳を突き出すように構えるのに対し、パットンはまるでプロレス男の構えのように大きく両手を広げる。こちらの攻撃を誘っているのだろうか。

 

「……それじゃあ、こちらから行かせてもらうぞ」

 

 とはいえ、剣を交える前から下手に勘ぐり過ぎても術中にハマるだけ。考えなしという訳ではないが、相手は完全にこちらの攻撃を待っている。ならば、攻めるのはこちらからだ。

 

「ここは真空斬一択だな」

「(確かにそれが定石ですが……)」

 

 少し離れたところから見ているバーナードがポツリと漏らす。確かに相手は見るからに完全近接戦闘タイプ。それに対し、ルークは真空斬という使い勝手の良い遠距離攻撃を持っている。ここは離れた位置から真空斬を撃ち続けて消耗させるのが定石だろう。だが、タマネギは心の中でその意見を否定する。そしてそのすぐ後、ルークがとった行動も同様であった。ルークは大地を蹴り、猛スピードでパットンとの間合いを詰めたのだ。

 

「……っ!?」

 

 絶句するバーナード。確かに定石は遠距離からの牽制だろう。だが、ルークは考えていた。それはパットンの望む勝負ではないと。理由は判らないが、パットンはこの戦いに憎しみ以外の何かを賭けて戦っている。それに応えるには、正面からのぶつかり合い。

 

「(速ぇ!? マジか!?)」

 

 迫るルークに対し、バーナード同様パットンも息を呑んでいた。想像以上とはこの事。パットンは構えていた右拳を高い位置から振り下ろす。ルークの頭部目がけて振り下ろしたそれは、想像以上に軽く躱されてしまう。気が付けば、既にルークは懐に潜り込んでいる。何というスピード。

 

「はぁっ!!」

 

 一閃。ルークはそのまま勢いよくパットンの脇腹目がけて剣を振るう。パットンの鎧は胴体をすっぽり覆うタイプであり、ミリの付けているビキニアーマーのように肌が見えている箇所は無い。いや、男でそのような鎧を付けている者の方が少ないのだが、ともかく目に見えて脆い箇所は無い。そのため、一般的な鎧では比較的衝撃が伝わりやすい脇に攻撃を振るったのだ。確かな手ごたえ。確実に衝撃は伝わったはず。

 

「おらっ!」

「っ……」

 

 だが、パットンはそのまま左拳を勢いよく振るった。すぐさまバックステップで躱すルーク。またも空振りをして隙を見せたパットンに対し、ルークは突きを繰り出す。

 

「うおっ!」

 

 腹部の中心に命中した突きは、またも確かな手ごたえ。今度はパットンも声を上げた。後ろに吹き飛んでもおかしくない衝撃だ。だが、ルークが目を見開く。パットンはその衝撃を足で大地を踏みしめて耐え、体勢を崩すことなくまたも勢いよく右拳を振るってきたのだ。

 

「どりゃぁ!」

「ちぃっ……」

 

 咄嗟に剣でガードするルーク。剣越しに衝撃が伝わる。何という重い拳。まともに喰らえばひとたまりもない。すぐさま剣を動かして衝撃を受け流し、あえてパットンの横を通り抜けるように前方に駆け抜ける。当然、すれ違いざまに脇腹に一撃を加えていくのも忘れない。一瞬よろけたパットンだったが、またもそれに耐えて後ろを振り返る。少し距離を空け、相対するルークとパットン。

 

「(驚く程のタフネスだな。アレキサンダーとはまるで違う。肉を切らせて骨を断つのを体現しているような戦い方だ)」

 

 ルークがパットンの強さに感嘆する。アレキサンダーが柔ならば、こちらは剛。その体格から多少のダメージは気にせず、とにかく反撃で相手を潰す。隙も大きく、まだまだ発展途上にも感じられる。だからこそ恐ろしい。この男がこのスタイルを極めたら、どれほどの高みに到達するのか。ただ確かなのは、現時点でも間違いなく強者である事。

 

「(とんでもなく速ぇな。まるで当たる気がしねえ。ハンティの瞬間移動とは違って、ただ純粋に速ぇ。闇の翼でもこれだけの速さの奴は中々いねえんじゃねえか?)」

 

