ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第187話

 

『で、貴様の名前はなんというのだ? 男の名前など覚える気はないが、こっちだけ名乗っているのは気に食わん』

『俺の名は、ルーク・グラント。キースギルド所属の冒険者だ』

 

 それが、始まりだった。

 

 

 

-森の中 開けた場所-

 

「ふんっ!!!」

 

 風を切る、というような生易しいものではない。荒々しく風ごと全てを粉砕するかのような剣撃が大地へと振り下ろされ、轟音と共に地面が破裂する。だが、その一撃を放った本人、ランスは忌々しげに前方を睨み付ける。それも当然。この一撃を当てるべき対象、ルークが素早く後方に飛んで今の一撃を躱したのだから。

 

「どりゃあっ!!」

 

 すぐさまランスは振り下ろした剣を地面から持ち上げ、横薙ぎに剣を振るう。だが、その一撃はルークの剣によって阻まれる。ガキン、と金属音がけたたましく響き、二人の耳に届く。深夜の森の中、当然辺りは静寂が包んでいる。この場にいる二人の男の耳にもいつも以上に戦いの音が届いていた。だが、理由はそれだけではない。対峙する相手だ。

 

『がはは、英雄は遅れてやってくるものなのだ!』

『ふ、案外そんなもんなのかもな』

 

『英雄が二人いてもいいんじゃないか?』

『……ふん! 足を引っ張るなよ!』

 

『ランス、俺に続け!』

『俺様に命令するな!』

 

 いま対峙しているのは、これまで何度も共に死線を潜り抜けてきた男。その事実が二人の神経を研ぎ澄ませていた。いつも以上に音が聞こえ、動きが見える。

 

「はあっ!」

「っ!?」

 

 ルークの手から放たれた最初の一撃は突きであった。ランスからしてみればルークのこの一撃は比較的珍しい部類であったのだろう。予想外に素早い一撃に目を見開きながらも、横っ飛びでその一撃をすんでのところで回避する。いや、完全には回避しきれず少しだけ掠ったのか、一滴の血が頬を流れていく。それを乱暴に拳で拭いながら、ランスはルークに向かって口を開いた。

 

「ふん、やる気はあるみたいだな。そうでなくては張り合いがない」

「……ああ。お前の言うように、この場所までついて来た時点で覚悟は決まっていた」

「覚悟か……」

 

 ルークはそう返しながら剣を構え直す。だが、その返答にランスは何か引っ掛かったような様子を見せながら再度口を開く。

 

「貴様にとっては、俺様は覚悟しないと戦えない相手なのか?」

「ああ。お前は違うのか?」

 

 ルークのその問いかけに対し、ランスは鼻を鳴らしながら即答する。

 

「ふん、違うな。俺様にとっては貴様と戦う事など特別な事は何もない。そこらの盗賊と戦うのと何も変わらん、ムカつくからちょっと斬り倒してやるか程度のものだ」

「そうか」

「そうだ。だから、遅かったくらいだ!」

 

 ランスが剣を持つ左手に力を込め、爆発しそうな闘気が体から溢れだす。そしてそのままルークに向かって駆け出し、勢いよく宙へと跳び上がった。剣を両手で持ち直し、纏わせた闘気ごと一直線にルークへと振り下ろす。

 

「もっと早く戦りあっておくべきだったのだ!!」

 

 どちらが上か、判らせる為に。

 

「そうだな……同感だ!」

「ぬっ!?」

 

 自身に対して振り下ろされた剣に対し、ルークは意外にも回避行動を取らなかった。右手に持つブラックソードに闘気を込め、勢いよく剣をかち上げる。正面からぶつかり合う剣と剣。闘気が爆ぜ、轟音が森を駆ける。そこから生み出された衝撃によって吹き飛ばされたのは、体勢的には有利な位置にいたランスの方であった。尻もちをつくような無様な事は本能が拒否したのだろう。宙を吹き飛ばされながらも体を翻して両足で大地に降り立つ。一歩、二歩後ろによろけるも転ぶ事は無かった。だが、『力で押し負けた』という事実がランスの苛立ちを増大させた。そんなランスに対し、ルークは静かに闘気を纏わせながら口を開く。

 

「ランス、お前はもっと早く俺と戦うべきだった。今じゃない」

 

 四魔女事件の解決時。闘神都市からの帰還時。機会は何度かあった。死線を潜りぬけた直後。ランスにとって最適な時が。

 

「お前の戦いにおけるセンスは抜群だ。近い条件であれば、俺とお前のどちらが勝つかは判らん。悔しいがな」

「……何が言いたい」

「言わせるのか? お前も馬鹿じゃない。戦う前から判っていた事だろう?」

「…………」

 

 無言でルークを睨み付けるランス。判っている。今の二人には、大きな差がある事が。そしてそれは、戦闘において絶対的ではないとはいえ、勝敗を分ける大きな要因になる事が。

 

「ランス。今のお前じゃ、俺には勝てんよ」

 

 静かに、だがハッキリとルークは断言した。

 

 

 

-森の中 キャンプ地-

 

「何の話、ねぇ……あ、座るわよ」

「おう」

 

 かなみの言葉を受けて困ったように髪を掻きながら、ロゼはパットンの正面に座り込む。話が長くなると踏んだのだろう。たき火を挟む形で向かい合う形のロゼとパットン。そして、話の続きを待つように立ち尽くしたままのかなみ。いや、続きを待っているのはかなみだけではない。テントの中から微かに聞こえてくる衣擦れの音、感じ取れる気配。眠れずに起きている者たちもまた、ロゼとパットンの言葉を待ちわびていた。

 

「ん……」

「俺は付き合い出して間もないからよく知らねえが……」

 

 珍しく言い淀むロゼに助け舟を出すかのようにパットンが口を開く。かなみへの回答をはぐらかす訳ではない。直接の回答ではないが、それに至る為の道程を踏む事にしたのだ。

 

「あの二人が戦りあうのは初めてなのか?」

「……以前に一度、ランスが魔法使いに操られた状態で戦った事はあったわね。でも、それはあんたの言う『戦りあう』とは違うでしょ?」

「そうだな」

「じゃあ、私の知る限りではないわね。かなみはどう? あんたの方が付き合いは長いでしょ?」

 

 ロゼが言うのは、闘神都市でランスがイオに操られた時に実現した対決だ。だが、パットンの思う戦いとは違う。当然ロゼもそれは判っているため念のため確認をしつつ、かなみに話を振る。少しだけ考え込むようにした後、かなみはその問いに答える。

 

「私も知りません。ランスが喧嘩腰に食って掛かる事はあったけど、いつもルークさんが一歩引いていたから……」

「へぇ。あの気難しそうなランスと長い付き合いで衝突が無かったってのは凄ぇな」

「でも、私もいつも一緒にいた訳じゃないから……もしかしたら知らないところで……」

「いえ、ありません」

 

 かなみの言葉を切ったのは、新たにテントから出てきた人物。ランスとルーク、二人の付き合いを一番近くで、一番長く見てきた者。

 

