ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第75話 迷うな、突き進め

 

-カサドの町 うまうま食堂 二階-

 

「いやぁぁぁ! あっ……あぁぁぁぁぁ!」

「リムリアぁぁぁぁ!!」

 

 町が焼け落ち、父と母が殺される。この夢を見るのは一体何度目か。そして今、目の前で妹のリムリアの目が抉られる。すぐに抉った男の足に短剣を突き刺し、怯んだ隙に妹を引き寄せる。

 

「ぐっ……」

「立てるか? 逃げるんだ、リムリア!」

「うっ……うん……」

 

 俯いていたリムリアが、顔を上げる。

 

「大丈夫」

「っ!?」

 

 それは、リムリアではない。片目を失った志津香が、血を流しながらこちらを見ていた。ふと気が付くと、ルークの周りにキューティ、シャイラ、ネイの三人が立っている。共通しているのは、全員が片目を抉られているということ。

 

「なっ……あっ……」

「どうしたの……ルーク……」

「ルークさん……私たち、何かおかしいですか?」

「俺の……俺のせいで……」

 

 抉られた目から血を流し、志津香とキューティがルークに寄ってくる。息苦しい。こんな夢は初めてだ。妹と同じ傷を負わせてしまったのは自分の不注意。あのとき彼女たちから離れていなければ、こんな事にはならなかった。後悔がルークを押し潰しそうになった瞬間、その四人の姿が四散し、後ろからルークの頬に手が当てられる。

 

「何を後悔している……」

「っ……!?」

 

 それは、聞き覚えのある声。忘れる事の出来ない、あの女性の声。

 

「片目を刺されたと聞いて、怒りで我を失っていたな。妹の事を思い出したのか? 良い目の濁り具合だったぞ……」

「…………」

「だが、そのせいで貴様にしては珍しい失態だったな。あまりにも無防備。あれでは負けても仕方あるまい……」

「…………」

「私に一矢報いた男が、あの程度の相手に遅れを取るのは不愉快だな……」

「俺の……俺の不注意で志津香たちは……」

「踊らされているな。まあ、いい。真実は自分で掴め。教えるのも興醒めだからな……」

「それは……どういう……?」

 

 ルークが振り返ろうとするが、頬に当てられていた手に力が込められそれを阻む。代わりに、背後にいた人物はこれまで以上にハッキリとした口調で言葉を発した。

 

「迷うなよ。私とは別の道を歩むと、貴様自身で決めたのだろう。ならば、突き進め。その先に破滅しかないとしてもな……ククク……」

「お前は……何故助言を……」

「これもまた、私の気まぐれだ……」

 

 ふと頬に当てられていた手が放される。すぐにルークが振り返ったが、その瞬間強烈な光が差し込み、背後にいた彼女の顔は見えなかった。だが、口元は笑っている。そんな気がした。

 

 

「はっ……」

 

 ルークが目を覚ます。いつの間にかベッドに寝かされている。見上げるのはうまうま食堂の天井。すると、横から声を掛けられる。

 

「ようやく起きたわね」

「ロゼ……」

「状況は判る?」

 

 視線を横に向けると、そこには椅子に腰掛けているロゼがいた。ロゼのその問いに、ルークは自身の右手を見据えながら噛みしめるように口を開いた。

 

「そうか……負けたか……となると、みんなが俺を運んでくれたのか?」

「まあね。そこまで意識がハッキリしているなら、もう大丈夫そうね」

 

 ロゼの言葉を聞きながら、ルークはベッドから起き上がる。腹はまだ多少痛むが、なんとか動けそうだ。

 

「本来は絶対安静なんだけど、聞くような男じゃないわよね?」

「ああ……行方不明になっているみんなを……ヘルマンに捕まっている志津香たちを……すぐにでも助けなければならないからな」

「そう言うと思ったわ。じゃあ、一つだけ忠告。しばらく無理はしないこと。迷宮に潜っている間も、私が治療を続けるから」

「スマンな」

「別にいいわよ。リーザスから報酬がっぽり貰うつもりだから」

 

 ロゼがそう言って静かに笑う。ルークもそれを見て口元に笑みを浮かべるが、ふとロゼが真剣な表情になる。

 

「それと、伝えておかなきゃいけないことがあるの」

「…………」

「サイアスが……私たちを逃がすために一人で残ったの」

「そうか……サイアスが……」

 

 ルークの脳裏に友の顔が浮かぶ。これもまた、自分の不注意が招いた出来事。だが、悔やんでいる暇はない。

 

「サイアスなら必ず生きているだろうな。しぶとい男だ」

「そう……思ったよりも平気そうね」

「後悔なら、全てが終わった後にする。迷うなと、突き進めと、そう言われたからな」

「へぇ……誰に?」

「魔王ジル」

「はぁ?」

 

 呆けたような顔をしているロゼを尻目に、ルークが扉を開けて階段を下りていく。仲間たちを取り戻すために。

 

 

 

-カサドの町 うまうま食堂 一階-

 

 ルークが目を覚ます少し前、一階ではイヤらしい顔をしながらランスがメリムを見下ろしていた。

 

「さて、尋問を開始するぞ」

「ランス殿。いくら敵の将兵と言えど、あまり厳しい尋問は控えた方がよろしいかと」

「そうだぞ、ランス。そんな事は騎士として見逃せない!」

「ふふん、それはこの子次第だ」

 

