ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第181話 高速の死闘

 

-ゼス 治安隊本部 14階-

 

「アレックス、状況はどうなっている」

「あ、サイアスさん。お疲れ様です」

 

 治安隊本部の最上階にサイアスがやってくる。そこにいたのはアレックスとその部下数名、そして部屋の端には逃げ遅れた民間人ことカオルたちの姿があった。アレックス達が最上階にいるという事は、既に治安隊本部内の制圧は完了したという事だ。

 

「本部内は既に制圧完了です。本部外の残党は……」

「報告します。先程6時の方角の扉より多数のテロリスト集団が現れ、包囲網を突破しようと試みたとの事です。降伏を呼びかけましたが、それに応じる事なく無謀な突撃を繰り返しているとの事です」

「そうですか」

「…………」

「…………」

 

 アレックスが素直に頷く中、反応を示したのはサイアスと自称民間人のロゼ。すぐさまサイアスに視線を送ると、それを受けたサイアスは判っているとばかりに真剣な表情で頷く。

 

「アレックス、お前はここで指揮を取り続けろ。それと、少し部下を借りるぞ」

「部下を……? 何をするつもりですか?」

「説明している時間は無い。さて、間に合うか……」

 

 

 

-ゼス 治安隊本部 8階-

 

 緊迫した空気の中、初めに動いたのは『殺す』と宣言したポンパドールであった。足にこめていた力を一気に解放し、大地を蹴る。まるで爆弾でも炸裂したかのように床が爆ぜるが、それをミスリーが認識する頃には既にポンパドールはルークの首目がけて跳び蹴りを放っていた。

 

「どーん!!」

 

 一瞬で間合いを無くしたその素早さにルークは驚きながらも、身体を捻ってその一撃を躱す。攻撃を躱されたポンパドールであったが、簡単に隙は見せない。床へと着地してすぐにくるりと身を翻し、そのまま回し蹴りをルークに放つ。

 

「でやっ!」

「なんて速さ……」

 

 彼女と同じく蹴り技を主体とするミスリーにとって、ポンパドールの所作一つ一つは驚嘆に値していた。行動一つ一つが自分よりも明らかに速い。本当にただの人間なのか。ルークが回し蹴りを躱しながら剣を縦に振るうが、ポンパドールは横っ飛びでその攻撃を躱し、すぐに攻撃態勢に入る。瞬間、ルークとミスリーの視線が一か所に集中する。

 

「(この足運び……)」

「(あんな無茶な体重移動を軽々と……)」

 

 通常であればあり得ぬほどの動き。それを可能としているのは、異常発達した足の筋肉。マジノラインの壁すら軽々突破するのだ。ただの人間であれば悲鳴を上げるような動きでも、ポンパドールには造作もない。

 

「でりゃでりゃでりゃ!」

「……よっと!」

「だぁっ!?」

 

 だが、ルークの動体視力も並のものではない。連続蹴りを放っていたポンパドールの右足をルークは左手で素早く掴む。体勢を崩され声を漏らすポンパドール。自分に片足を掴まれ、一本足で立つポンパドールの顔を見ながらルークは静かに笑った。

 

「このっ、スケベ!」

 

 体勢的には短いスカートの中がルークからは丸見えの状態であるため、ポンパドールはそんな言葉を吐きながら残った左足で勢いよく大地を蹴り、掴まれた右足を軸にするようにしてルークの顔面に蹴りを放つ。それを首だけ動かして躱すルークであったが、瞬間左手の違和感に気が付く。手の力を緩めたつもりはない。だが、ミシミシと音を鳴らしながらポンパドールの筋肉が膨張し、無理矢理力でルークの手をこじ開けたのだ。

 

「ほうっ……」

「でやぁっ!」

 

 ルークの手から逃れたポンパドールは、地面につく前にそのままルークに蹴りを見舞う。それを剣で弾くルーク。くるりと空中で一回転したポンパドールは、地面につくと同時に再度床を蹴った。再度繰り広げられる猛攻。傍目には互角にも見える攻防であったが、ポンパドールは攻撃を繰り出しながらも冷や汗を掻いていた。

 

「(なんっ……でっ……当たらない!)」

 

 素早く繰り出されるポンパドールの攻撃を、ルークは全てすんでのところで躱していた。ポンパドールが唇を噛み締める中、奇声が響く。

 

「動脈、動脈、動脈ブシュー!」

 

 両手にメスを持った血まみれ天使が奇声と共に飛び掛かってきたのだ。その狙いはまさかの二人。右手のメスでルークの、左手のメスでポンパドールの頸動脈を狙う。だが、易々と殺される二人ではない。目の前の相手から注意を逸らす事無く、ルークは剣の柄で、ポンパドールはハイキックで自身に向けられたメスを同時に捌く。

 

「邪魔を……」

 

 血まみれ天使に冷たい視線を向けるポンパドール。だが、当の血まみれ天使はポンパドールではなくルークに追撃を行っていた。目の前には無防備な血まみれ天使の姿。ここで回し蹴りの一発でも入れれば、この女はこの戦いからすぐに退場となるだろう。

 

「(いや、この女は泳がす)」

 

 だが、ポンパドールのとった行動は違った。まずこの場で先に倒すべきは、このルークという人間に他ならない。使徒である自分よりも強いという事はないだろうが、ここまでこちらの攻撃を全て躱しているのは事実。血まみれ天使も素早い相手だが、時間を掛けてもいいのならば倒すのは容易い。

 

「(今はこの女を利用して、さっさとこいつを倒す!)」

 

 人類を下に見ている魔人や使徒の中において、この柔軟さはポンパドールの特徴といえよう。そういった魔人や使徒の殆どは、このような回りくどい事をしない。自分が人間如きに負ける訳がないと思っており、血まみれ天使を利用しなくても何の問題もない、むしろそのような小細工をするのは矜持に反すると考えるからだ。だが、ポンパドールは違う。必要であればいくらでも人間を煽て、取り入り、利用する。演技でも人間の下につくなど考えられないというケイブリス派の中では異端の考え。主であるジークの役に立つのであれば、いくらでも汚れ仕事は引き受ける。変装能力を持っていたというのも勿論大きいが、こういった考えを持っていたのも先遣隊として抜擢された要因の一つなのだ。

 

「ケケケケケ!」

 