「シィルちゃん……」

「っと……」

 

 シィルもまた、眠れずにこの時間まで起きていたのだろう。かなみが心配そうに声を出し、パットンも罰が悪そうに舌打ちをする。無理もない。ランスとルークの衝突の原因となった騒動。ランスに子供がいたという事実。今この場にいる者の中でその事実に最も傷ついているのは、間違いなくシィルなのだから。だが、シィルはしっかりと三人を見据える。まるで、もう大丈夫だから心配しなくて良いと伝えるかのように。

 

「ランス様とルークさんが戦った事は今までありません」

「シィルちゃんが言うなら、まあそうなんでしょうね」

 

 基本的にランスとシィルが離れる事は無い。そのような事が起こるのは、シィルが敵に攫われたりする緊急事態。そんな時に戦うはずもない事を考えれば、やはり今回が初めての事態なのだろう。

 

「そうか。じゃあ、前例がない事態なんだな」

「はい」

「それじゃあよ、どっちが勝つと思う?」

「えっ……」

 

 パットンは単刀直入にそう問いを投げる。いや、答えなど初めから決まっている。あえて古い付き合いである仲間たちの口から聞きたかったのだろう。動揺し、言い淀むのはシィル。彼女の中でも一つの答えは出ている。だが、言えない。それを言う事を心が拒絶する。だから、そんなシィルに代わってかなみが口を開いた。

 

「ルークさんです。シィルちゃんには悪いけど、ランスに勝ち目はないわ」

「どうしてそう思う?」

「簡単よ」

 

 それは、埋められない決定的な差。

 

「レベルが違うわ。本来の言葉の意味とは違う、本当の意味でのレベル。ルークさんとランスじゃ、現在レベルが違い過ぎる」

 

 

 

-森の中 開けた場所-

 

「がっ……」

 

 剣を落とし、膝をつくのはランス。既に息は切れ、ぜぇぜぇと苦しげにしながら必死に呼吸を整える。見れば、いつの間にかその体には生々しい傷跡がいくつもついていた。そんなランスを見下ろすのは、ルーク。ボロボロのランスとは対照的に、ルークには目立った傷は付いていない。

 

「ランス、諦めろ」

「はぁ……はぁ……」

「今のお前じゃあ、俺とレベルの差があり過ぎる」

 

 現在レベル。それは、この世界で個人の戦闘力を図る際に大きな指標となるものだ。勿論、それだけで全てが決まる訳ではない。保有技能、地形、相手との相性、心情。戦闘における勝敗とは様々な要因の上に成り立つ。だが、大きく開かれたレベルは勝負において決定的な差となる事は間違いない。

 

「ランス。今、お前のレベルはいくつだ?」

「はぁ……はぁ……」

「30前後、といったところか? 俺は今、63だ」

 

 ランスの現在レベルは27。アイスフレームに来た頃は18であった事を考えれば、かなりのペースでレベルは上がっている。それに対し、ルークはアイスフレームに来た時と変わらない数値。だがそれは、単純に元々のレベル値の違いによるもの。元々の値が低かったランスはアイスフレームの活動の中でめきめきとレベルが上がっていった。グリーン隊の任務に戦闘行為が多かったのも要因の一つだろう。それに対し、ルークはアイスフレームに来てからそれ程多くの戦闘は行っていない。戦った相手も格下ばかりであり、レベルが上がる程の経験値は得ていなかった。

 

「カオスもない。レベル差もある。そんな状況で、お前が俺に勝てる訳がないだろっ!!」

 

 だが、それでも埋められない。闘神都市の冒険から約1年半。鍛え続けたルークと、サボってレベルの下がってしまったランスの間に生まれた決定的な差を埋めるにはあまりにも足りないのだ。

 

「以前、アンデルミィルが言っていたな。お前には才能限界が無いと。鍛えれば鍛えるだけ、強くなれると」

「…………」

「お前自身が普段から言っているように、正しく英雄の器だ。人間の限界を超えている」

 

 ルークはランスを見下ろしながらそう語る。才能限界。それは、人間だけでなく全ての生物が持つレベルの限界値。強さを追い求める者たちがいずれぶち当たる壁。だが、ランスにはその壁がそもそも存在しないのだ。正に英雄の資質を持って生まれた存在。人間の限界、その単語を口にした時、ルークの頭の中にかつて魔王に言われた言葉が蘇った。

 

『お前はまだ壁を越えていない。このままでは壁の向こう側にいる連中には勝てんぞ』

 

「お前なら、越えられるんだ。壁を……」

 

 圧倒的な力でランスを捻じ伏せている現状にも関わらず、ルークはどこか悔しげにそう口にしていた。その言葉には、多少の嫉妬心も含まれていたのかもしれない。そう、ルークの言うように確かに超えられるのだ。ランスであれば、人間の限界を。勿論、簡単な事ではない。これだけ鍛えているルークでもまだ自身の才能限界まで到達していない。レベルというのは高くなればなるほど1つ上げるのだけでも相当な苦労が必要になる。ランスが実質無限にレベルを上げられるとはいえ、常識的に限度というものがある。だが、それでも道は既に開けている。ルークも韋駄天速が壁を越えるための手段というのは掴んでいるが、何をどうすればそこに至れるのかまではまだ辿り着けていない。何を行えば『壁』を越えられるのか、人類の中でもランスだけは既に答えが出ているのだ。

 

「お前がサボらなければ、とっくに俺なんか越えている。俺やリック、アレキサンダーのように鍛え続けていれば、人類最強の称号はとっくにお前のものだ」

「……馬鹿言え。そんな事をしなくても、人類最強はこの俺様だ」

 

 息を切らせていたランスがそう悪態をつく。だが、ルークはその言葉を無視して言葉を続ける。

 

「だがお前は、すぐに鍛える事を放棄する。自分勝手に、我儘に、欲望に身を任せる! その結果……フェリスとの間に子供が産まれた」

「…………」

 

 鍛え続けろ、とは言わない。鍛え続けて欲しいのは確かだが、そこは強要するところではない。今の問題の論点は別のところにある。ランスが普段から行っている事。美しい女性に乱暴をする事もあれば、適当な相手から略奪紛いに金を奪う事もある。それが悪党相手などであれば、ルークも口うるさく言ってこなかった。だが、今回は違う。フェリスは何度も共に死線を潜り抜けた仲間であり、闘神都市でルークはランスに対してこう言っている。

 

『ああ……フェリスの事なんだが……もう少し優しくはしてやれないか?』

 

 今の状況を危惧した訳ではない。子供が産まれるなど、当時のルークも想像していなかっただろう。だが、フェリスへの態度は当時から目に余るものがあった。だからこそ期待した。少しでもフェリスに優しくなる事を。だが、その期待は裏切られた。

 

「お前はフェリスを、産まれてきた子供を、そして……シィルちゃんを傷つけた」

「……今、シィルは関係ないだろう」

「本気で言っているのか?」

「……ふん」

 