 リックとサーナキアが苦言を呈してくるが、ランスはニヤリと笑う。その様子を見ながら、椅子に腰掛けて食事を取る他のメンバー。

 

「ま、あいつに何言っても無駄だろうけどな……」

「がつがつ……全く、久しぶりに会っても相変わらずなんだから……がつがつ……」

「よく食べる娘だねぇ。はい、追加だよ」

 

 フェリスが呆れたように頬杖をつき、その正面ではマリアが大量の食事を取っていた。フロンがその食べっぷりに感心しながら追加の食事を持ってくる。マリアとレイラはトマトのぷりょスレイヤーによって、先程解放されていたのだった。

 

「あーん! 何で食べても食べてもお腹が空くの!?」

「それは多分……ぷりょに取り込まれた副作用……」

「えっ!? そんな副作用が!?」

 

 巨大ぷりょに取り込まれた人間は、体質にもよるがその影響を受けてしばらくの間大量に食事を取ってしまうという副作用がある。文献を読んでその事を知っていたウスピラが説明すると、マリアはキッとレイラを睨む。

 

「ズルイ! レイラさんは何ともないのに!」

「ごめんなさいね、マリアさん」

「恐らくは……体質の問題……」

「うぅ……これじゃぁ太っちゃう……」

「元々太いから問題ないだろ」

「がはっ!!」

 

 ナギの言葉が胸に突き刺さり、マリアが机に突っ伏す。

 

「アスマ様……本当の事を言ってはいけない時があるのです……」

「むっ……そうなのか?」

「はい。マリアさんがいくら太くても……それを言わぬ優しさというものがあります……」

「もう止めてやれ……マリアが滝のような涙を流している……」

 

 天然でトドメを刺しているウスピラ。号泣しているマリアを見かねたフェリスが流石に止めに入る。レイラは苦笑いをしながら、そばに座っていたトマトに話し掛ける。

 

「ありがとうね、トマトさん。貴女がぷりょスレイヤーを見つけてきてくれたお陰で助かったわ」

「いえいえ、大した事ではないですかねー……」

 

 そう返事をするトマトだったが、そこには普段の明るさがない。その隣に座っているかなみもだ。

 

「なに暗くなっているのよ。ルークなら、命に別状はないって言っていたでしょ?」

「でも……あそこまでの傷、トーマ将軍の時にも受けていませんでしたし……」

「かなみまで何言っているのよ。大丈夫よ、ルークだもの」

 

 レイラがかなみとトマトを励ましている。だが、そのレイラも気が付けずにいた。同じく椅子に座っているチルディもまた、無言である事を。

 

「(役立たずのわたくしの事なんか……誰も気に止めてくださいませんのね……滑稽ですわね……)」

 

 目の前でレイラが二人を励ましているのをその目に映し、更に落ち込むチルディ。それを無視するかのように、ランスの声が部屋に響く。

 

「さあ、聞かせて貰おうか。ヘルマン軍の任務はなんだ?」

「古代兵器であるこの闘神都市を手に入れて、次のリーザス国との戦争時に使うのが目的です」

「むっ……」

 

 ランスの問いに平然と答えるメリム。あまりにも素直な反応にランスが少し驚くが、気を取り直して質問を続ける。

 

「ヘルマン軍の調査隊のメンバーは?」

「ヘルマン評議委員のビッチ様を隊長として、騎士ヒューバートさん、戦士デンズさん、魔法使いのイオさん。それから私の計5人です」

「ぐっ……まだまだ! キーを探しているはずだが、あれは何なんだ?」

「この闘神都市を動かす作動キーです。四つ揃うと、この闘神都市が動くはずです」

「そ、それで、お前らはいくつ手に入れたんだ?」

「一つです。残りの三つはまだ発見していません」

 

 メリムがそう答えた瞬間、リックがすぐに反応する。

 

「いえ、イオが一つ奪っていったから、今は二つのはずですが?」

「あ、そうなんですか? まだイオさんと合流していなかったので知りませんでした。確かにイオさんは鍵を手に入れるために貴方たちに近づいたので、それなら今は二つという事になりますね。すいません、間違えました」

 

 嘘を言っているのかと思い問い詰めようとしたリックだったが、平然と自分の間違いを認めるメリム。あまりにもペラペラとヘルマンの機密を喋るメリムに、サーナキアが焦ったように声を出す。

 

「ちょっと待った。君はヘルマンの軍人なんだろう? 機密を話し過ぎじゃないのか?」

「……私、軍人じゃありませんから」

「えっ?」

「民間人なんです。ビッチ様のお屋敷で働いていたのですが、考古学に詳しいという事で連れて来られたのです」

「民間人……そんな子を連れ出すなんて……」

 

 ウスピラが声を出す。軍に所属する者として、民間人を巻き込むビッチのやり方を許せないのだろう。レイラもいい顔をしていないところから、同じような考えを抱いていると見える。

 

「ですから……あの……もしかしたら軍人さんって話さないんですか?」

「まあ、普通の軍人なら……」

「私、マズイ事を話してしまったのでしょうか……?」

 

 自分が話してはいけない事を話してしまったのかと困惑するメリムだったが、すぐに表情を戻してあっけらかんと口にする。

 