 左手でメスを振るう血まみれ天使であったが、ルークはその腕を素早く掴み、血まみれ天使の腹部目がけて強烈な蹴りを見舞った。

 

「グボッ……」

「(チャンス!)」

 

 血まみれ天使の両目が見開かれ、悶絶の声を吐き出す。なんという愚かな行動とほくそ笑むポンパドール。何せ今のルークは蹴りを見舞ったばかりのために素早い回避行動が取れない。更に、左手で血まみれ天使の腕を掴んでもいる。自由に動かせるのは剣を持つ右手のみ。

 

「てやっ!」

 

 空中に跳び上がり、ルークの脳天目がけて踵落としを放つポンパドール。十分に力を込められなかったとはいえ、直撃すればその頭部はまるで床に落とした魔トマトの如く潰れる威力だ。避けられる体勢ではない。残された選択肢は一つ。

 

「っ!」

 

 ルークは右手を上げ、剣でポンパドールの踵落としを受け止める体勢に入る。だが、これこそがポンパドールの狙い。ルークの取れる行動はこれしかないが、右腕一本で抑えられる威力ではない。すぐに腕が悲鳴を上げ、自分の攻撃を押し込めるはず。

 

「貰った!」

 

 ポンパドールの靴に仕込んだ金属とルークの剣がぶつかり合い、ガキィンという軽快な金属音が部屋に鳴り響く。瞬間、ルークが口を開いた。

 

「そんなに力むと怪我するぞ」

「……!?」

 

 それは、想定外の行動。ポンパドールの攻撃を受け止めたと思ったルークであったが、直後に自身の剣を手放したのだ。力の均衡は崩れ、ポンパドールの踵落としはそのままルークの頭目がけて振り下ろされた。だが、ルークは身を翻してこれを躱す。時間にすれば一秒にも満たぬ僅かな時間。されど、蹴りを放っていた片足を戻し、掴んでいた左腕を放すには十分であった。まともに受け止めれば押し込まれる事を判っていたルークは、一瞬だけ受け止めすぐに離すという行動を取る事により、あるはずのなかった体勢を戻す時間を無理矢理作りだしたのだ。

 

「(くそっ!)」

 

 蹴りが床を破壊すると同時に、ポンパドールはバランスを崩す。当然だ。このような着地は想定していなかったからだ。続けて身を翻していたルークの姿を見る。まるで演舞でも踊るかのようにクルリと回転しながら左手を振りかぶっている。だが、武器は今自分で手放したばかり。奴は何も持っていないはず。そう考えていたポンパドールの目に飛び込んでくる、キラリと光る刃物。

 

「メス!? いつの間にっ!?」

 

 その手に握られていたのは血まみれ天使のメス。蹴りをモロに受けて悶絶する血まみれ天使から奪い取るのは容易い事であった。掴んでいた左手を放すと同時にメスを奪ったルークは、そのまま勢いよく体勢を崩しているポンパドールの左太もも目がけてメスを刺した。

 

「つっっっっ!!!」

 

 こんなの痛いに決まってるでしょこんちきしょー、と内心で絶叫するポンパドール。間髪入れず、ルークは剣を手に取る。投げ出されたブラックソードではない。腰にさしたもう一つの愛剣、幻獣の剣だ。

 

「(くっそ! 動け足、こんちきしょー!!)」

 

 メスが刺さったままの足に力を込めるポンパドール。激痛が頭に響くが、歯を食いしばって耐え、大地を蹴る。渾身のバックステップはすんでのところでルークの剣を躱し、そのまま距離を離す。見れば、血まみれ天使もメスを放り投げながらルークから離れていた。そのメスを幻獣の剣で弾きながら、ルークは距離を離した二人のどちらも追う事無く、静かに床に落ちていたブラックソードを拾い上げ、そのまま剣を持ち替えた。

 

「さて、機動力はこれで落ちたはずだが」

「舐めないでくださいよ」

 

 太ももに刺さっているメスを男らしく引っこ抜き、パンと傷口を手で叩くポンパドール。

 

「涙目だぞ」

「目ん玉腐ってるんじゃないですか!?」

 

 挑発に簡単に乗るのを見て、割と扱いやすい性格である事を確認するルーク。間違いなく機動力は落ちたはずだが、先程のバックステップを見る限りまだまだ人並み以上には動けそうだ。

 

「(もう少し見ていたかったが、そうも言ってられんか……)」

 

 とある理由からもう少しこの戦いをしていたかったのだが、あまり不必要に長引かせるのもよろしくない。状況から察するに、ミスリーはペンタゴンを追ってきたのだろう。そのミスリーの帰りが遅ければ、心配したキューティたちがこの場にやってくるかもしれない。先程見逃して貰った手前、これ以上の接触は避けたい。静かに腰を落とし、剣に闘気を込めるルーク。

 

「(どうする……撤退……? いや、誇りある使徒として人間如きに撤退は……いやいや、命あっての物種。というか、ジーク様の為にもここで万が一にも死ぬわけにはいきませんし……)」

 

 先程までは人間に負けるはずがないと思っていたポンパドールであったが、その考えを改める。認めよう、この人間は自分よりも強いかもしれない。このまま戦えば、万が一にも敗北は有り得る。多少譲歩した感じの認め方なのは、使徒としてのプライドゆえだろう。

 

「(ここはもう一度あの女を利用して、攻めるふりをしつつ前向きに撤退を……)」

 

 チラリと血まみれ天使に視線を向けるポンパドール。その血まみれ天使はというと、少し離れた場所でしゃがみ込み、床に倒れているミスリーのボディにメスをげしげしと振り下ろしていた。ガキン、ガキンという音が響く。

 

「あの、無駄ですよ……」

「心臓、心臓、心臓グチュチュ!」

 

 血まみれ天使は速さに特化した強者であり、別に特別力がある訳ではない。当然、闘将ボディをメスで傷つけられる訳もなく、ミスリーの忠告とむなしい金属音だけが響いていたのだった。当然、それが判っているからルークは血まみれ天使の行動を完全に無視していた。

 

「(痛くはないですけど、五月蠅いから助けて欲しいんですけど……)」

「ケケケ! ケケケ! ケケケケケ!!」

 

 ミスリーが寂しそうな視線をルークに向ける中、その光景を見てしまったポンパドールは呆れた表情を浮かべた。

 