 傷ついているのはシィルだけではない。マリアだって傷ついている。かなみに知られた事を考えれば、近日中にリアも大きく傷つくはずだ。だが、今挙げるべき名前はシィル。その理由は今更語る事もないだろう。

 

「フェリスに言う事はないのか?」

「…………」

「俺は、フェリスを使い魔ではなく大切な仲間として見ていた。だが、ランス。お前は違ったのか? フェリスの事を、使い魔としてしか見ていなかったのか?」

 

 ルークの問いに答えは返ってこない。ランスはずっと俯いたままだ。その反応を受け、ルークは静かに言葉を続けた。

 

「いや、フェリスだけじゃない。お前は……」

「…………」

「他の皆も……俺の事も、仲間としては見ていなかったのか?」

 

 それは、かねてからルークが心の中で危惧していた事。ランスは、自分の事を仲間として見てくれているのか。ランス自身は認めないだろうが、なんだかんだ仲間として認めてくれているとこれまでは思っていた。口では全員俺様の下僕と言いながらも、自分やかなみ、カスタムの面々といった付き合いの長い者たちは仲間として見てくれていると信じていた。だが、フェリスの一件で判らなくなった。ランスの真意が見えなくなったのだ。

 

「…………」

「俺は……お前を……甘やかし過ぎていたのかもしれないな……」

 

 ルーク自身、自覚はあった。妹の忘れ形見とも言えるランスの事を甘やかしていた事を。ランスが蛮行を働いても、口頭での注意に留まっていた事を。だからこそランスは繰り返した。そして、フェリスの悲劇は生まれた。ルークにも反省すべき点はある。もっとランスを叱っていれば。もっと蛮行を止めていれば。このような事態にはならなかったのではないかと。

 

「甘やかしていた……だと……?」

 

 その時、それまで膝をついて俯いていたランスがピクリと反応を示した。ルークの言葉を反芻し、地面に落ちていた剣に手を伸ばしてからゆっくりと立ち上がったのだ。見据えるは、正面に立つルーク。その目には先程までとは違う何かが宿っている。

 

 

 

-森の中 キャンプ地-

 

「まあな……ランスも大した奴だが、ルークとは文字通りレベルが違う。今の状態じゃ、逆立ちしたってランスに勝ち目はねぇ」

 

 かなみの答えを受け、パットンはたき火に木をくべながらそう口にした。どうやらパットンの見解も同じだったようだ。シィルも難しい表情でいる。それは、無言の肯定。今のランスでは、ルークに勝ち目はない。レベル差を知る者であれば誰もが辿り着く簡単な結論。だが、一人だけそれに異を唱える者がいた。

 

「……果たしてそんな単純な話かしらね」

「えっ?」

 

 かなみが驚いたように声の主の顔を見る。それは、どちらかというとルーク派であるはずの女性、ロゼの言葉であった。少し驚いたような、それでいてどこか興味深そうな表情を見せるパットン。

 

「へぇ。じゃあ、あんたの予想はランスが勝つってのか?」

「それもちょっと違うわね。あんたたちの言うように、まともに戦えばランスに勝ち目はないわ」

「まともに、か。じゃあ、自分の土俵に持ち込めば勝ち目はあるって事か?」

「そういうの得意でしょ、ランスは。でも、それともちょっと違う」

 

 確かにランスは格上の相手に対し、大金星ともいえる結果を何度も勝ち取ってきた。魔人サテラ相手にパラライズの粉で圧勝したり、ルークすら破った勇者アリオス相手に引き分けたりしている。それは、どちらも自分の土俵に相手を引きずり込んだ結果だ。確かにランスに勝ち目があるとすれば、そういった特殊な条件での勝利と言えるだろう。だが、ロゼの意見はそれとも少し違うらしい。

 

「もっと根本的な話よ」

「根本、ですか……?」

「ええ。そもそも、どうしてルークとランスは戦う事になったのか」

 

 一瞬の静寂がキャンプ地を包む。パチパチ、というたき火の音がやけに耳に届く。そんな静寂を打ち破ったのは、かなみ。

 

「どうしてって、みんな見てた事でしょ。ランスに子供がいるのが判って、その時のランスの態度にルークさんが怒って……」

「ルークさんに殴られたというのが、ランス様に取ってもショックだったんだと思います」

 

 ランスの態度と発言にルークが怒り、殴りかかった。それもまた、今までに前例のない事。それまでは揉め事があってもルークの方が一歩引いてきた。だからこそ、ランスにとってもルークに殴られる事は予想外だったのだろう。反旗を翻すとは思っていなかった者からの一撃だったのだから。殴られた直後は呆けたような表情になり、その後すぐにランスは怒りを露わにした。

 

「確かに、最後の切っ掛けはそれだと思うわ」

「最後の……?」

「……ランスってさ、単純な思考をしてるように見えるけど、戦闘においては結構頭が回るわよね」

「えっ?」

 

 突如話が変わった事に思わずかなみは呆けた声を出してしまうが、少し考えてからロゼの言葉に同意する。

 

「確かに機転が利くというか、なんというか……」

「そう。当然、相手との力量差もしっかり判断して、わざわざ正面からの戦いを避けたりする事もある」

 

 以前、カスタムの四魔女事件では強大な力を持ったラギシスに対して不意打ち気味に戦線に参戦した。闘神都市の事件では、圧倒的な力を持ったディオに対して人質作戦を取り、それが通じないと判ればすぐに逃げの一手を取った。どうしても戦わなければならない時を除き、勝ち目のない勝負は極力避ける。それは、優秀な冒険者に取って非常に重要な事。

 

「そのランスが、ルークとの戦いに応じた。真正面から戦う事を選んだのよ。当然、ランスだって今の自分とルークのレベル差は判っていたはずよ。それでも戦いを望んだ」

「勝ち目があるって事か?」

「いえ、どちらかというと……勝ち目が薄くても、戦わなければいけない。そういう風に判断した感じかしら」

 

 そう、ランスは今が『どうしても戦わなければならない時』と判断し、ルークと対峙したのだ。しかし、その意見にかなみが意を挟む。

 

「それはちょっと極論じゃないですか? いくら予想外だったとはいえ、殴られたくらいでそんな……」

「だから、あれは最後の切っ掛けだったって事よ」

「どういう事だ?」

「ランスの中には、私たちの知らないところでルークへの不満が溜まっていた。昨日の事、忘れた訳じゃないわよね?」

「あっ……」

 

 決して忘れていた訳ではない。だが、目まぐるしい事態の動きの中でいつの間にやら頭の片隅に押しやられていた。

 

『あまり俺様を舐めるなよ』

『……っ』

 

 昨日、確かにランスとルークは一触触発の事態になった。カオルがランスに対して襲い掛かった事の理由をルークが話していた際、唐突にランスがキレたのだ。

 

「あーいうのは良くある事じゃなかったのか?」

「確かにランスが食って掛かるのは良くある事だけど、昨日はちょっと雰囲気が違ったの」

 