「まあ、いいか」

「よくない! 少しでも情報を漏らさなかったら、たっぷりと恥ずかしい目にあわせてやろうと思ったのに!」

「やっぱり……がつがつ……」

 

 ナギとウスピラの言葉から復活し、食事を続けていたマリアが呆れたようにランスを見る。どうせそんな事だろうとは思っていた。そのとき、メリムがランスの目を見据えながら口を開く。

 

「……いいですよ。覚悟は出来ていますから」

「えっ!?」

「おっ、物分かりがいいな。では脱げ!」

「ちょっと、ここでなんて……がつがつ……」

 

 マリアが苦言を呈そうとしたが、メリムが無言で頷くと上着を脱ぎ始めた。慌てて止めようとしたレイラだが、その足が止まる。

 

「なっ……」

「嘘……」

 

 露出された肌に全員の視線が集まる。清純そうなメリムの肌は、その印象とは裏腹に無数の鞭や縄の跡がついていた。身につけている下着もピンク色のかなり際どいもの。メリムが悲しそうな表情をしながら、小さく呟く。

 

「私は……ビッチ様の道具ですから……」

「……その傷はどうした?」

 

 先程までのイヤらしい表情ではなく、真剣な表情でランスが問いかける。

 

「先程話した通り、私はゴルチ家で働いているメイドなんです。ビッチ様はそこの若旦那様です」

「ゴルチ家といえば、ヘルマン評議委員も務める由緒ある家柄ね」

「私が13の時に父が事業で失敗し、私の家は多大な借金を背負ってしまいました。その返済として、私はゴルチ家に売られてしまったのです」

「そんな……」

 

 メリムの話にかなみが顔を歪める。その痛々しい傷跡から、目を背けたくなる。

 

「そこの若旦那のビッチ様に……」

「やられたって訳か。その縄や鞭の跡を見る限り、ビッチという奴は相当の変態だな。まぁ、あの面は変態の面だが」

「あの……ランスさん、遠慮なさらずともいいんですよ。私、平気ですから。男の方が喜ぶ事、何でも教え込まれていますから。このような衆人環視での行為も……初めてではありません」

 

 それは、あまりにも悲しい告白。強がっているメリムだが、その表情は悲しげなものだ。それを見て、ランスが口を開く。

 

「服を着ろ」

「……えっ?」

「服を着ろと言っているんだ!」

「……判りました。このような傷だらけの体では、満足いただけませんでしたか」

「馬鹿者! そんな事あるか! これを見ろ!」

 

 メリムの言葉に腹が立ったランスは、突如自分の下半身を露出した。

 

「見ろ、このハイパー兵器を!」

「きゃぁぁぁぁ! いきなり何してるのよ!」

「き、貴様ぁぁぁ! ふざけたものを見せるな!」

「お父様よりもでかいな……」

「アスマ様……見てはいけません……」

 

 いきり立った下半身をいきなり見せられ、マリアが絶叫し、サーナキアが憤慨して剣を抜く。ナギは興味深げにジロジロと見ていたが、ウスピラがその目を両手で塞ぐ。

 

「どうだ。俺様のハイパー兵器はお前の体で既に準備万端だ! だが、今はやらん!」

「今は……?」

「お前はビッチを殺した後にやる。あんなクズの事など、英雄である俺様に抱かれればあっという間に忘れる。つまり、それまでの事はノーカンだ。がはは!」

「私は……」

「これまでのふざけた人生はチャラだ。ビッチを殺し、俺様に抱かれた瞬間から、新しい人生の始まりだ!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、メリムの目から涙が零れる。

 

「新しい……人生……」

「うむ。あのクソ親父の屋敷になど、戻る必要は無い!」

「私……売られるときに生き別れてしまった……姉が……」

「いくらでも捜せばいい。何なら俺様が一緒に捜して、姉妹仲良くいただいてもいいんだぞ。がはは!」

「うっ……うぅっ……」

 

 嗚咽を漏らすメリム。まともな人生はもう諦めていた。生き別れの姉とも、もう会えないと思っていた。だが、希望はあると目の前の男が言う。それが、とても嬉しかった。

 

「ランスくん、優しいところあるのね」

「ふん。可愛い女の子を虐めていいのは、この俺様だけだからな。あんな下衆野郎にそんな権利はない」

 

 レイラに声を掛けられ、ランスがぷいと横を向く。その行動を照れ隠しと取ったのか、レイラが静かに微笑む。

 

「しかし、ビッチを許す訳にはいきませんね。志津香殿たちも傷つけられた事ですし……」

 

 リックがビッチの言葉を思い出し、その顔を歪める。特に志津香とは解放戦からの付き合いだ。その彼女が片目を潰されたとあっては、許すわけにはいかない。だが、メリムがその言葉を遮る。

 

「それはビッチ様の嘘です。彼女たちは、ビッチ様に傷つけられる前に逃亡しました」

「えっ!?」

「それは本当ですか!?」

「はい。逃亡された時点では、四人とも無傷です。それは保証します」

「よかった……」

 

 メリムの言葉に安堵する一同。四人の目は片方潰されたというのは嘘で、実際は既に逃げおおせているようだ。ならば、早く見つけてあげなければならない。そんな中、ランスが口惜しげな表情で口を開く。