「何やってるんですか、あの気狂いは……」

「ケケ?」

 

 声に反応し、顔を上げる血まみれ天使。視線が交わり、血まみれ天使は嬉しそうに笑みを浮かべながら奇声を上げてこちらに迫ってきた。その手に握られているのは、忌々しいメス。

 

「ケケケケケ!!」

「ああ、もう、この気狂い!! あんた一体どっちの味方ですか!!」

 

 当然、どちらの味方でもない。理由も相手も関係ない。ただ殺したいから殺す。それこそが血まみれ天使の行動原理。振るわれたメスをハイキックで弾くが、白衣の袖からヌッと新たなメスが飛び出し、その手に握られる。

 

「手品師かあんたは! どりゃっ!」

「グギャッ!?」

 

 握り直したメスが振るわれるよりも早く、ポンパドールが強烈な膝蹴りを血まみれ天使に見舞った。瞬間、ルークの声が響く。

 

「真空斬!!」

「っ!?」

 

 迫る闘気の塊にポンパドールが目を見開く。あの男は、一気に二人纏めて仕留める気だ。悶絶している血まみれ天使は避けられないだろう。では、自分はどうする。今なら横っ飛びで躱せる。だが、ポンパドールはルークが既に移動の体勢に入っているのを見た。

 

「(躱した先に突っ込んでくるつもりですね。甘い! ぴんくうにゅーんよりも甘い!)」

 

 ルークの行動を読み切ったポンパドールはあえてその場に踏みとどまり、目の前で悶絶している血まみれ天使の体を思い切り蹴り飛ばした。血まみれ天使の体が勢いよく前方に吹き飛び、飛んできた真空斬と正面衝突する。正面からの蹴りのダメージと背後からの真空斬によるダメージをほぼ同時に受け、奇声を上げる血まみれ天使。

 

「グゲー!!」

「必殺、気狂いガード」

「血も涙もない……」

 

 流石に気の毒に思ったミスリーがそう呟いたが、直後ポンパドールが呆けた声を出した。

 

「えっ?」

 

 床に倒れ込む血まみれ天使の向こう。そこにいるはず、少なくとも移動している姿は見えていなくてはおかしいはずのルークの姿がそこにはなかった。すぐさま天井を見上げるポンパドール。先程ミスリーと対峙した際、自分は跳躍を駆使して今と同じようにミスリーの視界から消えたからだ。だが、上空にルークの姿はない。

 

「どこに……」

 

 そう呟いたのと同時に、ポンパドールは背後から気配と物音を感じた。瞬間、全身から汗が噴き出るのを感じる。馬鹿な、どれだけの距離があったと思っている。これだけの距離を一瞬で詰めて背後に回り込み、なおかつその姿を見せない事など人間に可能だというのか。信じたくない衝動に駆られながらも、ポンパドールは慌てて後ろを振り返る。

 

「……!?」

「なっ!?」

「ケケッ……」

「そんなっ……」

 

 その場にいたルーク以外の全ての者が息を呑む。ポンパドールの振り返った先に、ルークは確かにいた。

 

「真滅斬!!」

「あぁぁぁぁぁっ!!」

 

 振り下ろされた剣は確かにポンパドールの体を捉え、強烈な闘気の衝撃と共にその体を地面へと叩きつけた。全身を駆け巡る痛みを感じながらも、ポンパドールは唇を噛み締める。

 

「て、手加減しましたねっ……この私にっ……」

 

 床に倒れ伏しながら、忌々しげにルークを睨み上げるポンパドール。ルークの手に握られているのは、ブラックソードではなく幻獣の剣であった。あのタイミングであれば、自分の体は両断されていてもおかしくなかったはず。だがルークはそれをせず、斬れ味の悪い幻獣の剣にわざわざ持ち替え、更に闘気で剣の刃先をコーティングする事により、斬撃ではなく鈍器で殴ったような衝撃をポンパドールに与えたのだ。その証拠に、全身が痛むがどこも斬られていない。

 

「何故っ……」

「ペンタゴンとは確かに敵対したが、今この場でお前を殺す理由はないからな」

「(に、人間如きが偉そうにぃぃぃぃ!!)」

 

 ポンパドールを見下ろしながらそう告げるルーク。確かに先程ペンタゴンとは正式に敵対する事になった。だが、だからといってペンタゴンの連中を皆殺しにする事とはイコールにならない。確かに連中は過激派集団であり、ゼスの改革をする上では邪魔な存在といえる。だが、中にはそのまま死なすには惜しい人材もいる。簡単に和解出来るとは思えないが、ネルソンやエリザベスの人心掌握術は確か。フットの人柄もかつてのロリータハウスの一件で僅かながら知っている。それに、このポンパドール。これまでの発言からどちらかというと穏健派と取れるし、なによりもこの戦闘力はみすみす死なすには惜しい。ゼスの改革だけでなく、その後の戦争を見据えた上でもだ。

 

「悪いが捕まえさせて貰うぞ」

「舐めないでっ……もらいましょうかっ……」

 

 ゆっくりと立ち上がるポンパドールを見て多少驚いた表情を見せるルーク。華奢な体つきであるため、今の一撃でもう立てないと思っていた。だが、フラフラとはいえ確かに両の足で立ち上がった。

 

「驚いた。タフだな」

「このままみすみす捕まる訳にはいきませんからね……反撃はここからですよ! 貴方は必ずここで殺します!」

 

 グッと地面を踏みしめ構えるポンパドール。だが、今の状態で勝ち目などない。その時、先程真空斬の直撃を受けて倒れていた血まみれ天使もゆっくりと立ち上がってきた。真空斬にあまり闘気を溜めきれていなかったとはいえ、こちらも中々の根性。だが、ポンパドール同様既に足取りはおぼつかない。

 

「ケケ……ケケケ……ケケケケケーっ!!」

「(上手く利用して逃げっ……ああ、明らかに私も狙ってる! 本当に面倒ーっ!)」

「さて……」

 

 対峙する二人に迫る血まみれ天使を見ながら、ミスリーはどこかでルークの勝利を確信していた。ここまで二人を圧倒し、既に二人は満身創痍なのに対しルークには未だ余裕がある。この攻防で決着がつく。そしてそれは、ルークですらも感じていた事であった。ルークの剣、ポンパドールの蹴り、血まみれ天使のメス、その三つが再度激突し合う瞬間、それは起きた。