 対して、パットンも感嘆していた。ヘルマン国にある暗殺集団、闇の翼。機動力に重点を置くあの集団にも、これ程の速さを持つ者は中々いないのではないだろうか。それに、攻撃が軽い訳ではない。一撃であれ程の衝撃を伝える相手にはそうお目に掛かれない。

 

「…………」

「…………」

 

 一定の間合いを保ったまま、二人の動きが止まる。気が付けば、遠くから見ていたバーナードも手に汗を握っていた。

 

「暫くは膠着が続くな……」

 

 どちらもそう簡単には動けないはずだ。これは長くなる。そう確信したバーナードであったが次の瞬間、二人は同時に大地を蹴った。

 

「なにっ!?」

 

 タフネスぶりを目の当たりにしたのにも関わらず再度接近戦に挑んだルーク。これまでの待つ姿勢を崩して攻めに転じたパットン。バーナードはその両方に驚愕したのだ。距離がつまり、あと少しで互いの攻撃が届く位置になる。だが瞬間、二人の攻撃が交わるであろうすぐ傍の床に魔法陣が出現した。目を見開く二人。だが、足の動きは止めない。二人の距離が詰まっていく中、その魔法陣から現れたのは先程までのものよりも一回り大きい合成魔獣。

 

「なっ!?」

 

 タマネギが絶句する。あれは恐らく転移魔法。その位置は、二人が攻撃を交差させる位置から一歩手前にずれている。即ち、直後に二人を攻撃できる位置。一体誰が何の目的であんな位置に合成魔獣を転移したというのか。

 

「(間に合わないっ……)」

 

 自分たちの距離は離れすぎている。これでは援護は間に合わない。そう思いながらも、必死に駆け出すタマネギとバーナード。だが非情にも、二人の目の前でルークとパットンの攻撃は振るわれた。

 

「はぁっ!」

「どりゃぁぁぁ!」

「ぐがぁぁっ!!」

 

 だが、その振るわれた対象は互いにではない。二人は対峙する相手ではなく、現れた合成魔獣に対して攻撃を振るったのだ。ルークは正面に振るうはずであった剣を横薙ぎに振るいその首を刎ね、パットンも上手く腰を回転させて強烈なボディーブローを合成魔獣にお見舞いした。ミシミシ、ボキボキという破壊音がこちらにまで聞こえてくる。血を吹き出し、勢いよく倒れ込む合成魔獣。呆気に取られて立ち尽くすタマネギとバーナードを前に、パットンは頭を掻きながら謝罪の言葉を口にした。

 

「悪ぃ。そういや、この場所はこの化物が湧いてくるポイントの一つだった」

「だからこれだけの数の死体があったんだな」

 

 納得が言ったように周囲を見回すルーク。鍛錬も兼ね、パットンはこの場所を選んでいたのだろう。

 

「随分と危ねぇ真似するな。下手すりゃ、俺の攻撃を思い切り喰らってたぜ」

「お互い様だろう」

「へへ。まあな」

「……最初から殺気は感じなかったからな。こういう状況なら、お前ならそうすると踏んでいた」

 

 パットンには初めから恨みというものを感じなかったし、何よりも戦闘の後に話をするとまで言っていた。命の取り合いではないのだ。動かなくなった合成魔獣をチラリと見てから、パットンは腰を下ろす。

 

「……腰を折られちまったな。ここまでにするか。今度は話といこうぜ。一度出たら、暫くは出ないからよ」

「ああ、そうだな」

 

 それまでの少しおかしな緊張感は解けとタマネギは感じるのだった。四人が腰を下ろし、休息する。ルークは剣の血を拭い、パットンは肩を回してポキポキと骨を鳴らしている。そんな間を暫し取った後、パットンから話を始めた。

 

「実を言うとよ、別にそんなに恨んじゃいねーんだ」

「…………」

「あの戦いの責任は全部俺にある。功を焦り、魔人に唆され、信じてついてきた者たちの命を奪い、挙句の果てに裏切られて国まで追われた。とんでもねえ馬鹿野郎だ」

「…………」

「トーマを殺したのは解放戦の英雄なんかじゃねえさ。俺だ。俺がトーマを殺しちまったんだ」

「…………」

 