 あの時パットンはシャイラたちに確認を取り、いつもの事であるという風に聞き及んでいた。だが、真実は違った。かなみやカスタムの面々のように、長い付き合いである者たちは昨日のぶつかり合いをいつもとは違うと感じ取っていたのだ。成程な、と納得した様子でため息をつくパットン。

 

「長い付き合いじゃねぇと判らねぇ感覚って事か。となると、それも前兆の一つだったって事か?」

「そうね」

「で、昨日キレた理由はなんだったんだ?」

「正直、それはちょっと判らないのよね」

 

 肩を竦めるロゼ。昨晩、ランスがキレた際の会話を何度も振り返ったが、結局ロゼも答えに至る事は出来なかった。何がランスの琴線に触れたのか。

 

「そうか……じゃあ、溜まっていた不満ってのも判らねぇのか?」

「それは、一つしかないんじゃない?」

 

 パットンの疑問に答えたのはかなみ。眉をひそめるパットンに対し、それしかないだろうという口調で言葉を続ける。

 

「ルークさん、モテるもの」

「ああ、成程」

「この世の美女は自分の為にあると思っているランスからしてみれば、そりゃあ不満に思うわ。それに、ランスってまだまだ悪ガキっぽいところあるでしょ? 対して、ルークさんは私たちの中でもかなり大人じゃない。そういう差が不満に繋がっていたんじゃないの?」

「(それも0ではないと思うけど……)」

 

 かなみの答えが少しだけ腑に落ちない様子のロゼ。確かにそういった不満も0ではないだろう。しかし、果たして本当にそれだけなのか。疑念はあれど、否定する材料も無い。反論できずに眉だけひそめていると、暫くの間黙っていたシィルがゆっくりと口を開いた。

 

「多分、違うと思います」

「えっ?」

「あっ……勿論、かなみさんの言った理由も少しはあるとは思いますが、ランス様の不満はもっと別のところにあるんじゃないかと……」

「どうしてそう思うの?」

 

 ロゼの問いを受け、今までの冒険を頭の中で振り返りながらシィルは答える。

 

「ランス様は、女性の事に関しては何度もルークさんに直接文句を言っています」

 

『ルークぅぅぅぅぅ!! まだ増やす気か貴様ぁぁぁぁぁぁ!!!』

 

 かなみや志津香、トマトや真知子など、ルークのせいで手を出せていない美女たちが多くいる。その事に対し、ランスは何度も文句を言ってきている。だが、シィルの意見を聞いたパットンは質問をぶつけた。

 

「口にしているから溜め込んでないってのはちょっと違うんじゃねぇか? 逆に言えば、文句を言っているって事は不満に思っている事の証明にもなるだろ」

「そうなんですが……それに、最近は……」

「ん?」

 

 確かにパットンの言う事も一理ある。だが、シィルの中には一つの疑念があった。

 

『それよりも、お前も最後なんだからいい加減二人を……』

 

 かつて闘神都市で死を覚悟した際、ランスは確かにそう言った。二人と言うのは、かなみと志津香。他の女性たちをランスが抱こうとする中、この二人だけはルークの方に譲ろうとするような言葉を吐いたのだ。いや、その時だけではない。長い付き合いの女性に対しては、ランスはルークに対しある程度許容しているような素振りを見せている。

 

「(最近は……ルークさんの女性関係に対してそこまで不満には思っていないのでは……)」

 

 それが、シィルの持つ疑念。そもそも、皆勘違いしているところがあるが、ランスは決して誰彼構わずという訳ではない。自身が認める男を愛している女に対しては、決して無理矢理に手を出す事はないのだ。例を挙げるならば、キースとハイニ。ランスは口では散々文句を言っているが、キースの事を認めているとシィルは考えている。その証拠に、あれだけ美人のハイニに対して口説きこそすれ、手を出した事は一度もないのだ。他にもシィルはまだ気が付いていないが、リックを愛するレイラに対しても最近のランスは一歩引いている。認めているのだ。ルークの事も、リックの事も。

 

「それと、昨日の争いの原因については少しだけ思い当たるところがあります」

「そうなの?」

 

 だが、ランスのそんな思いを伝えるのが憚られたシィルは少しだけ話題を変える。溜め込んでいた事ではなく、昨日の争いの原因について。

 

「ランス様、昨日皆さんと別れた後もずっと無言だったんです。でも、寝る間際に一言だけ呟いたんです」

「何て呟いたんだ?」

「あいつ、俺様に嘘つきやがった……って」

「嘘?」

 

 

 

-森の中 開けた場所-

 

「ランス、無理はよせ」

 

 立ち上がって来るランスに向かってそう制するルーク。これ以上続けたところで、結果は見えている。ルークは何もランスを完膚なきまでに打ち倒したい訳ではない。ただ、フェリスの事についてけじめをつけて欲しいだけなのだ。

 

「甘やかしていただと……?」

 

 だが、ルークの言葉が耳に届いているのかいないのか、ランスは静かに立ち上がって剣を利き腕とは逆の右手に持ち、ギロリとルークを睨み付ける。

 

「貴様、何様のつもりだ……?」

「……っ」

 

 失言だったか。一瞬ルークはそう躊躇したが、甘やかしていたのは事実。特に発言は撤回せず、ランスの目を真正面から見据える。そんなルークを見ながら、ランスは一歩前に出る。続いて一歩、また一歩、徐々に駆け足になってこちらへ向かってくる。

 

「貴様は俺様の保護者にでもなったつもりか!? ふざけるなっ!!」

「…………」

「俺様へのその態度、絶対に許さんぞっ!!」

 

 向かってくるランスに対し、応戦しようとブラックソードを握るルーク。今のランスは怒りに身を任せて突進してきている。いなす事など容易。

 

「例え貴様が……姐さんの兄貴であっても!!」

「なっ!?」

 

 驚き、目を見開くルーク。直後ランスから放たれたのは、剣ではなく拳であった。反応が遅れ、ルークはその左ストレートを思い切り頬で受ける事になる。勢いよく後ろに吹き飛ばされ、大地に尻もちをつく。口から血を流し、それでもまだ信じられないような表情をしながら拳を振り切った体勢のランスを見上げた。

 

「ランス……お前……」

 

 それは、始まりよりも更に前の話。だが、決して二人の関係を語る上で外す事の出来ない繋がり。かつて、ランスに冒険のいろはを教えた女冒険者がいた。彼女は冒険の中でランスを庇い、命を落としている。ランスは彼女から実に多くの事を学んだ。必殺技であるランスアタックも、彼女が得意としていた振り下ろしの剣の型を知らず知らずの内に取り入れていた。

 

「馬鹿にするな。とっくに気が付いている」

「いつから……」

 