 

「しかし、わざわざ準備したこの鞭や蝋燭や大根が無駄になってしまった。あぁ、残念だ……」

「大根なんて何に使うつもりだったのよ……」

 

 フェリスが深いため息をつき、自分が買ってきて机の上に置いておいた尋問道具を見る。そこには鞭と蝋燭は置かれていたが、大根が無くなっている。

 

「あれ? 大根はどこに……」

「もぐもぐ……うまうま……」

 

 何かを食べる音が聞こえるのでそちらを見ると、セスナが大根を生で食べていた。中々にワイルドな食べ方であるが、問題はそこではない。

 

「血が足りない……」

「って、セスナ!?」

「治療は終わったの!?」

 

 上で治療を受けていたはずのセスナが、何故この場にいるのか。一同の視線を受けつつ、セスナが大根を握りしめながら口を開く。

 

「もう動ける……二人共……」

「二人……という事は……」

 

 かなみとトマトが目を見開くと同時に、コツコツと階段を下りる音が聞こえてくる。自然と全員の視線がそちらに集まる。ロゼと共に下りてきたその人物は、待ち望んでいた男。かなみとトマトが駆け出す。

 

「スマン、迷惑をかけた」

「全くだ、馬鹿者」

「「ルークさん!!」」

 

 顔を涙で濡らしながら、かなみとトマトがルークの胸に飛び込む。少しだけ傷を負った腹部が痛んだが、表情に出さず二人を抱き留めるルーク。

 

「心配かけたな。トマトも無事で良かった……」

「ルークさん……ルークさん……」

「うぇぇぇん……無事で良かったですぅ……」

「ほらほら、トマト。鼻水出てるわよ。それと、ルークは本当なら絶対安静なんだから、飛び込んだりしちゃ駄目よ。嬉しいのは判るけどね」

 

 トマトの鼻水を拭き取りながら、ロゼがそう言葉にする。それを聞いたランスが不思議そうに問いかける。

 

「ん? 完治していないのか? 以前使っていたあの大回復とかいう魔法はどうした?」

「今回は使っていないわ。命には関わらなかったし……あんたたちは知らないだろうけど、リーザス解放戦の後、私がまともに動けるようになったのは三日くらい経ってからなのよ」

 

 本当はもっと多くの理由から大回復を使わない決断をしたロゼであったが、説明が面倒なので掻い摘んでその事だけを口にする。当然、ルークが死ぬ可能性があった事も秘密だ。

 

「なるほど……現状ヒーラーが減るのは望ましくない……」

「そういう事。話が早くて助かるわ。ヘルマン軍、闘将、魔人。この状況でセルが行方不明の今、シィル一人に回復を任せる訳にはいかないしね」

 

 ウスピラの言葉にロゼがそう返す。ルークが万全で戦えないのはかなりの痛手だが、それ以上に今はヒーラーの数を減らす訳にいかないのだ。しばらくはつきっきりで回復を続け、少しでも早く完治させるよう動くつもりだ。

 

「マリアとレイラも解放されたんだな……よかった……」

「トマトさんがぷりょスレイヤーを見つけてきてくれたのよ」

「そうか……凄いぞ、トマト」

 

 胸の中にいたトマトの頭を優しく撫でるルーク。この状況下、マリアとレイラの戦線復帰は正直ありがたい。そう考えれば、トマトの功績はかなり大きいのだ。

 

「いっ……いえっ! 大した事ではないですかねー!」

「もう一端の戦士だな。安心して見ていられるよ」

「はっ……はぅぅぅ……」

 

 顔を真っ赤にするトマト。それを羨ましそうに見ているかなみ。すると、トマト同様その頭が優しく撫でられる。赤面するかなみ。

 

「かなみにも心配かけたな……すまなかった」

「い、いえ……その……」

「はいはい、病み上がりにいつまでも抱きついていないの」

 

 真っ赤になっている二人をロゼが引き剥がし、ルークは部屋の中に歩みを進める。

 

「リック、皆を守ってくれたこと、感謝する」

「いえ、自分も奴に手傷を負わされた身です。気になさらないでください」

「ウスピラ、サイアスは必ず見つけ出す」

「ええ……必ず生きているから……」

「アスマ、俺はしばらく全力で戦えない。一番レベルの高いお前が主力だ」

「貴様ほどの男が敗れたと聞いて、流石に驚いたぞ。次は私もそいつと戦う」

「フェリス、今後の戦いはお前の力が必要不可欠だ」

「任せろ」

「セスナ、守ってやれなくて悪かった。次は必ず守る」

「傭兵をしていたらよくあること……覚悟の上だから気にしなくていい……」

 

 ルークが部屋にいる者たちに順々に声を掛けていく。ふと、いなくなったと聞いていたサーナキアと目が合う。

 

「サーナキア、戻っていたのか?」

「ああ。ランスとの決着をつけるためにな。見ろ、この剣を!」

 

 サーナキアが無敵鉄人の剣をルークに見せる。だが、どうにもその腕がプルプルと震えているのが気に掛かる。

 

「……少し、貸して貰ってもいいかな?」

「構わないぞ」

 

 サーナキアから剣を受け取り、ルークが一度素振りをする。振れないことはないが、一度振っただけでも腕にかなりの負担が掛かった。

 