 ルークは何も答えず、ただただ無言でパットンの言葉を聞く。

 

「そんな馬鹿野郎がよ、何の因果か生き残っちまった。初めこそリーザスを恨みもした。その後は、国から追い出した皇后の連中を恨んだ。連中に復讐して、その後はリーザスを奪う。そんな事を考えた時期もあった」

「…………」

「その内、一番恨むべき相手は自分自身だって事に気が付いてよ。こんだけ馬鹿やって、大事な人の命を奪って、何まだ馬鹿な事考えてんだってな。そう思ったらよ、気持ちが軽くなった。復讐心とか、どうでもよくなったんだ。一番の馬鹿野郎は自分なんだからな」

「…………」

「それで、じゃあどうしたいかって考えたらよ、どうした事か国の事が浮かんだんだ。皇子の俺が言うのも変な話だが、ヘルマンはもう長くねえ。腐りきっている。だけどよ、それでも祖国なんだ。ヘルマンを取り返したい、そう思ったんだ」

「それで、国を取り返すと」

 

 国をぶんどる。出会ってすぐにパットンが口にしていた言葉だ。ルークの言葉に、ハッキリと頷くパットン。

 

「ああ。もう何も残っちゃいねえってのに、それでもまだついて来てくれるっていうお人よし連中までいる」

「…………」

「ならよ、今度こそ期待に応えるしかねえだろ! 男ならな!」

 

 バン、と両の拳を合わせるパットン。魔人に唆され、国を追われたかつての皇子の姿はそこにはない。王の器たる一人の男がそこにはいた。

 

『見たかったのじゃ……生きている内に、パットン皇子がヘルマンを導く姿を』

「(トーマ……今ならお前の気持ち、判る気がするよ……)」

 

 かつて死闘を演じたトーマ。彼はその死の間際まで、パットン皇子の行く末を心配していた。パットンが言う事が本当ならば、当時のパットンは決して褒められた人物ではなかったはず。それでもトーマは、あの時からこの皇子の姿を予見していたというのだろうか。

 

「それで、何で一戦交えようと思ったんだ?」

「あんたの事はヒューから聞いていたからな。強さに興味があったんだ。何より、トーマを倒した男だしよ」

「ヒュー? もしかして、ヒューバートか? そうか、再会出来たのか」

「ああ。ヒューもフリークの爺さんも、あの温泉の時に一緒にいたんだぜ」

「そうだったのか……」

 

 意外な事を口にするパットン。巡り合わせ次第では、もっと早くパットン皇子一行とこういった話をしていたかもしれない。

 

「これから世話になる訳だし、強さも気になるしってんで、まあ一戦な。悪かったな」

「いや、気持ちは判る。どちらかというと、俺もそっち側だ」

「おっ、良いねえ。それじゃあ、アイスフレームに入った後も偶に実戦形式の鍛錬に付き合ってくれるかい?」

「ああ、こちらこそ頼む」

 

 薄々感じ取ってはいたが、どうやらパットンもルークやリック、アレキサンダーと同じ人種。志津香から言わせるとバトルジャンキーの類であるようだ。静かに笑みを浮かべるルークと、ニカリと大きな口を開けて笑うパットン。

 

「パットン。ヘルマンの奪還時期はいつ頃を予定している」

「細かい事までは話せねえが、まだ少し先になるな。今は力を蓄えている最中だ。協力者をもっと集めなくちゃいけねえ」

「俺は自由都市のアイスの町に住んでいる。その町にあるキースギルドに所属しているから、そこを通せばすぐに連絡も取れる」

「ん?」

 

 ルークの言葉の意味が判らず、眉をひそめるパットン。そのパットンを見ながら、ルークは笑みを浮かべてこう口にした。

 

「時が来たら、俺にも声を掛けてくれ。その時の状況次第だが、協力出来るかもしれない」

「良いのか!?」

「もしかしたら、これからガチガチの現政権派になるかもしれない。解放戦の英雄という通り名的に、ヘルマン人が多いであろうその組織に組み込めないかもしれない。絶対の約束は出来ないけどな」

 