 女冒険者の名前は、リムリア・グラント。ルークの実妹である。彼女もまた、兄の剣の型から多くの影響を受けていた。だからこそ、似たのだ。ランスアタックと、真滅斬は。決して偶然なんかではない。ルークとリムリアは兄妹であり、リムリアとランスは師弟に近い関係。だが、この事実をランスは知らないとルークは思っていた。だからこそ、衝撃を受けたのだ。そんな態度のルークに対し、ランスは忌々しげに吐き捨てる。

 

「それが俺様を馬鹿にしている証拠だ。自分から散々ヒントを出しておいて、俺様なら気が付かないとでも思っていたのか?」

「…………」

 

『誘いの攻撃に引っかかって簡単に空中に跳び上がるなと、教わってはいないのか!!』

『あね……さん……?』

 

『おい、鉢植えなんか持ってくるな! 貴様には常識がないのか!』

『ふっ、シィルちゃんに心配かけたんだ。精々養生しろ』

 

 確かに、これまでルークは何度か自分と妹を結び付けられるような行動を取ってしまっていた。迂闊な行動だ。それなのに、ランスは気が付かないと決めつけてしまっていたのだ。

 

「貴様は俺様を舐めていた。下に見ていたんだ」

「そんな事は……」

「カオルの事もそうだ。貴様が命じてマジックちゃん誘拐を止めさせただと? 嘘だな」

「……!?」

「あれはカオルの暴走だ。貴様の言った事は、後から辻褄を合わせただけに過ぎん。カオルを許させるためにな」

「(気付いていたのか……)」

 

 ランスの推測は当たっていた。カオルの暴走にルークは関わっていない。あの時、ルークはランスに『嘘』をついたのだ。

 

「別に貴様が適当な事を言うのは初めてじゃあない。今までだって何度も俺様を煽ててやる気にさせてきた事はある。だが、そいつらは『嘘』じゃあなかった。俺様に旨みがある事も多かったから、貴様の口車に乗っていた」

「…………」

「だが、カオルの件は違う。貴様は俺様を騙そうとしたんだ。違うか?」

 

 カオルの解放。それはランスに旨みのある事ではない。いや、それ以上に許せなかった事がある。

 

「本当の事を言ったら、俺様がカオルを許さないとでも思ったのか?」

「…………」

「貴様は俺様を、信用していなかったんだ。違うか?」

 

 ルークは結果として、ランスに真実を伏せたのだ。その事実がランスには許せなかった。

 

「ルーク。貴様、俺様を姐さんの忘れ形見みたいに思っているんじゃないか?」

「……っ!?」

「ふざけるなっ! 俺様は貴様の弟代わりでもなんでもないっ!!」

 

 ルークの答えを聞くよりも早く、ランスが勢いよく駆けだす。そしてそのまま、未だ立ち上がれていないルークの腹部に全力の蹴りを入れた。鎧越しである為、ランスの足にも衝撃は走る。だがそんな事は関係なしとばかりに放たれた蹴りはルークに確かなダメージを与え、ゴロゴロと地面を転がっていった。そんなルークを見下ろしながら、ランスはずっと抱えていたある疑念を口にする。

 

「ぐっ……」

「俺様が仲間として見ていなかっただと? よく言う」

「…………」

「俺様を仲間として見ていなかったのは、貴様の方だろうが」

「っ……!?」

 

 立ち上がろうとしていたルークであったが、ランスの言葉が胸に突き刺さり膝立ちのまま動きが止まる。それは、ルーク自身自覚していなかった事。自分では、ランスの事は仲間だと思っていた。

 

『何というか、放っておけないんだ』

 

『俺にとって、あいつは仲間であると同時に妹の忘れ形見でもある』

 

『俺は……また……あいつの……残した者も……守れないのか……』

 

 だが、ランスの事を妹の忘れ形見と思っていた事も事実。ランスの言うように、いつの間にか弟のようにも思っていた。おかしな話だ。共に肩を並べる仲間にも関わらず、ルークは知らず知らずの内に自分を上の立場においていたのだから。だからこそ以前にランスが死にかけた際、ルークはとっさに妹の残した者という考えを持ってしまっていたのだ。

 

「(俺は……ランスを……仲間として見ていなかった……?)」

 

 頭の中を揺さぶられるような感覚が襲う。上手く整理が出来ない。そんな様子のルークを見たランスは吐き捨てるように鼻を鳴らす。それはどこか、呆れも含んでいた。

 

「……ふん!」

「…………」

「俺様だけじゃないぞ」

「(だけじゃ……ない……?)」

「もう一人いる。貴様が俺様と同じような態度を取っている奴がな」

「……!?」

 

 瞬間、ルークは目を見開く。気が付いたのだ。それが誰なのか、すぐに。それ即ち、ランスの言う事に間違いはないという事。ルークにはいるのだ。もう一人、特別扱いする人物が。

 

「あいつは察しが良いからな。とっくに気が付いているはずだ」

「…………」

「貴様の目が自分に向いていない事にな。貴様が見ているのは、あくまで『恩人の娘』である事にな」

「っ……」

 

 

 

-森の中 キャンプ地 とあるテントの中-

 

「(……流石に、出て行かない方が良いよね)」

 

 テントの中で寝袋に包まりながら思考を巡らせるのは、マリア。彼女もまた、眠れずに起きていたのだ。外から僅かに聞こえてくるロゼたちの会話を受け、彼女にも思うところがある。なんだかんだ、仲間の中ではかなり付き合いの長い古株。それこそ一緒に過ごした時間はカスタムの面々の中でも随一と言っても過言ではない。四魔女事件でもリーザス解放戦でも闘神都市でも初期の段階から行動を共にしていたのだから。

 

「(でも、ランスの不満か……)」

 

 そんな彼女でも、外で話題になっているランスの不満については答えが見つけられなかった。かなみの言う事も判るし、シィルの言う事も判る。結局のところ、ランス自身にしか答えは判らないのだ。

 

「(……志津香?)」

 

 ふと横を見ると、いつの間にか隣で寝ていたはずの志津香が寝袋から出ていた。上半身だけを起こし、寝袋の横に座り込んでいる。その表情は、マリアでもあまり見た事のないくらい真剣な顔をしていた。何か考え込んでいるような表情。

 

「…………」

 

 まるで静止画のように動かない志津香。その頭の中には、一つの答えが浮かんでいた。辿り着いたのだ。唯一、志津香だけが。ランスと同じように特別視されている志津香だけが、その答えに。

 

「(馬鹿……)」

 

 その呟きは、果たしてどちらの男に送ったものだったのか。

 

 

 

-森の中 開けた場所-

 

「両親に世話になっただかなんだか知らんが、貴様は志津香を恩人の娘としてしか見ていない」

 

 それは、出会いの時から。ルークは志津香と初めて会った時、志津香の母であるアスマーゼと見間違えた。闘神都市で志津香と再会した際、その後ろにアスマーゼの幻想を見た。ルークはずっと、志津香ではなくアスマーゼの影を追い続けていたのだ。だがそれは、志津香に対してはあまりにも失礼な事に他ならない。そして志津香自身、その事に気が付いているとランスは推測している。その予想は間違っていない。そう感じ取ったからこそ、ルークの衝撃は更に増したのだ。