「……これは俺でも重くて扱い難いぞ。サーナキアには間違いなく合っていないと思うが……」

「なっ……!? やはりそうなのか……だが、折角手に入れた剣をこのまま使わないのも……」

「ちょっと待てぇぇ! 俺様もさっき同じ事を言っただろうが! どうして反応が違う!」

 

 ルークから剣を返して貰いながらそう呟くサーナキア。その言葉にランスが食って掛かるが、サーナキアは平然とそれに答える。

 

「騎士として、ルークの言葉は当てになる。参考にするに値する。だが、貴様の言葉は断じて当てにならん!」

「いい度胸だ、サーナキアちゃん。もう一度ひぃひぃ言わせてやろう!」

「ふっ、返り討ちにしてやる!」

「落ち着け。それは地上に戻ってからにしろ」

 

 剣を抜き合う二人を抑えるルーク。そのままサーナキアに視線を移し、言葉を続ける。

 

「聞いているかもしれないが、今の闘神都市は危険だ。戦力が欲しい。地上に戻るまでの間だけでいい。手伝ってはくれないか?」

「そうだな……騎士として困っている人たちを見過ごす訳にはいかない。協力させて貰う」

 

 サーナキアが剣を仕舞いながら、スッと手を差し出してくる。それを握るルーク。固い握手を交わした後、ルークはランスに視線を移す。

 

「……頼りにしている」

「……ふん、足を引っ張るなよ」

 

 たった一言。だが、ランスとはこれで十分だ。

 

「シィルちゃんもこれからロゼと共に回復役を頼んだ」

「はい、任せてください!」

「私はオマケみたいね。不平等だー!」

 

 ロゼが茶化すようにそう言ってくるのを笑いながら答えるルーク。すると、チルディの顔が視界に入る。その表情が、いつもと違う。近寄っていき肩を叩く。

 

「どうした。何暗い顔しているんだ。お前らしくないぞ」

「……えっ?」

 

 思わぬ言葉にチルディが顔を上げ、驚いた様な表情でルークの顔を見る。

 

「解放戦の際に初めて会ったときも、この闘神都市で再会したときも、自信に満ちあふれた顔をしていただろう? そうでなきゃ、お前らしくない」

「解放戦のときの事も……覚えて……?」

 

 チルディが小さく問いかける。解放戦の間、マリアや志津香とは何度か顔を会わせていたが、ルークとはタイミングが悪く、ミネバから救出されたときにしか顔を会わせていなかった。殆ど一瞬の邂逅。もしかしたら覚えていないかも、そう思っていた。だが、ルークはチルディの顔を見ながら答える。

 

「覚えているさ。見ただけで判るほど才能に溢れている。こんな人材は珍しいからな」

「でも……わたくし、先程の戦闘では全く役に……」

 

 そう言いかけたところで、ルークのデコピンが飛んでくる。

 

「なっ……」

「俺はとりあえず置いておく。一流の冒険者であるランス、リーザス最強のリック、悪魔のフェリス、ゼス四将軍から二人。この面々が戦って倒せない相手と、親衛隊新人の身でまともに渡り合うつもりか?」

「それは……」

「まだまだこれからだ、焦るな。解放戦のときと今を比べれば、確実に強くなっているのは一目瞭然なんだからな」

 

 その言葉が、チルディの胸に刺さる。涙が出そうになるのを必死に堪える。見てくれている。この男は、自分を見てくれている。今までこれ程自分を見てくれる人物はいなかった。小柄な体型から初見の相手には馬鹿にされ、大会などで優勝して初めて自分が認知される。だがそれは、チルディ自身ではなく、優勝者としての認知。そうしなければ、自分を見てくれる人などいなかった。顔を俯かせ、表情を見えなくさせながら小さく呟く。

 

「地上に戻ったら……手合わせしていただけませんこと……?」

「リックとメナドとの約束もあるし、リーザスには寄らせて貰う予定だ。その時でよければ喜んで」

「約束……ですわよ……」

 

 そっと頭にルークの手が乗せられる。とても温かい手。かなみやトマトが夢中なのも、悔しいけど判る。そのルークとチルディの様子を見ながら、ロゼがウスピラに近づいていきボソボソと喋る。

 

「また一人墜ちた訳だけど……」

「天然女誑し……流石はサイアスの友人……」

「でも頼りになる……」

「「えっ!?」」

「ぐぅ……」

 

 不穏な発言にロゼとウスピラがセスナを凝視するが、既に鼻提灯を出して眠っていた。

 

「とりあえず、今後の方針を確認しよう。見つけなければならないのは、サイアス、真知子さん、セルさん、香澄、メナド、ジュリア、アレキサンダー、雷帝、アリシア、そして捕らわれた志津香たち四人と地上への脱出方法だ」

「ルークさん、志津香たちはもうヘルマン軍の下から逃亡したみたいです。このメリムさんがそう言っていました」

「そうなのか!? ……よかった」

 

 志津香たちが逃亡したと聞きホッとするルーク。そのままあの場所に残っていたのでは、片目だけではすまないかもしれない。ここでルークと他の者たちの認識にずれが生じた。かなみが志津香たちは無傷だということを伝え忘れたのだ。他の者もそれに気が付かず、ルークには伝えたと勘違いする。だがルークは、四人は片目を潰されていると勘違いしたままだ。これが後に、志津香にちょっとした悲劇を呼び込むことになる。