 

「っ!?」

「へあっ?」

 

 ルークたちの目の前に投げ込まれた火のついた物体。それが煙幕だと気が付いたのは、煙が出てからであった。

 

「なんだっ!?」

「煙幕!?」

 

 ルークの声とほぼ同時にポンパドールの声も部屋に響く。焦りようから考えるに、この煙幕を放ったのはポンパドールではないのか。では、血まみれ天使だろうか。いや、違う。あの女にこのような知恵が回るはずがない。思考が追いつかない。

 

「(何が起こっている……!?)」

 

 そう、ここまでが完璧なるシナリオ。

 

「…………」

 

 部屋に煙が充満する中、ルークの背後から刃が迫る。それは完全なる死角。視界の無い今ルークが注意を払っているのは、ポンパドールと血まみれ天使の殺気のみ。平時であれば、この男の僅かな殺気に気が付いて反応出来ていたであろう。そして、この男もそれを判っていたからこそここまで手を出さず、息を潜め、機会を窺っていた。ポンパドールの背後に回った際は思わず息を呑んでしまったが、すんでのところで声は出さなかった。すべては、この一瞬の為に。

 

「(終わりです、ルーク・グラント!)」

 

 暗殺者コード。これが闇に生き、多くの人間を始末してきたこの男の戦い方。ヒュッ、という風切音がルークの耳にも届くが、もう遅い。今から反応したところで間に合わない。この刃はルークの首を刎ねるか、かろうじて反応出来たとしても頸動脈を切り裂く。

 

「(かなみさんの為にも、ラガール様の為にも、ここで死ねっ!)」

 

 そう、完璧なシナリオであった。唯一の誤算があるとすれば……

 

「ケケケケケーっ!」

「っ!?」

 

 この場に、ルーク以上に殺気に敏感な殺戮者がいたという事。

 

「(なにっ!?)」

 

 背後から聞こえた金属がぶつかり合う音。コードの持つ刃と血まみれ天使の持つメスがぶつかり合った音だ。即座に反応したルークは手に持ったままの幻獣の剣を背後に振る。確かな手ごたえ。人体を斬った手ごたえだ。徐々に煙が晴れていき、視界が定まっていく。ルークの目の前には、その場に立ち尽くす血まみれ天使の姿のみ。だが、床には確かに血の跡が残っていた。血まみれ天使に斬り跡はない。

 

「(いたな……この場所に、確かにもう一人……)」

 

 いつからこの部屋にいたのか判らない。その気配を自分に感じさせなかった。そして、ポンパドールと血まみれ天使に注意を払っていたとはいえ、その殺気すら直前まで気が付けなかった。恐らく、暗殺を生業とする手練れ。それが確かに先程までこの場所にいたのだ。

 

「…………」

 

 気が付けばポンパドールの姿もない。煙に乗じて逃げたのだろう。目の前に立つ血まみれ天使の顔をジッと見るルーク。図らずも、この狂人に助けられた形となった。静かに笑いを溢すルーク。

 

「ふっ」

「ケケ?」

「ははは」

「ケケケ♪」

 

 ルークの笑いにつられるように血まみれ天使も笑う。そんな彼女にルークはゆっくりと近づいていき、

 

「ふんっ!」

「グゲッ!?」

 

 無慈悲の腹パンでその意識を奪うのだった。

 

「って、酷っ!?」

「ん?」

 

 背後からの非難の声に振り返るルーク。そこには、部屋の隅にあいた大穴から顔を覗かせたポンパドールの姿があった。

 

「あっ!? さ、さいならー!」

 

 見つかった事に焦り、そのまま走って逃げていくポンパドール。煙に乗じて逃げたと思っていたが、まだこちらの様子を窺っていたようだ。その後姿を見送るルーク。

 

「追いかけないのですか?」

「捕まえられるかもしれないが、今はこっちが優先だな」

 

 気絶している血まみれ天使を道具袋から出したロープでふんじばっていくルーク。彼女の捕縛はサイアスに頼まれている。気絶しているとはいえボロボロのミスリーに預けていく訳にもいかず、ポンパドールを追いかけるのは諦めたのだった。

 

「彼女は確か……」

「ああ、血まみれ天使。治安隊に所属しているミスリーの方がよく知っているだろう?」

「はい、大犯罪者です。封印が解けていたのですか……」

「その捕縛をサイアスに頼まれてな。ミスリー、立てるか?」

「もう少しすれば……」

「なら、肩を貸そう」

 

 血まみれ天使の捕縛を終え、倒れているミスリーに肩を貸して立ち上がらせるルーク。

 

「途中までは俺が二人を連れて行くから、回復したらこいつはミスリーが連れて行ってくれ」

「判りました」

 

 治安隊と会いたくないルークの気持ちを理解し、素直に頷くミスリー。

 

「こいつはどうなるんだ?」

「そうですね。恐らくは封印刑でしょうが、元々彼女が入っていた封印用の魔法機は破壊されてしまったでしょうし、暫くは別の場所に拘留という形になると思います。封印機は貴重品で、確か今は治安隊本部に予備が無かったと思いますので」

「成程な」

 

 ミスリーに肩を貸し、ずるずると血まみれ天使をロープで引きずりながら、ルークはチラリとその引きずられる姿を見た。

 

「(この戦闘力……少し勿体ない気もするが、こいつのした事を考えれば仕方ないか)」

「それよりも、先程は何をしたのですか?」

「ん?」

「突然背後に回り込んだあれです。何をしたか全く判りませんでした」

「ああ、あれか。まあ、奥の手みたいなもんだな。出来れば他言無用で頼む。サイアスには伝えてもいいが」

「奥の手ですか……なら、やはり先程の彼女は逃がさない方がよかったのでは?」

 

 ポンパドールが逃げて行った方向をチラリと見てそう口にするミスリー。確かに彼女の言うように、奥の手を敵に晒したままみすみす逃がしてしまったのは痛い。

 

「あ、でも、外は軍が包囲していますし、生きて逃げおおすのは難しいと思いますが」

「いや、多分生き延びるな」

「それはどうして?」

「俺をこの場で必ず殺す、と言った直後に迷わず逃げの一手を打った。ああいうのが一番手強い。なんだかんだ、最後まで生き残るのはああいう手合いだ」

「そういうものですか……」

「(それに、俺個人としても出来れば生き残っていて貰いたい)」

 