 

「普段から正論を言っていながら、貴様自身が上から見ていたんだ。俺様の事も、志津香の事もな」

「……だが、恩人の娘である事は事実だ。だからこそ、志津香は俺が守……」

「それが上から目線だと言うんだっ! 俺が守る!? 馬鹿を言え! 志津香はお前に守られなきゃいけない程弱い奴じゃない。それに……この俺様もなっ!!」

 

 再度ランスが勢いよくルークを蹴り飛ばす。今度は多少なりとも腕でガードしたが、衝撃で吹き飛ばされた事は先程と変わらない。地を転がり、砂が口に入る。殴られた時の血と混ざりあい、妙な不快感が口の中を占める。まるで今のルークの心境と似たような、ざらりとした感触だ。

 

「俺様の事も守っているつもりでいたのか? それで兄貴面していたのか? 俺様は姐さんの……貴様の妹の代用品じゃない! 馬鹿にするのも大概にしろっ!!」

 

 ランスの恫喝が森の中にこだまする。ランスの胸の内から吐き出されたその真意は、どろりとした黒い泥の塊となってルークを包む。今まで逆だと思っていた。ランスがルークの事を仲間と思っていないのではないかと思っていた。それは、ルークだけではない。仲間たちの殆どがそう感じていた。だが、真相は逆。ルークこそが、ランスを特別視していたのだ。仲間ではなく、手のかかる弟のように接していたのだ。その事にランスが気付いた時、それはどれ程の屈辱であったか。

 

『ふん、男と仲良くする気などないわ』

 

 初めは、単なる協力関係でしかなかった。そこに絆などない。使えるから一緒にいる。それだけの関係。

 

『寛大な俺様が今回だけは譲ってやる……だから、必ずぶっ殺せ、ルーク!』

 

 何度も視線を潜り抜け、いつの間にか大きな冒険の際には一緒にいるのが当たり前になってきていた。強敵との戦いでは、知らず知らず頼りにしていた。

 

『なにぃ!? ルーク! お前がついていながら、どうしてそんな事になっている!』

 

 頼りにしているから、ルークがいるのに問題が起こった際には怒りもした。そう、他の有象無象の男とは違う。それなりに信用しているリックよりも少し上。背中を預けても良い男だと思っていたのだ。長い付き合いの中で、ルークは気難しいランスからそこまでの評価を勝ち取っていたのだ。

 だからこそ、ルークの真意に気が付いた時に屈辱を覚えた。ルークは自分を、上から見ていたのだ。だが、ランスとてすぐには爆発しなかった。辿り着いた真相はあくまでランスの憶測に過ぎなかったからだ。しかし、不満は溜まる。これまで信用を積み上げてきていたからこそ、裏返った際の不満は大きくなっていた。そして、昨日の嘘。溜まっていた不満という導火線に遂に火が点き、先程のダークランスの一件で爆発した。

 

「…………」

「反論無しか。当然だ。俺様の言っている事は何一つ間違っていないからな」

「…………」

「志津香も可哀想な奴だ。ふん、仕方ない。志津香の事は俺様が頂いてやろう。貴様よりもよっぽど……」

 

 瞬間、ランスの目には顎に向かってかち上げられる何かが見えた。それは、ブラックソード。刃ではなく柄であるため死にはしないが、受ければ大ダメージは必至。本能で即座に後ろに飛びずさったランスはすぐに正面を見る。攻撃を放った相手など一人しかいない。目の前で膝立ちのまま動かなかったルークが、今の言葉を聞いて即座に攻撃を放ったのだ。射殺すような視線をランスに向けながら、ルークが口を開く。

 

「それだけは絶対にさせんぞ」

「ふん、まだ目は死んでいないようだな」

「志津香にだけは、絶対に手を出させん」

「それは恩人の娘だからか? それとも……」

「ランス。論点をすり替えるな」

 

 ランスの言葉を切り、ルークはゆっくりと立ち上がる。一度息を吐き、真っ直ぐとランスの目を見据える。そこには先程までの動揺した姿はなかった。落ち着きを取り戻している。ルークの中で、何か決着をつけたのだろう。そんな気配が感じ取れた。

 

「お前の言う事は、今は関係ない。今の問題はフェリスの事だ」

「……ふん」

「話の論点をすり替え、自分の土俵に持ち込む。お前の得意技だな」

「俺様は、今の話が無関係とは思わんがな」

 

 ルークの挑発とも取れる発言に対し、ランスも挑発するような口調で返す。いつものランスであれば「なんだとっ!?」とすぐに怒りそうな発言であったにも関わらず、今のランスはどこか落ち着いていた。

 

「フェリスに言う事はないのか?」

「例えあったとしても、何故それを貴様に言う必要がある」

「フェリスは仲間であると同時に、俺の使い魔でもある」

「関係ないな」

「悪魔界を追われたフェリスは今、俺の家にいる」

「勝手な事を……」

「ダークランス……お前の子供も一緒だ」

「ふん。それで親父代わりにでもなったつもりか? 兄貴面の次は親父面か?」

「ああ。俺はあの子を、自分の子供のように思っている」

 

 そう言い切り、ルークは剣を構えた。それに呼応するように、ランスも再度剣を構える。ぶつかり合う視線。そして同時に、大地を蹴った。

 

「ルークぅぅぅぅ!!」

「ランスぅぅぅぅ!!」

 

 激しい剣戟が森の中に響く。それは始まった頃の戦い方とは違う。暴力的なぶつかり合い。どちらも粗暴なまでに剣を振るい、正面から相手の攻撃とぶつかり合う。

 

「初めからっ! 貴様は気に食わなかったのだ! 何が報酬は7:3で問題ないだ! すかしやがって!!」

「俺がこれまで、どれだけ譲歩していたと思っている! 俺がこれまで、どれだけお前の我儘に迷惑してきたと思っている!!」

 

『今回だけは協力してやらんこともない。ただし、報酬は7:3だ!』

『了解だ、こちらはそれで問題ない』

 

『ああ、シャイラちゃんを抱いていなかったからな。涙を流して喜んでいたぞ。まあ、別れ際に『必ずいつかぶっ殺してやる!』とは言っていたがな。因みに、お前も含まれてたぞ』

『理不尽な……』

 

 今までの出来事が、まるで走馬灯のように二人の間を駆け巡る。次々と湧き出てくる、これまで口にしていなかった不満。ぶつかり合う、原始的な暴力。それはまるで……

 

「ルーク! 俺は貴様に……」

「ランス! 俺はお前に……」

「「ムカついていたんだ!!」」

 

 子供の兄弟喧嘩のように。

 

 

 

-自由都市 アイスの町-

 

「かぁっ……」

「お疲れ様です」

 