 

「サイアスは食料コアにいる……まずは食料コアに向かってサイアスと合流するのが先決……」

「そうだな。居場所がハッキリしているサイアスとの合流が最優先だな」

「いえ、あの人が生きているとしたら、食料コアにいる可能性は低いと思います」

「えっ?」

 

 ウスピラの意見にルークも賛同したが、メリムがハッキリとそう告げた。自分たちと一緒に逃亡してきたというのに、何故そんな事が判るというのか。ウスピラがしっかりとメリムを見据える。

 

「どういう事……?」

「食料コアの地下四階には水路があります。あれは皆様が落ちた水路同様、闘神都市の各場所に繋がっているんです」

「なるほどね。あの状況でサイアスが生き延びているとすれば、逃げる以外に方法は無い。まあ、食料コアに行って死体を確認するっていうのも、現状把握の一つとして悪くない選択肢だけど」

「サイアスは生きている……」

 

 メリムの言葉を受け、ロゼがあの後のサイアスの行動を冷静に予測する。死体を確認という言葉にウスピラが強く反応を示したが、その反応を待っていたかのようにロゼが苦笑する。

 

「なら、食料コアに行く理由はないわね。サイアスが生きているなら、食料コアにいる可能性はむしろ低いわけだし」

「そうですね。仮の話ですが、もしサイアス殿がお亡くなりになられていた場合、その死体の確認の優先度は圧倒的に低い。今は死者よりも生者が優先です」

「…………」

「そうだな。食料コアへの確認は後回しでいいだろう」

 

 リックもロゼの言葉に賛同する。サイアスが水路で逃げおおせている可能性があると判った現状、食料コアの優先度は一気に落ちた。ウスピラも難しい顔をしているが一応納得し、サイアスが生き延びている事を疑っていないルークもそれに頷く。

 

「…………」

「レイラさん、どうかしましたか?」

「……あっ! いえ、何でもないわ」

 

 志津香たちとサイアスの話が一区切りしたタイミングで、何やら真剣な表情で考え込んでいたレイラにかなみが声を掛ける。慌てて取り繕い、脱出方法を話題に出すレイラ。

 

「脱出方法となると、ヘルマンの飛行艇を奪うのが一番早いかしら?」

「あら、飛行艇なんてあるのかい?」

「あっ……」

 

 レイラの発言にフロンが反応する。しまったと口元を抑えるレイラだったが、ルークがそれにフォローを入れる。

 

「気にするな、今更フロンに隠しても仕方がないだろう。フロン、ぬか喜びをさせたくなくて黙っていた。他意はない」

「はっはっは。そんな事思っちゃいないよ。ルークに任せるよ。町の人には黙っておくから安心しな」

「助かる」

 

 笑い飛ばすフロンにルークが頭を下げる。この闘神都市にフロンがいてくれてよかった。ここへ来てからどれ程世話になっているか判ったものではない。

 

「飛行艇を奪うのはいいけど……それは闘将と戦う事になる……」

「後は、鍵を四つ集めて闘神都市を動かすのも手ね」

「それも……ヘルマンとの対決は必至……」

 

 レイラの提案する飛行艇を奪うというのが正道だろう。だがセスナの言うとおり、ディオとの戦闘は避けて通れない。マリアの提案する鍵を集めるというのも、結局はヘルマンから二つの鍵を奪い返さねばならない。

 

「ヘルマンの飛行艇も魔人によって壊される可能性がある。予防策はあった方がいいな。キーを集めるのには賛成だ」

「そうですね。いつ魔人に破壊されるか判ったものではありません」

「それに、キーを探している間に別の脱出手段が見つかる可能性は十分にあるわ」

 

 ルークとリックがそう口にする。現にゼスの飛行艇は魔人によって破壊されたのだ。ヘルマンの飛行艇で必ず脱出出来るなどとは考えない方が良いだろう。同じような考えを持っていたロゼもそれに賛同する。魔力を使って地上に降りるような装置が存在する可能性は十分にある。

 

「残るキーは防空コアと闘将コアにあります。それと……志津香さんたちは防空コアか闘将コア、あるいは浮力の杖と呼ばれる場所にいる可能性が高いです!」

 

 キーを集める方針に決まった瞬間、メリムが口を開く。それは、皆を驚かせるのには十分な内容であった。

 

「それは本当か!?」

「キーの件は間違いないですし、志津香さんたちの件も恐らくは……」

「何故そう思える?」

「志津香さんたちは闘将コアへと逃亡しました。ですが、既に逃亡してからかなり経過しています。闘将コアからは防空コアと浮力の杖へ移動することが可能なんです。時間的に考えて……恐らくもう闘将コアにはいません。防空コアか浮力の杖にいる可能性が高いかと」

 

 志津香たち四人が逃げた先にある場所をメリムはしっかりと把握していた。流石は遺跡調査のために連れてこられた人材だと言えるだろう。

 

「浮力の杖というのは?」

「四つの転移装置があるすぐ側に、閉ざされた扉があります。そこから浮力の杖へと入ることが可能です」

「四つの転移装置……教会の地下から行ける場所か!?」

「情報を纏める必要があるわね。マリア、プラカード!」

「はい! ……って、それはチューリップ4号のところに置いてきました!」

 