 そう思うルークが思い出すのは、ポンパドールの下半身。あの足運び、体重移動、どれをとっても見事であった。人間の限界を超えている。

 

「(あいつの足さばきを参考にすれば、韋駄天速の負担を減らせるかもしれない)」

 

 ズキリと痛む足を見ながらそう思うルーク。昔に比べれば大分負担は減ったが、それでも未だ韋駄天速は諸刃の剣。

 

「(また会いたいもんだな……)」

「しかしそうなると、やはり彼女を逃がしてしまったのは痛手なのでは……?」

 

 自分のせいかと心配そうにするミスリーに対し、ルークはいつもと変わらぬ口調で答える。

 

「確かに良くはないが、多分問題ないな。あいつは恐らく何が起こったのか掴めていない」

「何が起こったのか……?」

「(むしろ問題なのは……)」

 

 

 

-ゼス 治安隊本部 6階-

 

「これは撤退ではありません! 明日に向かっての前進なのです!」

 

 そう言い訳を吐きながらポンパドールが高速で走り抜けていく。体はボロボロ、今すぐにでもベッドで休みたい。その為に今は全力で逃げる。

 

「(しかし、あの背後に回り込んだのは一体……そうか! 転移魔法! くぅっ、いつの間に仕込んだのか知りませんが味な真似をぉぉぉ!)」

 

 傍から見ていたミスリー以上に、当事者であるポンパドールは何が起こったのか掴めないでいた。いつの間にか背後にいた。これがポンパドールの理解している全て。転移魔法を疑うのも無理はない。高速の世界にいる彼女だからこそ、神速の世界の技である韋駄天速を認める事が出来ないのだ。

 

「あー、もう、本当にむかつくっ! 二度と会いたくなーいっ! ジーク様に会いたーいっ!!」

 

 会いたいと思うルークと、二度と会いたくないと思うポンパドール。とことん相性の悪い二人であった。

 

 

 

-ゼス 治安隊本部 7階-

 

「ぐっ……がぁっ……」

 

 壁に手を付きながら歩くのは、暗殺者のコード。その胸からはボタボタと血が流れおちている。ルークに斬られた傷だ。止血薬を塗りたくっているが、まだ溢れ出てくる。苦しそうに息を吐きながらも、歩みは止めない。

 

「失敗した……くそっ……」

 

 かなみさんを救う事が出来なかった。その無念さがコードの胸の内を占める。だが、そんな状況でありながらもコードはニヤリと笑った。

 

「だが……見たぞ……」

 

 突如背後に回り込んだ。暗殺者である自分の目でも追う事が出来なかった。だが、あれは転移魔法ではない。魔力を感じなかった。第三者として観察していたからこそ、コードはその答えに至る事が出来た。

 

「超高速の移動術……それが貴様の奥の手か……」

 

 

 

-ゼス 治安隊本部 14階-

 

「報告します。無謀な突破を試みていたテロリストたちは包囲軍の攻撃により全滅」

「なんだとっ!」

 

 アレックスに対して行われた報告であったが、一番の反応を示したのは自称民間人ことランスであった。思わず全員が一度そちらに視線を向けてしまうが、すぐに報告を続けさせる。

 

「続きを」

「あっ、はい! 当方の被害は軽微であり……」

 

 報告が続く中、志津香が呆れたようにため息をつく。

 

「無謀だったのよ。ゼス正規軍が包囲しているのに何の考えも無しに突破を試みるなんて、自殺行為もいいところだわ」

「なにっ!? となると、エリザベスやポンパドールちゃんは……」

「生きてはいないでしょうね」

「これでペンタゴンもお仕舞だな☆」

「んっ……」

 

 ランスの問いに志津香が答える。非情だが、どうしようもない。自業自得だ。メガデスの言葉に複雑そうな表情を浮かべるネイとシャイラ。そんな中、ランスは思い切り壁を殴った。その音に再度ゼス軍が振り返る。そこにあったのは、悔しそうなランスの表情

 

「(お目当てが……)」

「(消えてしまいましたものねぇ……)」

 

 そう心の中で呟く志津香とカオル。いや、二人だけではない。この場にいるランスを良く知る仲間たち全員がそう思っていた。だが、この好青年だけは違った。

 

「(敵対していたテロリストの死をも悼むなんて、何て誠実な人なんだ……確かカオルさんの話では、ランスさん……)」

 

 何故かキラキラとした視線をランスに向けるアレックス。好青年の彼にとって、まさか悔しがっている理由がそんな事だとは考えも及ばない事であった。そんな中、ロゼがポツリと呟く。

 

「多分、死んでないわよ」

「ん?」

「アレックス将軍! 大変です!!」

 

 突如、アレックスの持っていた魔法トランシーバーが鳴り響いた。聞こえてきたのは階下に配置していた部下の声。

 

「何があった!」

「これまでと反対の方角の扉より新たなテロリスト集団が……包囲隊は先程までの戦闘で陣形を動かしており……」

「なんですって!?」

 

 息を呑むゼス軍。事態の呑み込めないマリアがロゼに問う。

 

「どういう事なの?」

「先に無謀な特攻を繰り返していたのは囮ね。本隊を逃がす為に、わざと逆方向で派手に暴れたのよ」

「そんな!?」

「捨て駒って訳か。酷ぇ話だ」

 

 シィルが悲痛な声を上げ、パットンがため息を吐く。

 

「(それに、私の予想が正しければ……)」

「後、その……先の戦闘で殲滅したテロリストは、その殆どがこの治安隊本部で働く二級市民でした」

「二級市民の職員ですって!? 一体どれ程の……」

「確認出来ているだけですが、テロリストの死体は6名、それに対し二級市民の職員は137名でした」

「そんな……どうしてそんな事が……」

「(やっぱりね……)」

 

 予想していたのだろう。ロゼがやれやれといった様子で壁に寄り掛かる中、ランスとセスナが代わりに口を開く。

 

「ああ、エリザベスちゃんの演説を聞いてた奴らだな」

「言葉巧みにレジスタンスに引き入れて……囮に使った……」

「やられたな……」

 