 書類整理を終えて椅子に座りながら伸びをするのは、キースギルドの長であるキース。ランスとルーク、二人の過去を知る数少ない人物だ。そんなキースを労い、コーヒーを運ぶのは秘書のハイニ。暫く溜め込んでいた事もあり、すっかり晩くなってしまっていた。

 

「途中で帰っても良かったんだぜ?」

「何を言ってるんですか」

 

 コーヒーを啜りながらこんな時間まで付き合ってくれた事を労うキースに対し、静かに微笑むハイニ。彼女もキースに付き合ってこの時間まで仕事をしていたのだ。

 

「…………」

 

 後片付けをするハイニの背中を暫く無言で見た後、キースは静かに口を開く。

 

「わりぃな」

「えっ?」

「フェリスの事だ。お前まで巻き込んじまってよ」

「何を今更……どうしたんですか?」

「いや、どうしてだろうな……」

 

 虫の知らせという奴だろうか。もしかしたら、キースはどこかで感じ取っていたのかもしれない。今の二人の事を。

 

「それにしても、驚きました。まだまだ子供だと思っていたんですけどね」

「ランスの事か?」

「はい。本人の前では言えませんけどね」

 

 クスリと笑うハイニ。そんな彼女を見て、どこか思うところがあったのかキースは頭を掻く。

 

「そうだよな……そう思うよな……」

「えっ?」

「……ハイニ。こういう風に聞くのは初めてだと思うが、ルークとランスについてどう思う?」

「ルークさんとランスさんですか……?」

 

 キースが何を聞きたいのか判らず、眉をひそめるハイニ。

 

「ああ、聞き方が悪かったな。ランスの事は、子供っぽいと思ってるんだろ? まあ、判るぜ。あいつは悪ガキがそのまま大きくなったような奴だ」

「悪ガキ……ふふっ、確かにそうですね」

「じゃあよ、ルークはどうだ?」

 

 成程、そういう事を聞きたかったのかと頷くハイニ。そして少し考えた後、自分の中のルーク評を口にする。

 

「ルークさんは逆ですね。年相応……いえ、年齢以上に落ち着いているというか、大人な印象を受けます」

「まあ、そうだよな。うちのギルド内でも信用が厚いし、今はいねぇがラークとノアなんかもあいつの事は頼っていた」

 

 コーヒーを飲み終え、葉巻に火を点けるキース。ゆっくりと煙を吐き出し、噛み締めるようにハイニの言った事を反芻する。そして、静かに口を開いた。

 

「あいつらの仲間たちもそう思ってるんだろうな……」

「キースさん……?」

「……多分、違うんだ。大きく間違っちゃいねぇが、少しだけずれてんだ」

「えっ……?」

 

 先程火を点けたばかりの葉巻を灰皿に押し付け、難しい表情のまま語るキース。昔を思い出していたのだろう。

 

「ランスはよ……ずっとガキだガキだと思っていたが、最近は少し違う。普通の奴よりはちょっと遅かったが、あいつも徐々に大人になってきている」

「ランスさんがですか?」

「判りにきぃ変化だが、シィルちゃんへの当たりが少し優しくなってきている。いや、シィルちゃんだけじゃねぇな。昔はところ構わずヤりちらかしていたが、最近は昔に比べりゃ大人しい。後数年もすりゃ、昔に比べて鬼畜度が下がったなんて言われ始めるぜ」

 

 リムリアがしつける前からランスを見ていたからこそ、キースはいち早く気が付いたのだ。ここ最近のランスの変化に。

 

「そりゃそうだ。いつまでもガキじゃいられねぇ。いつかは必ず大人になる。20歳を越えて、あいつも大人になってきたのさ」

「ランスさんが、大人に……」

「(……だからこそ、気が付いちまったのかもしれねぇな)」

 

『キース! 聞きたい事がある。ルークの事だ』

 

 少し前、ランスが珍しく真剣な表情で乗り込んできた事がある。確認を取るならキースしかいないと思ったのだろう。聞かれたのは、ルークとリムリアの事。その質問に対し、キースは正直に答えた。そして、ランスが真実を知ったという事実をルークには伝えなかった。別にキースはルーク寄りという訳ではない。ルークの事も、ランスの事も、そしてリムリアの事も、子供の頃から見守ってきたのだ。だからこそ、この問題はあいつら自身で解決させる道を選んだ。

 

「それと、ルークだ。周りはあいつの事を大人っぽいと言うが、俺から見ればちょっと違う。あいつは、大人になりきれてねぇ」

「ルークさんがですか?」

「あいつが小さい頃に両親を亡くし、住んでいた町も滅んだのは知ってるな?」

「はい。一応……」

 

 秘書であるハイニはギルドに所属している人間の生い立ちを多少なりとも把握している。当然、ルークの事もだ。

 

「まだ幼いガキがよ、もっと幼い妹を守る為に冒険者になった。背伸びして、大人の世界に飛び込んじまったんだ。そして、持って生まれた才能か。あいつは冒険者として通用しちまった。背伸びしたままのガキが、その足を休められねぇままになっちまったんだ」

「それは……」

「それでもよ、大人になる機会は当然あった。ランスと同じだ。いつまでもガキじゃあいられねぇ。生活や人との触れ合いの中、必ずガキは大人になる。年齢で言えば、18とか20とか。早い奴も遅い奴もいるが、まあそんなところだ」

「思春期、とは違いますね。体が大人になるという事じゃなく、心が成熟する頃……」

「ああ、そうだ。だけどよ……ルークにその機会はなかった」

「機会が……?」

「あいつは15の時、任務中に行方不明になった」

「あっ……」

 

 それはハイニも知っている。15歳の時に突如行方不明となったルークは、その後約10年もの間消息を絶つ。その間、ルークが何をしていたのかを知る者は少ない。本人が語らないからだ。

 

「15歳から約10年。あいつはまともな環境にいなかった。人との交流が殆ど無かった。だからこそ、成長する機会を失った。背伸びしたガキのままここまで来ちまったんだ。だけどよ、そんなあいつを周りはしっかりした大人だと勘違いする。常に背伸びしているあいつは、周りから見りゃ落ち着いた男に見えるからな。それが、ルークという男だ」

「人との交流が無かったって……ルークさんが10年の間何をしていたか知っているんですか!?」

「……ルークと二人で何度か飲みにいって、それとなく聞いた事はある。結局あいつは語らなかったが、それとなく言った事を繋ぎ合わせると、なんとなく察しはついた」

「そうなんですか!?」

「違うな……察しがついたんじゃねぇ。あいつは、気が付いて欲しかったんだろうな。本当に隠したい事なら、気が付かせる事もしねぇ。ガキと一緒だ。気が付いて欲しくて、それとなくヒントを出す。俺はただそのヒントをキャッチしただけだ」

 

 はぁ、とため息をつくキース。だが、ハイニはキースの意見にどこか納得出来ずにいた。

 

「でも、ルークさんが子供と言われても中々納得が……」

「フェリスの事、先送りにしただろ?」

「えっ?」

「あれよ、正直どう思った?」

「それは……」

 