 メリムの情報により行く場所が絞られてくる。ロゼがとりあえずマリアと掛け合いをしつつフロンから貰った紙に情報を纏めていると、メリムが唐突に提案をしてきた。

 

「あの……私を仲間にしていただけませんか?」

「なに?」

「ビッチ様に捨てられて、もう戻るところがないんです。戦闘は出来ませんが、残りの二つのキーがある防空コアと闘将コアへの行き方は判っています。それに、私なら浮力の杖へ繋がる閉ざされた扉も開けられます!」

 

 メリムが正面にいたランスの目をじっと見る。真剣な目だ。相当の勇気を振り絞ったのだろう。

 

「どうしますか、ランス殿。先程の話が真実ではない可能性も残されていますが……」

「大丈夫だ。可愛い女の子は嘘をつかない」

「それでイオに操られたのは誰だよ、全く……」

 

 フェリスがため息をつきながら口にするが、ランスはそれを笑い飛ばしながらメリムの目を見る。

 

「俺様の側を離れるなよ」

「は、はい。よろしくお願いします!」

 

 メリムが深々と頭を下げるのを見ながら、ルークが口を開く。

 

「情報の整理を続けよう。次の目的地は防空コア、闘将コア、浮力の杖のいずれか」

「因みに防空コアならトマトとサーナキアさんも行き方を知っているですー!」

「剣はそこで手に入れたからな。地下三階までしか行けなかったが……」

「それはどうして?」

「地下四階が凍えるような寒さだったんだ」

「その程度、私の魔法があれば問題はない」

 

 あまりの寒さに探索を断念した二人だったが、炎魔法を使うことの出来るナギが問題ないと答える。

 

「となると、防空コアは途中まで探索が終わっているから手をつけやすいか……」

「そうなりますね」

「これは最後に考えよう。敵に関してだが、ヘルマン軍及び闘将、魔人パイアール、魔女アトランタ、それと一応、魔人メガラスと魔人ハウゼル。最後の二人は手を出さなければ大丈夫だとは思うがな」

「魔女アトランタ?」

 

 アトランタの存在を知らなかった面々がルークに尋ねてくる。アトランタの蛮行を知っているロゼとフェリスは難しい表情をしていたが、目で大丈夫だと合図を送りながらルークが話を続ける。

 

「ああ、そういう存在もこの闘神都市には存在するんだ。この町から少女たちを攫っていた張本人だ。こいつを倒せば攫われた娘たちは戻ってくるはずだ」

「そんな存在が……」

「魔女? 魔女ならいる場所を知っているよ」

「なんだと!? ババア、それは本当か!?」

 

 ルークから魔女という言葉を聞き、それまで邪魔しては悪いと黙っていたフロンが話に入ってくる。ランスの文句を聞き流しつつ、フロンが言葉を続ける。

 

「この町の外れに巨大な塔があるだろう。南の塔っていうんだけどね。その最上階には、魔女が住んでいるって話だよ。アトランタって名前かまでは判らないけどね」

「でもフロンさん。私とランス様はこの食堂に来る前にあの塔を開けようとしたら、扉が閉ざされていたのですが……」

「中にモンスターがいるから、誰も入らないようにこっち側から鍵を掛けているのさ。青年団のキセダが鍵を持っているから、言えば貸して貰えるはずだよ」

「魔女か……」

 

 思わぬ形で魔女の情報が手に入ったルークたち。そのルークに、レイラが声を掛けてくる。

 

「候補は決まったわね。どうする、ルーク」

「そうだな……みんなの意見も聞きたい。一つ目は、鍵のある闘将コア。二つ目は、鍵があり、志津香たちがいる可能性のある防空コア。ここは途中までトマトとサーナキアが攻略してくれているため、すぐに探索が完了できる。三つ目は、こちらも志津香たちがいる可能性がある浮力の杖。そして最後が、倒さねばならない魔女のいる南の塔。サイアスがいる可能性が低いと判った食料コアに関しては、さっきも言った通り後回しにする」

 

 ルークがロゼの書いた紙に一度目を通し、全員の顔を見ながら纏めた情報を説明する。

 

「魔女が美人なら南の塔だな……ぐふふ……」

「優先度的には闘将コアが一枚落ちますね。物よりも人の救出が優先です」

「決まっている。防空コアか浮力の杖だ。志津香がそこにいるのだからな」

 

 ランスが煩悩全快の提案をし、リックは冷静に分析する。ナギは志津香の事しか考えていない。三者三様の意見だが、纏めにはなっていた。

 

「……そうだな、闘将コア、そして、南の塔は後回しにしよう。攫われた娘たちは緊急性が低い。それよりも志津香たちだ」

「ちっ……」

 

 ランスが舌打ちをするが、特に食い下がってこないところを見ると志津香たちの救出を優先する事自体には異論はないらしい。

 

「となれば……防空コアから行くのがいいと思う……」

「そうですね。トマトさんたちが途中まで攻略してくれている事ですし」

「えっへんです!」

「ふっ……」

 

 ウスピラの意見にかなみが賛同し、トマトが胸を張る。その後ろではサーナキアもどこか誇らしげであった。

 

「決まりだな。向かうぞ……防空コアへ!」

 