 アレックスが悔しそうにそう呟くのを見て、ロゼは小さくため息をつく。サイアス、ウスピラ、カバッハーン。闘神都市で出会った四将軍たちは、どれも傑物と呼ぶに相応しい人物であった。窮地の際、自分が命を預けるに値する将軍。だが、このアレックスはどこか違う。噂では四将軍一の才覚、未来の四天王とまで呼ばれているから期待していたのだが、ロゼはアレックスにどこか危うさを感じた。

 

「まだやられてないわよ」

「えっ?」

 

 その不甲斐なさにイライラしたのが原因だろうか。普段ならばわざわざ四将軍に目を付けられるような面倒事は避けるロゼであったが、ついその言葉を口にしてしまった。

 

「だから、お宅の炎の色男様は急いで降りたんでしょ」

「……あっ!? まさかっ!?」

 

 

 

-ゼス 治安隊本部 外-

 

「上手く突破出来たな」

「当然だ。ゼス軍を出し抜くなど提督とエリザベスさんには造作もない事だ」

 

 そんな話をしながら駆けていくペンタゴンの兵たち。上手くいった。最小限の犠牲で包囲網を突破する事が出来た。ゼス軍など恐るるに足りず。そんな彼らを絶望の淵に落とすのが、目の前にそびえ立つ赤き壁。

 

「なっ!?」

「なんとか間に合ったか……」

「炎の将軍!?」

「サイアス・クラウンだと!? 馬鹿なっ!?」

「悪いがここは通行止めだ」

 

 その言葉と同時に、ペンタゴンの部隊を爆炎が飲み込んでいった。率いるは突貫で連れ出した僅かばかりの部下。完全に捕縛しきるのは不可能。ある程度の数は逃げられてしまうだろう。だが、これだけの事態を引き起こしておいて殆ど痛手も無く逃げおおそうなど甘すぎる。

 

「くっ……総員、提督を何としても守れっ!!」

 

 剣と剣がぶつかり合う金属音すら飲み込む爆音。炎の将軍、サイアス・クラウン。リーザスとの国境を守るアダム砦の管理者である彼は、度重なるリーザスからの牽制を巧みにやり過ごしてきた。その手腕はあのリアをして面倒だと言わしめるほど。平時はリーザスから国を守る壁が、今はペンタゴンの前に立ちはだかるのだった。

 

 

 

翌日

-アイスフレーム ウルザの屋敷-

 

「以上が今回の報告になります」

「そうですか……」

 

 ランス、カオル、ルーク、セスナの四人がウルザの屋敷で報告を終える。今回の結果はゼス軍とペンタゴンの痛み分けといったところだろう。ゼス軍は治安隊職員を多く殺されたが、ペンタゴンもサイアス率いる部隊によって甚大な被害を被った。幹部連中は何とか逃げおおせたようだが、数百名ものペンタゴン兵が犠牲になったという。これでは暫くの間まともな活動など出来ないだろう。その報告を聞いたウルザは浮かない顔だ。

 

「説得なんか無理だったぞ。あのおっさんの下、狂信的な奴らばっかりだったからな」

「ランスと同意見だ。並大抵の事では、あいつらを懐柔するのは不可能だな」

 

 ランスとルークが口を揃える。穏便に済ませられれば一番であったが、こうなったのはランスたちのせいではない。ネルソンの顔を思い浮かべ、拳を握るウルザ。あの男の無謀な作戦が、このような被害をもたらしたのだ。

 

「(だけど……私も何も出来ていない……まだ行動を起こしているあの男の方が……マシなの……?)」

 

 そう苦しそうに自問自答するウルザを心配そうに見つめるカオルとセスナ。自問自答の末、自身の情けなさを嘆く声が勝ったウルザはゆっくりと拳の力を緩め、生気の無い声で静かに言葉を紡いだ。

 

「皆さん、本当にご苦労様でした……ダニエル、少し疲れました……休みます……」

「うむ……」

 

 ダニエルに車椅子を押され、部屋の奥へと下がっていくウルザ。その弱々しい姿を見送りながら、ルークはポリポリと頭を掻きながら屋敷を後にするのだった。

 

 

 

-ゼス 首都-

 

「報告、確かに。ご苦労様、アレックス、サイアス。十分な成果よ」

「いえ、僕だけではペンタゴンに出し抜かれていました。全てサイアスさんのお陰で……」

「アレックスの部隊指揮が適切で助かりましたよ」

 

 千鶴子からの労いを受け、アレックスが自身の不甲斐なさを口にするが、その言葉を遮るようにサイアスが言葉を発する。全て判っているといった様子でため息をつく千鶴子。相変わらず四将軍は仲が良い。四天王も見習いたいものだ。

 

「しかし、幹部はみすみす逃がしてしまいました。申し訳ありません」

「乱戦だったんだから仕方ないわ。でも、今回の事でペンタゴンは大打撃を受けたはずよ」

「そうですね。間違いなく行動は制限されると思います」

「でも、一体何が目的だったのかしら」

「判りかねますね」

 

 治安隊本部にまで乗り込んで、一体何がしたかったのか。ペンタゴンのトップであるネルソンは頭が回る。何の理由も無くこのような無謀な作戦を取るはずがない。だが、キューティ率いる治安隊職員に聞いて回っても、その理由に見当がつかなかったのだ。

 

「(キューティは撤退のタイミングが気になったとは言っていたわね……何かは判らないけど、目的は果たされてしまったと見るべきかしら……)」

「そういえば、血まみれ天使は首都で……?」

「ええ。今は治安隊本部の封印機が足りないから、首都にある封印機に一時的に入れておくわ。首都であれば封印機が破壊されるって事はないでしょうし、もう安全よ」

「それはよかった」

 

 表向きはミスリーが捕らえた事になった血まみれ天使は、首都に運ばれ再び封印される事となった。報告も終わり、千鶴子が表情を引き締める。

 

「ペンタゴンの戦力は確かに落ちたわ。でも、だからこそ無謀な特攻を仕掛けてくるかもしれない。決して気は抜かずにね」

「はっ!」

「はい!」

 

 サイアスとアレックスが敬礼し、この場を後にする。治安隊にみすみす乗り込まれてしまった訳だが、キューティたちにおとがめが無かったのは幸いと言える。サイアスが安堵する中、アレックスが申し訳なさそうに口を開いた。

 