 後者はまだしも、前者は有り得ないだろと笑いあう二人。人類圏統一。人類と魔人の共存の第一目標として、ルークが掲げている夢。リーザスにはリアが、ゼスにはガンジーがいる。どちらも王たる器を持った人物だ。だが、ヘルマンはどうか。今のヘルマン政権に王たる器の人物はいるのだろうか。ずっとルークが抱いていたその懸念を、国を追われたこの男が吹き飛ばしてくれた。

 

「まあ、まだまだ先の話だがな。とりあえず、レジスタンスの方でこれからよろしく頼む」

「あいよ。あんたはブラック隊だったな。さて、俺はどこに所属になるかねぇ」

「そうだな……俺たちは気にしていないが、リーダーが気を回して別の隊にされる可能性が高いだろうな。そうなると、グリーン隊かシルバー隊か……」

 

 そう、本人たちは気にしていないとはいえ、周りから見れば明らかに不和の種。わざわざ同じ隊に所属させるとも思えない。そうなると、実戦部隊のグリーン隊かシルバー隊に所属させられる事だろう。戦力的には惜しいが、仕方ない。

 

「出来れば、面白い隊が良いねえ」

「なら、グリーン隊だな」

「へぇ、面白いのか?」

「ああ、とにかく飽きないぞ」

 

 含み笑いをするルーク。だが、その言葉に嘘は無い。恐らく、パットンはランスの事を気に入る。そんな気がするのだ。

 

「さて、そろそろ行きますか」

「そうだな」

 

 話が纏まったのであれば、これ以上この場所にいる必要はない。タマネギに促され、腰を上げる一同。そんな中、先程倒した魔獣が視線に入るルーク。その肩には、『C』の文字。そして、思い出す。かつてラーク&ノアと共に、『A』の文字の入った魔獣を倒した事を。それを外に放ったのが誰であったかを。

 

「……パットン。3日前からモンスターの攻撃が激しくなったというのは本当か?」

「ん? ああ、本当だぜ。3日前だったかは覚えてねーが、急にこの魔獣共が出る割合が増えたんだ」

「理由に何か心当たりはあるか?」

「……そういや、奴隷の一人が変な噂を聞いたって言ってたな」

「噂ですか?」

「ああ。ここの管理者が実家に帰っちまって、縁のあるお偉いさんに暫く管理を任せたとか何とか。で、そのお偉いさんはバランスも何も無視してこの化物の実験に俺らを使ってるとか、そんな噂を聞いたって言ってる奴がいたな。そいつはすぐに死んじまったけどよ」

「成程な。全て合点がいった」

 

 ルークの中でバラバラであった線が一つに繋がる。ここの管理者はラドン長官。彼は今、女の子刑務所でランスに襲われかけたエミを心配し、共に実家に帰っている。これは確かな情報。それでは、今この施設を管理しているのは誰か。この施設はガンジー派の連中には秘密にしている施設だ。話せる人間は限られている。かといって、何日もの間運営を任せられる程暇な人物もそうはいない。高い地位を持ち、この施設を知っており、なおかつ数日の間自由な行動を取る事を許される人間。そして、この合成魔獣。あれ程タイミングよく、それも通常よりも強い魔獣が現れるなど有り得るのか。ルークは高い位置に取り付けてある魔法カメラ見上げ、睨み付ける。

 

『あちらに見える合成魔獣。あれはパパイア様がお造りになられたものですわ』

 

 決まっている、あの女だ。

 

 

 

-奴隷観察場 見学室 三階-

 

「ケケケ、ばれちまったみたいだぜ」

「いやーん。まいっちんぐ」

 

 モニターには、激しくこちらを睨んでくるルークの姿が映し出されていた。別にそれだけでは自分の正体がばれた事の証明になどならない。ただ今の施設管理者を恨んでいるだけかもしれない。だが、彼女は感じた。自分の存在がばれた事を。

 

「最後にけしかけた魔獣が決めてかしら」

「ケケケ、まあそうだろうな」

 

 ニヤリと笑みを浮かべるのは、今のこの施設の管理者。四天王、パパイア・サーバー。ラドンから数日の間この施設の管理を任され、これ幸いと自身の合成魔獣の実験場にしたのだ。最初こそ抑えようと思っていたが、そこはたがの外れた狂人。長官であるラドンのいない今、その狂行を止められる者はいなかった。

 