 こうしてルークたちの次なる目的地は防空コアへと決まる。万全の状態ではない。だが、止まる訳にはいかない。

 

 

 

-南の塔 七階-

 

「びゃっくしょい!! また誰かわしの噂をしているのかねぇ。大魔女も楽じゃないわい」

 

 大きなくしゃみをする老婆。彼女がフロンの話していた、南の塔に住む魔女である。それを冷ややかな目で見ながら、黒髪の少女が部屋の入り口付近の床を雑巾がけしている。

 

「塔に引きこもっているくそばばぁの名前なんか知れ渡ってる訳ないでしょうが、全く……」

「タマっ! 何か言ったかいっ!!」

「いーえ、何も! 全く……すげぇ地獄耳だぜ……」

 

 ぶつぶつと文句を言いながらもしっかりと雑巾がけするタマと呼ばれた少女。そのとき、一人の少女が部屋に入ってくる。

 

「フロストバインさん。頼まれた金とり、倒してきたよ」

「お帰りメナドちゃん。タマと違って本当に良い子だよ」

「くそばばぁめ……あっしがちょっと薬の調合に失敗して、家中真っ黒焦げにした事をまだ根に持ってやがる。心の狭いばばぁですぜ、全く……」

「それは私でも怒るわよ、タマさん」

 

 タマにそう声を掛けたのは、フロストバインと共に何かの研究をしている真知子。タマの言葉に苦笑している。

 

「メナドちゃん。金とりの羽をむしってこっちに置いておいておくれ。大事な材料だからね。肉は今夜の夕飯にしちまおう」

「任せておいて。これでも料理は好きなんだ」

「私も手伝うわ。一緒に作りましょう、メナドさん」

 

 メナドも真知子も普段から料理をしている為、夕食の準備など苦ではない。メナドの手作りクッキーは絶品で、かなみの好物でもある。真知子も淑女の嗜みとして幼い頃から料理をしており、その腕前は玄人はだしである。

 

「こりゃ夕食が楽しみじゃわい。真知子ちゃんが色々情報を仕入れてくれたお陰で研究も進んでいるし、二人が来てくれて本当によかったよ」

「フロストバインさん。でも、そろそろぼくたちはここを……」

「ごほっ……ごほっ……持病が悪化しそうじゃ」

「大丈夫ですか!? やっぱりもう少しだけここにいます!」

 

 咳き込むフロストバインに慌てて駆け寄り、その背中を擦るメナド。その様子を冷ややかな目で見ているのはタマだ。

 

「ばばぁの仮病に簡単に騙されちまって……真知子殿は気づいていやがるんでしょ? あんなばばぁ放っておいて、出て行っていいんですぜ」

 

 タマが真知子にそう話し掛けるが、真知子は静かに笑いながら答える。

 

「そうね……でも、私が足手まといになってしまうから、二人旅はちょっと危険なの。それよりも、こうして一カ所に留まっていれば、みんなが見つけてくれる可能性も高まるからね」

「なるほど、色々考えてるんですねぇ」

「ええ。それに、フロストバインさんの研究は凄い物だわ。あれが完成すれば、みんなの戦力になるかもしれない」

 

 真知子が先程までフロストバインと共に研究を続けていたカプセルを見る。その中には、人の姿をした何かが入っていた。

 

「へっ……あんな耄碌ばばぁの作るものなんか、まともに動くか判ったもんじゃないですぜ」

「うふふ……」

「ん、何笑ってるんですかい?」

 

 真知子の笑いに首を捻るタマ。何かおかしな事でも言っただろうか。

 

「悪態をついているけど、タマさんも随分長いこと一緒に暮らしているんでしょう?」

「にゃふふ。まあ、あっしがいねーと何にもできやしねーばばあですからね」

「ほら、タマ! 雑巾がけはもういいから、真知子ちゃんとメナドちゃんの手伝いをしな!」

「あいよ!」

 

 ルークたちが南の塔探索を後回しする事に決めたため、メナドと真知子の合流はまだ先となる。だが、その選択は正しかったのかもしれない。ここにいる魔女はアトランタではないし、フロストバインの研究の完成はもう少し先。それはちょうど、ルークたちが志津香の捜索をした後にここに来れば丁度いいくらいのタイミング。真知子がカプセルにもう一度視線を移す。

 

「このあてな2号は凄い戦闘力を秘めている。必ずルークさんの役に立つはずだわ……」

 

 フロストバインの作り出す人口生命体、あてな2号。その完成は最終段階に入っていた。だが、真知子とフロストバインは想像もしていなかった。このあてな2号が、ランスの所為でちゃらんぽらんな性格になってしまうという事を。

 

 




[人物]
メリム・ツェール
LV 5/23
技能 シーフLV1
 ヘルマン調査隊メンバー。元々は名家の娘だったが、没落してゴルチ家に身売りされ、ビッチに性奴隷として扱われていた。考古学に長け、今回の調査隊に同行させられる。ランスは闇から自分を救い出してくれた恩人。もし地上に戻れたら、生き別れの姉を捜しながら、探検家として遺跡調査をしたいと考えている。


[装備品]
無敵鉄人の剣
 闘神都市でトマトとサーナキアが発見した剣。非常に高い攻撃力を誇るが、重すぎるため使い勝手は悪い。

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