「サイアスさん、今回は本当に……」

「なに、共に支え合って国を守るのが四将軍の務めだろう。あまり気にするな」

「……どうして、サイアスさんは気が付けたんですか?」

「勘だな。こればっかりは実戦を経験して積み重ねていくしかない。まあ、俺自身確証はなかったから大っぴらには動けなかったんだけどな」

 

 最低限の部下のみ連れて行ったサイアス。だが、もしあの判断が大ハズレで、ペンタゴンの狙いが別にあったのなら大目玉では済まない。あの時取れるのはあの行動が限界だったのだ。

 

「……僕はまだまだですね」

「これからだ」

 

 ポン、と肩を叩いてアレックスを励ますサイアス。この言葉は本心からだ。まだアレックスに甘さが残るのは事実。だが、この男はいずれ四将軍を率いる立場になる。そういう確信があった。

 

 

 

-ゼス 日曜の塔 最上階-

 

「超高速の移動術。これが奴の奥の手です」

「…………」

 

 ラガールの前で跪き今回の報告をするコード。それを黙って聞いていたラガールは、ゆっくりとコードの胸の傷を指差した。

 

「その傷は何だ?」

「こっ、これは……がぁっ!!」

 

 コードが言い訳をしようとした瞬間、ラガールの指先から放たれた魔力の塊がその傷口に直撃した。ようやく収まっていた血が再度吹き出し、痛みに悶絶するコード。

 

「馬鹿者がっ! 誰が手を出して良いと言った!?」

「も、申し訳ありません……」

「貴様でなければ殺していたところだ。良いか、コード。これまでの貴様の功績を鑑みて、一度だけ命令違反は許してやろう」

 

 コードを見下ろしながら、ラガールは立てていた指を折る。

 

「だが、二度目はないと思え! 貴様の任務はあくまでもルーク・グラントの監視だ。決して手を出すな!」

「はっ……」

「では、すぐにこの場から消えろ!」

「…………」

 

 そうラガールに命じられるや否や、今の今まで胸から血を吹き出していたコードは音も無く姿を消したのだった。

 

「お父様」

「ナギよ、聞いていたな。その移動術、お前は知っているか?」

 

 部屋の隅で控えていたナギにコードから聞いた奥の手の事を訪ねるラガール。

 

「いえ、知りません。少なくとも、闘神都市では使っていませんでした」

「そうか。その後に覚えたか、あるいはその時も隠しきっていたか」

 

 顎に手を当て思案するラガール。命令を破ったコードだが、あの男の忠誠心は本物。この報告が嘘という事はないし、疑ってもいない。思案する父を見て、ナギが口を開く。

 

「しかし、流石はルークだ。高速の移動術とは厄介ですね」

 

 魔法使いにとって、一瞬に間合いに入られるのは厄介極まりない。だが、ラガールはニヤリと笑う。

 

「なに、そうでもない」

「お父様、どういう事ですか?」

「重要なのは、今私たちがそれを知った事。そして、奴がその事を知らない事。ならば……」

 

 ラガールが懐から宝石を取り出し、ポンと床に放る。宝石が床に触れた瞬間に魔法陣が浮かび上がり、そこからまるでトラバサミのようなトラップが飛び出してきて宝石を粉々に砕いた。目を見開くナギを見ながら、ラガールは言葉を続ける。

 

「対策はいくらでもある。そう、いくらでもな……」

 

 

 

-ゼス 日曜の塔 外-

 

「くっ……はぁっ……」

 

 塔の外に生えた木に体を預け、胸の止血するコード。そのコードに近づく一つの影。

 

「お取込み中しつれーい」

「失礼なんて思ってねぇけどなー、ケケケ」

「……パパイア様」

 

 現れたのは、四天王のパパイア・サーバーであった。手に持った魔術書のノミコンもいつも通り言葉を発している。不気味な空気を纏った彼女はゆっくりとコードに近寄っていき、馴れ馴れしく肩を組んだ。

 

「おっす、おっす」

「バッチシ」

「一体何のようで……ぐぅっ!」

 

 声を漏らすコード。無理もない。肩を組んだパパイアが持っていた魔術書、ノミコンから鋭い触手が飛び出し、コードの胸の傷口を弄りだしたのだ。

 

「聞いたわよ、抜け駆けしたみたいじゃない」

「一体……どこでそれを……」

「蛇の道はヘビーなのよ、ケケケ」

「自分から誘っておいて仲間外れなんて酷いわよねー」

「ねー」

「ぐっ……がぁっ……」

 

 グチュグチュという音が響く中、パパイアが邪悪な笑みを浮かべながらコードの目を見て言葉を続ける。

 

「次は混ぜなさいよ。次にあの男がどこに現れるか、ちゃーんと調べておいてね」

「もう僕は……彼に手を出す事は禁じられて……」

「え? 何? 聞こえなーい」

「聞こえないから触手動かすー」

「がぁぁぁぁっ……」

 

 既に引き返せぬ道にコードは立っていた。いや、まだ彼を引き戻す事が出来るとすれば、ただ一人。

 

「(かなみ……さん……)」

 

 歪んだ愛を向けた相手の名を、コードは心の中で呟くのだった。

 

 

 

-ペンタゴン本部-

 

「…………」

「提督……」

 

 自室でうなだれるネルソンを部屋の外から窺うエリザベス。暫し悩んだ末、声を掛ける事無く広間へと戻っていく。そのエリザベスを見つけ、ロドネーが声を掛けてくる。

 

「提督の様子は変わりないかい?」

「ああ」

「無理もねぇさ、こんだけの被害を被っちまったんじゃぁな。おっと、責めてる訳じゃねーぜ」

 

 フットが周りを見回しながらそう口にすると、エリザベスが唇を噛み締める。普段は多くの兵が詰めているこの広間が、今は閑散としている。あまりにも痛い被害を被った。

 

「サイアス将軍……許せない……」

「いやいや、許せないのはあのルークって男ですよ。うん、全部あの男が悪い」

「それにしても、よく生き延びたな」

「悪運だけは良いもんで」

 

 キングジョージが拳を握り、頬に絆創膏を貼ったポンパドールがぷんすかと怒りを露わにする。提督とエリザベスを逃がす為に一人残ったと聞いていたが、よくぞ生き延びたものだと感心するフット。

 

「で、どうするんだい? 折角マナバッテリーの場所の見当がついたっていうのに」

「……提督の判断を待つ」

「しかねえな。いつだってそうやってきたんだ」

 