「でもこれで、奴隷は全滅?」

「全滅だな。やっぱり魔獣には勝てなかったよ」

「あちゃー。ラドンちゃんにはごめんちゃいしないと駄目ね」

「ごめんなさい、許してください、何でもしますからー」

「何でも?」

「うん、何でもー」

 

 ケラケラと笑いあうパパイアと魔導書ノミコン。暫し笑いあった後、こちらへの睨みを止めてこの奴隷観察場から脱出しようとしているルークへと視線を戻す。

 

「やっぱり面白いわー、この男」

「前に会った時から気にしてたよな、ケケケ」

「そうね。やっぱり惹かれ合うのかしら……同じ狂人同士」

 

 ニヤリと怪しげな笑みを浮かべるパパイア。そんな中、魔導書のノミコンが部屋の中の異変に気が付いた。

 

「姐さん、部屋の中に変なのがいるぜ」

「……あら? 誰かしら?」

 

 警報は付けていたはずだが、鳴っていない。だが、ノミコンが言うのならば確かなのだろう。パパイアが姿の見えぬ来訪者に声を掛けると、部屋の隅から男がすっと姿を現した。

 

「……誰だったかしら。見覚えはあるんだけど」

「姐さん、あれだ。ラガールのとこの子飼いだ」

「ああ、そうだったわね」

「コードです。まずは非礼をお詫びします」

「そうよ。ノックは人類最大の発明よ」

「流石に言い過ぎだけどな、ケケケ」

「まあ、そんな事はどうでもいいんだけど」

「いいのかよ!」

 

 深々と頭を下げるコードに対し、ぷりぷりと怒りをぶつけるパパイア。かと思えば、自分から話題を変える。掴めない女だが、コードは表情一つ変えない。

 

「それで、話があって来たんでしょう? ラガールのお使い?」

「その年になって初めてのお使いー」

「いえ、これは僕個人からの依頼です」

「ラガールは知らないの?」

「はい。ラガール様もナギ様も知りません。僕個人が、貴女様のお力を借りたいのです」

「あらやだ珍しい」

 

 ラガールがその存在を隠しているため、四天王のパパイアですらコードとは数える程しか会った事が無い。だが、自我を殺しただひたすらにラガールの命令を聞く。そんな存在だと認識していた。そんな男が、ラガールとは関係なしに自分に頼み事をしてきたのだ。興味が湧かないはずもない。

 

「話してみなさい。回りくどい事はいらないわ。まずは成し遂げたい結果だけ」

 

 過程などどうでもいい。とにかく、結果が面白そうであれば協力するし、つまらなそうであれば断る。そう考え、パパイアはコードに答えを促す。それを受け、コードは何一つ濁りの無い目で口を開く。

 

「ルーク・グラントの抹殺」

 

 その答えを聞き、パパイアは先程よりも更に怪しげな笑みを浮かべた。

 

「何それ、面白そう」

 

 そう、狂人同士は惹かれ合うのだ。

 

 

 

-ゼス 奴隷観察場-

 

 秘密通路を通り、アイスフレームへと帰還するルークたち。その道中、タマネギがこんな質問をパットンにぶつけた。

 

「それで、実際に戦ってみてどうでしたか? 解放戦の英雄は」

「ん? そうだな……」

 

 確かに強かった。その名に偽りはないとハッキリ感じた。だが、パットンは悪びれる様子も無く、ニカリと気持ちの良い笑顔を向けながらハッキリと断言した。

 

「トーマの方が強かったな」

「ふっ……」

 

 ルークは静かに笑い、されどハッキリと宣言する。

 

「越えるさ。いずれ、必ずな」

「ああ。だけど、そうなっても俺の中の最強はいつまでもトーマだ。そんな気がする」

「そうだな。そんなもんなのかもしれんな」

 

 男たちは静かに笑い、奴隷観察場を後にした。

 

 

 

-治安隊本部-

 

「キューティ隊長、お疲れ様です!」

「お疲れ様。何日も空けてしまってごめんなさい」

「いえ、こちらこそキューティ隊長にご足労頂き、申し訳ありません」

 

 部下の敬礼を受けながら、キューティがミスリーを引き連れて治安隊本部に戻って来る。今頃は琥珀の城にエムサが到着している頃だろう。あちらの心配は何もない。

 