 キースもハイニもフェリス問題を知る数少ない人物であるため、こういった会話が出来る。少し戸惑った後、ハイニはキースの問いに答えた。

 

「少し優柔不断かな、と正直思いました。フェリスさんの気持ちを優先したのは判りますが、それでもランスさんには伝えるべきだったんじゃないかと」

「そうだ。結局のとこ、ルークは厄介事を先送りにしただけだ。決して事態は好転なんかしねぇ。決められなかったんだよ、あいつは」

「決められなかった……?」

「ランスとフェリス、どちらかを選ぶ事が出来なかった。悪ぃのはランス、被害者はフェリス。そんな事は明らかだ。でもよ、あいつはランスを叱れなかった。フェリスは自分が止めたからだと言うが、違う。あいつは逃げたんだ。妹の忘れ形見、弟のように思っているランスを大事に思うあまり、真剣に叱る事が出来なかったんだ」

「それは……えっ、でも……」

「ルークのイメージと違うか? 違わねぇ。少なくとも、俺からすりゃ違わねぇ。周りがみんな、あいつを必要以上に大人に……まるで間違いは絶対起こさない聖人であるかのように思い込んでいるんだ」

 

 キースの言うルーク像があまりにも自分のイメージとかけ離れているため戸惑うハイニ。だが、キースからしてみればそのルーク像こそが幻影だと言う。

 

「サイアスって知ってるか? ゼスの四将軍。ルークのダチだ」

「それは勿論知っています」

「一緒にいるとこは流石に見た事ねぇか。サイアスといる時が素のあいつだ。サイアスとはガキの頃に知り合った同年代のダチだからな。背伸びせずに自分を出せるんだろう」

 

 以前、ルークがサイアスと無邪気に話すのを見て仲間たちは珍しい光景だと感じた事がある。だが、それは違う。あれこそがルークの素なのだ。

 

「ガキだと思っていたランスは、実は思っていたよりも大人になっていた」

「…………」

「大人だと思っていたルークは、実は思っていたよりもガキだった」

「それが……」

「ああ。それが俺の言う、少しのずれだ」

 

 仲間たちも、そしてランスとルーク自身も、このずれを感じ取れていなかったはず。その少しのずれは、少しずつひずみを生んでいったはず。そして今夜、それが爆発した。

 

 

 

-森の中 開けた場所-

 

 どれだけの時間が経っただろうか。数分にも、数時間にも感じられた。先程まで響いていた戦いの音はもうしない。静寂が森の中に戻っている。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 ランスが息を切らせ、仰向けに倒れている。その目に映すのは、木々の間から見える夜空。立ち上がる事が出来ない。その体は、先程まで以上にボロボロであった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 少し離れた位置に座るのは、ルーク。大木にもたれ掛り、こちらも息を切らせている。ランス同様、ボロボロの姿だ。既に決着は付いた。勝者を知るのは当人である二人と、森の木々たちのみ。風が吹き、木々が揺れる。葉の擦れ合う音を聞きながら、ルークはゆっくりと立ち上がった。

 

「…………」

「はぁ……はぁ……」

 

 そして、どこか惜しむようにランスを見下ろす。一度、二度、口を開こうとしては閉じる。暫しの後、ようやく決心がついたのかゆっくりと口を開いた。

 

「ランス……」

「…………」

「フェリスは、俺の家にいる」

「…………」

「伝える言葉は、あるか?」

 

 それは、最後の問いかけ。もし、この問いがもっと早く行われていれば、結末は違っていたかもしれない。フェリスの一件については、ランスの中にも確かな罪悪感がある。場面さえ違えば、素直に謝罪の言葉を述べたかもしれない。

 

「…………」

 

 ルークの問いかけに対し、無言のままぷいとそっぽを向くランス。既に運命の糸はこじれてしまった。ランスは強情だ。そんな事はルークも判っている。今、この状況で素直に謝罪の言葉を吐けるはずがない。期待はしたが、どこかでこの答えを予想していたのだろう。だからこそ、ルークは何度も聞くのを躊躇ったのが。その答えが、何を意味するかを判っていたから。

 

「そうか……」

 

 噛み締めるようにそう呟くルーク。目を閉じ、吹いてきた風をその身で感じる。別の結末もあっただろう。ルーク自身が、もっと早く別の選択を取っていれば。後悔を噛み締めながら、目を開きゆっくりと歩き出す。寝転がるランスの横を通り過ぎ、伝えたくなかったその言葉を発した。

 

「じゃあな、ランス」

「…………」

「今まで楽しかった」

 

 風をその身に受けながら、ルークの姿が森の中へと消えていく。その後姿を一度も見ないまま、ランスは小さく鼻を鳴らした。

 

「ふん……」

 

 

 

-森の中 キャンプ地-

 

「まぁ、何にせよ決めておかなきゃならねぇだろうな」

 

 頭を掻きながらそう口にするパットン。長い語り合いの末、ようやく話は最初の位置に戻ってきた。

 

「発端が何にせよ、大勢の前でぶつかっちまったんだ。それも、部隊を預かるリーダー同士が。となりゃあ、けじめはつけなきゃならねぇ」

「けじめって……」

「まあ、ルークになるでしょうね。先に殴ったのはルークな訳だし」

 

 パットンの言葉にかなみが困惑するが、ロゼはさもそれが当然であるかのように言葉を続けた。

 

「多分、ルークはアイスフレームを離れるわ」

「えっ!?」

「まあ、そうなるだろうな。これだけ問題が大きくなっちまったら、今まで通り仲良く一緒に活動とはいかねぇだろ。それにあいつ、ウルザの嬢ちゃんの事あんまり良く思ってないだろ」

「あら。気が付いてたの?」

「これでも元皇子でな。他人からのそういう視線には敏感なんだ」

 

 肩を竦めるパットン。彼もまた、ルークがウルザに向けるような視線をいくつも浴びてきた。

 

「ルークはルークで、多分レジスタンス活動は続けるでしょうね。途中で投げ出す男じゃない。でも、それはアイスフレームでの活動じゃない」

「そうだな。だから、俺たちは決めなきゃならねぇ。アイスフレームに残るのか、出ていくのか。いや、この場合言い方が違うか」

 

 かなみとて、勘が鈍い訳ではない。心のどこかで、そんな不安はあった。だが、信じたくなかった。だからこそ、ロゼとパットンに言葉の真意を尋ねたのだ。そして、突きつけられてしまう。考えたくなかった現実を。

 

「(だって……ずっと……こんな日は来ないと思っていたから……なんだかんだ言いながらも、ルークさんとランスは……ずっと……一緒にいると思っていたから……)」

 

 それは、この場にいる4人だけではない。テントの中で起きているであろう他の者たちにも伝えるように、パットンはハッキリと言い切った。

 

「ランスとルーク、どっちについていくのか。俺たちは決めなきゃならねぇ」

 

 

―ランスIF 二人の英雄―

  第187話 じゃあな

 

 


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