 ソファーに身を預け、パイプを吹かすフット。そう、いつだって提督についてきた。そして、これからも。それが俺たちペンタゴンなのだ。

 

「…………」

 

 一方、自室で項垂れていたネルソンは必死に考えを巡らせていた。

 

「(兵が足りんな……マナバッテリーの場所が判ったというのに、こんな事になるとは……)」

 

 自分たちが死を顧みず特攻をし、それを成し遂げられるのならばいくらでも特攻しよう。だが、マナバッテリーは四天王の塔の下にある。恐らく四機。マジノラインを停止する為には、最低でも二機、いや三機は破壊したいところだ。今の戦力で可能か。無理だ。命を賭しても一機破壊するのが関の山。

 

「(ならば、どうする……同士を募るか……? いや、一手遅い……ならば、別のレジスタンスと手を組み一時的に兵を増やすか……? 候補は……)」

 

 ゼス国内にあるレジスタンスを思い浮かべるネルソン。どこもかしこも説得に時間が掛かりそうな割にはまともな戦力になりそうもない。いや、正確には戦力になりそうな組織は一つだけある。だがそれは、昨日決別をしたばかりの組織。

 

「(アイスフレーム……だが、ウルザが首を縦に振るとは思えん。解放戦の英雄もな……)」

 

 では、諦めるか。いや、立ち止まってはいけない。動き続けなければならない。それが祖国の解放に繋がるのだから。では、どうする。そんなネルソンの頭に、一人の男の顔が浮かぶ。

 

「(可能性があるとすれば、あの男を懐柔する事か……出来るか? いや、やらねばならない……祖国の解放の為に……)」

 

 あのアイスフレームを影で動かしているかもしれない男、ランスの懐柔を。

 

 

 

-ムシ使いの村-

 

「汚い場所ね。ムシ使いの儀式を見たいだなんて言うんじゃなかったわ」

「申し訳ありません、エミ様」

 

 平謝りするドルハンと、ハンカチで口元を抑えるエミ。ようやく四将軍の保護が解除された二人は、こうしてドルハンの強化の為にムシ使いの村へとやってきたのだった。強化というのは、その体に新たなムシを入れる事。あまり入れ過ぎると肉体が耐えられず崩壊するのだが、ドルハンはまだもう一匹くらいなら入れられるという目算し、エミの為に新たなムシを入れる事を決意したのだ。下手すれば死ぬ儀式を行う決意。そんなドルハンの忠誠心を知らず、エミは暢気なものであった。

 

「それで、儀式はどこで行うの?」

「村の奥で……ん? エミ様、隠れてください、誰かおります」

 

 ドルハンがエミを守るように前に出て、いつでも戦闘に入れるよう身構える。目の前の少女もこちらに気が付き、目を丸くする。

 

「……えっ? おじさん……」

「……まさか、お前さん、ムシ使いか?」

 

 次いで、ドルハンも呆けたような声を出す。目の前の少女は、確かにムシ使いだ。自分には判る。何せ、自分もムシ使いなのだから。では、何故二人は驚いているのか。

 

「ムシ使いですって? まさか、貴方以外にも生き残りがいたの?」

 

 そう、エミの言うようにムシ使いは既に絶滅したとされる種族。エミの子飼いであるドルハンのように、秘密裏に貴族に飼われているムシ使いはいるかもしれない。だが、まさかこのようにムシ使いの村跡で今も生活しているムシ使いがいるとは夢にも思わなかったのだ。

 

「わぁ!」

「そうか、生き残りがいたのか……」

 

 パッと花が咲いたように笑う少女を見て、涙が零れ落ちそうになるのを必死に堪えるドルハン。生き残りの同胞がいた。喜び方は違えど、両者は確かにその喜びを噛み締めていた。だが、その喜びを直後のエミの発言が粉々に壊す。

 

「丁度良いわ。ドルハン、彼女とつがいになりなさい」

「えっ?」

「え、エミ様! 何を……」

「そうすれば、新しいムシ使いがドンドン生まれるのでしょう? ふふ、素晴らしいわ。高い戦闘力を持ったムシ使いの軍団をわたくしの意のままに操れるなんて」

 

 邪悪な笑みを浮かべるエミ。その主に、ドルハンは頭を下げ懇願する。

 

「エミ様……どうか、どうかそれだけは……」

「まさか、歯向かうつもりではないでしょうね? 私の言う事が聞けないの?」

「ぐっ……ぐぅっ……」

「おじさん……?」

 

 苦しそうにうめき声を上げるドルハンを心配そうに見守る少女。その言葉が更にドルハンの胸を締め付ける。だが、逆らう訳にはいかない。エミは、死ぬ運命でしかなかった自分を気まぐれとはいえ救ってくれたのだから。唇を噛み締め、ゆっくりと少女に向き直るドルハン。

 

「すまねぇ……」

「おじさん……」

「さぁ、わたくしにムシ使い同士の交尾を見せて頂戴!」

「待てっ!」

 

 その時、声が辺りにこだました。次いで、小高い丘の上から一人の男が少女とドルハンたちの間に割って入るように降り立つ。それは、小柄な少年。

 

「子供?」

「あれ? あの時の……」

「……てめぇら、今何しようとしてやがった!」

 

 少女が間に割って入った人物を見て驚く。それはつい先日に偶然出会った少年、ダークランスであったからだ。あの後、ダークランスは情報収集を続けてランスの足取りを追ったが、居場所を突き止める事が出来ず、ふとムシ使いの村で出会った少女の事が大丈夫かと気になり、こうして様子を見に来たところであったのだ。

 

「ふふん、子供が威勢の良い事を言っても……」

「エミ様、下がっていてくだせぇ。この少年、侮っちゃぁいけねぇ相手のようです」

「なんですって……?」

「てめぇら、一人ずつ前に出やがれ! おいらが叩きのめしてやる!」

 

 啖呵を切るダークランス。こんな少年が強いのかと疑うエミはその顔をマジマジと観察する。すると、ある事に気が付いて声を漏らす。

 

「……忌々しい顔立ちだわ。あのランスという野蛮な猿にそっくりじゃない」

 

 ピクリ、と剣を構えていたダークランスが反応を示す。

 

「……お前、あいつを知ってるのか!?」

「へっ?」

 

 二度目の邂逅は近い。

 

 


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