「よし、溜まった仕事を一気に片づけるわ。ミスリーも手伝ってね」

「はい、隊長。頑張りましょう!」

「明日は治安本部長も来るから忙しいし、今日中にある程度片づけるわよ」

 

 他の者の目もあるため、隊長という呼び名に戻すミスリー。明日は普段接待ばかりであまり治安隊本部には顔を見せない治安本部長も来るし、これから数日は大変だとキューティは腕まくりをしながら仕事へと向かった。

 

 

 

-ペンタゴン本部-

 

「話になりませんでしたね」

「まあ、予想通りではあったな」

 

 ペンタゴン本部へと戻ってきたネルソンたち。その奥の部屋では、ネルソンとエリザベスが今日の結果を話し合っていた。ウルザに協力は仰いだが、やはり結果は芳しくなかった。とはいえ、こうなるであろうことは予想していた。

 

「今回の作戦がどれだけ有用なものであるかは理解出来ているはずなのに」

「仕方あるまい。やる気のない者は使命を果たす以前の問題だ。却って邪魔になる」

「そうですね」

 

 やる気を取り戻して再び自分たちと共に歩んでくれれば、ウルザは使える。それはエリザベスも重々承知している。だが、今のウルザには何の気概も感じない。こうして提督自ら通う理由はあるのだろうか。提督には申し訳ないが、そう感じてしまう。

 

「だが、収穫もあった」

「ポンパドールの話していた事ですか?」

 

 ネルソンの言葉にエリザベスは眉をひそめる。帰り道、ポンパドールはこんな事を話していた。もしかしたら、あのランスとかいう男はアイスフレームの中でもかなりの立場、それこそウルザに意見を通せるレベルの人間であるかもしれないと。

 

「俄かには信じがたいですね」

「いや、私はそうとは思わない」

「えっ!?」

 

 予想外の言葉にエリザベスが目を見開く中、ネルソンはウルザの屋敷であった出来事を思い返す。トップ同士の会談に割って入り、ウルザに暴言を吐き、それでもウルザは何も言わなかった。元々心優しい娘、そういう事もあるかもしれない。だが、そうでないかもしれない。

 

「あのランスという男。ただの一兵卒かと思っていたが、見誤っていたかもしれんな」

「提督が見誤ったというのですか……!?」

「(恐らく解放戦の英雄はそう簡単にこちらの誘いに応じないだろう。まず取り込むのは、案外あの男かもしれんな……)」

 

 ネルソンが考えを巡らせていると、部屋の扉がノックされた。すぐにエリザベスが反応し、声を出す。

 

「入れ」

「失礼します。準備が全て整いました。明日の夜には作戦に移れるかと」

「ご苦労。では、皆に伝えてくれ」

 

 アイスフレームに断られたとはいえ、足を止める訳にはいかない。祖国の解放のために、マナバッテリー奪取の為に、まずは高官を捕まえる。明日、あの場所には高官が訪れるという情報を掴んだ。これを逃す手は無い。

 

「明日、治安隊本部に攻め込む」

 

 それは、凶刃。兼ねてよりルークたちと付き合いのある、キューティに迫る魔の手。

 

 

 

-琥珀の城-

 

「遅くなりましたが、治安隊隊員エムサ・ラインド。ただいま到着致しました」

「ぷるるる。ご苦労で……」

「おお、ようやく到着しおったか。暇じゃったんじゃ。さあ、模擬戦といこうか」

「えっ? ええっ?」

「ちょっと雷帝、まだお父様のお話の最中ですわよ!」

「(凄いな、この人は……)」

 

 キューティの交代要員として到着したのは、かつてルークたちと共に闘神都市で戦ったエムサ・ラインド。まずは城の主であるラドンに挨拶を行っていたが、それに割って入ってくるのは雷帝カバッハーン。恐ろしいほどに自由な振る舞いにドルハンが絶句している。そのまま暫しの報告を終え、雷帝との模擬戦を明日行うと約束させられたエムサは少し疲れた様子でサイアスとウスピラの方へと近寄ってきた。

 

「お久しぶりです」

「ああ、久しぶり。いきなり大変だったな」

「いえ……」

「声が少し疲れてる……」

「ウスピラさんったら……」

 

 ウスピラに指摘され、苦笑するエムサ。

 

「さて、エムサが来たところ悪いが、そろそろ俺らの内からも誰か一人抜ける頃だな」

「そうですね。四将軍が三人もいる今が異常事態な訳ですし」

「流石にルークももう来ないだろうしな」

「その件ですが、本当にルークさんが……?」

「ああ、まず間違いなくな。だが、詳しい事はキューティから聞いているんだろう?」

「はい。事情も無しに、ルークさんがサイアス様を裏切るとは思えませんから」

「ふっ……」

 

 サイアスが苦笑するが、エムサから見ても二人の友情はかなり固い。理由も無く、あのルークがゼスに刃を向けるはずがないのだ。

 

「さて、誰が抜ける? 年功序列で雷帝からでいいですよ」

「いや、儂は模擬戦があるからの。後でいいぞ」

「そうですか。じゃあ、ウスピラが抜けるか? レディーファーストだ」

「…………」

 

 ふるふると首を横に振るウスピラ。

 

「どうした?」

「模擬戦が見たいから後でいい」

「……それじゃあ、俺になっちまうが良いかな?」

「まあ、いいじゃろ。その代わり、千鶴子様への報告を頼む。これ以上の報告が出るとは思えんからな。ほれ、書類じゃ」

「はい」

「それが狙いか。ちくしょう、二人で口裏合わせてやがったな」

 

 サイアスに今回の警護の報告書類を渡す二人。本来は全ての警護が終わってから書く物だが、カバッハーンの言うようにこの後何か起こるとは思えない。後の数日は、いわばラドンの顔を立てるための警護に過ぎないのだ。それが判っている千鶴子も、恐らくこの書類は受け取ってくれるだろう。だが、サイアスにとってそれは自身の職場であるアダム砦とはまるで逆方向に行って来いという頼み。真意が見抜けなかった自分が悪いなと一度大きくため息をつく。

 

「しゃーない、行ってくるか。とりあえず、ラドン長官に別れの挨拶をしてくる」

「あ、サイアス様。その、申し訳ないのですが私からも頼んでしまっていいでしょうか?」

「ん? 構わないぜ、何だ?」

「千鶴子様への報告であれば、道中治安隊本部に寄れますよね? 出来れば、これをキューティさんに渡して欲しいのですが……」

 

 エムサが手渡してきたのは、あまり見覚えの無いカード。何やら魔力が感じられる。

 

「カード?」

「キューティさんが召喚魔法に使っているものです。もうすぐ無くなりそうだと言っていましたので。本当は入れ替わりの時に渡そうと思っていたのですが、私の到着が遅れてしまったので……」

「ああ、承った」

 

 だが……

 

 

 

-アイスフレーム ウルザの屋敷-

 

「ランスさん、ペンタゴンの計画を止めてください! このままでは彼らにも多くの犠牲が出ます」

「ふむ、話は判った。ペンタゴンの女の子には美女が多いからな、がはは!」

「明日はグリーン隊とブラック隊を動かせます。どうか……お願いします……」

「それで、奴らはまずどこに攻め入るんだ?」

「治安隊本部です」

 

 迫るのは、凶刃ばかりではない。

 

 




[人物]
パットン・ミスナルジ (6)
LV 24/70
技能 格闘LV1 ガードLV1 プロレスLV2
 ヘルマン帝国の廃皇子。リーザス侵攻に失敗し、その存在を疎んでいた皇后派の策略により国を追われた。解放戦の英雄であるルークに恨みは無く、その責任は全て自分にあると背負い込んだ。今はヘルマン奪還に向け、力を蓄えている最中。細かな事は協力者に任せ、パットンは自身を鍛えているところであった。ルークからの勧誘を受け、アイスフレームに入隊。

エムサ・ラインド (6)
LV 29/40
技能 魔法LV2
 盲目の魔法使い。ゼス軍治安隊に所属しているが、クーデターが落ち着いたら氷の魔法団に来てほしいとウスピラから誘いを受けている。どうするかは悩み中。ルークの事は信用しているが、対峙するならば治安隊として戦うというスタンス。四将軍同様、彼女の考えにぶれは無い。

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